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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
63/148

第63話 宝物


 飛英が片方の水の刀を樫木に向けながら啖呵を切った。

 樫木は忌々しげに飛英を睨み、飛英は獰猛な光を宿した瞳を向ける。

 お互いこれでもかと言うほどに殺気を放っていた。


「にんにん。また雷が飛んでくる前に逃げるでござるぞ。くわばらくわばら」


 樫木の顕に縛られていた筈の鵈はどうやったのか、何事もなかったかのように拘束から脱け出し、鶫の手足の枷を外していた。

 鶫は手首をさすりながら体の調子を確認し、心配そうに鵈を見る。


「あの、加藤さん………」


 鵈の立場でこんな事をして許されるのか。

 そんな心配をしてしまう程に鶫は鵈へと情が移ってしまっていた。


「話は後に。狂犬とエロ猿が喧嘩している内にここを出るでござる」


 鵈が飛英の空けた天井の穴を指差し、脱出を促す。

 地下深くではないようで、少し厚めのコンクリートをぶち抜いた向こう側には僅かな明かりも見えた。

 鶫は頷き、言われるがままに部屋を出て、いまだ夜が支配する世界を見る。そこは周囲に瓦礫が散乱しているが、先程まで戦闘をしていたビル街の何処かのようだ。

 ふと飛英の事を思い出す。様子からして敵ではなさそうだった。ならそのまま加勢して樫木を捕まえてしまえば良かっただろうか。


「あの御仁なら大丈夫でござろう。下衆になんぞに遅れは取らない筈。それより………」


 GURRRR――――


 鶫たちを取り囲むように集まり出した鬼たち。鵈が命令を飛ばしているようだが一向に変化は無い。


「五行樫木が支配権を持っている鬼にござるな。少々かかるが、突破は容易………む?」


 鵈と鶫が戦闘体勢を取ったところで、強い鬼の気配を感じた。

 その気配が現れると同時に鬼たちは動きを止め、道を開けて2体の“鬼”を前に出した。


「加藤。その女は戦いが終わるまで外には出さない約束じゃなかったか?」


 話し掛けてきた1体は二本足で歩く獣型、3メートル程の巨体で、全身を黒い剛毛が覆い、その顔は動物と言うよりは怪物。ゴリラのような猫背と重量を感じさせる足取りでのそのそと進み出た。


「納得のいく説明をしていただきたい」


 もう一人は人型で中肉中背、見るからに修行僧……雲水の格好に網代笠(あじろがさ)を被っており顔ははっきりとは見えない。笠の下から僅かに覗く目付きは糸のように細いが、鋭い眼力を放っている。


 2体の“鬼”を確認した鵈は僅かに警戒レベルを下げて対峙した。


「これはお二方、良い所へ来てくださった。見ての通りにござる。五行樫木が独断により拙者の褒美に手を付けようとし、挙げ句拙者にも危害を加えてきたのでござるよ」


 鵈が辺りに視線を促し、樫木が命令権を限定していなかったであろう2体の“鬼”によって制御されている鬼たちを見回す。

 この場合、糾弾されるべきは樫木である事は明白だ。樫木が元は退魔師協会の人間で完全に信用できる仲間ではない事も鵈の言に説得力を持たせていた。


「拙者の褒美は“酒呑翁”がお認めになったもの。それに手を付けるは“酒呑翁”を軽んじる行為だと………そうは思わんでござるか?」


「「………………」」


 鵈が“酒呑翁”の名前を出した事によって引き下がる姿勢を見せた。と言うことは、この2体は“日計の毒”において忠誠心は高い方なのだろう。

 “酒呑翁”の名前を鵈が勝手に出した事には難色を示していたが。


「話は分かった。五行樫木は後で始末しておく。だがな加藤。お前のペットも一応は退魔師で、敵だ。首輪ぐらいはしておけ」


「む、至極もっとも。致し方なし……ツグミ嬢、手を出してくだされ」


 とか言いつつ返事も聞かずに鵈は鶫の右腕を掴み上げ、カシャッと音をさせて手錠をはめた。


「うええ!? ちょっ――――」


 カシャッ キリリ


 もう片方を自分の左手にはめ、満足げに頷いた。


「もちろん、ただの手錠ではござらん。せっかくなので、鍵は雲水殿にお預けいたす。これでよろしいか?」


 鵈は見た目そのままの名前で呼ばれた雲水に鍵を放って渡し、雲水は「ええ、確かに」と言って受け取った。

 鶫は鵈に小声で話しかけた。


(ここはまだ危険地帯なんですよ!? 私にとっても加藤さんにとってもです! こんな物を付けてたらいざという時に戦えません!)


