魂と器
彼の言葉を飲み込むのに僕はたっぷりと時間を要したが、残りの三人は違ったようだ。
「こいつはグレンじゃないってのか」
「見た目はそのままだけど、たしかに彼らしさはすっかり消えている」
少し前まで側にいた偉丈夫、オスカーと少女、カルラが動揺しながらも合点がいった様子で僕を見る。一方で、レイラは歯を食いしばり俯いていた。
時間差で僕が僕でない何者かの身体を乗っ取ったようであるとわかったが、それ以外は一向にわからない。
「あの、ここはどこで、あなたたちは」
「よもやわしのことすら知らんとは、全くどこから来たのやら」
呆れ顔の白髭は面倒が増えたとばかりに頭を抱えるが、少し笑っているようにも見えた。
「貴様の持つ肉体に免じて聞かせてやろう。我が名はエルモライ・セヴェルスク、大陸随一の戦士の国セヴェルスクを治める王こそがわしである。大陸全土において我が国とわしの名を知らん者はおらんであえろうぞ」
すぐに起き上がり、跪いた。自分の無礼と無知と無事の三無に気づかされ冷や汗と安堵が出た。生前と称していいのかわからないが、以前の僕がそのまま続いたところで王族に見えることがあり得ただろうか。
……あれ、そうだ、僕は一度死んだはずだ。自宅の浴槽でオーバードーズと大量出血による致死を図ったはずだ。全く別の世界に転生したとでも言うのか。
王の名乗りの直後に動揺する僕をよそにレイラが叫ぶ。
「お父様、それでも納得がいきません。グレンは確かに死に瀕しておりましが、それでも回復したのではないのですか」
「やはり、見えていなかったか。修行が足りんぞレイラ」
娘に一喝した王の二の句を待たずカルラが口を開く。
「蘇生を試み、皆で回復の術をかけている中でグレンの魂は少しずつ小さくなり消えていきました。それをレイラ様もご覧になったはずです」
「当然です。私もあの場ですべての魔力をつぎ込んででも助けようとしていたのですから。ですが、小さくなった魂はまた大きくなったではありませんか」
そう自らの主張を折らないレイラに、カルラは一度は目線を逸らしてしまい躊躇うが、向き直り告げる。
「小さくなった魂は一度完全に消えていたんですよ、レイラ様」
その言葉に息を飲み、狼狽するレイラ
「私たちが、持てるすべてを費やして、助けたかったあの人の魂は、小さく、限りなく、小さく、なって」
「どこからか来た同じく死にかけの魂がグレンの器に入ったのさ。そのあとは見ての通り、死にかけの別人を俺たちは助けたってことだな」
救えなかったことを言葉にし、改めて事実を認識したカルラはこらえきれず涙を流す。代わりにオスカーがそのセリフを補う。レイラはそれ以上食い下がることはなかった。彼女も最初から分かっていたのだろう。わかりやすい奇跡にすがり、認めたくなかったのだ。
一幕を見届けたセヴェルスク王は再び伊織に視線を戻す。
「さて、ナルミよ。状況は理解したか」
「にわかには信じがたいですが、理解しました」
この世界とは全く縁がないとは言えども、目の前にいるのは王。自然と言葉も丁寧になる。が、一方でちゃんと受け答えができた自分に違和感を覚えていた。人と最後に話したのがすぐに出てこない程度には記憶にないが、意思疎通が可能なのは幸いである。
「貴様が何者かは知らんが、貴様は英雄の肉体を持ってこの国に新たな生を受けた。グレンの功績は国の名と同程度には知られている。そのうえで貴様がこれから生きていくうえで必要なことは、わかるか」
これ以上なくグレンの代役を務めろと言っている。即応できない僕にレイラが近寄る。
「死した英雄の力を、貴方様は蘇らせたのです!ですから」
レイラは僕の手を取って、鼓舞するように言葉を添える。
「お願いします勇者様、どうか国を救ってください」
「嫌です」
即答だった。そして返事と共に僕は腰に装備してあるナイフを抜き放つと自分の首目に刺した。
ネット回線切れたので次の更新は9月になります