第86話 泥の街 一日目―2
「さて、話を伺いましょうか」
黒沼公浩こと、橘花院士緒と白髪の少女が今いるのは校舎内の空き教室だ。
士緒が連れて来た。そして例によって探知阻害の結界を展開させる。
「話の前に、まずは結界を張り直してください。念のために、『幻霧結界』を」
「……これはこれは、何処まで知っているのやら。少し不気味ですね」
「だからって、こっそり殺そうとしないでくれませんか。嫌いなものから先に食べる方だからって、食べて良いものと悪いものがあるんですよ?」
「はて………何処かでお会いしたことがありましたか?」
士緒は疑いの目を向けながらも『幻霧結界』を張る。これは同時に、白髪の少女を逃がさないためでもあった。
「いいえ、初めてです。聖川 輝真と言います。そしてこれは、友好の証だと考えてください」
輝真と名乗った少女は教室の窓際の端へと歩いて行き、そこにあった机をどかし、その影に隠れていた壁を士緒に示す。
そこに見えるのはピッタリと貼り付けられた紙。小さく描かれた簡易術式のようだ。
明らかに高度な術式ではない。本当に簡易的な、効果が出るかも怪しい素人レベル。
士緒が見た限りでは輝真の身のこなしも素人のそれ。少なくとも、退魔師として鍛えている訳ではなさそうだ。
だからこそ、輝真に対する士緒の警戒心がそれほど強くはなっていない。
しかし、その考えを改めざるをえない事を、輝真は示して見せた。
「!!」
輝真は壁の低い位置に貼られた術式の紙を摘まんで引き剥がした。
すると、術式があった壁を基点にして部屋全体に掛けられた『幻霧結界』に揺らぎが拡がっていく。そして驚くべきことに、結界が不安定になったかと思うと、士緒でも維持できなくなり消滅した。
術式が剥がれた場所から綻びが生じ、いとも容易く士緒の結界を崩壊させたのだ。
「四宮家襲撃の直前に、何とか形を整えたんですよね? この『幻霧結界』、元々そこに設置されていた術式や通力の流れを結界に接触した状態で壊したり絶ち切ったりすると、そこに穴が空く事があるんです。こんなオモチャみたいなお粗末な術式でも出来るくらいですから、早めに対策をしておくべきでしょう」
「………………」
士緒はこの部屋に同じような仕掛けが無いことを確認し、もう一度『幻霧結界』を張った。
先程の現象を事実と考えると、とてもではないがそれまであった自信や安心感などが得られない。
確かに、『幻霧結界』は数ヶ月前に漸く完成したものだ。急いで実用化に耐えるものにしたは良いが、その結果として致命的な問題点が残っていたという事。
今、それを知れたのは僥倖と言えるだろう。決定的な場面でそこを突かれずに済んだ。
輝真の言う友好とやらの証には、十分過ぎる手土産だった。
「ふむ……それで、貴方は私に何を望まれると? 世界を救うとおっしゃっていましたが、申し上げておきますと世界平和に関しては門外漢なので、多くを期待されても困ってしまいます」
未だ信用をしてはいないが、取り敢えず敵対せず話を聞いてみたいと思う程度には気を許す。
この輝真という女、あまりにも得体が知れない。誰も知る筈の無い情報を持っていて、開発者である士緒でさえ把握していなかった顕術の欠陥まで指摘してみせた。
他にどんな事を知っているのか、敵であれ味方であれ、これから輝真が語る事には大いに興味がある。
ただ、この段階でさえいらぬ事を知りすぎているのは見過ごせない。
少なくとも、“真ノ悪”が目的を果たすか、情報を全て聞き出すかしない限り、今後一分一秒でも輝真から目を離す事は無いだろう。
「今から14日後、18時………檸梨市が消滅します」
「……ふむ、結論ありきですか。どうやって阻止します?」
輝真の言葉に士緒は否定するでも証拠や証明を求めるでもなく、ただただ話を前に進める。
