第59話 チートレベルの恋心 チョロイン編
言い訳になってしまいますが、この話を書いた時は徹夜3日目だったんです。
寝不足で頭がイカれていたんです。
結構無茶をした回になりました。
退魔師陣営、右翼。
「があっっ!!」
何度目になるか。
“恐慌獣王”は歪な獣の群れと化した腕を、根本から『光剣』で切断された。
“恐慌獣王”は呻きながら腕から再度、獣の群れを出現させ、元の人型の腕に戻す。
「あっ………は、はははは!! まだまだぁああ! このくらいじゃ僕の猟犬たちは殺し切れないよ! 恐怖には程遠い!」
今度は“恐慌獣王”の方から公浩へと接近を図る。かなりのスピードで迫り、容易く公浩を攻撃の射程圏内に収めた。
すると“恐慌獣王”の半身が一瞬で膨れ上がり、人をまるごと噛み砕き呑み込める程の巨大な獣の顎門が眼前に出現し、公浩を覆う。
「ふっ!」
公浩は敢えてそれを躱さず、むしろ一足に進み出た。
そして獣の上顎を思いっきり蹴り上げ、つっかえ棒のように口を閉じさせない。
ズシッとくる重みを公浩は堪え、空いた両手で『炎柱刺突槍』を生みだし、さらには足の裏にも爆炎を発生させた。
KYUOOOOOO !!
鰐にも見えるその口の中で炎が暴れ狂い、“恐慌獣王”の半身は甲高い音を拡散させる。
炎は獣口を突き破り、本体にまでその威力を届けた。
「おごっ………か………は」
“恐慌獣王”はなんとか人型に戻ると、この戦いの中で初めて自分から公浩との間に距離を置いた。
「はぁ…はぁ…ごふっ………これは、楽しくないけど………期待は膨らむよ」
“恐慌獣王”には確実にダメージが蓄積されている。それでも、恐怖の感情を切望する“恐慌獣王”としては、期待が膨らむ程度のピンチに過ぎず、危機感は皆無だ。
あくまで本人にとっては。
「おいおい………熊公の奴、ヤバいんじゃね?」
「ですね。いかに熊君のデータが揃っていたとしてもですよ。ここまであっさり攻略できるほど甘い能力ではありません。とんでもない技量……あれと同じ事が出来るとしたら、思い当たる限りは煉殿だけですね」
“恐慌獣王”の生み出す獣の群れは、その口内、その牙、体内に至るまで、あらゆる通力による顕術を打ち消す事が出来る。
あの大口の中に攻撃を仕掛ける敵など、それこそごまんと存在していた。
しかし、実際にはその悉くが通じる事なく、あっさり獣の胃の腑へと落とされてきたのだ。
「あの学生がどんな手品を使ってるのか、旦那は解るか?」
「ええ、まぁ。行っていることは説明できますが、実際にやるとなると異次元の難しさでしょう」
「俺やあんたでもか?」
「佐田君が、熊君の通力の波長を8割以上読み取り、尚且つそれを打ち消す真逆の波長の通力を練る事ができ、それを顕として発動し、さらには加藤殿に比肩する高度な戦術眼を持ち合わせているのなら、可能でしょうね」
「………冗談だろ?」
“恐慌獣王”の通力を分析したデータなら、或いは“社”が得ていても不思議ではない。が、それを正確に頭で認識し、しかも真逆の性質の通力を練り上げる………やろうとして出来る事とは思えない。
出来たとしても、その技量を有効に活用できる相手など“恐慌獣王”のように特殊な能力を持った者……その対抗策ぐらいでしか使い道がない。
まさか“恐慌獣王”を倒すためだけにこれまでの十数年の人生を費やしたとでも言うのか? 馬鹿な。あり得ない。
「……学生のレベルを逸脱しています」
スピナトップは公浩を、脅威となりうる存在として認識した。
公浩は実験動物で、自分はそれを観察している立場だと思っていた。そのはずが、もしかしたらその実験動物が手に負えないような危険極まりない代物かもしれない。
スピナトップは透哉に目配せをする。
透哉はそれを正しく受け止めた。
「アレを出すまでもない。安心しな旦那。俺だって、やるべきことはちゃんと分かってるさ」
