横暴な男
新見浩太(27)の朝は早い。
早朝5時には起床し、洗顔と歯磨きを済ませると、ユニフォームである作業着に袖を通し、もう家を出る。
約15分と言った所か?
1DKのアパートの階段を降りると、駐輪スペースになっている、階段下に停めてある、5年愛用しているDioの傍に立った。
メットインからキャップ型のヘルメットを取り出して被ると、セルモーターを掛けて走り出した。
季節は初夏と言えど、この時間はまだ肌寒い。
生活道路を暫く走り、信号のない横断歩道がヘッドライトに写し出された時、人影が見えた。
"危ない!"新見は上手くハンドル操作をして、人影を避けた所でDioを止めた。
振り返ると、尻餅を着いた老婆が見えた。
「ババァ!危ねぇだろ、死にてぇのか?」
新見は、老婆に罵声を浴びせ、走り去った。
会社に着き、駐輪場にDioを停めた後、事務所に向かう途中、玉野光一郎(24)を見つけた。入社3年の新見に対して、玉野はまだ10ヶ月程であり、新見は入社したての玉野に、仕事を色々と教えた。
それから、新見は玉野を舎弟の様に扱っていた。
「うい~す、玉野」
「あっ!新見さん、おはようございます」
「なんかコーヒー飲みてぇよな」
「あっ、点呼終わったら、奢りますよ」
「マジ?悪りいな」
「いえ…いつもお世話になってるんで」
法改正後、運輸事業に当たる者は運行の前後に、健康状態の確認や運転免許証の携帯の確認、そしてアルコールチェッカーによる検査を受けなければならない。これを"点呼"と言い、これらに引っ掛かれば、運行させて貰えないのだ。
自動販売機の前で、缶コーヒーを飲みながら「あのアルコールチェックって、ウザくねぇ?」と新見は玉野に同意を求めた。
「そ…そうっすね」
玉野は歯切れ悪く言った。
「あっ、でもお前、酒飲めねぇんじゃ無かったっけ?」
新見は、わざと同意を求めたのだ。
「あ…あんまりは…」
項垂れる様に玉野は返した。
「じゃあ、わかんねぇんじゃねぇか」
そう言いながら、新見は玉野にヘッドロックして、玉野のつむじに拳をグリグリと当てた。
「じゃあな、玉野。事故すんなよ」そう言って、新見は少し明るくなり始めた空の下、出発していった。




