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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
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第67話 その名も『虎子デスペラード』

「ほっほっほ。これは参ったのぉ」


 まるで困った様子の無い“酒呑翁”。それを包囲するは一樹と祓魔師4人。

 酒呑と名が付いていながら簡易座敷で飲んでいるのは温くなったお茶だ。護衛として周囲に配置していた鬼たちは攻撃するでも死ぬわけでもなく、一様に一樹たちの存在に気付いていない。


「この数を惑わし、偽りの夢に捕らえる幻術使い……五行の当主か。想定よりかなり早いもんで仰天したわ。しかし、儂などに構っていてよいのかのぉ? あちらでは八重波が今にも退魔師たちを殺そうとしておるのに」


「貴様を追い詰めれば、“鬼王・八重波”もこちらに来ざるをえまい? それに………何やらイレギュラーな事態も発生しているようだしな」


 一樹が言うイレギュラーとは、先ほど見えた光の柱。一樹が知る限り、あれは殿町宗玄の三傑作にして、4ヶ月前に糸浦の“社”から強奪された術装……『雲斬天俯瞰(くもをきりてんをふかんす)』による攻撃だった。

 前回使用されたのは二年前。通力の充填に三年は必要なそれがたった今使われたのは何かの間違いだと信じたいが、一樹の記憶が確かなら、間違い無いだろう。


「八重波が戻って来れば、たちまちにお主らが不利になるであろうに」


「心配には及ばない。纏めて片付ける算段は付けてきたのでな」


 一樹がそう言うや否や、祓魔師4人は六角の水晶を取り出し、それを宙に放った。


聖なる加護よ(サンクトゥアリウム)


『結界柱』と呼ばれるそれらの水晶は砕け散り、広範囲に向けて悪魔を弱体化させる光を拡散する。名前が違うだけで、悪魔と同じ存在である鬼に対しても当然有効だ。

 祓魔師や聖堂騎士が使用する全ての“神託(オラクル)”……その20%を占め、いずれも高ランクの性能を有するそれらはたった一人の聖堂騎士によって製作されている。とても個人で生産できる量ではないそれらを作り出したのは世界三大魔法使いにも数えられる聖堂騎士序列5位、“賢しき金細工師(ワイズ・ゴールドスミス)”こと、メリザンド。そんな不可能な事をやってのけるからこその魔法使いの称号と言えた。

 メリザンドの領分で最も製産量が多く、また、他の“神託”製作者と比べても特に性能が秀でているのが『結界柱』だ。他の『結界柱』は全て事前に設置しておく必要があり、『結界柱』の内側に働くのに対し、メリザンドの作はその場その瞬間から広範囲をカバーでき、かつ強力。そして一番の利点は通常の物と違い、設置した『結界柱』を破壊されたりなどして効果が消える心配が無い点だ。おまけに持続時間も長い。

 欠点は全て使い捨てという点だが、それを補えるだけの生産力がメリザンドにはあった。

 それでも全体の供給は追い付いていないが、それに文句を言える人間などいるはずもない。

 そんな高品質な“神託”を惜しげもなく4つ使い捨ててでも、目の前の敵と“鬼王”は油断出来ない相手だった。


「ほっほっほ。これは弱った(・・・)のぉ」


 4つもの高性能な『結界柱』を使われて、圧倒的に弱体化した筈の“酒呑翁”だが、依然として余裕の態度を崩さない。下位の特一級の鬼なら動くこともままならないレベルの弱体化にも関わらずだ。

 現に『結界柱』の範囲内に収まり、“酒呑翁”配下で命令待ちをしている周囲の鬼たちの中には過度の弱体化で消滅する下級の鬼も存在していた。

 知能を持たない下級の鬼は、特殊な通力の波長を用いて手懐ける事が可能だ。一種の通信系に分類できる顕だが、その命令を下せる通力の調律作業を行えるのは“鬼”だけに限り、樫木が鬼を従えられたのはその周波数を教えられていたからで、さらにはその周波数の調節は上級の“鬼”なら比較的容易に行える。よって樫木は一時的に借り受けていたに過ぎない。