「……なら結構です」
スピナトップの険しい視線は公浩たちの戦いに戻された。
★
カキンッキンッキィン――――
その戦場では先程から小気味良い音が何度も繰り返し響き渡っている。
市花は刀と、逆手に持った鞘を振るい、煉が掌に乗せて掲げ持つハンドボール程の大きさの鉄球から生み出されてこちらへと飛来する物体………鉄球と同じ鈍色で硬質感のある蜂を余さず叩き落としていた。
「良いぞ小娘。その調子で実験データを提供しろ」
キンッガキンッキンッガキンッ
大量の金属蜂を一匹残らず処理している市花だが、全くと言っていいほど余裕が無い。
それは単純に金属蜂の数が多いからだ。
最初は回避していたのだが、その蜂は正しく生きているかのように執拗に追尾してくるうえに、そのままにしていたら際限無く増え続けるようで、やむ無く叩き落とすことにした。
今だにこの蜂たちにどういった能力があるのか、あるいは本当はただ硬いだけの蜂なのか、全く解っていないのだ。まさか自分の体で試すわけにもいかない。
市花がする事はまず第一に時間稼ぎ。公浩か、可能性は低いが中央からの援軍を待つこと。
あわよくば手傷ぐらいは負わせておきたいところだが、無理に前に出て自らリスクを冒す必要も無い。
目の前の“誓約破り”という鬼はそれだけ危険な相手なのだ。
なので、状況が膠着するのはむしろ望むところ。
佐東家の技は退魔師の中でも特に燃費が良い。防御に徹し、持久戦に持ち込めればかなり有利に事を運べる。
煉が実験だなんだと侮っているのなら好都合。このまま三日三晩でも付き合ってもらうだけだ。
(でも……そこまで都合のいい話でも無さそうだなぁ)
煉の持つ鈍色の鉄球に変化があった。
押し寄せて来ていた金属蜂の波はピタッと止んだ。代わりに鉄球の表面から細長い針が無数に、ゆっくりと伸び始めた。
針は枝分かれを繰り返し、やがてその一部から、まるで果実が実る光景を早回ししたように、人一人が入れるぐらいの鈍色の球がぷくーっと膨らみ……熟れた実が地にドスンと落ちた。
「今度はこれも試させてもらうぞ。精々生き足掻けよ、小娘」
落ちた実がグニャリと歪み、次の瞬間、フルプレートの西洋鎧が出来上がった。
夜闇の中にあっても金属質な光を纏った騎士たちの手にはブロードソードと、身体のほとんどを隠せるタワーシールド。
それが合計で5体。1ミリとぶれずに同じ動きで横一列に並んだ。
ガチャッ
騎士たちは一糸乱れず剣を前面で構える。
まるで儀礼式典でも始めるのかとも思える芝居がかった動き。そして徐に剣の先を天に掲げ、直後に市花へ向けて走りだした。
「……………っ」
騎士たちの動きはそこまで脅威的なものではなかった。
市花はそれを即座に見切り、逆にこちらから間合いを詰める。
「っりゃ!」
刀を横一閃。振り抜けば一度に2体は両断できる間合いだ。
市花の刀が月光を浴び、刀身は青白く閃き、芸術的な太刀筋で軌跡を残す。
市花は騎士を葬った手応えが返って来る事を疑っていなかった。
キィンッ――――
「!?」
騎士の一体が持つタワーシールドによって会心の一撃が止められたと理解するのにコンマ1秒の間を要した。
騎士はその一瞬の隙を逃さず、上段から剣が2本、市花へと狙い違わず振り下ろされた。
キキンッ
市花が左手に持った鞘でそれらを側面から打ち払い、剣の軌道を逸らした。
そして波状攻撃が来る事を読んだ市花は払った剣……騎士たちの間に、文字通り転がりこんだ。
案の定、一瞬前まで市花がいた場所には他の騎士の剣が差し込まれていた。
「防御力特化……それと連携もとれてる………けど」
次は斬れる。
最初の蜂たちと同じと考えたのは失敗だ。敵が本気ではないからと言って、こちらが侮ってかかってよいわけではない。
市花は呼吸を調え、気組みをたて直す。
そして今度こそはと勢いよく踏み込み、騎士の一体に肉薄した。
(まず一体!)
