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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
99/148

第99話 神なりし悪童

 

 仁科邸、隠し通路。


 仁科千豊がその財を限界まで注ぎ込んで作らせた豪邸。そこには有らん限りの退魔師の技術が使用され、部屋には当たり前のように『大部屋』の術式で空間の拡張を施し、普通ならあり得ない程の内部構造とセキュリティを実現させている。


 現在、仁科亮が駆け降りている地下へと続く階段も、建築はおろか一般的な物理法則すら無視した造りをしていた。

 右を向けば無数の階段、左を向けばさらに大量の階段。宙を漂うそれらの階段は何処に繋がっているのか、自分が何処を降りているのかも曖昧にさせる。見ていると気が狂いそうな捻れた異空間は距離感も方向感覚もデタラメそのものだ。


 人によっては神秘的と捉えるかもしれないが、実際はそんなに可愛い筈が無い。詰まる所これもセキュリティの一種で、不用意に入り込んで迷おうものなら永久に出られない死の通路である。


 当然ながら仁科亮はその迷宮の道順を知っている。

 そして一目散に向かっているのは、その異空間の先にある部屋の一つ……監禁用の座敷牢だ。

 途中にある幾つもの部屋は用途によって様々な内装になっており、そこには誘拐同然に連れ込まれた罪の無い女性が何人も閉じ込められていた。

 仁科亮の歪な欲望の捌け口にされている者たち。中には、檸梨市が結界によって隔離される以前から監禁されている者まで。


 普段ならその内の一つに入って、気紛れに殴り、犯し、殺しと、あらゆる非道を働いていくのだが、今は目的の女へ向けて必死の形相で通路を進む。


 神崎紫瞬という最強の手札を切ったと言うのに、黒沼公浩に対する恐怖が何故か拭えない。

 ならば、今から奴に人質を突き付けて身の程を分からせてやろうではないか。冷や汗と震えが止まらない身体で、恐怖に駆られた末の行動だった。


「これで奴も大人しく………いやその前に女の腕を切り落として、あいつの目の前で耳を削いでやる。神崎紫瞬との約束なんて知ったことかっ!」


 アレはもう自分には逆らえない。

『呪』を刻んだのだから逆らえる筈が無い。さらには、以前にクルーォルとかいう胡散臭い男から手に入れた『呪刻印(カース・シール)』まで使って人形にしてやったのだ。

 神崎風音には危害を加えないなどと、今さらそんな約束を守る必要は無いだろう。


「“白面金毛”、僕に檸梨をやるとか言っておきながら……僕は好きにやってればいいと言ってたくせに! 結界の核だろうがなんだろうが、もう知ったことか!!」


 仁科亮は“白面金毛”と繋がっていた。退魔師協会に把握されないまま、何年にも渡って協力者の立場で“白面金毛”を利してきた。もっとも、仁科亮は人形のように都合良く利用されてきただけなのだが。


 そんな折、街を巻き込んで『火坑』という結界を使う事を教えられた。


 檸梨市を覆う『火坑(かきょう)』の維持のために不可欠な核……それが神崎風音だと、仁科亮は聞かされていたのだ。


 が、もうそんな事すらどうでもいいと思うまでに仁科亮は錯乱している。下手に刺激を与えようものなら、あっさり人質を殺してもおかしくない程に。


 公浩が考えうる最悪の可能性だ。混乱した仁科亮が屋敷の庭で配下の退魔師を『呪い』で殺した事実が、その説得力を増している。


 しかしながら、犠牲が出る程の仁科亮の錯乱ぶり以外は、それなりに考えうる(・・・・)可能性ではあるのだが。


 仁科亮が階段を駆け降りてたどり着いた一つの部屋。

 呼吸を乱しながら鍵穴も取手も付いていない扉に手を突き、通力による認証機能で解錠する。

 扉が内側へ開き、座敷牢を模した薄暗い部屋の奥には衰弱しているのか、床にぐったりと横たわる女が居た。


 その女を見つけるやいなや、仁科亮はある種の安堵から口角がつり上がる。そのまま濁りきった瞳と凶暴な相貌に変わり、女……神崎風音へと近付いて行き――――


「な………ん………?」


 ばたっ


 風音にたどり着く前に、仁科亮は意識を失った。


「へへ、案内どうも」


「これぞ天誅ですね」


 現れたのは二人の男女。

 どこか軽薄そうに見える若い男と、修道服を纏った黒髪のシスター……久我山(くがやま)竜胆(りんどう)と、“教会”の祓魔師ながら現在は“社”で支部長の補佐をしているシスター・ルカだ。


