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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
93/148

第93話 黒沼のバスケ


スポーツ漫画は苦手、という方には申し訳ない


描写がむつかしかったです



 


 最近、ネコミミが恋しいんですよね~………


 それが、生徒会長……久我山絢里の恥辱の日々を告げる言葉だった。



           ★



 ざわざわ………


 ひそひそ………


 くすくす………


 MOEMOE………



 久我山絢里に向けられる目は、ざっとこんな感じである。



「今日からこれを着てください」



 道を歩くだけで見る者全員をほっこりさせている絢里が、前日の黒沼公浩に謝罪として求められた行為が、この7日分の衣装だ。

 いやらしいとか、いかがわしいとか、そういった類の服ではない。学園にいる避難者の殆どはカワイイと言うし、実際かなり似合っている。

 他にも、まぶしい、うれしい、なやましい……など好意的な形容詞を呟く者ばかり。

 本人に言わせると、只々はずかしい(・・・・・)だけなのだが………


「………本気で一日はり付くつもりか?」


 絢里が自身に同行している生徒会役員の女生徒に尋ねる。

 凄んでいるつもりなのだろうが、着ている服が演劇部美術スタッフ渾身の傑作衣装の一つである『ヘソ出しミニスカ修道服』※ネコミミ付き とあっては、迫力もクソもない。

 どういったデザインの服なのかは、字面からもある程度は想像できてしまう代物だ。ただし際どさがあるのに、頭から被るように腰まで下りるベールはどこかマニアックさを強調していた。


「もちろん。黒沼さんとの約束ですので……………ぷくく――――」


(あ………なんか死にたい)


 絢里は公浩からの条件として、学園内にいる間は原則的に誰かとの行動を義務付けられている。

 一人の時に着替えようとしたり、一人きりで部屋に引きこもらせないためだ。誰も居ない部屋で過ごす時間が長いようなら公浩に報告までさせて。

 なかなかの徹底ぶり。()ながら隙が無い男だった。


「何やら運動場などで催し物をしていると聞いたが? 私が暫く部屋から出られなくなっている間に、誰が許可した」


「ええとですね、避難してきた人たちを交えたスポーツ大会を少々。ささやかでも娯楽があった方が良いだろうと急遽決まったみたいです。皆さん昨日の事もあって精神的にも参ってますし、そのくらいならと副会長が許可を出しました」


「風紀委員は控えているのか?」


「何人かは。けど、恐らく彼らもガス抜きをしているのではと。念のために会長自ら監督しに行きますか? その格好で、ふふ」


 絢里は昨日のアレ以来……というかこの服を着て以来、正直ナメられている気がしてならない。

 言うことを聞かなくなったわけではなく、親しみが増しただけと言うか………

 それまで硬派で優能な軍曹タイプだった絢里が、『ヘソ出しミニスカ修道服』※ネコミミ付き に着替えてから瞬く間に色物アイドルのカテゴリーに入れられた感じだろうか。

 事実、アイドルに沸くファンのような輩まで出始めている。

 絢里はスポーツ大会と同じ、避難者たちの鬱憤を散らすための娯楽の一つにされたのだ。

 腹の立つ事に、公浩によるその悪魔の策略は……概ね順調だった。


(業腹だが……こんな事が役に立つのなら、辱しめを受けた甲斐はあったか。アイツの事だ。これを狙ってやったのだろうな)


 実に忌々しい。

 だがそれでも、ここにいる人たちを気遣う黒沼公浩の心根の優しさだけは理解できてしまう自分がいる。

 自分をこんな目に遭わせて、メディカルチェックでのストレス値を跳ね上げた相手だとしてもだ。ムカツク………ああムカツクとも。だけど、嫌いにはなれないのが余計にタチが悪い。


