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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
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第54話 裏切りの影2

 公浩たちが特一級の鬼4体を倒して帰った時、“社”となるビル内はまるでお祭り騒ぎだった。

 なんでも公浩たちの活躍が伝わっているらしく、頼もしい援軍の登場に決戦間近を感じ取り、公浩たちの歓迎ムードが漂っていた。


「浮わついてるね。普通決戦が近くなると緊張感が増すものなんだけど……」


「良くも悪くも信頼されてるのかもしれないですね。具体的な手法はしりませんが、私たちの活躍を上手く使って士気を上げたと考えれば、ここの偉い人たちは優秀なのでしょうね」


「その割りには、裏切りの影には少々鈍いようだけど」


 公浩と鶫は次々と親しげに寄ってきては挨拶していく退魔師たちを適当に捌きながら、隙を見つけて会話していた。

 梓は小さいので、揉みくちゃにされないように二人でガードしつつ歩いている。


「流石は関西。凛子さんがたくさんいるみたいだ」


「今は他地方の方も多いはずなんですけど、関西の方のおおらかさが際立ちますね」


 通りすぎる人はたいてい気安く話しかけて来たり肩を叩いたりしてくる。そのほとんどが労いや感謝の言葉なので、悪い感情は湧いてこないのだが。

 そして先ほど樫木と話をした会議室に案内されると、中には先程よりも人がいた。

 その中に見知った顔を見つけたので笑みを向ける。


「久しぶり……かな。東雲君、それに小田原さんも」


 長テーブルの一角に複雑そうな顔をした東雲未来夜と、こちらは余裕そうな笑みを返してくる小田原が座っていた。


「あれから二ヶ月も経っていないぞ、黒沼君」


「はは、そうでしたね小田原さん」


「まあ君に関しては、随分と濃密な時間を過ごしていたみたいだから、久しぶりに感じるのかもしれんな。聞いたぞ。聖堂騎士たちと派手にやらかしたそうじゃないか」


「ええ、まあ……」


 ちなみに“女帝(カイゼリン)”については仁科黎明の正式な預かりとなり、退魔師協会で監視しながら黎明の協力者という扱いとなった。

 それに文句を言いそうな大聖堂は、後ろ暗さもあり何も言っては来ないそうだ。


「ちっ、また外様かよ」


 と、公浩たちの登場に不快感を露にするのはテーブルの一角に座っていた20代くらいの男。背が高く、髪は茶色く染められ、触れると刺さりそうなほどガチガチに固められている。

 その男は立ち上がり公浩たちの前に立つと、上から下まで不躾に視線を往復させる。


「なんだよ。ただのガキじゃねえか。特に、そっちのは小学生か?」


 梓の方に向けられた視線を、梓はむっと睨み返す。

 鶫も同時に不機嫌な空気を出していたところに、樫木が割って入った。


「口が過ぎますよ飛英(ひえい)殿。彼らは貴重な援軍にして客人です。付け加えると、こちらは三王山家のご令嬢と、四宮家の次期当主候補でもあります。これ以上の無礼は一樹様に報告しますよ」


「虎の威を借るなんとやらだな。ただのメスガキと没落貴族の生き残りが何だって言うんだ。なんだったら、本当に一樹(パパ)に言い付けるか?」


「口を慎みなさい!」


「そっちこそ、偉そうな物言いがしたけりゃ特一級になってからにするんだな」


 いつの間にか樫木と飛英という男が睨み合う形になってしまっていた。

 会議室の空気は二人に巻き込まれて緊張感が増していく。

 が、睨み合いから一転、飛英の方が「ちっ。つまんねぇの」と言って公浩たちの横をすり抜け、会議室を出ていった。

 その場はひとまず落ち着いた事で、会議室の面々は安堵する。


「樫木さん。今の方は?」


 公浩が飛英という男について質問をした。

 樫木は「お恥ずかしいところをお見せしました」と言って飛英の代わりに先程の発言について謝罪してきた。


「彼も五行の分家です。名前は五行 飛英。ご覧の通り少々荒っぽくて礼を失するところがあります。あまり関わらない方が賢明でしょう」


 それと……と、樫木は公浩の耳元に口を寄せ、小声で話す。


(彼もここの責任者の一人なのですが、どうも最近は奇妙な行動があると報告されています。おまけに先程お三方が向かわれた地点の戦力配置も、彼の差配によるものです。どうもキナ臭くなってきました)


(………そうでしたか)


(はい。ですので、彼には十分に注意してください)


