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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
87/148

第87話 泥の街 二日目


 檸梨(ねいり)市、“社”。

 ビル街でも一際目立つ高層ビル。その中はさながら混乱の坩堝だ。

 街に起きている異常に対応するために緊急で召集された退魔師たちでごった返していた。

 檸梨が完全に孤立したと判明するまでは正にあっと言う間である。退魔師を街中からかき集められるだけかき集め、対策を練るために“社”のビルへと詰め込まれている状態だ。

 退魔師に退治屋(バスター)祓魔師(エクソシスト)、それと正体は隠しているつもりのようだが道士(ダオシー)

 この緊急事態に際し勢力、肩書きに関係無く事態の収拾に努めている。そのための情報を集められる人材には事欠かない。

 しかし、集まってくる情報はあまりにも救いの無いものばかり。解決に役立つような情報は皆無で、代わりに悪い報告ばかりが次から次へと届く。

 そんな状況に、檸梨市“社”支部長代理にして本件の指揮を執っている久我山は頭を抱えていた。


「これだけ退魔師が揃っていて原因の一つも突き止められないとはな。結界使いのチームはどうだ?」


「市を覆う境界線まで出向いてあれこれと調べたようですが、脱出の糸口になるような事は何も………」


「結界使いなどと持て囃されていながら肝心な所で役に立たん。普段からデカイ態度を取っているのだ、こういう時こそ活躍してもらわなければ困るのだがな」


 世界の終わりのように赤黒く染まった空、目に見えない壁となって檸梨市を丸ごと覆い外界との接触を断つ謎の結界。そんな異常事態に際し檸梨市内に閉じ込められた協会幹部が数名、“社”の一室にて地図を拡げ、対策会議を開いていた。

 面倒な事に、冷静な判断力を失った数名の上級退魔師が“社”を離れ独断の動きを見せている。さらには結界の外からは人が自由に入って来られるというのも混乱に拍車をかけ、調査にやって来て市内に入り込んだ退魔師などを取り込んでは独自の部隊を形成して自陣の強化を図る始末だ。

 しかも独断専攻した連中は戦力にならない民間人などが入って来れば全て“社”側の退魔師に押し付けるなど、たちが悪いにも程がある。

 入り込んだ者の話によると、外からは至って普通の景色にしか見えないらしい。そのせいで迷い込む人間が後を絶たなかったのだが、現在ではそれも落ち着いてきていることから外の方で封鎖したのだと分かる。

 こんな大掛かりな大事件だ。後始末に追われる協会幹部、主に五行家の苦労を思うと同情を禁じえない。まぁ、現在進行形で訳の分からない事態に巻き込まれた自分たち程ではないが。

 それでいて、久我山にとって幸いなのは抱えている退魔師の数と人材は“社”の方が豊富に揃っている事か。これなら独断で動いている連中……仁科の分家だか何だか知らないが、馬鹿な真似をするようならそいつらを容赦なく鎮圧、処断できるだろう。

 味方同士で争うなど最悪の事態だが、大いにあり得る事と想定しておく。なにしろ、それこそがこの取り残された地獄のような世界において、地獄たり得る最たる所以なのだから。


「“凶堕(まがお)ち”の兆候がある者はどうだ? 万が一にもこの建物内で暴走されては困るぞ」


 “凶堕ち”……工藤たち一行が遭遇した退魔師がそれだ。

 それに関しては街が封鎖される少し前から兆候はあった。中級の退魔師だった筈の者が著しい通力の減少を経た後、それまでとは比べ物にならない膨大な力の上昇が起きるという現象が確認されている。そしてその現象が起きた人間は例外無く理性を失い、破壊と言う名の暴力を撒き散らす化物へと変わった。

 何が原因で起きるのか、そうなる切っ掛けがあるのかも分からない。


 その現象を“凶堕(まがお)ち”と呼称した。


 まさかこんな事になるとは思っておらず、檸梨市の“社”は“凶堕ち”という理解の及ばない現象を上に報告する前に、保身のための根回しと内々の調査を優先し、秘匿してしまったのだ。身内の退魔師が人を食ったという事実はそれ程におぞましいものだった。

