第73話 次への伏線
種咲市、五行本家。
広大な敷地に佇む和を体現した屋敷。当然の如く庭もそれに合わせた造りになっており、専門の職人によって手の加えられていない箇所など無い程に洗練されている。ただ、それも敷地の中心、ごく一部の話だ。残る八割以上は手付かずの林のまま、自然色豊かな景色を湛えていた。
かつて未来夜が殴り込んだ陸道家所有の屋敷に近い様相なのは、双方の家の性質が正反対な事を考えると皮肉のようだが。
退魔師にとっては警察組織のトップという印象の強い五行家だが、厳密には少し違う。
一般的には警察のトップと言えば警視総監やら警察庁長官やら、極端な話としてはお偉い政治家だったりするが、その実は五行家の完全な支配体制に組み込まれている。現代社会において五行家は警察組織に強い影響力があるわけではなく、五行家こそが警察組織そのもの、機構の本質が五行家なのだ。
政治家が高級車に乗って移動しただけで国民に叩かれる時代に、五行家がこれほどまでに権勢を誇示しても誰も何も言わないのは、そもそも敵になる人間がいないから。他の六家は五行家が退魔師としての地位強化に積極的でない事を知っているためにちょっかいを出すことはしない。最も敵になりそうな表の人間……マスコミなどは、尚更に関わろうとしない。まず、前提として五行家に責められる点があまりにも少ない事と、無闇に深入りしたり、責めるべき点を無理矢理に作り上げようとした者がどういう末路を辿ったかを皆が知っているからだ。
意外かもしれないが、六家に逆らえばこの国で生きていられないというイメージ作りに最も貢献したのが、何を隠そう五行家だった。
そして今、五行本家の敷地内に置かれた道場……畳の敷き詰められた稽古場にて、黒沼公浩は場に相応しい胴着姿で美しさすら感じる姿勢で正座し、同じく胴着姿で対面に座るキリッとした刃のような女性と、触れれば切れそうな鋭い気配をぶつけ合っていた。
公浩は静かだが緊張感を纏い、されど一歩も引かない強さを感じさせ、しかし流水のように掴み所の無い不思議な気配だ。
一方の相手の女性……五行一樹の妻、五行 雪は、肩まである髪を後ろでシンプルに纏め、切れ長の眼からは激流のような凄まじい威圧感を放ち、並の相手なら面と向かって対峙も出来ない程。五行紗枝の護衛である九重小鳥のそれに近いが、それをさらに苛烈にしたような印象だ。
そんな二人から少し離れた位置で見守っている五行一樹と、その護衛として付いている小田原、稲葉山、小早川秋は見ているだけでもその場の緊張感に否応無く巻き込まれていた。
何故こんな空気の中に身を置かねばならないのかと考え、揃って渋い顔になっている。
そんな三人を尻目に、向かい合う二人の前にそれぞれ使用人の女性が音も無く、無駄の無い所作で膳を置き、そして速やかに退室した。流石は名家の中の名家とでも言おうか、使用人としても護衛としても、かなり訓練された見事な動きだった。
二人の前に置かれたのは茶碗に盛られた白米と、数種類の漬物。そしてこれから始まるのは一種の戦いだ。
公浩と雪は同時に箸を取って手を合わせ、落ち着いた動きでそれぞれの前に置かれた漬物を口に運んだ。
「「……………」」
シャク、シャク
コリ、コリ
一切の雑音を排除したその空間において、漬物を咀嚼するほんの小さな音だけが、二人の戦いをここに証明していた。
「「………………」」
やがて二人は膳を平らげ箸を置き、再び互いを向き合い視線を交差させる。
一樹たちには長く感じたほんの5、6秒のにらみ合い。
そして、沈黙の中で行われた激しい応酬も決着し、その終わりが公浩の口から宣言された。
「恐れ入りました」
思わず見惚れそうになる綺麗な姿勢からの礼。そこには最大限の敬意が込められていた。
