第78話 ミステリアス秘書
九良名学園第三校風紀委員長に新たに任じられた“鬼”の少女。外見からして“鬼”と言うより“悪魔”と思える銀髪の美少女がグラウンドで騒ぎを起こした話は、斑鳩縁が騒ぎを収拾させた直後には放課後の学園に残っていた生徒たちを駆け巡っていた。
それほど多くの生徒が残っているわけではないが、だからこそ個々が騒ぎの内容を把握することは難しくはない。
グラウンドから校舎、校舎内で目当ての場所までの廊下を歩くだけで、すれ違う生徒たちは澪がどういう存在かを既に理解している状態だった。
移動中、澪には多少の恐れる態度と、物珍しそうな視線が向けられる。聞こえてくるのは主にこんな声だ。
「おい、あれ………」
「ああ、ペンドラゴンだ………」
「ペンドラゴンだって………」
「おい見ろ、ペンドラゴンだぞ………」
「うそぉ、ペンドラゴンよ………」
「最近流行りの………」
澪は生徒たちの良く分からないどよめきに顔を赤らめ、うつ向き気味になって小刻みに震えている。
ちょっと珍しいだけの、ただの名前だというのに、何故か物凄く恥ずかしくなった。
謂れなど無いというのに、居たたまれない。
当然のごとく歩く速度は上がり、目的の部屋を見つけてそこに逃げるように駆け込んだ。
バタンッ
澪は乱暴に閉めた扉にもたれかかり、口を真一文字に結んだままだが、取りあえずほっと息を吐いた。
「ペンドラゴン卿………一応ここは学園長室ですよ? せめてノックぐらい――――」
「うっさいですわ」
学園長室、亜笠とジェーンが書類仕事であーだこーだと言い合っているところに現れたどこか不機嫌そうな澪。
ジェーンの咎める声を一蹴し、部屋に入るなりズカズカと進んで応接用のソファへと腰を下ろした。
「久し振りですわね、亜笠。さっきのストーカーの件も含めて、一応挨拶しに来てやりましたわよ」
「お久しぶりです、ペンドラゴン卿。平さんと仕事で一緒になって以来ですから………6年ぶりでしたか?」
「……なんですの? その気色の悪い喋り方。6年の間に猫の被り方でも覚えましたの?」
常に無い丁寧さで話す亜笠に対し、気安い感じに返す澪。
6年前に大きな仕事があり、仁科黎明の付き添いで同行した亜笠と、当時とある“社”の支部長だった稲生平の式鬼神になって間もない澪は出会っていた。
互いの実力は把握しており、それなりに敬意も持っていたが、それにしても亜笠のそれは澪にとって違和感を覚えるものだったようだ。不可思議な物を見たような怪訝な目を亜笠へと向けている。
「ペンドラゴン卿はい・ち・お・う、正式な爵位をお持ちのお貴族様であらせられますから。言葉も改まろうというものです」
「騎士爵は厳密には貴族階級ではありませんわよ?」
「そことは別の国からは子爵位を頂いているとか」
「………そっちは無理矢理押し付けられただけですわ。“死神”討伐の一件は私の手柄ではないと、何度言っても聞かないんですの。“鬼”の身である私に爵位を授けようだなんて、人間たちも酔狂なこと。と、その話はいいですから亜笠、薄気味悪い話し方は止しなさい。羽虫が耳元を飛んでいるようで気持ちが悪いですわ」
「……ふん。随分な言い様だな。6年前と変わってない………いや、成長してないのか。色んな所が」
亜笠の視線が澪の顔から徐々に下がり、制服の胸元で止まった。
ピキッ
人はコンプレックスには敏感に反応するもの。それは澪のプライドに僅かな亀裂が入った音だった。
「貴女はもう少し変わっているべきでしたわね。聞いた所によると、まだ恋人が出来ないんですって?」
ピキッ
それは亜笠の額の血管が張り詰める音……ではなく、手のひらを乗せていたデスクの一部に亀裂が入った音だった。
