第84話 陰謀と暗躍、そして災禍へ
種咲市、“社”。
表向きは会社の専務、及び外部顧問として籍を置いている幸円光に与えられた部屋。
先日の退魔師協会による“日計の毒”への大攻勢に関する報告書類が山と積まれたデスクに、ヒカルは向かっていた。
『ヒカル。終わったわ』
戦後処理の一部で“教会”の管轄として扱うものを五行一樹に割り当てられたヒカルに、建物内で仕事をしやすいようにドレスからスーツに着替えたヒカルの妻……アンナ・クレインが二種類の書類を渡す。
書類の束は二つとも報告書だ。
その両方ともが今回の大戦で佐東市花、黒沼公浩が接触した“真ノ悪”に関するもの。市花本人による報告は固有秘術に関する項目だけ、不明な点が多いとして要領を得ないものになっているが、ヒカルにしてみれば好都合だった。
『これでいくらか時間が稼げるかな』
ヒカルは片方の束……本物の報告書の方を、“神託”を使用して一気に燃やし尽くした。
マジシャンが使うフラッシュペーパーのように跡形も残らない。
『上への書類を止めておくのはそろそろ限界だったからね。間に合って良かったよ』
『あっさり言ってくれるわね。言っとくけど、関係者の口止めは大変だったんだから』
アンナは市花と公浩の報告書に目を通したか、その可能性がある協会関係者全員に面会し、口止めをした。いわゆる隠蔽工作だ。
中には口を封じるためだけにグレー、または真っ黒な手段を取った場合もある程。それは“大聖堂”の意向で、バックアップも受けていた。
『“真ノ悪”……今彼等へ五行家の目が向けられるのは困る。その要素は少しでも排除しておかないと』
『それでも長くは持たないわよ? 上の連中はそれまでに目的のものを手に入れられるかしら』
『さて……例え手に入ったとしても、この事実が退魔師協会にバレれば間違い無く衝突が起きる。それだけのリスクを犯してでも欲しいんだろうね。“悪食”……焔と呼ばれていたんだっけ? 教皇派と仁科黎明に目を付けられる前に彼女を確保したいところだけど』
『今まで“悪食”=“遠き赤”だと考えていたものね。クルーォルったら、随分と見当違いな所を探させてくれたわ』
『仕方ないよ。“遠き赤”はかつて自分に繋がる資料を片っ端から潰していって、外見や性別、能力、その殆どが不明になってしまったんだから。コードインビジブルである“悪食”の僅かな情報を分析したら、その幾つかがたまたま“遠き赤”と合致した。元々可能性があった程度なんだし、彼を責めるのは止そう』
『ヒカルのその誰にでもいい顔しようとする所、いかにも日本人っぽいわよね。あんな変態なんかより、奥さんのフォローをしてくれないの?』
アンナはヒカルの椅子の手すりに腰掛け、色っぽく身体をしならせる。
ヒカルの手を取り、自らの腰へ回すよう誘導した。
『さっき交渉の時、嫌な思いをしたわ』
ヒカルの手を腰から臀部へ、臀部から太股へと滑らせ、夫の顔を見る。
少しだけ嫌そうな顔をしていた。それは身体を触らされているからではなく、妻に不愉快な交渉を任せてしまったことによる罪悪感と、どこかのスケベ野郎に対する嫌悪から来るものだ。
なるほど、ここまで触られたのか。
ヒカルはアンナの腰を抱き寄せ、膝の上に仰向けに乗せる。
『日本人のモラルもそこまで低下していたか。やっぱりクルーォルのやろうとしている事は正しい。社会の歪みは矯正するべきだ』
『セクハラ一つでそこまで飛躍しちゃうのね。でも、まだあなたに愛されているようで安心したわ。もっと若くて可愛い娘の方がいいと思ってたから』
『あ~………ツグミちゃんの事、まだ根に持ってたのか。彼女は家族同然だし、凄く美人になってたけど……奥さんは君だよ』
ヒカルはアンナの頭を持ち上げ、その唇へ自分のそれを重ねた。
たっぷり十数秒。貪り、絡ませ合い、互いの唇を離せばそこには銀色の橋がかかり、頬が上気して目はうっとりと蕩けている。
『これで機嫌治してよ。ね?』
『……ヒカルのそういう所、日本人っぽくないわね』
それから暫くの間、陰謀渦巻く一室にて、夫婦はイチャイチャとむつみ合いを繰り広げた。
★
なんてキレイな人なんだろう
