第70話 その名も『虎子デスペラード』3
一樹が八重波と交戦中、“酒呑翁”の一か八かの切り札……自爆にも等しいそれを解き放っていた。
幸円は一樹の様子を見て、問題は無さそうだと確認し、すぐに目の前に対峙した龍―――地を這う姿は蛇に近いが―――の対処に掛かる。
即座に“神託”を起動した。
「『ケラブノス』!」
先程イワナガを粉砕した金の雷を再び右手に纏う。
“酒呑翁”を狙った『ケラブノス2』で傷を負った様子が無いことから、それ以下の威力しか持たない“神託”では効果がないだろう。
目の前の龍を無視して“酒呑翁”を狙うのならそれも良いが、幸円は本能的に悟る。コレはこの場で滅ぼしておかないと、梵天丸に匹敵する被害を齎しかねないと。
それは最悪、“酒呑翁”を逃してでも倒すべき災害だ。
幸円は2回しか使用出来ない『ケラブノス』をここで使いきってでも、決着を急ぐ。“酒呑翁”は術符らしき物に必死に通力を送って制御をしているのか、その場を動く様子が無い。
漆黒の龍は接近する幸円に対し、塒を巻くようにしていた胴体、その尾の部分を鞭のようにしならせて縦に振り下ろした。
「っ!」
幸円はそれを横に跳んで躱し、地面が隆起するほどの衝撃と轟音を置いて龍の真横を駆け抜ける。
イワナガ同様、零距離から最大の一撃を与えるために、大抵の生物の急所である頭部を目指す。
この攻撃が通じなければ、幸円に打てる手は殆ど無い。後は距離を置いて控えている“御庭番”たちの援護に回りつつ、連携して対処するしかなくなる。
出来ればこれで倒れてくれと祈りながら、幸円は『ケラブノス』の間合いに漆黒の龍を捉えた。
「『1 解放』」
――――――~~~~~ッッッゴォオン!!!
金色の雷は確実に龍の頭に打ち込まれた。
ここまで抵抗らしい抵抗も無く辿り着いた事に妙な違和感を覚えたが、雷を食らった瞬間、龍は甲高い悲鳴を上げたのを見て、幸円は確かな手応えを感じた。だが、
「ぬ、おぉ~~~~!? なんちゅうじゃじゃ馬じゃ! 数秒程度の制御も効かんとは!」
言うが早いか、“酒呑翁”はその場から全力で逃げ出した。
それに反応して、控えていたチンピラ……“御庭番”たちが数人、“酒呑翁”の前に立ち塞がる。
幸円もすぐさま追いかけようとするも、足下の龍が身動ぎする気配を感じ、そこから跳び退いた。
「効いてないのか!?」
龍にとっては僅かな身動ぎだったのだろうが、その動きによって龍の頭部から伸びる数メートルの角が振り回され、尖端部分が幸円の足を切り裂く。
「――――っく!」
幸円は着地の所でバランスを崩し、回避が一瞬遅れた。
地を舐めるように振り払われた龍の尾の真芯に捉えられ、“御庭番”たちも巻き込んでその体を空高くまで打ち上げる。
「がっっっ!!??」
八重波ほどに体捌きに習熟しているわけではない幸円では空中で体勢を立て直す事が出来ず、凄まじい衝撃に体を持っていかれた。
その様は白球が場外ホームランを受けたようなもので、幸円はかなりの距離を運ばれ戦線を強制的に離脱させられたのだった。
ちなみに、直後に同じような攻撃を受けて八重波が夜空に舞う事になったが、幸円とは打って変わって、それは八重波と“酒呑翁”の逃走の一助になるとは、退魔師たちにとっては間が悪く、運も悪かったと言えよう。
そして現在、漆黒の龍は狂ったように暴れ回っていた。
KyyySYeeeAAAAーーーー!!!
