第90話 泥の街 三日目
檸梨市、九良名学園第二校。
世界の終わりもかくやと言う異常に苛まれているその街において、しかし学園の敷地内で事態の終息を待つ学生たちは比較的落ち着いている。
泥のように濁った空、化物へと変わる街の人間。味方の中にすら自らの死となり得る存在が潜んでいる状況で彼等がパニックを起こさないのは、精神的支柱……希望が確かに示されているからだ。
“社”からの充分な支援。優秀な退魔師が居るという信頼。そして生徒たちを引っ張ってくれる存在。
そしてある意味での彼等のリーダーは“社”を信じるよう言った。きっと助かると希望を語った。
しかし何事にも水を差す輩は現れるもの。風紀委員の学生が数人、今まさに校門の前で敵と相対している。ただし、その敵は異形の化物でもなく、人の形をした化物でもなく………彼等と同じ、人だったが。
「何度来ても答えは同じです。僕らはこの街で、仁科の下に付く事はありません。九良名学園第二校は現在、“社”の保護下にありますので」
代表の風紀委員を先頭に、数名で睨み合いをしている相手は仁科の分家……仁科 亮。そしてその護衛が二人。
こんな狂った状況にあっても、いまだに権力が通用すると思い込んでいる馬鹿だ。
ただし、護衛を含め手下には実力者が多い。こんな異常事態だからこそ、強く敵対は出来なかった。
たとえ、仁科亮が独断と横暴の限りを尽くして街の戦力を集め、“社”とそれに協力する者たちを大いに辟易させているとしても。
「やはり君じゃ話にならないな。死んでない責任者はいないの?」
薄気味悪い笑みがスーツとコートを着こんでいるような印象を受ける仁科亮。今も学園内の生徒で戦闘に投入可能な者を強引に勧誘しようとしていたところを、風紀委員に見咎められての揉め事だ。
今回のような事は初めてではない。最初に訪れた時は学園長が対応した。それに準ずる責任者である教員も何人か。
しかし、彼等はそれから一日としない内に姿を消すか、あるいは敷地内で殉職して見つかったのだ。
明らかに作為的なものを感じる。言うことを聞かないと、何時でも同じ目に遭わせると脅しているかのように。
「現在、学園の管理は“社”が行っています。恐らくですが、もうそうそう殉職する事は無いかと」
「えっとー………君、名前は何だったかな?」
「犬塚です。犬塚戌孝」
犬塚 戌孝。
去年の夏、南斗という街にある九良名学園第一校に、戌孝は在籍していた。
戌孝は第一、第三校の交流戦で公浩が再起不能にした仁科暮光と諍いを起こし、仁科暮光が退魔師人生を絶たれたすぐ後に学園を離れたのだ。非は無いとは言え、さすがに居づらかったのもある。
学園長の陸道鏡の計らいで第二校に転入後、風紀委員となって生徒から信頼される学園生活を送り、今に至る形だ。
「犬塚君……僕は君にこそ、こちら側に来てほしいと思っている。どうだろう? この一件が解決したら、うちで雇い入れると約束しようじゃないか。望むなら協会での地位も便宜を図ろう。だから他の学生たちも僕らに付くよう、君から説得してみてくれないかな?」
「そういった話なら解決してから改めて伺います。今、ここの学生は誰一人として、狸の皮算用をしている余裕は無いんです」
「………………」
戌孝の強硬な態度に、仁科亮は細めていた眼が薄らと開く程には面の皮が剥がれてきているようだ。
特に指示をした様子も無いのに、護衛の二人が一歩進み出て風紀委員たちを威圧し始めた。
どうにも、仁科亮には上位者の余裕と言うものが欠けている。優秀な護衛がいて、彼等に威圧させるだけで大抵の学生は逆らえないのだから、精神的な余裕なら過剰に持ち合わせているのが普通だろうに。
仁科亮には、その場をなるべく早く収めたい理由があった。面倒な存在が邪魔してくると分かっているため、さっさと戌孝に首を縦に振らせたいのだ。
なぜなら、立場を笠に着る人間は往々にして、同じく強い立場の人間には強気に出られない場合が多いのだから。
「また来たのか、仁科亮。三日も続けてとはご苦労なこったな」
野太い声に皆の注目が彼に集まる。
190センチを越える身長、広く厚い体格。学園の制服を着ていなければ学生とも思わないだろう厳つい作りの顔と、肩で風を切る傲岸な立ち姿で、二本の木刀を携えた少年。
仁科亮はその姿を認めると、誰にも聞こえないように小さく舌打ちをした。