 一樹の幻術は幻による誤認と錯覚、そして命令系統にハッキングを仕掛けて周りの鬼たちをその場に縫い止めているのだ。ちなみに、梓も似たような事が出来るが、それは固有秘術の恩恵があってこそだった。

 さらに言うと、知能は無くとも、その存在があまりにも強大であった梵天丸などを支配する事は、同等以下の存在には不可能だ。災害級を支配するには、それを圧倒的に上回る存在が波長を調節する必要があり、それは事実上、実現が不可能を意味していた。それを考えると、曲がりなりにも梵天丸を完全に支配下に置いたスピナトップは間違いなく偉業を達成していたと言える。それも士緒に出会わなければの話だが。


「手早く片付けるぞ。コーエン、そいつらへの指示は任せる」


 一樹の言葉に了解の意を示し、コーエンは仲間の祓魔師に英語で指示を出す。


『ランクSの“神託”の使用を許可する』


 コーエンの指示を受け、目深に被ったフードを下ろした三人の男女は、外套の中から各々の武器を出して構える。

 一人目は中年ぐらいの男。顔の彫りは深く、体格は日本人の平均より一回り大きい。外套の下に着ているのはレザーアーマーと呼ばれる皮鎧で、見た目の印象からファンタジー作品でよく見られる冒険者を彷彿とさせる。武器は装飾もそれなりに施された長剣だ。

 二人目は女、30代前後。さらっと流されている髪と優しそうな印象を受ける垂れ目。それとは対照的にも思える肉感のある身体つきと、黒を基調とした胸元の開いたドレスは、ヨーロッパの貴婦人を思わせる。構える武器は白い細身の短杖だ。

 三人目はまだ10代にも見える若い男。派手な髪色で、耳や鼻、口などにピアスが付けられている。さらには服装もいかにも軽薄なそれで、全体的に一昔前のパンクなイメージだ。武器はシンプルな短槍。

 最後にコーエンと呼ばれた男。フードの下から表れた顔は黒髪黒目の明らかな日本人のそれだった。顔立ちは整っており、戦いの高揚から来るものとは違う笑みを薄く湛えている。武器らしい物は構えていないが、左右の指に目一杯嵌められた指環と、腕には手甲、金と銀の腕輪に高いレベルの華美な彫刻が施された芸術的にも価値がありそうなそれら全てが“神託”だ。

 普通、祓魔師一人が所持することを許可されている“神託”はせいぜい二つか三つで、質はともかくとして、多くても五つを超える事はない。中には教会に報告していない“神託”を個人的に入手して切り札として所持している者もいるが、基本的に“神託”は教会や大聖堂の管理下にあって、やはり数を揃える事は難しい。

 しかし、此度の大聖堂による“吸血貴族(ノーブル・ド・ドラキュリオ)”への攻勢の一環として日本に派遣されたコーエンという男は、元退魔師で、現在は大聖堂所属の実力派の祓魔師だ。実績と人格を高く評価され、多数の“神託”の所持を許されている。

 本名は幸円(こうえん) 光。海外暮らしの中ではコーエンと微妙に訛って呼ばれる事が多い。一樹は本人の自己紹介でコーエンと紹介されたためにそれが定着していたのだ。


 そんな幸円の部隊は立場上は祓魔師だが、実力は聖堂騎士に引けを取らない。一樹もそれを承知で“日計の毒”との戦いに戦力として動員している。

 それによって生じる事態の責任の所在は全て一樹にあるとしたうえでの差配だった。


「祓魔師も一枚噛んでいるとは聞いていたが、まさかこの局面で現れようとはの。寄って集ってこの老体を苛めおって、血も涙も無い連中じゃ」


「老体なら大人しく引っ込んでいれば良かったものを。戦争を起こせるような力を持った爺さんは老体ではなく、老害(・・)って言うんだよ」


 祓魔師4人が“酒呑翁”を取り囲む位地に付いたのを確認し、一樹も幻術を辺りに張り巡らせる。

 世界三大魔法使い、“五芒の幻術師(ペンタグラム・イリュージョニスト)”が戦闘準備を終えたと言う事実は、敵の五感が捉えるあらゆる事象が、完全には信用出来ない事を意味していた。