「くそっ、幻術に見向きもしない! 飛英! 止められるか!?」
その巨体が暴れるだけで地形が変わり、同時に漆黒の体を中心に吹雪や落雷が一帯に猛威を振るっている。それは一樹が使っていた幻術とは違い、圧倒的な暴力で出来た本物だった。飛英はその合間を縫うように水の弾丸を放ったり、運良く接近に成功して斬りつけたりするも、悉くが漆黒の鱗に跳ね返されている。
「何度もやってるが無理だ! あと幻術が効かないならあんたは退がってろ!」
接近が難しく、近接向きの“御庭番”たちは動くに動けないでいる中、戦闘民族顔負けの脳筋集団において数少ない遠距離の顕の使い手は困惑していた。
「ひゃはっ!? やっぱダメでさぁお頭! 離れ過ぎるとあのデカブツが見えねえ!」
そう、漆黒の龍の固有能力なのだろう、一定以上の距離を置くとその姿が消えるのだ。
あれだけの巨体でありながら、ある程度近付かれるまでその姿を見付けられないとは。
龍を中心に起こっている吹雪や落雷は範囲が広く、位置を特定するのに役立ってはくれない。それらの範囲内にいればギリギリ視認出来るが、その外に出れば見失う。高火力の範囲攻撃なら辛うじて届くだろうが、吹雪や落雷がその威力を殺し、ダメージが通らない。
かなりの難敵。実にイヤらしい能力だ。
一樹と八重波が戦っている場所からそれほど遠く離れていないのに、そこにいた退魔師たちの視界にこれだけの巨体が収まらなかったのはこれで納得できる。
そしてこれは使い手にとってもリスキーな能力だ。
“酒呑翁”が匙を投げる程に制御が難しい龍。にも関わらず、暴走の危険が大きい式神の側で、制御を手放さないための条件である視認をしながらの操作をしなければならない。微風ほどの振動で爆発する爆弾を体に巻き付けてフルマラソンを完走する方がまだ容易だろう。
今この時点ですら、その力の半分も出しきれていない漆黒の龍が、真の災害を振り撒く前に逃げられた“酒呑翁”は本当の意味で運が良かったのだ。
「ちぃっ、俺達は見てるしか出来ないのか」
吹雪、氷塊、落雷、その場に留まるだけでも危険を伴う龍の領域。一樹が未だに安全圏まで退かないのは、見届けるためだ。
破壊の嵐をものともせず、そこに集まった退魔師ちの中で唯一、漆黒の龍に肉薄出来る存在を。彼女たちが勝つ事を信じて。
「鶫さん! 尻尾押さえて!」
「分かりました!」
龍の領域を赤い軌跡を描いて縦横無尽に駆け回るのは四宮鶫。そして小早川秋だ。
鶫が暴れ狂う龍の尾を、『重装剛気』による『色装』の重ねがけで強化された肉体で蹴り抜いた。
ドゴオッッッ!!
龍の尾を地面に叩き付けたことにより出来た隙を突き、小早川が『色装の赤』と、『魔光剛衝鎧』を顕した脚で漆黒の龍を胴体半ばから蹴り上げた。
本来、『剛衝鎧』は肉体へのダメージと引き替えにあらゆる防御をも貫く威力の攻撃を繰り出せる技だ。触れる物は例外無く破壊してしまう。故に、小早川のように脚部に装着しようものなら地面も踏み抜いてしまい、まともに歩く事すら出来ない筈なのだ。
しかし、四宮の傍流である小早川秋は『色装』に一定以上の才能を得るも、適性という点では平均を下回るものだった。
小早川秋は『色装』をかなりの高水準で発顕させられる。ただし、元来の通力の性質や量、肉体との相性などが、繰り出せる威力の絶対値を引き下げていた。
それは才能に見合わぬ大きな欠点だったが、小早川秋はそれを上手く戦闘に活かし、噛み合わせる事に成功したのだ。
『剛衝鎧』こそが、その結実たる技。リスクが大きい捨て身の技を、適性が無いために出力が低い事を利用して、発生すべき反動が無くなるよう顕を調整して見せた。本来の威力は殆ど損なわずにだ。
裏技に近く、まっとうな四宮の人間なら邪道と罵る所だろう。それは分家ですらない小早川秋には過ぎた技だと妬みを覚えつつ。
当然ながら、鶫には共感できない連中の話だ。鶫は小早川を最大限の尊敬を込めて見ていた。
「忌々しい口縄め! ボールギャグの分際でっ、女王様二人に足蹴にされて嬌声一つ上げられないの!? おら鳴け! 鳴きなさいブタ!!」
……………共感できない部分も無いことも無いが、総じて小早川は頼りになる人物だった。
「ナマイキに硬いわねっ! 重いしっ――――くっ!?」
吹雪、落雷と続き、今度は口から火を吹いた。それは熱線といった高密度のレーザーではなく、ナパームのようにしつこく粘りつく超高温の火だ。それを広範囲に撒き散らしだした。
「ギャアアアーーー!! ヤケドしたあああーーーっ!!」
「ここまで飛び火してきやがった!?」
「散れ散れーーー!!」
「だれだ!? 俺を盾にしやがったのは!!」
「俺を踏み台にしたぁ!?」
「アッーーー!!」
いろんな意味で酷い光景が繰り広げられていたが、鶫と小早川の『色装』の上からでもかなりの熱を伝えてくる攻撃だというのに随分と余裕な奴等だった。
GYeEeAAaAaaAーーー!!
