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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
83/148

第83話 一目惚れ恋歌

 

「委員長、次はこの書類です。生徒会に提出し直す予算申請書……誰かのせいで今期大幅に削られる予定の」


 二郎は澪に向けて嫌味たっぷりの言葉と書類を差し出す。

 澪は端正な顔を不機嫌に歪め、忌々しそうに書類と二郎に視線を送った。


「面倒ですわね。このような雑事、別に貴方がやってしまっても良いでしょうに」


「雑事であるなら仰る通り。つまり、委員長でないと出来ないこれらは大事な仕事ということです」


「どうせ削られるのは表向きの予算なんですから良いではありませんの。人命第一の組織が現場の予算を削るだなんて、口で言ってるだけですわよ。そんな――――」


「は? なにか?」


 二郎が笑顔のままに圧力をかける。その有無を言わせぬ底知れない威圧感に澪が反射的に「ひぅっ!?」と小さく悲鳴を上げて気圧された。

 どことなく士緒に叱られた時の感覚に近い。

 二郎の雰囲気が士緒に近い事もあり、この反応は士緒(かいぬし)の調教がしっかり行き届いていることを証明していた。


「ご自分のやったことをお忘れになってもらっては困ります。グラウンドに水溜まりの穴を掘って、誰がその後始末に奔走したのか教えて差し上げましょうか………いえ、知ってるはずですから貴女の口から聞きましょう。ほら、言ってみてください。ほら、ほら」


「ぬぐぐ~~………!」


 澪はそれには応えず、ツンとした態度で納得いかないながらも、目の前の書類やらに向かい黙々と仕事をこなしていった。

 一瞬とはいえ二郎にビクッとしてしまった事も含めて不機嫌が増したが、ひとまず目の前の紙の山を何とかしようと試みる。

 本来、風紀委員会ではそこまで多くの書類が出ることは珍しい。

 これまでは斑鳩縁が委員長を務めていた事や委員会の性質もあってか、山のような書類など滅多にお目に掛かれなかった。しかし、変化に伴う新たな問題……風紀委員会にとっては他の団体のいざこざなどだが、それらの数が跳ね上がり、比例して調停などに必要な書類の数も増えているのだ。

 ただでさえ風紀委員会にとっては名ばかりの冬休み、その慣例のせいで“社”に人手が流れているこの時期に。二郎の苦労は推して知るべしだ。


「………ああもうっ、なんですの、この書類は! 松平っ、これはどうやって書けばいいんですのっ」


「ああ、これはですね――――」


 やるとなれば真面目に仕事に取り組む澪の姿勢は好感が持てる。ただし、どうも手慣れていないのか、縁が仕切っていた時ほどには作業効率は上がらない。

 融通が利かないというか、応用が苦手というか、デスクワークは澪の本領ではなさそうだ。

 そうして澪が書類と格闘していると、そこに本日、生徒会との連絡係(パシリ)として寄越された男……磯野が扉を勢いよく開き、なにやら神妙な表情を作って現れた。


「磯野君、少し不躾じゃないかな?」


 磯野の傍迷惑な登場の仕方に二郎の責めるような言葉が投げられる。

 磯野は二郎の咎める声を無視し、風紀委員長……澪の側にスタスタと歩み寄った。


「風紀委員長、あなたを拘束します」


「………………」


 澪は仕事の手を止め、業務の一環でたった一度顔を合わせた事があるだけの関係である磯野の言葉に耳を傾ける。

 前に会った時から少し様子がおかしかったが、それにしても穏やかではないセリフだ。特に、“真ノ悪”である澪にとっては。

 並み居る退魔師を突破して学園……いや、街から逃げだすとなれば、それはそれほど難しくはない。その余裕もあり、澪にとっては未だ慌てる段階ではなく、その様子はいたって冷静。殺気や戦意などは落ち着いている。