ある意味で自分と同格の相手。自分が家柄を振りかざしているだけにやりにくい。この上なく目障りな相手だ。
「……やあ、独楽石君。もしかして、僕の邪魔をするのかな?」
現れたのは独楽石栄太。“六家”である独楽石家の本家筋、その三男だ。
こちらも、かつて第三校で戌孝同様にトラブルを起こし、半ば逃げ出す形で九良名市を追われた。
ただし、トラブルの度合いは戌孝とは比べ物にならないほど大きい。なにせ橘花院士緒の甘言に踊らされ、精神を崩壊させたかと思えば、危うく生徒会のメンバーを殺しかけた。
実家からはほぼ絶縁状態で、“六家”としての後ろ盾など無いに等しい。
しかしそんな栄太ですら、目の前の小者にとっては無視できない存在なのだ。栄太の事情をある程度は把握しているとはいえ、他家の本家筋をどうにかしようとするのはリスクを伴う。仁科亮がするにはそれなりの勇気を必要としていた。
「お前の邪魔だあ? まさか。そんな暇な事してるほど、俺の人生が優雅に見えるかよ。ただ………俺の所には一切お誘いが来なくて少しキズついてるがな。見ての通り繊細なんだ」
「く………ははは! おもしろいおもしろい。まぁ確かに、君に真っ先に声を掛けなかったのは失礼だったね。では改めて……僕の側に来て、街の異常の解決に尽力してくれないかな? その暁には君の実家にも、勘当を解くように口を利いても良いよ」
本当なら出来る限り栄太とは関わらないつもりでいた。
仁科亮はプライドやら自尊心やらが無駄に高い。表面上は対等に接していても、本心では相手を見下している。
そんな人間が栄太のような者と一緒に行動するのがどれ程のストレスか。
可能な限り避けたかったが、こうなっては仕方ないと状況を受け入れたつもりだった。器の大きい自分が下手に出てやるから有り難く思え……と、せめてもの自身への慰めを思い浮かべて。
だが、独楽石栄太はそんな仁科亮の低い沸点を一瞬で振り切る態度に出た。
「頼み方が違うんじゃねえのか? どうかあなたの手下として奴隷のように働かせてください……だろ」
グッ―――ギリィ―――
亮の表情はみるみる内に憤怒の形相へと変形していく。怒りのあまり、薄気味悪い笑みでガチガチに固まった表情筋が、油を差していない機械のような音を立てて変貌した。
「………調子に乗るなよ。今のお前には“六家”の後ろ盾は無いって分かってるか? 何の力も持ってないんだよ。あまりにも憐れだから手を差し伸べてやってるのに………それを拒絶してタダで済むと思っているのか!!」
口調は微妙に振動しながらも、全神経を集中して感情の爆発を抑えこむ。その安定しない百面相……いや、二面相で怒りと笑顔を行ったり来たりしているのを見れば、かなり無理をしているのは一目瞭然だが。
「はっ! そいつぁいいな、やってみろよ。ここに居るのは落ちる所まで落ちぶれた憐れな木偶一体だ。お前にはそれを排除する度胸も無いと思っていたが、ちったあ見直したなあ!」
「――――――~~~~!!」
一歩も退く様子が無い栄太に、異様なプレッシャーを感じる。
失う物が無いからと自棄になっているわけでもない。亮には分からない、体を張るだけの覚悟から来る存在感だ。気持ちの大小でここまでの差が出るものだと、傍から見ている風紀委員たちにも強く印象付けた。
もはや目を合わせているだけでも辛い。何があっても自らの矮小さを認めない亮だが、この場は不快感が勝る。苦し紛れの言葉、「君に免じて、今日は帰ることにするよ」と吐き捨てるように言い残し、護衛二人を伴ってそそくさと退散していった。
「………はぁ」
終始穏やかとは言えないが、何事も無く済んで安堵の息を漏らす風紀委員たち。栄太は彼等の先頭に立っている戌孝へと近付き、声をかけた。
「毎度お疲れさんだな戌孝。わざわざ相手にするこた無えのによ」
「栄太……ありがとう、助かったよ。あの人しつこいんだよね、ほんと」
親しげに声を掛け合う戌孝と栄太。
先程の仁科亮とは打って変わって、風紀委員たちは緊張を解いて独楽石栄太の周りに集まり、口々にお礼を述べていく。
それだけでなく、遠くから様子を窺っていた一般生徒も何人か集まって来た。
皆、頼れる兄貴分にでも接するかのような態度だ。そんな者たちの中には上級生もおり、一年の栄太に向けているとは思えない目もちらほらと見える。
「ああ、仁科教の教祖様は逞しくていらっしゃるからな。それとお前ら……無理に前に出てこないで“社”の連中に働かせろよ。居眠りでもしてんのか?」