漆黒の龍は火を吐きながらのたうち回り、自らにも火が降りかかるが、それ自体は全く堪えていないようだ。
鶫も小早川も、攻撃の手応えから同じ結論を抱いていた。
あの漆黒の鱗から奥へダメージが通った様子が無い。
『色装の赤』による打撃、『色装の黄』による衝撃やダメージの直接的な蓄積。小早川の『剛衝鎧』でも結果は同じだった。
受け流されているようには見えない事から、ある種の結界に近い能力なのだろう。ダメージそのものが完全に遮断されているようだ。
(小早川さんの攻撃でも通らないとなると………)
鶫に打開の切り札が無いことも無い。
ただ、正直、成功するかは微妙だ。『重装剛気』や『剛衝鎧』をものにしたような感情の爆発が奇跡的に噛み合った時とは違う。未熟だった精神状態の時に出来て、少しは成長した今だからこそ出来ないとは皮肉な話だと悲しくなってくる。
だが、どうせ打つ手が無いなら試してみる価値はあるだろう。
鶫は意を決した。
「小早川さん! 10秒………いえ、やっぱり20秒ください! 一つ試してみます!」
「――――! なんとかしてみるわ!」
鶫が集中のために一旦『色装』を解除したのを見て、小早川もその意を汲んだ。
一撃でも食らえばかなり手酷いダメージを受けると理解しているだけに、鶫の行動には覚悟と、そして小早川への信頼が表れていた。
小早川は動きを止めた鶫から漆黒の龍を引き離そうと、損傷を与えるより押し出すことに切り替え、その巨体を徐々に押し込んでいく。
「――――、――――――、――――っ!」
小早川の背後では鶫が身動きもせず、それを試みる。その口元だけが僅かに言葉を紡いでいるのだが、小早川にそれを見ている余裕は無い。
漆黒の龍は蚯蚓のようにのたうつだけでも敵を損耗させられるのだから、小早川としても一人ではそう長くは押さえておけない。
かなり無茶な足止めで小早川にも傷が増えていく。さらには吐き出される火に呑まれ、いよいよ苦しくなってきた時だった。
「ドMのくせに蝋燭は苦手か?」
飛英は粘りつく火の海を、水の刃の一振りで小早川の周囲から消し去って見せた。
どちらかと言うと対人戦闘向きの飛英が、この場面で出来る数少ない援護だ。
「私は飛英様でないと不感症なので」
二人の通じ合った笑みが戦場にて交差する。
この時点で10数秒。既に一度失敗し、鶫の試みも最後のチャンス。
そしてそのチャンスを、鶫は見事にものにした。
戦場に浸透するように、不思議と遠くにいても耳に届く声が、世界へと繋げられた。
『As flies to want on boys are we to the gods.
They kill us for their sport.』
神々の手にある人間は、腕白どもの手にある虫と同じだ。気紛れゆえに殺されるのだ。
そんな一文を、最後の最後で詠みきった。声を聴いた者は、思わず聞き惚れる程に澄みきった綺麗な声だった。
『Indicate……King Lear!』
指し表されるは『リア王』。
顕れ出でるのは神と、腕白の腕。
漆黒と純白のガントレット。左右合わせて目の前の龍の胴回りをも包み込める大きさの腕が、何も無い空間から鶫の傍らに寄り添うように出現した。
「成功しましたっ、先輩!」
この土壇場に来て鶫の、現段階では最高の戦闘が戦場を支配する。
★
「接続術式とはな。しかし………」
一樹も接続術式に詳しいわけではないが、それは当然の危惧だろう。
接続術式は総じて常識はずれで馬鹿げた性能を発揮する。
しかし、だからと言って接続術式一つで災害級に匹敵する敵を前にした事態を、そう簡単に好転できるとも思えない。
鶫はあの腕で何をするのか。どんな力を振るうのか。
自分に出来る事の少ない状況に歯噛みしつつ、一樹が思考を巡らしていると、思わず「えっ」と声を漏らす光景を見た。
実にシンプルだが、それでどうするつもりなのか。
KiSyaaaAaaAーーー!!??