 九良名学園第三校に応援を要請してしまったのは、“社”としての指示が現場に行き渡っていなかったために起きた事故。何て事はない手違いによるものだ。

 学園生からの連絡が途絶えていると言うことは、恐らく“凶堕ち”に殺されてしまったのだろう。

 保身に走った()“社”支部長は既に任を解かれ軟禁。現在は久我山が臨時の支部長代理に押し上げられている状態。そのため、久我山は学生たちを巻き込んでしまった檸梨市“社”の人間として罪悪感に苛まれてもいた。

 律儀にそんな事まで気に病む必要など無いのに、それでも心を痛められる久我山だからこそ、ここの退魔師たちは辛うじて纏まりを見せているのだ。


 本来“教会”の祓魔師である彼女が補佐に付いているのも、久我山の人柄あってこそと言えた。


「兆候が見られる者には最優先で応急処置を施しています。支部長代理の予想通り、通力より誓約(オウス)を用いて減少した分を補う方法が効果的でした。どれぐらい持つかは分かりませんが、幾らかは時間を稼げたと思います」


 “大聖堂(カテドラル)”の下部機関である“教会”も“社”同様に表向きの姿がある。と言ってもビルの形をした“社”ほどに見た目と字面がかけ離れているわけでもなく、見た通りの教会だ。

 久我山を補佐している修道服の女……ルカは、その教会でシスター兼祓魔師として派遣されていた所、騒ぎに巻き込まれた。

 容姿は東洋系で、派遣の形は取っているが現地採用の人員なのだろうと、久我山を含め“社”の者たちは認識している。

 何よりこの状況下では仕事さえ出来れば誰も小さな事は気にしない。それでもシスター・ルカは事案発生から短い時間で皆にそれを認めさせた確かな実力派だった。


「まだマシな報告だな。民間人を屋内に留めておくのもすぐに限界が来る。これ以上のパニックを起こされる前に、せめて事態収拾の糸口だけでも見付けておかねば」


「“社”が生活の支援を続けている内は住人も家からは出ない、と信じたいですが………何も出来ないのはもどかしいですね」


 すると、暗い表情を見せたルカの隣に、会議に参加していた男がスッと現れて優しく肩を叩いた。


「シスター、あんたゾンビ映画とか見たことある? なんたらオブザデッド的な。支援が出来てる内は本当にマシな方だ。家の外には“凶堕ち”した市民が彷徨いているんだから、まぁ好き好んで出歩く奴もいないっしょ? あんま暗くなりなさんな」


 チャラついた恰好で、話し方もそれなりの若い男が気休め程度の慰めの言葉をルカにかける。

 ルカもそれに小さく笑みを浮かべてお礼の言葉を口にした。


 現在(いま)、街には“凶堕ち”した住民たちが、正にゾンビのように徘徊している。

 一般市民が“凶堕ち”してもそれほどの脅威にはならない。それこそフィクションに出てくるゾンビ、それが少し機敏に動いたり、中には下級退魔師並の能力を発揮する個体がいる程度。

 訓練を受けた退魔師なら問題なく取り押さえられる強さだ。

 実際に“凶堕ち”した一般人は別々に留置している状態。何が起きるか分からない事もあり同じ部屋に押し込めるわけにもいかないため、そろそろ部屋が足りなくなってきていた。

 かと言って、治療の可能性が探れてもいない段階で彼等を殺す選択肢は出来るだけ取りたくない。

 民間人を留めておくのも限界……という言葉は、そうやって取り押さえた者たちも含めたものだった。


「竜胆、西の工業区の調査がまだなんだが、頼めるか?」


「あいよ親父。リンドウ、行っきまーす!」


 久我山の息子、久我山 竜胆(りんどう)がおどけた調子で部屋を後にした。

 あれでふざけているわけでないのは知っているため、竜胆に注意を呼び掛ける者はいない。

 九良名学園第二校のOBで、現在は特一級の退魔師だ。場の暗くなりがちな雰囲気を少しでも明るく盛り上げようと、ある意味では虚勢とも言えるテンションで、しかしそれが何よりこの救いの無い状況で皆を支える一助となっている。

