表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
76/148

第76話 這い寄る影、忍び寄る悪



 九良名学園第三校、放課後の風紀委員フラッグルーム。

 教室程の広さのその部屋はうず高く積まれた書類が机、床と問わず置かれて混沌とした有り様となっていた。

 縁が風紀委員会を辞めて二日目にしてこれだ。

 その日は新しい風紀委員長がやってくるまでの繋ぎとして二郎が仕切っていたが、委員長代理とは言え、次席の権限では仕事にも限界があった。縁による統率や、効かせていた睨みが一時的に途切れた事で生徒、部活、学内組織の揉め事の発生件数が増え、捌き切れていない仕事が出てきている。

 風紀委員会は常にない仕事量に忙殺されていた。


「今日の第一グラウンドの使用権はひと月前から野球部が申請を出しているから、サッカー部には引いてもらって。大会が近いのは分かってる。だから代わりに市内の競技場を押さえたから、明日はそっちに回ってもらう。それと図書委員会の未返却図書督促に風紀委員を3人付けさせて。相手に素行不良でマークしているのがいるからトラブルを想定しておくこと。科学部と機械工学部の調停には酒井くんを同席させるように。それと、ここからここまでの書類は佐助花くんに回して、あと井伊くんから上がってきた訓練室の改装と訓練内容効率化の草案チェックも頼んで。問題無さそうなら佐助花くんの裁量で進めてもらうから」


 二郎がテキパキとあちこちに指示を飛ばしているにも係わらず、大小様々な問題がひっきりなしに押し寄せる。

 縁も、これだけの仕事を常にこなしていたわけではない。ただ、抑止力としての働きは多分にあったのだろう。大量の仕事をしないで済むよう最小限の仕事で効率良く問題を事前に潰していたのだ。

 縁が風紀委員会を離れてすぐにこれでは先が思いやられる。

 そんな時、この日一番の特大事件が二郎の耳に入ってきた。


 ――――ドンッッッッ!!!


「っ!?」


 フラッグルームにまで届く轟音と揺れ。書類の山が崩れ、窓がびりびりと震えている。


「状況を確認しろ! 生徒会との通信も確保しておくんだ! 君と君、付いてきて。第一グラウンドに向かう」


 揺れの発生源はおおよそグラウンドの辺り。兎にも角にも様子を見る必要があった。


『報告します! 何者かがグラウンドで交戦しているようです。一人は学園生、袖のラインから二年の女子ではないかと。それと30代程の背広の男。どちらも特一級以上、とんでもないレベルだと確認しました』


 二郎に直通の通信符から現場の風紀委員による状況の説明が届く。

 ただ事ではない事態だと理解し、二郎は風紀委員にあるまじき速度を出して学園の敷地内をグラウンドに向かって疾走していった。



           ★



 騒ぎが起きる少し前――――


 九良名学園第一から第三までの学生の制服は基本的なデザインは同じに出来ている。

 違う所と言えば校章に描かれている漢数字が一か二か三である事ぐらいだ。

 殆ど同じ見た目の制服であることから、ここ、第三校を第一校の生徒が彷徨いていても目立つ事もなく、露見はしにくいだろう。

 しかし、見分けの付く明確な違いがある以上、後ろめたい事をしている場合は極力手掛かりとなる情報を与えないように変装などをするのは、ある種当然の心理と言える。

 特に、第一校の生徒会長という立場ともなれば、それはより顕著なものとなった。


(動作確認……オールグリーン。画質良好。データ容量問題無し。隠形……良し。遮蔽物は皆無。女神(・・)までの視界確保。さぁ、お出でください、女神よ!)