 しかし、もし自分がミスをして正体がバレたのだとしたら士緒に顔向けが出来ない。

 転んでもタダでは起き上がるなと、五郎左からは嫌と言うほど教育を受けてきた。小さくても何か手土産か、あるいは置き土産(・・・・)の一つでもなければ。

 こちらから攻撃を仕掛けるのはまだ早い。澪は警戒しつつも、平静のままに事態の推移を見る。

 澪は椅子に腰掛けた状態から傍らに立つ磯野を目線だけで見上げた。


「初めて見た時からこうするつもりでした」


「……なんですの、いったい」


 取り敢えずしらを切る。いよいよとなれば………まず目の前の男からだ。

 磯野の言動に、これから何が起きるのかと周囲の風紀委員たちも注目している。澪も、磯野の顔は視界に収めているはずだった。


「!!」


 一瞬の動きだ。磯野の姿が、見上げていた澪と風紀委員たちの視界から消えた。

 気付いたとき磯野は足元、低い位置から今度は澪を見上げ、澪の手を取っていた。そっと、優しく、騎士のような所作で。

 そして言った。


「澪さん、あなたを僕の心に閉じ込めてしまいたい。どうか僕の愛で拘束されてください」



 ……………………


 ……………………………


 ……………………………………



 そこは風紀委員会、フラッグルーム。あまりにもあんまりな磯野の妄言に、部屋は静まりかえる。

 二郎だけはやれやれと肩を竦めながらも、ニコニコと見守っていた。


「ぇ、あ………こほん! 生憎と私、お姫様のように囚われる程、ヤワではありませんの。他を当たってくださる?」


 澪は磯野の手を払い、変に身構えた事を後悔した。

 なんの事はない。先日に顔を会わせた時、磯野が澪に一目惚れしたのだ。

 磯野がこういったBAKAであると、一瞬とはいえ澪がポカンと放心してしまう程の痴れ者であると知っていれば、手を取らせる前に脳天に手刀を見舞ってやったものを。

 未だ困惑というか混乱というか、そんな平静ではなくなった心持ちとしては上出来とも言える対応だっただろう。余裕を持ってあしらえたと確信できる。

 しかし、磯野がその程度の拒絶など気にならない、結構一途なバカであると、澪は読みきれていなかった。


「お願いしますっ!! せめて週一……いや、月一だけでも俺とデートを! ちょっとだけっ、ちょっとだけで良いですからあ!」


 2秒前はまだ格好がついていたが、それまでのプライドを粉々にして磨り潰したかのような土下座は、いっそ清々しくもあった。

 澪は嫌悪感から反射的に磯野の頭を踏みつけてしまいそうになったが、自分の体裁を最低限まで貶めてまでなりふり構わない行動を取った相手に、これ以上の仕打ちは流石に気が咎める。曲がりなりにも、自分を魅力的だと言ってくれる殿方からのお誘いなのだ。

 澪はあからさまに迷惑そうな顔をしているが、憐れな犬ころを足蹴にしないだけの慈悲は持ち合わせていた。

 澪は二郎に向けて「なんとかしろ」と無言で訴える。それに対して二郎は、


「彼はまぁ、ちょっとアレですが、悪い奴じゃありません。これでも一世一代の求愛でしょうから、最後まで委員長が向き合ってください」


「………………」


 二郎を忌々しそうに睨む澪。

 面倒だが、この磯野という男は自分で片を付けるしかなさそうだ。

 いつまでも土下座されては目障りなので、取り敢えず立たせることにする。


「うおっ、とと」


『王権』を使用して磯野の体を浮き上がらせ、無理矢理バランスを整えさせてから乱暴に床に降ろした。


「私には心に決めた殿方(ひと)がいますの。このような行為は迷惑ですわ」


「そこをなんとか!」


「嫌です」


 好きな相手がいると言っているのに無駄に食い下がるとは。

 嫌悪まではいかないが限りなく好感度は低い。


「何でもしますから!」


「無理」


「チャンスだけでも!」


「お断りですわ」


「一回だけでいいので――――」


「しつこい男は嫌いですの」


 もはや相手にするだけ無駄だと切り捨て、澪は机に向き直った。

 二郎の所感ではあるが、書類に向かう時より、磯野に対して向き合っている時の顔の方が、幾分か真剣味を帯びていた気がする。

 澪は歯に絹着せぬ物言いと当たりの強い言動こそあれど、心根は優しいのだと周りは気付き始めていた。磯野(ばか)を相手にしてさえも、しっかりと向き合って見せたのがその証拠。澪は自分で思っている程、冷徹ではないのだ。