「……まぁ、あれだよ。彼等に押し付けてしまうには酷な相手だしね。出たがらないのも無理は無いよ」
“社”から第二校に派遣されている退魔師は十数名。いずれも一級か上一級の実力者だが、正義に燃える戌孝以下数名の風紀委員と違い、トラブルに進んで身を晒すタイプではない。ましてや責任者として出て行こうものなら、この後に仁科亮が何をするか………何者かに襲われて殉職した教員たちがそれを物語っている。
退魔師たちには仁科亮が現れた時点で学園生が報告したが、どうせ何もしないだろうとか、放っておけば帰るなど、言い訳だけして関わろうとはしなかった。
「………そうか。“社”もこんな状況で手一杯だ。分家つっても仁科家に対して勇敢に立ち向かうような骨のある退魔師は、こんなとこに寄越さないわな、ふつう」
戌孝と栄太の会話を聞いていた生徒たちの表情が不安に染まっていく。
それはそうだろう。自分たちを守ってくれると思っていた退魔師が、いざその時になっても動いてくれないと分かったのだから。
退魔師たちも、鬼や“凶堕ち”が相手であれば前面に出て戦うだろう。しかし、相手がこの街において力も権力もある人間となると、どっちに転んでも自分の不幸にしかならないと理解してしまうのだ。
たとえこの街から生きて出られたとしても、まともには生きられなくなるだろう、と。
とは言えその様な状況、生徒たちが不安にならないわけが無い。
これを宥めるのは自分には難しいと戌孝が悩んでいると、栄太が皆の注目を集めるように声を上げた。通りの良い落ち着いた声音と声量、不安が和らぐような……そんな声で。
「お前らそんな顔すんな。さっきの見ただろ? 連中にこっちをどうこうする度胸は無えよ。“社”の退魔師が言った事は正しい」
退魔師の教員が殉職した件は仁科亮とは無関係だと周知させている。向こうが何もしないというのは楽観が過ぎるが、それは一般生徒たちが知らなくてもいい事だ。
“社”の退魔師の事にしても、混乱が起きそうな情報には可能な限り蓋をしておきたい。味方のパニックなど、百害あって一利も無いのだから。
「安心しろとは言わねーが、ギャーギャー騒ぐ事でも無え。ここの風紀委員は優秀だからな。何かあれば小さかろうが何でも頼っていいぞ? こいつらが働きすぎでぶっ倒れる頃には全部解決してっからよ」
どっしりした物腰での栄太の言葉。それだけで安心したように顔を綻ばせる者もいる。ちょっとした軽口も、安心感を与える意味で大いに役に立っていた。
それもこれも、信頼あってこその説得力だ。
独楽石栄太の慕われ様は第三校に居た時からは想像もつかない程に意外で、奇妙な光景だった。
他の生徒たちが栄太の事情をどこまで知っているかは知らない。だが、この九良名学園第二校には独楽石栄太に悪い印象を抱いている生徒はほぼ皆無と言って良い。
この変貌ぶりを第三校の生徒たちが見ても本人だと信じないか、己の目を疑って医者にかかるかだろう。
変化の要因は幾つかあるが、その最たるものこそ、友人……犬塚戌孝の与えた影響だった。
「おら散った散った! いつまでもワラワラと群がってんじゃねー!」
戌孝と栄太をその場に残し、人だかりを作っていた生徒たちを風紀委員が校舎内に戻らせる。
彼等の顔に絶望が浮かんでいる様子は無い。不安が取り除かれたわけではないが、この地獄の様な街にあって、それがどれ程に得難い事かは言わずもがなだ。
この様子なら、もう暫くは人間らしい精神状態を保っていられるだろう。
「俺にはあいつらを落ち着かせるのが精一杯だ。おまけに、それも長くは続かないぞ。さっさと解決しちまえ、戌孝」
「また無茶な責任を押し付けるんだから。全力は尽くすけど、夜の間は学園の事は頼んだよ?」
「いや……それこそ無茶だろ。俺はいち生徒だ。手助けはするが、そこんところは生徒会とか風紀委員会、教師の仕事だぜ? 今の俺なんて、独楽石家の出涸らし程度しか役に立たないからな」
「みんな栄太を必要としている。昔がどうだったかなんて、ここでは関係無い。今の栄太は優しくて頼り甲斐があって、何より皆の支えだからね。それだけの信頼を自力で勝ち取ったんだから、もっと誇ればいいのに」
「ちょっと個人的に悩みを聞いて、たまに解決を手伝っただけだ。そしたらいつの間にか、どいつもこいつも俺を良いように使うようになってやがった………」
