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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
58/148

第58話 謀は蠢動す

「……バカな……あり得ない」


 梓は鬼の陣営へと『口伝千里』で意識を向けた。

 そしてそこで見た有りのままを退魔師側の各部隊に余すことなく伝達した。さらには『口伝千里』で見た光景が確かなのか、直接人員を送って目で確認させてもいる。


 …………失態だ


 もっと早く敵陣に目を向けておくべきだった。基本中の基本を見落とした、自分のミスだ。

 いや、厳密には直前まで情報収集を行っていたはずの五行家の“御庭番”にも責任はあるのだが、それを信頼しきって確認を怠ったのは梓の責任と言える。

 梓は自責の念を強く感じていた。そこへ、先程送り出した斥候が梓の元へ駆け寄り、即座に報告をした。


「確認できました。敵陣と思われていた付近一帯、鬼の影も形もありません」


「……そう。右翼と左翼への繋ぎを急がせて。それと………」


 梓はほんの数分前まで『口伝千里』で監視を行っていた飛英のテントに、俯瞰するように再び目を向ける。

 そしてもう一度、確認するために躊躇無くテント内を覗き見た。

 そこには人の気配は無く、最低限の家具で作り出された簡素な空間と静寂、地面に空けられた大穴しか確認できなかった。


「……すぐに追っ手を出して。最低でも上一級以上を5人以上で行動させるように。それから……“御庭番”で情報収集を担当していた人間を大至急こちらに寄越すように言って」


「ですが、“御庭番”と接触できるのは五行の本家筋だけで………」


「……ならこちらから出向く。周辺の徹底調査が終わり次第、五行家当主殿に会う。管理職連中の頭を飛び越えて通信系で連絡してもアポは取れないから、先に伝えておいて」


「了解しました。しかし……周辺の徹底調査をするにしても、範囲が広すぎてあまりにも時間がかかりますよ」


「そちらはそちらで確認作業を進めておいて。こちらは勝手に終わらせておくし、報告も挙げとく」


 言うや否や、梓は目を伏せて周辺の把握に集中する。

 直後、有りとあらゆる情報を『口伝千里』によってかき集めていく。

 森の中は勿論、上空を1000メートル前後、地中も100メートルまでを索敵し、安全を確認した。すぐにその事実を各部隊長に報告し、一言「……終わらせた」と言って梓はそそくさと持ち場を後にした。呆然とその様子を眺め、信じられないと言いたげな顔で梓の背中を見送る斥候を置き去りにして。


(……いったいどうなってる)


 梓は焦燥に駆られながら五行本家の陣を目指して歩いた。



           ★



 そこはその晩の戦場の中で、最も危険な場所となった。

 その状況に遭遇した場合、上級退魔師でも絶望視したとしても可笑しくはない。


 右翼、公浩と市花が駆け付けた時には既に8人もの中級退魔師が焼け焦げ、炭と成り果てていた。

 光の正体は炎系の攻撃によるものだったようで、冬入りし始めたこの時期にも関わらず、その辺り一帯は灼熱の如く気温が上がっている。

 人や、整備されていない岩肌の地面が焼ける匂いが立ち込め、気分を悪くする空間がそこに出現していた。実際に市花などは限りなく炭に近い焼死体には慣れておらず、込み上げてくる吐き気を堪えるのに必死だ。


「来た………来たよ! 新しい獲物だ!」


 公浩と市花が駆け付けた場所には4人の男たちが立っている。

 その内の一人……熊の毛皮を目深に被り、顔の半分が隠れた男。何日も山の中を歩き回った後の狩人のような薄汚れた出で立ちで、大仰に腕を広げて一歩前に進み出る様はかなり異質だ。狂喜の声を上げるその男の特徴は、退魔師協会において“恐慌獣王(きょうこうじゅうおう)”の名前で広く手配されている人型、特一級の鬼、“日計の毒”で幹部クラスとされている者のそれと一致していた。


「まさか幹部クラスがこちらに徒党を組んで押し寄せて来るなんてね」


 そう、“恐慌獣王”の後ろに控えている3人の男も全員“日計の毒”の幹部クラス。“恐慌獣王”と比べても見劣りしない強さと、個性のある格好をした4人だ。

 一人は若い見た目で若者らしいファッションを着こなし、やる気無さげに大口を開けて欠伸をしている。外見的特徴からは特定しにくいが、士緒の記憶によるとこの男は、


「見てよ! 見てくれよ透哉(とうや)っ! (れん)が僕の獲物を全部消し炭にしちゃった時はムカついたけど、まだまだ獲物はたくさんいるんだ! ハッレエエエエルヤアアアア!!」


