第55話 母と子は再会す
その日の昼頃、公浩と鶫、梓、そして未来夜の四人は戦時下とは思えない至って平和な街にくり出した。
「うわぁ、見てください! この服、先輩に似合いそうですよ」
種咲は都会と言っても差し支えない街だ。
そこのショッピングモールともなれば、かなりの大きさを誇っている。
公浩たち四人はそこで買い物を楽しんでいた。
ちなみに、主にリードしているのは鶫だ。梓は普段同様クールさを表に出しつつ、はしゃがないよう大人しくしている。未来夜は案内に徹し、梓と似たり寄ったりという感じだろうか。
必然的に鶫が最も話しかける相手は公浩になり、もはや二人だけの空間と言っても納得できる光景だった。
「前から気になってたんです。先輩は休日でも制服でいる事が多いですよね? 私服もそんなに多くは持っていないみたいですし、この機会に私がコーディネートしてあげます」
「ふむ……まあ、たまには良いかな。宜しく、鶫」
「……………」
「? どうかした?」
「あ……いえ! なんでもないです」
「?? そうかい?」
「……………」
どうしたことだろう。
今の公浩の言葉の端に、橘花院士緒と同じ空気を感じてしまった。
士緒と鶫は一度しか顔を合わせてはいないのに、不思議な話だった。
しかし………出会いは最低最悪だったが、今思えば、もう少し歩み寄る余地があったのではないかと考えてしまう。それは自分が彼を許し始めているからだろうか。あの時は憎しみを抱く間もなく、失意に陥っていたから。
相手の事情もなんにも判っていないうちから許し始めているとは、自分も丸くなったものだ。
だが公浩と言葉を交わして、そんな士緒の事を思い出すとは、かなり不思議な気分を味わっていた。
(おかしいな……確かに物腰は近いかもしれないけど、まったく違う人なのに)
鶫が言い表せない感覚を覚えながら公浩を見ていると、公浩と目が合った。公浩はニッコリと微笑み、鶫は急に照れ臭くなって俯くように顔を伏せた。
その後は顔を赤く染めつつも、公浩に服を合わせていく。
「や、やっぱりこの服も似合いますね!」
鶫は所々で空回りしながらも、ショッピングを楽しんだ。
★
未来夜は公浩と鶫のやり取りを端から見ていた。
未来夜の見る限り、二人はよくいる普通のカップルだ。仮だのなんだのと妙な縛りがあるようには見えない。特に、
(四宮の方は聞いていた以上に黒沼の奴にベタ惚れだな。俺でも判るほど好き好きオーラ出まくりじゃないか)
対して公浩は、恋愛感情こそ読み取れないものの、鶫の扱いは優しく丁寧で、大事にしているのがよく判る。
冷静に見てみると妹に接するような感じだが、そこは公浩次第で簡単に変わりうる事だ。
仮の恋人……鶫が公浩を振り向かせられるかは、他人事ながら興味が湧く。この鈍すぎる男が、異性を好きになるところが見てみたい。
鶫は未来夜の目から見ても美少女だ。
紗枝も美少女には違いないが、個人的な意見としては鶫の方が見た目的には優れていると思う。
お嬢様としての磨かれ方も、紗枝より鶫に軍配が上がる。
まあそれでも未来夜は鶫より紗枝が可愛いとは思っているのだが。
それでもこれだけの美少女に迫られて、公浩はほとんど食指が動かないというのだから恐れ入る。
(俺があの立場だったら………紗枝と出会ってなかったら危なかったかもな)
未来夜があらぬ妄想を振り払うように頭を振っていると、ちょいちょいと服の裾を引っ張られた。
「ん?」
未来夜が振り向くと、そこには小学生ぐらいの女の子が目を潤ませながら立っていた。髪は長く鮮やかな赤毛で、日本人的な容姿ではない。
「どうしたんだい? 迷子かな?」
未来夜はしゃがんで女の子に目線を合わせ、出来るだけ優しく語りかける。