「栄太が嫌な顔せずに真摯に向き合うからだよ。嫌なら“お悩み相談室”を畳むことだね」
「あれもお前が勝手に作って俺に押し付けたやつだろうが。まぁ今さら抜けらんねーけど、お前も……決めた以上はやり遂げて見せろよ」
そう言って栄太が戌孝にひょいっと投げて寄越したのは、巻物の形をした『大部屋』の術式だった。
先日、学園内で死亡した退魔師の教員が持っていた物だ。先程まで他の教員たちが管理していたのだが、それは現場にこそ必要だと栄太が教員を説得し、風紀委員会の預かりとして譲り受けてきた。
「役に立ちそうな物を片っ端から詰め込んできたぜ。ちょっとばかし“社”からくすねた物も入ってるが、まぁ好きに使え」
「なんか微妙に素直に喜べないけど………ありがとう。後で確認しておくよ」
「そうしろ。ただな……あの屋台のヒーロー面っぽいのが幾つか、手に入れるのに一番苦労したってのは納得いかねーが」
「あはは………ごめん。スペアが無いと不安で。他に顔隠せそうな物でしっくりくるのも無くてさ」
「夜だけしかヒーローになれないんじゃ、弱点的な意味でも顔隠すのは仕方ないけどな。何にせよ、俺としちゃあ頼れるのはお前だけだ。早いとこ街の異変を何とかしてくれ、“規格外”さんよ」
栄太は手に持っていた二本の木刀を戌孝に差し出す。
術式に入れておいても良かったのだが、気分的に直接手渡したかった。
“規格外”……“社”の所属でもなく、学園にも該当する強さを持つ生徒がいない事から、第二校の制服を着た謎の存在とされている。
本格的に調査も行われたが、能力的な点で謎の存在に迫る人間を見つける事が出来なかった。あれだけの強さを隠すのにも限度があるのだから、見つけられない筈はないと言うのに。
それ故の“規格外”。
そんな自身の呼び名を照れ臭そうに聞き、ハニカミながらも戌孝は受け取る。まだ戦い方に慣れないため、強化していてもたまに壊してしまう木刀を。
そして、それと一緒に託されたのだ。
“規格外”として、犬塚戌孝が。
街を救ってくれと、栄太や他の学園生、住民たちからの切実な願いを、確かに受け取った。
★
「ふむふむ、“規格外”ですか……元気そうで何よりです、犬塚君」
檸梨市のとある高層マンションの一室。街をそれなりに見渡せる高さにある部屋のベランダから公浩は双眼鏡を覗きこみ、九良名学園第二校の門前にて行われたやり取りを観ていた。ちなみに部屋の持ち主は既に“凶堕ち”しているため、誰かと鉢合わせる心配は無い。輝真の経験によると、街の安全地帯としては上位の場所とのことだ。
「それに独楽石君も。人は変われば変わるものですね」
「嬉しそうに言ってますけど、これまでの周回で彼らは敵対することの方が多かったんですよ? “規格外”は少し、特殊な立場ですし」
檸梨市を覆う結界。これだけ広大で強力な結界ともなれば少なからず制約が付き纏う。
輝真の話では、この街の結界は制約を限りなく減らした代わりに一つの致命的な弱点があるらしい。
士緒が本気で臨めば力ずくで結界に綻びを入れて脱出、ないし破壊は可能だろう。ただしそうすると、“白面金毛”の企みは阻止できるが、結界内では深刻な崩壊が起きるそうだ。それは“白面金毛”にとって狙った効果より大きく減衰はするが、世界にダメージを与えるという目的のある程度は達成されてしまう。
面倒ではあるが、弱点を突いて完膚無きまでに目論見を潰すしかない。
その弱点と言うのが、最も難儀な問題なのだが。
「結界を構築、維持するための核……基点となる誰か。これまでの周回でもそれを特定することはできませんでした。その誰かを殺さねばならない過程で、毎回“規格外”とは相容れないですし」
“鬼”でも“凶堕ち”でもなく、人間を殺す事になるかもしれない。その一点にだけでも、経験不足の戌孝は毎回、足踏みをしてしまう。
基点の特定のために学園の内部に踏み込もうとした時などは特に反発が酷かった。
「夜間だけ爆発的に能力を上昇させる“固有秘術”、ですか。第一校で大きな怪我を負ったのを切っ掛けに得たものでしょうね。ふむ………具体的にはどの程度でしょう」
「恐らく、士緒さんが想像している上昇率とは桁が違います。はっきり言って、ああなるともう犬塚戌孝とは別人……別次元の強さです」
「以前の私は比較のために誰かの名前を引き合いに出しませんでしたか?」
