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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
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第62話 死地にて因果を呪う

 公浩は切断された腕を素早く中位治癒『光羽』を使用して出血を抑えた。

 腕を切り飛ばされたというのに、学生退魔師とは思えない落ち着きはらった物腰で処置をし、ついでに制服に付いた砂埃もぱっぱと払う。

 その、ある意味で異常な光景に透哉は言い知れぬ何か……強いて言うなら恐怖に近い感情を覚えたが、スピナトップと煉は公浩よりも焔へとその意識の殆どを割いている。

 公浩への追撃が行われないのも、二人が研究者としてその現象に目を奪われ、驚愕で唖然としていたからだ。


「そんな……まさかあれは」


「ああ………固有秘術によるものではない、れっきとした顕術による転移。私が90年もの歳月を費やして追い求めたものだ」


 二人の焔を見る目に確かな畏怖の念が含まれている。

 好奇心に輝く目を向けられ、しかし焔はそんな二人に嘲るような視線を送った。


「この程度、若が真に完成させたものに比べれば下位互換の間に合わせに過ぎません。これを発展させた顕は今のところ若にしか使えませんが、術式は完成しているのですぐにでも使えました。ですが………」


 焔は静かな殺気を纏い、透哉、スピナトップ、煉の三人を威圧した。


「若が手ずからお作りになられた術式は“呪力”資源に勝ります。貴方たちごときの目に触れさせるには惜しいものなんですよ」


 術式の体系化が済んでいるという焔の言葉に、スピナトップと煉は身震いを抑えられなくなった。

 これまで極少数の固有秘術でしかあり得なかった“転移”。顕術として確立することに生涯を捧げた退魔師、祓魔師などは珍しくない。数百年単位で研究を続けてきた“鬼”もいる中では煉の費やした年月はまだまだ大した事はないが、それでも研究者の端くれとして一つだけ言える事がある。


「“真ノ悪”の若頭……橘花院士緒はもはや人間ではないな」


 嫉妬、憧憬、知識欲……あるいは顕術が進歩したことによる歓喜。煉からはそれらが止めどなく溢れでていた。


「橘花院士緒……彼には最大限の称賛でいっぱいです。同じ探究者としては少し親近感を覚えますね」


 スピナトップのその言葉に焔が瞳に怒気を宿すが、それを制するように進み出る者がいた。


「一緒にしないでいただけますか。これでも僅かながらにプライドというものがありますので」


 焔の隣に並び立ったのは、切断された左腕を右手で掴んで涼しい顔を張り付けた学生……黒沼公浩だ。

 スピナトップを見る公浩の目は、焔と同様に嘲り、そして失望していた。

 焔は公浩に向けて綺麗な姿勢で、正に秘書さながらの礼をして見せた。


「佐東市花の件で勝手に動いた事のお叱りは後で受けます。今はすぐにでも治療を」


「いえ、大丈夫ですよ。久しぶりに本気を出しますので、これくらいは良いハンデです」


 そう言って公浩は持っていた左腕を焔に手渡し、焔は恭しくそれを受け取って数歩後ろへ退がった。

 あまりに自然なやり取り。それは透哉、スピナトップ、煉、そして梵天丸すらも眼中に無いかのような態度だ。

 それを受けた三人はというと、自然で、だからこそ奇妙な光景に目を白黒させていた。

 片や、学生でありながら特一級レベルの実力を持った退魔師。片や、世界最強の“鬼”の組織にして退魔師にとって最大の敵の一員。

 一方が内通者で、味方を裏切っているのなら納得できるが、公浩に当たり前のように従う焔の様子からただ事ではない何かを感じ、それを上手く言葉にできない三人を強い不安感が襲っていた。


「スピナトップ、あの学生は何者だ。説明しろ」


「私は占い師でも預言者でもありませんよ。熊君を容易く殺せる程の実力者ということ以外は何も知りません」


「獣王との戦いで他に情報は得られなかったのか?」


「何も。ですが、今分かることは………」


 ――――GRRRRRR


 完全に支配下に置いているはずの梵天丸が明らかな警戒をたかだか学生である公浩に向けている。もはや命無き操り人形も同然の梵天丸には、本能レベルの恐怖を与えてもあり得ない事だった。


