表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/13

2-15.外科女医 笹山ゆみ Emergency Doctor救命医

患者名奥村涼(おくむらりょう)

彼のオペが始まる。


心拍70、血圧120の70でサイナス

麻酔科医師の合図と共に、彼の頭部にメスが入れられる。

執刀医は、脳外の石見下理津子(いわみしたりつこ)医師。

「メス」マーカーされた位置に刃先は皮膚を切り裂く。

「ごめんなさいね、笹山先生。あなたまで借り出してしまって、あなたがいてくれれば安心できるわ」

「いえ、こちらこそ、石見下先生とご一緒できるなんて光栄です」

「バイポーラ」器具出しが即座に執刀医の手に器具を渡す。


「外頭皮剥離完了」

モニターに映し出されたマーカーに合わせながら、頭蓋骨に数か所穴をあけ、頭蓋骨を切り離す。


「さぁて見えて来たわよ」

患者の脳があらわとなる。


顕微鏡を通し、脳内の状況を確認しながら

「う―ん、意外と広がっているわね。よくこんなになるまで我慢してきたものね」

「そうですね、これだと何らかの症状は出ていたはずですからね」

「この子、奥村先生の弟さんでしたよね」

「ええ、私も奥村先生に弟がいるなんて今まで知りませんでした」


「今売れっ子のモデルさんなんだって」

「私はよくわかりませんけど、そうらしいですね」

「ふ―ん。そうなんだ。よっぽど忙しいのかなぁ。モデルの仕事って。あ、そこもう少し寄せてくれる。まずは結紮(けっさつ)しましょう」

「はい、分かりました。ガーゼ、ニーゼロポリ」

腫瘍に繋がる血管を結紮し、まずは外堀を固める。

「うまいうまい、さすが笹山先生。脳外にスカウトしちゃおうかしら」

「ありがとうございます。でも私は救命の方が性に合っているみたいですけどね」


石見下医師が少し残念そうに

「そうなの? でもあなたをスカウトしちゃったら笹西(ささにし)部長が大騒ぎしそうですものね」

「どうでしょうかね、うるさいのがいなくなって気が休まるのかもしれませんよ。案外」

「そっかぁ、あなたもあの人と同じ種類の医者なのかもしれないわ」

「モノポーラ。こちら側剥離していきます」

「お願い、こっち神経にまとわりついているから、少しかかるかな」

「了解しました。石見下先生、あの人とは田辺(たなべ)総合外科部長の事ですか?」

「そうね、そうともいえるかな」

そうともいえる? ていう事はほかにも誰かいるのか? 


「そう言えば、梛木杜(なぎと)先生ってあなたの知り合いだったのね」

「ええ、梛木杜先生が何か……」


その時心電図のモニターが異常音を発した。


麻酔科の医師が「血圧低下、70です」と告げる。

「血圧低下? どうした何が起きているんだ」

とっさに声が出てしまった。

「慌てないで……。状態を確認しましょう。今頭部からの出血はない。まして脳神経への異常な損傷はない。となればそれ以外の要因」

「血圧50を切ります48……」

緊張感がオペ室を包み込む。こんな時慌てず冷静さを保たなければ、原因に結び付けるインスピレーションは生まれてこない。

石見下先生の言う通りだ。


「確か最初心停止蘇生を行ったって聞いたけど。もしかして」

「血栓?」

「いったんこちらの処置は中止しましょう」

「CTでは心臓へのダメージはなかったんですが」

「VFです」

「除細動の準備。急いで」

「はい」看護師が急ぎ除細動機をセットする。

「離れて!」その声とともにパドルを胸に押し付ける。

モニターの波形は飛び跳ねるようにふれる。

だが、心拍は戻らない。


「もう一度………。離れて!」

結果は同じだ。

すかさず、心マに入る。

今だ心拍は再開されない。このままだと危険だ。

「輸液全開、ライン追加して」

「はい」新たにラインが確保され輸液が体内に注がれる」


落ち着け! 落ち着くんだ。

こんな時(あきら)だったらどうする?

原因をどう推測する?

