第71話 虎とトラととら、時々くもり
正直、自分でもどうかとは思います。
フラグの立てすぎ? これなんてエロゲ? うっす、いつかはツッコまれると思っていました。
とりあえず、着地だけでもブチギレられないようにはしたいと思います。
「………………(ちら)」
高山虎太郎は横目に二人を見やる。
「ぅにゃ………」
片や、猫耳?と尻尾?を持つミニスカメイド。
『クックック』
片や可愛らしい翼を生やし、赤と黒の稲妻のような模様の入った虎……の、ぬいぐるみにしか見えないランクSSS。
戦況は虎太郎には全く理解できないものへとなっていた。
猫耳メイドこと、咒水虎子は不敵に笑うヴォルフラムになんとも言えないプレッシャーを感じている。
この戦いも、そろそろ決着だろう、と。
『某を相手に良く戦ったと誉めておこう。しかし、所詮は猫。虎たる某には歯が立たないのも道理よ』
通訳………
「ふん、にゃ。その外見で虎を名乗るとは片腹痛いにゃね。C○AMPから訴えられても知らないのにゃ」
二人の睨み合いによって空気が張り詰める。
虎子は言う……「でかい事を言うのはトラに勝ってからにゃ」と。
ヴォルフラムは言う……『ならば見せてやろう。極寒の一撃を』と。
ヴォルフラムはついに、その札を切った。
『受けよ! 我が女王の気紛れを!』
「にゃ…………ふにゃあああ~~~!!?? トラの高コストドラゴン軍団が、一瞬で雪だるまにぃーーー!!」
「………………」
鬼王神社、社務所を兼ねた居住スペースにて、虎太郎はコタツに足を突っ込み、その横で向かい合ってスマホの対戦ゲームをしている虎子とヴォルフラムの会話の仲介をしていた。
虎子は打ちひしがれ、ヴォルフラムは後ろ足でちょこんと立ってテーブルの上に上半身を乗せながら、よく分からない器用さを発揮してスマホの画面を操作している。
「あのぉ~~」
「なんにゃ!? 今取り込み中にゃ!」
「あ、いえ………テトラちゃんは――――」
「気安いにゃ! 今はプライベートにゃからテトラさんと呼ぶのにゃ!」
ゲームの対戦で負けているから機嫌が悪いのは分かるが、メイド服というバリバリの仕事服を着ながら言われても説得力が無い。面倒臭くなりそうなのであえて言うことはしないが。
「テトラさんはなぜ阿刀田にいるんですか? まさかまだ厄介事が残ってたとか………」
「用事なら大いにあるにゃ。でなけりゃこんな面白味の無い町に来るはずが無いにゃよ」
虎太郎は一瞬カチンと来たが、考えてみたら阿刀田には思い付くような名所や特産があるわけでもなく、さらには自然が豊かなわけでも都会のように娯楽が豊富というわけでもない中途半端な田舎だ。
地元民である自分ですらあっさり納得できてしまう哀しさに泣けてきてしまう。
「今度この町に『りゅうのあにゃ』の支店がオープンすることになったから、初動の陣頭指揮に来たのにゃ」
「は、はぁ、メイド喫茶……でしたか? この町でそんなけったいな―――こほんっ………奇抜なお店ができると浮いてしまうと思いますけど。どこにできるんですか?」
「住宅街寄りの国道沿いにゃ。ふにゃあ!? スペルブーストでダメージ15も加算するなんてあんまりにゃ!! もっかいにゃ!」
「……あれ? あの辺りには僕らの行きつけの喫茶店が………」
「にゃあ、その店を買い上げたにゃよ」
「はあ!? え、ちょっ……僕が生まれる前からあったお店ですよ!? マスターだって――――」
虎太郎の父の友達でもある気のいい穏やかなマスターがやっていた店だ。退魔師の業界についても理解のある良い店だったのに。
あの喫茶店が無くなったらギーネの肥えた味覚を満足させる甘味を手に入れるのが難しくなるじゃないか!