堅実に一体ずつ。時間をかけて実験とやらに協力してやろうではないか。
市花は鞘を順手に持ち直す。そして踏み込みと同時に鞘を鋭く突きだした。
ガシャッ!
突きは騎士にあっさり決まり、鎧の腹部に小さくヒビが入ったが、そのかなりの重量に市花の手に衝撃が跳ね返る。
「ツッ――――」
市花は左手の痺れを無視し、身体を時計回りに一回転させる。そして右手の刀に勢いを乗せて、怯んだ騎士に向けて思いっきり振り抜いた。
ガキンッ!
「っく――――!」
今度は剣を合わせられた。剣にはピシッとヒビが走るが、それだけだ。
そしてすぐさま別の騎士が市花を襲う。
飛び退いて距離を離そうとした市花だったが、唐突に動きを封じられた。
「なっ!」
攻撃を受けとめた騎士がヒビの入った剣を捨て去り、市花の制服の胸ぐらを掴んで引き寄せた。
想定外の動き……あまりに思いきった行動だが、所詮は作られたがらんどうの騎士。こんな行動をしても不思議ではない。
騎士にピッタリと密着させられた市花のがら空きの背中に、別の騎士の剣が袈裟懸けに振り下ろされた。
「っああ!!」
騎士の剣は市花の『不動障壁』を容易く破り、その背中を切り裂いた。
血が噴き出し、痛みに身体中の筋が張りつめる。
しかし、心無き騎士の攻めがそこで終わる事はなかった。
市花を捕まえていた騎士が市花を背中から地面に叩き付ける。
「がっ、は……!」
背中に激痛が走り、肺からは空気が一気に押し出された。
市花に跨がった騎士はタワーシールドをも放り捨て、握りこんだ拳を容赦なく振り下ろした。
「ぐっ!」
口の端は切れ、口内には血の味が広がる。続いてもう片方の拳で殴りかかろうと振りかぶっているのを見やり、このままでは…と思いつつ、こんな時でも市花の心は冷静に状況を分析し、次の行動を考える。そして即座に判断を下した。
がらんどうの騎士に出来て、自分に思いきりのよい行動が出来ない筈がない。市花は鞘を一旦手離し、がら空きの脇腹に掌底を打ち込んだ。
「『掌烈波』!」
ガンッという音を響かせて吹っ飛ぶ騎士。自由になった身体を起こし、すぐさま飛び退いて距離を取って構える。
騎士たちはただ単に心無き騎士というわけではないようで、しっかりと統制のとれた動きで市花を取り囲んだ。眼鏡は先程の攻防でいつの間にか飛ばされていたため、視界はかなりぼやけていた。
「ずいぶんな有り様だな小娘。今からこれでは先が思いやられるぞ?」
煉はいつの間に作ったのか、騎士と同様の鈍色の金属で出来た椅子にドンと腰掛け、肘を付いて拳に頬を乗せて寛いでいる。
実に不愉快な光景だが、今はそれどころではない。
さて、どうしたものか。
冷や汗が頬を伝う感触をはっきりと感じとれる。
あの騎士の防御力は相当なレベル。生半可な攻撃ではダメージを与えられない。
連携も……いや、恐らくは煉が遠隔で操作しているのだろう。騎士の動きはただの意思無き人形というより、剣技などに関して素人臭さが顕著なものだった。
相手は三大魔法使い。剣に関しては素人であっても不思議ではない。でなければ、ただでさえヤバイ相手なのに、今以上の脅威になってしまう。
そうであってほしいという希望的観測も含まれているが、どちらにしても自分が考えてもしかたのないこと。今は目の前の脅威に集中しなければ。
そう思い、騎士たちをサッと見回す。すると、そこで微かな違和感があることに気付いた。
ポロッ
髪から何かがこぼれ落ちた。ふと手をやり、髪留めに触れる。
「っっっ!!」
先程からの衝撃で破損したのか、前髪を留めていたそれは薔薇の飾りが脆くも崩れ、ピンは端が欠けていた。
御守りのつもりだった。
今までは、壊すような事態はほとんど無かった。
ただ、かつての恋心にみっともなく縋り付き、優しい言葉や笑顔の記憶に浸りたかった。そんなくだらない感傷で自分を憐れみたかっただけなのだ。
軽い気持ちで持ち歩いていた大切な想い出。
そして遂に、気持ちに踏ん切りがつく前に、その機会を失った。
……………………
いや、違う。
踏ん切りならついている筈だ。
「可愛いね。この髪留め」
情けない話だが、ついさっきの事。
ああ……もうこの気持ちは既に……
未来夜にプレゼントされた物だからじゃない。
恋心の残骸だからではない。
自分を牢獄に囚える鎖ではない。
自分がこの髪留めを大切に想う気持ちは、もうとっくに別物になっていたのだ。
「君はいつでも自由になれるよ……囚われのお姫さま」
あなたが………私を自由にしてくれる切っ掛けになったモノだから。
我ながら自嘲してしまう。
失恋からほとんど間も空いてないというのに、もう新しい恋だなんて。
あなたは、こんな私をふしだらと罵るだろうか………
(それでもいい………それでも抑えられないの!)