(戦わなくて良い理由を作ったのでござるよ。お互いに)


(……………!)


 鵈は片目をパチッとさせて鶫に言った。

 確かに、いまいち立場と目的が分からない鵈だが、鶫の事で毎回味方と対立はしたくないだろう。万一鶫が目に見える敵対行動を取ってしまった場合、鵈は鶫か“日計の毒”かを選ぶ事になる。手錠はそれを未然に防ぐポーズだ。

 鶫が戦えないようにするのと同時に鵈も鶫と敵対せずに済む。お互いが側にいればお互いの敵にやたらと攻撃されることも無い。

 鵈といる限り戦えない……戦わせてもらえないのは鶫にとって少々歯痒いが、本当にいざとなったら無理をしてでも抜け出すつもりでいた。

 考えてみたら、鵈も鶫との戦闘のダメージが抜けていないのかもしれないのだ。それが本当なら戦いたくないのも道理だし、どちらかと言うと鶫は一方的に利用されているようにも見える。


 鶫が分かった事は一つ………鵈は“日計の毒”にそこまで義理立てしてはいないということだ。


 いったい何を考えているのか、鶫は鵈をどう見ればいいのか。なんとも言えないモヤモヤを抱えていた。


「それで加藤。五行樫木はどこだ?」


「今はその辺で退魔師と交戦中にこざる。拙者は負傷により満足に戦えぬゆえ手は出さなかったでござるが………お二方は敵の退魔師とむかつく退魔師、どちらに加勢なさるおつもりか?」


「ふん、そんな奴等、纏めて相手にしてやれば良い」


 殺気を出して意気込む巨体の“鬼”に、雲水が宥めるように待ったをかける。


「拙僧も心情的には“熊羆(ゆうひ)”に同感ですが、五行樫木もそれなりに油断できぬ男。ここは一旦様子を見てからでも――――」


 その時、それほど離れていない場所の地面から水の柱が噴き上がった。

 全員の視線がそちらへと向き、次いでそれに押し出されるように現れた男……樫木へと。最後に水柱の中から現れておきながら一滴の水にも濡れた跡がない飛英へと向けられる。

 樫木は“熊羆”と雲水、そして飛英に挟まれる立ち位置に舌打ちし、取り敢えずの対応として敵意を隠した。

 そして笑顔を取り繕って二人に向ける。


「“熊羆”殿に雲水殿。残党狩りをしていると伺っていましたが、なぜこちらに?」


 “熊羆”は樫木の態度に明らさまな嫌悪を示し、殺気をぶつけた。


「今すぐにその首をねじ切ってしまいたいところだが、先に退魔師を片付けてからにしてやる。せいぜい逃げる算段でもしてるがいい」


 樫木は渋面を作り、一歩ずつ退いていく。

 樫木にとっては敵と敵が潰し合ってくれるのだ。お互いに消耗してくれるのは願ってもない。面白くはないが、様子見に徹する事にした。


「おうおう、思ったより獲物が多いじゃねえか。日頃の行いが良いからだな」


 飛英の視線が鶫と、そして隣で知らん顔をしている鵈へと向けられる。

 微妙な変化だったが、どこかほっとしたような顔だった。


「どうやら無事みたいだな、四宮の嬢ちゃん。もうしばらくそこで辛抱しててくれ」


「………………」


 鶫は怪訝そうに飛英を見る。

 鶫の中で固定されていた飛英のイメージとあまりにもかけ離れているため混乱していた。

 まるで別人。もしかしたら偽物ではないかとも疑う程だ。それだけのギャップを、今の飛英からは感じる。


「さて、これだけの獲物、さすがに一人で楽しむのはもったいねえよな。よっしゃあお前ら! 出てきていいぞ!」


 ヒィイイヤッッッハーーーー!!!