日本の外にはこんなキレイな人ばかりなのか。
少年は幼心にそんな事を思っていた。
その後すぐに気付いたが、目の前で鬼の群れ―――この国では悪魔と呼ぶらしい―――と戦っている女性は外国人とか関係なくキレイな人だった。
見た目は十代そこそこで、長く黄金のように目映い髪と、茶色の瞳。特徴だけ挙げれば何処にでもいそうに聞こえるが、実物の容姿は異国の地にあっても比類無く、花も恥じらう美貌を湛えている。
年端も行かぬ少年の心に、その後100年続く恋を植え付けた女性もまた“悪魔”だった。
未だ冷めやらぬ想い。
焦がれる想いを少年に残し、現代、魔性の“悪魔”の夢は今もなお、少年を焦がし続けていた。
★
「っ」
ふと目が覚める。
少年は一面の大海原の真っ只中、一面の青空を見上げた体勢で横たわっていた。
船の甲板にデッキチェア、そこで昔の夢に耽る様はまるで優雅な船旅のようだ。
しかしそこは既に日本の海域で、しかも冬の寒波を真っ向から受け、服はティーシャツ一枚とダメージジーンズ、おまけに乗っている船が重巡洋艦とくれば、情緒などあったものではなかったが。
「前にも思ったけど、船って思ったほど揺れないもんなのねー。いつ船酔いするかと覚悟してたのに、ちょっと拍子抜け。レイも全然起きないし」
少年は顔を右に向け、声の主である女の背中を見る。
厚い毛皮のコートを着ていて分かりにくいが、高い身長とメリハリのある肉体はトップモデル並。肩まであるフワッとしたパーマの後ろ髪を風に靡かせながら椅子に腰掛け、テーブルを挟んで向かいの女とチェスをしているところだった。
「そりゃ、この大きさの船になれば大きな揺れも減るわよ。レイが鈍感だからってのも否定しないけど」
手前の女と同じような毛皮のコートを着用し、茶色のロングヘアーをツーサイドアップにしている少女は、外見や雰囲気からして手前の女と比べるとまだ幼い。
十代学生と二十代学生の姉妹のようと言えなくもないだろう。
「はいチェックメイト。悪いわねー、今晩レイと寝るのは私みたい」
「ぬぐっ――――、押し負けた。けど、先に10勝した方が、よ。まだ7勝2敗でしょ?」
「もう私の勝ちでいいんじゃない? あんたなんてどうせ、本当に一緒に寝るだけなんだから。私と大人のネゴシエーションをする方がレイにとっても有意義に決まってるわ」
「な!? レイの貞操をあんたみたいなハレンチ女なんかに渡すもんですか! 言っとくけどっ、私にはあなたと違ってあげられるものがあるんだからね!」
「処女が美味しいのは最初の一回だけよぉ。それ以降は慣れるまでただのヘタクソ女だからー」
「な、によ~~……このガバm―――――」
「止めろよ二人とも、うるさくて眠れない」
少年は起き上がり、頭痛を堪えるように頭を押さえている。
最初は無視して、部屋に引き込もって誰も侵入できないように鍵をかけるつもりだったが、見かねて声を掛けてしまったのだ。
「だいたい、勝手に俺との同衾を賭けるなって。どっちが勝っても、俺のベッドには絶対入ってくるなよ? 絶対だぞ!」
「なぁによレイ、起きてたの? なら部屋に行きましょうよ。あなたはともかく、私たちは寒くて凍えそうなんだから」
「そうよ、何で私がレイに付き合って外に居なきゃいけないのよ! 別にあんたの寝顔が見たいから無理して付いてきたとかじゃないんだからね!」
いつもの事と言えばいつもの事。エロいお姉さんもツンデレのお嬢様も、どこだろうと自分の後を付いてきてしまう。
たまには一人になりたくて、態々こんな寒空の下で昼寝をしていたというのに。それでも付いてきてしまうとは。
自分はそこまで二人に心配をかけてしまっていたか。
「またヘルメスとかいう女の夢でも見てたの?」
緩やかなパーマの女……聖堂騎士序列10位、リサ・ハロルドが少年を案じるように声を掛ける。
ヘルメスという名前を聞いて、それが少年の想い人だと知っているツーサイドアップの少女……祓魔師見習いのケイトは眉を顰めていた。
「日本に戻ると決めてから、ずっとナーバスね。ここに飛びっきりの美女がいるってのに、100年も前の女の事ばっかり考えて………」