 “木枯し”、佐田 透哉。

 こちらも退魔師協会では特一級の鬼として警戒レベルが高く設定されている。

 本人は、ただ面倒くさそうにあさっての方へ視線を向けて佇んでいるだけに見えるが、そこに明確な隙というものは見出だせなかった。


「あーー、はいはい。良かったな。……っつーか煉。ほとんど熊公(くまこう)に任せちまって俺たちは大人しく見てようぜ? 熊公から獲物を横取りなんてしたら面倒な事になるって分かってただろーが」


 煉と呼ばれた男は魔法使いをイメージさせる服装、漆黒に金糸で模様を編み込んだローブを着ていた。

 こちらの男も士緒の記憶にデータが存在している。

 現代の三大魔法使いと称される三人の魔法使い……正確には二人と一体は有名だ。

 退魔師、聖堂騎士、そして鬼。それぞれ“五芒の幻術士(ペンタグラム・イリュージョニスト)”、五行一樹。“賢しき金細工師(ワイズ・ゴールドスミス)”、メリザンド。“誓約破り(ウォーロック)”、北大路 煉。

 目の前にいる男こそ、その“誓約破り”で間違い無い。

 かつて聖堂騎士序列三位まで登り詰めた男が“裏返った”末に産まれ落ちた、忌むべき存在。

 戦い方の傾向と、祓魔師や聖堂騎士を特に多く殺してきたことから、IR(イル)が現れるまではある意味世界で一番嫌われていた“鬼”だ。


「先日に完成したばかりの新しい顕術をすぐに試したくなった。獣王にはこれ以降の敵をくれてやるから、それで満足しろ」


 煉の傲岸な態度に気を悪くするでもなく、“恐慌獣王”は獰猛な殺気を放ち、今にも公浩に対して襲い掛かりそうだった。どうやら“恐慌獣王”は完全に公浩に狙いを定めたようだ。


「おやおや、これは珍しい。熊君の機嫌がすぐに直るほど上質な敵のようですね。彼がこれほどまでに楽しそうな姿は滅多に見られませんよ」


 その男に関しては士緒もデータを持っていなかった。

 真っ白なスーツに身を包み、整った容姿と綺麗な姿勢、声も脳髄に甘く響きそうな絵に描いたような美青年。

 美形という点を除けば外見的特徴は吾妻 太郎という男と類似しているが、その男は現在は退魔師協会に所属しているれっきとした退魔師だ。身元は確かなので、恐らくは全く関係の無い“鬼”だろう。


「佐東さん。あの白スーツの男について何か知ってる?」


「ううん。外見は特徴的だけど、知ってる鬼には該当しないよ。ここに幹部クラスがいる事にも驚きだけど、五行家の“御庭番”があの男の情報を集められなかったというのにも驚きだよ」


 今回の決戦には五行家の“御庭番”の情報収集能力を十全に活かして万全の態勢を整えて挑んでいる。勿論、100パーセントの情報を得ることは出来ていないだろうが、目の前の男はその雰囲気、気配は間違い無く幹部クラス。それだけの情報を見逃していたのは致命的になりかねない。現に今、公浩たちが直面している事態は致命的になるかもしれないのだ。


(情報を信じ過ぎたのが間違いだったようですね。ここから突破されて種咲まで押し寄せられる可能性を考慮しなかった。おかげで私たちが今いる場所は退魔師たちの急所になってしまいました)


 明らかに内部で何者かが動いたということ。

 そしてこれだけの事が出来るとしたら、“社”内で強い影響力がある人間だ。

 士緒は「やはり」と呟く。

 手を打っていたのは正解だったようだ。


「佐東さんには誰か一人を受け持ってほしいんだけど、誰がいい?」


「え……でも、流石の黒沼くんでもあの中の三人を相手にするのは………」


「あの白スーツ以外の三人のデータはある程度は把握しているから言えるんだけど、多分大丈夫だと思う。特に“恐慌獣王”と“木枯し”の二人までなら余裕を持って対応できるよ。問題は“誓約破り”とあの白スーツだけど……そちらは正直オススメしない。あまりにも未知数だからね。となると“誓約破り”を受け持ってもらう事になるけど、アレは多分あの四人の中で一番強い」