その様子に気付いた公浩たちが未来夜の後ろにさっと集まった。
「東雲君の知ってる子?」
「いや、俺は覚えが無いな」
女の子はフルフルと頭を横に振った。
「お母さんとはぐれちゃったの。誰かに話しかけようと思ったけど、大人の人みんな恐くて………」
「へぇ、それでもお兄さんには頑張って話しかけられたんだね。偉いぞ」
「うん! お兄さんジンチクムガイっぽかったから話しかけられたの」
「ぷふ……褒められてるよ、東雲君」
「黒沼、ちょっと黙ってような?」
子供の前という事もあって、笑顔を絶やさない未来夜。言葉も優しげだが、明らかに公浩を非難する意思が込められていた。
未来夜は改めて女の子に向き直る。
「君、名前は? お母さんに連絡先が分かるようなもの持たされてないかい?」
「名前は……ミリー。お母さんがアイルランド人で、連絡先は……分からない」
自然な日本語の感じから、ハーフで日本育ちなのであろうと推測できる女の子は目を伏せて落ち込んだ様子を見せる。未来夜は女の子の頭を撫で、「大丈夫だよ」と声をかける。
「お兄さんたちがお母さんを探してあげるから、何も恐くないよ」
「………! うんっ、ありがとう!」
女の子が笑顔になる。花が咲いたような笑顔だ。
未来夜と鶫はほっこりとしていた。梓は、表情からは読み取れなかった。
そして公浩は普段通りの笑顔で、梓と同様に気持ちの動きは読み取れない。が、子供に不安感を与える笑みではないと言える。
公浩は梓の肩に手を置き、考えを述べた。
「僕と会長は迷子用の受付にお母さんが来ていないか聞いてくるよ。鶫と東雲君はその子に話を聞きながらゆっくり回って来てくれないかな。そっちでお母さんが見つかるかもしれない」
「……なぜ、この組み合わせ?」
梓が疑問を提示した。確かに、身長的には梓が最も親しみ易そうな感じはするが、公浩としては梓とミリーは離した方が良いと考えた。理由はいくつかあるが、その内の一つを答える。
「会長はお世辞にも愛想が良いとは言えませんから。正直、この子に不安感を抱かせるのに十分な仏頂面です。なのでここは鶫と人畜無害さんに任せて、我々こわもて組は距離を置いた方が良いでしょう」
「黒沼~……ちょっと後で面貸してもらおうかなー」
未来夜がこめかみに青筋を立て、あくまで優しげに公浩に怒りを向ける。
「……なんか納得いかないけど、とりあえず分かった」
「それでは、行きましょうか」
公浩はチラッと意味深な視線をミリーに向けてから、公浩と梓、鶫と未来夜はそれぞれに分かれ、行動を開始した。
「それじゃあ、行こうか」
「うん」
鶫が手を繋ごうと手を差し出すが、ミリーの手は既に未来夜の手をしっかりと掴んでいた。
未来夜と鶫はお互いに苦笑を浮かべ合い、鶫はミリーを挟む形になる位置を歩く。
三人はゆっくりとモール内を回り始めた。
「ミリーのお母さんはどんな人だい?」
未来夜が訊ねるとミリーは「う~んとねー」と、まず母親の外見的特徴を話し始める。
髪は金色。背は鶫と同じくらい。服は白っぽく、それと目が碧いらしい。
「そう言えば、ミリーちゃんの瞳も碧色だよね。すっごく綺麗だね」
鶫が瞳を覗いて微笑みかけた。
ミリーがはにかむ姿に、未来夜はほっと息を吐く。今のところ不安で泣き出してしまうという事態は避けられそうだと。
「ねぇ、次はお兄ちゃんたちの事も教えてよ。お兄ちゃんは彼女いるの? いないんなら、あたしがお兄ちゃんのお嫁さんになってあげる!」
突飛で、少々ませた発言に、未来夜からは自然と苦笑が漏れる。
「ありがとう。でも、ミリーは将来もっと好きな人と出会うだろうから、その人のお嫁さんになってあげて」