その時石見下医師がつぶやくように言う

「さっき血栓ていったわよね。それに患者は交通事故で搬送されてきた。もしかしたら、心タンポナーデ?」

すぐにエコーで心臓を投影した。

「やっぱり、心タンポナーデだ」


心タンポナーデとは、心臓の周囲を覆う心嚢(しんのう)という隙間に液体がたまり心臓の動きが抑制された状態を言う。


「まずは、心拍再開が優先。ドレナージします。笹山先生いったん緊急処置を行ってください」

「わかりました」すぐさま、処置に入ろうとしたとき、オペ室のドアが開いた。

「笹山、こっちは俺がやる。お前は石見下先生と頭部の処置を終わらせろ」


朗……。


「石見下先生そちらよろしくお願いいたします」

「梛木杜先生、助かったわ。こちらの処置が終わり次第そちらの助手に入ります」

「よろしくお願いします。PCPS(人工心肺装置)の用意を」

梛木杜は麻酔科の医師に目を向け

「コントロールよろしく!」

と、マスク越しになんとも言えない、彼奴の余裕に満ちた顔が見えたような感じがした。何だろうこうして朗が来てくれたおかげなんだろうか。この私まで今自分のなすべく事に集中出来た。


「よし、頭部腫瘍摘出。梛木杜先生あともう少しです」

「了解! こちらも落ち着いてきました」

朗の手技は相変わらずその動きに何一つ無駄がない。

その手の動きは美しさをも感じるほどだ。


頭部腫瘍摘出と心臓修復術の同時オペは、何とか山場を越えることが出来た。

オペ室から出る(りょう)君にすがるように、優香は何度も何度も彼の名を呼び続けた。


「優香、何とか無事に終わったよ」

「うん、ありがとうゆみ」

「なんだなんだその顔は、いつもの優香らしくないぞ!」

「馬鹿! こんな時いつものようになんかしてられるわけないでしょ」

もう彼女の顔はぐちゃぐちゃだった。いつものあの冷静沈着な優香のイメージなんて想像もつかないほどだ。まるで別人のようだ。

そんな優香を見送りながら一歩前に足を出そうとしたとき、私の肩に後ろから手が乗った。


「ゆみ、よく頑張ったな」

「朗、ありがとう。助けてくれて。でもどうして急変に気が付いて来てくれたの?」

「ああ、中継モニター見ていたからな」

「ふ―ん、そうなんだ。珍しいね、朗がモニター見ていたなんて」

「そうか、たまたまだ。そうたまたま。さぁて今日はもう帰るぞ。お前もあと上がれるんだろ。なら一緒に飯でも行くか」

「えっ! めっずらし―ぃ。朗から誘うなんて」

「まだだっただろ。俺たちの再会祝い」

朗はニット口角を上げ笑った。


「馬鹿。再会祝いって、勝手にいなくなったのは朗なんだからね。再会祝いじゃなくて私への罪ほろぼしよ。当然朗の全部おごりだからね」

「はいはい、何なりとご注文くださいませ。お姫様」


まったく此奴は何でこんなに照れ臭い言葉を、平然と口にすることが出来るんだろ。

でもそこが朗らしいって言えばそうなんだけど。

高校の時から朗は何も変わっていない様な気がした。


あの頃見たあの大きな背中を、私は今も愛しく感じている。


「お疲れ様、理都子」

「今日は助けられちゃったわね」

「ああ、でも梛木杜君は(みずか)ら動いたよ。僕も常見病院長も何も言わなかったんだけどね」

「そっかぁ。あなた達の企みが、だんだん見えてきたような気がする」

「おいおい、僕らは何も企んではいないよ」

「そうぉ? それはそうと、子供たちは」

「ああ、お義母さんが実家(うち)に連れて行くって、声弾ませて電話に出てくれた」

「そっかぁ。それじゃお迎え、明日でもいいかぁ」

「これも親孝行の一つに入るのかなぁ」

「そうね。あなたにしたらこれも、親孝行の一つに入るんじゃない」

「それじゃ今日は、久しぶりに二人でゆっくりと帰るとしますか」

「はい、田辺光一(たなべこういち)先生」


その理津子の笑顔は、まゆみそのものの笑顔の様だった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