あれ(・・)は危険ということです。梵天丸っ、放ちなさい(・・・・・)!」


 スピナトップの命令を受け、梵天丸は先の災害を再現しようと口を開き、膨大な通力を凝縮した法陣を展開した。

 スピナトップは梵天丸の攻撃にある僅かな隙を埋めるため、発動していた通力阻害の顕……『神垣(かんがき)の檻』を公浩の周囲に発生させた。

『神垣の檻』は風系統の顕で、効果としては結界に近いものがある。

 通力を乱す『風波』は使い手を起点にして風を発生させるが、『神垣の檻』はそよ風程度の空気の流れを実力に応じて任意の場所に発生させる事ができ、しかも『風波』より効果が高い。

 スピナトップの使用した『神垣の檻』はさらに効果を及ぼす対象まで選べるようで、だからこそ公浩の攻撃だけが威力を落とし、範囲内にいた透哉と梵天丸―――威力を落としても微々たるものだろうが―――の通力には影響が出なかった。スピナトップのそれが非常に高度な顕であることは疑いようがない。

 公浩は『神垣の檻』の効果をまともに受けていた。はずだった(・・・・・)


「誘拐、拷問、人体実験などで町単位で被害を出した退魔師。非道な手段を取って退魔師の世界から追放されてまで続けてきた長きに渡る研究の成果が、まさかこんな失敗作だとは……かつて独楽石家(・・・・)に産まれ落ちた神童も今やこの様。見る影もなしですか」


「っ!!」


 侮辱の言葉に、スピナトップの中で強い憤りが湧く。

 強烈な激情をまったく制御できず、それは憤怒に染まった表情と喉奥からせり上がる不快な怒声となって公浩に向いた。


「どいつもこいつも私を馬鹿にしやがって! 消し飛ばせ梵天丸!!」


 GYROOOOOAAAAA!!!


 溜めを終えた梵天丸から先と同様の破壊力を備えた災厄の炎が一直線に公浩を飲み込まんと走る。

 公浩はその巨大な炎の奔流を前に、それでも余裕の笑みを崩さなかった。


 その瞬間、公浩の通力が爆発的に跳ね上がり、あまりにもあっさりと梵天丸の通力を上回る程の圧を発した。


「『駿空結界 ヨン式』」


 公浩が突きだした右手の先に炎の奔流すら収まる大きさの歪みが現れ、その歪みの先には夜空が映し出された。


「な………に………?」


 神代の炎は夜空へと飲み込まれ、そして公浩の頭上数メートルの位置から空へと伸びていき、光の柱は破壊を齎すことなく夜天に抱かれ消えた。


「まず一つ。確かに梵天丸の支配は完璧でしたし、弱体化したということもなさそうでしたが、素材に使ったであろう鬼核の整合性が取れていません。あまりにも雑な継ぎ接ぎのせいで要らぬ弱点ができていますよ」


 公浩が通力の質を操作し、言葉に乗せて梵天丸へと放った。


狩り尽くせ(・・・・・)


 GRUOAAA!!??


 梵天丸の腹を、腕を、翼を、食い破るように出てきたのは“恐慌獣王”が操っていた“獣軍”。自らの身体を食らうその姿は正しく恐慌に近い。

 自分で自分を食らわなければならない恐怖。公浩は期せずして“恐慌獣王”の願いを叶える結果となった。


「ばかな………馬鹿な!! どういう事だ!? いったい何故っ…………」


「先程、私の腕を切り落とした攻撃……あの時に梵天丸の通力を調べ、記憶させていただきました。制御に必要なのか知りませんが、“獣軍”以外にも鬼核を数種使っているようですね。混沌と言うか混乱と言うか、不十分な結合で隙間だらけ。それぞれの使用権限を奪うのは簡単でした。そして二つめ」