輝真にとって、打てば響くような話の進み方は都合良く、また心地よかったのだろう。とても自然に微笑が溢れていた。
「止め方はまだ分かっていません。分かっているのは、その原因かもしれない者達と関係者の名前。それと、これから2週間の内に起きる出来事をある程度。いられると都合の悪い人間や必要になるだろう人間もそれなりに」
「それで、なぜ私の所へ? 私の正体をご存知なら、今の貴女の立場がどれ程に危ういか……お分かりになるでしょう」
輝真は橘花院士緒の……“真ノ悪”のアキレス腱となるであろう特大の秘密を握っている。まっとうな退魔師や人間であれば関わる事すら忌避するような大物の秘密をだ。
退魔師協会にこの情報を持ち込まないと言うことは、目の前の女はまっとうではないのだろう。やましい事情があるのは明白。
何か、悪党にしか成しえない黒い願いを提示するのかもしれない。
そう考えていたが………今日この日に関しては、マサキの事も含め自分の勘など全く当てにならないのだと、思い知らされる事になった。
「あなたは信用できるから……いえ、今となってはあなたしか信用できないからです」
「……………ふっ」
士緒は堪らず吹き出した。
輝真を笑ったのではない。いや、それも無くはない。“真ノ悪”であり、これまで多くの非道を働いてきた士緒に向けて言う言葉としては不似合い過ぎるからだ。
しかし士緒が笑ったのは、自分の邪推とも言える的はずれな推測を、その日の内に二回……純粋な想いから否定されたからだった。
マサキを悲しませた直後だからこそ分かる。輝真の言葉からも、マサキと同じものを感じる、と。
士緒は自分の洞察力について、急激に自信を喪失してしまった。相手に失礼だと分かっていながら、思わず自嘲を漏らしてしまう程に。
「私があなたを信用するのがそんなに可笑しいですか? 私が信用していると伝えると、いつも私を笑いますね。今回は特にイラッとしましたけど」
「ふふ……失礼しました。ですが、貴女にも知らない事があるのだと分かって少しほっとしています。これまでの言動から察するに……貴女は限定的な予知能力者か読心能力者、一番ありそうなのは時間遡行、時間跳躍の類でしょうか。イマイチ自信はありませんが」
いつもなら付け加えないような言葉が出てきたと、我ながら自信の喪失具合は深刻そうだと感じた。それでも、意地とでも言おうか、平静を装って表情には出していないが。
「後者が殆ど正解です。時間跳躍……いわゆるタイムリープだと、貴方が言ってました。何故かその時も自信無さそうでしたけど」
「……………」
もし本当なら常識外れにも程がある能力だ。不明の通力や顕術の領域の中でも、もはや夢物語のレベル。
価値を語るなら転移の顕術でさえ霞む程の奇跡である。
士緒としては半信半疑、よりは信に傾いているぐらいか。それはつまり、士緒でなければ間違いなく信じないだろう妄言ということだ。
「ふむ、固有秘術の中には全くもって非常識なものが多々あります。しかし、時間跳躍にかかるであろう負荷や制約……それらを考えると、いくらなんでも無茶ですね。自己の存在を保つだけでも困難……現実的ではない。となれば………」
「“三つの異能”……厳密には私は退魔師でないのでよく知りませんが、貴方がそうだと言っていました。やっぱり自信無さそうでしたけど」
“三つの異能”
だとするなら、まだ可能性として考えられそうだ。
これは極めて特異で稀なケースだが、恐らく三つの能力は三つとも、時間跳躍に関するものなのだろう。輝真という少女に時間を渡らせる、あるいは記憶だけを飛ばすのかもしれないが、士緒がざっと考えただけで思い付くタイムリープの問題点―――輝真にとって死活問題―――、最低それらだけでもクリアするとしたら“三つの異能”以外に考えられない。