「なんとも息苦しいのぉ。『結界柱』とやらがこうも不快な代物とは。とりあえず防御に徹するぞい、イワナガ(・・・・)


『『!?』』


 誰を狙ったのかはランダムだったのだろう。突如、レザーアーマーの男とドレスの女の足下から巨大な腕が伸び、二人をあっさりとその手の中に収め、それを高々と掲げた。

 伸びた腕は軽く7メートルを越えており、地面から表れたと言うより、地面そのものが腕になっているとでも言おうか。腕の質感がコンクリートの下の地面を固めたものに見えた。

 その腕と同様の質感の何か(・・)が“酒呑翁”の座っている座敷を持ち上げるように現れ、すぐにそれが人型の頭部だと分かり、次いで胴体が、そして大の大人二人を掴み上げ、その掌中に収めている腕が地表を通じてその胴体に合流した。さらに、胴体部分からやや離れた位地にあったため腕としては異様な長さになったそれも、一瞬の内に平均的な人型の比率まで調節された。

 最終的に、その岩巨人とでも呼べる人型の上半身はのっぺりとした頭部に、ザラザラゴツゴツとした表面の体躯をさらし、12メートルを越える威容で一樹たちを見下ろしている。分類上は人型の鬼だろうが、その巨躯と体の構成は稀に見るものだ。

 そしてその頭頂部分に座している“酒呑翁”も必然、見下ろす形で一樹たちを見る。


「ほっほっほ。舐められたものじゃのぉ。幻術に掛かってしまったのは少し癪じゃが、掛けられた事に気付かぬ程には耄碌しとらんわい」


 次の瞬間、一帯が一瞬にして光に包まれたかと思うと、一樹たちは霧のように姿を消し、炎の柱や稲光、実際に頬を撫でる強風、地面と一体化して脚部の無いイワナガの腰元まで届く水面が“酒呑翁”の視界を埋め尽くした。

 本来ならばイワナガの手の中で圧殺されてい筈の祓魔師二人も、イワナガが手を開いてみれば、そこにあるのは霞のような残滓のみだ。


(はて、いくつかは精神干渉によるもののようじゃが………)


 五行家の幻術は成功すれば脳を直接誤認させるような、半ばインチキ染みた性能を持つ。さらに高度な戦術になると、通力をそのまま半実体として具現化させる事も出来る。つまりは視角、聴覚、嗅覚など、五感を介して騙す方法だ。今も“酒呑翁”にそれらを織り混ぜて使っていた。ただし半実体であるため触覚や味覚を正確に再現するのは困難だが、一樹はそれすらも高い水準で構築出来るという、五行家の歴史でも稀に見る才能の持ち主だった。


(イワナガも大分弱っておるし、ここまでの弱体化ではヤエが来ても厳しいかのぉ)


 既に八重波への帰投の指示は出していた。

 だが、この一種の結界は正直厄介だ。これでは八重波が全力で戦っても互角か、多少有利に持ち込めるくらいだろう。祓魔師だけならまだしも、五行一樹がいてはいかに災害級と言えども苦戦は免れない。

 一樹はそれが分かっているからこそ、あえて八重波を呼び寄せるような真似をしたのだ。八重波を殺せる数少ない機会として。

 さらに言えば“酒呑翁”は、今この瞬間、一秒先ですら死ぬ可能性を抱えている。

 “酒呑翁”の強さは高く見積もっても、一樹と互角程度。厳然と存在するであろう事を想定した戦力差を埋めるのが、これまで殆ど姿を晒した事の無いイワナガと言う岩巨人だったのだが、流石の“酒呑翁”も祓魔師がこれほど強力な『結界柱』を持ち出してくるのは想定外だった。

 焦っているわけではないが、すぐにでも打開する策を打つべきだとも考えている。


(ヤエが来るまでは待っても良かったが………仕方あるまい)


「イワナガ。四方に500メートル程の広さで頼むぞい」


 ――――!!


