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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
92/148

第92話 泥の街 五日目


新規のヒロインかって?


ふふふ………そうなるかは読者さん(アナタ)しだい




………………嘘です、ヒロインです

 

 数百から成る化物の襲撃は思いのほか騒々しさを伴うものでは無かった。

 “凶堕ち”の群れは狂気の様相で九良名学園第二校の校舎へと殺到しているが、それらから上がる奇声には生気が込もっていない。呻き声のようであり、中には甲高い音を喉奥から発しているだけの個体もいるが、全体の音量は精々飛行機の音を地上から聞く程度。

 ただし、その不協和音を聞いている学園側の戦力からすれば、それはさながら不快と恐怖の軍勢でしかなかった。


 校舎から数百の“凶堕ち”を迎え撃つ学園側の戦力は生徒会、風紀委員会、教員、“社”の退魔師を合わせて30人程。

 九良名学園の敷地は広く、この人数で全面に漏れの無い防衛線を敷くのは困難を極める。全方位から襲い来る“凶堕ち”をとにかく近づけないようにするか、または校舎に取り付きそうな個体を撃ち落とすか引き剥がすかで一切の余力が無い状態だ。

 この状況で目覚ましい活躍をしているのは数名。“社”から来た上一級の退魔師が一人、教員から上一級と特一級が一人ずつ、そして特一級相当の生徒会長。

 防衛線を抜けそうになる敵が最低限に留まっているのは彼らの働きによるところが大きい。

 敵の質は高くないが、中には雑で脆い『虚空踏破』で飛び越えようとする個体もおり、そのせいでカバーすべき範囲が広がっていた。実戦の経験が豊富な者はそういった予想外の動きに素早く対応できているが、ここまでの死線(・・)には慣れていない学園生たちは少し浮き足立つ様子もある。

 その点で言えば、風紀委員の中でも戌孝は頭一つ分抜けた対応が出来ていた。ここ最近の“規格外(オーバーフレーム)”としての経験が活きた形だ。


 当然の事ながら、多くの場面に対応するには使える顕術の種類は多い方が良い。それらを連続、または同時に複数行使できれば言うこと無しだろう。

 しかし危うく忘れそうになるが、術式は別として、通力の顕を同時に行使する行為は高等技術だ。少なくとも上一級の難易度である。

 顕術の威力よりも、この場においては処理能力が物を言う。実力が足りない学生たちは連携による火力の底上げを行い、『光矢』などの基礎的な技を面で放つことで敵の侵入を阻み、個人で能力が足りる本職組と教員組は近接や遠距離、それぞれのスタイルで成果を上げていた。


 だが、それは何とか凌いでいるというだけで、とても拮抗しているとは言い難い。

 “凶堕ち”は数が多く、おまけに一度命令を受ければ死ぬまで攻めてくる。

 学園側の勝利条件は“凶堕ち”の殲滅。反面、一体でも建物内に侵入を許せば負けも同然だ。

 それが分かっていればこそ、士気にも影響がある。ただでさえ、死兵を相手にしなければならない事実に挫けそうな状況……学園側は体力的にも精神的にも消耗が激しすぎた。


 まず最初に、“社”の退魔師が担っていた一角が崩れた。

 その際に支援系専門の二級退魔師が殺されている。後方での働きが主な彼が殺された……その意味するところは思ったより深刻だった。


『西側を一体抜けたっ! 誰かフォローを頼む!!』


 退魔師の一人が“通信符”越しに叫ぶ。

 最も敵が集中していたエリアだ。この瞬間にも『光剣』での近接戦闘で“凶堕ち”を屠っている。誰も彼を責める気にはなれなかった。


 それでも、つい舌打ちをしながらその場所へ急行したのは、生徒会と風紀委員を含む全体に指示を出しつつ前線を疾走していた生徒会会長……久我山 絢里(あやり)。久我山竜胆は絢里の兄だ。

 絢里は癖の強い長髪と、学生にしては女性的なメリ張りが目立つ肉体で風を受け止め、戦場に空いた穴へと駆け出す。


「間に合え!!」


 絢里が駆けつけた時、その“凶堕ち”は校舎の壁に蜘蛛のように張り付いていた。

 そして生理的な嫌悪感を催す不気味な四足歩行で壁を這いずり、上の階にたどり着いた所で窓を割って侵入してしまった。

 学園にいる生徒や避難して来た一般人たちは全員、屋内運動場か、九良名学園には必ず設置されている地下避難所に集められている。

 侵入を許してしまった辺りには人がいない筈だ。

 その筈だったのだが………


 ガシャーーンッッ!!