「…………ふぅ。こちらこそ。良いお手前でした」
それまでの刃のごとき雰囲気が一転、雪の顔がふにゃっと緩み、もはや別人にしか見えない人の良さそうなおっとりした表情になった。雪の気配が普段のそれに戻ったのに引きずられ、場に満ちていた厳かな空気も霧散し、消え去っていく。
そして本人たちよりもほっと息を吐く一樹、以下二人の護衛に小早川秋はこほんと咳払いをした。遠回しに、情けないですよと言っているのだ。
「娘さんから話には伺っていましたが、本当に素晴らしいものです。特に、沢庵……甘味、塩味、風味など、あまりにも絶妙でした。流石、名家の歴史とでも言いましょうか。この芸術を有らん限りの賛辞で表せられない自らの語彙の貧困さを呪うばかり……本当に美味しいです」
「まあ……まあまあ! 嬉しいわ。お義母様から受け継いだ自慢の逸品なんですのよ。主人は小さい頃から食べているというのに私の前では一度も美味しいと言ってくれなくて。考えてみたら、男の方にこんなに真っ直ぐ褒めてもらったのは初めてね。あら? アナタ、いらしてたの。小田原さんに稲葉山さんも。声をかけてくださればいつもの様にお出ししましたのに」
「「「………………」」」
雪に嫌味を向けられ、男三人は居たたまれなさに目線を逸らした。壁際で事の成り行きを見守っていた一樹と、その斜め後ろにボディガード然として立っている小田原、稲葉山。
一樹は言うに及ばず、小田原と稲葉山も五行家秘伝の漬物を何度となく食べる機会はあった。しかし、仕事人間ですぐに内密の話をしだすため、雪は毎回席を外すのだ。夫を立たせる事を心得た見事な内助の功。良く出来た妻と言えた。
ちなみに、秋の前にはしっかり膳が置かれていた。
「沢庵の価値が分からない人たちはさておき………僕も嗜む程度ですが、普段からこういった物を作ったりします。いやはや、雪さんの逸品と比べると、恥じ入るばかりです」
雪の膳に乗っていたのは公浩が持参した漬物類だ。紗枝から話に聞いていた五行家の秘伝、それをせめて一口でも賞味してみたいと、駄目元ではあったが一応は持ってきていた。これで多少は相手の興味を引けるかと考えて。結果として、まだまだだと思い知り、恥をかいたようなものだが。
「ふふふ、いいえ。黒沼さんのもとても美味しかったですよ。私の場合は年季が違いますから。歴史も環境も。私たちの差は麹くらいです」
「それと地の理、でしょうか。特に大根を使ったものなどは、こちらの地方の米に合うよう調整されていますよね?」
「あらあら、お見事ですわ。やはり、これらはお米と一緒に食べたいですもの。残念ながらこの辺りのお米は東北産には遅れを取ってしまいますから。悔しいから大根の方を改良しちゃった」
少し照れ臭そうに笑う雪だが、これはちょっとやそっとの改良で出せる味ではないと、士緒には分かる。それが栽培の段階か加工の段階か、詳しく聞きたいところだが、流石にそれは恥知らずというものだろう。
改良しちゃった、という言葉の中にいったいどれ程の試行錯誤があったのか想像もつかない。
「それで……恥を偲んでのお願いなのですが、せめて秘訣の一端だけでも、ご教示願えませんか?」
「あらあら。それでしたら、また私から一本取って頂かないと。先程は4回目で一本取られてしまったから………次は2回以内で」
雪が再び闘気を纏い、道場内にまたしても威圧感が満ちる。
膳は速やかに片付けられ、雪が立ち上がるのに合わせて公浩も立ち上がり、気を組み直す。そして一言、
「宜しくお願いします」
完璧な一礼の直後、二人の闘気はぶつかり合った。
それを見ていた男三人は揃って理解出来ないという顔をしている。
え? これ、漬物の話だったよね?