 九良名学園第一校生徒会会長、大原颯真。ストーカー歴3ヶ月。称号:女神の守護者(自称)。

 地味な色合いの服にブラウンのコート、その上には隠形の顕を纏っている。手には高画質カメラ。校舎の影から校門へと向けられる眼鏡がキラリと光った。


(今日は女神が戦場より帰還を果す日。凱旋するお姿をなんとしても記録に収めねば)


 颯真が目当てにしているのは、かつて自分を打ち破った四宮鶫だ。

 夏の交流戦を境に、颯真は鶫に執心するようになった。悩みの種でもあった仁科暮光が再起不能になった事も手伝ってか、かつての善良な生徒会長へと戻り、惚れ込んだ鶫に恥じない生き方を志している(ストーカー行為は棚上げ)。

 鶫の戦う姿……それに目を奪われ、心を打たれてからというもの、暇を見つけては鶫の姿を隠し撮りするようになった。あくまでも健全?の域を出ない極々普通の写真や、鬼を調伏している時の勇姿などで、悪質とは程遠いものではある。だが、流石に自分のしている事が褒められた事でないのは自覚しているが。

 バレないようにバレないようにを心掛けている内に、それほど得意としていなかった隠形スキルが飛躍的に上達、諜報や斥候の仕事に関しては学園長である鏡すらも一目置くレベルになったのは皮肉と言えよう。


(む? あの集団は………ちっ、邪魔だ)


 颯真から、鶫が現れるであろう校門までの直線上で部活同士の言い争いが始まってしまった。

 野球部とサッカー部らしきそいつらの諍いに、まばらに存在していた生徒たちが颯真の射線を封じるように集まりだす。


(スポットを変えるか)


 本当ならこの位置からの()が現状では最良だったのだが、無理に動けば高度な隠形を纏っていても存在を気取られてしまう。校舎の影になっている今の場所から移動するとなると………


(好ましくはないが、仕方ない)


 颯真は校舎の壁を走るように駆け上がり、屋上へと出た。

 感知系の能力に長けていなくとも、下手に顕術を発動して通力が周囲に拡散してしまうと誰かしらが通力を感じ取る場合がある。『虚空踏破』などでもそうだ。

 ストーキング紛いの行いをするにあたり、最小限の通力で行動を結果に反映させる技術、それを身に付ける事を颯真は余儀なくされていた。


(この距離と角度となってはカメラのスペックが些か心許ないが、止むをえ――――)


 颯真がせめてマシな位置取りをせねばと屋上の縁へと歩きだすと、そこで恐ろしいものと遭遇してしまった。

 颯真と同じで隠形を纏い、首からは本格プロ仕様の一眼レフカメラをぶら下げた背広の男……陸道鏡と。


「大原………ここで何をしている」


「……学園長こそ」


 九良名学園第一校学園長、陸道鏡。ストーカー歴10年以上。二つ名:一つ眼鬼(サイクロプス)|(命名、仁科黎明。影から写真を撮る時、微かに光りを反射する一眼レフがまるでサイクロプスであることから)。

 二人ともお互いの手元のカメラへと目が行き、そして二人ともがカメラを相手の死角となるよう体で隠した。気まずいにも程がある。

 鏡も颯真も高度な隠形を施していたのだが、どんなに高度だとしてもここまで接近して視認してしまえば殆ど効果はない。

 こうなっては這い寄る混沌のような存在である二人としても、出来ればすぐに帰りたいところなのだが………


「………見なかった事にする」


「僕もそうします」


 同じ学園の生徒と学園長という互いの立場から来る不都合を理解し、即行で話を合わせた。

 そのまま二人ともなに食わぬ顔で屋上のフェンス沿いに撮影のポジションを探し、それぞれ別の方向へとレンズを向けながら腹這いになってスタンバイを完了する。暗黙の了解とでも言おうか、誰を狙っているかなどの詮索は互いに一切しない。