 あまりにも品の無いかけ声と共に現れたのは様々な風貌の男たち。

 どこに隠れ、どこから現れたのか。厳つい世紀末の住人たちは鬼の群れの中から出現したと同時に一人あたり2、3体の鬼を殺して、そのまま飛英の後ろへと揃った。

 何事が起きたのか状況を把握しようと樫木や“熊羆”、雲水は周囲に目を配る。“熊羆”はこういった事態に一番に対応できそうな鵈を睨みつけるが、鵈はさっぱりだと肩をすくめてジェスチャーしている。


「キヒヒヒヒ、久しぶりにまともな戦場だぜぇ。ひぃふぅみぃ……ああっ、ダメだっ、嬉しすぎて数えてらんねえよ!!」


「入れ食いで踊り食いだあああっ!? その前に消毒してからだけどなあ!?」


「こんな事ならもっといい丸太を持ってくるんだったぜ!」


「10数えるまでに命を諦めろぉ! 10……9……ヒャア がまんできねぇ 0だ!!」


「少しは我慢しろビ○ョップ」


 それでも人間か、と言われそうな男の頭を飛英が拳骨で殴って止める。

 その男に限らず、見れば見るほど全員まともには見えない。

 ナイフを恍惚とした表情でベロベロする男。

 上半身裸で体中が刺青だらけの男。

 丸太を担いで獰猛な気配を発している男。

 他にもモヒカンやらリーゼントやらスキンヘッドのグラサンやら、総勢20人。

 その中でも比較的ましな人間をあげるとすれば、ビニール袋に顔を突っ込んですーはーすーはーしている男だろう。ちなみにこれは緊張しすぎで過呼吸になっているだけで、決してアンパンを食べているわけではない。


「よおーし、お前ら。最近は諜報活動ばっかりで鬱憤溜まってんだろ? 今夜は祭りだ! 存分に楽しめ!」


 ヒャッハーーー!!


 世紀末の住人たちはその場で足を踏み鳴らす。

 20人程しかいないのに、そこを起点にズシンズシンと地が揺れ、鬼たちを威圧する。


「ただし、そこの女は殺すな。殺させるな、傷一つもつけさせるな。なんかあったら黒沼のやつに申し訳がたたねえ」


「キヒヒヒヒ、任せてくだせぇお頭。朝飯前でさぁ」


「それ以外は皆殺しにしていいんですよねお頭!?」


「おうとも! 本当ならお嬢様一人の救出にこの戦力は過剰だが、黒沼と約束しちまったから万が一の失敗もないよう万全を期して、仕方なく……と思っていたが事情が変わった! 思いもよらない収穫祭に出会した事を誰かさん(・・・・)に感謝しろ!」


「っしゃあ! お頭サイコー!!」


「黒沼のボウズ様々だー!!」


「案内おつかれー、クソ樫木!!」



「っ!?」



 “熊羆”と雲水、そして鶫もが樫木を見る。

 まさかこの期に及んで二重スパイなんて事はあり得ないだろう。第一、樫木が一番訳を分かっていない様子だ。


「黒沼の御守りは確かに役に立ったぜ? お前の(・・・)御守りがな」


「っ!!」


 樫木はポケットに入れていた御守りを取り出した。それは公浩から渡されていた術符だ。鶫の分は処分したが、自分の分は追跡用の術は無いと言われて警戒していなかった。

 樫木はそれを見て急激に怒りをわき上がらせ、怒りのままに握り潰してから地面に叩き付けた。


「あのクソガキがあああ!! 最初からっ……最初から私の事を!!」


 怒りに醜く顔を歪ませる樫木を見て、飛英は愉しそうに笑っていた。


「さあ野郎共!! 俺が許す。今夜ばかりは知らしめてやれ! 声高に叫べ! 五行家の“御庭番(・・・)”ここにありってなあ!!」


 ヒィイイヤッッッハーーーー!!!


「レッツパーリィーだ!!」


 飛英の号令を受けた男たち……“御庭番”の精鋭たちは忍の一門とは思えない歓喜の声を上げ、その声を置き去りにして散会した。そこから始まったのは蹂躙だった。

 鶫と樫木などは飛英を始め、こんな柄の悪い連中が五行家の最優部隊である“御庭番”と分かっただけでも驚きなのに、彼らが目に付く様々な鬼たちを端から消滅させていく様はそれをさらに後押ししている。