「なっ!?」


 公浩が手を翳すと、梵天丸を通力で出来た格子が取り囲み、中で梵天丸が苦しみ出した。


「最初見た時は魔改造がすぎて何の顕か分かりませんでしたが、貴方の使った顕……『神垣の檻』はこう使います」


 檻に囚われた梵天丸の肉体が、所々が通力の暴走を引き起こし、破裂を繰り返している。


「現在の独楽石家が好んで使う『独神(ひとりがみ)式』は、貴方の時代のものよりずっと進んでいます。引きこもって行っていた研究ごっこの期間が長すぎたようですね」


「な………あ………ぁ」


 スピナトップは許容量を越える事態に(おのの)いて後退さる。

 公浩は追い討ちをかけるように進み出た。


「三つめ」


 公浩が何をしたのか、恐怖に身を竦ませるスピナトップはもとより、透哉も煉も、全く理解が追い付かない。

 公浩が二本指を立てて下から上に振り上げた瞬間、『神垣の檻』は全く別物の結界へと作り変わり、そこに収まった梵天丸がぶくぶくと膨張……爆散した。


「――――っ!!」


 素材とした鬼核の能力によって結界内で飛び散った肉片が徐々に集まって元の竜へと戻っていく。

 その不死性を目の当たりにした透哉と煉が希望を見出だしたかのように梵天丸を見るが、使用した鬼核が公浩の支配下にあることに考えが及んだスピナトップにはむしろ破滅へのカウントダウンだった。


「これが一番重要ですが………貴方の術式は美しくない」


 公浩は解析した梵天丸の通力から鬼核の一部の能力を把握していた。

 ほぼ再生が完了している梵天丸の肉体では既に鬼核の能力が暴走し、それは起きていた。

 再生が始まった基点からゆっくりと、今度は石化(・・)という形で全身に広がっていく。

 一度壊し、再生をさせるという手順を踏まないと起こせない能力の暴走だ。

 やがて石化は悶え苦しむ梵天丸を完全に覆い、そしてピクリとも動かなくなった。


「あれもこれもと詰め込み過ぎて、まるで闇鍋です。子供じゃないのですから、好きなものを入れれば美味しくなるという考えは捨てた方が宜しいかと」


 梵天丸の石像を覆う結界の側まで来ると、公浩は結界にそっと手を触れる。

 次の瞬間、石像は原形を留めないほど粉々に砕け散った。

 スピナトップは小さく悲鳴を上げながら尻餅をついて動けなくなった。


「お、お前は………何者なんだ!?」


 スピナトップの悲痛な叫び。自分のこれまでしてきた事を完膚なきまで否定され、絶望に彩るその顔を公浩は見下ろす。


「さて、誰なんでしょうか」


 公浩は人の良さそうな笑みを浮かべ、腕を横に一閃。その動きと完璧に一致するように、スピナトップの上半身がぶしゃっと血を迸らせて吹き飛んだ。


「最近は自分の事がよく分からなくなってしまいました」


 残った下半身は服の一部と靴だけを残してすぐに塵となって消えた。

 そして逃げるタイミングを図っていた透哉と煉は、ついにその隙を見出だせず、一部始終を見るはめになった。

 あれが自分たちの末路。その気になれば簡単に済むと思っていた仕事が、何故こんな事になったのか。

 ただ退魔師たちを蹂躙して本部を襲撃し、そこでも蹂躙するだけのはずだったのに、蓋を開けて見れば自分たちの居る場所はとんでもない死地だ。

 この理不尽とも言える強大な敵が自分たちの前に現れた不幸を呪い、こんな状況を招いた全ての要因に思い付く限りの罵詈雑言を浴びせかけてやりたい。

 公浩が透哉と煉に目を向けた事を認識し、その思いはさらに強くなった。


「せっかく腕を一本落としたと言うのに………ハンデが足りませんでしたか?」


 そもそも腕を必要としない戦い方のくせに……と、言いたい事は山ほどある二人だが、むしろ透哉の腹は決まった。

 どうせ詰んでいるのだから、死中に活を見つけてみるのも悪くはない。透哉は通力の顕……『時風(ときつかぜ)』、『空音(そらね)虎落笛(もがりぶえ)』を同時に使用した。

『時風』は一種の設置型の技で、透哉のそれは纏わせた槍が一定の速さを越えた時に突きを同時に六つ発生させる事ができる。『空音・虎落笛』は範囲は狭いが強力な幻術を武器にかけて突きの軌道を誤認させ、さらには『虚影の太刀』より一段上の速度を生み出す。