 “酒呑翁”が何かをすると感じ取ったのか、一樹は姿を見せないまま、幻術の炎によって“酒呑翁”の体を拘束した。


「ちと遅かったの。余裕ぶっこいとるからじゃ」


 ズンッ!!


 一瞬の揺れと、直後の浮遊感。イワナガを中心とした広範囲の地面が消失していた。

 一樹と、元は退魔師でもあった幸円は咄嗟に『虚空踏破』を使って空中に留まったが、他の祓魔師3人は突如地面に開いた穴へと落ちて行き、そしてざっと見渡して100メートル程の大穴―――底の方はさらに広大な空間になっている―――は音も無く元の地面へと戻り、その穴を閉じた。

 これこそが、退魔師が祓魔師より優れていると言われる一因だ。

 退魔師は通力を使って自身の肉体の強化や、その場に適した顕術などを使い分けるといった多彩な戦術で対処が可能だが、祓魔師は“誓約(オウス)”の性質上そうもいかない。

 通力と誓約は全く異なる性質なのと、長い歴史上での進化のさせ方にも差があった。通力は一点に長時間留まらせるのに向かないため、必要なのは自身の肉体が有する通力のみで顕を行使するセンスと、通力を通す事で使用できる術式だ。

 逆に誓約の場合、媒体に自らの誓約を補充し、それを長く留めておける。ただし通力のようにその場その場で効率良く現象へと変換するのは困難。

 必然的に祓魔師の戦闘は“神託”に依存するものが多くなってしまう。

 今回、彼らが空中を移動できる“神託”を所持していなかったのは相性的には不運だったとしか言えない。


「ほっほっほ。安心せい。地下に迷路を作って迷わせているだけじゃ。下手に押し潰そうとすれば、何らかの手段を持っていた場合、死にもの狂いで抜け出そうとするが、人間とは不思議な生き物での。道があるうちは崩落の危険を冒してまで無理に脱出を図ろうとはせんのじゃ。道さえあればそちらへ進んでくれるという寸法よ。これで暫くは出てこれまい。残ったのは五行の当主と………なるほど、退魔師あがりが一人おったか」


 どうやら“酒呑翁”は幻術の中にあっても敵の位置を察知できる(すべ)を持っていたらしい。正確な位置を把握出来てるかは分からないが、一樹と幸円が『虚空踏破』で難を逃れたのには気付いているようだ。


「さて、こちらとしても手早く片付けるのは同意じゃ。ちょうど援軍も到着したことだしの」


 轟っ!!


 一樹の展開していた半実体型の幻術とが、一息のうちに消し飛ばされた。炎の柱、稲光、水面、それらが一瞬で。

 幻術の影に隠れるようにしていた一樹と幸円の姿が露になる。

 “酒呑翁”は精神干渉の影響下にあるために、まだはっきりとは二人を見つけられないでいるが。


「オキナっ! なんなのよっ、この状況は! 祓魔師が『結界柱』を持ち出してくるなんて聞いてないんだけど?」


 一樹の幻術を刀の一振りで薙ぎ払ったのは、ピンクのフリル付き着物で丈の短いスカートをヒラヒラさせて登場した“鬼王・八重波”だった。

 露出している肩や足、愛らしい少女の顔の所々が焼け爛れているが、元気は有り余っている様子で“酒呑翁”もひとまずは安堵する。元気が有りすぎて恐ろしくイライラしている事を除けば手放しで喜べる場面だ。