 切り裂き、引き裂き、吹き飛ばし、原形を留めないミンチや、姿焼きのウェルダン、中には冷凍肉になる鬼もいた。

 殺戮を受けているのは鬼ではあるが、それは阿鼻叫喚の地獄絵図と言って差し支えない光景だ。


「ちぃっ、雲水! 周りの連中は任せる。儂は大将首を――――」



「大将首を………どうするつもりですか?」



「なにっ―――ぐおっ!!」


 突如、“熊羆”の側に音も無く現れた女―――鵈のそれに似た黒い和装束を着ている―――は軽く倍以上はある巨体の“熊羆”に蹴りを放ち、軽々とその巨体をふっ飛ばしてバウンドさせる。

 その女は以前、飛英に頬を張られていた女性だった。


「あなた方の相手は私が務めます。どうぞご遠慮なく、お二人でどうぞ」


 この女も“御庭番”なのだろう。気配の断ち方は見事の一言。

 かなりの実力者だと分かる。


「つー訳で樫木、お前の相手は俺がしてやる。今までは上手く実力を隠してきたみたいだが、今回はこれまでのお遊びとは違うぜ。本気で来ないと死ぬからな」


「………いいでしょう。いい加減、貴方ごときに見下されるのは我慢の限界でしたので。ククク……ようやく貴方に思い知らせる機会が巡って来たのは不幸中の幸いです。本気でやってやりますよ」


 ニヤニヤと見下す視線を送る飛英と、嗜虐的な嫌らしい笑みを浮かべる樫木。

 どちらに嫌悪感を抱くかと問われれば、鶫は迷わず樫木だと答えるだろう。現金なもので、ほんの数時間前まで嫌っていた飛英に、彼が味方と確信できた途端に好感さえ覚えている程だった。


「さあツグミ嬢。ここにいてはいずれにしても巻き添えにござる。あのビルから高みの見物とシャレこむでござるよ」


 鵈は瓦礫だらけの元ビル街において辛うじて原形を留めている建物、やや遠くに見える10階建てのビルを指し示す。

 鶫も否は無く、鵈と共に足早にその場を離れた。

 飛英と樫木、“熊羆”と雲水他、多数の鬼と“御庭番”たちの戦闘が激化したのは、その直後だった。



           ★



「………………」


 明かりの落ちた天幕の中、公浩は気配を感じて目を覚ました。

 ゆっくり休むと言って梓と未来夜を天幕から出して一時間もしないくらいだろうか。公浩が独占している怪我人用の天幕に焔が現れた。


「首尾はどうですか?」


恙無(つつがな)く」


 その短いやり取りは焔が士緒の考えを理解し、それを完璧に遂行したことを意味する。

 焔は頭が切れるし仕事も確か。士緒が仕事で相方とするのは主に梢だが、必要に応じて手伝いを頼むのは焔である事が多い。

 他の仲間を信用していないわけではないが、焔は仕事も早くミスも無い。おまけに大抵の仕事で120%の成果を出してくれる。

 そんな焔の事で士緒が心配になることはただ一つ………頼りになりすぎて自分がダメになるのではないかということだった。


「ありがとうございます焔。いつも助かってますよ」


 外の光もあまり通らない薄暗い天幕内でも、士緒の優しい笑顔は眩いばかりに焔の瞳に映り、焔の心を幸福感で満たす。


「っ! きょ、恐縮です! 若のお役に立てて私も嬉しく思います!」


 焔の顔は紅潮し、手を前で組み合わせて小さくモジモジしている。

 士緒はそれに気付き、体を起こしてから右手でそっと焔の手を取った。焔は「!」となって余計に落ち着きを無くす。


「気が利かなくて済みません。久しぶりに注いで(・・・)あげます」


「ふぁ……あの……わた、私は決してそのようなつもりでは………若もお疲れですし……こ、これでは私が催促したみたいに――――!」


「私がしてあげたいんです。しばらくここには誰も来ませんから、焔さえ良ければ」


「はぅ………ぁ………えと………で、でしたらっ………お、お願い………します」


 焔の答えを聞いて、士緒は優しくその手を引き寄せた。

 焔は膝立ちになってベッドにもたれかかり、近くに寄った士緒の顔を見る。

 顔は公浩のものだが、それでも目の前の人物は間違いなく士緒なのだと、全くと言っていいほどに違和感を抱かない。

 その慈愛に満ちた表情………自分を含めた、家族や親しい相手に向けるその表情こそ、焔の生き甲斐だった。


 焔は流れるような動きで、空いている方の手でシャツのボタンを外し始める。


「?? あの、焔………なぜ服を脱ごうとしているのですか?」


「何故って、それは…………あ」


 焔の紅潮した頬は途端に羞恥のそれへと変わった。

 あまりの多幸感で我を失っていたようだ。それっぽい空気になったり、テンションが上がったりするとすぐ変な気分になってしまうのは士緒に好意を寄せる女性の多くに見られる共通点でもある。本人も含め誰もその事実には気付いていないが。