 侵入した窓……その隣をぶち破って“凶堕ち”が外に飛び出して来た。

 絢里はすかさず、その“凶堕ち”の脳天に自らの得物である(こん)を振り抜き、致命の一撃を見舞う。


 グシャッ


 鬼と違い、死骸の残る敵だ。見ていて気分の良い物でもないため、その死骸は可能な限り遠くへ飛ばすようにしていた。

 絢里はすぐさま割れた窓から校舎へと入り、状況の確認を行う。


「独楽石!? 何をしている、避難していろと――――」


 絢里が飛び込んだ教室には独楽石栄太が居た。

 そして普段通りの鋭い剣幕で栄太に言葉を投げるが、当の本人は冷静な態度で、声を荒げる絢里を手で制するように止める。

 ふと、大柄な栄太で死角になっていたのか、その背後には身を縮めて抱き合いながら蹲る二人の女性の姿が目に留まった。どうやら栄太は、逃げ遅れた彼女らを守っていたらしい。


「生徒会長。ここはいいから、外に戻れ。正面が騒がしいみたいだ」


「ああ。そちらの二人は任せたぞ」


 敵が片付いたのなら、絢里としては一秒でも早く持ち場に戻りたかった。

 一秒を争う戦場だと栄太も理解している。会話もそこそこに絢里は窓から飛び出そうとしたのだが、


『か、会長!! 南側がもう持ちません!! 生徒会と風紀委員は半数が負傷して――――』


 通信符から伝わってくる生徒会役員の切羽詰まったった声音。

 南には生徒会と風紀委員会のほぼ総力を配置してある。他三方向には教員や退魔師を中心にしたプロが少数ずつ。

 それでもたった今、西側を抜かれた以外は少数のプロたちの方が防衛線は安定していた。

 逆に数が多くとも、実戦経験の不足を誤魔化しきれなくなった学園生側が、絢里がフォローに回った僅かな隙に瓦解しそうになっているのだ。


 こうなると一秒なんて言っていられない。刹那の時も無駄に出来なくなった。

 窓からお行儀良く(・・・・・)出ていく時間すらも惜しい。


「っせぁあああ!!」


 ドガァアアンッ!


 絢里は校舎の中を猛ダッシュで駆け、南門へ最短の直線上にある壁は悉く粉砕していく。

 その行動はどうやら正解だったようだ。絢里が校舎の壁をぶち破った先では、今まさに“凶堕ち”の群れが学園生たちに雪崩れうつ場面だったのだから。


 絢里は得物の九節棍(きゅうせつこん)を通力でいっぱいまで伸ばし、まるで生物のようにうねる棍さばきで無数の“凶堕ち”を薙ぎ払って見せる。

 そのまま戦場に躍り出ると九節棍をくるりと取り回し、縦横無尽に襲い掛かる変則的な打突を“凶堕ち”の群れに叩き込んだ。

 一瞬にして十体以上の敵を打ちのめし、それによって狂気の波はひとまず引いたかの様に見えた。


「ちぃっ――――!!」


 視線の先には灯台・乙型の鬼。

 指揮統制を行えるこの鬼が、“凶堕ち”の群れを率いていたのだろう。

 今すぐに潰してやりたいところだが、そのノッペリした外見の灯台型の先端に、退魔師の経験から見覚えのある光が集まっていく。灯台型による広範囲を殲滅可能な拡散系の攻撃……その直前に起こる通力の集束だった。

 乙型には甲型ほどの火力は無い。が、戦闘力が皆無な民間人を刈り取るには十分だ。

 自身が操る“凶堕ち”も巻き添えにするだろう攻撃。中級以上の退魔師なら問題無く生き残れるだろうが、最悪の場合は建物内の人間と、運が悪ければ学園の地下に避難している一般人たちにも被害が出るかもしれない。


 その事態に気付いたのは絢里だけではなく、特一級の教員と風紀委員の犬塚が阻止しようと駆け出していた。しかしその間には動く“凶堕ち”も積み重なって動かない死体も肉の壁となり行く手を阻んでいる。かと言って『虚空踏破』は“凶堕ち”の前で使うと覚えられるリスクが高い。


(そんな事も言ってられないか!)