 味方が何時“凶堕ち”するのではないかと気が気でない者たちが、状況を悲観するあまり時おり起こす衝動的な自傷行為よりは万倍も役に立っていた。


「工業区画と言えば、第三校の生徒が“社”の退魔師の案内で鬼の討伐に赴いた場所ですが………」


「……そうだ。もし、まだ学生たちが生き残っているようなら竜胆が適任だろう。奴なら治療に関してもお手のものだしな。それに…………」


「“規格外(オーバーフレーム)”ですね。彼なら学生たちに手を貸すこともあり得ますし、竜胆さんは何度か意思疏通もしたことがあると聞きました。間違い無く適任でしょう」


「面を被った正体不明の学生か………奴が現れたのも最近の事だ。今回の事も奴が元凶の可能性だってある。本当なら竜胆にもアレとは馴れ合うなと言いたいが………」


「向こうが言葉を交わさない以上、馴れ合いも何もありませんが。少なくとも、敵でない内は一定の距離を置いて刺激しないようにするべきです。なにせ………」


「ああ……出会しただけとはいえ、あの神崎紫瞬(ししゅん)でも捕らえられなかった。恐らく今のところ、この街で神崎に次いで強いだろうな」


 それは事実上、この街で二番目の強者であると言っているようなもの。

 ただし“社”側が把握していない強者が数人、街に入り込んだという事実を、久我山はまだ知らない。



            ★



「うはー……この一角が特に酷えーな。高威力の『石弾』が降り注いだ跡か」


 竜胆を含めた5人の退魔師が出向いた工業地区、その1区画に局所的な破壊の跡が見受けられた。

 竜胆に限らず、退魔師なら殆どの者が同じ見立てをするだろう。拳大の石が弾丸のような威力で地面を抉り、一帯の建物を跡形も無く倒壊させている光景……これでは逃げ遅れた職員や外から呼ばれたという学生退魔師たちの死体が残っていなかったとしても、なんら不思議ではない。

 付近で見つかった頭部の弾け飛んだ地元退魔師の死体も首から下の損傷は激しかった。


「高所から『石弾』による面の制圧……いや、飽和攻撃。『石弾』にしちゃ中々の威力だが、それでも学生側は何度か反撃しているな。中距離以上の………敵の位置の斬痕からして『飛閃の太刀』か。結構なレベルでー、でも倒し切れない。『石弾』と、高い防御力……結界系の顕術? ……なあ、確か“社”から姿を眩ました退魔師のリストに該当する男がいたよな?」


 竜胆が部下の男に確認の問い掛けをする。

 この竜胆という男、軽薄そうに見えてかなり頭が切れる方だ。普通、最近とは言え行方不明になった退魔師のデータなど覚えているものではない。何時何時(いつなんどき)にも蒸発することが珍しくない退魔師の世界、街の異常が起こる前後では失踪した者がそれこそ数えきれない程いるとなれば、竜胆の覚えの良さは尚更に感心を覚えるものだった。


「す、すみません。失踪者のリストまではさすがに………ですが上一級の結界使いが一人、“凶堕ち”して現在も逃走中という報告があったかと思います」


「だとすると、学生と案内に付いた地元の退魔師の死体が見えないのは……粉々に轢き潰されたか、あるいは逃げおおせたか。行方不明の退魔師とやらの死体が見えない事を考えると、どっちも生きてるか、でなければ学生たちが勝った後も“社”に報告を入れずに“凶堕ち”した上一級退魔師の死体を持って逃げた事になる……か? 奇妙な行動だが、まぁ……この意味不明な状況じゃあ俺もそうしたかもなー。願望入ってるかもしんねーけど」