 だからどっちにしてもオススメは出来ない。

 この地域に充てられている退魔師たちの強さでは中級までしか対応できないだろうから、駆け付けたとしても援護どころか足手まといになる。そんな状況で世界三大魔法使いの一人を倒す、或いは足止めだけだとしても、市花にはかなり荷が重い。

 かと言って、幹部クラスを四人相手にして生還するのは公浩にも至難の業だ。だが、せめて三人までなら多少無理をすればなんとかなりそうでもある。

 周りを見れば、対峙する公浩たちを遠巻きに見詰める退魔師たちが、チラホラ集まり始めていた。

 ちょっとの刺激で戦端が開きかねない。あまり考えている時間は残されていなかった。

 それを察してか、市花も覚悟を決めた眼で公浩を見た。


「じゃあ、“誓約破り”の方を受け持つよ。正直、倒すのは無理かも知れないけど、黒沼くんが駆け付けてくれるまでの時間稼ぎなら、なんとかなると思う」


 市花は白木拵えの刀に手を添え、“誓約破り”だけに敵意を定めた。


「ほう……そこの小娘。私とやるつもりか? ほうほう、面白い。“恐慌獣王”、そっちの男はくれてやるから、小娘を貰うぞ。どうせそちらには興味が無いだろう」


「く……フフフ……ああ、いいよ。僕はその男と、あと周りの連中を皆殺しに出来れば、今日のところは満足できそうだ」


「ふあ~~~ぁ。んじゃ、そいつらは二人に任せるわ。俺とスピナトップ(・・・・・・)の旦那は引っ込んでるとしよう」


「そうしましょうか」


 そう言うと“木枯し”とスピナトップと呼ばれた白スーツの男は一旦後方へと下がった。

 どうやら四人を相手にするリスクはとりあえず回避できたようだ。

 おまけに、


(スピナトップ………まさか)


 可能性が無いわけではない。が、士緒もその考えに確信は持てない。

 まあ、例え白スーツの男の正体が掴めたとしても、戦いにはどうでも良い事だ。


(あの一族に連なる者だとしても、戦い方が確実に特定できるわけでもありませんしね)