 絢里が灯台型に向けて高く跳躍した。

 予想通り“凶堕ち”も空中の絢里に殺到する。乙型の影響からか、忌々しい事にその場で『虚空踏破』を習得してしまう個体が多い。こんな時でなければ見惚れてしまいそうな程に見事な棍さばきで叩き落としていったが、思った以上に足止めを食らってしまった。


(間に合わない――――!!)


 踏み込み一回分、間に合わないだろう。

 それでも絢里は諦めず最後の『虚空踏破』を踏みきり、同時に九節棍を力の限り伸ばす。


 この戦いでずっと重きを置いていた一瞬一秒が………ここに来て足りない事に、強く歯噛みした。


 が、絢里が悔しさに歯を食い縛ったその瞬間………喉から手が出る程に望んだ刹那が齎される。



 Kiiiーーーーッッッ!!!



 その音は灯台・乙型が上げた断末魔。

 絢里の九節棍が灯台型の正中線を横薙ぎにし、真っ二つにへし折った事によるものだ。

 だがその直前、絢里は気付く。確かに灯台型が集束させていた通力を散らす何者かの攻撃があったことに。


「学園生……か?」


 戦場のど真ん中に堂々と立つ一人の少年を見つける。

 九良名学園の制服を着ているその少年は、しかし生徒会長の絢里にも見覚えの無い相手だ。

 少年は灯台型が攻撃を放つ瞬間、腕に顕した『光剣』で敵を倒す事より妨害を優先した。止めを刺しても直後まで攻撃が止まらない事態を危惧したという事だろう。

 その判断は正しかった。

 妨害は成功し、止めは絢里がしっかりと刺したのだから。


 灯台型が消えた事により、“凶堕ち”の群れはその性能を目に見えて落としている。生徒が守る南側は瓦解寸前ではあったが、なんとか指示を出せる者がいたようで持ち直した。

 それに敵の死兵も無限ではない。無茶苦茶な特攻なだけあって、かなりの数を減らしていたようだ。

 この分ならそう時間も掛からずに掃討できるだろう。


「第三校の学章………? なぁ、君。助かったよ、礼を言う。名前と所属を聞いておきたいんだが――――」


「………黒沼先輩ですか?」


 余裕がある内に話を聞いておこうとした絢里の言葉を遮って、第三校の生徒へ戸惑い気味に声を掛けたのは風紀委員の犬塚戌孝だ。

 絢里は意識を戌孝と、突如現れた第三校生への警戒と半々で送る。


「やあ犬塚君。元気そうでほっとしたよ」


 運命的な出会いと再会。それはこの地獄を変えうる希望で、そのための岐路だった。



           ★



「あの学生、まさか昨日の………?」


 “凶堕ち”の群れがみるみる掃討されていく光景など眼中に無く、“雷蹴脚”の興味は突然に現れて、そのままあっさりと戦闘の流れを決定付けてしまった少年へと注がれている。

 その感覚が正しければ、あれは前日に“規格外(オーバーフレーム)”になりすまして自分たちを奇襲し、何の意図があってか本物の“規格外”にぶつけた学生服の男だ。


 ギリィッ


 その時の事を思い出して、思わず歯軋りが漏れる。

 あんな風に虚仮にされて黙っていられる筈がない。

 よほどその場から飛び出して、今すぐ雪辱を晴らしに行きたい所だが………なんとか気を静める。

 昨日は冷静さを欠いて仲間を失った。それほど惜しい男ではなかったが、ここで自分まで同じ轍を踏むのは愚かさに拍車をかけるだけ。

 現れた少年の力量、そして未だ姿を見せぬ“規格外”を警戒するならば、自分の安い衝動などは無視できるというもの。取り敢えず情報だけでも得ようと、予め用意してあった盗聴用の術符で少年らの周辺の音を、範囲を狭めながら調節していく。しかし、