「あら、ごめんなさい、言い間違えましたわ。貴女の噂を聞くたびに恋人がいないと聞いていましたから……またいない、の間違いですわねぇ」
「………さっき外で鏡の野郎とやりあったらしいが、今度はあたしと殺るか? 鏡の野郎、勝手に逃げ帰りやがって発散する相手が欲しかったんだよ」
「あんなの殺り合う内に入りませんわ。遊んでさしあげただけです。それに、貴女では余計に私の相手は務まりませんわね。婚期を逃して焦っているのか知りませんけど、そんなタイトスーツでピッチリしたスカートではろくに動けないのではありませんこと? 学生を誘惑するのに忙しいのかしら」
デスクの端から覗く、横向きに座って組まれた亜笠の黒タイツを纏った脚に目を向けて、澪が皮肉っぽく挑発する。
片手が乗ったままのデスクの亀裂がさらに広がった。
「気遣いはいらねぇよ。なんの問題も無い。こちとら誰かさんより脚が細くて長いもんでよぉ……つい自慢したくなるんだ」
ピキッ
「言っておきますけど、タイツで肌のシミは隠せても、ガニ股までは隠せませんわよ?」
ミシィッ――――
「……………あっはははは」
「うふふふふ」
………………
………………………
………………………………
「表に出ろ貧乳ニセ貴族。胸を抉ってバストサイズをマイナスにしてやる」
「上等ですわ並乳ゴリラ。そのガニ股を引き裂いて矯正してさしあげますわ」
向き合って今にも戦争を始めそうな気配の二人。バチバチと火花を散らして睨み合い、その様子を見ていたが二人の相性の悪さに唖然として固まっていたジェーンがなんとか宥めようと間に入る。
「いい加減にしてください! もうすぐ梓さんたちが戻る頃です。こんなみっともない姿を見せる気ですか?」
「………………」
「………………ふん」
ジェーンが諌めた事で多少落ち着いたのか、亜笠も澪も元の位置に腰を落とした。
心なしか、亜笠は自分の脚部にチラチラと視線を送り、小まめに脚を組み替えている。澪は然り気無さを装いながら胸の辺りをペタペタ触っていた。
久しぶりに会った筈の二人なのに、何故こうまで衝突が起きるのか。妙な所で噛み合ってしまうのは仲が良いのか悪いのか判別しづらい。
6年前の仕事で何かあったのだろうか。それほど深刻な軋轢があるようにも見えないし、微妙な二人だ。
ジェーンがため息を吐いて頭痛を堪えていると、ふと自分の方を見ている澪と目があった。
「な、なにか?」
「……貴女、亜笠の秘書?」
「? ええ、そうですが」
自分の事を射抜くように見つめる澪に、ジェーンは気圧されていた。
胸の前でゆったりと腕を組ませ脚を組む様は、学園の制服姿でありながらどこか気品を感じさせる。
金髪のストレート、色白で均整の取れた造形のジェーンだが、純然たる日本育ちだ。目の前のいかにも外国産の美少女である澪に見つめられると、どうにも落ち着かないものがあった。
「私はここでは、あくまで学生の立ち位置に過ぎません。しかし、私は請われてこの学園に来た、言うなれば食客の身でもあります」
「? 仰る通りです」
普段なら自らの失態とも言える今の状況に気付いたのだろう。しかし澪が風紀委員長に就くにあたり、これまでの実績を資料として見ていたジェーンは、少し舞い上がっていた。
先程までの亜笠とのやり取りに面食らったのもあり、そのせいかどうも調子が出ていない。澪が何を言いたいのか、いまいち察する事が出来なかった。
「……ジェーン、茶をお出ししろ」
「!! 失礼致しました。直ぐお持ちします」
一瞬の動揺を見せたが、すぐに切り替えて本来の仕事の意識に戻す。