 ただし、独り言が風に乗って聞こえて来ることはあるかもしれないが。


「さぁて、今日もこの辺で橘花院とやらの情報収集でもするかー(棒読み)」


「他校で隠形の訓練をすると良い修行になるなー(棒読み)」


 あまりにも白々しい光景だが、自分達の行いについてを自覚しているため、言及を避けるための言い訳を口にしてみる。

 実に苦しい言い訳ではあるが、あくまでただの独り言である。二人の犯罪すれすれの行いを糾弾する者はいない。

 ただし、それは颯真と鏡だけだったらの話。


 その場に3人目(・・・)が現れれば、話は違った。



「あらあら。赴任して早々に捕り物だなんて」



「「!!」」


 颯真と鏡は即座に立ち上がり、何の躊躇もなく撤退を試みた。

 声をかけてきた相手の顔を見ようとすらせず、とにかく一瞬の出来事。振り向いて顔を見られる事も、相手の顔を覚えてしまう事も、この場合ではリスクにしかならない。流石の判断力と言えたが、そこは相手が上手だった。


「っ!? なんだ!」


「………結界か?」


 颯真と鏡から驚愕の声が漏れる。

 二人はその場を即座に離脱しようとするも、屋上から跳び出した筈の跳躍で降り立った場所は、一瞬前まで自分が立っていた屋上と(たが)わなかったからだ。


「半分正解ですわ。変質者の割には理解が早いですこと。動きもそれなりでしたし」


 颯真と鏡はそこに来て漸く声の主を見る。

 女である事は分かっていたが、その顔が息を呑む程に美しい造形で、緩やかなカールのかかった眩いばかりの長いプラチナブロンドであるというのは予想外だった。

 碧い瞳で、西洋人形のような少女は九良名学園第三校の制服を着ており、胸の下あたりで組んでいた腕を片方顔の前に運び、バッと音を立てて開いた『真』と書かれている扇子で口元を隠してみせる。

 その佇まいは優雅の一言だった。


「大人しくお縄を頂戴なさい。変質者らしく、縛ってさしあげますわ」


「待て! 私達は――――」


 鏡が言いかけて、何とはなしに颯真と目が合う。

 二人の手には高画質カメラ。目立たないように隠形までして、二人とも学園の関係者には見えない。

 この状況ではどう弁明しても説得力に欠ける。一瞬、言う通り大人しく捕まって、説教小言嫌味を聞いた後で解放してもらうべきかと本気で考えた。しかし、二人の脳裏を目当ての女の顔が過り、途端に血の気が引いた。

 鶫と、そして亜笠。彼女たちの自分を見る目が犯罪者に向けるそれになっていたからだ。

 理性では、これが暴挙であると分かっている。それでも、男か女かに関係無く、恋する人間というのは………どうしようもなく馬鹿な生き物だった。


「あら………」


 鏡と颯真は撤退を敢行した。

 二手に別れてフェンスを乗り越え、確かに地上へと迫る感覚を得る。今度こそ間違いなく屋上から離れたと確信した。


「!? ばかな………」


 颯真はあり得ない事態に頭が混乱する。

 降り立った瞬間、目に映るのはまたしても屋上だった。後ろには鏡の姿も。

 鏡は冷静に事象を分析し、ただならぬ事態でありながらも、毅然と周りを見回す。


「お分かりになりまして? 多少腕に覚えがある程度では、(わたくし)からは逃れられませんわよ」


 学園の制服を着た銀髪の少女は扇子を閉じると、闘気を放って二人を威圧する。

 明らかに手荒な手段で取り押さえる気だった。


「貴様、学園生ではないな。何者だ」


 鏡も臨戦態勢を取りつつ、その問いを投げた。

 少女が放つ闘気、そして正体不明の顕術。とても学生が持ち得るものではない。三王山梓や黒沼公浩といった例も知っているが、その二人以外にこれほどの学生が第三校にいるという情報は入っていなかった。

 鏡はこの少女も自分と颯真同様、侵入者である可能性を考慮しているのだ。


「言いたいことは理解できますけど、私は正真正銘この学園の生徒ですわ。もっとも、本日来たばかりですし、厳密には生徒ではなく教員に近いかしら」


 スッ


「――――ッッ!!」


 一切の前触れもなく、至極当然の流れであったかのように、少女が颯真の眼前に現れた。瞬間移動としか思えないその動きは鏡ですら目で追う事は出来なかったが、それでも微かな闘気の揺れから颯真を狙う事を察知し、即座に応戦してみせた。