「今この街に滞在している神崎紫瞬に迫る強さだとか。犬塚戌孝が実戦での経験を詰めば澪でも苦戦するだろう、とも」
「あいたた………」
聞けば聞くほど頭の痛くなる話だ。
その話が本当なら、あまりにも尋常ではない。
まず士緒でも、黒沼公浩のままでは勝つことは難しいだろう。夜だけとはいえ、現段階での“規格外”の脅威度はかなり高い位置になる。
この上、経験を詰めば“真ノ悪”でも五本の指に入る強さの澪に匹敵するとなると、今回の事件が解決したとしても、大きな災いの芽になりかねない。
幸いにして欠点があるようなので、対処は可能だろう。今のところは積極的に排除するつもりも無いのだが。
「これまでで彼が戦いを楽しんでいたり、驕っていた節はありましたか? もし夜のヒーロー仮面に酔っているようであれば、暫く会いたくないのですが」
「その心配はいりませんね。誠実で驕りも無し。酔っぱらう程の深酒も控えているようです」
「なるほど。いざ敵になると困りますが、その様子なら敵対はしないで済みそうですね」
「ええ、ですからスーパーマンの弱点を用意する必要はありませんよ。今のところは」
前に似たやり取りでもあったのだろう。頭を過った事を士緒が冗談交じりに言おうとしたところに、輝真が先読みする形で言葉を被せた。それに対して思わず苦笑が漏れる。
不思議な感覚だ。頭の奥底を覗かれているようで、けれども不愉快ではない。それこそ、長年親しんだ家族とのやり取りのようで心地良くすらあった。
輝真が思うならともかく、士緒が抱く感想としてはいまいちピンと来ない。
(何でしょう………“三つの異能”の影響が私にも表れている、とか?)
時間移動の記憶が他者……最も関係性が強い士緒に僅かながら共有されたか? なにぶん前例も知識も無い能力に関する事であり、なんとも釈然としないが、とりあえずは納得するしかないだろう。
「……ふと思ったのですが、まだ貴女の素性を詳しく聞いてませんでしたね。聖川輝真……本当に、ただ“三つの異能”を所持しているだけの一般人なのですか?」
すると、その会話すらも既に経験済みだったのか、輝真が間を置かず流暢に語りだした。
「ええ、私は正真正銘の一般人です。普通の家庭で普通に育った………“三つの異能”を先天的に所持してはいましたが、どうやら条件を満たさないと発動しない上に他の所持者が当たり前に抱えている肉体への負荷も全く表れませんでしたから、今回の異変が起きるまでは本当に一般的な生活をしていましたよ」
「今回の件……それが異能を発現する切っ掛けになったと?」
「はい。これは先日にも話したと思いますが、私はこの街の結界……正確には結界が及ぼす現象に囚われしまいました。街の異変を取り除かなければ、私が通力の絶対値を失って本当の意味で死を迎えるまでタイムリープし続けなければなりません。もちろん死ぬのは嫌なので、通力を完全に失う前に解決して自由になりたいと考えてます」
「ふむ……“白面金毛”の目的は分かっていますし、此度の結界はそのための手段の一つです。何が作用して貴女を巻き込んだのかは分かりませんが、傍迷惑な話ですね。いずれしっかり償わせておきますよ」
「その辺は任せます。まあ正直……悪い事ばかりでもなかったんですが」
椅子に腰掛けた状態の輝真が、双眼鏡片手に窓越しに遠くを眺めている士緒を見やる。
その視線はどこか熱っぽい。うっかりすると口元が弛んでしまいそうな輝真は、手元のコーヒーに口を付けて誤魔化すように話しだした。
「そう言えば、言いましたっけ? この髪、私が通力を永続的に失っていく度に色が抜けて白くなっていくこと。これはこれで結構オシャレで気に入ってるんですよ」
「へえ、そうだったんですか……………はい、私も素敵な髪だと思います。ええ、とても」
輝真はほんの軽口のつもりで言った事であり、真っ白な髪を気に入っているのも本当だ。
しかし、素敵だと言った士緒の表情には、僅かな影がさしていた。
ああ、これは………結構前の周回の時にもあったな
髪の色が抜けていく事を、ポロッと士緒に溢した事がある。
その時にも士緒はこんな顔をしていた。元の髪に未練があるわけではないのだが、士緒にとっては違うらしい。
女性にとって髪は大切な物。輝真も当然、髪を大事にしているものだと考えていたのだ。