珍しくやらかしてしまったジェーンに生暖かい視線を送って仕事を言いつける亜笠は、こちらもまた珍しく上司としての仕事をこなしたと言えた。
ジェーンがお茶を淹れに隣の部屋へ入り扉を閉めたところで、澪が口を開いた。
「どういった女なんですの?」
それはジェーンについて、亜笠に向けた質問。澪は九良名に入る際、士緒の時のように有力な退魔師の情報を頭に入れる事はしなかった。
腹芸などが士緒ほど得意ではない澪に余計な情報が入っていると、変な所でボロを出しかねないからだ。
とは言え、ジェーン・スミスが五郎左でも調べきれなかった得体の知れない存在である事は既に澪の耳にも入っていた。
五郎左からは特に何をしろと言われたわけではないが、澪としても気になる存在なのも事実。軽く気にかけるぐらいは問題無いだろう。
「茶が出ないからって怒るなよ。お前のこれまでの実績を見て浮わついてただけだ。特に“死神”の討伐とかな」
「別に怒ってなどいませんわ。さっさと答えなさい」
「……名前はジェーン・スミス。お前と組んだ時の一件で黎明のジイさんが拾ったんだ。それ以上を知りたきゃ本人に聞くんだな」
「あの時の………。それで、聞いたら答えてくれるんですの? 6年前、“エニグマ”の一件で拾ったと言うのでしたら、仁科黎明の預かる機密でしょう? とても素直に答えが返ってくるとは思えませんわね」
「なら聞くな。それと変な事はするなよ? 澪・ブライト。お前はバカみたいに強いが、かなり非常識な所があったからな。ガキじゃねぇんだから、ここでは気にくわないからって相手を拷問にかけるような事はするんじゃねーぞ?」
亜笠の言葉に、澪は気まずそうな咳払いを返す。
かつて実際に行った事。澪にとっても黒歴史と言えるものだった。
「認めたくないですが、まだ子供だったんですわ」
「ぷっ、子供って………」
澪の言葉を皮肉だと受け取った亜笠が可笑しそうに笑う。
澪はなんとも言えない屈辱感に眉を寄せた。
「言っておきますけど、私まだ学生程度の年齢でしてよ? 言い訳になりますが、6年前と言えば正真正銘の子供ですわ」
「へぇー、そう…………え? マジで? え、つまり、“鬼”として生まれてまだ間もないって事か?」
「別に珍しくはないでしょう? それとも、“鬼”は生まれてすぐ数十歳からスタートするとでも思っていたんですの?」
「……正直、そんなイメージはあったな」
亜笠の勝手なイメージだが、澪は当然のように自分より歳上だと思っていた。
亜笠の知る限り、斑鳩縁を始めとした“鬼”たちに見た目や言動に一致した正確な年齢を感じさせる者は少なかった。程度に差はあれど、たいていの者は考え方が大人のそれであったり、大人の身体に宿った幼さが突き抜けていたりだ。
亜笠から見た澪は後者。しかし中身は老齢なのだろうと、6年前からそう思い込んでいた。
偏見に近い考えではあるが、亜笠とて今ほどに経験を積んでいたわけではない。当時の印象をそのまま引きずって今に至った形だ。
ちなみに、稲生平が学園側に提出した澪の資料にも年齢については書かれていたのだが、亜笠は戦闘に関連する項目にしか目を通していない。それをカバーする意味でも、ジェーンが隅々まで読み込んだのだが。
「なんにせよ、6年も経てば少しくらい成長するというもの。もうチンピラに絡まれたくらいで相手を半殺しにしたりしませんわよ」
「……ならいい。流石に、学舎にそんな危ない奴を引き入れるのは心配だからな。ついさっきまで、たかだか不法侵入者相手に大立ち回りを演じてた奴の言葉じゃ説得力も半減だが………ま、お前昔からやり過ぎるきらいはあったけど、限度ってものは弁えてたし、大丈夫だろ」