 しかしその後、ある程度周囲を調べ見付かった痕跡は見れば見るほど学園生三人の生存を裏付けるものに思えた。

 第三校の生徒会は有能だと聞いていたが、これなら願望を抜きにしても生きている事に希望を持てる。自分よりも若い退魔師を無駄に死なせたのではないのかも知れない……そう思うと少しだけ罪悪感が薄れた。

 笑みが浮かび、僅かに気も緩む。


 しかし、その緩んだ気を一瞬で引き締めるような音……戦闘の気配が空気を伝わって竜胆の元へと届いた。


「どっちだ!」


 言葉からも思考からも無駄を省く。

 部下の退魔師たちに戦闘の気配を探るよう強く声をかけ、そして自分の感じた方向と意見が一致したことで慎重かつ一目散にそちらへと駆け出した。


「っ! ありゃ祓魔師か?」


 状況を確認するために戦闘現場の手前で身を隠し様子を窺う竜胆たち。

 そしてその視線の先には“凶堕ち”した民間人と思われる集団に取り囲まれながらも、腕に装着したクロスボウ型の“神託(オラクル)”で応戦している少女がいた。


 茶色い髪をツーサイドアップにした欧州系の顔立ちの少女。

 下級の鬼程度の強さとは言え“凶堕ち”して凶暴さと戦闘力の増した民間人20人以上を、“神託”で矢を放つだけでなく体術も駆使して寄せ付けない姿を見るに祓魔師だろうと推測できる。

 あの若さの祓魔師にしては強い方だ。しかし、さすがに数の暴力は如何ともし難いといったところか。

 “凶堕ち”たちを誓約(オウス)の矢で射ち、体術で敵を寄せ付けず、隙があれば回し蹴りなどで相手の首を折ってもいる。それでも次から次と際限無く集まって来る“凶堕ち”を相手に徐々に戦況は不利になっているようだ。息は上がり、動きにも所々でキレが無い。

 “凶堕ち”は凶暴化こそしているが、目で、耳で、鼻で、肌で感じた事はしっかりと認識する。何処かのゾンビ映画の設定に近いが、騒がしくすればそれだけ集まり、そして本能で暴れては人を喰らう。

 祓魔師の少女が追い込まれているのは、その戦い方に問題があるから。さらには撤退のタイミングも逃したようだ。包囲を突破しようとしては派手な動きと“神託”の乱射、それに引き寄せられるかのように“凶堕ち”が集まる。

 その光景を見た竜胆ですら、街でこれほどの数の“凶堕ち”が発生していた事に驚いている程。


 こうなると、彼女を助け出しての撤退が可能かは微妙なところだ。

 祓魔師よりもフィジカル面で優秀な退魔師ではあるが、あの“凶堕ち”の群れに飛び込めば自分たちも危うい。

 この十数秒の間ですら“凶堕ち”の数が倍に増えているのだ。個々が弱いと言っても、自分を含めた5人の戦力では飛び込むのはリスクが高過ぎる。

 竜胆にとっても苦渋の決断だが、ここは非情に徹するべきだろう。

 祓魔師の少女を喰らわんと、人間としては圧倒的な身体能力で走り、飛び付き、肉体を振るう狂気の集団。そこから目を逸らし、部下に撤退の指示を出した竜胆の視界の端。1体の“凶堕ち”が振るった爪の一撃を回避しきれず腕を切り裂かれ、次いで別の“凶堕ち”がぶん回した鉄パイプが建物の壁に追いやられた少女の脚に中った瞬間を見てしまった。


 少女が上げた悲痛な悲鳴を聞き、理性を上回る感情が竜胆を突き動かした。


「指示は撤回!!」


 その一言と同時に“凶堕ち”の群れに飛び出した竜胆と、その背中に嬉々とした顔で追随する四人の退魔師。

 それを愚かだと責め立てるか、勇敢だと褒め称えるか。


 どちらかと問われれば、彼等の後ろから猛スピードで迫るバイクを駆る少年はこう答えるだろう。



「愚かですが、そういうの大好きです」



 BRwwOOOOONN!!!



