もし、あの時・・・ 【クラウド視点】
『もし、あの時・・・』のクラウド視点になります。
もしあの時、君を追いかけていたら今も僕は君と一緒にいられたのかな。
もしあの時、無理にでも君に会いに行っていたら今も君は笑っていたのかな。
もしあの時……もしあの時……
そんな事ばかり考えてしまう僕は、やっぱり君の事がどうしようもなく好きなんだ。
僕クラウド・ウィンダードには幼馴染がいる。父が治める領地の隣の領主の娘で年も近いという事から物心ついた頃からよく一緒に遊んでいた。赤い髪がとても印象的で、笑った顔が天使のように可愛い幼馴染の名前はフィーデリア・ローシャンデリヒ。僕よりも2つ年下の女の子で、僕にすごく懐いてくれたのが嬉しかった。
「クーだいすき! 大きくなったら、わたしをクーのおよめさんにしてね」
「僕もフィーが好きだよ。大人になったら結婚しようね」
「うん! やくそくだよ!」
「約束だ」
この時まだ7歳の子供だったとはいえ、僕は本気だった。絶対フィーをお嫁さんにすると決めていた。他の誰にもフィーを渡したりなんてしたくない。彼女は僕の可愛いお姫様なのだから。
僕が12歳になった頃からだろうか、あまり良くない噂を耳にするようになった。いつもなら噂なんて聞き流してしまうところだが、その噂の内容が無視できないものだった。それは、フィーが令嬢達に嫌がらせをしているというものだった。正直、そんな噂なんて信じていない。だって、フィーはそんな事するような子じゃないと、僕が一番良く知っているのだから。ただ、心配で仕方なかった。
フィーは真っすぐで素直な優しい子だ。他人を疑うという事を知らない、真っ新な女の子だった。だから、周囲の令嬢達の嫉妬や悪意に気づかない。否、そういう感情を知らないのかもしれない。最近では物を壊されたり隠されたり等の嫌がらせを受けているようだった。しかしフィーは、そこに悪意がある事に気づいておらず嫌がらせと受け止めていなかった事もあり、あっけらかんとしていたが…。
フィーの身に何か良くない事が起きたらと思うと不安になり、どうにか誤解を解こうと思って動いていたがそうしている内に僕は気づいた。フィーに嫉妬を抱いて根も葉もない噂を流している令嬢達が僕を慕っているという事に。そして、いつも一緒にいるフィーが妬ましくて仕方ないという事に。そう……全ては僕が原因だったんだ。
フィーの事を想うのなら距離を少し置いた方が良かったのかもしれない。けれど、僕は離れたくなかった。どんな事があっても僕がフィーを守ればいい、そう思っていた。フィーを守る事が出来るのは僕だけだとそう信じて疑わなかった。
しかし、フィーが10歳の誕生日の日、心配していた事が起こってしまった。
あの日、誰もよりも可愛いフィーに夢中になるあまり、周りに目を向けていられなかった。二人でダンスを踊った時も、フィーしか目に入らなくてフィーを睨んでいた者がいた事に気づけなかった。だから、油断してフィーを一人にしてしまった。
「きゃああぁぁぁぁ! 酷いわ、フィーデリア様!」
悲鳴が聞こえて急いで駆けつけると、そこにはフィーとマリアンヌ嬢がいた。状況を見る限りフィーの持っていたグラスの中身がマリアンヌ嬢のドレスにかかってしまったようだ。
「どうしたの? あー、ドレス汚れてしまったんだね」
僕はそう言って二人に近づくと、なぜかマリアンヌ嬢が僕の腕に縋りついてきた。涙を流し見上げてくる様を見て、もしや……と疑惑が生まれる。マリアンヌ嬢が僕の事を慕ってくれていたのは知っていた。そしてフィーの事を良く思っていない事も。
「フィーデリア様が、私に……クラウド様に近づくなと言って……うぅっ」
「え?」