 ガキンッ


「あら?」


 親骨が金属で出来た扇子……一種の鉄扇とも言える物が颯真の額へと打たれる直前に、鏡が『光剣』で掬い上げるように弾いていた。

 颯真はその隙に距離を取り、少女との間に滑り込むように鏡が立つ。

 鏡のその鋭い眼光は、少女を自分と対等の強者として捉えており、油断など微塵も無い。確かな戦意を湛えて、しかし殺気の類は纏わずに目の前の少女へと対峙した。


「事情が変わった。得体の知れない者をこのままには出来ん。大原、お前は先に帰れ。私はこの女に話を聞かなければならなくなった」


「応援を呼びますか?」


「必要無い。察するに、そこまで大袈裟な話にはならんだろう」


 鏡の言い回しからすると、少女を完全な敵対者とは考えていないようだ。

 それは颯真も同感だった。先程の額を狙った一撃も、明らかに加減がされていたためだ。そこからはしっかりとした良識を感じられる。であれば、話が全く通じない事もないだろう、と。


「いったい何を仰っていますの? まるで私の方が不審者みたいに。盗人猛々しいとはこの事ですわ」


 不機嫌そうに言う少女の前に鏡が進み出る。そして颯真にハンドシグナルで、行けと指示を出す。

 颯真は屋上の外へと飛び出した。


「無駄だと言っていますのに」


 少女が面倒くさそうに肩をすくめ、張り巡らせた顕を発動する。

 視認は出来ないが、颯真の進行方向に少女の顕による空間の歪みが出現した。そこへ飛び込めば、また元の位置に戻る。その筈だった。


「!」


 歪みがまるで霧散するかのように薄まり、顕の発動が不安定となってそのまま消滅していく。

 おまけに鏡が立ち塞がり追う事も出来ず、颯真はまんまと学園から脱出してのけた。


「……貴方の仕業ですわね? さて、取るに足らない賊かとも思ったけれど………仕事の肩慣らしにはなるかしら」


「っ!」


 ガキンッ


 またしても少女の姿を見失い、そして胸部に向けて鉄扇による突きが繰り出される。

 鏡は驚異的なまでの直感が働き『光剣』で受け止めるも、突きの威力で『光剣』と、ついでに首から下げていたカメラは砕け、背中からフェンスをぶち破って校庭へと放り出された。


「ふふ――――」


 少女は微笑を浮かべながら追撃のために空中へと踊り出る。前傾姿勢で踏み込み、鏡より僅か上方で身体を捻り鉄扇を振り抜いた。


「くぅっ――――」


 屋上から押し出されてから放物線を描いて落ち始める前に鏡を地面へと叩き落とした。

 鉄扇の一撃は『不動障壁』を両腕に集中させた状態でクロスして防ぎ、地面に激突する寸前に『虚空踏破』を出現させ、水平に蹴って真下へ向かう勢いを殺す事でダメージを避ける。空中でバック転をするように体勢を整え、ズザザァと土を削りながら鮮やかな着地を見せた。

 しかしそこには既に、鏡が息つく暇も無く銀の髪を靡かせた碧眼の少女が攻撃の間合いまで距離を詰めていた。


 ガキンッ! ギリリリィ


 少女の攻撃は一撃による撃破から、手数によってダメージを蓄積させ、動きが鈍った所を仕留める戦法にシフトしていた。鉄扇の一振りは鏡の右腕の関節を砕く勢いで狙い、しかし鏡はそこに『光剣』を合わせ、顕を発動する。


「『衝波』!」


 『衝波』……接地面を介して衝撃を放つ、退魔師にとって基礎とも言える技。これの上位技に『衝波爆砕』があり、こちらは威力のコントロールが難しく、対人戦での使用には向かない。