漬物の話が、まさかのガチな勝負に発展するのに付いていけない三人に、五行家秘伝の漬物の価値を知っている小早川秋が、あからさまに呆れたという様子で溜め息を吐いていた。
三人は少しダメージを負った。
★
小早川秋が五行雪と個人的に親しいと、飛英と密会する中で世間話の一つとして聞いた。
そこで公浩は秋に、飛英からお仕置きを貰えるだろう策を授けた。
その見返りに、雪との面会を望んだのだ。何処で聞き付けたのか、一樹が険しい顔で護衛二人を伴って強引に立ち会って来たが。その際、葉から公浩がどれ程までに女にとって質の悪い男なのか冗談も交えて聞かされていた一樹が、「まさかユキまで………」とか、「俺のオンナに色目を――――」とか、「あ、ああっ、組み手だからってそんな密着――――」とか、いちいち過敏になりながらぶつぶつ言っていたことは小田原と稲葉山しか気付いていない。
公浩と会う事を雪はあっさり了承した。ただし、秘伝の漬物についてはそんなに簡単な話ではない。
退魔師の家柄で、合気柔術の達人でもあった雪は、ならば一手立ち合えと、意外と武闘派な事を申し出た。相手を知るにはこれが一番だと、公浩を見定めるためにだ。
結果、自分から一本取れたらという約束であったために、4回目にして辛くも押さえ付けに成功した公浩が、なんとか勝ちを獲た。押さえ付けた時の一樹はと言うと、それはもう気が気ではなかったが。
公浩……士緒としても肉弾戦は得手ではないが、それなりの腕前だとの自負はある。油断していたわけではないが、そうそう負けることはないだろうと踏んでいた。臨んだ組み手は、確かに簡単には負けなかったが、接戦と言える程でもなかった。二回、三回と見せ場も無く圧倒され、なんとか動きに対応できた四回目で運良く寝技に持ち込めなければ、あと何回、畳に身体を打ち付けていたことか。
何はともあれ、二度目の仕合いでも辛勝を獲た公浩は現在、葉の案内で漬物が保管されている蔵へ一足先に向かっていた。
雪はと言うと、大戦を勝利に導き、今日まで休み無く事後処理に明け暮れていた一樹を労うために稽古場に留まった。
「まずは此度の大戦での勝利、お祝い申しあげます。お祝いの言葉が遅れたのはご容赦くださいね? アナタがお顔を見せてくださらないのが悪いのですから。ええ、ただの一度も」
一見穏やかで理想的な妻からの耳に痛い嫌味が一樹にチクチクと刺さる。
小田原と稲葉山は場内にいるが、夫婦の時間を妨げないようにと距離を取って控えていた。
「俺は小早川とは違うからな。苛められても喜ばないぞ?」
「存じてますよ。喜ばせようとして言っているのではありませんので」
一樹のクールを装った顔の筋肉がピクピクと引き攣る。渾身の冗談を投げ込んだら痛烈なピッチャーライナーが返ってきた気分だった。
もっとも、これでもまだ機嫌は良い方だ。その理由は考えるまでもないだろう。
「ねぇ、アナタ。一つ真面目な相談なのですが」
「……聞こう」
「葉ちゃんの婚約なのですけど………今からでも無かった事に出来ませんか?」
「………………」
半ば予感はあったが、やはりそうなったかという思いだ。
自分も冗談半分に葉に似たような提案をしたが、夫婦で考える事が同じとは。
「仁科のボンクラにくれてやるかと思うと、今更ながらに腹が立ってきてしまって。黒沼さんは、ちょっと闇が深そうでミステリアスですけど、人格については文句無しに気に入りました」
「……俺も同じ事を考えたが、諦めろ。当の本人たちにその気が無い」
「そんなもの、時間を掛ければ可能性だって出てきますよ。私たちもそうでしたでしょう? なんにせよ、婚約を白紙に戻す事が先決ですけれど。話はそれからです」
「分家のクソガキの事は俺も業腹だが、あいつが決めてしまった事だ。俺が紗枝の件で胃に穴を空けたのを忘れたか? 未来夜君の事ですらそうなんだぞ」
「黎明さんは何と?」
「気には留めているようだが、今は具体的な手は打てないだろう。他家や“社”への圧力なら兎も角、仁科家の対立派閥が相手となると簡単ではない」
「嘆かわしい事です。こんな事ならあの時、石刀君を全面的に後押しするべきでした。アナタが五行だ陸道だと渋るからです」
雪からの糾弾は一樹には相当堪えるものとなった。また胃に穴が空きそうだ。
だが、一樹としても何の手も打たなかったわけではない。最後の手段と思っていたが、雪がこれ以上思い詰めるくらいなら、仁科の老害などいくらでも敵に回してやろうではないか。
「息つく暇も無く、次は仁科家の半分と戦争をする準備をしなければならんとはな。だが、連中も今はウチの娘の事にいちいち係っている暇はないだろうから、何かするなら潮時には違いない」
「仁科源造、麻生 治利、梶 秀光、仁科賢十郎。仁科家“相談役”が立て続けに殺害されてますからね。橘花院士緒ですか。確かに、それに比べたらボンクラ一人と葉ちゃんの婚約など些事ですね。それで、具体的にはどうなさいます?」
無意識なのか態となのか、薄らと闘気を発し始めた。それは荒事歓迎だという意思表示のようなものだ。雪は“日計の毒”との戦いでは内通者の件もあり、俯瞰した位置から見るためにも迂闊には関われなかった。鬱憤も溜まっているのだろう。
「落ち着け。お前も知っているだろうが、俺は正面から殺りあうのには向いていない。ならばやる事は決まっている」
一樹は不敵に笑い、黒沼公浩という存在の間の良さにほくそ笑んだ。
「やるなら搦め手だ。種も撒いてある」
五行家が娘の結婚を破談にさせるためだけの暗躍が始まった。
★
公浩が葉の案内で蔵へと向かっている頃、鶫は五行本家敷地内の訓練室で体を動かしていた。
こちらは広さと頑丈さに重きを置いているのため、公浩が雪と対面した道場より無骨で殺風景なものとなっている。そういう意味では、雪が公浩との面会を自身にとって神聖な道場で行ったというのは、これまでの活躍や小早川秋からの前情報から、それだけの敬意を払うに値すると考えたからだ。
そういう意味では鶫もそちらに呼ばれて然るべきなのだろうが、公浩が目をキラキラさせて臨む沢庵談義に自分は場違いだと遠慮した。ちょうど良い組み手の相手がいたことでもあるし。
「どぉうりゃあああ!!」
ドゴォッ!!