生きているだけでも希少中の希少である“三つの異能”。その中でさえ奇跡と言えるものだった。
「そちらに関しては一旦置きましょうか。緊急を要する事態なら、これからどう動くべきかを貴女は知っているはずですね? 貴女は私に、具体的に何を望まれるのでしょう。知恵か戦力か、その両方か」
厳密には退魔師ではないと言った輝真の言葉が本当なら、恐らくはどちらも足りてない筈だ。
粗雑とは言え簡易術式が描けるくらいだ。時間跳躍とやらである程度の知識やスキルは身に付けているのかも知れないが、何処かで必ず現職の助けが必要になるのは間違いない。何回繰り返したのか、これから何回繰り返すのかに関わらず、アドバイザー兼用心棒として選ぶのなら橘花院士緒は最適と言えるだろう。
まず最初に、信頼できるかそうでないかの問題をクリアしなければならないが、世界を何度も周回して来たのなら納得はできる。
輝真が知っているであろう士緒や“真ノ悪”の情報は、士緒が信用して輝真に話したということ。少なくとも前回の自分は彼女を信用していたから、余計な情報まで含めて多くを把握しているのだ。
タイムリープが事実だという前提で、そうなると今回の自分はどこまで信用するべきか。
彼女がどれだけ驚愕の情報を語ったとしても、それがイコール信用にはならないのだから。
「当然、両方です。これだけは理解しておいてください。私が信頼できるのは、今は貴方しかいないってことを」
「ふむ、宜しいんですか? 貴女は私への依存を口にしているのですよ? それは弱味以外の何物でもありません」
「……そうやって、いつも悪人ぶって駆け引きしようとしますよね。言っときますけど無駄ですよ? 私は前の貴方を知っているんですから。かれこれ二週間を……200回くらい」
「………………」
二週間を200………およそ八年。
中々に恐ろしい数字と言えるだろう。八年と言えば、五郎左や梢など士緒にとって親しい者たちを除けば、最も付き合いの長い部類だ。
交流してきた期間の長さは信頼に直結する。輝真にとっての士緒は正に相棒、仲間同然の存在と考えているのかも知れない。
だからという訳ではないが、士緒の輝真に対する警戒心が多少薄れたように思える。話をしていて、信用したくなるような不思議な感覚。周回の賜物と言えば納得だ。
「私が偽悪者かどうかはさておき、まぁ良いでしょう。それではタイムトラベラーの観点から、私が次にどんな行動を起こすべきか、意見をお聞かせください」
「ええ。だけど細かい話は檸梨市までの道すがらするとして、今はとにかく緊急です。すぐに九良名を発ちましょう」
「……分かりました。ではご存知と思いますので、町外れの転移術式に向かいましょうか」
「いえ、現在檸梨との物理的繋がりは完全に切れてる状態です。通信はおろか転移では入る事も出る事も出来ない。例外は通常手段で外から中へ入る時だけ。一度入ったら全てを解決するまで出られません」
………なるほど。
ボスの間に突入する前に、色々と準備が必要そうだ。差し詰め、輝真はセーブポイントと言ったところか。
しかし、いざという時の切り札が使えないとなると、今回は普段のように余裕ぶっている場合ではないだろう。
『幻霧結界』もそうだが、この短時間で二つの武器が取り上げられた。“真ノ悪”が行ってきた裏から暗躍という優位性も、輝真を前にどこまで意味があるか分からない。
それに『幻霧結界』の術式を持たされている幹部たちにも欠陥の事を知らせなければ。
道すがら輝真がするであろう説明も含めて、檸梨に突入した後の外の事はひとまず五郎左に預けてしまおう。
「一応伝えておきますと、私は貴女を完全には信じません。だからこそ念を押した上で、これだけは正直に答えてください………いかに“三つの異能”とはいえ、時間遡行なんて破格で馬鹿げた能力です。まず間違いなく条件、制約、代償の類があるはず。教えてもらえますか?」