「気が変わったら連絡ください!」


 磯野が深々と頭を下げて紙を差し出す。

 案の定、そこには連絡先が記されていた。

 澪はノーと言えない日本人ではないが、この真摯とも切実ともとれる磯野の必死な様子に、無下な扱いが出来ない程度のしおらしさは持ち合わせているのだ。

 若干気圧されながらも渋々と連絡先を受け取った。


「いつでもっ、いつでも連絡ください! あざっした!!」


 最初の落ち着きのある緊張感が嘘のように、ドタバタとフラッグルームの風紀委員たちを散々に騒がせて、磯野は帰っていった。

 よくよく考えてみれば磯野の事。騒がしいのはいつもと変わらないと納得した風紀委員たちは仕事に戻っていく。

 澪も仕事に戻ろうと再びデスクに目を落としたが、手に持った連絡先の書かれている紙が行き場に迷う。

 澪はため息を一つ、言葉を漏らした。


「お礼を言われる筋合いなどありませんのに。それ以前に、さっきのは礼の言葉だったんですの?」


 こちらから連絡するとは限らないというのに、あそこまで喜ぶとは、おめでたいものだ。

 澪は磯野の連絡先をデスクの引き出しに仕舞う。

 まず使うことはない、デスクの肥やし。士緒を慕う自分に愛を語るには、磯野はあまりにも役者不足。いろんな意味で話にならないのだ。


「時間を無駄にしましたわ」


「とか言いつつ、無視するでも追い出すでもなく言葉を交わしたじゃないですか。男性に言い寄られるのも、悪い気分ではなかったとか?」


「自慢ではありませんが、ああいった手合いなど珍しくもありません。私はたった一人でいい、決まった男性が愛してくださるのなら、後は十把一絡げの雑兵ですわね。比べるのも烏滸(おこ)がましい、全く興味の湧かない連中その一。さっきの男の事も、もう忘れましたわ」


「なかなかに辛辣なことで。そこまで言われると、僕は是が非でも磯野君を応援したくなりますね。いろいろと」


「……松平。何か余計な事を企んでいないでしょうね?」


 澪の言葉に反発するような二郎の言葉。

 すげない物言いの澪に、男としてムッとしたのかもしれない。二郎は澪を通して別の誰かを見ているようだったが、澪にそれを知るよしはなかった。


「他人の恋路を応援するのは結構。ですが、それは私の恋路を踏み荒らす行為だと知りなさい。今日の貴方は特に不粋ですこと」


「っ…………少し熱くなっていたようです。出過ぎた事を言いました」


 二郎はすぐに自分の非を認めて謝った。

 柄にもなく熱くなってしまったのは、過去の自分と重なるものがあったからだ。

 磯野に、自分がフラれた経験を重ねてしまった。

 みっともない事だと素直に反省をする柔軟さは、松平二郎の長所だろう。


「人間の機微はよく分かりませんわね」


「それを言うなら“鬼”という生き物もよく分かりませんが………なんであそこまでして僕の貞操を狙うのか、理解できない」


「? 何の話ですの?」


 ボソッと漏らした二郎の呟きを耳聡く拾った澪が好奇心から食いついた。二郎は引き攣った笑みを浮かべている。

 噂をすれば影がさす。まさかとは思いつつも、一度頭に浮かんでしまうと、なかなか不安が拭えないものだ。

 今日は寮で大人しくしているよう言ってあるし、ここに来ることなんて――――



「来たぜ二郎!」 



 来ちゃったよ………今日に限って。


「今日こそはあたいと○○○(ピー)○○○(ズキューン)して○○○(ガガガ)してもらうぜ!!」


「誰かその歩く18禁女を止めろ!!」


 二郎の常にない悲痛な叫びが響くフラッグルームで仁王立ちしているのは、ラフな恰好で健康的な肉体美をひけらかす美女。数ヶ月前に“百鬼大蛇(ナキリオロチ)”の拠点を襲撃した際、二郎が打ち負かして式鬼神にしてしまった、鉄火(てっか)という名の人型の“鬼”だ。