「ひでぶっ!?」
バキィッ!!
「ぁあべし!!」
ゴスッ!!
「うわらば!!」
ドカバキボコと、欠片も容赦を感じさせない音を響かせているのは“御庭番”のキ印たち。五行本家で次の仕事まで控えていた所を鶫に見つかり、色々あったアレコレをぶつけられているのだ。
鶫も最初は関わってなるものかと距離を置こうとしたのだが、鶫を見た“御庭番”の何人かが、「チッ、なんだよガキか」「あそこまで育っちゃぁ女としてお終いだぜ」「おいおい、小娘で年増とか冗談だろ?」「どブスぁらいにでも行くか」………なんて言い出したもんだから、ブチギレるのも仕方がないというものだろう。
訓練室があると聞いて強制的に連行し、鶫はそこで“御庭番”たちを纏めてフルボッコにしまくっていた。
飛英も一緒にいたのだが、自業自得だと言って訓練室の角で見ているだけだ。
十数人いたキ印が残らず生ゴミになるまでそう時間は掛からなかった。
「ふぅ、ひとまずはスッキリです。後でもう一回やりましょう」
キ印たちの首から下を地に突き刺したことで、なんとか穏やかな心を取り戻した鶫は手持ち無沙汰となり、部屋の角で床になにやら物を広げて悩ましげに唸っている飛英に話しかけた。ベルトや警棒、裏にトゲの生えた靴、謎の液体の入ったガラスの容器など、よく分からない物が広がっている。“御庭番”が扱う秘密道具か何かだろうか?
「これは……“御庭番”の小道具か何かですか?」
「ん? ああ、これはそんな大層な代物じゃねぇよ。見ての通り、普通のベルトやら電気棒とかだ。ああ、そっちのにはあんまし触んなよ? 一応はモデルガンだが、中にはモデルガンに似ているだけの物もあるからな」
それって所謂、モノホンなのでは? と聞くのは素人だ。退魔師の世界では槍やら剣やら、銃器の類など珍しくもない。鶫もふぅーん、ぐらいにしか感じていなかった。それどころか、退魔師の業界で扱う代物にしては、どれもこれも玩具の様な物ばかりだ。強化状態にない人間なら殺せるだろうが、それでもあまり有用な物では無さそうだ。
何でこんなものを? と疑問に思っていると、飛英が事もなげに説明してくれた。
「最近な、秋の奴がさらにタフになってきたみたいでよ。無理矢理関係を迫られた時とか、ビンタだけじゃ撃退できなくなってきやがったんだ。なもんで、こうして手頃な武器を見繕ってるんだよ。こういうのを至るところに仕掛けておいてだな、どこで襲われても反撃できるようにしてるってわけだ。秋の奴も、迷惑千万だと思わねぇか?」
「飛英さん……だいぶ毒されていると思います」
飛英の武器のチョイスがそれを証明している。どれもこれも逆に秋を喜ばせるための物にしか見えない。
最近になって悪化したような事を言っていたから、以前の飛英はこんなご褒美にしかならなそうな物に手は出さなかったのだろう。つまりこれは、飛英の方が調教完了されてしまったという事。自覚は無いのかもしれないが、この男、ノリノリなのである。
これまでの短い付き合いでも、その落差が容易に想像できてしまった。
「ああ、そうだ嬢ちゃん。一応、あんたにも聞く権利があるだろうから言うんだが………樫木の野郎の処遇が決まったぞ。聞くか?」
「あれ程の事をしたんですから聞くまでもないと思いますけど、では一応」
「まぁ、厳罰と言えばそうなんだろうが、嬢ちゃんが想像するようなサクッとしたもんじゃないぜ? 独楽石の実験素体、その三桁ナンバー行きだ」
「え……それは」
独楽石家の特質を挙げるとすれば、研究者気質と言ったところだろうか。
一族全体がそうではないが、抜きん出た成果実積を残しているのは間違いなく研究の分野だ。特に、『独神式』と呼ばれる独楽石家独自の顕術を昇華させる事に心血を注いでいる。