「……はっきり言って、貴女も人の事を言える立場ではないのではなくて? “エニグマ”の一件が片付いた後、飲みに行った酒場でナンパされた所までは良いにしても、酔って浮かれて、あっさり釣られてしまった事がありましたわよね。あの時――――」
「つっ、釣られてねえ!! 別に、若い男に声掛けられたからって浮かれてもねぇし! つーか同い年だったしっ!」
「なんでもいいですけど、その時いかがわしいホテルと気付かず連れ込まれて、挙げ句お尻を触られたとか言って泣きながら帰って来ましたでしょう。相手の男をホテルの壁にめり込ませて、全身の骨を粉砕――――」
「わーーー!! 聞こえないキコエナイ! あたしは酔ってただけー……酔ってて何も覚えてなーーい!」
「………どっちが子供なのやら」
亜笠が忌まわしい過去を振り払う為に、隠していた『大部屋』の術式から一升瓶を取り出して煽り始めたところで、お茶を淹れ終えたジェーンが戻って来た。
異様なテンションで瞬く間に日本酒の瓶を空にした亜笠だったが、残りは『大部屋』の術式ごとジェーンに没収された。
コンコン
ジェーンが盛大にため息を吐いていると、学園長室にノックの音が響く。
自然と三人の視線が扉に集まり、ノックから一拍置いて扉が開かれた。
「……失礼します」
「失礼します」
入って来たのは梓と、それに続く鶫だ。
二人の視線はまず、ソファに腰掛ける澪へと向く。客かと思いきや、九良名学園二年の制服を着ていることから生徒だと分かる。しかし生徒会に所属し、比較的多くの生徒を把握している筈の梓と鶫でも目の前の生徒に見覚えがない。日本人離れして目立つ容姿であるため尚更に不可解だ。
さらには学園長室にいながら随分と態度が大きく見える。
何者なのか非常に気になるところではあるが、亜笠とジェーンから何も言ってこないことから、取り合えず報告を先に済ませる事にした。
「……生徒会会長、三王山梓。同書記、四宮鶫。種咲市より帰還しました」
学園長室ということもあり、改まった言葉遣いになる梓。梓の姉に対する扱いの雑さは周知だが、そんなことは微塵も感じさせない丁寧な物腰だ。
亜笠としても若干くすぐったいが、公私はきっちり区別する真面目さぐらいは持ち合わせている。
亜笠も形式に合わせた対応をとった。
「よく戻った。無事で何よりだ。…………黒沼はどうした?」
「「……………」」
「? あちらの“社”を出た時は一緒だと報告を受けましたが?」
「「……………」」
「あん? なんだ。ヘリから途中下車でもしたのか?」
正しくその通りだった。
ただ、報告の前に詳しい事情も聞かず勝手な行動をさせた事は二人にとって負い目に感じてしまう。
梓も鶫も、微妙な表情で目を逸らした。
「あんにゃろ………手柄があるから褒めてやろうかと思ってたのに」
「まぁまぁ、彼は簡単に止められる子ではありませんから。風みたいですね」
「………そうですね。あっちへふらふら、こっちへふらふら………(ちら)」
鶫が梓へと視線を送る。
その目は梓の髪をサイドアップに纏めているシュシュを見ていた。亜笠とジェーンも釣られて梓の髪へと目を向ける。
「そう言えば梓さん、髪型変えたんですね。似合ってらっしゃいますよ」
「お前が髪型なんか気にするようになるとはな。向こうで浪花の色男に色気付けられでもしたのか、ん?」
ジェーンと亜笠が普段では見られない梓のシャレっ気に突っ込む。
常とのギャップは部屋に入った瞬間から気付いていたが、話題の切っ掛けを掴めなかったのだ。
亜笠の冷やかすような言葉に、梓はプイッと顔を逸らした。
………あれ? 否定しない?