 それぞれ必殺の威力を持ち、透哉の持ち得る手数と技巧を最大限まで詰め込んだ技だ。

 これなら流石に多少の手傷を負わせるくらいは出来るだろう。そう思い、距離を詰めて放った技が公浩に届く直前、それは起きた。


「っ!?」


 ギリリリィッという金属の擦過音にも似た音が七つの穂先から辺りに響いた。

 七つの刺突は公浩を中心に展開されたドーム状の結界に阻まれたようだ。

 透哉はこれまでにも何度か結界の使い手と戦ったことはある。今回のように結界で防ごうとした者も当然いた。

 しかしそのいずれも、透哉の槍の一突きであっさり片がついていた。そして今回はこれまでと比較にならない威力を乗せている。

 透哉にとって未知の堅さで、渾身の攻撃をまるで歯牙にもかけていないような結界の使用者は、左腕を失っているとは思えない余裕を湛え、圧倒的な上位者の空気を放っていた。


「軽い、遅い、鈍い………私に言わせればですが」


 透哉は一瞬で飛び退き、上空で槍を投げる構えを取る。

 槍の投擲技、『(おろし)』。技を放った位置が高ければ高い程、着弾した時の威力が上がるというものだ。

 透哉のそれは通常の『颪』より遥かに強力で、この高さでも上級退魔師が1000メートル上空から放ったものと同じ威力がある。槍は『大部屋』にストックがいくらでもあるし、公浩に積極的に動くつもりが無いのなら、このまま『虚空踏破』でどんどん上空へ昇って、そこから狙い撃ちにしてやろうと考えていた。

 透哉が“木枯し”と呼ばれるようになった所以が、この『颪』だ。透哉が高高度爆撃を行った場所は小さな町なら更地か廃墟になり、森があれば木々を薙ぎ倒し、その周りの木は枯れ木と成り果てる事から付いた二つ名。


 その技を、今まさに全力で放った。


 目にも留まらぬ速さで、槍が公浩へと迫る。が、その一撃こそが透哉を死に至らしめる事になった。


「駄目ですね」


「っ――――」


 ビュンッ


 公浩が使ったのは先程も見せた『駿空結界 ヨン式』。槍を飲み込んだ穴には透哉自身が映っており、出口となる穴から透哉の『颪』がそのままに返された。

 透哉は自らの技で頭部を木っ端微塵に吹き飛ばされて消滅した。


「遠距離技は返って来る可能性があることを考えなかったのでしょうか。初心者のような基本的なミスで死ぬとは、目も当てられません。“誓約破り”さんも、そう思いませんか?」


 …………………………


「ふむ。あの状態でありながら、なかなかの逃げ足の速さですね。“木枯し”に気を取られていたほんの僅かな隙で逃走を図るとは。『幻霧結界』を仕掛けておくべきでしたか」


 公浩……士緒は焔に目を向け、それに応えるように焔が士緒の側に立った。


「始末は任せます。どうやら思いの外早く退魔師の増援が到着したようですので、私はこのまま彼らに拾ってもらうことにします」


 まだかなり遠いが、強い退魔師が多数こちらに接近している。

 いつもなら梢に任せているが、上級レベルの通力を感知する術符を最初の配置場所に設置しておいたのだ。それに反応して一枚の術符が淡い光を放って伝えてくれている。

 本気で戦う事態は想定していなかったが、何事も備えあれば憂い無しと言う。万が一にも公浩の正体がバレないようにするために、主に味方を感知するための備えが功を奏したようだ。


「承知いたしました。ただ、一つお伝えしておく事が」


「なんです?」


「は、実は“誓約破り”なのですが…………“白面金毛”の手の者だったようです」


「……確かですか?」


「“誓約破り”が言っていた御前様(・・・)とやらは、恐らくあの女狐でしょう」


「………………」


 士緒は数秒だけ考えを巡らし、最善の手を模索した。

 そして出した答は“誓約破り”を利用することだった。


「手持ちの呪力はどれくらいありますか?」


「十分な量がございます。ではやはり、あれにも仕込む(・・・)のですか?」


「ええ。『呪毒』を仕込んだら、最低限の記憶を書き換えて解放してください。後はいつもの通りに」


「承知いたしました。では、また後ほど伺います」


 焔はそう言い残し、士緒に腕を返すと、高度な穏形を発動して姿を消した。

 せっかく『幻霧結界 イチサン式』の術式を渡してあるのだから使えば良いのにとも思うが………焔が何故か士緒の術式―――術式に限らず士緒からもらったものならなんでも―――をかなり大事に取っておいたり、中には飾って観賞したり、気を抜いてる時などはだらしなくニヤニヤして眺めている事を知ってからは好きにさせている。

 それに、ほとんどは消耗品ではないし、仕事に必要と判断すれば迷わず使用するようなので問題は無い。ただ、士緒の使用済みの箸などをこっそり新品と入れ替えて古い方を部屋に持ち帰るのはどうにかならないものか。何がしたいのかは知らないが、あるとき突然おかしな呪いに掛かってたなんて恐ろしい事態は勘弁願いたい。