 爆音を轟かせて竜胆の横を追い抜いて行く少年。

 その爆音に“凶堕ち”を含めた全員の視線が集まり、祓魔師の少女を襲おうとしていた個体も、あまりに目立つその存在へと反射的に振り返った。


 グシャッ


 最後にその目に映した物はタイヤだった事だろう。

 別の“凶堕ち”を踏み台にして飛び上がった大型自動二輪。その後輪を顔面に受け、肉片と脳漿を撒き散らしながら吹っ飛んで行った。

 バイクに乗っているのは九良名学園の制服を着た少年だ。

 躊躇いも無く“凶堕ち”を轢き殺し、そして平然とした態度でヘルメットを取り、バイクを降りた。


「なるほど数が多い。少し減らしましょう」


 一瞬の事だった。

 祓魔師の少女は勿論、包囲の外側で唖然としながらその少年……黒沼公浩を見ていた竜胆たちにも、何が起きたのかハッキリとは分かっていない。

 公浩の姿を見失ったと思ったら、次の瞬間には20体近い“凶堕ち”が宙高く打ち上げられているなど。ましてやそれを学生一人が拳と蹴りだけでやってのけるなどとは。

 その目で見たばかりの―――実際には殆ど見えなかった―――竜胆ですら、驚愕に目を疑うものだった。


『わっ!? ちょっ――――』


 竜胆が舞い上がった“凶堕ち”たちから視線を下に戻せば、包囲に空いた穴を少年が負傷した祓魔師の少女を肩に担いで疾走する姿が見えた。


「ははは! 戦術的撤退ー」


 公浩の声を受け我に返った竜胆たちも即座に身を翻して撤退行動に移った。

 走り抜けようとする公浩に“凶堕ち”が一斉に襲いかかろうとするが、包囲に綻びを作った今なら少女を抱えたまま片手間でそれらをはね除けられる。

 津波のように隙間無く襲って来られたら少女を守りきれなかったかもしれない。なにせ民間人でも、“凶堕ち”した者の中には『虚空踏破』などを見て覚えてしまう個体がいるのだ。迂闊に空を走って逃げようとすれば蟻の群れが蜂の群れに早変わりすると、輝真からの忠告だった。


「『狭霧(さぎり)符』×3」


 逃走を楽にするために公浩が術符を使用する。工業地帯の1区画を、五感を若干ではあるが狂わす霧が包み込んだ。

 殆ど思考を行わない“凶堕ち”たちを混乱させるにはそれだけで十分効果がある。今度から生き字引“テルマックス”とでも呼んでみようか。


『世話の焼けるお嬢さんたち(・・・・・・)ですね』


『……………』


 公浩が英語で『お嬢さん』と揶揄したのは竜胆たちと、そして肩に担いでいる祓魔師の少女……ケイトに対してだ。

 ケイトからは見えないが、それでも公浩が小言と言うか恨み言というか、とにかく憎まれ口を叩いているだけだと分かった。

 上機嫌な顔で、逃げる竜胆の背中に目を向けている公浩の雰囲気がケイトにも伝わっていたから。

 これまでに会った日本人としては仁科黎明に続いて二人目。そして公浩は、黎明とは違ったタイプ……むしろ真逆の性質だと、ケイトは公浩の背中に直感的な何かを感じ取った。



            ★



 工業地帯を抜けた竜胆以下四人の退魔師たち。そして負傷したケイトを肩に担いで彼らと並走してきた公浩。

 今は住宅街のとあるマンションの屋上で、ケイトの脚の怪我を治癒の顕で治療し終えた竜胆と軽い情報交換を行っていた。


「なるほど、この街ではそんな事になっていたのですか。僕は連絡が途絶えた仲間の安否が気になって飛び出して来た口ですが、街を覆う結界に“凶堕ち”………」


 竜胆による現状の大まかな説明を聞き、公浩は口元を押さえて考える素振りを見せる。

 実を言えば士緒はこの事態の大体の内容は輝真の話を聞いて把握しているのだ。しかし、それを仕組んだ者の名前は分かっても、首謀者を含めた原因の排除の仕方は輝真にも分からない。