「――――っ!?」


 少年が近くに転がっていた“凶堕ち”の死体に対し、『刺突槍』を突き立てた。

 その槍は“凶堕ち”に仕掛けられていた術符を的確に貫いている。

 完璧な擬装とは言えないまでも、気付かれないように細工をしてあったと言うのに………


「ムカつく奴! あのニヤけ面をグチャグチャになるまで蹴り抜いてやりたい――――って、あいつの顔何処かで………?」


 なにやら少年の顔に見覚えがある。

 最近どこかで会った……いや、あの顔は少し前に調査報告書か何かで………


「………黒沼公浩? なんで奴が………」


 先日の種咲市にて、今は無き“日計の毒”と五行家を先頭にした“社”との大規模戦闘。そこから這う這うの体で逃げ戻って来た“誓約破り(ウォーロック)”こと北大路煉の報告に名前の上がった男。

 特一級の“恐慌獣王”を苦も無く殺したという学生だ。

 辛くも生き延びたとはいえ、煉は元の肉体を捨てた事による影響で直近の記憶の一部を失ったらしい。どのようにして“木枯し”とスピナトップが倒され、自分が逃げる事態に陥ったのか……その詳細は不明だった。

 しかし、はっきり思い出せる部分だけでも報告書に纏めさせ、“夕立暴走乙女(ラーゼンメイデン)”なる異次元の性能を見せた測定不能級固有秘術の分析に関する報告書の束、その端の端に申し訳程度に書かれた名前の中に黒沼公浩がいたはず。

 “夕立暴走乙女”はともかくとして、それ以外の部分は煉が乱心したか、作戦の失敗を少しでも目立たなくするための誇張くらいに考えていたが………今ならあの変態研究者に素直に同意の言葉を言えるのと同時に、固有秘術以外にももっと情報を書き込んでおけよと小言を百は言えそうだった。


(得体の知れない奴。ただの学生だなんて嘘…………いったい何者よ)


 “雷蹴脚”は十分に距離を取っていたにも関わらず、出来るだけ静かにその場から立ち去った。



           ★



 あまりにも唐突に、公浩が『刺突槍』で死体を串刺しにして見せた。

 それを見ていた者たちは一瞬だけ警戒を強めたが、その後、盗聴用の術符が仕込まれていた個体だったと説明する。確認してみると、確かにそれらしい術符が貫かれていた。


「戦闘への参加が遅れてすみません。敵の中に今のような個体が混じっているのではと観察していたんです。その結果、もう2体ほど同じのがいましたので、そちらは先にこっそりと仕留めておきました」


 灯台型の攻撃を妨害する前には、既に動いていたようだ。

 学園側の生徒は全員が死に物狂いで戦っていたというのに、強かにも、そんな事をしている余裕があった、と。

 黒沼公浩と言う男の態度は飄々としていると言うか達観していると言うか、なんとなく掴み所が無い。煮ても焼いても食えそうにない感じだ。

 生徒会長、久我山絢里の公浩に対する第一印象は、あまり好意的なものではなかった。

 それどころか、直後に生徒会役員の少女からの小声による報告を聞いて目を剥いた後、怒りの形相で公浩を睨む。公浩に「後で話がある。逃げるなよ?」と言い残し、慌ただしく戦いへと戻っていった。