 士緒は夜空を見上げ、屋敷で五郎左や梢たちと過ごした日々を思い出す。

 早く全てを終わらせて、またあの時のように暮らしたい。いつになるかは分からないが、出来るだけ早く。

 自分のような人間には虫の良い願いかもしれないが、それでも………世界を救う(・・・・・)に等しい事をするのだから、それくらいは許してほしいものだ。


 さて、そろそろ退魔師たちが到着する頃だろう。物思いに耽る時間は終わりだ。

 公浩はその場で前のめりに倒れる。冬の季節にむき出しの土はなかなかに冷たい。

 やがて少し離れた位置から公浩を呼ぶ声が聞こえてきた。

 その声は中央に配置されていた未来夜のもの。数人の気配を伴って公浩の側へ駆け寄った。


「黒沼っ! おいしっかりしろ!」


 未来夜と一緒に駆け寄ってきた女性が公浩を仰向けにし、治癒の顕で治療をしながら容態を確認していく。

 現在の公浩の状態は左腕切断による大量の失血。そして通力の一定量を封印することで起こした通力の枯渇。それ以外には特に無いが、二つ合わせてかなりの疲労、だるさ、貧血、激痛などを抱えていた。

 治癒の顕を使っている女性……五行 (みどり)の顔を確認し、次いで未来夜に向けていつも通りの余裕な笑顔で話しかけた。


「やあ……東雲君。無傷とは羨ましい限りだ。さすが働き者は違うな」


「……皮肉を言ってられる元気があって安心したよ。葉さん、どうですか?」


「通力の枯渇と、あと左腕がちぎれてる以外は何も問題無さそうよ。良かったわね」


 バシッ


 腹部を叩かれて公浩が「うっ――――」と呻いた。


「いや、十分問題ですよねそれ。治るんですか?」


「切断された腕は残ってるし、くっつけるのは楽勝よ」


 未来夜はひとまずの安堵の表情を浮かべ、次いで辺りを見回した。

 “恐慌獣王”と梵天丸の刻んだ傷跡が一部地形まで変えており、戦闘の壮絶さを物語っている。


「さっき街の方でデカイ炎が上がったのが見えたが、何があったんだ」


 公浩はこの有り様なのだから少し休ませてくれてもいいだろうに。命に別状は無いと分かったら容赦無かった。


「何てことはないよ。幹部クラスが4人と、それと災害級が1体いただけさ」


「!! 災害級ですって!?」


 災害級という言葉は一般的な退魔師には馴染みがない。公浩の言葉に強く反応したのは葉だった。


「そんなにヤバイんですか?」


「大聖堂の基準で言うとSSS(トライエス)の事よ。それも、未来夜の想像しているものの数段増しぐらいのね」


 葉の言葉に未来夜は息を呑んだ。

 そうなると、未来夜としては別の心配が湧いてくる。


「佐東は!? こっちに配置されてただろう!」


「佐東さんなら多分大丈夫。親切なおねえさんが連れ出してくれたからさ。それより心配なのは街の方にいた退魔師たちで――――」



「そちらも心配は無さそうだ」



「あ――――」


「お父さん」


 現れたのは、やせ形で、スーツの上にグレーのコートを羽織り、手の甲に長方形の金属板が連なったグローブをした男。外套のフードを目深にかぶった見るからに怪しげな人物を4人引き連れている。

 男は公浩の側に寄り、しゃがんで声をかけた。


「初めまして、五行一樹だ。街の方へ向かった者の話では、人的被害は殉職一名だそうだ。実力の高くない連中だったのが幸いしたようでな、動きが鈍くて本来なら着いているべき場所に居なかったらしい。余波で死んだ退魔師は運が悪かった」