確かに黒くて長い、他人に比べて良質の髪ではあった。しかし士緒は少し深刻に受け止め過ぎたのか、大事な髪が異様な変化をしていく事実が輝真の心情を苛んでいるものだと、何故か心を痛め始めた。
優しい人だ。とても暖かい人なんだと、その時から輝真の士緒に対する距離が大幅に縮まっていく事になる。
改めてそんな一面を見られて、輝真はほっこりしながら説明をした。
自分は髪に未練は無いのだと。ましてや髪の色なんかで、いちいち思う事もありはしない。
士緒も、なんとか輝真と自らの認識の差を埋められたようだ。最後など、顔に出していないつもりだろうが、輝真が気にしてないと分かって心底ホッとした様子だったのだから。
「ふむ、ですがその髪色から察するに、確かにもう時間跳躍の回数は残されていないようですね。因みにご存知ですか? 家の中で探し物をする時、順番に巡っていった最後の場所で探し物が見つかる確率は――――」
「嫌なこと言わないでくださいよ」
気の遠くなる程の周回をしてきて、最後の最後になってもそれが解決できないのは………そこに答えが無いからではないか? 絶対に見付からない探し物を自分たちはしているのではないかと、不安になってしまう。
そういった笑えないジョークを言ってしまう士緒の悪癖だけは、如何ともし難かった。
「……そうだ。その回数の事なんですけど、士緒さんに聞きたい事が」
「聞きたい事? 貴女が、この期に及んでですか?」
輝真が聞きたい事なら、今の自分より前の段階でいくらでも聞く機会はあったはずだ。恐らく今回で最後のやり直し……今さら聞きたい事があると言うのか?
「ええ。実を言うと………私の通力は前の周回で完全に失われてました。だから本当なら、私が今ここでこうしていられる筈はなかったんです」
通力の絶対値を消費するのだから必ず限界がくる。前回、“白面金毛”の企みを阻止できなかった時点、そこが本来の限界だったのだろう。
だとするなら、何らかの方法で一回分だけ限界を延ばしたか、あるいは良くない場合として考えるなら、何か無茶な対価を支払っているかだが………
「と、するなら………つまり?」
声に少し険が混じっただろうか。我ながらまだまだ未熟だ。
綺麗事を言うつもりは無い。輝真の払う対価……犠牲で、世界に穴を穿つ事態が収められるなら、その手段を採る事も許容する。
しかし、その手段を強いた自分の力不足に関しては、大いに嫌悪するだろう。
未だに甘さが抜けていない自分が情けない………と、そう思っているのは実のところ士緒本人だけで、親しい者は全員そんな士緒を好ましく思っているのだが。
「前回の終わり、失敗はしたものの、健闘を讃えるような言い回しで貴方は私に握手を求めてきました。私が手を取ると、蛇が私の腕に巻き付いてきて………」
「噛み付きましたか?」
士緒の問いに答えようと、輝真は袖をまくって腕を見せる。
そこには荒縄が巻き付いたような跡が残っていた。それは以前、九良名で独楽石栄太に使用した試作の術式だ。
故に士緒はその痣の事をよく知っている……と言うより、試作者である士緒しか知らないものだった。
「なるほど……私はこれを貴女に使ったのですか。初めて会った時のアレも納得です」
「? アレ、とは?」
「……こちらの話です。え~と、この痣なんですが………」
一瞬、どこまで話しても良いものか逡巡する。
これについては流石の輝真も知らない情報だ。橘花院家が古くから受け継ぎ、士緒の両親が完成させた禁術……『天道無楽』。それを元に士緒がダウングレードを重ねに重ね、どうにか形だけ整える事に成功した術式。
紛い物とすら呼べない程の劣化版ではあるが、一応は橘花院が秘中の秘とする禁術だ。
やたらと話すのは躊躇われた。
なので、輝真には核心をぼかして説明をする。もし禁術について知っていると言うのであれば物言いが入るだろう、と考えて。
「私が試作した禁術です。取るに足らない駄作ですが、何らかの代償を伴って、無意識下で望んでいる強さを擬似的に獲得し、肉体と精神を変質させる代物です。以前の被験体の方は望む強さの次元が低すぎたので大した効果は顕れませんでした。まぁ、だからこそ代償が小さくて済みましたが」
昔から実験などを行う際は、モルモットにしても心が痛まない相手を選んで協力をしてもらっていた。危うく人間を辞めそうになり、挙げ句に腕を一本義手にしなければならない事態を小さな代償と称するのは、かつての独楽石栄太の自業自得だと認識しているからだ。自分の責任と感じていたらそんな言い方にはならなかっただろう。