亜笠とジェーンが顔を見合わせ、まさかの可能性についてお互いの直感が一致したのを確認しあった。
「おい梓。まさかとは思うが――――」
「……違う」
間を置いての否定だったが、その答えに亜笠は心底ほっとした。
梓は可愛いから、その気になれば彼氏など簡単に作れてしまうと考えている亜笠にとって、妹が自分を差し置いて男を作ったなんていう話が出ても不思議には思わない。そして実際にそんなことを言われたら、それは28歳で恋人がいた経験が無い自分にとっては悪夢そのものだ。
ジェーンが自分に呆れた顔をしているが、梓が否定してくれて本当に良かった。願望が多分に含まれてはいるとは言え、亜笠はその言葉を信じた。
「そうですよねー。違いますよねー。浪花の色男じゃないですもんねー」
「……………………」
鶫の言葉には含むものがあった。
正直、全く言い返せない。鶫が怒るのも当然だろう。
しかし、未だ気持ちの整理が付いていない梓は、鶫のジトッとした視線に堪えられなかった。
自分が誰それを好きなどとは決して認めないが、咄嗟に誤魔化すための行動を起こしていた。
「いたたっ! ひょ、会長!?」
鶫の頬をムギュウッと両側から引っ張ってしまった。
梓からしたら、余計な事を言うなとの抗議をしていたのだ。見た目に違わぬ子供っぽさをこれでもかと見せ付けている。
照れているのか、手を離した鶫の頬と同じくらいに梓の頬も赤くなっていた。
「あーー………ええと………そうだ! お二人とも、ご紹介しますね。こちら新しく風紀委員長に就任していただく事になった方で、関東“社”統括である稲生平さんの所から出向でいらした、澪・ブライト・キャメル・ペンドラゴン卿です」
テンパった梓の意表を突く行動にポカンとしている亜笠に代わり、ジェーンがなんとか話の軌道を修正させた。
そのダシにされた澪としては面白くはないが。
そして鶫も、以前に顔を合わせた稲生平が関東“社”統括だと聞いて二重の意味で驚いていた。
「……風紀委員長?」
「え? あの、斑鳩さんは………」
「ごほん! あいつは独自に橘花院を追うとかなんとか言って、先日辞めた」
「ええ!?」
「………………」
鶫は縁との関わりは薄いが、その優秀さについては理解していた。
それだけに驚いてもいる。掴み所のない人ではあったが、まさか辞めてしまうとは………
「……縁の後釜ってことは、貴女も“鬼”?」
梓の、ある意味当然とも言える質問だった。
縁が“鬼”の類である事は知っている者は知っている話だ。その事情についても、生徒会長の立場ともなれば知らされている。
仁科黎明いわく、風紀委員長の条件には“鬼”である事も求められているのだと。
そして、だからこそ生徒会長の義務として、自分に出来る仕事をこなす。『口伝千里』で澪が“鬼”であることは確認した。しかし、これは………
(……これは、“鬼”だけど………何かが違う? 二つの存在がダブっているような………)
人間でないのは明らか。しかし、これまで見てきた“鬼”たちとは、何かが違う気がする。さらに言うと、そんな得体の知れない何かが二つ……小さな存在を包むように肉体が構成されているような。
とにかく、梓でも見たことが無いタイプの“鬼”だった。時間をかければ解析も出来るだろうが、流石にそれには待ったが掛けられた。
「止せ、梓。今後は仲間としてやっていく相手だ。澪・ブライト、お前も何やら怪しげな顕術を使おうとすんなよ」
「……亜笠、何ですの? このガキんちょは。さっき三王山とか言ってましたから、貴女の妹か何か?」
「…………ガキんちょ」
梓が静かな怒気を放ち、澪を睨みつける。
澪はそんな梓など眼中に無いと、そちらを見ようともせずに亜笠に責める口調を投げた。
「まぁな。ちなみにそっちは四宮だ。ウチのちん妹はこれでも3年で、生徒会長様だからな。頼むから仲良くやってくれ」
「……誰がちん妹だ。姉さんなんて脚が長いだけのガニ股のくせに」
「また言われた!!?」
亜笠が打ちひしがれてデスクに頭を打ち付けた。