 輝真は未来を知っている者の観点で公浩に最低限の指示を出し、特定の状況下でどう動くべきかをアドバイスして、今は別の場所で身を隠している。

 輝真の存在はこの街においては絶対に秘匿すべきものだ。士緒にとってのアドバンテージであり、敵の手に渡れば自分の切り札がそのまま相手の手札になってしまうのだから。

 故に黒沼公浩も、事情に関してはある程度無知を装う必要がある。


 ただし、実際は最も多くの情報を有している優位性……これを活かし、場をコントロールするためには、あえて情報を与えてやる事もまた上策。



 自分こそが今回の事件の流れを操る人形師なのである。



「僕は以前、糸浦の“社”で見習いをやっていたのですが、その時にこの街を覆っているのと良く似た結界の使い手と関わった事があります。この規模で結界を発顕できる力量といい、まず間違い無くそいつの仕業でしょう」


 事態(にんぎょう)そのものを製作したのは今回の首謀者だろう。しかし、その結界(にんぎょう)は直に自分が手に入れる。

 これでも“真ノ悪”だ。創作物で悪党がやりそうな事は大抵、自分の得意分野である。


「――――!! ほんとかっ!? じゃあ結界の抜け方も――――」


「いえ、あの時とは状況も規模も違います。僕の養父……赤坂村正でさえ、運が良かった末に辛うじて乗り切ったようなものですし。唯一救いなのは“凶堕ち”という現象が前に見た時ほど強力では無いことでしょうか。以前は狭い範囲にいた民間人を問答無用で“凶堕ち”に変えていましたが、この街ではそれにもムラがあるようです。強さも以前のものより数段は下がっていますね」


「村正……って、あの“斬首の村正”か。その時はどう乗り切ったんだ?」


「僕もその場にいましたが、正直よくは分かりません。条件として思い付くのは、中にいた“凶堕ち”を1体残らず殺した事くらいですかね。後の検分でも“凶堕ち”は治療不可能の結論が出ていますから、その点で言えば人間を殺した罪悪感も多少薄れましたが。だからと言ってこの街でも同じ事を出来る筈もありませんから、なんとも…………」


「そんな事件があったなら、退魔師協会のデータベースに概要が載っているはずだろ? 何でこの街の誰もその事実を知らなかったんだ………」


「“白面金毛”」



――――――!!



 この場の全員が、その名を聞いた瞬間に反応を見せた。

 退魔師として数年も活動していれば誰でも聞いた事ぐらいはある名だ。

 悪名は多いが、中には正義の味方を気取ったものもある。色んな意味で有名な組織……その首領。


(さあ踊れ、“白面金毛”。暫くは私も付き合って差し上げます)


「この結界を張れるとしたら奴ぐらいでしょう。こんな大掛かりな代物ですから、当然ここの“社”にも手下を潜り込ませている筈。そいつがデータを消して時間を稼いだのかもしれません。またこの結界について知っている者がいれば、それは敵の可能性が高い」


「……前支部長なら何か知ってるか? ……………いや、あんな小者が敵と内通したとは考え難い。っあ~~~っくそ! ここに来てまた面倒な問題かよ!」


『………ねえ』


 それまで一言も言葉を発さなかったケイトが声を掛けた。

 ケイトは日本語が堪能というわけではない。黎明と行動を共にした一年程で多少の聞き取りは出来るようになったが、それでも公浩と竜胆の会話に完全に付いてきたとも言えない。