 イカれた短さのタンクトップに、もはや下着にしか見えないホットパンツ姿で登場してみせた。


「お願いだからっ! まずそんな恰好で校舎を歩かないでくれ! それから、ここには来ないでくれって………あぁもう、どこから突っ込めばいいのか」


「暇だ! それに、いい加減欲求不満だから来ちまった! いいか、あたいはな! お前の童貞が喰えるって言うから契約したんだぞ。それと、○○○に突っ込めばいいだろ」


「風紀委員会のど真ん中でなんて事を口走ってる!? それと断じてそんな契約はしてない!」


「はいはい、言い訳はベッドで聞いてやるから。おら行くぞ?」


 ズルズルズル


 鉄火は暴れる二郎の首に後ろから腕を回し、完璧にきめながら後ろ向きに引きずって行こうとする。

 二郎にしては極めて珍しい光景だ。普段の落ち着きはらった態度はなりを潜め、尻に敷かれてタジタジなダメ男のようではないか。

 今まさに、淫行目的で拉致されようとしている二郎は周囲の風紀委員たちに視線で助けを求めた。

 関わりたくないのか、皆して目を逸らされた時には絶望したことだろう。中には風紀委員寮でもお馴染みになった痴話喧嘩だろうと肩を竦めて見送る奴もいる。当人以外、誰も真面目にとりあうつもりが無いらしい。

 風紀委員のくせにどいつもこいつも。今行われようとしているのは正しく風紀を乱し、踏みにじるであろう行為……二郎の身にしてみればガチでシャレにならない事態だというのに。

 職務怠慢。これはギャグパートではないのだ(ただし本人に限り)。

 最後の頼みとして、佐助花真朱に視線を合わせる。

 一瞬困ったふうにたじろいだが、オロオロしながらも何とか「あ、あのぉ、流石にシャレにならないのでは――――」と控え目に声をかけ、実際に止めに入ろうと踏み出した……のだが、


