死の宣告
大量虐殺が起きた後、落ち着いてきたころにまた事件が起こります
陸奥の山で起きた大量殺人事件から半年が経った。
警察は行方不明となった金川徹と神尾鷲士との関係をいの一番に疑った。
現に本人と、その妹である神尾美咲が金川によって拉致されていた。
そして、二人以外は肉片となって死んでいた。
被害者であるのだが、何故この二人だけ助かっていたのか、何故肉片しか残っていなかったのか?
現場は異様な様相だった。
まるで獣が食い散らかしたかのような凄惨な状況、土にこびりついた赤を含んだような黒色は、血液の変色した色と地面の色が混じり合って出来た色だと気づくのに少し時間がかかった。
その色は緑と混ざり合いながら目に広がる所に散りばめられていたからだ。
木には片腕だけぶら下げてあったり、腸がかかっていたりした。
ウジやバクテリアが人間だったものを消化しようと躍起になっているその様子は居たその場の人間に恐怖と畏怖を与えた。
田舎で殺人事件を担当することもない、警察官はその光景に嘔吐したり、逃げ出す者も居たがそれは仕方のない事だったと言わざるを得ない。
そんな状況の中で生きていたのが神尾兄妹だ。
極度に衰弱していて、すぐに病院へ運ばれたが、二人には外傷はなかったのだ。
栄養不足で死にかけだったがあの状況でそれは、不自然極まりなかった。
警察は二人を疑い、捜査を開始。
もちろん、メインではない。
しかし、半年という時間は証拠のない可能性を追い続けるには長すぎた。
徐々に捜査は凶暴な動物などの方に移っていき、殆ど警察の息がかかる事は無くなっていった。
目覚ましの音が聞こえる、けたたましく鳴る騒音は意識を覚醒させ健やかなる目覚めを提供していた。
「………………」
だが、俺の目覚めは最悪だった。
またあの夢を見た。
金川徹や、その金川組の組員を惨殺したあの日を再現した夢。
今でもはっきりと覚えている、あの感触を血しぶきの暖かさを、そして雨の冷たさも…
軽い吐き気に襲われるものの、堪えて飲み込んだ。
事件発生後、警察が事情聴取に来た時は思い出しただけで吐いていた。
フラッシュバックを起こし、意識を失ったこともある。
それを考えれば、入院していた頃に比べれば落ち着いたものだった。
落ち着いたこともあり、目覚ましを止めようとしたとき、ドアが開いた。
開いたスペースから恐る恐る顔を現したのは、幼馴染の藤崎茜だった。
目が合うとギョッとした顔でこちらを凝視してくる、それを見た俺は目覚ましを止めて起き上がった。
「……おはよう、茜」
俺が朝の挨拶をすると、呆気にとられていた茜は眉を吊り上げドアを開け放った。
「起きてるならさっさと目覚まし消して起きてきなさいよ!目覚まし鳴って五分以上も経つからこうして様子見に来たんじゃない!」
「頼んでないだろ…」
背伸びをしながら迷惑そうに言ってやった。
「あんたが心配だから私が来てあげてるんでしょ!ほら!早く支度してよ!学校に遅れるでしょ!」
茜は、幼稚園の頃に出来た友達で、小学校の低学年まで一緒にいた友達だった。
昔から気性の激しい奴で、こうやって怒っていた。
親の都合で遠くへ引っ越していった後でも手紙のやり取りはしていたが、2度と会うことはないと思っていた。
だが、妹の病気が悪化し、それに対応できる医者がこの町しかいないということと、両親が勤務地を離れられないこともあり、俺はこの町に戻ってくることになった。
もともとこちらに戻ってくる予定だった両親は、この家を残していた。
その家を手入れして使えるようにして俺が住むことになったわけだ。
事件があって何度か親元に戻るという話もあったのだが、妹を残していくわけにはいかないと断った。
「おば様からあんたの事は私が預かってんだから!はい!着替えた着替えた!」
そして、心配からか俺の母親はこいつに俺のお目付役を頼んだらしい、母親が帰った次の日からこいつは現れ、今みたいにズカズカと俺の私生活へと踏み込んできた…というわけだ。
「わかったわかった、着替えるから出てってくれ」
「1分以内ね」
「無理だ!アホか!」
余計な時間を使って茜を追い出し、準備を全て完了させた後、1階のダイニングに向かう、テーブルには質素な朝食が並んでいた。
味噌汁に目玉焼き、小さいタッパーに詰め込まれていた沢庵、目玉焼きの皿には二本ウインナーが添えてあった。
茜は俺が来たことを確認すると、その横に置いてあった茶碗を手に取りご飯をよそってくれた。
目の前にある朝食をさっさと胃に放り込み始めたのを確認し、急須にお湯を入れ始める茜。
テキパキとこちらの食事をアシストしてくる様子は、まるで食事介助をするプロの介護福祉士のようだった。
そう考えると俺は介護される爺さんってことか?