市花はうつ向き、ギリィと歯が鳴る程にくいしばる。
「私の………新しい想い出を………」
その時確かに、市花の中の何かが壊れた。
「うん? 何か言ったか、小娘」
ボソッと、小さな声が市花の口から漏れ、煉が怪訝そうな顔を向ける。
「………れが………だ」
「………絶望的な状況を前に気でも触れたか?」
「だれが………だれが………」
ピシッ
市花を中心に地面に細いヒビが広がった。
煉も、そんな様子に目を見張る。
そしてそれを目にした時、煉ですら背筋を悪寒が駆け抜けた。
自分は何かを間違えたのではないか。
奇しくも、要因である男の心情と被った。
皮肉にも、まったく別の感情を向けられる事によって。
「だれが………だれがっ………小娘だああああああ!!!!」
「!!」
ビリビリビリ
肌を撫でる振動。煉を、かつて感じた事のない言い知れぬ恐ろしさが襲う。
その場所を数秒の間、超局地的地震と緊張感が支配した。
「さっきから小娘小娘と………私の不快指数はメーターを振り切ったぞおらあ!!」
ビリビリビリ…………バキッ
そんな馬鹿な。
煉は信じられない物を見る目で騎士の一体を見る。
全身にヒビが走った直後、ガシャン ガラガラ と崩れ落ち、鈍色の残骸だけが残っていた。
「……なんだこれは」
煉が今使用している鈍色の金属は先日に完成させたオリジナル顕術。名前はまだ付けていないが、使用した通力の量と質に応じて硬く、質量も大きい金属を生成し、使用者のイメージを完全に反映させて操るというものだった。
金属の性質と質量が災いしてイメージに鎧の動きが追い付かないなど改良の余地があったとはいえ、理由も分からない内にあっさり壊されるだなんて考えられない。
ましてや、自分にとてつもないプレッシャーを与えるなど。
「こむす………女。何をした」
「んなもん知るかクソがあああ!!」
ビリビリビリ
いちいちこの圧力を撒き散らさないとやっていられないのか。
煉の顔がいっそうしかめられる。
「だけど………だけど! 自分に何が出来るようになったのかはよく分かる! これこそ愛の成せる業!! あえて名付けるなら………『夕立暴走乙女』ってとこか!!」
「……なぜドイツ語? いや、なんでもよい。それより、実験の続きといこう」
「あん?」
「モルモットが突然変異するというのも実験の醍醐味というもの。少しは張り合いが出――――」
「だれがモルモットだあああああ!!!!」
ビリビリビリ……バキャッッ!
鎧がまた一つ、鉄屑へと姿を変えた。
それを見た煉の知的好奇心がさらに高まる。
「……いいだろう。追加の研究材料として、貴様に最高の陵辱をくれてやる」
残った騎士が3体。それに加え、新たに鉄球から大量の果実を実らせる。合計で100近い鎧が一斉に市花に襲いかからんと構えた。
「まずは女としての尊厳を完全にぶち壊す! 次にお前の身体を切り刻みっ、他の実験動物と繋ぎ合わせっ、狂うほどの呪いを吐き出させっ、そしてっ! あの方が築く新しい“鬼”の世のための最高級の実験動物となれ!!」
騎士たちが迫り、市花に今まさに、剣を振り下ろす瞬間。煉は狂喜の笑みを浮かべていた。
どんな種があるのかまだ判らないが、鎧の防御力と、市花が簡単には死なない事は前の戦闘で明らかだ。
さあ、どう切り抜ける!