先ほどのヒビがさらに致命的なものとなったのか、デスクがメキッと音を立て、瓦割りの如く内側に沈むよう壊れている。
「このガキんちょが生徒会長なんですの? あらまぁ」
澪がジロジロと梓に視線を這わせる。
『口伝千里』で探ろうとした手前強くは言えないが、なんとも居心地の悪い感覚だ。
「見た目によらず能力が高いんですのね。飛び級して生徒会長にまでなるなんて、偉い偉いですわ」
澪は自分の首もとに届くかどうかぐらいの梓の頭を、良い子良い子と優しく撫でた。
「………あん?」
澪の言葉には一切の悪意が存在しない。純粋に感心しただけ。
澪は亜笠に対して「随分と歳の離れた妹がいらしたのね」と言い、かなり自然な様子だ。
梓の見た目からして、こういった勘違いも無理らしからぬ事ではある。だが、厳然たる事実として、梓は飛び級ではない。
「……表に出ろクソが」
「な、なんですの? いったい」
梓から殺気にも似た威圧を向けられてたじろぐ澪。そこにジェーンが耳打ちをして説明を入れる。
「はい? 飛び級じゃないんですの? あら、それは失礼を致しましたわ」
澪が珍品でも眺めるかのように梓を見る。そして亜笠へと目をやり、キョロキョロと二人の間で視線を行ったり来たりさせた。
「足して2で割れば丁度良さそうですのに」
「「………コロス」」
目が据わっている二人を鶫とジェーンで宥め、澪はその間にお茶を飲み干して席を立った。
「そろそろ失礼いたしますわ。風紀委員寮とやらに向かいますから、どなたか案内してくださいません?」
「あ、でしたら私が――――」
「いや、四宮は残れ。梓、案内してやれ。それが終わったら帰って休んで良し」
鶫が澪の案内を買って出ようとしたところに、亜笠が半ば無理矢理に止める。
梓に言い付けた事からも、亜笠から鶫に内々の話があって呼び止めたのは明らかだ。
話の内容についてを察して梓も素直に頷いた。そのまま澪をリードする動きで扉を開け、退室を促す。
そういった機微に関しては鈍い部類の澪は空気の変化に気付く事はなかったが。
澪は扉まで歩いて行き、そして部屋を出る直前にジェーンへと振り向いた。その流れるような所作からどうやったのか、手に持った鉄扇もどきを投擲して。
「!」
パシッ
ジェーンは僅かな驚愕があったが、難なく手でキャッチして見せた。
澪には攻撃の意思は無かったし、それほど速さがあったわけでもない。
しかし、かなり自然な動きで、投擲の動作を終えるまで相手に察知される事はまず無いと言いきれる完壁な不意打ちだ。見てから反応したにしても、ジェーンの動きは並の退魔師には不可能なものだったろう。
事態を飲み込めない鶫と梓が目を白黒させていた。
「それ、捨てといてくださいます? ストーカー男のせいでズタズタになってしまいましたので」
扇子を見ると、金属で出来ている親骨の部分は所々が欠け、紙で出来た内側は扇子の用を為さない程に千切れ飛び、ボロボロで見る影も無い。
澪はそれだけ言うと、さっさと部屋を出ていってしまった。目的は果たしたと言わんばかりに。
梓もそれを追いかけ、学園長室を後にした。
「学園長………これは」
「燃えないゴミだろ」
「いや、そうではなくて、今のは何か意味が………」
「ペンドラゴン卿はお前に興味がおありのようだ。いい機会だから話してみろ。“死神”討伐の武勇伝が聞けるかもしれないぞ?」
ジェーンは澪の資料を読んだ中で、ランクSSS“死神”の討伐に関する部分に強い興味を抱いている。
“死神”という存在は、ジェーンにとっても少なからず因縁のある相手だ。その殺し方ともなれば、詳しく話を聞いてみたいのだろう。
「あの件の詳細は“大聖堂”側で秘匿されていますけど、聞いても良いのでしょうか?」
「あいつに“大聖堂”に義理立てする理由は無いからな。案外あっさり話してくれるかもしれん。なんならお前の事も代わりに話してやればいい。“エニグマ”の後日談なら、あいつも無視はしないだろ」
「はあ………学園長がそうおっしゃるなら」