ミリーは身長的には小学校の3、4年くらいなのに、言動の幼さと、容姿の幼さが掛け合わさって、より幼く感じてしまう。
先程から鶫と未来夜のしゃべりがより幼い子に向けるそれになっているのは、それが原因だろう。
それに迷子になって涙目になるくらいだし、実際に見た目以上に幼いのかもしれない。
とりあえず、しゃべり方を改める必要は無さそうだ。
「そっかー、好きな人かー………うん! 会ってみたい!」
元気に声を弾ませるミリー。
鶫と未来夜は微笑ましく見守っていた。
「あ、でも、お兄ちゃんより好きな人と会ったらだからね? それまでは、お兄ちゃんのお嫁さーん」
「ははは、ありがとう」
そして、楽しげな雰囲気に誘われて来たかのように、金髪ロングで碧眼の綺麗な女性が目の前に現れた。
「ミリー、こんな所にいたのね。探したわよ? ごめんなさいね、目を離して」
どうやらミリーのお母さんのようだ。流暢な日本語でミリーに話しかける。
ミリーも、「お母さんっ!」と言って駆け寄って行った。
「お母さん。このお兄ちゃんたちがミリーのそばにいてくれたから、寂しくなかったよ」
「そうなの。どうも、娘がお世話になったみたいで、本当にありがとうございます」
ミリーの母親は鶫と未来夜に綺麗なおじぎをした。
「いえ、お母さんが見つかって本当に良かったです。では、俺たちはこれで失礼します。ミリーちゃん。もうはぐれないようにね」
「あ、お兄ちゃん! 私、またお兄ちゃんに会いたい! どこに行けばお兄ちゃんに会えるの?」
未来夜は少し困った顔をしながらも、懐かれたこと自体は満更でもないのか、口の端には笑みが漏れていた。
とは言え、幼い女の子に連絡先を教えるのもなんだか変な気もする。これっきりだと無下に扱うのも気が引ける。
さてどうしたものかと考えていたら、
「でしたら、とりあえず私の連絡先をお教えしますので、あなたの………ええと」
「あ、申し遅れました。東雲未来夜と申します」
「これはご丁寧に。私はアリシアと申します。東雲さんさえ宜しければ連絡先を交換して、この子の話し相手になってあげてください。今回の事もありますし、この子にもそろそろ携帯を持たせようと思いまして」
「アリシアさんが構わないのでしたら、俺は全然大丈夫ですよ」
そうして二人の連絡先交換はあっさりと行われた。
ミリーがウキウキとした表情でアリシアの携帯を覗き込んでいる。
「えへへ。お兄ちゃん、今度私の方から連絡するね」
「うん、待ってるよ」
未来夜との繋がりが残り、ミリーも嬉しそうだ。アリシアに「早く携帯買いに行こう」と急かしていた。
「それじゃあお兄ちゃん、またね!」
元気に手を振りながら歩いていくミリーを見送り、鶫は公浩へと連絡をとった。
しばらくして四人は合流し、事の顛末を公浩と梓に伝えた。
「さすがは人畜無害さん。よく懐かれたものだね」
「黒沼~、てめぇいい加減に――――」
「五行さんにもこの事を教えてあげないと。赤髪碧眼のライバルが現れたってね」
「て、てめぇ! おお、お、俺にはやましい事なんか一つも無いぞ!」
「それを判断するのは、今も昔もたいてい女性の仕事だよ」
「ぬぐ………」
他人の修羅場ならとことん楽しめる。そんな意地の悪い一面を自覚した士緒であった。
★
昼日中で、都会の部類に入る街でも、どうしても人気の無い場所は出来るもの。アリシアとミリーはあえて人気の無い方、人気の無い方へと進んでいた。
行き着いた先はビルとビルの間にひっそりと存在している地下への入り口。二人は迷わずそこへと入っていく。
ほんの僅か前までとの違和を指摘するとしたら、ミリーがアリシアの手を放し、ルンルンと機嫌良さげに鼻歌を歌いながらアリシアの先を歩いている事だろうか。