それと、士緒の言葉は間違いなく本音だが、取るに足らない駄作という点は見る者によっては、嫉妬を飛び越えて憎しみを覚える程の謙遜である。
顕術における従来の常識を大きく覆す成果。元となる術式があり、劣化を重ねたとは言え、紛れもない天才の所業だ。
だと言うのに、士緒にしてみれば失敗作の認識だと言う。
自分など両親の残した『天道無楽』を受け継いだだけの凡才でしかない、と。
「ですので、その術式によって発現する強さと代償には個人差がありますが、最後の跳躍が可能になる程度は想定していたと思われます。それに幸いと言いますか、元々退魔師ではなかった聖川さんにはイメージできる強さの基準が曖昧だったのでしょう。少なくとも肉体には大きな変化は表れなかったようですね。それに“三つの異能”についても、その痣を残してここに居るということは、やはりただのタイムリープではないということで――――」
いつの間にか興味深そうな声音で話している士緒を、輝真が少しキツめに睨む。
士緒もそれに気付いて咳払いを一つ吐いて話を進めた。
「失礼しました。それで………何か体に異常のようなものはありますか? それほど大きな代償を支払った様子もありませんし……例を挙げるなら、奥歯が全て虫歯になっている程度ですかね」
「いやそれメチャメチャ怖いんですけど………」
「もしそうなっていたら治療費はお支払いしますよ。それで……どうです?」
輝真は代償がある事自体は最初から予想していた。その度合いが大きく下方修正されたのは、少し複雑な気分だが。
右腕にいつ異変が表れるかビクビクしていた自分が馬鹿に思えてくる。
だがそうなると、代償は何なのか。この数日を振り返ってみても思い当たらないが………
「精神面で何か違和感のようなものは? 極端な例としては、そう言われるとパラダイムシフトが起きてるかも、とか」
「パラダイムシフト………」
認識や考え方の劇的な変化
正直なところ、よく分からない。
仮にそんな変化が起きていたとしても、以前の自分がどのような考え方、思想を持っていたかなど、自身の主観で気付けるとは限らないのだ。
実際、いくら頭を捻ってみても見当すらつかなかった。こうなると客観的意見を参考にしたいが、時間遡行者である輝真を以前と今で比べられる者がいる筈もない。
どうにも混乱してきた。
それでも士緒なら、あるいは何か分かるかもと縋る思いで視線を向けてみる。
その顔はと言うと、禁術の代償がそれほど重くはなさそうだと分かって、どことなく安堵の表情だ。
ああ………この人は本当に素敵な人だなぁ
可笑しな話だが、こんなにも善人のくせに本人は自分を冷酷な人間だとワリと本気で信じている。それだけの事をしてきたのだ、と。
かと思えば、甘さが抜けないとぼやいていた事もあった。本人はそんな自分を好きになれないらしい。
輝真としては、士緒はもっと自分を褒めてやるべきだと思っている。実際、何度か伝えた事もあった。
いつも笑顔でお礼を言われるが、その度にほんの僅か……表情に罪悪感らしき苦笑が浮かぶのだ。きっと自分を善人だと信じている相手を騙している心情なのだろう。
誰よりも心優しい人。だけど変なところで頭が硬くて、自分が見えていない。
いつからだったか。士緒という異性に魅せられたのは
いつからだったか。その気持ちを確信したのは
いつからだったか。好きになる理由を探しては、好きになったのは仕方ない事だと言い訳を始めたのは
いけない事、許されない事だと理解しているのに、止まらない気持ちが苦しくなってきたのは………いつからだったか
「………………そんな」
「ん? どうかしましたか?」
………………そう、ダメなのだ。この気持ちはダメだ。
あり得ない。絶対に。
自分が士緒に恋をする筈が無いだろう。断言できる。
そう……つまりは、これこそが――――
「代償………………そういうことか………………ああ~~~、確かにこれはぁ………………ツラいです」
「!」
手で目を覆って涙を隠す輝真の側に、士緒はすぐさま駆け寄る。
代償が軽いというのは楽観的に過ぎたようだ。顔をふせて涙を流す輝真の様子はどう見ても尋常ではない。
何か、本当にまずい変化が見えないところで起きていたのか。そのせいで、冗談では済まない心のキズを負ったのではないか?