「あのシャレたおっさんなら『りゅうのあにゃ』で雇い入れたにゃ。今では阿刀田店の家宰にゃよ」
「ぇぇ………」
虎太郎の顔がなんとも言えないむぎゅうっとしたものになる。お茶をしに行きたいけど、メイド喫茶というだけで今後通い難くなったと感じていた。あの落ち着いた雰囲気も好きだったし。
「あと、合法なツインテと本業が執事なオールバックもバイトとして雇っておいたにゃ」
「ぇぇ………」
あの二人なにやってるんだ。ていうかいつのまにそんな話に? 自分抜きでどうやって意思疎通したのだろう。
「なんなら虎太郎もどうにゃ? もうギーネと長く離れていられない体になってしまったのにゃから」
「誤解を招く言い回しはやめてください! 確かにギーネと長時間離れるのは問題だし、出来るだけ神社には居てほしいですけど、バイトくらいの拘束時間なら居なくなるのはいつもの事です。それに彼女の魔術結界は確かですから。僕は学校以外は神社の管理をしなければいけませんし」
『なんだ、封印石の話か? 案ずるな虎太郎。陛下が不在の時は某が詰める事になっている。のんびりガチャを回してサーヴァントでも育生しながら過ごす事になるがな。それと………某はビショップのデッキも強いのだ!』
「ぎゃてぇ!? カウントダウンでゲームに強制勝利とか反則にゃ!!」
ちなみに、虎子は無(理の無い)課金派。ヴォルフラムは訓練された課金兵だ。
『だが、また何かあってからでは手遅れになるやもしれぬ。虎太郎、お主も例の力の修行は怠るなよ?』
「………分かってるよ。でも、アレをするとギーネの機嫌が悪くなると言うか………」
『うむ。どうも黒沼某とやらが西国の大戦に駆り出されてSNSによる連絡が無くなってからと言うもの、さらにヘソを曲げておられるようだしな。あの様子を見るたび、某はお主を心底情けなく思うぞ』
「えっ、なんでさ?」
『……あの黒沼某とやらよりずっと長い時間を過ごしているというのに、瞬く間に好感度を抜かれてしまうなど、情けないと言わずなんと言う? お主の立場は言うなれば、NTRというやつだ』
「なっ!? 妙な勘繰りはやめてよ! それに、ギーネが黒沼君に特別な感情を持ってるって、ヴォルフラムはそう思うの?」
ピクピク Σ(ФωФ)
虎子の猫耳が虎太郎の言葉をキャッチし、反応する。
他人のそういう話には興味津々な虎子であった。
(¬ω¬)ジ~~~
『いや、某の所感ではあるが、まだそこまでは行っていないだろう。だが黒沼某と文字のやり取りをしている時の陛下は、実に楽しそうだ。それを思えばあの黒沼某………モテるな』
「うっ……そうなると、僕が修行で、その………スキンシップが増えるとギーネの機嫌が悪くなるのは………」
『お主が嫌われているのではない。ただ、陛下も慣れない感情を前にして思うところもあろう。あの方の心は………未だ幼いのだ』
ヴォルフラムの声音が僅かに暗くなった。
黒沼公浩に悪気があるわけではないのは十分に理解している。しかし、まだ少女のように不安定な心のギーネに、脈が無いと分かっていて気を持たせる公浩に対し、ヴォルフラムは反感のような感情を抱いてしまうのだ。どんな手管かは知らないが、文字のやり取りだけでギーネの好感度を安定して獲得できる男だと思うと、心穏やかでいられなかった。
その点、半年近く一緒にいて友人止まりの虎太郎は、まだ無害で安心して見ていられる。
ギーネにどうなってほしいのか、どうなればヴォルフラムは満足なのか。その辺りが、どうにも煮え切らない。
『いっそ、陛下が恋に破れる前にお主が射止めてみてはどうか? それはそれで釈然としないが………黒沼某とやらは必要以上の傷を相手に残す質と見た。恋愛での挫折など、知らずに生きられるのならそれに越した事は無いだろうからな』
「僕は………無理だよ。僕には僕の想いがあるんだ。それをギーネとなんて………」
『陛下の器量はお主も知っていよう。何が不満だ』
「不満とか、そう言うのじゃないよ。でも、いきなりギーネを恋愛の対象として見ろと言われても………」