漆黒の龍の胴体を鷲掴み、漆黒のガントレットが80メートルはある巨体を持ち上げては地面に叩き付けてを繰り返している。
その度に結構な大きさの地揺れが起こっているが、これでは直前まで暴れていた龍と大して変わらない。
確かに圧倒的な力を振るい、足を止めさせて身動きも封じている。ただ肝心なダメージがやはり通っていないようだ。
漆黒の龍の体力が衰える気配はいまだ無い。
……………? いや、そうでもない?
漆黒の龍は徐々にだが、その力を弱めていく。吹雪は規模を縮め、落雷は数と威力を目に見えて落とした。
「攻撃力そのものが減少している?」
振り回されている中でも、その暴れっぷりは健在だ。
鱗は地を削り、顎は大岩を噛み砕き、一本角は風を切り裂く。
ただし、そこから発せられる脅威自体が剥がれ落ちていた。
そして強固に思えた漆黒の鱗も、ついには土の地面に叩き付けられただけで剥がれ、砕けた。
「あの時、先輩にこれを使われなくて良かったです」
鶫は告白の日以降、後で驚かせるつもりで隠れて接続術式を練習し、使いこなそうと努力してきた。
最初こそ、使えればラッキーくらいに思って始めたが、一度発顕に成功してしまってからはのめり込んだ。
公浩が使って見せたこの『リア王』は、鶫にはとても相性の良い術だったからだ。
能力の本質を理解した時は内心ひやっとさせられたが、自分に勝つためにこの能力を使わなかった公浩に、やはり好感を持った。例えそれが公浩の身勝手な理由だと解っていても。
先程から龍を絞めて叩きにしている漆黒の腕の能力自体は、単純に『弱体化』だ。単純でないのは、その『弱体化』が生命レベルで、しかも弱体という概念そのものを付与されるところだろう。
簡単に言えば、その弱体は微弱な死を際限無く与え続ける事だ。相手が死ぬまで。
対象に触れ続けるか、効果は弱まるが対象の近くをフワフワ飛んでいるだけでいい。それだけで相手を殺せてしまう術を、公浩は使うのを躊躇った。しかし、今の鶫に同じように躊躇う理由は無い。
相手を死なせるまで術式を維持するだけだ。
とは言え、流石に“世界型”接続術式だ。発動にも手間取る今の鶫では長時間の維持は難しい。
やはり待つ事無く、一気呵成に仕留めてしまうべきだろう。今ならそれが可能だった。
「『重装剛気 紅』 ×2!」
直後、純白のガントレットが紅い光の膜を纏い、本体の白を塗り潰して深紅の巨腕と化した。
純白の腕の能力は、腕を介して顕の威力、効果による影響力や範囲などを増幅させるものだ。
込める通力の量や顕の練度、性質にもよるが、例えば単純な『光矢』なら10倍ほど性能を引き上げられる。
『色装の赤』は身体強化の顕を3倍から4倍程度引き上げる。『重装剛気』ならそこから1、5~2倍。そこに『リア王』を介して2倍とすれば、ざっくりと見積もっても10倍以上の強化率になる。
鶫の練度ならさらに上昇率が高い。
『リア王』の性能は術者の能力に依存する。強化率、弱体付与率、パワー、スピード等、鶫のそれはかつて公浩が使って見せたものより幾分か性能が上回っていた。
さらに、『リア王』を介す事によって本来なら負担の大きい技、『剛衝鎧』等をリスク無しで使えてしまうという反則染みた事も出来る。
もっとも、これだけ弱らせた敵にはそこまでの必要も無さそうだが。
「止めを刺します! 衝撃に備えてください!」
鶫の呼び掛けに小早川と飛英は即応し、ほぼ傍観するだけとなっていた位置からさらに距離を取った。
「『紅爆拳』!!」
四宮で使われる技の一つ、上空から打ち下ろされるそれを強化に強化を重ねて史上稀に見る威力へと昇華させた。
KISyaaaAAAAaaaa――――!!??