そして、独楽石家が行う様々な研究、その実験過程で、どうしても切り離せない問題が、生身の被検体である。
研究に命を懸けているとはいえ、独楽石も良識ある人間だ。人間を実験台にするような事は極力避けていた。かつて独楽石の神童とまで呼ばれたスピナトップはそれを鼻で笑い、外道に落ちたために退魔師の世界から追放、一転して追われる身となった。
研究者と言えば目的のためなら手段を選ばないイメージがあるが、少なくとも独楽石家は人道に悖る事をせず、それでいて結果は残してきた。しかし、何事にも例外はあり、だからこそ恐ろしい極端さというものもある。
独楽石の倫理も絶対ではない。必要とあらばどこまでも残酷になれる。
ごく稀にではあるが、裁判にかけるのも憚られる程の大罪人や、人の道を外れた退魔師などは六家の裁量でその処遇を決める。
有効利用……と言って良いのかは分からないが、独楽石ではその手の人間で人体実験を行う。それらは実験の性質から幾つかに分類され、楽に死ねるものから果てしなく残虐なものまで存在する。特に残虐なものになると、大罪人だと分かっていても気後れするような行為のため、独楽石の歴史でも未だ三桁の人間にしかなされていない。
樫木がその三桁に加わるのがどれ程の事態なのか、容易に想像がつくというものだ。
「分家とはいえ、五行の人なんですよね? いいんですか? あんなのでも家の血が入っているでしょうから、そこから情報が漏れたりとかは………」
「一樹様が直々に進めた話だ。ありゃ相当キレてたぜ? それに五行家には隠さなきゃならねぇような重大な秘密は無ぇからよ。秘伝の『幻化』ですら、その気になれば誰だって覚えられるものだしな。四宮の『色装』は最低でも血による縁が必要らしいが」
「まぁ、そうなんですが。一樹さんって怒ると恐いんですね」
「樫木の件は特例だがな。それに、後で判った事なんだが、葉の嬢ちゃんと仁科家の縁談話にも一枚噛んでやがったらしい。そりゃ怒るわな」
「葉さんの婚約の話ですか? 相手の事は知りませんが、複雑な問題でも?」
飛英の表情がそこでスッと消え、心底から忌々しそうに舌打ちをした。
泥を口の中に捩じ込まれたかのような渋い顔になり、一瞬で機嫌が悪くなったと分かる剣呑な空気を漏らす。余程、嫌な事を思い出したようだ。
「複雑な話なんか無ぇよ。相手は仁科 亮っていうクズで、そいつが樫木を使って葉の嬢ちゃんに“呪い”を運ばせたってだけだ。奴以外の子供が産めなくなるっていうな」
「!!」
鶫ですら、聞いただけで殺意を覚える胸くそ悪い話だ。
葉とは何度か話したが、そんな深刻な悩みを抱えているなど感じさせない明るさ、気さくさだった。
いい人だ。それなのに………
ギュウッ
無意識に手を握り混んでいた。目の前にそいつが居たら、殴るのに加減など出来なかっただろう。
「そいつは臆面もなく、一樹様に話を持ちかけた。葉の嬢ちゃんはそれを受けた。仁科家との縁談なら悪くはないだろうって、笑って言うんだぜ? それ以上に泣きそうだったけどな」
「……五行家は報復しなかったんですか?」
「表向きには厳重な抗議と圧力をかけまくったが、相手に堪えた様子は無い。まぁ、ここだけの話、裏ではしっかり戦争の準備をしているが。ストーカー一匹とは言え、五行家を敵に回したんだから、思い知らせてやらねぇとな」
何もしていない、と言われなくてホッとした。もしそうなら、これから一樹をぶん殴りにいっていただろうから。
その後、ホクホク顔で壺を抱えて戻って来た公浩と合流してから“社”の一室に戻り、翌日の出立の準備を進めた。
その時には、五行家の陰謀に、まさか自分が引き摺り込まれているなどとは、今の公浩に知る由はない。