「仕方ない。変な騒ぎが起きても困るからな。誰か一人くらいは、全体を見る監督役がいた方が良いだろう」


 思いのほか素直に、さくさくとした歩みで体育館へと向かう絢里に、役員の生徒は少しだけ驚いた。

 その、どこか晴れやかな表情の絢里に目を奪われたとも言える。

 元々学生とは思えないほど大人びた容姿の絢里だ。しっとりとした髪質、制服の上からでも男子の目を吸い寄せるスタイルでありながら、よく言えば凛々しい、悪く言えば愛想を欠く態度から近付き難い雰囲気があったが、その瞬間は『ヘソ出しミニスカ修道服』※ネコミミ付き の補正を塗り潰す色香を放っていた。


 そこから反対側の運動場に着くまで、役員の女生徒は絢里に怪訝そうにされながらも、真横を歩いてその顔を覗きこみつつ向かった。


「想像していたよりも盛況だな」


 敷地の反対側に居て気づかなかったが、さながらお祭り騒ぎである。

 外に音が漏れないよう符術による軽い防音結界を施しているそうなので問題は無いのだが………


「中々に混沌としている………」


 前日の一件での損傷が運動場の所々に見えるが、ある程度は整備を終えているらしい。広い敷地を十全に活用して、あちらこちらで多様な競技を繰り広げていた。

 ソフトボール、テニス、バドミントン。さらには室内から持ち出した卓球台まで。

 この分だと中でも色々やっているのだろう。


「体育館では何をしている。卓球を外でやらせるのは些か酷だ」


「午前から午後にかけてバスケットボールのトーナメントです。その後はママさんバレーの団体と、何とかってアニメの聖地巡礼組による試合だとか」


「ここにそんな集団がいたのか………なら今はバスケの試合中だな」


 避難者たちが意外と逞しい精神の持ち主で絢里の心労も少しだけ軽減した。


「行ってみますか? 会長、バスケ得意ですもんね」


「ああ、こう見えても中学の試合で優勝経験があるからな………こう見えても」


 言った瞬間、自分の姿を見下ろしてみて急速に気分を沈ませた。

 はは………なんてザマだ。

 もう、昔のキレイな自分は居ないのだな………


「似合ってると思いますけど」


「だろうな。お似合いだ………」


(あ、拗ねた。カワイイ………)


 何だかんだと言いつつ、二人は体育館まで足を運んでいた。

 バスケの試合による選手と観客が放つ独特の熱気を肌で―――主にお腹と絶対領域の辺りで―――感じ、なんとか気持ちを持ち直せたようだ。

 観客の側を通ると二度見されたりして試合よりも注目を集めたが、絢里はそんな視線など気にならず、コートでプレイする男に釘付けにされている状態だった。


「あ、黒沼さんですね。わー、すごく上手い! 通力とか使ってないですよね、あれ」


 コートで試合をしている者の中に黒沼公浩がいた。

 コスプレの件から、絢里にとっては不倶戴天の敵とも言える存在だ。

 その姿を認めてから加速度的に不機嫌さを増していった。

 イライラが周囲に伝わったのか、絢里に向けられる視線が物珍しいものから恐々としたものに変化していく。

 役員の女生徒も含めて、絢里の周りに空白地帯が出来上がっていた。


 その事態はプレイ中の公浩の目にも留まったようだ。

 素早いドライブから味方チームの素人男性にも取りやすい絶妙なパスを投げ、そのままの体勢で絢里に小さく手を振っている。

 普通に見れば爽やかな笑顔だが、絢里の目には悪魔が浮かべるニヤケ面でしかなかった。


 ピイイイーー!!