何を魅せてくれる!
貴様の全てを、私にさらけ出せ!
その期待は、ある意味最高の形で叶うことになった。
市花が深く息を吸い込んだ瞬間、世界が止まったような感覚が煉を包んだ。
その一言は、真実………世界を止めた。
「『私の言うことを聞けーーーーー』!!!!」
ビリビリビリ
市花を襲おうとした騎士たちはピタッと動きを止めた。
さらには空間、時間すらも、市花の声を受けた全ての存在が、声の中では活動が許されない。
市花は歩きだし、100体の騎士の間をスルスルと抜けて出てから命令を付け加えた。
「『ぶっ壊れろーーーーー』!!!!」
パリンッ
それは澄んだ良い音だった。
世界が再び動きだし、観測、記録を許可された音だ。
100体余りの騎士はガラスのように砕け散り、破片はさらに粉砕を繰り返し、崩壊を命じられた憐れなガラクタは物質の最小単位までしかその存在を許可されなかった。
「お前にも………壊れるように命じたはずなんだがなぁ」
市花の声の先には息も絶え絶えに地に膝を突き、所々が千切れ飛んだ服の隙間から血を滴らせている煉の姿があった。
「は、ははは………あーーーははははは!!」
煉は狂声を上げながらゆらりと立ち上がり、天を仰いだ。
「すごいぞ!! 素晴らしい!! これほど強力な固有秘術は見たことが無い!!! とんだ実験動物だっ!!」
「どうしたよ。絶望的な戦力差に気でも触れたのか?」
「否だ! その力は決して我らにとって絶望などではない!」
煉はバッとローブをはためかせ、市花へと手を差し出した。
「私の元へ来い! 我が元で……いや、御前様の下で世界の在り方を加速させるのだ! 貴様にはその資格と、価値がある………我と共に、世界を変え――――!!」
「『私の言うことを聞けーーーーー』!!!!」
ビリビリビリ
強権の発動。全てが停止し、それこそが世界の在り様と定められる。
煉はその世界において、自らを異端へと変じさせる事を強いられた。
「――――っかはぁ………ぅ、ぐ」
ここに一つ、市花に発現した固有秘術……『夕立暴走乙女』の欠点が表れる。
『夕立暴走乙女』を使う時、市花はまず世界へと命令を下す。ひとたび命令を受けてしまえば、もはや問答無用。世界は市花へと引きずりこまれる。
そこは市花の価値観が全ての世界。市花のみによる完全独裁世界……全ては市花の許可無しに存在を得る事を許されず、市花が望んだモノ以外は事象から見放され、そこに市花以外の全て……愛以外の全てが排除されるのだ。
誰かさんへの恋心が臨界点を突破した事(チョロイン事情)により発現した“測定不能級”固有秘術。
何者をも従わせるが、しかし唯一、愛だけが思い通りにならない世界を宿した己が身に相手を引きずりこむ。
ある意味では究極の力、ある意味では究極の矛盾、ある意味では究極の失恋を引き受けてしまった市花の……たった一つの不幸を反映した能力だ。
「ぐふっ………どれほど強大な強制執行権であろうと、そもそも世界に呑み込まれなければよい。最初の命令だけは、まだ貴様の世界の外にあるのだからな」
「はんっ! それを初見で見抜いたまではいいが、命令拒否の代償は高く付くみたいだな!」
煉の全身からは血が吹き出し、苦痛を伴うのは間違いない。
第一の命令を拒否すること自体は出来る。命令に触れた瞬間に、自ら世界を外れてしまえばいい。
それは要約してしまうと、自害……最低でも臨死体験をセルフで実行できる必要がある。
煉の場合は鈍色鉄球の顕の応用で、通力を体内で毒素へと性質変化させることで、ギリギリ致死を免れ、しかし死と同等の苦痛を受けた。そうやって世界を騙したのだ。
「ああ、私だけが命を賭けた最悪の綱引きだ。だが、貴様もただで済んでいる筈がない。何を失った……何を代償として支払った?」