緊急だろうと何だろうと、信用できようと出来なかろうと、これだけはハッキリ聞かねばならなかった。
話していて、輝真から嫌な感じはしない。かと言って盲信するほど自分が純情な少年だとも思っていない。
あまり気が乗る方法ではないが、幻術の応用で輝真を簡易的な催眠状態にする。
「ぁ――――、………………」
士緒と目が合い、輝真が術中にはまった事を確認した。
大袈裟なものではない。質問に正直に答えたくなってしまうだけのものだ。
相手が中堅レベルのプロであったり、対策をされていれば役に立たないような顕術である。ぱっと見、しっかり術の掛かっている輝真はその限りではなさそうだが。
「さぁ、答えて。まずはその能力について」
トランス状態と言えば良いだろうか。目は士緒と合っているのに、遠くを見ているように虚ろになっている。
通力を使っている以外は普通の催眠術と同じ。本人が強く拒否する事などは強制できない。
士緒のそれはほんの少し、普通の催眠術より強力なだけ。それでも個人が持ち得る秘密ぐらいなら喜んで話してくれる程度のものではあるが。
「判っている事は………タイムリープが有限である事………私の通力の絶対値を削って発動する事………死んだ場合は自動で発動する事………通常の“三つの異能”みたいに寿命にはそれほど影響しないこと………」
「それも私の見解ですか?」
「……そう、です。それと、工藤正臣、焔さん………です」
200回に及ぶ周回の中では焔とも接触する回があったと言うことか。
工藤正臣とは生徒会会計の工藤だろうか? 何故その名前が出てきたのかは今は置いておく。
時間も押しているようだし、最低限、核心に当たる部分を聞くことにした。
「タイムリープの回数は有限と言っていましたが、後何回ぐらい可能ですか?」
「……今回が、最後だと思います。運が良くても、後一回」
それは………確かに差し迫った状況だった。セーブポイントがもう使えないのだから。
一分一秒も無駄に出来ないわけだ。
「取り敢えず後二、三個ほど質問を。貴女の一番の目的は? その過程で私を害したり、あるいは“真ノ悪”の目的遂行の妨げになる事はありますか?」
「……無いです。目的は、世界の崩壊を防ぐこと………」
「ふむ……では聞き方を変えます。今一番したい事は何ですか?」
簡潔で分かりやすい質問の方がこの場合は率直な答えが出てくる。
より正確な情報を得るためには聞き方一つ取っても重要だ。
胸を張って言える事ではないが、これも士緒の経験則に基づいている。
故に、直後に輝真の口から出る言葉は信用度が高いと知っているのだ。だからこそ、その言葉には困惑させられた。
「士緒さんを………ぶん殴る」
「……………はい? ――――ぐふっ!?」
通常と違い、通力を使用してのトランス状態の出来事だ。こういった質問をすると稀に実際の行動として反映される事があり得ると………知ってはいたが、予想の斜め上の答えが返って来たために一瞬だけ反応が遅れた。
輝真の瞳を覗きこむように近付いていた士緒の横顔を力一杯のグーで殴りつけられるとは、想定外にも程があると言うもの。
若干よろめいたものの、なんて事はない一撃だ。ただし、けっこう痛い………
「……………むにゃ……………っっ! んぁ? あ、れ………? ぁ………あっ、また………やりましたね、催眠術。痛っ!? 拳が………」
殴りつけた拳の痛みでトランス状態を脱したようだ。自分の拳と士緒に怪訝そうな視線を往復させている。
そして言葉から察するに、前にも士緒に術を掛けられた事があったのだろう。拳の痛みに関しては初見のような反応だが、前回の自分との間に特別な何かがあったという事か?