 しかし断片的な単語で公浩たちがこの極悪非道の結界について話しているのは理解できた。そして一つの単語を……とある個人の名前を指す言葉は聞き漏らさなかった。


『ハク……ハクメンキンモウって………もしかして玉藻の前(・・・・)のこと?』


「……………」


 公浩は思わぬ所から出てきた“白面金毛”の呼び名の一つに、ほんの僅か驚きを見せる。

 士緒の認識では“玉藻の前”という名前はもはや五郎左のような旧知の者しか使わない。協会の古い資料には公式にその呼び名が記録されているが、ここ数十年ではもっぱら“白面金毛”で通っていた。

 目の前の少女からその名前が出てきた事に、激しい違和感を覚えるのだ。

 その感想を共有できるかと思い竜胆に視線を向けてみたが、玉藻の前という単語には反応しなかった。“白面金毛”と玉藻の前が結び付かないということは、流石にそこまで古い資料に目を通してはいないと言う事だろう。

 そんな知識を黒沼公浩が知っていても良いものか一瞬だけ悩んだが、話を前に進みやすいように頷きを返した。


『確か協会の文献に記された“白面金毛”の正式な名前にその玉藻の前と言うものがあったかと。何かご存知なのですか?』


 先程も聴いたが、学生にしては流暢な英語だ。

 九良名学園の生徒会や風紀委員は成績優秀とはいえ、サラサラと淀み無く話す公浩に竜胆は感心した。


『………嘘よ………そんなの嘘……………適当な事言わないでっ!!』


 突然のヒステリー……と言うよりは激昂だろうか。いきなり“神託”を公浩に向けて『セット』と口にし、誓約(オウス)の矢をつがえた。

 反射的に身構えたのは竜胆たちだ。突然の行動にも慌てず、冷静に今にも飛び掛かりそう。しかし、一切の動揺も無く落ち着いた佇まいで一言、「大丈夫です」と竜胆たちを後ろ手に制したのは、クロスボウを向けられている張本人である公浩だった。


『嘘は言っていません。結界に関しては推測を述べただけです。ただ、限り無く確信に近い推測ですが』


タマ(・・)がこんな事するはずない! こんな……こんな酷い事を……タマがするはず……………』


 街の現状と、先ほど自分が直面した“凶堕ち”の群れ。こんな非道に過ぎる術を使っているのが“白面金毛”だと信じたくない様子だ。

 激情のままに“神託”を向けてしまったが、公浩はこれ以上興奮させないようゆっくりと近付き、手を添えるようにして“神託”を下げさせていく。

 その間、二人の目はずっとお互いを捉えて離していない。

 自分の行動が冷静さを欠いていて、意味も無いものだと気付いているだろうケイトも、若干息を荒くしながらも公浩が浮かべる柔らかな笑みに矛の収め所を見いだした。

 “神託”を下ろしてからも、鋭い視線で公浩を射抜かんと睨んでいたが。


『まだ名前を聞いてませんでしたね。伺っても?』


『………ケイト・グローセ。1年近くレイ……仁科黎明と行動してきた。その間に何度もタマモの前とは話した! そんな事するような人じゃないっ!』


「!」


 輝真から可能性は示唆されていた。仁科黎明が事件に関わって来るだろうと。

 しかし何処でどのようなタイミングで関わってくるかまでは、今の段階では断言出来ないらしい。

 それにあまり先々の事を話し過ぎると士緒の行動の幅と選択肢、結果も狭い範囲に限定されてしまう。輝真もそれを理解していたようだ。

 恐らく輝真はケイトと出会う可能性は知っていたが、あえて言わなかった。それはいい、輝真の考えには士緒も同意見だ。余程まずい事態となればしっかり止めるだろうし。

 僅かとはいえ士緒が思わず動揺を表に出したのは、ケイトが仁科黎明の仲間の一人という事実でもなく、“白面金毛”と親しげな関係にある事に対してでもない。

 聞き覚えのあるファミリーネームに対してだ。


「グローセ…………」


 かつて枢機卿の一派として阿刀田の町で“女帝(カイゼリン)”と敵対した“聖堂騎士(パラディン)”。



 ケイトはカール・デア・グローセの妹だった。







『糸裏』の字を『糸浦』に変更しました。





第三回キャラクター仕分け “被虐型快楽物質発生(ナカセタイ)ヒロイン編”中



・CASE4 “しーるだーと呼ばないで”


「!? く、K沼君!?」


主人K「じっとしてて」


(あわわ、K沼君の手が私の髪を……サラッと――――ひゃあ!? か、顔近い! 手付き優しい!)