「シスター、その娘を頼む」


 竜胆は捕縛用の術式で仁科亮を縛り上げ、適当にその辺に転がしておく。

 シスターは包帯のような帯状の“神託(オラクル)”をフワフワと操り、衰弱して横になっていた神崎風音を繭のように包んで宙に浮かせ、移動を可能にした。


「よっしゃ、ずらかるかシスター」


「お待ちください。ここに来るまでの部屋にも少なからず女性がいる様子でした。出来る事なら、彼女たちも………」


「冷たい言い方になるけどな、そっちは後回しだ。俺らが予定に無い動きをすれば、黒沼が危険になる。それに、ここまでの迷路を見たろ? 全員を助け出せるとは思えない」


「…………」


「俺らは黒沼に手を貸すよう親父から命令されて来たんだ。正確には、神崎風音を救出するためにな。いくらあいつの腕が立つっても、神崎紫瞬を長く足止めするのは無理だろうし」


「………………」


「ここの女たちは改めて助けに来るからさ。今は早くここを出ようぜ」


「……………そうですね。無理を言ってすみませんでした」


 シスター・ルカの俯いた顔には未だ暗さが残っているが、それに反して竜胆は満面の笑顔だ。子供がニカッと笑った時のような、無邪気な顔で。


「気にしなさんな。真っ直ぐに優しい女は好きだぜ」


「!」


 それを意識して言ったのかは分からない。確かめる間も無く、竜胆はそのまま部屋を出ようと、さっさと歩いて行ってしまったから。

 シスター・ルカも別段、異性に免疫が無いとか、極端にうぶという訳でもない。

 ただそれでも、何とも言い難いキョトンとした顔で竜胆に付いて歩く足取りは、どこか浮き足立っていた。



            ★



 キィン―――――


 淡い青色の着物と袴を靡かせる神崎紫瞬の太刀筋は目を奪われる程に美しかった。


 聞くだけなら心地好さすら感じる音と、紫色の(いなずま)を帯びた神速の閃き。あらゆる物を抵抗無く両断し得るその一刀を辛くも凌ぎきっているのは二本の木刀だ。

 “規格外(オーバーフレーム)”……犬塚戌孝の持つ超級の固有秘術による強化があってさえ、防ぐのに全霊を要する攻撃だった。


 恐ろしいまでに正確で、底の見えない手数。しかし端から見れば、猛攻と呼べる程の暴威を振るっているわけではない。

 動きはもちろん速いが、戌孝が最も脅威と感じるのは神崎紫瞬の一刀……繰り出されるその全てが誇張無しに必殺の威力を宿している事だ。

 今も、防御と回避に全神経を注いでどうにか切り抜けている状態である。とても反撃の余裕など無かった。


(くそっ――――踏み込めない!?)


 文字通り、一歩でも間違えば戌孝の固有秘術があろうと真っ二つになるのは必定。

 悔しい限りだが、死線という意味での戦闘経験が浅い戌孝には、その一歩を踏み出す度胸が未だ備わっていない。要するに、殺気にビビってしまうのだ。


 戦術的な経験の不足と、性能が高い固有秘術を持つが故の危機的状況や殺気に対する耐性が身に付いていなかったこと。それが自分をここまで追い詰めているのだと、戌孝は痛感する。


 だからこそ、と言うべきか。自分の方が能力では上回っているにも関わらず、紫の軌跡を描く神崎紫瞬の『紫電の太刀』をかい潜り、尚且つ反撃をする公浩の姿に、戌孝は身震いを抑えられなかった。


「っ…………」


「――――」


 二人とも言葉を発する事なく、黙々と剣戟の応酬を重ねる。

 公浩が来栖城一から奪った『槍王』と、紫電を纏って攻撃力を上げている神崎紫瞬の業物が打ち合い、鮮やかな火花を舞い散らせていた。


(けど、やっぱり黒沼先輩だけじゃキツい)


 神崎紫瞬の強さは格が違う。少なくとも戌孝には手が付けられないレベルだ。

 公浩も食い下がってはいるが、見るからに押されている。素槍の間合いで攻撃を行う回数の方が明らかに少ない。

 広い敷地内で目まぐるしく立ち回り、隙あらば素槍で突きや薙ぎ払いを繰り出すも、神崎紫瞬の堅実な回避と受け流しに苦い表情が浮かんでいた。


(僕も何か……何かしないと!)