「さあ、注ぎますよ。楽にしてください」


「ぁ……はい。お願いします」


 士緒は焔の手を自らの太股の上に置き、そこに手を重ねる。

 そして手を通し、士緒は特別に調整した通力を焔へと流し始めた。

 焔と澪は“鬼”としては少し特殊な存在だった。絶対必要と言うわけではなく、あくまで嗜好としてだが、特定の性質と波長を持った通力を取り込んで体力や疲労回復―――士緒には言っていないが性的快楽に近い快感なども―――を行える。さらに焔の場合は、通力とは少し違ったエネルギーとでも言うべき呪力(・・)にも変換が可能だ。通力と違って時間が経てば回復するものではないため、士緒からの通力の供給は本当ならばもっと積極的に行いたいと思っている………焔がいろいろ(・・・・)と堪えられればの話だが。


「あっ………はぅっ………んっ、んん~~~!」


 体を悶えさせ、快感を堪えるように指を軽くくわえて声を抑える。

 焔が頻繁に士緒から通力の供給を受けない理由はまさにこれだ。快感過ぎて士緒への想いを制御できなくなる。先程以上に我を失って士緒を襲い、ふしだらな女だと見られるのは、焔や澪からしたら悪夢そのもの。死に至る羞恥|(誇張無し)だった。

 美しい顔が快楽に歪み、普通なら悩ましい限りの艶声を聞いて、流石の士緒も辛抱堪らん………かと思いきや、なんと全く動じていない。と言うより、そもそもこれが色気のある状況だということにすら気付いていないのだ。

 焔と澪がいまだに恥ずかしさで死なず、命拾いしてきたのは、士緒が単純にこの行為をマッサージか医療行為、あるいは焔と澪への報酬の一つぐらいにしか考えていないから。声の艶が性的興奮を促すものであるという事が理解できていなかった。

 前に梢がそういった知識を与えようと桃色の円盤を士緒の部屋に置いてリビドーを誘発させようと試みた事がある。ところが士緒はそれを見ようとはせず、あろうことか五郎左の物だと勘違いして、小言を添えて部屋へと置いていったのだ。それが後にどんな結果を招くことになったかは、いずれ語られることだろう。


 とにかく、このMr.士緒(ドン・ファン)は夢のクラブに顔パスで入れるだけのVIPなピュアさんだったのだ。


「ふぁあっ………ひぅっ!!」


(ふむ……毎度の事ながら、焔の上げるこの声は気持ちが良いという事なのでしょうか? ひょっとして苦しいのに無理をしているのでは………)


 士緒は流す通力に緩急を付けて反応を窺ってみる。するとどうだろうか。


「!!?? はhy――――


 ※しばらくお待ちくださいm(__)m


 ……………


 ……………………


 ………………………………


 before

 まだまだ可愛らしいレベル


 after

 もはやお聞かせ出来ないレベル


 あまりの変化に士緒もビクッとしてしまった。

 焔は呼吸荒く、ベッドに力無くもたれ掛かっている。


「はぁ………はぁ………はふぅ………」


「ほ、焔……大丈夫ですか?」


「は、はひ………もう………ゆるひてくだひゃい」


「あ……ええと………いろいろスミマセン」


 これはいよいよ今後の焔と澪への褒美を考え直した方が良さそうだと思い始める士緒であった。



 数分後――――


「こほん! 若、その………お恥ずかしい所をお見せして………」


「いえ。こちらこそ、私が下手なばかりに焔には負担をかけていたようです。今度から親父殿に頼んで――――」


「若がいいです! 私はもう若でないとダメな体になっているんです!!」


「あ、はい………焔が望むなら」


 あまりに必死な目で訴えてくる焔に、士緒は若干たじろいだ。

 そんなに五郎左は嫌なのだろうか。

 焔と五郎左の仲は悪くないはずなのだが………それほど五郎左が下手だった?