「……散々な日です」
主に女性を傷つけるという意味で。
輝真が何を怒っていたにせよ、マサキの事が後を引いている今、過去の―――正確には前回の―――自分にも輝真にも責める気は起きない。覚えが無かろうと、自分の行いには違いないのだから。
「もう信用に関する質問は終わりましたよね? ならさっさと行きましょう。さっきも言いましたが、話しておくべき事は道すがらしますので。目的地の近くに転移するのは良いんですけど、近場の術式から転移するのはダメです。正式な退魔師だろうと黒沼公浩は学生ですから、九良名を出た瞬間からある程度の監視を受けてしまいます。前にそれで転移するところを吾妻という人に目撃されましたし」
手の痛みを訝しみながらも、そちらは少しだけ暗い表情をした後に何やら納得した様子である。手首をさすりながら小声で「大丈夫……まだ何ともない」と呟いて。
何か心配事があるようだが、恐らく拳の痛みとは無関係だ。見当違いな事で暗くさせてしまっただろうか?
(今は置いておきますか)
先ほどから置いておくと言っては後回しにしてばかりだが、何度も言うように今は緊急だ。後で話してくれる事を期待するとしよう。
「では安全に転移できる所まで徒歩で向かうか、それか電車でも使いますか?」
意地の悪い問い掛けをしてみた。
すぐに使える足は思い付く。しかし、あえて輝真の口から言わせたい。
ついニヤニヤした表情が出てしまったが、そんな士緒とのやり取りを何周も繰り返してきた輝真だ。今さら目くじらをたてる事も無かった。
そう考えると、前回の自分はよほど輝真を怒らせるような事をしたのか。それとも溜まりに溜まった鬱憤が爆発したのかは知らないが、先程の拳は中々に心が痛んだ。
「黒沼公浩は免許を持ってますよね? 折角ですから活用しましょう」
やはりそう来るか。
士緒は愉快な気分に突き動かされるまま、気障な役者か道化のような大仰な所作で一礼した後、輝真に手を差し出した。片足を引き、自分の胸にゆったりと手を置いた、その流れで。
「仰せのままに、お姫様」
諸々の詫びにはならないが、せめて態度だけでも畏まって見せる。
その愉しそうな表情はとても負い目があるようには見えないが。
輝真も小さく微笑んでから、士緒が差し出した手に自分の指先を乗せた。
長年慣れ親しんだやり取りを行うかのように。
★
VaRuRuRuRu――――――BRwooOONNN!!!
↑が何の音か、オノマトペだけでは分からないという人のために説明すると、大型自動二輪のエンジンを吹かした音だ。(馬じゃないよ?)
黒を基調としたSS……先日の望遠鏡に続き、とても学生の手が届く代物ではない。
ちなみに免許だが、大型のものとなると学生が持っている事は無いのだが、黒沼公浩には正式な退魔師資格があった。
特一級資格の前では自動車免許の有無などは些細な事。国内において最上級の退魔師が持つ特権は現代社会における非常識の権化とも言えるものだ。少なくとも、退魔師ではない一般人にとっては最も身近な理不尽と言える。
明らかに職権濫用気味だが、協会もこれに懲りて特殊資格なんて破格の特権を学生風情に与えるべきではないと学ぶ事だろう。
「借り物の白馬で申し訳ないのですが、後ろへどうぞ」
九良名市のとある倉庫。普通は入れないその場所にちょちょいっと侵入し、そこで少量の埃を被っていたカバーを外して現れたのは鍵の刺さったままの大型自動二輪。
流石にこのバイクまでも公浩の持ち物と言うわけではない。
これには歴としたオーナーがいる。退魔師でありながら“真ノ悪”の協力者……陸道石刀だ。
「後で謝る……でしょ? メル友なんですよね、これの持ち主と」
メル友……まさに輝真に語ろうとした言い訳を先取りして言ってくれた。
石刀が協力者であると輝真が知っているかは分からないが、敢えてこちらから言う事もない。
前回までの自分がどこまでペラペラ喋ったにせよ、今回の件で関係無さそうな情報まで喋ったとは考え難い。
輝真はこちらの事を色々と把握しているようだが、自分は輝真の事を殆ど知らないのだ。何が命取りになるか分からない以上、やぶ蛇は避けるべきだろう。
「何かあっても彼なら適当に話を合わせてくれるでしょう。さあ、しっかり掴まってください」
輝真の手を取って後ろへ乗せ、その手をそのまま自分の腰へと回させる。
士緒にギュッと抱き付き、ヘルメットを被った頭を背中にもたれさせた。
「 ////// 」
ヘルメットの中は見えないが、輝真の顔は紅く染まっている。
自分はこんなに照れていると言うのに、女の子の柔っこい体を押し付けられている士緒はと言うと、全く少しも僅かばかりでさえ動じていない。
これまでの周回では、そんな士緒が頼もしく見えたり憎たらしく見えたりもした。今回は前者だった。
Vrururu―――BRwwwOOONN!!!