 士緒は思考を打ち切り、目の前の“恐慌獣王”に集中する………いや、その前に、


「上一級以下の退魔師は速やかにこの場を離れるように! 敵は全員が幹部クラスです! 後方で防御陣を敷いて援軍を待ってください!」


 公浩は集まってきた退魔師たちに離れるように呼び掛けた。公浩の指図に退魔師たちは戸惑いを露にしている。

 この場に二人だけ残していくなど、まるで見捨てていくようなものだ。それに中にはベテランの退魔師も何人か混じっている。素直に公浩に従うのに抵抗があるのだろう。

 しかし、それでも聞き分けてもらわないと困るのだ。


「僕の言葉は“社”総務部部長、五行樫木の言葉と捉えてください! その権限を持って、この場からの退去を命じます!」


 勝手に名前を使って結構な命令を下してしまったが、緊急事態でもあるのでやむを得ない。

 彼らを無駄死にさせるよりはましだ。


「佐東家当主の代理権限を持って重ねて命じます! 彼の言う通りに行動してください!」


 市花も少し無茶な権力の行使をして援護してくれる。

 二人の言葉を受け、さすがにこれ以上は居座れないと判断し、退魔師たちは後方へと退いていった。


「あっ、待て! 全部僕の獲物だあああ!!」


 手近にいた退魔師に向けて、“恐慌獣王”が飛び出した。しかし、公浩はその前に立ち塞がり、牽制のために蹴りを一発繰り出す。


「くぅっ!」


 “恐慌獣王”は蹴りを避け、公浩から飛び退いた。


「よそ見は許しません。先程のように、熱い視線は僕だけに注いでください」


 公浩は構えをとり、市花も遅れまいとして刀を抜刀して一振りし、『飛閃の太刀』を同時に三つ発生させて“誓約破り”……煉へと放った。


「甘いわ!」


 煉は手を翳すと炎を纏わせ、『飛閃の太刀』に合わせるように手の先から炎の斬撃を三つ放ち、それらを綺麗に相殺させた。


「破るつもりで放ったのだが、相殺とは。なかなかやるな、小娘」


 相手が一対一を望む形になったのは幸いだった。

 公浩と市花ではどうしても連携に関して不安が残る。二対二よりは比較的やりやすい。

 もっとも、それは相手も同じかもしれないが。


「くっそーーー! 逃げられたあああ!! 獲物が減った! お前のせいで! だから……だからっ、その分お前で楽しませろおおお!!」


 “恐慌獣王”の身体が、衣服や毛皮を含めてグニャリと歪んだ。

 その時の異様な威圧感に、市花も咄嗟に身構える。勿論、煉への警戒も怠っていないが、横槍や流れ弾にも十分に注意するべきだった。


「さあっ、お前たち! 僕の猟犬たちよ! 狩りの時間だ! 僕に獲物を献上しろおおお!!」


 次の瞬間、“恐慌獣王”の身体の歪みが無数の獣の頭部を形作って膨張し、その巨大な獣の群れ(・・・・)が一塊になって公浩へと雪崩打つ。


「――――っ」


 公浩は当然の如く回避して見せる。公浩が一瞬前までいた場所に突っ込んだ無数の獣の口は地面を抉りながら方向を変え、再び公浩へと迫った。

 公浩はそこで回避を止め、拳を迫り来る獣の群れへと打ち込み、同時に“衝破爆砕”を獣の口内で発動した。

 ボンッという音と共に公浩へと迫っていた“恐慌獣王”の身体の一部は衝撃で押し戻される。

 ただし獣自体は無傷。腹部から伸びていたそれは、バクンッという擬音を辺りに響かせ、一旦元の場所へと戻っていった。


「ははははは!! そう来なくっちゃ! やっぱりたまには歯応えのある獲物の方がいいもんね。狩りは獲物を追い詰める過程も楽しまなきゃ」


 “恐慌獣王”の身体はグニャグニャとして一定の形に定まらず、時おり獣の頭部が待ちきれないとでも言わんばかりに口を開け、公浩を食らおうと暴れている。

 実におぞましい姿だ。

 “恐慌獣王”という名前の由来。その姿は獣を象り、そして常時『十六夜の型』に似た気配を纏わせることから。

『十六夜の型』と違う点は、精神的な掌握による躊躇いではなく、ただ恐怖の増長によるものだということ。

 見る者の中にはそれだけで恐慌状態に陥り、戦闘にすらならない者もいる。これに対するには精神を強く保つ事が絶対条件だ。

 退魔師たちを退がらせたのもこれが理由の一つだ。恐慌状態になられて誰彼構わず攻撃してこられたら堪らない。命令を下した結果、誰も残らないという人材の貧弱さが少し情けなくもあるが。


「狩猟者気取りでいられるのも今の内です。すぐに余裕が無くなりますよ」


「ああ、いいよ。望むところだ。僕は何故か生まれた時から恐怖を感じた事が無いんだ。かつて退魔師に殺される寸前ですら感じなかった。だから教えてくれよ。お前は、僕に……恐怖を与えてくれるのか?」


 “鬼”として生まれた事で、肉体の変化に合わせて精神も変質する“鬼”もいる。“恐慌獣王”の場合、その“鬼”としての特性……固有秘術にも似たそれで自らが恐怖に飲まれないように精神が作り変わったのだろう。

 その姿は憐れなのかもしれないが、士緒からしたら、それこそ鬼のあるべき形なのではないかとも思える。

 こいつのあり方こそが()。逆に言えば、人間に寄り添える他の“鬼”を同じとして扱ってほしくはない。

 梢を始めとしたよく知る者たち。虎子やゲオルギーネ、今となっては真朱も彼らと同じ存在だ。

 そんな者たちを思えば、“恐慌獣王”のなんと鬼らしい事か。かつての“急所斬り(クリティカルブレード)”を思い出す。


(心まで鬼と化した者。ただ殺すだけでは面白味に欠けますか)


 そしてその思いが知らず内に顔に出たのか、公浩の口端がニィッとつり上がった。


「…………?」


 その様子に言い知れぬ何かを感じ取ったのは、たまたまその瞬間に公浩に視線を送っていた透哉だけだった。


「では、ゲームをしませんか?」


「なになに? ゲーム? 僕そういうの好きだよ」


「それは良かった。簡単な勝負です。あなたが僕を殺すまでに、あなたに恐怖という感情を与えられたら僕の勝ち。それ以外の結果なら、あなたの勝ち。あなたが勝てば、僕が生きている一生の内に必ず恐怖を与える事を約束します。なんのことはない、ただのゲームですが……少しは面白味が増すでしょう?」