「助けなくていいですわよ、佐助花」


「ぇ………?」


 ~~~~ッッッッ!!??


 じたばたを一層激しくして抗議を示す二郎。澪はそんな二郎の真っ赤な顔に、極めて邪悪な笑顔を向けた。


「ひとの恋路を踏み荒らすのは不粋ですわよ」


 さっきはよくも磯野から助けなかったな、と。

 実に大人げない意趣返し。

 二郎は絞められて声も出ない状態で、腕を必死に伸ばして助けを求めた…………救いの手は無かった。


「南無南無、ですわ」


 数分後、そろそろ助けてやるかと、澪が直々に寮まで出向いた。流石に風紀委員としては冗談で済まなそうだったから。

 決して書類から逃げる口実ではない。

 あわや紙一重で首の皮と布一枚という場面。半裸で手足をベッドに縛られた二郎を見たときはやり過ぎを実感したが、あくまでこれは貸しであると、二郎には言っておいた。

 その後、余程の恐怖だったのか二郎は暫く心的外傷で苦しみ、不安で眠れない夜を過ごしたのだった。



             ★



 夜、とあるマンションの前。

 白のダッフルコート、スカートと黒のソックス、ラウンド型のサングラス、赤いマフラーで口元を隠すという、いかにも怪しい風体の女が買い物袋を提げて中に入るところだった。

 ただし、怪しいのは確かなのだが、それでもファッションとして見ればそんな怪しさが霞む程の着こなしの上手さだ。見る人が見ればその少女が美人の類いだと気付くことだろう。

 しかし、マンションに入ろうとしている少女の前に立ちふさがった彼女もまた、破格の美少女だった。

 よく言えば魅惑的な微笑み、悪く言えば人を食ったような笑み。そんな微笑を湛え、細い腰と脚のラインを出すようなシャツとカジュアルパンツを着こなし、建物の入り口との間で行く手を阻むように立っている少女は九良名学園の前風紀委員長……斑鳩(いかるが)(えにし)だ。


「思っていたよりあっさりと見つけてしまった。これでは協会の奴等が職務怠慢だと言われても反論できないだろうな」


 縁から向けられる言葉も見下す視線も、怪しげな少女はと言えば一切堪えた様子も無く、むしろハテナ? と言った感じに首を傾げている。


「アイヤー、何言ってるかゼンゼンワカランちんよー。ニホン人たまに変な事言うねー」


「くくっ……面白いキャラを演じているな。貴様らの常套手段だけあって慣れたものだ。“真ノ悪”はこうして全国に散らばっているのか?」


 ―――――――ッッ


 どちらから先に動いたのかは分からない。しかしどちらにせよ、縁は指先からバチバチとスパークする閃光を針のように伸ばして少女の首もとへ、少女は槍状の影を縁の足元から出現させて全方位から突きつけている。一触即発な殺意の突き付け合いとなってしまった。

 いや、正確には殺意を一方的に向けているのは少女の方だけで、縁は多少の緊張感を覚えながらも、決して積極的な戦意は向けていない。

 話をしに来た縁としては、『人避け』を施していないこの場で派手な戦闘は御免だ。かと言って誠意を示すためだけにこちらから先に刃を下ろすほどに相手の事を信用してもいない。

 出来るだけさっさとこの場を収めて、落ち着いて話がしたかった。


「落ち着け。私からの誠意は、風紀委員会という学園の管理を離れた事で多少なりとも示せたと思っている。それに私は貴様のボスの敵ではない。むしろ愛してさえいるぞ」


「…………それが一番の問題なんっすよ」


 縁のは軽口だが、決して冗談ではない。それこそが問題だと険を纏って呟く少女……梢のそれも、かなり本気のニュアンスだった。


「なぜ若に拘るんっすか? 二、三度言葉を交わした程度で愛を語るのは、単に白々しいだけっすか?」


「最初の質問がどうやってここを突き止めたか、ではなく、自分が狙っている雄にちょっかいを掛けるなと来たか。ライバルがここまで骨抜きにされてるのを見ては、色々と期待が膨らむ」


「返ってこないと分かっている質問をするほど馬鹿じゃないっす。けれど、この質問には何としても答えてもらうっすよ」


 縁を取り囲む影槍が僅かずつ、その尖端を肉薄させる。

 それはまるで生き物のような躍動感。本来ならそれが脅しの効果を高めるものだが、縁の場合は違った。