最初は気にしなかったが、そう考えると妙に嫌なものだった。
食べている間は茜は静かだった。
さっさと登校するために、食事を妨げないようにしてるのだろう、時計を見るとまだ余裕はあった。
しかし、空腹が背中を後押しし、余裕をもって登校するに至った。
茜とは一緒に登校していた。
監視されてるみたいで嫌ではあったのだが、逃げるわけにもいかないし、断っても母親に頼まれたと聞く耳を持たない、男子連中からは付き合っているのか問いただされたりしていたのだが、茜には彼氏が居ることが発覚し、俺へのそういった気持ちはないと明言されていた。
これでも健全な男子なので、そういったことに期待がなかったわけではないが、あの事件の影響や彼氏の件もあり、何事もなく日常を送っていた。
あまりにも平和で、ゆったりとすり抜けていく時間、あの事件は夢だと現実逃避できるのは茜のおかげなのかもしれない…。
ふと目線をあげると信じられないものを見た。
人がこちらに1人歩いてくる、茜もその人物を見て足を止めていた。
確認はできなかったが、恐らく俺と同じ顔をしているに違いない、何故なら歩いてくるその人物は『俺』だったのだから
「おはようございます」
俺と同じ顔をしたそいつは1メートル程の距離で止まり、爽やかな笑顔を浮かべて朝の挨拶をしてきた。
俺と茜は絶句して、返事を返せなかった。
「混乱してるよねぇ…驚かせてごめんね茜」
「え、あ…鷲…士なの?」
俺の顔を見てこちらに聞いてくる、それで硬直が解けた。
「そ、そんなわけないだろ!俺が鷲士!こいつは別人だ!」
指を指して、自分こそが鷲士であると主張すると、茜は「そうだよね…」と相槌を打った。
「いや、僕は神尾鷲士だよ」
あっけらかんと言い放つ、また身体が硬直するものの、すぐにそれは解けた。
「そんなわけあるか!神尾鷲士は俺だ!」
そう言った俺を。瓜二つの顔を持つ自称神尾鷲士は目を細めた。
「そう、君も神尾鷲士で、僕も神尾鷲士なのさ」
なんの悪戯だ!と言おうとした瞬間だった。
「僕は君のドッペルゲンガー…君は僕を見たことによって死を迎えることになる」
「ど…ぺる?は?」
聞きなれない単語に、自分の死を告げられて思考が停止してしまった。
「ドッペルゲンガー…未だに解明されていない心霊現象の1つだと思ってもらって良いよ。
ドッペルゲンガーは鏡を合わせたような自分が目の前に現れる現象を指す、そしてその逸話は…会ってしまった人間は一年以内に必ず死んでしまうっていうお話なのさ」
満足そうな笑みを見て身構える、相手が襲いかかってきたときに対処するための準備だ。
茜を逃がすために後ろ手で押しやった。
この状況で最悪なのはこいつを巻き込んで死なせてしまうことだった。
「こ、殺すってことか…?」
その言葉に茜が正気を取り戻す、触れている手から震えが伝わってきた。
「いや、僕は殺さないよ?」
「は…?」
「言っただろ?ドッペルゲンガーなんだよ、僕は
ドッペルゲンガーは現象なんだ。
僕自身が手を下すわけじゃない、それに殺すつもりなら1人でノコノコ来る?
周りに仲間もいない、凶器ももってない、下手したら反撃をくらって逆に殺られちゃうかもしれない」
言ってる意味がわからない、こいつは一体何を言ってるんだ?
「理解できた?2対1で、現状は朝、すぐそこは通学路で人もいっぱい居る、茜が大声で助けを呼べば、僕は一巻の終わり」
両手を上げて肩を竦めると、こちらに背を向けた。
「僕は帰るよ、捕まえてもいいけど、オススメしないよ
僕を捕まえてる暇があるのなら走らなくちゃならなくなる」
「走る?何のことだ」
「時計を見ればわかるよ、自分がどんな現状におかれているのか…ね」
クスクスと笑いながら歩き出す、もう用事は済んだということだろうか?
「あ、そうだ」
思いついたとこちらに向き直った。
「2人とも鷲士じゃゴチャゴチャしちゃうよね?
だから、僕のことは竜二って呼んでよ」
そう言うと、ウンウンと噛みしめるように頷き、再び満足そうに背を向けて去っていった。
「し、鷲士…何だったの、あれ…」
俺に聞かれても分からなかい、こちらも説明してもらう側なのだ。
世界には自分と同じ顔をもった人間は1人2人は居ると言うが、その世界で1人2人の男がわざわざ目の前に現れて、殺人予告をして行ったというのだろうか?
何がなんだかわからなかった。
キーンコーンカーンコーン…遠くから聞き覚えのある音が聞こえてきた。
聞き覚えがあるわけだ。この音は…
「あーーーー!!」
茜が悲鳴をあげた。
この音は自分の通う学校のホームルームの開始される始業ベルだったのだから…
結果だけを言うのなら俺は盛大に遅刻した。
茜も俺も先生に叱られ、クラスメイトの話の種になった。
今朝の男の不気味さや、非日常さは日常の中にかき消され、うやむやになってしまっていた。
そして、昼休み、やっとゆっくりとした時間できた。
普段は学食などで食事をとるが、今は一人になりたくて、購買で買ったパンを手に人気の少ない学校の裏に来て腰を下ろしていた。
今朝の不気味な男について考える時間ができたのである。
自分と同じ顔のあいつを思い出す度に背筋がゾッとした。
あいつとは関わり合ってはいけない。
そう確信めいたものがあった。
「たしか…ドッペルゲンガー?とか言ってたか?」
昔、ドラマかアニメか何かで聞いたような単語だ。
聞き覚えがあるくらいだ、それなりに有名な単語なのだろう。
スマートフォンをポケットから取り出してインターネットで検索してみる
ドッペルゲンガー
『製作中』
読んでくれてありがとうございます