「………ああ………ああいいよ! やろうか! 久しぶりに楽しそうなゲームだ! お前なら僕の望みを叶えてくれそうだ! 分かったよ、終わっても殺さないで生かしておこう!」


 透哉はあちゃーと頭を抱えている。“恐慌獣王”のたまに出てくる気紛れ。

 そもそもの勝負内容からして公平ではない。

 まず最初に言った条件、殺されるまでに恐怖を与えられたら……とは、“恐慌獣王”は公浩を殺さないという縛りである以上、公浩は死ぬリスクを避けている。

 “恐慌獣王”には利の無い条件だが、


「おーい熊公。いいのか? そいつの口車にいいように乗せられて。そんなのただの戯れ言――――」


「うるさいなー……僕は楽しければいいんだよ。こいつは今までの誰よりも面白そうだ。こいつなら、そこまで戯れ言でもないかもしれない」


「……へいへい。お好きに」


「ははは。楽しそうで何よりですね」


 “恐慌獣王”は背後の透哉たちとあっさりとしたやり取りを行い、改めて公浩に集中する。

 その目付きはギラギラとした光を放ち、強い期待を含んだ目だった。


「さあっ、もういいよね? 始めるよ? 僕から行くよ!?」


 “恐慌獣王”は右腕を膨れあがらせ、先程と同じような歪な獣の群れを形成して公浩へと放った。公浩はそれを余裕の態度で迎え撃つ。


「狩りの始まりです」



           ★



「いったいどうなってるの!?」


 左翼、鶫と樫木、他にも数十名の特一級退魔師を揃え、ビル街に潜んでいると情報のあった鬼たちを殲滅するために精鋭を差し向けたはずだった。

 それが、今では鶫と樫木の二人は事実上の孤立無援。二人以外の仲間たちとは離れ、鶫は怪我を負った樫木を庇いながら戦い、樫木からもたらされる各地点の状況報告に表情は険しくなる一方だ。


「樫木さん、何とか包囲を突破出来ませんか!? ここは私一人で持ちこたえられるので、急いで中央と連絡を!」


「駄目ですっ、鬼の数が多すぎます!」


 鶫たちがビル街へと足を踏み入れ、目標の鬼たちを捜索しながら街の深くまで入り込んだその時だった。

 周囲の建物をぶち破り、大量の鬼が一斉に雪崩れこんできたのである。

 鬼たちは多種多様。正しく鬼の博覧会とでも言えるような地獄絵図だった。

 人型、獣型、植物型、昆虫型、多鞭型、灯台型……中には珍しいもので幻獣型と呼ばれるものもある。

 それらが現れた直後には鶫たちが今いる場所を含め、ビル街は紛争地帯さながらの廃墟の群れへと姿を変えていた。ほとんどの避難が終えていたのが不幸中の幸いだったが。

 前もって得ていた情報によると、この周辺にいるのは幹部クラスが2体、上一級以上が3体程だったはず。この状況は明らかにおかしい。

 そして今、鶫と樫木を含めた退魔師たちは大量の鬼の奇襲に遭い、散り散りに分断されたうえに取り囲まれてろくに身動きも出来ないでいた。


(ほとんどが中級の鬼……情報とまるっきり逆じゃない!)


 裏切り者がいると知っていた時点で情報の信憑性をもっと疑うべきだったのだ。いったいどこからこの状況へと運ばれていたのか。

 鶫は苛立ちを周囲の鬼たちにぶつけていく。

 鬼たちは鶫の拳撃と蹴撃を受けて一撃で弾け飛ぶものがほとんどだったが、中には硬いもの……上級以上の鬼もいて一筋縄ではいかない。


(せめて散り散りになった退魔師たちと合流できれば……!)


 鶫は横目に樫木を見る。首を横に振る樫木を見るに、やはり良い報告は無さそうだ。

 おまけに樫木は足を負傷し、機動力が落ちている。今は他の退魔師たちとの連絡と、足の治癒に集中してもらっていた。


「!!」


 鶫が僅か一時間程の内に倒した鬼が200を越えた頃、強力な鬼の気配を直感で感じ取った。それまで温存して戦っていた力を咄嗟に解放し、『色装の赤』を使用してそれを迎え撃つ。