 退魔師なら誰でも使えるような技だが、鏡という最高峰の退魔師が使えばその意味はまるっきり違ってくるのだ。


「あら」


 鉄扇を持った手に絶妙な加減が施された震動が伝わり、衝撃で痺れを覚えた手から扇子が弾き飛んだ。

 すかさず鏡が少女の首を掴まんと左手を伸ばす。

 掴んだらそのまま陸道家秘伝……『月食み』で力を奪い、無力化させるつもりだった。


「気安く触れないでもらえます?」


 パシッ


 伸ばされた腕は鉄扇(・・)によって横から打たれ、狙いを逸らされた。

 それは直前に少女が手放した鉄扇と完全に同一の代物。戦闘中で集中力の上がった状態の鏡が、敵の得物を見間違える事はまずない。

 超級の退魔師である鏡の直感がそう訴えていた。


「ふっ!」


 キキキキキンッ


 どういう仕組みで手元に戻ったのかは分からないが、そのまま突き、払いによる全身を狙った怒濤の連撃を鏡は『光剣』で防ぎ、同時に反撃も繰り出す。

 お互いに一進一退で目にも留まらぬ攻防を繰り広げていた。

 そんな二人が現れてすぐ、部活でグラウンドに出ていた生徒たちは蜘蛛の子を散らすように退避し、遠巻きに様子を窺う者と少しでも離れようと逃げ去る者に別れた。

 銀髪碧眼の少女と鏡は殆ど元の立ち位置から移動していないのだが、その凄まじいレベルの戦いに巻き込まれないよう周囲は物音も立てず静かなものだ。

 腕へ、肩へ、脚へ、腹へと休まず攻撃を繰り出す少女の顔には余裕を表す微笑が浮かんでいる。対する鏡も、険しい顔ではあるが、それは普段からの事で、戦いに関してはまだまだ余力を残している状態だ。

 それを証明するかのように、少女が至って平静な声で語りかける。


「ストーカーだか何だかにしておくには惜しい技量ですわね。何者ですの?」


「その質問に答えるのはそっちが先だ」


「……ほんと、殿方は無駄に意地っ張りなんですから。これで素直になるかし、らっ」


「!!」


 鏡の『光剣』による一閃を躱すでも防ぐでもなく、真芯で捉えた筈の攻撃は直前でぐにゃりと曲がり(・・・)、確かに間合いに収めているのに何故か当たらないという奇妙な現象を起こした。

 そして先ほど屋上でも見せた目で追えない(・・・・・・)動きで、鏡の頭上へと身を踊らせる。


「『天墜』」



 ズドンッッッッ!!!



 重力を無視した上下逆転の体勢で頭上(ました)へ向けて鉄扇を軽く振った瞬間、鏡を中心としたグラウンドの半分程の面積に対して板でも押し付けたかのような圧力がのし掛かった。


「ぐっ……ぅ……」


 生徒や建物を巻き込まないよう威力を抑えて放っていたが、その攻撃は鏡に片膝を突かせ、苦悶の声を漏らさせる程のものだった。

 効果範囲に収まった地面は余さず20センチ分の陥没が起きている。

 その陥没の中に、少女はゆったりと着地し、銀の髪をふわっと手で払って見せた。


「あら、結構頑丈ですのね。脚の骨ぐらいは折れると思っていましたのに」


「……危うくな。手加減してくれてどうも」


 僅かにグラつきながらも、左右の爪先でトントンと地面を叩く事で調子を確認し、平然と『光剣』を向け直して構える。

 若干ウンザリした色を顔に出して、それでも銀髪の少女は前に踏み出し、少しだけ本気を出そうという気配を発した。


 少女と鏡の間に“鬼王・斑鳩”が音も無く降り立たなければ、戦闘は激化していただろう。


「中々に面白いものを見させてもらった。だが、もうこの辺でいいだろう。着任早々に派手なチャンバラ騒ぎを起こすなど、前任者としては看過できんのでな」


「……前任者だと?」


 鏡はゆったりしたセーターといった私服姿の縁に目を向ける。

 鏡の呟く声が聞こえたのかは知らないが、縁が鏡へと視線を送りながら、どこか愉しそうに銀髪の少女に声をかけた。


「この男はストーカーだが、変質者ではないぞ、ペンドラゴン卿(・・・・・・・)