 試合終了の笛が響く。

 どうやら公浩のチームは僅差で負けたらしい。

 無理もない。公浩の動きは生粋のプレイヤーのものではないが、ムカツク程に上手かった。しかし他のメンバーはそれこそ完全に素人だ。

 相手のチームに学園のバスケ部レギュラーが二人も入っていては、流石に無理があるというもの。

 僅差であることを誉めるべきなのだろう。癪なので言わないが………


「やあ久我山さん。応援してくれてありがとう」


「誰が応援するか!」


 二階から体育館内の観客を見回していた絢里のもとへ公浩がやって来た。

 汗も殆どかいておらず、爽やかそのものだ。

 付き添い(みはり)の女生徒にも軽く挨拶をしている。女生徒が公浩にとても友好的な笑顔を返している事が絢里には不思議でしょうがなかった。


「それにしても、ステキな格好ですね。皮肉ではなくて」


「お陰様でな。良い晒し物だ」


「ふむ。見立ては間違ってないんですが………」


 ジィーー…………


 公浩が値踏みするように絢里を見る。

 絢里は咄嗟に上半身で露出した部分である腹部をサッと両手で隠した。


「脚は………」


「!!」


 公浩が腿のあたりに生まれているスカートとニーソックスの狭間にフォーカスを当てる。視線に堪えかねて絢里がストンと膝を折ってしゃがみ込んだ。

 それで脚の露出を隠しているつもりなのが微笑ましい。実際はより扇情的な画になっているだけだと言うのに。


「87くらいですか?」


「最新では88です。何の数字かは言いませんが」


「ぅあ………な、なんなんだお前ら」


 何で知っているんだ………

 そして何でお前らはそこで通じ合っている。


 公浩と役員の女生徒の謎の息の合い様に、絢里は顔を真っ赤にしてわなわなと(おのの)いていた。


「アイドルとして見れば少しセクシー過ぎますが………いけそうですね」


「は! 黒沼さん、まさか天才………」


 なんだこの奇妙な掛け合いは。

 絢里が絶対領域のガーターベルトを披露しているのを見て、何かを閃いてしまったらしい。

 絢里にとって碌な事でないのは火を見るよりも明らかだが。


「オーダーです、久我山さん………………アイドルになっ――――」


 パシッ!


 絢里が突き出した九節棍を、公浩は掌底で顔面の真横へと軽く逸らした。

 プルプルと羞恥から来る小刻みな震えが棍の先まで伝わっている。

 少しイジメ過ぎましたかね………


「勝負だ、黒沼公浩。私が勝ったら………昨日の件は許してくれ」


 とても勝利で得るモノとは思えない控えめな望みで、態度も謙虚としか言えない。

 分かっていたことだが、絢里は真面目なのだ。だからこそ律儀に償いもするし、だからこそ……イジメるとカワイイし、楽しい。

 公浩……士緒からしたら、絢里は格好の獲物(カモ)である。そんな絢里の申し出は好都合そのものであった。


「僕が勝ったら………何してくれます?」


 賭ける物の価値は自分で決めろ。

 イジメ過ぎたか、などと軽くとは言え反省したとも思えないイヤらしい聞き方だ。

 はやまったか……と絢里も思い始めるが、自分から言っておいて退くのはあり得ない。これ以上何を失うと言うのかと、自嘲と諦観を込めて自分の有り様を確認する。

 何度見ても酷い有り様だな。だが、これより上の恥辱などと言うものが――――


「黒沼さん黒沼さん。演劇部の没衣装でとっておきの水着が――――」


 女生徒の小声での言葉を拾い、もはや心が折れる寸前だ。


 あ………なんか怖くなってきた


 ………いや、勝負に勝てばいいんだ。

 これは背水の陣。水を背にして敵の奇襲を避け、隘路に敵を誘い込む戦略なのだから。

 勝利して借りをチャラにする。それ以外は考える必要など無い!