その言葉を受けて少年は、「ふっ」と笑って見せる。本人は儚げな美少年を気取っているつもりなのだが、如何せん、これまで積み上げて来たキャラがそれを許さない。親しい人間は皆、ネタだとしか思っていなかった。
「俺が酔って話した事は忘れろ。昔の女なんて、いつまでも引きずるほど女々しくはないさ。なんでそんな事――――」
「レイが起きる前から、男の子の部分がおっきしてたからよ」
「っ!」
少年は羞恥から顔を赤らめていく。
反射的に股間を押さえ、リサに背中を向けた。
「まあ、それは冗談だけど。でもファスナーが今朝から全開なのは本当よ」
「おっふ…………」
少年はファスナーを上げた。
今朝からということは、もう7時間はこの状態で泳がされていたということか。
もし本当に息子がおっきしていたら、下手したら息子がファイエルしているところだぞ。
船にいる仲間たちには後でキツく言っておく必要がありそうだと感じた。
「べ、別に私は、レイのパンツを見てたくて態と放置していたわけじゃなく――――」
「ムッツリ女の言うことは無視するとして、レイが寝てる間にいい報せが入ったわよ。果報は寝て待てとはよく言ったものね」
「おお、久々の朗報か。最近は嬉しい報告の一つも聞いてなかったからな。いろいろ飢えて――――っだあ!? そういう意味じゃない!! 顔を近づけるな!」
リサがすかさず少年の上げ足を取りに行き、二人の唇が接触寸前まで近付いた。二人の顔が離れたところでケイトはほっと白い息を吐く。
「ったくもう、メリザンドが言ってたけど、これが日本で流行りの草食系男子かぁ。実際に目の当たりにすると面倒ね」
「お前なー、メリザンドとどんな話をしてんだよ。あいつにはかなり重要な仕事をしてもらってるんだから、邪魔だけはするなよ?」
「あ、その仕事が完了したって、さっき言ってたわよ。それがいい報せ」
「ぐっ、ぅぅ………喜ばしいはずなのに、折角の朗報がお前の謎のノリのせいで思っていたほど心に響かなかった。せっかく並べたドミノが半ばで止められた気分だ」
「半勃ちで致しちゃったようなもの?」
「……いろんな意味で口を閉じてろ」
飛び跳ねて歓びたいのに、モヤモヤというかムズムズというか、とにかくキス未遂のせいで出鼻を挫かれたのだった。
「日本人って妙に繊細よね。そのメリザンドさんだけど、さっきこっちへ持ってくるって言ってたから、もう来るわよ?」
ケイトの言葉に、少年の意識が艦内に続く扉へと向けられる。
そしてタイミングもよく、今まさに、待ちに待った秘密兵器を携えた者が扉を開いたところだった。
「ハァーイ! ご依頼の品をお届けデース!」
現れたのはツナギを着た女性。
一束に纏まった縄編みの金髪を肩から垂らし、高く掲げた手には表面が網目状の凹凸になっている球体。ソフトボール程のそれを、ニコニコと満面の笑顔で自慢気に指し示しながら近付いて来る。
「待ちわびたぞメリザンド! 首尾はどうだ?」
実物を目の前にして今度こそ素直に歓びの声を上げられた。
メリザンド。聖堂騎士序列5位にして世界最高の“神託”職人。
先日まで枢機卿派に半ば軟禁状態で“神託”を製作させられていたところを仁科黎明、及び数名の協力者によって助け出された。
メリザンドは人質が取られていたので、まずはそちらを確保。そしてサフィールという脅威を取り除いてから交渉に持ち込んだ。と言っても、その枢機卿は今や黎明の傀儡に近い。何せ、また命と崩壊寸前の派閥を狙われないためには仁科黎明に依存する他に選択肢が無かったのだから、当然と言えば当然だろう。
そんなメリザンドは新たな雇い主―――ただし非公式―――である仁科黎明の依頼で、とある“神託”の製作にかかった。黎明本人としても恩を着せるようなやり方は本意ではなかったが、メリザンドは喜んで仕事を引き受けてくれた。
そして今、結果を携えて依頼主の前に現れたのだ。チェス盤をどけてテーブルの上に……仁科黎明の前にそれを置いて見せた。
「我ながら良い出来デース。レイのご注文に100%沿う物になりマーシタ」