 意気込んでいても手が出せない自らの情けなさに、戌孝が木刀を強く握り締めた、その一瞬の後だった。


「うわっ!!?」


 公浩の槍をいなし、しかし勢いを残したまま流れるように打たれた掌打を神崎紫瞬が躱した先には、絶妙なタイミングで木刀を振るう戌孝がいた。

 条件反射で振った木刀は刀で受けられたものの、有り余る身体能力からの一撃は神崎紫瞬の体勢を崩すに至る。


 経験豊富な退魔師であれば即座に追い討ちを仕掛けたであろう場面だが、戌孝は突然の事に立ち尽くしてしまった。


(当たった……防がれたけど、自分の間合いで攻撃できた)


 厳密には苦し紛れに振り回しただけとも言える。だが、相手に斬られる事なく、こちらの攻撃を当てられたのだ。

 戌孝は仮面越しに公浩を窺う。そこには追撃を行えなかった事を責める様子も、得意になって気を抜く様子も無い。あるのは、いつもの余裕溢れる笑みだけ。


(ああ……僕は幸運だ。この人と一緒に戦えるんだから)


 やはり公浩は、自分で思っているよりもお人好しだ。

 本当は余裕の無い戦いだと分かっているのに、しっかり自分に経験を積ませようとしてくれている。


 そのおかげで、恐れが完全に消えたわけではなくとも、踏み込み一歩分の活は入った。

 戦えない相手ではないと、気付けた。


「みっともない所を見せてすみませんでした。ここからは、少しはマシだと思います」


「そう願うよ」


 隣にゆったりと立つ公浩に、僅かながら自信を伴った戌孝が言う。

 多少の思い切りがあれば、戌孝のスペックなら神崎紫瞬にも引けを取らない。そう考えて世話を焼いたのは正解だった。

 それに、一つ判った事もある。


「良い知らせと悪い知らせがあるけど、聞くかい?」


「では、悪い方から」


 慎重に間合いと呼吸を測っている神崎紫瞬を遠巻きに見つめながら、公浩がもったいつける様に会話を始める。

 良い知らせに期待をするが、悪い知らせとやらに微かな不安を覚えた。


「今ので彼の殺気が増した。操られていても、全力とそれ以外の使い分けは出来るみたいだね。ここから戦いの速さが上がると考えた方がいい」


「うわー………では、良い知らせの方は?」


「仁科亮の『呪』の影響か、多分だけど……本来の彼よりは弱い。災害級とやり合える実力なら、この程度の筈がないからね」


「……それ、本当に良い知らせですか?」


 あまり救いにならない情報だ。

 弱くなっていようと、未だ格上には違いないのだから。


「――――いけない」


 その囁くような声は、殺気の微妙な変化を読み取った公浩からの警告だった。

 戌孝はそれを聞いてなかったら、体が動いていたか分からない。


 知覚する間も無く、前傾姿勢の神崎紫瞬が戌孝の腰より低い位置から紫電を帯びた斬り上げを見舞って来た。


「っ!!」


 ガキィンッッ!!!