 絢里は半ば現実逃避を行っていると、気付いていなかった。


「良いだろう。水着でも何でも持ってこい!」


 絢里から聞きたかったその言葉に、公浩は会心の笑みを浮かべる。


「では、僕の奴隷(アイドル)になってもらいましょうか」


「……………ん? なんて?」


 絢里の人生を賭けた戦いが始まった。



           ★



 場所は体育館。

 本来この後に詰まっているママさん軍団とオタク軍団の対決はひとまず押してもらった。

 代わりに久我山絢里と黒沼公浩によるエキシビション……バスケでの(ワン)on(ワン)対決を急遽ねじ込んだ。

 一種の余興だが、絢里に限って言えば真剣そのもの。体育館内のそれほど広くはないスペースで観戦している観客たちへのエンターテイメント気分でいる公浩とは、その意気込みに大きな差があるのだ。

 絢里はもはや負ける気がしない状態。精神(メンタル)に関しては絶好調。

 それは今の服装も大いに関係している。


 この試合中、絢里はコスプレではなく体操着の着用を許可された。

 髪は後ろで一括りにし、健康的なスポーツ少女の装いだ。

 ただし、禁欲のただ中にいる避難者の男どもにとって、そんな絢里の(うなじ)から脚部、それ以前に学生離れした胸と尻、腰付きなどは切実な悩ましさがある。

 何を隠そう、絢里が着ているのはブルマ……第二校演劇部の力作の一つであり、その中からほんの僅か絢里のサイズより小さめの物を着せてみた。ぴっちり気味で張り出したワガママなラインがこれでもかと男どもを悩殺していく。

 ちなみに本人はさっきまでのコスプレよりはマシという点ばかりに目がいっており、まさかこの格好が未だに目の毒足り得るとはい自覚していないのだが。


「5本先取、反則以外は何でも有り。良いんですか? 久我山さん。もうしてる頃かと思いますが、きっと後悔しますよ?」


「そっちこそ……少し動けるからと言って私とコレ(・・)で勝負になるなどと、調子に乗りすぎだ」


 バスケでの勝負は絢里が提案したものだ。

 絢里がかなりの実力者だと忠告を受けた上で、公浩は即答で了承してみせた。正直、絢里の実績を聞いたら渋ると考えていたのだが……それはもう眩いばかりの笑顔で。

 得意中の得意による勝負。もはや負けるなど想像も付かない。

 ズルをしたようで罪悪感もあったが、それほどまでに絢里は追い詰められているのである。


「僕が貴女に及ばないと決めつけているのも、ある意味では思い上がりではないかと。思い上がりは強者の特権です。なのでキャリアの差は、僕からのハンデですよ」


 臆面もなく自分が強者だと言ってのける公浩の太太(ふてぶて)しい態度に絢里は僅かに苛つく。

 恐らく精神的な揺さぶりを掛けてきているのだろう。公浩が本当に慢心しているのなら、むしろ好都合。しかし言葉とは裏腹に勝ちに拘る姿勢は苛立ちを覚える程に隙が無い。


(思い上がってもいなければ強者の余裕なども無い。紛うことなき挑戦者の気概だ。私に言わせれば謙虚な部類だな)


 互いに警戒を強め、研ぎ澄ませていく。

 達人同士が真剣を持って向かい合ったような緊張感が周りに伝播し、元々多くの人が入れる造りをしていない体育館には溢れんばかりの人混み。そして外に繋がる扉の前にも限界まで人が押し寄せ、風紀委員が対応に追われている。

 これを見逃すにはあまりにも惜しい。生徒会の役員が何人か、映像を記録するためあちこちに配置された。


 ………………………



 緊張感が増していく中、ボールが公浩に渡される。

 先手は公浩だ。

 腰を落とし、いつでも動ける体勢。そこからは早かった。


 合図も何も無し。ボールが渡ってからゲームが開始されるまでの一連の流れは自然過ぎて、観客たちの中には始まっている事にしばらく気付かない者もいた程に、静かに勝負は始まった。


 おお………!!