「良いぞ! さすがはゴールドスミス。かなり無茶な要求もあったのに、この短期間で作るとは」
この、先程からイマイチ格好がつかない少年こそ、100年以上を生きる大老であり社会の怪物。日本国内における実質的な支配者にして世界最強の退魔師。
橘花院家の村を焼き、橘花院士緒を殺し、禁術を奪った男………仁科黎明その人だった。
「ワタシの鮮やかな仕事ぶりに惚れ直しましたカ? でもザーンネン。レイはワタシの好みではありまセーン」
「そうか、今なら嬉しすぎて誰にでも惚れちまいそうだったが」
「「ほんとに!?」」
メリザンドと黎明の軽いジョークを軽く受け流せなかったリサとケイトが食いついた。普段は二人とも少しだけ素直ではない愛情表現で黎明に迫っているが、この反応だけ見てもその本気度が窺えるというもの。それだけの迫力があった。
「うおっ!? じ、冗談に決まってるだろ。おい、グイグイ寄って来るな!」
上げたところを一気に落とされた二人。しかし一応は冷静さを取り戻した。
その落胆の表情は見ていて気の毒になるものだったが、それを誤魔化す意味でも二人は キッ と八つ当たりに近い視線でもって、怒りの矛先をメリザンドへ向ける。すっごく理不尽デース………
「あ、あ~~……コホン。と言ってはみマシタガー、まだ実践テストを行ってない段階なもんデ……これは厳密には未完成デース。期待させてスミマセーン」
「いいや、目処がたっただけでも十分すぎる。お前の見立てでここまで形になったという事は、だ。理論上だけでなく、実際に開発可能な事の証左だろう。お前は自分に作れない物は完璧に把握してるからな。それに………」
実験の機会ならすぐに作れる。日本に着いたら、イヤと言うほど使える時が来るだろう。
黎明にはこれを使用すべき敵がいくらでも存在するのだから。
「まあ、なんだ………とにかく良くやってくれたな、メリザンド。正直、これを作らせるためにお前を助けたようなものだ。そんな俺を軽蔑しているだろうが、もう少し付き合ってくれ」
「アハハ! 気にするナー。それにこの船の設備もオカネも、全部レイのものダカラ。デイヴィスのとこではどんなに頑張ってもコレを作れなかったでしょうしネ」
メリザンドは黎明の肩をバシバシ叩き、テーブルに置いた“神託”を手に取った。
「試すだけならここでも出来るケド? 取り敢えず危険は無いって自信はあるヨー」
「いや、流石に海のど真ん中で船に何かあっては困る。まぁ、何か起きても被害が少なくて済むよう、ここにいるわけだが」
「万が一失敗するにしても、それはここじゃなくて、敵陣の真ん中でやるのが良さそうね。どっちに転んでもリスクは少なそうだし」
「でもでも、いざ使って成功すると考えたら、すごい事よね。まるでマンガみたいな能力だもん」
リサとケイトも、改めて目の前の“神託”に意識を向ける。
ケイトの言葉で、その場の空気が期待に満ちていった。
成功すれば夢のようなアイテム、間違いなく歴史的偉業を成せる代物だ。それこそ、転移の術式に匹敵する程の。
新しいオモチャを手に入れた子供の様、というやつだ。黎明も、作った本人であるメリザンドも、快活な笑みを浮かべている。
ちなみに、メリザンドの顔は普段から大抵このままだ。常にニコニコと、笑顔でない時の方が珍しい。
その点を言えば、士緒の性質とよく似た女と言えた。
「ワタシとしては出来るだけ早く試したいところデース。調整をする上でそれは避けられマセーンから。使う時はゼッタイ声かけてクダサーイ?」
メリザンドは“神託”を黎明に投げて寄越してから踵を返し、「20時間くらい寝てくるヨー」と言って船内に戻って行った。
残された球体を、黎明は自らの二の腕内側に刻んだ“大部屋”の術式にしまい、満足そうにリサとケイトへ顔を向ける。
「さて、二人とも。まずこれは使いきりだ。無駄に使ってしまうのも勿体無い。しかしメリザンドが数を用意するためにも、早めに実験をする必要がある。そこで」
黎明が今度は“大部屋”から地図を取り出す。日本の東北地方、そこのとある大きめの街。
「俺たちの次の敵だ。こいつらで試させてもらう。今回はこれまでのような“悪魔”とは違うが、今さら怖じ気づいてはいないだろうな?」