 全く怯まない。それどころか、縁の梢を見る目が親しげなものに変わってさえいた。十年来の親友でも見るような穏やかな目で、自らが突き付けていた雷槍を消して見せる。


「ゆっくり話したいのだが、良ければ部屋に招待してもらえないか?」


「………………」


 梢の気勢は容易く崩された。

 ただでさえ希薄だった戦意、敵意は一切感じなくなり、代わりに友好的な視線や声音が向けられている。例えポーズの可能性があったとしても、相手が剣を収めたのなら自分も相応の態度を示さねばならない。

 いつまでも相手に噛み付いていては同じ人間を好きだという手前、自分の度量を疑われてしまう。余裕が無い女などとは思われたくなかったのだ。


「妙な動きをしたら問答無用で殺るっす」


 梢は突き付けていた影を引っ込めた。

 微笑を崩さない縁に背中を向かせ、自分の先を歩かせるようにオートロックのマンションへと入って行く。

 場所を知られた以上、すぐにでも引き払う予定の住居だ。見られて困る重要度の高い物も置いていないし、今さら部屋に上げるくらいどうってことはない。

 二人は一見穏やかに―――実際には梢だけ物騒極まりない雰囲気で―――連れたって部屋へと入る。

 何も無いと言うほど物が少ないわけではないが、生活に必要な最低限と、幾ばくかの趣味によって構成された部屋はサッパリと片付いており、縁が案内されたのはリビングの真ん中にポツンと置かれたちゃぶ台だった。


「ん………」


 買い物の荷物をしまい終えた梢がぶっきらぼうに投げ渡したのはお茶のペットボトル。

 縁はそれを見て一瞬だけキョトンとしたが、すぐに微笑ましそうに梢を見やった。


「客が来ることは想定してないっすから、まともなもてなしは期待するだけ無駄っすよ」


「構わんとも。それに、突然押し掛けたのはこちらだ」


 そう言って縁がちゃぶ台の上にスッと差し出したのは白一色の無地のカードだった。


「むしろ手土産を持参するのは当然というもの。これでも気配りは出来る方でな」


「………これは?」


 縁の向かいに座り、刺々しい様子で顎をしゃくってカードを指す。梢がコートを着たままなのは、部屋の主でありながらここに長居するつもりがない意思表示だろう。それが梢の刺々しさを一際強く表しているようだった。


「その前に……話をしようじゃないか。恋話(コイバナ)とかどうだ?」


「……叩き出されたいんっすか?」


「くく……“千影(ちかげ)”ちゃんが好きな男子の事を話してくれた後ならな」


「………………」


 梢を中心に苛立ちで漏れる通力によって空気の揺らぎが発生し、周囲の影もユラユラし始めている。

 そろそろ冗談では済まなさそうな雰囲気のため、縁は本題に移った。


「私は死後の世界や幽霊は信じていないが、一目惚れという現象は信じている。自分が当事者になれば然もありなんだ」


「はっきり言って、それであんたみたいな危ない女が若に惚れるのは迷惑っす。それが真剣だろうと気紛れだろうと、自分には関係無いっすから」


「ふん、独占欲の強い女はこれだから。一夫多妻、大いに結構。何も我々が人間の道理に従う必要など無い。私は奴を手に入れられるのなら、側室や愛妾(あいしょう)の端でも気にしないぞ?」


「それが手に入れたと言えるかはさておき、そもそも、一目惚れだか何だか知らないっすけど、あんたが若に執着する意味が分からないっす。何か良からぬ事を企んでいるなら、今ここで………」


「そうピリピリするな。この物騒な影を引っ込めろ。それとも、このウネウネを追っ払うには懐中電灯でも必要かな?」


 どの角度からでも狙える位置に影が控えている。

 縁にとっては未だ脅威にはならない脅しだが、平和な話し合いをしに来た身としては嬉しくはない。

 だからこそ、あくまでもフレンドリーな口調で接し続けているのだ。


「執着する理由は簡単だ。奴の所作、一挙手一投足から、瞳の光、声や息遣い、顔の筋肉の一筋まで、全てが私を求めていたからだ。私という運命(・・)をな」


「はあ………?」


「あそこまで強く求められたら、押しに弱い私はコロッとやられてしまうよ」


「……真面目に聞いて損したっす。少女漫画を読みすぎの妄想型ストーカーだったなんて…………そんな奴に若のファーストキスを奪われたと思うと、泣けるっすねぇ。誰でもいいから手近な奴を殺したい気分っすよ」