 観客の感嘆の声と息を飲む音がそこかしこで聞こえてくる。

 ボールを叩き付けるダムダムという音と、シューズが床を磨くキュッキュという音が、激しいリズムを刻みながら目まぐるしく動くゲームの展開を演出していた。


 公浩が槍を突き立てるような鋭いドライブと、ステップを踏むような軽やかなフェイントは大いに見応えを与えている。


「読みが甘いぞ!」


 左右に素早く動き抜き去ろうとしてくる公浩を絢里は完璧に捉えていた。スピードは及ばないものの、経験者としてのキャリアが身体面(フィジカル)での不利をあっさりと覆しているのである。

 攻めあぐねているという事実に、公浩も余裕を無くす……と思いきや、微笑み愉しそうに動き回る様子は未だ健在であった。


「まだ余裕そうだな、黒沼。虚勢を張っているのかっ」


「皆さんを盛り上げるのが目的でしたし、取り敢えずは達成ですからね。そっ―――れに、っと。まだボールを一度も取られていませんので、当然っ、余裕もありますとも!」


 ゲームの内容的には苦しいが、公浩はなんとかボールを取られる事を阻止している。

 自分が攻撃する番だというのに、ジリジリと追い詰められているのは公浩の方だ。

 形勢は圧倒的に不利。ゲームの主導権は攻撃側の公浩ではなく、守備側の絢里が握っているのは明らかだった。


(虚勢というのも間違っていませんが――――っ!?)


 その瞬間、公浩の動きを見切った絢里がボールを奪って反撃を繰り出す。公浩を抜いてあっと言う間にゴール下までたどり着き、追い付かせる暇もなく、そっと置くような堅実なシュートを決めていた。


(なんと……読まれてしまうとは。手数が足りませんでしたかね)


 公浩の技量は試合において高い水準で通用するものだ。

 しかし、それらを手数として使いこなすには実践経験が足りていない。スポーツ万能で部活の助っ人に呼ぶのには申し分ないが、全国区の試合では並程度と言わざるを得ないレベルである。

 センスは間違いなく一級品。この学園内でも、絢里以外で相手になる人間は少ないのだが、今はその絢里が相手であった。


「これで余裕も無くなっただろう?」


「……さて、どうでしょう」


 確かに、改めて気合いは入り直した。

 公浩からしたら真剣ではあってもゲーム感覚だったのだ。だからと言って好んで負けたがるほど破滅主義でもないのだが。

 鶫と付き合い始めてからは特に、負けず嫌いが顕著に出ているなと感じていた。人間らしさを思い出したくなったら、たまには負けてみるのも悪くはない。


「いえ、やっぱり僕がハンデを貰った方が――――」


 お互い中央に戻り、第2ラウンドの前に軽口でもと考えたのが悪かった。

 何でもありなら当然、この程度の不意打ちがあっても良いだろう。位置に付いた途端、会話で公浩の気がほんの一瞬だけ逸れた所を絢里が的確に突いたのだ。

 構えが済んでいない公浩の甘くなった脇を、スレスレの距離で抜きさった。


「ふっ――――」


 公浩も小さく息を吐き、絢里の背中を追う。

 思考を100パーセント勝負のそれに戻すとよく分かる。絢里のドライブが如何に洗練されているかを。

 もし大回りするように走っていれば公浩も楽に追い付いたはずだ。しかし絢里の動きはゴールまでの最短で、しかも公浩が反応したとしても距離が近すぎて即座に動きにくい位置取りをした。

 なるほど本物のバスケットプレーヤーなら絢里のこのドライブにはもっと警戒したのだろう。

 これは絢里から公浩(アマチュア)への警告であり挑発。

 それに対して公浩は、


(受けて立ちましょう!)