「せあっ!」


 一瞬で背後に現れた気配に向けて蹴りを放った。爆風のような衝撃波を発生させた蹴撃の先にいた数体の鬼が消し飛んだ。

 その鬼が現れ、鶫の攻撃を躱した直後、周囲の鬼たちは攻撃を止めて幽鬼のようにゆらゆらと揺らめきながら一定の距離で鶫たちを取り囲む。明らかに、今現れた鬼が統率していると考えられる。


「むぅ……なかなかの使い手。拙者が初手で決められぬとは」


 そこにいたのは、いかにもそうだと分かる格好をした忍者(・・)だった。

 小柄で、努めて低く出していると思われる声音は圧倒的に威厳が足りておらず、口元を隠したうえに唯一窺える目元はまるで少年のそれだ。

 しかし、そういった幼さに反して実力のほどは、恐らくとんでもないレベルだと分かる。

 特一級以上なのは疑いようがない。


「!!」


 なんの前触れも無く、鶫ですら初動が全く感じられない攻撃……細長い針が眼球の前に突如出現し、鶫はそれを反射的に回避した。

『色装の赤』を纏っている状態なら例え眼球に針が刺さっても弾く事が出来るが、そこは人間である以上ある程度仕方のない咄嗟の動きだ。

 眼前に迫る針を前に必要以上の動作で回避してしまった鶫から死角になるように回りこんだその忍者は、短刀で容赦なく頸を跳ねに来た。


 キンッ


 忍者の短刀は鶫の頸部と接触すると同時に弾かれる。今度は鶫が完全に認識できない一撃だったため反射的に動く事がなかった。


「っ!?」


 金属同士がぶつかり合うような音と頸筋への軽い衝撃を受けて初めて、上級の退魔師でも容易く殺害しうる攻撃を食らったのだと気付く。

 鶫は経験から来る無意識な行動として、そちらを見ることなく即座に、死角にいるであろう存在を掴もうと手を伸ばすも、その時には既に忍者は別の死角へと回りこんでいた。

 鶫は忍者の後手に回り続け、『色装』の上から斬りつけられるたびに同じやり取りを一瞬の内に十数回以上繰り返させられる。


「――――こ……のっ!」


 ッドオオオン!


 まるで鶫の(のろ)さを嘲笑うかのように執拗に死角へと入られ、鶫が地面を隆起させるほどの『踏鳴(ふみなり)』で無理矢理に忍者に距離を取らせるまで、一度も鶫の視界に入らなかった。

 鶫が着ている九良名学園の制服は所々が切り裂かれ、細く肌が見えている状態だ。


「なんという力技。そして、なんという堅さ。音に聞こえし四宮家の『色装』というやつでござるか」


「っ……速い!」


 そして(うま)い。

 今まで見たことも無いレベルの技……卓越した暗殺術だ。

 存在を認識できるのは殺された後か、あるいは本人が死んだ事にも気付かない程の神速。実際にこれまでにもそう言える仕事をこなしてきたのだろう。

 鶫が敵に対して相性の良い防御力……急所を常時守っていられる『色装』を展開していなければとっくに首を跳ねられていた。

 最初に背後をとられた時に気付けたのは運が良かったのかもしれない。


「実に見事でござる。四宮家の息女とお見受けした。四宮家の末裔、最後の生き残りなどとつまらぬ覚え方をしたくはないゆえ、よければ名を名乗られよ」


「……そちらが名乗ってくれたら教えます」


「おお、もっともでござるな。非礼を許されよ。このような場で名を訊ねるなど滅多にござらんゆえ忘れておりもうした。然らば………拙者しがない草を生業としている者。与えられた名は数あれど、唯一無二と定めた名は加藤 (みさご)と申す。草の身でありながら口調が粗雑な点はご容赦くだされ。きゃらづくり……というやつで、多少無理をして話してござる。これも性分でござれば」