階段を降りると、そこにはバンドなどのグループが小規模なライブを行ったりするこじんまりとしたスペースがあった。
小規模と言っても今は人も居らず、アリシアとミリー………そしてもう一人が密会するには十分過ぎる広さだ。
ミリーがステージ上に置かれた椅子にストンと乗り上げ足をプラプラさせていると、部屋の隅からシルクハットとカイゼル髭が特徴的なスーツ姿の男がステッキ片手にステージ下に歩み出た。アリシアもその隣に並び、二人でステージ上のミリーを見ると、ほぼ同時にミリーに向かって片膝をついて臣下の礼をとった。
「お待ちしておりました。主よ」
「うん。リオもアリスも楽にして」
ミリーがそう言うと、アリシアと紳士然とした男………ウィットーリオが顔を上げ、姿勢を正して立ち上がった。すると二人の目線はちょうどミリーの目線と同じ高さで交差する。
「それじゃあ、早速報告を聞こうかな。“吸血貴族”の盟主、カーミラが命じるよ」
「御意」
ミリーこと、カーミラに対しウィットーリオは丁寧に一礼し、アリシアもそれに合わせて礼をした。
「まず組織内の裏切り者ですが………“鷹目の雀”が日本の拠点でかなり派手に暴れたようです。我々が裏切り者を探し始めたのを察知して、座して待つくらいならと思ったのでしょう。日本に潜伏していた仲間の“悪魔”たちを殺し尽くしました」
「ありゃあ……随分なやられっぷりじゃない。操っているのはやっぱり五行家?」
「はい。ですが五行家が積極的に我々を攻撃するとは考え難いかと。おそらくその後ろには“大聖堂”がいるのでしょう」
「なるほどね。そして五行家にとっては最悪のタイミングで四宮家が壊滅して、私たちをゆっくり相手している暇が無くなったわけだ。それで焦った雀ちゃんがボロを出した、と」
カーミラは先程から足をプラプラさせ子供らしい仕草をしているが、その表情は幼さに似合わず妖艶な笑みを湛えている。
「はい。どうも“鷹目の雀”の動きに怪しさが見え始めたので、調べましたところ今回のような事に。あの慎重な女にしては、少々お粗末な結果と言えましょう」
「なんにせよ、これで五行家は明確な敵になったわけだ。どうしようか。いっそ“日計の毒”に加勢して、一捻りにしちゃう? アリスの意見も聞きたいな」
「それは………一度考え直した方がよろしいかと」
アリシアからはもはや先程までの母娘のような気安さは消え失せていた。
そこにあるのは敬愛する主への忠誠だ。
ウィットーリオを始め、それなりに歴史のある“吸血貴族”で古参の悪魔たちはカーミラへの忠誠心が強い。
組織の団結力、味方の仲間意識の強さだけで言えば“真ノ悪”にも匹敵する。
アリシアはその古参の一人として、カーミラの強い信頼を受けているのだ。
「進言を許可するよ。私の可愛いアリス」
「はっ、僭越ながら申し上げさせていただきますと……“日計の毒”は信用に足らないかと」
「うんうん、そこのところ詳しく」
「今でこそ劣勢ですが、“日計の毒”はこの国では“真ノ悪”に次ぐ強大な組織です。そんな彼らを劣勢にまで追い込んだ五行家と本格的に事を構えるのでしたら、こちらの思惑通りに動かない可能性のある組織に背中を預けるというのが、正直ゾッとしません」
「なるほどね。他にはある?」
「もう一つ。五行家が“日計の毒”をここまで追い詰められたのは、五行一樹の優秀さも確かにあるのだと思われます。ただ、これは私の勘に近いのですが………どうも裏で大聖堂とは別の力が働いているように思えてなりません」
「別の力? “真ノ悪”ですか?」
「あー……確かに山本五郎左衛門ならそう言う謀略を巡らせても不思議じゃないかもね。最も強大で最も謎の多い組織。おまけに彼らは力に胡座をかかず謀略を用い知識の豊富さも武器にする厄介なやつら。アリス、推測でも構わないから、考えを述べる事を許可するよ」