澪についての話はそこで切り、亜笠は鶫へと向き直った。
亜笠は半壊したデスクからソファの方へと移って腰を下ろし、鶫にも反対側に座るよう促す。
この体勢での会話となると、それは学園長と生徒のものではなく、いわゆる対等な関係の相手と話す時のもの。
これから始まるのは、鶫を一生徒ではなく、四宮家の後継者としての話だった。
ジェーンがいつの間にか用意していた厚く膨らんだA4の封筒をテーブルの上、鶫の前に置いた。
「四宮家が管理していた権利関係を纏めてある。利権のいくらかは独楽石家と陸道家に掠め取られたが、お前が四宮を立て直すのに必要な分の力は集めておいた。それと、どんな思惑があるかは知らないが、陸道はお前が当主に座る事に前向きだ。障害になりそうなのは仁科の老害どもだが………まぁ、連中も今は橘花院の事でそれどころじゃなさそうだけどな」
陸道家が協力的なのは、恐らく鏡の援護によるものだろう。取られた利権とやらも、他からの横槍を防ぐために確保しておいてくれたと見て良い。
だが仁科家は正直、動きが全く読めない。鶫自身は理事長である仁科黎明に会った事もないし、老害とやらもどれ程に害があるのか実感できないのだ。
対処にしても、この手の駆け引きに慣れているわけでもない鶫には何が効果的かがよく分からない。そういった部分は亜笠に任せっきりでおんぶに抱っこの身としては、もはや地面に頭が突き刺さりそうな状態で頭が上がらない程である。
「亜笠さん。何から何まで、本当に感謝してます」
「いや、当然だが無償じゃないぞ。これは教師が生徒を助けるのとは訳が違う。六家の名前で行った正式な協力だ。タダで後見人になれるわけじゃない」
亜笠が四宮家のお家騒動に首を突っ込む事は、正直かなり無茶な行為だった。六家の内輪の問題に対して六家が口を出すだけならまだしも、鶫という御輿を担いで積極的な扇動を行ったとなれば、色々と邪推もされる。
亜笠は善意から鶫を手助けしているだけ。実際のところ、教師が教え子を助けたに過ぎないのだ。
それでも、権力闘争の中にあって大きなリスクなのは紛れもない事実。亜笠とて、鶫の後見になるだけでも相応の痛手を被っていた。
「勿論です。私に出来る事なら何でもお返しします」
「おお、そうかそうか。なら早速だが、頼みがある」
「はい、喜んで。ただ………少し手加減してくださると助かります」
鶫が苦笑気味に言う様子からは、本当に困っている雰囲気は感じられない。むしろ、借りの一つを早くも返せるのが喜ばしいくらいだ。自然、語調が軽く弾んでしまっていた。
「本来、今の時期の3年は受験のあれこれで右往左往している頃だ。しかしウチの学園が他より特殊なのは知ってるだろ?」
「ええ、特に第三校では殆どの生徒が卒業後には退魔師協会の系列会社に就職か、退魔師の活動と大学を両立する場合が多いと聞いています」
能力如何に関わらず、退魔師の技能を持つ者は退魔師協会が極力囲いこむのが殆どだ。普通の就職と大して変わらない場合もあれば、本人の希望によっては退魔師の技能を伸ばす訓練を行う場合もある。
退魔師の事情に通じている者に関しては最低限の訓練が施されるが、見込みがあれば見習いとして実地に出るのは珍しくない。
そういった人材からすると九良名学園の生徒会、風紀委員会で実地の経験がある者は所謂エリート的な存在だ。
事実として、退魔師の技能を僅かでも持っていれば、九良名学園に入った時点で就職の苦労が半減される。ここはそんな恵まれた場所だった。
「そうだ。かく言うあたしらも、家柄があれば学歴なんて飾りにしかならないし、進路を希望する上で当たり前のようにある苦労なんて知らない立場だ。実際、梓と天ノ川や3年の風紀委員たちは受験シーズンだってぇのに欠片も動じてないしな。ま、普段から命を張る前線にいるんだから、当然の報酬なんだが」
「学園長、話が脱線しそうですよ?」
亜笠の話が逸れる気配を察知してジェーンが話題の維持を図る。亜笠としても珍しくテンションが高めで饒舌だ。