 確かに、忍にしてはよく喋る。鶫の勝手なイメージではあるが、忍者と言えばもっと無口で取っ付き難いものだと思っていた。

 口調は本人が言うほど粗雑なものではなく、あくまでも忠実に忍を再現しようとしたなら、それと比べてという話だ。

 この忍者は間違う事なき敵だが、鶫はどこか憎みきれないでいた。そこまで計算してのキャラ作りなのだとしたら、忍の者、暗殺者(アサシン)の面目躍如と言えるだろう。


「ご丁寧にどうも。私は四宮鶫です。まさか忍者を相手にする日が来るとは思ってもみませんでした」


 鶫はドシッと腰を落とした最もオーソドックスな構えを取り、一目で分かる臨戦態勢だ。

 対する鵈は鶫に向かって半身でいる以外は極めて自然体だった。

 先程のような針を使った攻撃は適度に警戒し、先入観に囚われない思考を維持しての戦いは鶫の精神力を少しずつ削っていく。


「ツグミ嬢でござるか。拙者はミサゴ、同じく鳥の名を頂いているでござる。不躾ながら申させていただければ、我らそれなりに気が合いそうでござるな」


「………………」


 鶫はこの上ないやりにくさを感じていた。

 直前まで迷い無く首を獲りに来ていた者とは思えない親しげな雰囲気を纏って話しかけてくる。

 目の前の鵈という忍者から少しでも情報を読み取れないかと観察すればするほど惑わされる。

 この得体の知れなさは正しく忍。鶫のイメージ通りなのか、それともイメージから離れているのか、軽く混乱を招く程に。


「しかし、悲しきかな今生は戦国の世。そしてここは戦場(いくさば)にござる。敵として相まみえた以上、殺し合うが定め。甚だ残念ではござるが、悪く思わないでほしいでござる」


 鵈が言うと、周囲を囲んでいた鬼たちが殺気を放ち始めた。

 それを見て樫木が落ち着き無く鬼たちを見回すが、鶫はどこ吹く風といった感じにどっしり構えている。

 しかし、鵈からしたら鶫のそれは右足と右腕を前に出した重心のかけ方で、次の攻撃は左半身から来るものと読み取れてしまう。

 構えを取るという行為は、相手に次の動作を予測させる。達人同士の戦いでは珍しくなく、むしろそれが出来るのが達人だ。

 極論を言えば構えとは余分な要素であり、鵈ほどにもなればそれは最早テレフォンパンチにも等しい。

 それでも、鵈からは決して油断や驕りは感じられず、隙など皆無のように見える。

 鶫は速さにおいて鵈に及ばず、攻撃が当たらなければ決め手に欠ける。持久戦は望むところではない。

 そこで、鶫は一つ面白い技を試す事にした。


「加藤さん、漫画とかは読みますか?」


「……………?」


 表情は見えないが、きっと鶫の言葉の意味について僅かながらも思考を巡らせているに違いない。

 鶫は呼吸を次の攻撃のタイミングに合わせて調える。鵈はその呼吸を正確に読み、カウンターや防御、回避など何通りもの戦術を組み立てていた。

 が、鵈の優れた戦術眼でも読みきれない……あるいは読みきったが故に間違えた。鵈は、先制して仕掛けるべきだったのだ。


「相手の読みを上回る………奇襲はあなたの専売ではないということです」


 !?


 次の瞬間、鵈は鶫の蹴りをもろに受けていた。


「かはっ!」


 鶫が突き出したのは右の足(・・・)。前に出していた方の、重心をかけているはずの足だった。

 見て明らかな通り右足に重心がかかっていれば、当然放たれる蹴りは左足からになる。躱すにしても防御にしても、容易く対処できる。鵈はそう錯覚(・・)していたのだ。


「ずぇええいっ!!」


 鶫はすかさず畳み掛ける。圧倒的な威力の拳撃、蹴撃の連打。鵈は宙をピンボールの如く跳ね回る。


 そして止めとばかりに鶫は鵈を地面に叩き付けるように蹴り落とした。ドガンッという音と振動と共に戦闘の余波で積み上がり真下に散乱していた建物の瓦礫が吹き飛んだ。衝撃で鵈が落とされた辺りは更地と化していた。


「がっ………ぁ………」


 鵈の見開かれた瞳は驚愕と、同時に知識の中から当てはまる情報を取り出して、なぜ不覚を取ったのかに納得する。


「な……んと……古武術にある、げほっ……身体操法でござるか」


「それと、八極拳にある箭疾歩(せんしっぽ)を四宮流にアレンジしたものと組み合わせた踏み込みで……小手先の技、小細工、子供騙しみたいなものです。前に先輩から借りた漫画を思い出して使ってみました」


 鶫は右半身を前に出す事で重心がそちらに乗っていると思わせた。が、実際は左半身に力を溜め、踏み込みと同時にバネを解放して急接近し、右足を鵈の腹部に突き刺したのだ。小手先などと、とんでもない。高度な技術を要する身体の特殊な運用である。