「どうかしら。先程までカメラをぶら下げてもう一人の変態と二人、屋上からコソコソと女生徒を盗み撮りしていましたのよ?」


「ククッ、この男が女生徒に興味があるとは思えんが………グラウンドにいたのは男子サッカー部と野球部だ。そいつがいた位置からではグラウンドと、あるいは学園長室(・・・・)前の廊下ぐらいしか見えん。とても女生徒を狙ったとは言えんな」


「……最初から見ていたのなら、さっさと出てきてくださりません? “鬼王・斑鳩”」


 “鬼王”……聞き捨てならない単語が飛び出し、鏡の縁へと向ける視線が鋭く、力が増す。

 秘密主義な仁科黎明の事であるから、九良名市、ひいては学園にどんな秘密があっても驚かないつもりではあった。

 しかし、まさか災害級の中でも特に危険視される“鬼王”を学園の中に置き、さらにはその存在を協会に認識させていないというのは問題だ。

 今のところ冷静に事態の推移を見守ってみたは良いが、鏡の警戒心はさらに引き上げられていく。

 そこに、騒ぎを聞き付けた風紀委員の委員長代理でもある松平二郎が到着した。恐々と間に入って顔見知りである縁に事情の説明を求める。


「委員長、何ですかこの騒ぎは。まさか引退した直後に厄介事を持ち込んだのではないでしょうね? 自分の仕事じゃないからって気楽に派手にやり過ぎですよ」


 二郎が見渡すのはグラウンドの広範囲に見られる地面の陥没。そこで心配になってくるのは部活動や建物への影響などで風紀が荒れかねない事だ。この事態の収拾は生徒会を始め、環境委員、運動部、備品管理委員、建造物委員、及び建築部、ついでに園芸部あたりも加えて行われるだろう。

 縁が関わっている以上、それらからネチネチ嫌味や小言を受けるのは間違いない。さらには仕事量も増えるなど、悪夢も良いところだ。まさか新任の風紀委員長を矢面に立たせる訳にもいかないため、必然的に二郎の負担となる。

 二郎が縁を恨みがましい目で見ているのも仕方ないだろう。


「私はもう風紀委員長ではない。今日からは………」


 銀髪碧眼の少女の隣まで行き、その肩をポン、と叩いて見せる。


「この者が新しい風紀委員長となる。強さはそいつが……陸道家の次期当主殿が保証してくれるだろう」


 集まった数人の風紀委員達が目を剥いて少女と鏡を交互に見る。やっぱり矢面に立たせてしまおうか。

 当の本人、新・風紀委員長と陸道家次期当主も互いに視線を交わす。それぞれ納得するような、なんで早く言わないのだと責めるような、そんな視線だ。


「陸道鏡だ。九良名学園第一校の学園長に就いている。それとそこの女は私を次期当主と言ったが、あくまで候補と言われているだけだ。下手に吹聴はしないでもらいたい」


 その場の全員へ向けた自己紹介だ。次は自ずと銀髪の少女の番だと、視線が集まっていく。

 少女は不機嫌そうに鼻を鳴らし、控え目な胸の下で腕を組みながらそれらの視線を正面から受け止め、堂々とした立ち姿で見返した。


「本日より風紀委員長に就任いたします、澪・ブライト・キャメル・ペンドラゴンですわ」


 若干見下すような目線になっており、縁以上に不遜な態度で告げた。


 “真ノ悪”、その中でも最高戦力に数えられる者二人が風紀委員会に入り込んでいる事など、誰も想像すらしていなかった。




                                                                 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