拳が着弾する刹那、静寂が戦場を包み込んだ。
が、次の瞬間には静寂だろうが爆音だろうがどうでもよくなるくらいの衝撃が地を揺らし、空気を震わせた。
その晩、鶫は梵天丸―――と市花―――に次ぐ破壊力を記録した。
鶫としても試すのは初めてで、まさかこれほどの威力がでるとは思っておらず、「え?」という顔をして爆風に巻き込まれている。危うく星になりかけたが、地面を不様に転がり回る前に駆け付けた飛英に拾われて事なきを得た。
自分と同じように爆風の圏内にいたはずなのに、全く動じずこれだけ動けるというのは………若干悔しい。
ちなみにお姫様抱っこではなく、脇に抱えられる形。奇しくも逃走を許した八重波と同じだ。
飛英としてはお姫様抱っこで運ぼうとしたのだが、咄嗟に思い留まった。恋する四宮家の女は後が恐いと直感的に感じたからだ。
「ありゃあやり過ぎだぞ、嬢ちゃん」
「ま、まぁ……はい」
爆心地から離れた所で降ろしてもらい辺りを見回してみると、あのヒャッハー共でさえ息を飲んで覗きこむ程の大穴が現れていた。
鶫も後でお叱りを受けるのではと内心落ち着かない。
元は更地同然の郊外だったとはいえ、流石にこれでは心配にもなる。
無論、敵は倒した。それは一目瞭然だ。
見ると30メートル程の深さで、100メートル程の広さの大穴の中央には、先の龍の頭部から伸びていた角が突き立っている。なにやら柄のような部分があり、それを見る限りあれは、
「騎士槍……いや、柄の形からして剣、か?」
とにかく、よく分からない物が残った。
と、それの回収も含めて一樹が指示を飛ばしているが、どうも地下がどうとか救出がどうとか叫んでいる。誰か生き埋めにでもなったのだろうか。
「飛英様。どうやら祓魔師が数名、“酒呑翁”と交戦中に地下空間に落とされた模様です」
「ああ……連中か」
飛英はチラッと鶫に目線を送ると、どうしたものかと逡巡したが、まぁいっかとばかりに軽く頷いて話を始めた。
かくかく然々。“吸血貴族”の件で大聖堂から退魔師協会……というより、情報収集や操作に長けた五行家に協力を要請したことから始まり、国内の“吸血貴族”の殲滅や仁科黎明が枢機卿派に貸しを作った事など、部外秘の情報をぺらぺらと教えてくれたのだ。
最初こそ飛英のそのあっさりとした姿勢に戸惑いはしたものの、話を聞く内にそれらの情報の鮮度がそれほどでもなく、知られても問題が無さそうな事に気付いた。今となっては少し調べれば手に入れるのはそれほど難しくない情報を信頼を置く鶫へと話してくれたのだろう。それに、もう一つの理由もその内やってくるだろうから。
「そもそも今回の戦、かなり際どいものになるとお上は予想していた。内通者のせいでろくに連携取れなかったから仕方ないんだが、遊撃の内部監査が忙しいのなんの。おまけに外野までが遊撃化してちゃカオス過ぎんだろ」
「外野……それって………」
「ああ。今回は仁科黎明が色々と手を回していた」
仁科黎明。
五行家の主導で勝利した今回の戦争。本人の有能さは言わずもがなだが、いくら一樹が有能だと言っても限界はある。各地の根回し、人材のやり取り、前線への指示。それらを一樹だけでやれるかと言えば、恐らく無理だろう。三王山家が協力的だったとしてもだ。
そこで、仁科黎明が裏で力添えをしていた。
人材を出し渋る“社”や退魔師の旧家名家の尻を叩き、圧力を与えるという仕事を。
結果、“日計の毒”を裏で先導する“真ノ悪”、そして五行家を裏から支えた仁科黎明の影を警戒した“吸血貴族”への牽制にもなった。
裏で糸を引くのではなく、打ち合せ無しの完璧な連携と言うべきだろう。
「お、連中どうやら無事だったみたいだな。秋、ウチの者ん共に通達しとけ。肝心な所で戦力にならなかった間抜け共を見かけたら笑えと」
「あまり気が進みません。その命令に背いたら、お仕置きしてくれますか?」
「おい秋、くだらんこと言ってると、冗談抜きにお仕置きするぞ」
「………………おっぱい」
「てめぇ! なに本当にくだらねーこと言ってんだ!?」
飛英と小早川のやり取りを見て、鶫は戦いの終わりを実感する。
今日は色々と疲れた。早く愛しい人に逢いたい。
公浩の事だから、きっと鶫の事で少なからず負い目を感じているだろう。少なくとも飛英の話を聞く限りでは。
いっぱい甘えてしまおう。ワガママも許されるかも。肩を抱かれて手を握られながら頭を撫でてもらったり。おっといけね、鼻血が………。
鶫は公浩が自分に抱く負い目や正体不明の優しさは愛情の一種だと割りきることにした。
公浩を好きでいるためなら負い目だろうがなんだろうが全て飲み干す。鶫の公浩への想いはもう一段、違うステップへと踏み外した。
鶫の想いと、別の誰かの想いがぶつかるのは、それからすぐの事だった。