「正直に申し上げて、判らないとしか。あくまで直感ですが、“真ノ悪”が五行家を裏で操るというのがイメージしにくいです。どちらかと言うと、“真ノ悪”がその力で影響を与えたとするなら、“日計の毒”の方ではないかと感じられます」
アリシアの直感は、謂わば様々な情報を無意識に分析、統合して考えるもので、歴とした理論的思考に基づいている。
これまでも、アリシアの直感はカーミラの絶大な信頼が寄せられる程に的中率が高い。
アリシアの直感を馬鹿に出来る者は、少なくとも彼女をよく知る者の中には存在しなかった。
「なるほどなるほど。ここ最近になって“日計の毒”が勢いづいたのは四宮家が壊滅したからってだけじゃなくて、裏で“真ノ悪”が今回の戦いまで誘導したからなんだね」
「確かに、それなら合点がいきます。主の命を受けて九良名を訪れて以降、現地の悪魔たちと共に西の地の情報も集めましたが、“日計の毒”がほぼ何の準備もせず東征を開始したのはあまりにも拙速だと感じておりました。そのせいでここまで追い詰められたようですが、なるほど……“真ノ悪”がどうやってか戦端を開かせたのなら納得できます」
「ええ。故に“日計の毒”との共闘、あるいは横槍を入れるだけでも、危険かもしれません。五行家の裏にも“真ノ悪”や大聖堂以外の気配がありますし、下手に動いて四つの勢力を同時に敵に回すようなことになればどうなるか………考えるまでもありませんが、あえて考えたくもありません」
“吸血貴族”にとってそれだけ恐ろしい事態になる。いかに世界的に見ても指折りの大勢力である“吸血貴族”でも、絶対に避けたい事態だ。
特に、“真ノ悪”とだけは何としても敵対したくない。敵対しないためには関わらないのが一番なのだが………そこについてはカーミラの好奇心が勝った。
九良名に現れたIR……橘花院士緒の調査と招待を兼ねてウィットーリオと空丸、そして公浩たちに倒された日下部祐一郎を送ってでも士緒に接触しようとしたのもカーミラの個人的な好奇心が多く占める。
カーミラのIRへの執心は強く、己の我儘で、しかも多少の危険を承知での判断だった。
「アリスの言いたい事は分かったよ。私もアリスに賛成。そうそうリオ。“真ノ悪”と言えばもう一つの件、橘花院士緒についてはどう?」
「はい。前回に報告した以上の事は判っておりません。これは言い訳になってしまいますが、調査だけでも大変なリスクがありますので、あまり深く調べる事は………やはり遅々として進まず、面目次第もありません」
「まあ、しょうがないよね。相手は“真ノ悪”の若頭だもん。向こうを怒らせないようにっていうのだけ注意してくれればいいよ」
「御意」
ウィットーリオは再び深く頭を下げた。
カーミラは笑顔でうんうんと頷いている。それだけ見れば普通の無邪気な子供に見えなくもない。
そこに、アリシアがウィットーリオに気掛かりな点を訊ねた。
「ところでウィットーリオ。あの新参者はどうなのです? 裏切るとは思っていませんが、少し気になって」
「空丸ですか? 問題無く仕事はしてくれてますよ。ただ年相応に生意気さが目立ちますが」
年相応とは言うが、空丸は鬼として生まれてから既に40年は経過している。ウィットーリオたち古い悪魔からしたらかなり若いが、それだけ生きていれば年相応というよりも、年の割にはと言われても仕方がないだろう。
空丸は見た目の幼さに相応しく少々子供っぽく生きているのだ。
「ならば良いのですが。ああいった若者が入ってくると、どうしても子供を持つ母親のような気分になります。子供など持った事も無いのに不思議ですね」