 こんど澪にも聞いてみよう。


「なんにせよ、“誓約破り(ウォーロック)”の件と、佐東市花の件はご苦労様でした。改めて報告をお願いします」


「はい。まず佐東市花ですが………」


 焔は市花が新たに獲得した固有秘術について事細かに説明した。なかなかに興味深く、警戒も必要な能力だ。

 しかしそうすると、必然的に市花がどれほどまでに公浩を好きかということにも触れることになる。士緒はそれを聞いてこそばゆくなり、同時に新たな色恋沙汰で胃のあたりがキリキリしてきたようにも感じていた。

 市花については、やむを得ない。明日の自分に丸投げといこう。

 ここまで来たらもう公浩だけの手には負えない。状況が好転するまで粘る事にした。


「次に“誓約破り”ですが………」


 逃げた煉を焔が捕らえ、とある呪い(・・・・・)と最低限の記憶の改竄を施し、そのまま解放した。

 もし煉が本当に“白面金毛”の手先だったのなら、これで向こうに大きな楔を打ち込めた事になる。

 細工は流々、仕上げを御覧じろ。とは言うものの、これに関してはなかなか大きな楽しみで待ち遠しかった。


「流石の手際ですね焔。ではその件に関しては、そうですね………親父殿に回しておいてください。誰か適切な人に仕事をふってくれるでしょう」


「承知しました。なら私は引き続き、サフィールの“呪い”の件と平行して大聖堂の力を削いでいきます。すでに五行家に付いている祓魔師の情報も得ましたし、ここでの目的はほぼ達成しましたので」


「焔は仕事が早くて助かります。サフィールも良く働いてくれましたね。あわよくば“枢機卿(カーディナル)”派を潰せるかもと思っていたのですが、まさか仁科黎明が出張ってくるとは予想外でした。枢機卿派などに肩入れして、あの男もいったい何がしたいのやら」


 サフィールを味方に引き入れてから二週間で、その対聖堂騎士のスキルを活かして四人の聖堂騎士と、それに続く影響力を持った祓魔師を数人暗殺させた。

 目障りな枢機卿派にダメージを与えていたのだが、そこでより目障りな仁科黎明とその仲間たちが現れ、サフィールの仕事に歯止めをかけた。

 仁科黎明が出てきた以上、サフィールと言えども手に余る事態だ。枢機卿派の殺害を中断させ、焔の判断で即座に引き上げさせていた。


「枢機卿派は首の皮一枚で繋がってしまいました。やはり澪を送り込んでみてはどうでしょう? あわよくば仁科黎明の首も獲れるかもしれません」


「そのあわよくば(・・・・・)を期待した結果、サフィールが仁科黎明と対峙しそうになるという危険に晒してしまいました。仁科黎明(ジョーカー)を封じる手は限られていますから、機会が来るまではあの男との接触はしない方が賢明でしょう。それに澪も今は別の仕事をしているのですから、それに集中してもらいます。そちらでは問題は起きていませんか?」


「はい、任務の内容からして些か不安でしたが、今のところは順調に進んでいるようです」


「それは畳重ですね。しっかりと勉学(・・)に励むよう伝えてください」


「承知しました」


 綺麗な姿勢で礼をする焔に、士緒は暖かな笑顔を向けていた。

 焔はそれに気付き、クエスチョンマークを浮かべ「あの………何か?」と、僅かに照れながら問いかける。先程の恥態もあり、しっかり目を合わせられなかった。


「いえ。ただ………こうして家族と話せる時間は幸せだと思いまして」


「――――!!」


 完全にやられた。

 家族……その言葉一つで焔は目の奥が熱くなり、幸せ過ぎて死んでしまいそうになる。

 二人きりの時に言われて、嬉しさも倍増だ。梢に自慢すれば泣いて悔しがることだろう。


「まあしかし、仕事の話で味気無いですし、焔からしたら、私の一方的で迷惑な想いかもしれませんが」


 それを聞き、焔は無言で士緒の手を取って引き寄せ、手を抱くようにしたまま士緒の太股に頭を乗せた。顔は見えないように逸らして。


「私も幸せです、若」


 その言葉だけで、焔の気持ちが伝わる。

 本心で言っているということも、逸らした顔を涙が伝っているということも。


 家族との時間は宝物だ。その宝物を守るためにも、士緒は一日でも早く世界を救う(・・・・・)のだと、改めて心に刻んだ。                                                             

今回の小ネタ

『10……9……ヒャア がまんできねぇ 0だ』


…………本家より我慢のきかないキ印でした。元ネタが気になる場合はヒャアの下りをコピペして検索してみましょう


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