リサはこれでも聖堂騎士だ。相手が誰であろうとも腰が引ける事はない。
ケイトも見習いとは言え、黎明と出会ってからのそれほど長くはない時間で、かなりの修羅場を潜っている。その時が来れば迷う事は無いだろう。
黎明の問いに、二人は頷いて見せた。
「俺の寄り道に付き合わせて悪いな。だが、そろそろ目障りな敵を一つ、潰しておきたい。標的はここ――――」
黎明が地図をバンッと叩く。
いつもの気合いの表れだ。周りの人間は少しうるさく思っているが。
「檸梨市。伏魔殿を焼き払う」
世界を穿つ災禍まで
15日
★
城攻めを行う時、攻め落とすには籠った兵の三倍の兵数が必要とされる。
無論、例外はあるが、それが基本にして定石。攻める側としては一刻も早く戦いを終わらせたいのだから。
「神崎っ、磯野っ、なんとか突破出来ないのか! “真宵符”は渡したろ!?」
「無茶言わないで工藤くん! この弾幕とあの硬さ、私の持ち味と相性悪いのよ!!」
「工藤このヤロウ! 俺の“真宵符”を他のより代償デカくしといてよく言えるな!? あんな地獄は二度と御免だ!!」
「その分能力の上昇率を上げたんだから文句を言うな! 神崎もだ! 少なくとも奴には近付ける! それに奴の結界だって万能じゃないはずだ!」
そこは東北に位置する内陸の工業地帯。
工藤正臣を筆頭とした生徒会執行部は人を喰らった“鬼”の討伐を目的として、檸梨市に訪れていた。
そして標的である“鬼”の発見とほぼ同時に戦端が開かれたのだ。
「おい磯野っ、トンファーの片方はどうしたっ? 折角の攻防一体の打撃武器だろ!」
「落とした!」
工業地帯に“鬼”が潜んでいるとの情報を受け、現地の退魔師から案内されながら工場の合間にある搬入用通路を歩いているところに突如、雨のような『石弾』が広範囲に降り注いだ。
拳だいの『石弾』は通常は数を重視した顕術で威力は度外視だが、不意打ちで、しかも高くないはずの威力が『刺突槍』に匹敵するだけのものだった。
案内をしていた二人の退魔師の内一人は頭を潰され、一人は左の肩口から先をまるごと抉り取られている。現在も工藤が治療を行っており、なんとか一命は取り留めたが。
向かいの建物の天辺からこちらを見下ろし、絶えず高威力の『石弾』を放ち続けているのは人型の“鬼”。事前の情報で可能性は示唆されていたが、特一級でもかなり厄介な部類だ。
なにせ相手は人型で特一級の強さがあっても、知性の無いタイプだった。
いや、この場合知性というより理性だろうか。見た目は普通の青年で服も着ている。しかし目の焦点は合っておらず、血だらけなのは人を喰らった直後という証拠。
こちらに対して効率的な追い込み方をしているのを考えると、戦術的な思考が出来るのだろう。
とは言え、ブツブツと何事かを呟き、時おり何も無い空間に支離滅裂な言葉や罵声を浴びせたりしていれば、正気だと思う方がどうかしている。
ある意味当然だが、この鬼はただの化物。言葉を交わせないし、揺さぶりもできない。
だと言うのに、
「あの状態で何で結界なんか使えるのよ!? “真宵符”を使っても私の火力じゃ破れそうにないんだけど!」
雨霰と降り注ぐ『石弾』の音でお互いの声も聞き取りにくい中、風音の嘆く声が響く。
知性の無いタイプとしては極めて稀有な、結界を使う鬼だった。
しかもかなりの強度で半径1メートル程を覆っており、風音の『飛閃の太刀』でも殆ど削れなかったのだ。
「俺用の“真宵符”なんか10分持たないし! 失敗したら俺動けないんだぞ!? 軽々しく使えないの!!」
「工藤くん! ここまで遠慮無しで通力を使ってるならすぐにバテるはず! もう少し堪えれば――――」
「おすすめしない! 奴の通力がいつ尽きるか分からんしっ、それまでにこの塹壕ごと一帯が更地になりそうだ!」
結界使いと戦うのは城攻めに似ている。
結界は修得難度が極めて高いが、修得してしまえばとてつもなく有用だ。
そしてそれを破るには、結界の性質が攻撃的にしろ防御的にしろ、その性能を三倍以上上回る威力または技量が必要となる。あるいは同種の結界を、やはり倍する性能で相殺するか。要するに、結界使いを倒すためには基本的に数倍の実力差が求められるということ。