バイクの発進と合わせて『光矢』を倉庫の壁に放ち、脆くなった箇所を突き破って外に飛び出した。
「流石に怒られますかね!」
どうせ自分が檸梨市に向かった事はすぐにバレるのだ。その事実が早く伝わるように、少し派手に報せてやろうではないか。
「スマホ出しますよー?」
流石と言うべきか、輝真は士緒の次の行動が何か知っているようだ。
やや前傾の姿勢で運転をする公浩……正確には士緒の制服のポケットから携帯を取り出し、通力の影響を受けにくくするために貼られた術式をぺりっと剥がしてから番号を押した。士緒の前に手を伸ばして、それをバイクに取り付ける。
ヘルメットはそのままハンズフリーで会話が出来るタイプだった。石刀のセンスに共感しつつ、心底褒めたい気分だ。
電話を掛けた先、相手はたっぷりとコールをした後に出た。
『申し上げるアルー。こちら怪しい商人の携帯――――』
「梢、私です。それなりに緊急なので手短に話します」
通話の相手は梢。
そこに掛かって来たのは公浩の携帯だ。梢は迂闊に名乗らず、念のために相手が士緒であるのを確認してから会話をすると決めてあった。
梢の変装時のキャラが言葉を終えるより早く、一秒が惜しいと伝える意味もあって被せるように話し始める。
檸梨市の異変。“三つの異能”。『幻霧結界』の欠陥とその使用を控える旨。その他、五郎左への報告。すぐに対応できそうな戦力を何人か待機させる指示。
とにかく要点だけを早口に語っていく。そして輝真の話を聞いてからまた改めて情報を伝える、と。
檸梨市に入る前に必要な情報や指示は伝えておくつもりだ。
特殊資格持ちである公浩の監視で協会の目が届く範囲は調べてある。監視を完全にまいて外に出てから転移術式を使うから、日付が変わる前には檸梨市に入れる。
外部と連絡が取れなくなるまで9時間はあるだろうから、それまでに輝真と梢の間で会話を行ったり来たりだ。
今でさえ梢は心配そうな声を届けていた。士緒がどうこうなる心配………は、実の所ほんの僅か。その心配の元は一に女、二に輝真だ。
三、四は士緒の女癖で、五に来て漸く士緒の身の安全について。
未知数の領域に乗り込む事、そしてそれを先導するのが怪しさMAXの女である事が梢にとって懸念事項となっている。
得体の知れない存在と前代未聞の事態。その矢面に士緒を立たせる事は少なからず梢を心配させるのだった。
『言うまでも無いことっすけど、その女には気を付けてくださいっす。必要以上にくっつかないこと! 優しくしないこと! 微笑みかけるなんてもっての外っす!』
梢の懸念?を純粋に士緒の身を案じたものと解釈し、また後で掛け直すと苦笑気味に言ってから通話を終える。
さて、次は輝真からもっと詳しい情報を聞く番だ。
どんな話が聞けるのか、興味は尽きない。
バイクの風で声が届き難い中、声を張る輝真の口から聞かされた事実は驚愕に彩られ、忌々しい内容は士緒を苛立たせるものだった。
世界を穿つ災禍まで
14日
と
5時間