「……そうですか。彼らを無理矢理下がらせたのは僕です。一人亡くなったというのなら、その責任は僕にあります」


「子供が生意気な事を言うな。責任など、これを仕組んだ者の命をもって償わせれば良い。今はそれより敵の所在だ」


 葉による治療で疲労感はいくらか軽くなり、出血は止まっていてもいまだに痛みを伴っていた左腕はだいぶ楽になっている。

 公浩は体を起こして話をしようと力を入れるが、葉にアイアンクローを受けて地面にドガッと押し付けられた。


「怪我人は寝たままで話しなさい」


 石刀ががさつと評した葉であるが、これがその一面なのだろう。

 後頭部に傷が増えた。


「災害級と、“恐慌獣王”、“木枯し”、それとスピナトップと呼ばれていた“鬼”は死にました。ただ、かなり弱らせましたが、“誓約破り”には逃げられてしまいました」


「災害級というのは“鬼王・八重波(やえなみ)”か?」


「いいえ、あれは竜です。確か、梵天丸と呼んでいたその竜をスピナトップなる人型の“鬼”が支配しようとしたみたいですが、術式が暴走し、術者と“木枯し”を巻き込んで自滅しました」


「梵天丸………10年前に姿を消した災害級か。確かに死んだんだな?」


「そこに積もっている石の山がそのへんから拾って集めた物でなければ、そうでしょうね」


 全員が近くに積み重なっている石に目をやる。

 一樹はそれを見て一言「なら安心だ」と言った。


「詳しい報告は後で聞くが、他に緊急性のある報告は無いか?」


「あと一つだけ」


 周囲の安全を確保していた退魔師の内の何人かがストレッチャーのような物を持ってやって来た。公浩はそれに乗せられながら、苦笑を湛えて一樹に伝えた。


「あなたも小田原さんも、ちょっと優秀なだけの学生退魔師を持ち上げてこんな死地に送り込むのは勘弁してください。おかげでひどい目に遭いました」


 鳩が豆鉄砲を食らったような顔。正しくそんな顔が一樹と葉から向けられる。

 公浩は運び出される間際、「冗談です」と笑ってその場を後にした。

 ここに仕事は無いと判断した未来夜が一樹と葉に挨拶をしてから公浩に付いて離れていった。


「葉、お前の婚約の話だが………今からでもあれにするか」


「お父さん、その冗談つまらない」


 父娘の軽口を済ませ、一樹は引き連れていたフードの男たちに向き直った。


「悪いがもう少しこちらの戦に付き合ってもらうぞ。大聖堂にはそれなりに貸しがあるんだからな。九重の分と、それから黎明の爺さんの分がな」


 すると4人の内の一人が低い声音でそれに応えた。


「分かっております。それに一時はどうなるかと思いましたが、これが終わればまた“吸血貴族(ノーブル・ド・ドラキュリオ)”に専念していただけるのでしょう?」


「無論だ。とは言え、日本にいた“吸血貴族”は九重がほとんど調伏している。これ以上我々に出来る事は少ないのではないか?」


「まだ肝心の“地獄公(エリゴール)”と“天青(セレスタイン)”が見つかっておりません。先程の少年が“血錐(ギムレット)”を倒している事も考慮すれば、彼らがこの国にいるのは確かでしょう。九重様も調伏を確認されていないのでは我々も簡単には帰れませんので」


「まあそうだろうな。葉、お前は何隊かを率いて、逃げたという“誓約破り”を捜索、お前の判断において処理しろ。手に余る事態になったら連絡を寄越せ。いざとなれば機器による通信を許可する」


「了解。携帯はちゃんと気を付けて使うから安心して」


 退魔師が互いに連携を取る時に通信機器を出来る限り使用せず、携帯などより通話可能距離が劣る通信符を使用するのには訳がある。

 簡単に説明すると、強い通力に触れると電子機器が破損する事があるからだ。

 戦闘で通力を使用した直後などは、顕術が強力だったり使用者が凄腕であるほどその残滓だけで影響を受ける。今回のような多人数戦闘は言うに及ばず、敵からしたら大した労力も使わずに通信を妨害できてしまう。

 通力の制御に集中しながら操作すれば簡単には壊れないが、戦闘中にそんな余分な事をするのは命取りになる場合もあるのだ。おまけに顕術の中には電波などによる通話を傍受してしまうものもある。通力による通信も似たような事が無くはないが、機械などよりは例も少なく難易度も高い。