相対する生徒会メンバーは高所からの襲撃に際し、工藤が土系統の顕を使い即席の塹壕を作った。たまらず全員でそこに逃げ込んだのだ。
ちなみに、負傷した退魔師を磯野が脇に抱えて回収した時、『石弾』を防いだトンファーの片方が弾かれてしまった。それさえあれば、あるいは“真宵符”の使用を躊躇わなかったかもしれないが、それは今言っても仕方ない事だろう。
周囲の地面は抉られ、塹壕も長くは持ちそうにない。
この状況をポジティブに表すなら我慢比べ。ストレートに述べるならじり貧。正直にハッキリ言うなら超ピンチだ。
こうなったら一か八かで弾幕の中を突撃するか………
風音と磯野にそれを強いる事になってしまうが、やむを得ない。
工藤が苦渋の決断を下そうとした、しかしその前に、状況を変えてくれる者が現れた。
「……………」
九良名学園の制服、男子、両手には木刀。そして一番の特徴が……祭りの屋台で売られているような安っぽいヒーロー面で顔を隠している事だ。
「「「 !? 」」」
学園の制服を着た男は特一級の鬼の背後に音もなく降り立ち、息を吐いて一瞬だけ間を置いた。直後、持っていた木刀をまるで無造作に、横薙ぎに振り払う。
「ご、ぁ――――!?」
木刀は鬼の首に打ち付けられ、ミシィと音を鳴らしてふっ飛び、コンクリートの地面へと落とされた。
数秒前までわりとまずい状況だったというのに、なんと呆気ないことか。
「なんだありゃ………」
「九良名学園の、学生?」
「どうだかな。二人とも、警戒を解くな」
生徒会メンバーは突然の闖入者に一瞬驚きはしたものの、困惑することは無かった。
これでも現場経験豊富な九良名学園生徒会だ。敵か味方か分からない内に気を弛める事はしない。
しかも、相手は学園指定の制服姿。確か九良名学園第二校が近くにあった筈だが、そこの生徒会や風紀委員会が動くという連絡も無かったし、第一、現地の学園と“社”の手が足りないからと態々ヘリを使って駆け付けたのだ。
そこに第三校以外の生徒が現れるのは不自然にすぎる。ふざけたお面を着けているとなれば尚更だった。
「話を聞きたい。神崎、援護しろ」
風音の返事を待たずに工藤が塹壕から顔を出して様子を窺う。
見れば向こうもこちらに視線を送っているようだ。
工藤は思いきって塹壕から身を晒し、風音はいつでも飛び出せるように身構える。
工藤としても争わずに済むならその方が良い。何にしても、まずは言葉が通じるかだ。
「九良名学園の生徒会だ! そちらの所属は!」
「……………」
工藤の呼び掛けに、お面の男は僅かに戦意を漏らして身構えた。
風音と磯野にも緊張が走り、それぞれの得物を持つ手に力が入る。
しかし、あわや戦闘になってしまうかという所でお面の男が何かに気付いたのか戦意を散らし、動きを止めた。
「………? そちらの所属は!」
工藤が再度の呼び掛けを行うが、相手の反応は無し。
こうなると次からは穏やかな問い掛けでは済まなくなる。
と、相手もそれを感じ取ったのか、身を翻してその場を離脱した。
「! 待ちなさい!」
風音が追いかけようと身を乗り出す。そこに工藤が腕をさっと差し込み、風音を止めた。
「深追いはするな。それに………まだやることがある」
重傷を負った退魔師は工藤の顕術で治療したため、この場でこれ以上出来る事は少ない。
工藤は先程首を折られて落下した鬼へと近付いていく。
「まさか………」
風音が工藤の後を追って、そして工藤と同じ感想を抱いた。
鬼は死ぬと、直後には塵となって消える。ほぼ例外は無い。中には稀に“鬼核”を残して消える鬼も存在するが、それでも肉体は間違いなく消滅するのだ。“恐慌獣王”の時などはスピナトップが事前に調整していたため、その後も暫く死体が消えることが無かっただけ。
そして目の前の鬼……いや、死体が動かないのを確認し、その異常性を認識した。
「鬼じゃないのか……?」
先の木刀による一撃が致命であることは、これまでの現場経験から直感で理解できた。