「くく……忠告するが、私は手近ではあっても、手頃(・・)な相手ではないと心得ることだ。それに、今のは少し飛躍した物言いだったことは認めよう。だが“真ノ悪”の若頭にとって、その最後の手助けとなるのは誰か………それは私だと断言しておく」


「………………」


 橘花院士緒が“真ノ悪”だと言う事実は数ヵ月前に協会本部の会議室乱入もあって退魔師協会側も知ってはいるが、士緒の言葉の裏付けが取れているわけではない。

 しかし、だ。ここ最近で仁科の元“相談役”たちが立て続けに殺害されている事。そしてそれを行うのに組織的な動きが必要な事。士緒が武力を誇示しても他の“鬼”の組織との軋轢が最小限で済んでいる事などを考えれば、軋轢など生みたくもないような強大な何かの庇護があるのだろうというのは、少し頭の回る者なら辿り着くのにそう苦労はしない結論だ。

 縁が士緒と“真ノ悪”の繋がりを突き止めていても、それほど不思議ではない。

 とは言え、梢が放つピリピリした空気が強まったのもまた、仕方ない事ではある。


「“真ノ悪”………と言うより、この場合は橘花院士緒個人の望みかな? ああ感じたとも。あの()の奥に見えたのは、どうしようもない渇望だった。世界の在り方に納得していない者の目、どんな手を使ってもそれを変えようとする目だ。これは自惚れではなく、私なら叶えられる。奴が世界を望むなら、それを与えられる私を求めていると言えなくもないと、そうは思わないか?」


「………次から次へと、マシンガン並みに妄言が飛び出して痛々しい限りっすね。第一に、若にはあんたの助けは必要ないっす。第二に、若の願いを叶えるのは自分らの役目っす。第三に、あんたは本当に何も知らない(・・・・・・)


 かつて士緒が言った言葉。



 知っている事が何も無いのなら

 貴女は全てを知っているのですよ



 それに対する嫌味だ。

 縁も流石に今回はときめかなかったが。


「百歩譲って、若を想うだけなら自由にすればいいっす。けど、“鬼王”だろうが何だろうが、自分らの邪魔になった時は故意か過失かに関わらず躊躇なく踏み潰す。そのつもりでいることっすね」


「………肝に銘じておこう」


 縁ははっきりと感じ取った。

 相手は災害級の“鬼”だ。災害級という名称は協会内でも非公式なものだが、目の前にいるのは間違い無くその名称に恥じない存在だと。

 斑鳩縁は災害級の中でもさらに危険視されている“鬼王”である。だと言うのに、相対する梢からはその“鬼王”たる自分に劣らない程の武威を感じるのだ。

 称号があるか無いかの違いだけで、二人の格は同等。“真ノ悪”と、そして橘花院士緒という存在の底知れなさを、これでもかと突き付けられた。

 もっとも、対立を毛ほども考えていない縁にとっては、あまり意味の無いことではあるのだが。


「私は齢の上では200にも満たない小娘だが、それでも良い女としての条件はそれなりに満たしている身だと自負してもいる。いつだったか、そんな自分を託された(・・・・)


 唐突に物憂げな口調で語りだす。

 梢からしたら縁の身の上話などに興味は無い。が、目を逸らさずに聞くべきだと思った。

 認めたくはないが、縁が士緒に向ける気持ち、その真摯さをこれまでの会話で感じてしまったから。ここで向き合わないのは恋敵に背を向ける事と同義だ。

 梢は断じて、縁に負けるつもりは無かった。


「厄介なモノを託されたものだ。私は静かに産み落とされ、命じられるままに敵を滅ぼしていた時期もあったが………ある時、殺した人間からまるで“呪い”のように引き継いでしまったよ。自我と………男の趣味もな」


「………………」


 どんな経緯かは知らないが、その自我とやらは今となっては正真正銘、斑鳩縁のものだ。同じ人間を好きになった身として、梢は直感的に理解できる。

 しかしそれを言ってやる事はしない。

 縁が自覚していないのか、あるいは自覚していながらあえて自嘲して言っているのか。どちらにしろ、縁の心の整理を手伝ってやる義理も無し。

 梢からせめてもの嫌がらせだった。


「私はそんな自分のやり残し、願いを叶えてやりたい(・・・・・・・)。それはただの残滓かもしれないが………抑えられないんだよ。自分のこの情動、幸福感っ、渇望が! 一時的なものであってくれと願ってもみたが、ダメだった。切なくて堪えられんっ。もう何だろうと構うものか! 自分の気持ちは、手に入れてから考える!!」