主人K「すごい、こんな綺麗なのは初めてだ」


「あわ、あわわ……………ど……………どうぞっ! 好きにしてくださいっ!! あ、でも、出来れば優しく………」


主人K「じゃあ、遠慮無く。大丈夫、傷付けたりしないから」


(~~~ッッッ! つ、ついに私の初めてをK沼君に………はわっ!! い、今どんな下着付けてたっけ!?)


「ま、待って! K沼く――――」


スルッ


「え………あ、の………?」


主人K「すごいな。何年か前に製造が止まった『芋けんぴうすストラップ』が、こんな綺麗な状態で残っているなんて………ねぇ、これは何処で手に入れ――――」


り「………………(パキッ)」


主人K「ああっ!? 芋けんぴうすーーー!!!」




・CASE5 “コズエダ騎士団” “HOMU” “ミオナ騎士団”


とある日のデート(?)


「若! 次はお化け屋敷がいいっす!」


「いいえ、若。『高○車』が良いです」


「あ、あの……お兄様。あそこのお土産屋さんで――――」


「若っ! 『高○車』は90分待ちっすよ!? 同じ待ち時間ならお化け屋敷にするべきっす!」


「いいえ、若。ここのお化け屋敷は別途料金がかかります。毎回御守り買ってから入るようなチキンの言うことは無視して、売りである絶叫系にするべきかと」


「お兄様、あの……犬のぬいぐるみを――――」


「御守り買ったってエエじゃないっすか! 絶叫系に乗る時に目を瞑る人には言われたくないっす!」


「そっちこそ! お化け屋敷に入っても肝心のお化けをろくに見もせず若の顔しか見てないでしょう。若にしがみつく役は私に譲って離れた所を歩くのでしたら認めますが?」


「あの……………ぬいぐるm――――」


「デカイ口を叩くなら一回でもお化け屋敷に入ってからにするんっすね! いつも理由を付けて入りたがらないくせに!」


「は、入れない訳ではありません! それから、私は目を閉じて風を感じながら絶叫系に乗るのが好きなのです。お化け屋敷で感じるのは寒い冷風と、精々キャストのぬるい吐息くらいでしょう!」


「ぬいぐるみ………(オロオロ)」


「ぬぐぐ~~~っす」


「呪 呪 呪 呪 呪 呪 呪 呪 呪 呪 呪 呪 呪 呪 呪 呪 呪 呪 呪 呪 呪 呪 呪 呪 呪 呪 呪 呪 呪」


「あうあう………(ウルウル)」


主人K「………では、取り敢えず近い所からにしましょう。まずは……あのお土産屋さんですね」


「「 !! 」」


「は、はい! お兄様っ!」


ギュッ


「「ぬあ!! 若の隣が……!?」」


ムギュゥ スリスリ


主人K「はは、歩きにくくないですか?」


「私、人混みは苦手ですので。離れないように捕まえててくださいませ」


主人K「え、ええ………昔みたいに肩がぶつかった相手を半殺しにされたら困りますし、そうしましょうか」


ギュ


「「腕だけでなく恋人繋ぎまで!?」」


ぐぬぬぬ――――(悔)×2


「うふふ……ぬいぐるみ可愛いです、お兄様」


主人K「貴女も負けないくらい可愛いですよ」


「………お兄様」


「「……………………」」


『高○車』は色んな意味で停止中

結局買ったのは御守りではなくぬいぐるみ


「………順番に行くっすか?」


「………そうですね」


二人が涙目で妹分に交渉した結果、それからは主人Kの隣もローテーションを組むことになった。


その日、姉妹カーストは時として逆転する事を痛感した二人だった。


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