『……まぁ、某も本気で言ったわけではない。単なる例え話だ。それに、陛下が男なんぞに躓いたくらいでダメになるとも思わんしな』
「躓く事を前提に予想してるけど、悲観ばかりじゃ人生つまんないよ? ギーネなら、案外なんとかなるかもしれないし」
『………だと良いがな』
「………………」
虎子はただ黙って虎太郎の言葉と、ヴォルフラムの言葉にこもった感情を読み取った。
公浩の恋愛話だが、虎子は終始穏やかに、完璧な中庸の心持ちで二人を眺めていた。
正直、虎子にとって公浩の色恋など、興味はあれど積極的に関わりたくはない。
しかし、公浩は良きビジネスパートナーでもある。下らない問題は極力避けて欲しいと、今はそれだけを思っていた。
★
『………むぅ~~~』
神社の境内、社殿の屋根に腰掛け、ギーネは時おり思い出したようにスマホを取り出し、SNSを警備して返信がないか確認している。
しかし期待しているような反応はここ数日殆ど無い。
現在、公浩が忙しいのは聞いていた。それでも暇を見つけては、わざわざ調べたと言うドイツ語で律儀に気の利いた文章を送ってくれるのは、とても嬉しい。
でも………………………少し寂しい
そもそも、なぜ自分はここまで黒沼公浩に入れ込んでしまったのか。
優しくされたから? ……………違う。自分はそこまで愛情に飢えているわけではない。優しさなど珍しくもない。
顔? 性格? ……………それも違う。公浩はどちらかと言うと童顔で好みとは違うし、性格も嫌いではないという程度だ。それ以前に、最近は文字のやり取りだけなので、どちらの要素も確たるものが伝わってこない。
では強さや能力か? ……………卓越した有能さは認めるが、はっきり言って、だから何だ……という感じだ。
窮地を救われた事による補正? ……………無くはないが、理由としては弱すぎる。自分はそこまで単純ではないのだから。
だが、公浩の言葉……文字には不思議な魅力があるのだ。
いっそ魅了系の魔術に掛けられていると言われれば大きく頷いて納得するところなのだが………弱体化しているとは言え、そこまで間抜けでもない。
いったいいつから? どうして?
考えても答えが出ない。それもそのはず。
ギーネはまだ完全に公浩を好きと言える段階ではないのだから。
好きの一歩手前とは言え、未だ友情とも愛情ともとれる半端な状態で好きの理由を探しても、『これだ』と言えるものが見つかるわけがないのだ。
だが、それでも切っ掛けは間違いなくあった。
それはある日、他愛のない雑談をしていた時だった。
★
『た~いく~つな~のじゃ~~』
社殿の屋根の上で大の字に倒れ、空を見ていた。
雲の流れが速い。寒空の下、冷たい風がピューピューと吹き、雲を運んで来ては散らし、または運び去りを繰り返している。
……………さぶっ、なのじゃ
なんで自分はこんな寒い中、屋根で寝転がって雲など見ているのか。それは単なる気紛れだと思い出した。
ランクSSS、最強クラスの“悪魔”として存在していた自分は、暑さや寒さ、暗さや眩しさ、痛み苦しみなど、過度な不快感とは縁が無かった。
故に普通の人間の女の子程度まで存在を落とされた今、ただ寒いという感覚でさえ物珍しい。
だがそれにも限度というものはある。
流石に何時間もいては飽きるし、太陽が上りきっていた時より気温も下がっていた。人間並の肉体では下手したら体調を崩してしまう。
手足は凍え、頬の感覚が無くなりかけ、体のどこからかチクチクと痛みを覚えたりもしている。
目新しいとは言え、不快な感覚など知らない方が良い。寒さならまだしも、暑さやジメジメとした湿気はさらに不快で、もう既に懲りていた。にもかかわらず、今度は寒さについて知りたくなってしまったのは、好奇心に抗えない自分の責任だ。
冬入り前には祓魔師らと事を構えていたため、余裕ができてからは存分に暇潰しに明け暮れていた。
その方法に若干の後悔をしながら。
『おっ、あの雲はソフトクリームみたいじゃのぉ』
屋内に入ろうと立ち上がりかけた時、流れる雲の中にそれを見つけた。