 残された公浩にはその用件に心当たりがあったが、苦笑いだけ残してその場から踵を返そうとしている。戌孝が慌ててそれを止めた。


「黒沼先輩! どちらへ……?」


「後は僕が手を出す必要も無さそうだから。高みの見物をね」


「……居なくなるわけじゃ、ないんですよね?」


 公浩が何処かへ行ってしまうと思い、心配になって引き止めたのだ。

 これは戌孝にとってまたと無い好機。公浩には是非ともこの場に留まってほしい。

 戦力面でも、居てくれたらどんなに心強いか。出来れば共に戦ってほしかった。


「生徒の皆には経験を積む機会だからね。僕は加わらない方が良い。屋上に居るから、何かあれば呼んで」


 そう言って公浩は校舎の中へ悠々と入っていった。

 確かに先程までならともかく、今ならそれほどの危険も無く戦闘経験が積める。

 思えば、南側を守っていたのは大半が生徒だ。教員や退魔師たちと違い経験が浅く、敵を殺すのに意識的と無意識的を含め、抵抗を持つ者も多かったように思う。

 相手が元人間で、今なお人間の形をしているせいか、どうしても攻撃に躊躇いがあった。

 厳しい考えかもしれないが、今ここで、人の形をしただけの化物を壊す事に慣れるべきだろう。


(最善だ。あの話、黒沼先輩になら頼めるかな………)


 “規格外(オーバーフレーム)”の正体を明かし、黒沼公浩に協力を頼んでみるのが、自分にとって最善ではないか。

 願ってもない人物とタイミングの良い再会。泥に覆われ空に月も見えない街にて、漸くツキが回って来たのだ。



           ★



 ガシャンッ


 学園の校舎、屋上のフェンスを公浩の背中が叩く。

 絢里が公浩の顔を殴り、後ろによろめいて背中を強く打ち付けたのだ。

 しかもそれだけに止まらず、公浩に詰め寄った絢里に襟首を掴み上げられ、フェンスに押し付けられながら身体が浮き上がってもいる。


「会長!? 落ち着いてください!」


 絢里の突然の行動に戌孝は一瞬驚いたが、止めに入りながらも絢里の行動は理解できると、複雑なやりきれなさを感じていた。


「生徒が一人死んだんだ……お前なら助けられただろう!!」


 絢里が憤るのも無理はない。

 生徒会役員が一人、先程の戦いで死んだ。

 そんな現実を前に、精神的にも未熟な他の生徒たちが戦闘を続けられたのはもはや奇跡である。

 公浩は姿を現さない敵の存在を察知し、俯瞰した目で戦場を見渡した。その末に介入を行い、見事敵の目論みを防いでみせたのだ。

 公浩を責めるのは御門違いだと分かっている。しかしそんな正論だけでは絢里は怒りを収められなかった。

 学園を取り囲んでいた“凶堕ち”を掃討した後、屋上で八つ当たりに近い感情を公浩にぶつけている所だ。

 他に生徒会と風紀委員が数名居合わせているが、その表情からは絢里に共感するものが多く伝わってきた。


「まず助けるべきだった………お前はっ、それが可能でありながら見捨てたんだっ! 何とか言え!!」


 絢里は激情のままに公浩を責め立てる。

 少し冷静になれば自分の身勝手さが分かっただろう。その時に公浩が助けに入れる状態だったのか、あるいは公浩の機転が無ければ今頃どうなっていたか、など。あるいは、自分が不甲斐ないせいで起きた結果だと、認めたくないだけだということも。

 公浩は何も言わず、ただ絢里の怒りを受け止めている。

 しかし、絢里を見下ろす目は真っ直ぐで力強い。まったく動じない山のような雰囲気だ。

 絢里はそんな公浩に気圧され、押さえ付けている腕の力を弱める。

 何人かは気付いた。その目が、先日の仁科亮に対する独楽石栄太のそれに似ていた事を。

 浮いていた足を地面に降ろし、制服の乱れを直してから公浩は話し始めた。


「まず第一に、僕では彼を救えなかった。第二に、彼は身体を張ってやるべき事を全うした。第三に、場合によっては彼自身、望んで倒れたとも考えられる」


「……なに?」


 絢里の空気がまたしても険悪なものに変わる。

 言葉だけ聞けば、公浩の言った事は不謹慎極まりない。自殺したのではないか……などど言われれば、怒るのも当然だ。


 ただし、直後に続いた公浩の言葉で、怒りよりも戸惑いが強くなった。


「最後に……厳密には彼は死んでいません」


「っ――――、なんだと?」


 公浩の言葉を受け止めきれない。

 あり得ないのだ。死体は確認した。間違いなく同じ生徒会の人間で――――


「それ、本当だぜ?」


 その声に全員が反応し、肩に担いでいた何かをドサッと乱暴に地面に寝かせた独楽石栄太を見る。

 降ろした物を見てみると、それは死んだ生徒の遺体だった。ただし、服を着ていない遺体の全身、その胴部分には半分を占める亀裂と、それが広がって生まれた空洞を覗かせる無機質な穴が空いていた。