マリアンヌ嬢の言葉にフィーは目を見開き動揺していた。その様子を見て、僕は確信した。これはマリアンヌ嬢が謀った茶番だと。気づけば遠巻きに見守る令嬢達がいて、このままフィーを庇うのは更に反感を買うのは目に見えていた。だから、僕は敢えて冷たく接しようと思った。フィーなら後で理由を言えば分かってくれると信じていたから。
なのに――
「なんでっ」
「フィー?」
「私はっ、絶対にそんな事してない! なんで信じてくれないのよ。クーなんか……クーなんか嫌いよ! 大っ嫌いよ!」
「……っ……フィー!」
泣かせるつもりなんてなかった。
僕は君を守りたかっただけなんだ。
なのに、僕は何をしているんだろう。
フィーに嫌いだと言われて、僕は自分でも驚くほど動揺した。周囲の声など聞こえてこない。呆然と立ち尽くしてしまった。追いかけなきゃと思うのに、自分の体がまるで石になった様にピクリとも動かない。頭も上手く働かない。ただ一つだけ分かっている事がある。
――僕は間違えてしまったんだ。
翌日フィーに謝りたくて会いに行ったが、フィーは会ってくれなかった。当然だと思った。フィーは僕の事を信じてくれていた。なのに、僕はその信用を裏切ったも同然の態度をとってしまったのだから。でも、僕はこのまま誤解されたまま終わるなんて嫌だった。君に分かってもらうまで、何度でも何度だって会いに行くと決めた。そうして僕は時間が出来ればフィーに会いに行っていた。例え会ってくれなくとも、僕は会いに行き続けた。
一向に会ってもらえない事に落ち込みながらもフィーの家に通うようになってから暫く経った頃、僕はフィーの噂が少なくなっている事に気づいた。嫌がらせもすっかりなくなっている事も調べてもらっていた従者から聞いた。なぜ急に、と思ったが心当たりは一つしかない。……僕がフィーと一緒にいなくなったから。
「そうか……やっぱり僕がフィーから離れれば良かったんだ」
僕がフィーに近づかなければ、フィーは平穏な生活を送れる。本当は気づいてた。でも、離れるのが嫌で僕がフィーを守ればいい、だなんて簡単に思っていた。なのに、僕は守るどころか傷つけてしまった。一番守りたい女の子を僕が……。
僕はそれからフィーに会いに行くのを止めた。これ以上フィーを傷つけたくないから……なんて言えば聞こえはいいかもしれない。でも、本当は自信を失ったからだ。自分で守ると決めた女の子を守る事が出来ないなら、せめて彼女を巻き込まないようにしよう、というそんな情けない理由だ。けれど、効果は覿面だった。何もしないことがフィーを守ることになるなんて、皮肉なものだ。
あれから5年の月日が流れた。
フィーとは殆ど会うこともなく、たまに会って話をするとしても挨拶程度だ。本当はもっと話をしたいと思っても、フィーは僕の事を避けるようにすぐに離れて行ってしまう。
フィーはこの5年の間に随分と変わった。昔は明るく活発で元気な女の子だったが、あの時からフィーは物静かになり人と距離を置くようになった。フィーが心から笑っている姿をあれから一度も見ていない。そうさせてしまったのは他の誰でもない、僕だ。
美しい女性へと成長したフィーに言い寄る男を見るとすぐにでも駆け寄って引き離したい衝動に駆られるが、僕にそんな資格などない。だから僕は、君が他の男と話をしている姿を見るだけで胸が張り裂けそうになるのを、一人じっと耐えている。
僕は今でも君が好きだ。
他の誰よりも君の事を想っている。
もし僕がこの気持ちを伝えたら、君は怒るのだろうか。それとも、軽蔑されるのだろうか……。優しい君の事だから、こんな事伝えられたら悩んでしまうかもしれないね。僕はこれ以上君を傷つけたくないから、この気持ちは口にはしない。僕は君が幸せになってくれる事を誰よりも祈っている。
だから僕は……もう君には関わらない。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
少しのすれ違いも拗らせると、目も当てられない状況になりますね。