 公浩は驚異的な速さでそれに追従する。

 ただ背中に張り付くだけでは絢里を止める事は出来ない。そこで公浩は直前の絢里とは真逆の動き……あえて大回りする軌道から追い抜き、前に踊り出た。


「気を抜いた事を謝罪します」


「いいや、まだ抜けたままだ!」


 絢里は立ち塞がった公浩に構わず突っ込んでいく。


「っ!」


 本来、足を止めた状態の公浩に体をぶつければファール……明らかなチャージングだが、絢里の気迫の込もったドライブに、つい反射的に躱そうと体を逸らしてしまう。

 これもまた、なまじ運動が出来るアマチュアだからこそのミスだ。



 スポン ダンッ


 そのまま逆を突くように抜かれ、得点を許す結果となった。ボールがリングを潜り、床にぶつかる音が虚しく響いている。


 ………………………お



 おおーー!!

 すげーー!!

 いいぞいいぞ!!

 会長さん流石ーー!!



 直前まで呼吸も忘れて観戦していた観客たちから一拍置いて歓声が上がった。

 公浩は息を整えながら感嘆の声を漏らす。今度こそ目が覚めたのか、その目はしっかりと見開き、絢里を見据えている。


 認めよう。

 真剣なつもりだったが、たかが余興のゲームだと侮っていた。

 本気さが足りなかったと、絢里に対して無礼だったと己を省みる。

 ここからは戦場のつもりで集中するべきだろう。負けるのは御免だ。


「!」


 定位置に戻る際、公浩が一瞬だけ見せた表情に絢里はハッとなって息を飲む。

 すぐいつもの顔に戻ったが、その瞬間だけ公浩の笑みが消え、思わずドキッとするような……まるで別人の顔に見えたのだ。

 さらには先程までより公浩が放つプレッシャーが増しており、いよいよその気になったのだと嬉しくなる。

 絢里としても、わざと挑発する(さそう)ようなプレイをした甲斐があったというもの。

 その誘いにしっかり応えてくれる黒沼公浩という男を、絢里はやはり嫌いにはなれなかった。こんなに自分をドキドキさせてくれる男など、嫌いになるのは勿体ない。


(いや、別に好きではないが………なんと言うかこう………たまに食べるジャンクフードが美味いと言うか………)


 心の中で言い訳を並べてはみたが、取り敢えず公浩は天敵であり、たまに食べるハッシュドポテト(?)的な存在であると納得することにした。

 絢里は呼吸一つで気持ちを勝負に切り替え、目の前の天敵に対峙する。ここで集中力を切らして無様を晒すなどもっての外。


 現在ボールは公浩の手の中。

 流れは自分に来ている。可能ならこのまま押しきってしまいたいところだが………


「すぅ――――ふぅ~」


(楽にはいかないか?)


 公浩が本気になったと確信する。

 思えば絢里が公浩の本気の気配を感じたのはこれが初めて。実際どれほど変わるのか正直怖くもあるが、自分は全力でプレイする以外に考える事は無い。


 この男に勝ちたい。

 ここまで勝ちに拘るのは、我ながら珍しいと思う。

 拘りを見せる程、敗けを意識したことがなかったからだ。特に、ことバスケに関しては勝ちを得るのに苦労した経験が無い。

 退魔師の仕事と、学園で生徒会長をするようになってからはバスケから遠退いたが、それでも腕を落とした気はしなかった。だから今、公浩に本気で勝ちたいという想いは実に新鮮だ。


 ここで勝てたら、きっと気持ち良いに違いない。

 今まで真面目が取り柄であった絢里だが、今回は真剣に私欲(・・)も含めて戦わせてもらう。


 絢里が位置に付き、これでもかと集中力を高めていった。


(あぁ……素敵な表情(かお)ですよ久我山さん。()が勝てばもっと素敵な表情になるのでしょうね。だから――――)