 絢里を含めた全員、その壊れた人形(・・)のような物体を見てギョッとしている。


「独楽石家謹製の人形(ひとがた)だ。多分俺を監視するために紛れ込ませたんだろうな。こいつ確か、俺が来たのと同時期に生徒会入ってたろ?」


「な――――では私たちは半年間、空っぽの人形に接して来たと言うことか?」


「そうでもありません」


 驚愕の事実に頭が混乱してきたであろう絢里の背後、公浩はそっと近付いて、そっと耳元に囁いた。

 その拍子に絢里が「ひゃん!?」と可愛らしく声を上げて飛び退くのを、公浩は愉しそうに眺めている。


「三王山家の秘伝に『憑依』というものがあります。本来は秘伝なので家の人間以外は使えない筈ですが、そこは術符の制作に長けていて供給をほぼ一手に引き受けている三王山家です。『憑依』の術式を作り上げて、独楽石家に卸していても不思議じゃありません」


 そこで、まるでハエでも横切ったかのように耳元をぶんぶんと手で払っていた絢里が何とか自分を落ち着かせ、僅かに頬を紅潮させつつ咳払いをしてペースを整えた。

 おい聞いたか……「ひゃん!?」だって。などとひそひそ話をしている他の役員と風紀委員から物珍しげな視線を受けているが、今は無視だ。


「つ、つまりっ……我々と生活してきた術者自体は、全く無事だと?」


「それに関しては、残念ながらそうとも言えないんです………」


 公浩によると、『憑依』は文字通り自分の意識を依り代に移す顕術との事。その際、憑依先の依り代が活動できない程に損傷する事は肉体的な死を体験するのに等しい。遠隔地の本体にも精神的なフィードバックがあるのだ。


「術式の接続を切る前に依り代を失えば、恐らく年単位で意識不明となるでしょう」


「そう………か」


 死んだと思っていた仲間は生きている。喜ぶべきところなのだが、それでも多少の暗い雰囲気は隠せなかった。

 考えようによっては公浩の言う通り、本人にとっても良かったのかもしれない。どうやら『憑依』は()転移顕術なのだそうで、依り代とのリンクが切れれば強制的に本体に戻れるそうだ。

 彼はこの街で死ぬ危険は無くなったということ。

 そしてこれも公浩の言う通り、彼は望んでリスクを受け入れた。身体を張り、生徒たちを助けたのだ。

 栄太の監視とはいえ、自分たちを仲間として助けてくれたのだと、今さらながらに絢里は仲間の()に意義を見出だした……皮肉な話と言える。


 公浩は悲観するばかりではないその様子に柔らかな微笑を湛え、本来の用事である栄太へと向かう。


「独楽石君、さっきの人たちの様子はどうだろう?」


「「??」」


 公浩が栄太に話し掛ける。まるで最初から知り合いであるかのようなその様子に、特に戌孝と絢里が疑問符を浮かべていた。


「再会早々、あんな事をしでかした俺によく頼み事とか出来たな……お前が拾ってきた二人はきっちり避難させといた。今のとこ、寝床も食糧も困ってないしな。誰も文句は言わなかったぜ」


「それなら安心だ。ありがとう」


「お前に礼を言われると、すげー気持ち悪いな」


 ………………??