「祓魔師が絡んでいることは教えておいたじゃろうに。それに、儂としてもよく分からん事態での」


 分からない事態が何を指しているかは八重波にもすぐに理解した。何しろ被害を被ったのは自分自身なのだから。

雲斬天俯瞰(くもをきりてんをふかんす)』。殿町宗玄の三傑作の一つで、先日、赤坂村正が率いる糸浦の“社”から強奪された対軍兵器。一度使用すると、どうしても通力の充填に三年はかかる極めて特殊な術装だ。


(むぅ……加藤の調べでは充填に後一年はかかる筈じゃが………はて、どう見たものか)


 先程の『雲斬天俯瞰』による攻撃は確かに強力で、配下の鬼も相等数が消え失せている。しかし、“酒呑翁”の記憶にあるものと、先程の攻撃ではその威力と持続時間に差異があった。以前見たものはもっと強力で、照射される時間も長かった。それを考えると、恐らく何らかの無理をして半端な充填率で術装を使用したものと思われる。

 “酒呑翁”が鵈に命じた調査では充填が終わるまで使用はあり得ないとなっていたし、充填を早める事も不可能としていた。だからこそ、今回の戦で大軍を動かしたのだから。

 “酒呑翁”は何者かに(・・・・)一杯食わされたのだと、面の下で苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「ともあれ、今は目の前の敵が先決じゃな。どの程度で戦える?」


「七割二分ってところかな。八つめ(・・・)まで使っていい?」


「止しとくれ。お主は西国を二つに割るつもりか。最大でも五つ(・・)までじゃ」


 “酒呑翁”の言葉に八重波の口角がつり上がり、凶悪な笑みへと変わる。

 そして『虚空踏破』に乗って八重波の状態を観察して隙を窺っていた一樹と幸円を視界に捉え、先ほど退魔師たちに使う筈だった技を使う。切っ先を天に向け、すでに発動状態にあった“根源型”接続術式、その二つめ(・・・)を。


「『二天』!」


 八重波が掲げた刃の先にイワナガを軽く越える大きさの光の剣が現れた。


「『三叉(さんさ)』!」


 その隣に一回り大きな三叉の矛……トライデントと呼ばれる物が並んで出現する。

 圧倒的な量の通力を込めて作られた二つの武器。それらが空中でブォンッと振られる。並の退魔師ならその威圧感だけで意識を手放していたことだろう。


「!! コーエンっ、情報にあった接続術式だ! これ以上は何としても使わせるな!」


 一樹もさすがに切羽詰まっているのか、その声からは焦りが窺える。

 幸円も言われるまでもなく“神託”を起動していた。


「『ゲイズ』」


 一樹の左右の指環の内、人差し指を除く八つが起動する。

 すると八重波の周囲に八つの球体が現れ、それらが一斉に目を見開いた(・・・・・)


「――――!?」


 八重波は刀を天に掲げた状態で体の一切、指先に至るまで身動きを封じられた。

 接続術式には発動に必要なキーとなる呪文(ことば)がある。故に口が動かせなければ使えない。

 発動自体は先程、小田原の結界を破る際に済ませていたが、八重波の“根源型”接続術式は段階的にしかその力を解放できない。退魔師の歴史上、七つまで確認されている八重波の“根源型”接続術式をなんとか三つで食い止めた。

『ゲイズ』は並の相手なら四つあたりで生命活動まで停止してしまう代物だが、それを八つフルに使用してようやく八重波を抑えていられる事実に、幸円は背筋が凍る思いを抱く。それが、八つ使っていてもそれほど長時間拘束していられないとなれば尚更だ。


「一樹様っ、お早くお願いします!」


「分かっている!」


 一樹は再び幻術を展開して、八重波を炎の渦で呑み込んだ。

 幻術による半実体は炎であれ雷であれ、通常の顕術によるそれには及ばない。あくまで本物に近い偽物を本物と誤認させるものだからだ。

 では幻術の利点は何か。最も分かりやすいのは燃費の良さだろう。

 例えば、特一級の退魔師が使う炎の顕術に10の通力が必要だとするなら、一樹の幻術は0、1しか使わない。しかも、その1%だけで本物よりさらに強大な威力を演出できる。格下の相手なら、幻術でも本物の攻撃と同じ効果を勝手に(・・・)受けてくれるから、正しく小指1本であしらえるのだ。