冷酷が聞いて呆れるが、内心では凄まじい程に心配していた。
「ダメなんです……………ダメなんですっ……………」
「何がですか?」
嗚咽混じりの輝真の悲痛な声に、優しく言葉を返す士緒。
そして、声を出すのもツラそうな輝真の口から、その理由が語られた。
「ダメなんですっ……………私、もう………………………BLで妄想しても何も感じなくなってる!!」
「………………」
………………
………………………
………………………………
「スミマセン、ちょっと意識が。ええと…………続けてください」
「いつもなら士緒×黎明で燃料満タンになるはずなのに! もう……………もう何も沸き上がらない!! 焼き付いていたはずの公浩×戌孝のシチュもっ、思い出せないんです! こんな…………こんな事って、あんまりよぉ!! ツラ過ぎるわっ!!」
「………そうですか」
ニコニコと笑顔を浮かべながら士緒はキッチンへ向かい、冷蔵庫からミネラルウォーターを二つ取り出して、片方を輝真に優しく手渡す。
それはもう力の限り慰めた。
その日は終始笑みを絶やさず、そりゃあとにかく優しくしたとも。輝真が繰り出す異次元の苦痛を延々と聞かされている間も、そのまま泣き疲れて眠ってる間も、朝陽が昇っても寝ないで微笑み続けたのだ。
なるほど確かに、士緒は心を痛めた。これもある意味、冗談では済まない心のキズであった。
・偶発的謎すぺーす
“二人の違いは?”
ヤ「むぅ」
ハ「あはは」
ヤ「………………」
ハ「~~~♪」
ヤ「………ねぇ」
ハ「なぁにヤエちゃん」
ヤ「ヤエちゃんと春陽って………そんなに似てる?」
ハ「う~~ん、ヴィジュアルは全然。でも確かに文章だけで見ると、すんごいキャラ被りしてるかも? でもでも、ヤエちゃんってー、なんか実際に会うとスゴい根暗っぽいしぃ、あんまり心配しなくていいと思うよ?」
ヤ「ヤ、ヤエちゃん根暗じゃないもん! だいたいっ! 春陽って男でしょ!? そこからしてオカシイのよ! なんで男がヤエちゃんとキャラ被りすんのよ!」
ハ「あっはは! ヤエちゃんはカワイイなー。きゃぴきゃぴ市場でも荒らされたの?」
ヤ「そうよっ、今まさにね!」
ハ「元々たいした市場規模でもないんだし、別にいいと思うけどなー。それにヤエちゃん、余裕が無くなるとキャラ弱くなるみたいだしぃ」
ヤ「むっか!? あんただって! 陸道の当主に素でキレたくせに!」
ハ「もぉ、ヤエちゃん落ち着いて。そんなだからギャル系としてもきゃぴ系としても中途半端なキャラにされるんだよ?」
ヤ「言いやがったな!? もぉもぉもおーっ!! ヤエちゃん怒ったんだから!」
ハ「まぁまぁ、だから落ち着いてって。○ロシー、リラックスぅ」
ヤ「○オナがそう言うなら………ってなるか!? よくもヤエちゃんにマイナー過ぎるボケをさせたな!?」
ハ「わーい! テンションMAXぅーー!」
ヤ「逃げるなコラあーー!!」
………………………………………………………
二人の違いを表すとこうなります。
以降も紛らわしさが続くようでしたら以下をご参照ください。
・春陽
キャラ:濃 強 深淵
属性:善 混沌 弄り役 美少女(?) 天然風味 Sっ気(弱) 父
称号:女の子の友達 男の天敵 梓のトラウマ
趣味:DVD鑑賞(ジャンル不問) 男をからかう事 娘たちの写真をアルバムにする事(提供は匿名希望のストーカー)
ワンポイント:だが男だ
・八重波
キャラ:微濃 弱~中
属性:悪 弄られ体質 美少女 着物コス おかっぱ 尻 Sっ気(中) ロリ?BBA 嫁(弱)
称号:鬼王 剣豪の師匠 酒呑の女(笑)
趣味:裁縫 料理 武器蒐集
ワンポイント:所持しているコスプレっぽい衣装は全て手作り