 いまいち状況が見えない二人のやり取り。戌孝と絢里は互いに怪訝そうな顔だ。


「栄太は……黒沼先輩とは知り合いなの?」


 戌孝がもっともな疑問を口にする。

 考えてみたら、栄太は以前は第三校にいて、公浩と同じ学校だったのだ。

 別に知り合いだからどうということもないが、少し気になった。


「ん? ああ、俺が第三校でやらかした事は話したろ。この先輩(・・)はその原因だ」


「人聞きが悪い。あれは君の逆恨みじゃないか。今の『キレイな独楽石君』になる前の、君の黒歴史だ」


「誰がキレイななんたらだ!」


 驚いた事に、栄太が起こした問題の当事者だった。

 そんな混ぜたら危険そうな二人から軋轢のようなものを感じない所が、より不思議だが。


 栄太は第二校に来てから―――正確には戌孝と関わってから―――丸くなった。だが、そんな事を公浩が再会してすぐに分かる筈もない。

 それでも、栄太に対面して何の摩擦も起こさないで接している公浩が、とても凄い人なんだと、戌孝は改めて尊敬の念を抱いていた。


「拾ってきた二人、というのは?」


 絢里がおずおずと声を掛ける。

 どうにも話の流れがキナ臭い。負い目らしきものから来る冷や汗が絢里の体温を下げまくっていた。


 人形の件と言い、さっき公浩を責め立てた自分がまるで道化のようではないか、と。


「ここに来る途中で助けた一般の方たちなんですが……彼女たちを避難させるためにこの学園に寄ったところ、先程の騒ぎです」


「……校舎内で独楽石が守っていた女性たちか」


「戦いのどさくさで屋上から侵入したんですが、そわそわと落ち着かない独楽石君にばったり出会ったので、彼女らを任せたんです」


「そわそわなんてしてねえっ!!」


 ………なるほど。

 これで絢里は悪者確定だ。

 100パーセント善意の人助けでやって来た公浩に、あまつさえ自分たちも助けられておきながら………殴った? うっ、頭が……


「いたた……急に頬の辺りが痛みだしてきました」


「!」


 誰に向けて言っているのかは明白だ。

 薄情な事に絢里が振り向いた先では、生徒会役員、風紀委員ともにサァーッと音も無く絢里から遠ざかっていた。


「なんでこんなに痛むんだろう………ああ、そうか! さっき謂れの無い暴力に晒されたからでしたね。思い出したら背中も痛みだしてきた………」


「わ、私は悪くない………」


 絢里が精一杯絞り出した言葉がそれだった。

 例え学生の一人が人形であると把握していた上での行動だったとしても、あの状況では公浩を誤解しても仕方がない……というか、そうとしか見えなかったのだから。絶対、謝ってなるものか………!


「ええ、そうでしょうとも。真実はどうあれ、貴女は仲間の死に憤っただけで、何も悪くありません。僕は誰かと違って、謂れの無い誹謗中傷で攻撃したりしないので」


「っ………ぐぅ………」


 ぐうの音も出ないとはこの事………いや出たのだが


 そもそもっ、説明しなかったこいつも悪い!

 あの誰が死んでもおかしくない極限の状態で、こいつには戦場を俯瞰する余裕があったのも事実だろうに!

 まぁ、俯瞰していたからこそ、誰かが死ぬリスクが殆ど無いと分かっていたのかもだが……………

 それにしてもっ、こっちも極限を越えた直後の八つ当たりだったのだから、そこまでネチネチ文句を言わなくてもいいではないかっ!


 よぅし言ってやろう。

 これでお互い手打ちにして、うやむやにしてやるぞ!

 と意気込んだは良いが、目の前のS野郎は絢里の知るそれらとは格が違ったらしい。


「ん……口の中を切ったみたいだ」


 公浩はハンカチを口に当て、そして血の付いた面をさりげなく絢里に見えるように離した。


「やや? これはもしや、奥の差し歯が吹っ飛んで――――」


「なんでもします」


 絢里が膝を屈した。比喩ではなく、実際に。


「始めからそう言えばいいんです。膝を汚さずに済んだでしょうに」


 そう言って公浩は絢里を立たせ、シレッと別のハンカチを取り出して膝を払ってみせる。

 久我山絢里の人生で最大の屈辱。穢された経験は無いが、こんな気分なのかもしれない。

 虚ろな瞳でうつ向く絢里と、悪魔も裸足で逃げ出しそうな嗜虐的な笑みで見下ろす公浩を、その他の生徒たちは数歩引いて眺めていた。





ヒロインフレ?


まだだ まだ止まらんよ(たぶん)



さて唐突に、今回のヒロインは誰でしょう?


1、戌孝 2、栄太 3、会長 4、あやりん



正解は次回の後書きで

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