………そう言えば酒を一本空けたばかりだった。
ジェーンとしては、亜笠にこれ以上別の症状が出る前に話を進めてもらいたいところだが。
「つまり何が言いたいかって言うと、梓も例に漏れずもうすぐ卒業だ。天ノ川と同時に抜けられるのは正直つらい。せめて後任やらの穴埋め要員だけでも充実させたくてな。そこで、一番面倒な生徒会長の椅子を………お前にやってほしい」
「え?」
もっとハードな頼みがあるものだと考えていたが、これは単純に見れば立場が向上するだけのように思える。
当然、責任がこれまで以上に発生する立場ではあるが、やるとなれば学生と言えど退魔師としてこの上ない箔となるだろう。
これは亜笠へ借りを返す事になるのだろうか。
「でも、先輩方を差し置いてなんて。私よりも、工藤先輩の方がしっかりしてるし適任なのでは………」
「賭けてもいいが、あいつは引き受けない。あいつは通力の分野では優秀な研究員だ。これ以上面倒な仕事で本業を疎かにすることはしねぇよ」
「工藤君が思うように生徒会長というのは面倒な仕事です。そんな面倒な役職を四宮さんが引き受けてくださると、非常に助かるんですが」
「………………」
鶫は僅かな呆気に取られた表情で亜笠とジェーンを見る。
亜笠が言うのだから、自分が生徒会長に足る能力があると判断してのことだろう。貸し借りなんていうのは建て前。能力に疑問がある者を生徒会長に推すなど、そういうった所を曖昧にするような人では無い。
それを理解しているからこそ、鶫にはこれ以上無い程の自信となった。
「私で宜しければ、お引き受けします」
「よし! 決まりだな。梓にはあたしから話を通しておく。後はお前が生徒から余程嫌われてなければ、春には生徒会長だ」
「あはは………そうでないことを願います」
亜笠の冗談に乾いた笑いを返す鶫。
鶫は親しい友人は多くないが、かと言って嫌われているわけでもない。むしろ六家に連なる四宮家の人間という事で多少敬遠される中、誰とも軋轢を生まないのは鶫の人となりがあってこそ。
公浩が来るまでの不良キャラの時でさえ、殆どの生徒が鶫の善良さを理解していたほどだ。
夏休みを経て鶫のキャラが一変していた時は、ひと夏の成長では片付けられない『大人の階段話』など、あれこれと噂が絶えなかったが。
「梓たちが抜けた後の生徒会の再編成についてはしっかり話し合っておくように。来年の1年たちが使い物にならなかったら早めに言えよ? 風紀委員会も含めて他所から引っ張ってくる必要があるからな」
「分かりました。卒業までに会長と副会長、それと………さっきの風紀委員長さんを含めた話し合いの場を提案してみます。と、そう言えば会長は進学すると聞きましたけど、副会長とは進路とかそういう話になったことが無いんですよね。上手く話題を避けられてるようで」
「……ああ、それか」
「?」
亜笠の表情が途端に渋いものになった。
そんな亜笠にジェーンは例のごとく苦笑いを浮かべる。
鳳子と梓は親友と呼べる程に仲が良い。天ノ川は退魔師の世界とは縁の無い家系であったが、それなりに名家と呼べる家柄だ。
ある時、三王山家との繋がりが出来、それを切っ掛けに鳳子の退魔師としての資質が見出だされる事になる。
鳳子の才能は三王山家にとって思わぬ拾い物となったが、それによってと言うべきか、思いもよらぬ方向へ話が進む事になった。
「……あと半年もすれば知れる事だから言うが、オフレコで頼む」
「え……あ、はい」
鳳子の進路の話だったのだが、何故か亜笠の様子が真剣なものとなっている。
世間話程度のつもりで口にしたのだが、まさか学園長である亜笠から鳳子の進路について意味ありげな話をされる展開は予想外だった。
そこまで暗い様子ではないので深刻な事態ではなさそうが、この感じからすると三王山家が少なくとも関わっているのだろう。
鳳子がどう関わっているのか、四宮家の人間としては実に興味があった。
「天ノ川鳳子は、卒業したら結婚する」
………………………はい?