 それに通力による電子機器の破損はそれなりに多く、民間への影響はその中でも少ない方とはいえ、かかる費用などは馬鹿にならない。

 それらの対応に追われるのが主に五行家とあらば尚更だった。


「そうしてくれ。俺はこれから左翼に向かう。コーエン、頼む」


 先程から一樹と話していた男……コーエンにそれを促す。

 コーエンは「かしこまりました」と言って全ての指に様々な意匠の指環を付けた手をスッと前に出した。


「『アウェイクン』」


 指環の一つに付いていた宝石が淡く光り、光が雫となって地面に落ちた。それは波紋となり一樹とフードの4人に触れると、全員の体を包みこんだ。


「遅れるなよ? 祓魔師は“神託(オラクル)”の強化があっても遅いからな」


「努力はいたしますが、それを言うなら一樹様も退魔師の基準では遅い方では?」


「それでもお前ら程ではない。お前らのせいで間に合わなかったら悪夢(・・)を見せてやるからそのつもりでいろ」


 そう言って一樹は目にも留まらぬ速さで来た道を戻り、祓魔師4人もそれに劣らぬ速さですぐに見えなくなった。

 葉はそれを見送ってから、言い付けられた仕事へと取り掛かる。


「吉川さんと有馬さんの部隊は同行してください。ここの指揮は梓ちゃんに………って、あの娘どこいったの?」


 葉が一緒にこちらへ来ていた梓の所在を近くにいた退魔師に問い掛けた。


「三王山殿でしたら、先ほど運ばれていった少年に付いていきましたが…………」


「いつの間に…………小さいからいなくなった事に気付かなかったわ」


 その頃、公浩にぴたりとくっついていた梓に冗談のつもりで、「あ、会長。いらしたんですか。小さくて目に入りま――――っ!!」と言って腹に拳を入れられていた。


 それからすぐの事、佐東市花が種咲の“社”の門前で保護されたと公浩たちの耳にも届いた。



           ★



「……“真ノ悪”がいた?」


 梓は中央の様子を語りながら公浩を拠点として構築されていた野営地の天幕に運び込み、緊急時に備える意味で時間のかかる腕の接合は後日にし、ある程度の治療を終えたところで梓と未来夜に語る。


「佐東さんが動けない状態だったので、彼女に連れ出してもらいました。恐らくは固有秘術でしょうけど、転移させて連れ出すとは思いませんでしたよ」


「黒沼お前………なんでそれを一樹さんに言わなかった」


「緊急性のある報告は、と聞かれたから」


 梓と未来夜は公浩を呆れた目で見ていた。

 まさか“鬼”の、しかも世界最大の組織の構成員を信じて仲間を託し、あまつさえそれに義理立てするように多くを語ろうとしないとは。


「……はぁ、まあいい。黒沼が無事なら、鶫を泣かせずにすみそう」


 治るとは言え、そこまで無事ではないのだが……と、そう言えば梓はなぜ鶫の方ではなく公浩の方へと来たのだろう。心配するとしたら鶫だと思っていたのだが。

 それについて梓に聞いてみた。


「……そっちは一樹さんが手を回してくれてる。絶対大丈夫だとの保証付き。むしろ黒沼こそ落ち着き過ぎじゃない?」


「だな。いくらなんでも、もっと心配事を溢してもいいんじゃねえか?」


 公浩は微笑を浮かべ、「まあね」と言った。

 確信、とまではいかないまでも、どこか自信のある笑みだ。


「一応、打てる手は打っておいたからね」


「……あの御守りの事?」


「それも含めて、確実な一手ですよ。ただ………鶫には特にですが、会長にも謝っておく事があります」


 梓はひょこっと首を傾げて頭に疑問符を浮かべる。実に可愛らしい仕草だ。


「黙っていて済みません。実を言うと裏切り者の見当はついていたので、罠を仕掛けておきました」


 途端、梓は顔の険を濃くする。「……まさか鶫を」と、怒気を含んだ声音を漏らし、納得しかねるという意思を込めて公浩を睨みながら。


「鶫には後でいくらでも頭を下げます。それでも敵の化けの皮を剥がすために………生き餌(・・・)役は必要だったんです」


 未来夜はいまいち話が見えないようで聞きたそうにしているが、割り込めそうな雰囲気ではないため大人しく成り行きを見守っている。

 梓は怒りを吐き出すかのように深いため息を吐き、努めて冷静に公浩を見た。


「……それで、そいつの名は?」


「………五行樫木です」


「っ…………………」


 未来夜はなんとなく察して、だからこその困惑を浮かべた。

 そして梓はクールダウンしたばかりの頭が再び怒りで熱を持っていく。拳を握りこみ一言、「…………そう」と口にして、そのまま公浩の腹に一発入れた。


「おっふ!!」


 それは先ほど冗談を言った時とは比べ物にならないくらいに重く、辛いものだった。                                                         

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