「欲しいモノ以外しか手に入らない苦痛……ただただ、好きな男を振り向かせるのに努力が必要なだけの、地味系女子高生が抱える悩みみたいな代償だよ。安いもんだろ?」
「………………」
煉は市花の言うことの真偽を計ろうと、じっと観察をする。
驚いた事に、少なくとも市花自身は今自分で言った事を信じているのだろう。煉は嘘を感じ取れなかった。
「だとしたら……やはり貴様は小娘だ」
「『私の言うこと聞けーーーーー』!!!!」
「がはぁっ!?」
煉は吐血した。生ける屍のようだ。
「そろそろお喋りはいいだろ。いい加減に死にくされ!! 『私だけを見てーーーーー』!!!!」
既に呑み込まれていた世界が市花の命に従い、その在り方を変えた。そしてその変化を煉にも強要せんと襲いかかる。
煉はまたしても天を仰ぎ見て、読んで字の如く仰天した。
「どういう理屈だ、これは………」
視界一面を埋め尽くすのは、星、ホシ、☆。
ポエミーな文学作品のような訳し方をした命令がもたらしたのは決してロマンチックな夜を彩る美しい光などではなかった。あるのは、たかだか世界三大魔法使い一人に使うには過剰すぎる破滅の担い手。
もはや数えるのも馬鹿らしくなる流星の群れ。いくらなんでも、市花の世界が宇宙まで届く筈がないのにだ。
「やはり惜しいぞ! 貴様のその世界、我らのために使え! 代わりに貴様の望みを叶えてやる!」
「消し飛べホラ吹きがあああ!! 空手形を平気で渡そうとする奴は石器時代に帰れえええええ!!!」
流星は速度を増し、どれもこれもが一直線に煉を目指す。
絶対にあり得ない現象に辟易とするが、座して待つのもつまらない。
「良かろう。私に本気を出させた対価は………貴様自身で払ってもらおうか!!」
『炎雷よ来たれり』!!
煉はそれぞれ右手に炎を、左手に雷を纏わせ、両腕を横に一閃した。
炎と雷、二つの性質を無理矢理に重ね掛けして生み出される技。
雷は着弾した瞬間に爆炎へと姿を変え、炎は稲光のように迸り抜けて敵を内から焼き尽くす。威力も底上げされ、本来なら反則級の技なのだが………
「あと19発というところか………」
煉の炎雷は流星の5パーセント程を消滅させただけで、残りは無傷で残っていた。
「残り十数秒で95パーセント。これならなんとかなりそうだな」
『対物式・十六夜の型』!!
流星が煉へと直撃する直前、流星は煉から遥か手前で大きく逸れ、煉はそれに合わせて逆側へととにかく回避した。
本来『十六夜の型』は対人戦闘において相手の精神を掌握し、攻撃に僅かな躊躇いを持たせ、挙動を常に一手以上遅らせることで戦闘を優位に進めるだけの顕に過ぎない。
しかし『対物式』は煉のオリジナルの顕であり、それは任意の方向に向けて対物体への干渉で、対象の動きを阻害、またはある程度コントロールする事ができる。
仕掛としては、通力の通っていない物体などに自らの通力を通わせる事で、手足とまではいかないまでも、簡単な同調作業で対象の動きを操れるというものだ。
今回の対象は巨大で、さらに動きも速く、威力も大きい。回避行動と並行して行う必要があった。
結果、煉は全ての流星を回避した。
「やはり最初に5パーセントを削っておいて正解であった。さあ、小娘よ。次はどのように遊ぶのだ?」
してやったり、と得意気な笑みを向ける煉に市花は冷静に返答した。
「すぅう~~~~~…………『私だけを見てーーーーー』!!!!」
ビリビリビリ
「な………っ!?」
市花の切ない命令は空へと届けられた。
そして、煉はその命令を聞き届けた天を呪った。
……………それ、連射できるの?
「1000セットこなしたら次だあああ!!」
「………………」
煉は生まれて初めて天に祈った。
しかし、女神の怒りを買った愚かな異端者は、22セット目で消し飛ばされた。