力を封じられてから今日まで、その事実を快くは思っていなかったギーネだが、唯一良かったと思えるのが『味覚』だった。
それまでも味が分からなかったわけではない。だが、人間ほどの感受性ではなかったのだと気付かされた。
こうなる前は酒が好きだったのだが、今では甘いものの方が好きだ。
肉体に引き摺られているのか、味覚が少し子供っぽくなった気がする。
感性もそれに近く、ほんの一瞬とはいえ寒空の下にギーネを縫い止められたのは、好物の形をした雲を見かけて珍しがるという、その無邪気さ故だろう。
そしてその一瞬が、ギーネに切っ掛けを与える発端となった。
ヴゥ~~ ヴゥ~~
無造作に横に置かれたスマートフォンが振動している。
仁科黎明から連絡用にと買い与えられた物だ。
雲に気を取られて足を止めていなければ、気付かずに置き忘れていただろう。翌日は雨だったし、壊れていたかもしれない。
ただ雲の形が面白かったというだけの他愛の無い慰みだった。だからこそそれは、たったそれだけの小さな感動を強く際立たせた。
『黒沼じゃと?』
SNSでメッセージを送って来た相手は黒沼公浩だった。
以前、家臣になれと誘ってみたが、当然の如く断られた相手だ。
中々に有能そうだったし、お気に入りの下着まで見せてしまったのだからと、割りと本気で誘ったし連絡先も交換したのだが、最近の人間はどうも誰かに忠義を示し難くなっている傾向がある。まぁ、昔だってすぐにうんと頷く者は少なかったが。
そんな公浩から届いたメッセージは、まず最初に
こんなの見つけましたσ(≧ω≦*)
あっ、ドイツ語調べて書きました
(`・ω・´)ゝキリッ
……………?
次いで送られて来たのは、なんの変哲も無い雲の写真だった。
偶然にもタイムリーなネタだったが、これがなんだ? そう返信する前に、公浩が補足を加えた。
ギーネさんに似てますよね(*´∀`)
……………??
言われて、この姿になってからの自分を思い出してみる。鏡で見た自分はどうだったか。
………………言われてみれば、丸い雲の両側から細い雲が垂れている様子は、自分のツインテールに見えなくも………ない?
いや、見れば見るほどそうとしか見えなくなってきた。そうなると途端に面白くなり、ぷふっと吹き出してしまう。
『ククッ、なんとも下らん事で連絡を寄越すものじゃの』
こんなにも下らない事が楽しいと、今まさに感じている自分がいる。ほんの10秒前までの退屈など無かったかのように、むしろそれさえも彩られていくかのような不思議な高揚を覚えた。
きっとその瞬間からだったのだろう。
ギーネが退屈から脱け出す方法を見出したのは。
『どれ、我の見つけたソフトクリームも食らえい』
ギーネがソフトクリーム雲を撮影し、写真を貼り付ける。返信はほとんど間を置かずに返ってきた。
これもギーネさんに似てますね(*´∀`)笑
『どこがじゃ!』
それからは本当にただのおしゃべり、なんの事はない、文字による会話だ。
だが、たかだかその程度の事を、自分はした事が無かったのだと気付いた。
メールで写真を送り合い、下らない言葉を投げ合う、それだけの日常を………自分は知らないのだと。
ベネディクトやヴォルフラムといった家臣や仲間、それに敵は大勢いた。
メールや電話で話す友人もいたが、こんな………人間の少女らしい日常をくれた者はいなかった。
………黒沼公浩はいなかった
小さく、本当に小さく……世界が広がったのだ。身近な者たちが一人残らず、特別に見えるようになった。新しい世界は、全員が唯一の個人だと再認識させてくれた。
考えてみると、ここ十数年は血生臭い物しか見ていない。自覚は無しに心が荒んでいたのだと教えられた。
『久しく忘れておったわ。よし、次はコタローの変顔を送ってくれる』
その日は公浩が仕事に戻るまでの僅かな時間だけのやり取り。
しかしギーネが就寝まで上機嫌だったのは、社務所の掃除と夕飯の支度を終えて呼びに行ったベネディクトには、強く印象に残っていた。
その日から、ギーネは寒さが少しだけ楽しくなった。