 とは言え、所詮は幻。それだけなら高が知れている。

 一樹の場合……というより、五行家の場合、本命とする攻撃は精神干渉だ。脳へのハッキングと言ってもいい。

 一度嵌めてしまえば絶対的に優位になる顕だが、同格以上の相手に使うには手順が必要だった。

 幻術で作り出した何かしら……炎による熱、氷による冷気、あるいは針でチクリと刺された微かな痛みでもいい。幻術で相手を騙す事が条件だ。

 幻術は五感を通して相手の脳に通力を送り、掌握。一樹に言わせれば絶対の強制ではないが、煮るなり焼くなり、とにかく何でも出来る(・・・・・・)状態だ。この状態にしてしまえば勝ちの芽が見えてくるのだが、相手が災害級ともなれば、そこまで簡単にはいかない。


「ちぃっ」


 炎に巻かれても、全身を槍で貫かれても、はなから偽物と承知している相手を騙すのは難しい。八重波が相手ともなれば特に。

 不意討ちが成功した“酒呑翁”の時とは違う。八重波は硬直しつつも、一樹の幻術をものともしていない。

 ネットに繋がっていないパソコンに、ネットからはハッキングを仕掛けられない。一樹の戦いは、どうにかして八重波を幻術で騙し、ネットに繋げさせる事だった。


「っ! 一樹様!」


 八重波が出した巨大な剣と矛が、今度はこちらの番とばかりに、その切っ先を一樹へと向けた。


「お前は“酒呑翁”を押さえておけ! なんなら――――」


 ドガガガガガッッッッッ!!


 一樹のいた場所が矛の先を枝分かれさせた無数の槍状の攻撃に貫かれた。


「倒しちまってもいいぞ」


 幻術で自らを覆い、位置の認識をほんの僅かだけずらしていた事で、雨の様に降り注ぐ攻撃を外させていた。もっとも、それは八重波が一樹に正確な狙いを付けて狙ったからであって、無差別な範囲攻撃では意味が無かっただろう。

 これだけで、一樹は視角を通して八重波を騙せたとも言えるが、肝心のハッキングは成功していない。やはり視角からだけでは不足と判断し、八重波を覆う幻術の精度を数段引き上げる。幻術の完成度による落差で間違いなく嵌まりやすくなった筈だが、