「!!」


 公浩が開始と同時にボールを絢里の顔面に向けて投げる。

 速さは出ていないが、女性の顔に当てると考えるとかなり思いきった行動だ。

 多少の驚きはあったが、対応できない程ではない。絢里は眼前のボールを片手で受け止め、身体を傾けた勢いのままドライブを決め――――


「僕が勝ちます!」


 公浩が、絢里がキャッチする前の宙に浮いていたボールを、風のように拐っていった。

 自分で投げたボールを、それよりも速く動いて持ち去ってしまったのだ。

 おまけに、ボールのキャッチと同時にドライブを行おうとした絢里の体の位置と反対を抜けるように。

 始めからこの一連の動きを想定していたのだろう。そして見事にはまった。


 ストンッ


 絢里はそのまま為す術無くゴールを奪われた。


「ふむ、一度抜いてしまえば貴女は追い付けないみたいですね」


 正確には追い付けはするが、ボールをスティールするだけの余裕が無いのである。

 まるで漫画のような奇襲、その後は堅実で隙のない動き。絢里の予想を越える動きだ。

 観客も公浩のプレイに大きく沸いていた。


「何ださっきのは……貴様はあれか、キセキの世代か何かか?」


「おや、元ネタをご存知でしたか。やはりただの真面目な生徒会長ちゃんではありませんね。真面目でカワイイ(・・・・)生徒会長ちゃんです」


「私は先輩だぞ。口を慎め後輩」


 絢里2 公浩1


 5本先取のゲームで、お互いにまだまだこれから。

 予定よりもずっと観客の受けが良い。撮影した映像をリアルタイムで校内のテレビやスクリーンに映したところ、かなりの盛り上がりを見せていた。


 そして次は絢里のターンでゲーム開始だ。

 勝負としてだけではなく、絢里の容姿が映える事でも観ている者たちを沸かせている。

 なにせ激しい動きをする度にアレがアレしたりしているので、特に男共が沸きたっていた。

 本人が知ったら正気でいられるか心配なため、誰も教えないのだが。


「お好きなキャラは?」


「期待させて悪いが、私は黒○よりもスラ○ダンク派で、なっ!」


 絢里が仕掛ける。

 これまでより大回りな軌道で、広くコートを使用した派手な走り。公浩もすかさず絢里の前を塞ぐ。


「!」


 絢里がシュートの構えを取った。

 距離的には3ポイントの位置よりも遠く、入ったとしてもこの勝負での得点は1だ。

 そのリスクを冒してのシュート。普通ならフェイントを疑うところだが、公浩はシュートを阻止しようと動いた。

 ほぼ同時の跳躍。絢里の身長は女性としては少し高めで、公浩より少し低い程度。ジャンプのタイミングは完璧に合っていたため、絢里のシュートは防げる筈だったのだが………


「っ!?」


 バックステップからディフェンス側の間合いを外すシュート。

 公浩の手は届かず、ボールは緩やかにゴールへと吸い込まれていく。が、


 ガタンッ


 絢里とはいえ、流石に無理があった。

 ボールはリングに弾かれ、虚しく地面に落下する。


「流石にセンドウの真似事は無理だったか………」


「彼でもこの距離は無理だと思います。ですが、貴女とはもっと仲良くなれそうな気がしてきました」


「……あれ(・・)が仲良くする相手への仕打ちか?」


 絢里が指差す先では生徒会役員の女生徒が、アイドルが着るようなピンクのフリフリ衣装をひらひらと掲げて満面の笑みをこちらに向けている。

 絢里はこの学園の演劇部が心底心配になってきた。


「心の準備は良いですか? 貴女は生徒会長アイドル“あやりん”として生まれ変わるのです」


「……負けたら、あれが私の末路か」


 やはり仲良くなれない。

 お前は青○ではなく、○ッド・ジョンだろ。本人が聞いたら言い得て妙だと感心する感想を絢里は抱いていた。








正解は4の あやりん 


3の場合は具体性に欠けてしまいます。


その他の会長

・幼児体形のあの人(・・・)

・女神信奉者

・REI

     など



今日の小ネタ


・○ッド・ジョン……連続殺人犯。主人公の宿敵


・スティール……相手のボールを奪ったり弾いたりする行為。

 ※スティーーール! ってしても相手のパンツは奪えません



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