 戌孝は通力による強化を限界まで高めた木刀で、それを迎撃して見せた。


「っああああ!!!」


 そこからは刹那の出来事だ。木刀(けん)業物(けん)を打つけ合う甲高い音と、火花を生む擦過音が優に数十回は響き渡った。


 極限まで精神力を振り絞り、神崎紫瞬の超加速に何とか対向する。

 瞬きすら許されない高速の世界。視界を埋め尽くす紫の斬撃の軌道を読み、二本の木刀でその全てを打ち落としていく。


 目を瞑ったら死ぬ


 そんな神速にして死の空間に突き落とされるなど、数ヶ月前の自分では想像も出来なかったろう。走馬灯にも似た感慨が、自分の中を一瞬で駆け巡った。


「――――」


 神崎紫瞬の意識が、スッと背後へと向く。

 そこに居たのは公浩。戌孝と挟む形で『槍王』を突きだした。


「っ!」


 神崎紫瞬は戌孝の木刀を『衝波』を発した掌で威力を殺して掴み取り、反対側から突き出された公浩の槍の穂先を、驚くべきことに双方の切っ先をピタリと合わせて受け止めてしまう。

 だが、その凄まじいまでの技量を披露したのも一瞬……直後にはさらなる神業を見せ付けた。


 公浩が慌てて手放した『槍王』が、振り抜かれた業物によって穂先ごと切り裂かれる。


 それは折られたのではなく、さながら雷に打たれた大木のように縦に裂かれた(・・・・)のだ。


「ははっ! デタラメな」


 およそ人間技とは思えないその技量は、士緒の知る限りでも一、二を争うレベル……赤坂村正や“鬼王・八重波”に比肩する腕だろう。

 村正に関しては、戦い方を考えるに剣術と言うには邪道だが、こと斬撃と言う意味では同じ強さの持ち主だった。


「――――はぁああっ!!」


 戌孝の闘気の乗った咆哮が神崎紫瞬に叩きつけられる。

 そして咆哮と同時に『踏鳴(ふみなり)』を地面に打ち込み、地中を進む衝撃の塊を放った。


「―――――」


『踏鳴』は相手の足下に凝縮した振動を伝え、タイミングを図って解放することで、体勢を崩すことを主な目的とした顕術だ。応用の幅が広く、使い手によっては直接的な攻撃手段にもなる。

 しかし、神崎紫瞬ほどの退魔師ともなれば如何様にもあしらえる技に過ぎない。だからこそ……その『踏鳴』は使用するタイミングも拙い、取るに足らない児戯だと侮っていた。


「『破道の太刀』!!」


「――――!」


 戌孝が『踏鳴』の振動と重ねるように、木刀を地面に突き立て……全身の捻りを加えて木刀を斬り上げた。


 轟ッッッ―――――!!!


 まるで地面から巨大な刀身が生えたかの様。

 ビル並みの高さまで伸びた斬撃が神崎紫瞬へと迫る。


「――――っ」


『呪』の影響で本来より実力を落としていなければ有り得なかったが、油断が神崎紫瞬の対応の遅れを招き、気付いた時には戌孝の絶技を真正面から受け止めるしかなくなっていた。

 受け止める直前、不完全な一刀ではあったが、『紫電の太刀』を全開の威力で斬りつける事で相殺を狙うも………


 ガガガガッッッーーーー!!! ―――――…………ガンッ!


 神崎紫瞬は踏み止まれずに斬撃に呑み込まれ、仁科邸の敷地を突き破って数百メートルの距離を吹き飛ばされた。

 長い地割れが伸びる先で勢いを落とし、何かに激突する音を響かせて。


「っっっ――――はぁっ………はぁ……はぁ」


 特大の殺気が一時的とはいえ彼方へと消え去った事で、戌孝はここぞとばかりに呼吸を再開する。


 たった今、神崎紫瞬に使った技は、ここ数日の訓練の際に公浩が戌孝のために考案したオリジナルの顕術。

 戌孝の固有秘術が顕術をある程度まで術者の望む形へと昇華させる特性に気付き、それに基づいて開発したものだ。

『踏鳴』の振動に別の顕術を乗せるという、固有秘術だからこそ可能となる荒業。今回は通力を溜め、『踏鳴』として一気に放出するだけの単純な仕組みに、さらに後出しの通力を重ねて威力を増幅させた。

 かつて公浩が九良名にて“吸血貴族(ノーブル・ド・ドラキュリオ)”の“悪魔”を倒した技の改良版でもある。


 戌孝の固有秘術は理論上ほぼ全ての顕術を使用可能にする。流石に最低限の仕組みを理解する必要があるため、未だ実戦で機能させられる顕術が少ない。つまり、ここでも経験値の低さが仇となっていた。