「子供ですか………貴女にも子を持ちたいという願望が少なからずあるということでしょうか」
「カーミラ様に付いて母親の役は何度となくこなしてきましたが、やはり本当に子供を持つと違うのでしょうか」
「我々の回りで悪魔が子を成したという話は滅多に聞きませんからね。……と、失言でした。主にはお子がおりましたな」
「うん。ちょうどさっき会ってきたんだ。っていうか、二人に今日ここに来てもらったのはそのついでなんだよね」
「私はこの地に迂闊に来るべきではないと申し上げたのですが、カーミラ様がどうしてもと」
ウィットーリオは、カーミラがこの地で何か事を起こす可能性を考えていたのだが、幸か不幸かそれほどの大事ではなかったということだ。
とはいえ、冒した危険と釣り合う用事かと問われると、今この時期にすることではないのではと思えてしまう。
アリシアが渋い顔をするのに釣られてウィットーリオもやれやれという気分になった。
「私としては来た甲斐があったよ。今まさに戦場を経験して成長している息子の顔を見れて、私は満足かな。実に美味しそうな魔力を感じた。顔も父親に似てきたし、思わず発情しそうになったよ」
およそ子供の姿で言うようなセリフではなく、また母子でそれはどうなのかと言うべきところなのだろうが、ここにいるのは人間とは感性のずれた悪魔三人だ。カーミラの言に物申すような事は無かった。むしろアリシアは納得した顔で発言をしてきた。
「では、争いが終結した頃にまた訪ねて、無理矢理にでも関係をもってはどうでしょう。カーミラ様ならまたお子が出来るかもしれませんし、そうなればカーミラ様の血をより濃く受け継いだ方にも忠義を尽くせます」
「悪くない考えですな。人間なら肉親同士の交渉は禁忌とされていますが、我々は悪魔。人間の倫理観などあって無きようなものですからな」
カーミラは二人の言葉を聞いて、そうなった時の光景を想い中空を仰ぐ。そしてうんと頷きを一つついた。
「いいね。面白そうだ。なんならあの男も交えて、旦那と実の息子の親子どん、なんてのもいいかもしれない。あはは、想像しただけで興奮しちゃうね」
無邪気な笑顔でそう語るカーミラの姿は、常人には狂気そのものだが、そこにはただ悦楽を求める女の顔があるだけだった。
悪魔とは、愉悦を貪る堕落の化身。カーミラの創ろうとしている悪魔国家とは、そんな悪魔たちの集う国家だった。
「まあなんにせよ、全てはこの地の戦が終わってからだね。あの子がそれまで生き残って成長していたら、その時はあの誰も侵した事のない綺麗な首筋に牙を立てて、血を飲ませてもらおうか。………そうだ。リオ、さっき未来夜と一緒にいた九良名学園の学生、特に黒沼っていう男の情報を集めておいて。ちょっと気になるんだよねー」
「黒沼………その男、確か日下部を倒して見せた二人のうちの一人ですな。九良名市では話題に事欠かない男です。最近では“女帝”に助力して聖堂騎士序列2位、カール・デア・グローセの一党を退けたとか」
「“暁”………“女帝”がこの国に来ているという報告は受けています。あの方もなかなか特殊な情況に陥っているようですね。良いざまです」
「相変わらずアリスはギーネの事が嫌いみたいだね。だけどそれは置いといて、今は黒沼たち学園生三人の事についてをお願いね、リオ」
「御意。ですが主よ。その男の何が気になるのでしょう。確かに腕の立つ男ではありますが、主が気にかけるほどの男でしたでしょうか?」
「う~ん………魔力の質、量ともにSSってところかな。美味しそうではあったけど………う~~~ん」
カーミラの煮えきらない様子にアリシアとウィットーリオの二人は思わず目を合わせる。