 構えを取ることによって視覚から誤情報を与えておき、意識外からの不意打ち。相手が鵈のような達人であればこその錯覚を利用した技。


「体捌きに自信のある人が特に引っ掛かりやすいですね」


「げほっ、ごほっ………なかなかに手厳しい。拙者は、正しく子供騙しの技で地に倒れ、天を仰いでいるのでござるか。甚だ未熟でござった」


「………………」


 鵈は見る限り戦闘の続行は難しいだろう。

 人間で言えば全身を粉砕骨折しているような状態だ。


 なら、無理に殺す事もない。


 忍者とはいえ、鵈はそれなりにお喋りのきらいがある。捕らえておけば情報を引き出せるかも知れない。

 情が移ったわけではなく、あくまでも理性的な判断によるもの。鶫は仰向けで倒れている鵈を冷静に見下ろした。


「しかし……此度の戦い、いまだ決着せず。まだ拙者にも勝ちの芽が残されているでござる」


「……………?」


 鶫は周囲の鬼たちに意識を割く。時おり耳障りな唸り声や遠吠えが聞こえてくる以外は何も変わらない。

 状況は元に戻っただけだが、鵈ほどの強力な個体でもなければ、例え千匹の鬼に襲われようといつかは切り抜けられるだろう。

 鵈の自信の源はこいつらではない。

 しかし、鬼たちは臨戦態勢を取ったまま動かず、むしろそれが一層の不気味さを感じさせる。鵈が持っているかもしれない切り札に、鶫の思考は振り回されていた。


「四宮殿!」


 足の治癒を終えた樫木が鶫の元へと駆け寄って来た。

 周りの鬼たちを落ち着き無く見回しながら鶫の側に立ち、鵈へと視線を送った。


「“日計の毒”の幹部ではありませんね。どこか別の組織の――――」


 ヒュンッ


「っ!!」


 キンッ


 鵈の口周りを覆う布を貫通し、口内から細長い針が樫木へと放たれた。鶫は咄嗟にそれを弾き落とす。

 樫木を背中に庇う形になり、鶫は鵈を睨みながら樫木の安否を問うた。


「樫木さん、大丈夫ですか?」


「あ、は、はい。ありがとうございます。何度も足を引っ張ってすみません」


「いえ、無事でなによりです」


 鶫の鵈への警戒がより強くなった。まだ力を残していたのか、と。

 周りの鬼たちもいつまでもじっとしている筈がない。やはり、鵈を人質に鬼たちに退くよう命令させるしかないか。


「四宮殿、もう一つ、言っておきたいことが」


「……………?」


 樫木は徐に鶫の肩に手を置いた。

 鶫は肩に置かれた樫木の手を不思議そうに見やり、背後に立つ樫木に振り向こうと身体を捻ろうとした、その時、


 バリバリバリッ


「――――っあああああ!!」


 樫木の手を通して鶫の全身を強力な電流が走る。鶫の『色装の赤』を越えてのダメージ。

 雷系統の顕術。それもかなり高いレベルの電撃だ。なぜ、それが樫木から自分へと向けられたのか。

 覚束ない思考を辛うじて巡らせつつ、まさか、という思いで樫木を視界に収めた。

 目が霞む。意識が薄れる。膝を折り、震える腕で地に伏さないよう支え、憎しみさえ込めた視線を樫木に向けた。

 ニタァと嫌らしく嗤う樫木は、鶫の嫌悪の表情を心地良さそうに受け止め、言葉を放つ。


「他人の心配より、自分の心配をなさった方がいいですよ? 子供の分際で、実に不愉快でした」


 樫木は鶫の背中に掌を置いた。

 次の瞬間、今度こそ鶫の意識を刈り取る威力の電撃が撃ち込まれた。


「――――ああああっ!!」


 鶫の悲痛な叫びが夜闇を切り裂く勢いで響き渡る。

 鶫は完全に意識を手離し、地に伏した。


「ん~~~………ああ、気持ちいい」


 樫木は鶫の手首を取り、ポニーテールの髪をひっ掴んで持ち上げ、顔を覗きこんだ。


「とても綺麗な声でしたよ。もっと愉しみたいところですが……今回は仕事優先なので、またの機会に」


 樫木はクツクツと嗤う。

 嗤いながら鶫の手を引き寄せ、甲に舌を這わせた。


「………相変わらず、不快な男でござる」


 横目に見ていた鵈の呟きは誰にも届く事は無く、夜闇の空へと呑まれ、溶けて消えた。                                                        

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