 そこで公浩は、戌孝に顕術のレクチャーを行い、さらには決め手となる切り札も授けた。

 今も、その技で窮場を乗り越えたばかりだ。公浩には感謝してもしきれない。


「すぐに来るよ。構えた方が良い」


「……少しくらい褒めてくれてもいいのでは?」


「いいとも。肩で息するのを止めたらね」


 公浩から耳の痛いコメントが出たところで、数百メートルに及んで裂けた地面の先へと意識を向ける。

 やはりと言うべきか、神崎紫瞬の気配は健在だ。むしろ今までよりも鋭く、荒々しい闘気を放ち、爆発的に存在感を増していた。


「!!」


「ふむ」


 ドンッッ!!


 肌を震わす爆音を轟かせる着地……ただそれだけで地面が砕け散る。

 着物と袴の所々が破けた状態の神崎紫瞬が、雷の如き神速で仁科家の庭へと舞い戻った。


「悪い知らせと、最悪の知らせがあるよ?」


「最悪の知らせは一目瞭然ですね。意識は取り戻しているのに、『呪い』は掛かったままだなんて」


 先の戌孝の一撃で『呪』の一部が剥がれている。だからなのか、それまでの虚ろで生気の無い、まるで能面のような顔とは打って変わって、今は生き生きとした少年のような笑みとなっていた。

 だと言うのに、戦意は衰えるどころか跳ね上がっている。戦闘能力も同じだろう。

 こちらが敵ではないと解っている筈なのに、戦う気満々だ。

 それはゲームの続きを今か今かと待ちわびている子供の様。刀の峰で肩をトントンと叩いてリズムを刻む姿は、公浩と戌孝を辟易とさせた。


「それは悪い知らせの方。最悪の知らせは……自分で『解呪』をする気が無いことかな。今の彼がその気になれば、仁科亮のちゃちな『呪い』なんて何時でも消し飛ばせるのに」


「『呪』を消したとしても、神崎紫瞬は戦闘を続行する気って事ですか。一応、説得してみます? そんな事してる場合ではない、と」


「娘が人質に取られているから、仮に『呪い』が有ろうと無かろうと、戦いは回避できないと思う。おまけに実益だけでなく、趣味も兼ねるとなれば尚更ね。あの戦闘狂がまだ斬りかかって来ないのは、こちらに作戦を立てさせて、より楽しむためと見た」


「こんな時に、なんて傍迷惑な。人の命が懸かってるんですよ?」


「だからこそ、とも言える。彼がここで戦わなければ人質が危ない。この屋敷で監視されていない所は無いからね」


 人質の救出が進んでいると、迂闊に伝える事も出来ない。

 竜胆とシスターを潜入させている事が仁科亮に知れたら台無しになってしまう。

 儘ならない事態に、二人で小さくため息を溢した。


「あ、相談おわった? もう始めてもいいか?」


「「……………」」


「実はさっきから『呪い』のせいでさ、あんま楽しくなかったんだよなー。体は思う通りに動かないし……早く俺に変われよって、ずっと思ってたんだ」


 なんとも無邪気な語り口でニカッと笑う姿を見ると、物騒な気配を垂れ流していなければ腕白な少年でも相手にしている気分になったかも知れない。

 古風な服装もあり、一見すると儚くも美麗な剣士。だがその実、精神年齢は幼く、おまけに脳筋。そのうえ斬り合いが趣味の戦闘狂であった。


「こんな楽しそうな斬り合い、見てるだけなんて勿体なさ過ぎんだろ」


「……頭が痛い」


 目の前の男が話し合いに応じるタイプではないと、この時点でも嫌と言うほど理解できる。

 士緒はデータの上では神崎紫瞬を知っていたが、それでも、ここまでバーサーカーな人物だったとは……


 密林で鰐とゴリラとアマゾネスに同時に出会した気分とでも言おうか。頭を抱えたくもなる。


「ん? お前、よく見たら何時ぞやの珍獣じゃん! なんだよ、けっこう腕上げてっから気づかなかったわ。あん時は逃げられたからリベンジだな! 二人まとめて刺身にしてやんよ!!」