それでも、まだ生きているのでは? と考えて近付いたが、死んでいるのを工藤が確認した以上、これは死体なのだろう。鬼ではない、恐らくは人間の。
「ややこしい事態になってきたな。学園長に連絡を取りたい。携帯は………“社”か」
携帯などの器機は通力の影響で故障する場合がある。どうしてもの時には、そういった物を運ぶ専用の“大部屋”があるくらいだ。
今回はいつも通りの仕事だと考えていたのもあってか用意していなかったが。
「怪我をした退魔師を連れて街を出るぞ。何処かで学園に連絡を取る」
「え……? “社”に戻らないの?」
「この死体の男……鬼でないのなら恐らく退魔師だろう。だが退魔師だと考えると、かなり異常な部類だ」
人を喰った後のように、血と肉片らしき物も付着していたし、とても正常な人間には見えなかった。それは風音から見ても間違いない。
だからこそ、相手が鬼だと判断して応戦したのだから。
「通力の消費を考慮しない戦い方も、力押しの戦術も鬼にありがちだ。というより……退魔師が、通力が無尽蔵の鬼の力を得たような感じだった………今思えばな」
「でも、なんでそれが“社”に戻らない事になるの?」
「まぁ………勘だな。異常な変質をした退魔師がいる街だ。万が一にも、“社”の他の退魔師に同じ異常が起きていないとも限らない。街を出るのは念のためだ。面倒だが、それでリスクを避けられるならそうしたい」
「………分かった。磯野くんにも伝えてくる」
風音は塹壕の外に出て怪我をした退魔師を寝かせている磯野へと駆け寄っていった。
工藤は改めて死体を見る。
人間の死体………
工藤正臣はどちらかと言えば研究畑の退魔師で、通力の分野では若手とは思えない成果も上げている。本人曰く、専門は“鬼”という存在についてなのだが、その過程で治療と道具製作に秀でた結果の方が多いのは、本人としては複雑ではあるが。
そんな研究の分野では、何であれ人間の死というものは切り離せないものだ。死体だって、今さら大袈裟な反応で取り乱さない程度には慣れている。
その点、風音が死体を前にしていると気付いても騒がなかったのは少し意外だった。
学園での二年程だが、工藤が知る限り風音が死を目の当たりにした事は無かった筈。
無理をしているとは思っていないが、少しだけ気にはなった。
「………馬鹿な事を考えた」
日常的に鬼が有する通力が人間に対して精神的な悪影響を及ぼすという論文がある。少数ながら存在する事例、それに関する研究、実験をする自分を想像してしまった。
また本来の分野から脱線するところだ。本来の研究………『鬼がどのように発生するのか』。
今、目の前にある死体がそのヒントになるとは流石に期待していないが、それを抜きにしても興味深い。その手の人種の悪い癖かもしれないが、何であれ持ち帰るべきだろう。
後で檸梨の“社”からは苦情が来るかもしれないが、そこはそれ。向こうにやましい事が無ければの話だ。やましい事があれば、亜笠がいくらでも誤魔化してくれるだろう。
人間が異常な変質を見せた。しかも退魔師がだ。
“社”に思い当たる事があれば口をつぐむだろうし、無ければその誠実な仕事っぷりに敬意を表してお返ししたのち謝罪する。
どっちにしろ、大した問題にはならない。
工藤は首の骨が折れたその死体を担いだ。
そこに風音と、負傷した退魔師を背負ってくくりつけた磯野が合流する。
非常に難儀な越境の始まりだった。
世界を穿つ災禍まで
15日
Q、Hey! ケイティ!
さっきはリサに何を言おうとしたんだい?
教えてくれYO!
A、このガバメントが目に入らぬかっ! バンバン! って言おうとしたのよー?
Q、Oh……なんてことだい
ゴメンよケイティ、俺はてっきりケイティがトンデモナイ事を口走ろうとしたのかと思って……
許しておくれー! 君が1911を隠し持っているだなんて知らなかったんダYO!
A、いいのよ気にしないで! だって………コルトとガバメントでレイとお揃いだからー!!
WAHAHAHAHA!!!
………………
………………………
………………………………
変な事書いてスミマセンm(。_。)m