「駄目か――――っ!」


 今度は剣の一閃によって生じた無数の斬撃が暴風と共に押し寄せた。矛から伸びる無数の槍も同時に。

 一樹は幻術を囮や気休め程度の目眩ましとして、辛うじて回避できていた。が、それも文字通りの紙一重。一樹の人生でもトップ5に入るギリギリのものだった。


 一方、幸円は“酒呑翁”の足止め、可能なら調伏してしまうつもりで事に当たっていた。


「『アウェイクン』! 『グローザ』!」


 左右の人差し指に嵌まった指環を起動する。

 片や、身体強化を範囲指定で発動できる“神託”。退魔師の技能である身体強化と重ねがけて使えばかなりの効果がある。

 片や、雷を複数の球体状にして自らの側に設置しておき、任意のタイミングで本物の(・・・)雷を放つ事が出来るもの。そして五つ現れた中の一つを、即座に発動した。

 落雷による爆音に呑み込まれたが、ドガッと音を立ててイワナガの腕を破壊し、半ばから先が弾け飛んだ。

 “酒呑翁”を狙った攻撃だったが、イワナガが腕を挟んで庇った形だ。


「ただの電撃ではないのぉ。なるほど、通力を混ぜておるのか」


 祓魔師の“神託”による属性攻撃は、その殆どが誓約を物理現象に変換したものだ。

 故に、ただの物理的な電撃なら、ある程度の損傷はあれど、地面と一体化した状態のイワナガはアースの役割を果たして受け流せるはずだった。

 ただし、通力による顕術は普通の物理現象とは違うため理屈が通じない。

 元退魔師である幸円ならではの戦術だ。


「『ケラブノス』! 『ケラブノス(ズィオ)』!」


 幸円はすかさず両の腕輪を起動。設置したものと同程度の大きさの、ただし金と銀の輝きを放つ雷を両の手に纏った。

 そして二重に強化された身体能力で、イワナガとの距離を一気に詰めようと駆け出す。


「これはいかん! イワナガ、触れさせるでないぞ!」


 幸円の行く手を阻もうと地面が壁のように隆起したり、槍の様に突き出たりとするが、幸円は設置してあった雷でそれらを打ち破っていく。


(むぅ、イワナガの消耗が激しいの。やれやれ、仕方あるまい)


 八重波はまだ一樹を仕留め切れないでいる。横目で見る限り時間の問題だろうが、それはこちらにも言える事。

 “酒呑翁”の持つ唯一にして最大の切り札を使うことにした。危険な賭けだが、やむを得ない。


「次からは、せめて暴走の心配をしなくてもよい式神を寄越してほしいものじゃな。“龍首(・・)”の」


 “酒呑翁”は素早い動きで簡易座敷に敷かれていた畳を返し、その下から漆塗りの箱を取り出す。

 そして、いざ開くところで、幸円はイワナガの巨腕を掻い潜り、“酒呑翁”の座敷へと到達していた。


「『(エナ) 解放(アペレフセロスィ)』」


 幸円は畳に手を突き、右腕に纏った金色の雷を、その瞬間に解放させた。


 ――――――~~~~~ッッッゴォオン!!!


 強化を施していなければ鼓膜が破れているだろう爆音が場を満たす。雷撃が直下のイワナガを脳天から撃ち抜き、その身体を粉々に砕いた。

 幸円は特一級の鬼を倒したというのに、感慨もなく淡々と次の標的の排除に移る。


「『(ズィオ) 解放(アペレフセロスィ)』」


 金の雷は接触しているものに対して絶大な威力の雷撃を撃ち込む。そして、銀の雷は威力は分散されるが、前者より距離と範囲が広がる。

 幸円は難を逃れた“酒呑翁”に向けて銀の雷を解放した。


 ――――――~~~~~ッッッゴォオン!!!


 またも響き渡る爆音と失明せんばかりの稲光。

 その中心にいた“酒呑翁”は、もはや無事でいられるはずもない。

 幸円が調伏を確信した、その時だった。


「っ! なんだ!?」


 雷撃が直撃した辺り、地は焦げ大気が揺らめく高温の中に、直前までは無かったものがある。

 鱗と思われるそれが壁のように立ち塞がり、そしてズルズルと地を擦りながらその全貌を現した。

 全長は80メートルはあろうか。太さは先程のイワナガと同程度。蛇のような、それでいて蛇とは比べるべくもない硬質な気配の漆黒の鱗が全身を覆い、頭部から一本の鋭い角が生えている。

 細かな違いは見受けられるが、それは()と呼ばれるものに相違なかった。


「ほっほっほ。旅は道連れ、死なばもろともよ。出来れば制御が効かなくなる前に倒れてほしいものじゃな」


 ――――gRUUUUUU


 漆黒の龍は、その威容で戦場を見渡し低い唸り声を漏らす。


(これは………まずい)


 幸円は直感的にそれの危険性を感じとった。

 下手をしたら災害級に匹敵する強さだろうと。

 警戒を強めていると、一樹の方でも動きがあったようだ。

 それを見て、幸円は目を疑った。


 八重波の刀が、一樹を刺し貫いていた瞬間を目にして。                                                                      

第一回キャラクター仕分け “ごうほう編”



・八重波 = 少女


・カーミラ = 幼女


・ギーネ = ロリ


※梓は学生につき仕分け対象外




次回は “きょうい編” になります


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