「流石に、刺身は困りますね」


「えっ、ひょっとしてあの人……本気で殺る気なんじゃ」


『呪』を刻まれて仁科亮の言いなりになってでも人質を助けようとした人物だ。何だかんだ言っても結局は『呪』に抵抗して手心を加えてくれるのではと期待していたが、この雰囲気から察するに、期待は無駄に終わるだろう。

 戌孝は自らの見透しが甘かった事を認めると同時に、混乱しそうな思考を他所に、「どっちが珍獣だ」と叫びたい気分になっていた。


「はっはぁーーっ!! 今宵の『雷切(らいきり)』は血に飢えてるぜ!!」


 バチッ


 神崎紫瞬を相手取り、これまでも手に負えない高速戦闘だったが、遂には目で追えない速さとなる。電流にも似た小さな閃光が走った直後、その悪童のような顔が眼前に出現していた。


「『雷閃の』――――っあで!?」


 チュインッ


 神崎紫瞬の額……『呪刻印』が刻まれている箇所に何かが命中した。


 変形しているが、それは紛れもなくライフルの弾丸だ。

 神崎紫瞬は衝撃で海老反りとなり、後方へと転がって行ってしまう。


「犬塚君、屋敷へ走るんだ」


 公浩が手持ちの『狭霧符』を全て使い、一帯を霧で包み込んだ。

 戌孝を先行して走らせ、公浩は牽制となる『炎柱刺突槍』3本を神崎紫瞬に撃ち込む。


「こんなもん――――おぶっ!?」


 『雷切』で難なく打ち払った炎の槍を目印に、先程の精密射撃が寸分違わず『呪刻印』を撃ち抜く。

 それはまるで焼き増しした光景。通力で強化しているとは言え、同じく通力で強化された弾丸を受けて仰け反るだけで済んでしまうとは、聞きしに勝るデタラメっぷりだ。


 その隙に、今度こそ公浩と戌孝の二人は撤退……いや、屋敷への侵入を果たしていた。



            ★



「ほお、合理的な判断です。援軍か定かではない何者か……この場合は我々ですが、私でもそんな不明の輩に背中を預けたくはないですから」


「悠長に言ってても宜しいんですか? これ完全に押し付けられましたよ? 流石、黒沼君はシビアで遠慮も情けもありませんね」


 檸梨の街で一際高いビルの屋上に設置されたヘリポート。見晴らしの良いその場所にて、迷彩服を着込んで固定式ライフルのスコープを覗く三王山阿斗州(あとす)と、スポーツウェアにハンチング帽姿でデジタル双眼鏡を覗いているジェーン・スミスの二名が、並んで腹這いになりながら一部始終を見ていた。


「あっ、神崎氏に捕捉されました。まったく、どれだけ距離があると思ってるんですか」


「スミス女史、良い双眼鏡(スコープ)をお持ちですね。この距離が見えるとは中々の性能だ。どこでお求めに?」


「よくぞ聞いてくださいました! これは退魔師の使用にも耐える造りの一点物です。なんと理事長からのプレゼントなんですよ!」


「そうでしたか。では、数秒後には此方に到達する神崎紫瞬に壊されないよう、仕舞った方が賢明です」


「わわわ!」


 神崎紫瞬が瞬間移動さながらの跳躍でこちらに迫っている様を見て、慌てて双眼鏡を隠した。


 神崎紫瞬の最大の武器は中距離を雷の速度で移動可能にする顕術……『雷閃疾歩(らいせんしっぽ)』の連続使用による超高速戦闘だ。

 長距離を一息に瞬間移動する事は出来ないが、細かく刻んだ短距離移動でも脅威的な速さになる。

 加えて神崎紫瞬のそれは顕術発動のタイムラグや再使用までの間隔が異常に短く、先程のように姿を捉えた上で狙撃するなど不可能に近い。


 尤も、阿斗州はその限りではないのだが。


「『呪刻印』を潰したのに堂々と襲いかかって来ないでもらえますか?」


 ピシュッ!


