塵も積もれば山となる
猛暑と言われた夏を過ぎても、残暑は厳しく、肉体労働者の体力を奪い続けていた。
「暑ちぃなぁ、今日も…
今日は給料日だし、仕事終わったら、玉野誘ってビールだな、こりゃ」
新見は時々、玉野を誘っては居酒屋へ行く。酒を飲まない玉野を誘って割り勘にすれば、得をするからだ。
「玉野、お疲れ。今日、これ行けるか?」
新見はジョッキを飲む仕草をしながら言った。
「あぁ、いいですね」
最近の玉野は、仕事にも慣れたのか?ハッキリ物を言う様になっていた。
「取り敢えず生中で」迷いなく新見が言う。
「僕も同じで」珍しく、玉野が酒を頼んだ。
「おいおい、大丈夫か?玉野」
意外そうに新見は言った。
「えぇ、最近イケる様になったんです」
新見は、少し当てが外れた気になった。
「それよりさぁ、今月も少なかったよ。
あの会社どうかしてんぜ」
枝豆をつまみながら新見が言った。
「多分…新見さん、分かって無いんですよ」
冷奴に箸を伸ばし、玉野が返した。
「分かって無いって、何が?」
新見は舎弟の態度にムッとなった。
「これを見て下さい」
玉野は自分の給料明細を取り出して、"その他の手当"という部分を指差して言った。
「何だ?これ」新見も自分の給料明細を取り出して見比べて見た。
「新見さんは嫌がってるけど、たまに、追走頼まれるでしょ?」
追走とは、何か急なイレギュラーが発生した時、追加で走る事だ。
「追走が何だよ?」
「あれは、僕が入社した頃に導入されたらしいんですが、業務の性格上、残業代が支払えないので、不公平感を無くす為に一回千円から三千円の手当が付くんです」
玉野はジョッキのビールを飲み干した。
「まっ…マジかよ?何で教えてくれなかったんだよ?」
新見はタバコに火を付けながら聞いた。
「こう言っちゃ、悪いですけど、多分、新見さんは僕がその時言っても、三千円位って相手にしなかったと思いますよ」
確かにそうだった。新見は目先の小銭より、一気に大金を稼ぎたがる。
その事を知った後、追走を頼まれても、恐らくパチンコに行っただろう。
「それに、それだけじゃありません。ここも見て下さい」
玉野は今度は"天引き"の部分を指差した。
「確か…新見さんは去年の年末の大きな貨物事故で、月に二万づつ引かれてましたよね?」
新見の"天引き"の部分には、▲二万三千五百円と記されていた。
「何だ?これ?利子か」
「違います。これも僕の入社した時期に始まったらしいんですが、配送後に破損が発覚する事が多くて、そうなった時も不公平感が出るので損害額の10%を給料から天引きする様になったんです」
玉野は2杯目を飲み干した。
「だから、何で教えてくれなかったんだよ」
新見の目が血走って来た。
「知りませんよ!大体、積み込みの時も荷卸しの時も荷物の確認をしろ!何かあったら会社に直ぐ報告と教えてくれたのは、新見さんですよ」
確かにそうだった。
返す言葉もなかった。
その時だった。新見の携帯に美香から着信が鳴ったのは…