 途中からは感情的に己をさらけ出していく。やはりと言うか、梢が見る限りそれは感情の残滓に振り回されている女の成り損ない(・・・・・・・)などではなかった。


(しっかり自分の意志で恋してる顔っすね)


 呆れた事に、縁は本当に何も知らないのだ。例え全てを知っていても、未だ自分の事だけが。


「例え手に入れても、その後でやっぱりいらないと言う可能性のある女に、うちの若は靡かないっす。自分を含めた周りの女たちも、そんなことさせないっすから。まあ………これからフェアな関係ぐらいなら築けると思うっすよ。若に会わせてもいいと思えるほどには」


「! その言葉を待っていた」


 梢はちゃぶ台に置かれた謎のカードを手に立ち上がり、指先で弄びながら縁に言った。


「今日中に会わせる事は出来ないっすけど、伺いは立ててみるっす。何かは分からないっすけど、手土産とやらも貰った事っすしね」


「もっと話していたかったが、もう行ってしまうのか。無理にここを引き払う必要は無い……と言いたいが、仕方ないだろうな。私の連絡先は前に教えた通りだ。それと、そのカードキーについてだが………」


 カードキーと聞いて、梢の目に好奇心が宿る。

 言われてみれば、この飾りっ気が無い謎のカードの用途として考えられるのはそれぐらいしかない。造りはしっかりしているし、そういったハイテクだと思えば、梢はどういうわけかワクワクしてしまう質だ。

 IDとか追跡装置とか盗聴器とか、スパイ映画が好きな梢だった。


「隣街の外れにあるIT関連のビル、その深部までのフリーパスだ。その会社は退魔師協会の系列だが、敵の息が掛かっていて今や魔窟と化しているがな。どうやらそいつらの頭は、あの銀箭羽々矢らしい」


「銀箭羽々矢………」


 士緒や五郎左も気にかけていたし、良いタイミングで思わぬ物が手に入った。

 敵の懐に侵入する手段は何であれ大歓迎だ。縁への好感度が少しだけ上向いた。


「ただ、使うなら早い方がいい。明日の早朝にはカードの紛失に気付く。そうなればカードは使えないどころか、警戒レベルが跳ね上がるぞ」


 現在10時前

 残り時間、7時間強


「早く言うっす!!」


 あれこれ調査したり工作したりする手間を考えると、長いようで短い7時間。梢は猛スピードで部屋を後にした。


 縁への好感度が下方修正された。





・突発的謎空間

   “水平線の『メタふぁー』”




磯「………なあ海北」


海「なんだい磯野?」


磯「この作品なんだけどさぁ……」


海「出来ればメタ会話は遠慮したいんだけど………一応は聞くよ」


磯「登場人物の名前がさぁ………漢字一文字の奴多くない?」


海「あ~~………梓、鶫、縁、etc。言われてみればそうだね」


磯「な? ヒロインだけ見ても過半数がこれだよ! 作者のネーミングセンスがいかに貧弱で偏ってるか分かっちまうな」


海「こんな矮小な作品とはいえ、それでも僕らにとっての神に唾を吐く磯野が、僕は恐ろしくて仕方ないよ………」


磯「はっ。俺は名字だけで、名前すらも与えられてないんだぞ!? 何も恐くないね! 失う物がないんだから」


海「はぁ……腐りだしたらとことん腐っていくんだから。せっかく風紀委員長との絡みが与えられたのに、それすら失うのが恐くないって?」


磯「……………」


海「無言で土下座するの止めてくれない? その変わり身の早さも恐いよ」


磯「うるさい! 暑さでイカれたノリのままに澪さんとの絡みを奪われるなんて、夏のホラー小説の時期だからって怖すぎるわ!!」


海「(……あの人ヒロインっぽいから、磯野じゃ逆立ちしてもくっつかないとおもうんだけど)」


磯「神よーー!! 我にチートとフラグを!!」


海「あ、そう言えば僕も『海北(つな)』で一文字組だよね」


磯「え? お前………まさかヒロイン?」


海「期待に満ちた目で見るの止めてよ!?」




ホラーより怖いものがそこにある

既に理解できない自分のテンションが怖い


                K.N





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