主のこの何とも言えない困惑した態度は付き合いの長い二人からしても珍しいものだった。
「もしかしたらなんだけど、彼……私の正体に気付いているかも」
「そんな……まさか」
カーミラは“遠き赤”として世界中で名が知れている。
だが容姿などに関する情報は組織ぐるみで潰し回ったり、わざと曖昧な情報を流したりと工作を行った事があった。
故に人間の組織……大聖堂や退魔師協会のような巨大な組織でも、カーミラの容姿に関しては情報がほぼ残っていない。残っているとしたら、実際にカーミラの姿を見たことがある長命の悪魔や鬼の組織などだ。
人間の、しかも学生である黒沼という少年が知っているはずもない。
「東雲達也が主の情報を漏らした可能性は? 退治屋であるあの男がいつまでも主に義理立てするとは限りませんからな」
「う~ん、それは無いと思う。だってあの男も一応は人間として生きているんだもん。人間の社会ではロリコンはほぼ犯罪者だからね。わざわざ自分からそれを言いふらすような男じゃないよ」
「……自虐が過ぎる物言いですな」
「あはは。誰よりも長く自分の容姿とは付き合って来ているから」
カーミラは笑っているが、先程のカーミラの発言がもし正しかったとするなら、面倒なことになる可能性がある。
退魔師協会にカーミラの顔が割れ、今話しているこの場所でさえ安全ではなく、いつ退魔師たちが押し寄せてくるかも分からない情況に陥ったということ。
アリシアは危機感を覚えていた。
「カーミラ様。もしそうならすぐにでも口を封じるべきかと。ウィットーリオと共に始末して参ります」
「まあまあ、落ち着いてよアリス。彼がその気なら、とっくに退魔師協会に情報が渡っているだろうし、彼の様子からすると……むしろ私の正体を隠そうとしたんじゃないかなぁ。アリスも見た女の子と未来夜を残して、勘の鋭そうな女の子を連れてその場を離れてくれた。もしかしたらその場を離れた女の子……悪魔を見分ける術を持っていたのかもよ?」
「ですが、そうなるとなぜその少年はそんなことをしたのか。そして、どうやってカーミラ様の正体に気付けたか。まさか出会った者全員に『看破』の術を使っているはずもありません」
「そこなんだよねー。それを含めてリオに調べてもらいたいんだけど………“鷹目の雀”から受けた被害もあるから、本格的に動けるのは要員を補充してからだね」
そこまで言うとカーミラはひょいっと椅子から降り、ステージからも降りて、片膝をついて礼をとるアリシアとウィットーリオの間を抜けて扉の前まで歩き、くるっと振り返った。
「私も暫くこの国に留まるから。アリスはいつも通り私の母親役ね。2、3日ぐらいしたら未来夜に連絡とるから、その時に一応は探りを入れてみるよ。私の考え過ぎならいいんだけど……今回は予感があるんだよねー」
その予感が良いものか悪いものか、カーミラは語らなかった。
アリシアとウィットーリオはなんとなく、カーミラがこの情況を楽しんでいることを感じていた。
「行こうアリス。リオも、後はお願いね」
「「御意」」
カーミラは薄暗い部屋で赤い軌跡が残りそうなほど鮮やかな赤い髪をさらっと流し、アリシアを伴ってその場を後にした。
外に出て、いまだ高い陽の光を浴びながら、アリシアに言った。
「ねぇアリス………子供を持つのも、案外悪くないよ。アリスも一度は試してみるといい」
「……善処します」
カーミラはアリシアの手を軽く握って歩き出す。
人通りのある道に出る頃にはミリーとアリシアの母娘が出来上がっていた。回りが二人の親子関係を疑う余地がない完璧な母娘。
息子がいる娘と、子供を作った事が無い母親という、ある種の歪な姿だとは……誰も思わなかった。