 阿斗州の通力により消音と強化の施された弾丸が、迫る神崎紫瞬を迎え撃つ。

 風を切り、音を置き去りにして飛翔する鉄の塊は、次の瞬間に神崎紫瞬が身を置くだろう座標に出現した。


「しゃあっ!」


 然りとて、この程度に対応するのは難しくない。弾丸よりも、自分の方が速く動けるのだから。


 何が来ようとも、刀が届くなら斬ってしまえばいい……それが本当に出来てしまうだけに、阿斗州の攻撃には虚を突かれる形となった。

『虚空踏破』を足場に空中に足を止め、小さな鉄の塊を両断せんと振り下ろされた神速の一刀はしかし、弾丸に触れる事なく空を切る。

 いや、弾丸が刀を避けた(・・・)と言うべきか。生物と見間違う程の滑らかで無駄の無い動きから山なりに回避し、刃が過ぎた所で元の軌道に戻ったのだ。


 弾丸は右肩を掠め傷を負わせるも、通過した直後、その表情を何故か嬉々としたものへと変えている神崎紫瞬により両断された。


「バッティングセンターみたいだなあ!」


 どこにバッティングセンターの要素があると言うのか。渾身の手品(・・)だったのだが、かすり傷だけの結果に阿斗州もため息が漏れる。


「神懸かった馬鹿ですね……」


 何故やる気を上げて突進してくるのかと呆れつつ、とにかく近付くなとばかりに、立て続けにライフルの引き金を引いた。


「落ちろカトンボおおおーー!!」


 キンッ! キンッ! カァンッ!


 うねりながら軌道を変える弾丸を、それを上回る速さの太刀筋と柄当てで打ち落とす。そこには先程までの芸術的な流麗さも閃くような鋭さも無い……獣のように粗暴な喧嘩屋の姿があった。


「………!? 狂戦士め!」


 阿斗州の弾丸の内、いくつかは『雷切』を抜けて神崎紫瞬の身に届いている。全て急所を外されているとはいえ、それは服を裂いて肉を貫き、淡い青色の着物の所々をまっ赤に染めているのだ。


 だと言うのに、死なずに動ければどうでもいいとばかりに突撃してくるとは……馬鹿なのか天才なのか。


「ふ……どっちもですね。スミス女史、手筈通りに」


「了解です」


 阿斗州とジェーンが何事かを示し合わせてから僅か数秒、神崎紫瞬がライフルの銃口の真正面に、その凶悪な笑みを晒した。


「おらあ!! 消えて無くなれいっ!!」


 ―――――ッガァアアン!!!!


 神崎紫瞬の振り下ろした一刀は、ヘリポートを含め建物の半分を消し飛ばしていた。


 手加減? 知らぬ!


 傍迷惑の度にそんな言葉を繰り返す男は、ただの一撃で阿斗州の愛用していた狙撃用ライフル銃を見事なまでに鉄屑へと変えた。


 しかし、肝心の狙撃手の姿が見えず手応えも無い事に、一瞬遅れて気づく。

 お気に入りの装備がヘリポートごと粉々になった以外は、全て計算され尽くした流れ。その時すでに、神崎紫瞬は不可避の罠に足を踏み入れていた。


 ヒュン


 直後、『虚空踏破』で空中に留まる神崎紫瞬の正面に、“誓約(オウス)”で形作られた矢が一本、突如として出現する。

 どこから射たれたのか不明だが、その矢に本来の飛び道具としての勢いは無く、およそ誰かを害せる威力は存在しない。


 そして、そこから放たれた目も眩む“誓約”の光を認識した瞬間、神崎紫瞬は笑う。


 瞬きを終えた直後に見たものは――――














戌「『破道の太刀』!!」


 轟ッッッ―――――!!!


 まるで地面から巨大な刀身が生えたかの様。

 ビル並みの高さまで伸びた斬撃が神崎紫瞬へと迫る。


ジェ「あの技はまさかっ……『○の傷』!?」


阿「いや、スミス女史。あれは『○牙天衝』です」


ジェ「ええ!? あれは『○の傷』ですよー! 百歩譲っても『○クスカリバー』だと思います!」


阿「いいえ、『○牙天衝』です。そこは譲れません」


ジェ「『○の傷』ですってー!」


阿「『○牙天衝』です」


 ―――――――――


戌「…………」


公「? どうかしたかい? 犬塚君」


戌「なんでもないです………(しくしく)」


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