 樫木は顔を離し「ではこちらの席へ」と言って公浩たちを議長席……樫木の隣の席につかせた。

 見た限り、会議室にいるのは歴戦の猛者ばかりのようだ。公浩たちや未来夜、それと樫木を除いて全員が30代後半以上で、さらには隙の無い雰囲気だった。

 そして、樫木を進行役として会議が始まった。飛英は本日は欠席だと前置いてから。


「今回、鬼の奇襲にあい、危うく部隊が壊滅しかかった事は皆さんももうお聞きでしょう。こちらのお三方が居なければ、実際そうなっていました」


 それに異を唱える者は居なかった。全員、次の言葉を集中して聴く姿勢に入っている。


「なぜそんな事態になったのか………それはひとまず置きましょう」


「おい。さすがにそれは無いのではないか?」


 今度は異を唱える者がいた。厳つい顔付きの、いかにも軍人という雰囲気を纏った男だ。

 それに追随する声も幾つかあった。


「今更その問題を棚上げする意味は無いであろう。皆すでに感付いておるぞ。裏切り者がいるという事は」


 会議室に一瞬の静寂が訪れる。皆その事実を重く受け止めているからだ。


「今話し合っても結論の出ない事です。確かに、件の部隊を差配した事実上の責任者は飛英殿ですが……他に部隊配置を弄るか、影響を与えられる人物、あるいは彼の思考を操れる者がいないと誰が言い切れますか? そういった事は疑いだしたら切りがありません。例え内通者がいたとしても、今それを話し合うのはあまりに危険です」


 そう言うと樫木は視線だけを公浩に向けてアイコンタクトを図った。

 飛英のことは皆少なからず疑っているはず。だが、先のヒソヒソ話程度ならいざ知らず、会議という発言の影響が大きくなる場で不確かな事は言いたくない。アイコンタクトにはそんな意味が込められているのだろう。

 公浩もそれに乗ることにした。と言っても、ただ沈黙を守っただけなのだが。


「………よかろう。その言も一理ある」


 何人かは納得いかなそうな顔をしていたが、結局声を上げる者は出なかった。

 そして皆の理解を得られたということで、樫木は会議を進行させる。


「では本日予定していた本来の議題。近々行われる鬼の……“日計の毒”の主力に強襲をかける件についてです」


 この会議室に集まっているのは一応は協会の幹部たちではあるのだが、実際の立場は代理人に近い者がほとんどだ。

 西国の退魔師……その最高権力者である五行一樹の代わりに、小田原と未来夜が来ているのが最たる例だ。

 とは言え、上の人間も遊んでいるわけではない。ある者は最前線で戦っていたり、別の地域の“社”を纏めていたり。隠蔽や実戦を担う警察組織の実権を掌握している五行一樹がなかなか本拠から離れられないのもまた一例だ。

 そんな者たちではあるが、現場……すなわち“社”での裁量はほぼ一任され、今作戦の実働についてはすでに上から細かい指示を受けて来ている。今回の会議はその擦り合わせと現場の細かい報告が主となっていた。

 樫木の進行のもと、各責任者たちから人員や部隊配置、戦術面でどう動くかなどの案を出していく。

 しかし、裏切り者の話が出たのはさっきの今だ。各々で裏切り者の目星をつけるまでは、馬鹿正直に作戦を語る者はいないだろう。

 この会議はすでに茶番と化していた。

 唯一、各地の戦況報告だけはまともに行われているようだが。


「一樹様は現在、本家にて工作部隊の陣頭指揮と、各地への根回しを行われている。そして先日、本家の網にかかった昆虫型、特一級の鬼を、ここにいる東雲未来夜が調伏したこと以外は、これといった報告は無い」


「ほう、またもお主の手柄か。なかなかやるようになったのぉ、青二才」


「その青二才ってのはいい加減止してくれませんかねぇ」


「ふん! お主など青二才で十分過ぎるわ。ワシの娘を誑かしておいて、あっさり一樹んところの娘っこに乗り換えおってからに」


「だからっ、誑かしてなんかないって何度も言っているでしょうが!」


 先ほど異議を申し立てた厳つい顔付きの男が未来夜となにやら言い合いを始めてしまった。緊張感のある会話ではないので、仲が悪いわけではないのだろう。

 公浩は隣に座っている樫木にそっと聞いてみた。


(どなたですか?)


(ああ、あの方は佐東家のご当主です。ここではかなり発言力が強い方になります。東雲君とは娘さんを盗ったとか盗らないとかでしょっちゅう言い合いになるんですよ)


 佐東家………あの市花の父親という事だろう。

 彼女は明らかに母親似だなどと考えてしまうのは余裕がある証拠というかなんというか。


「ええい! 二人ともそこまでに! 未来夜君も、席に着きなさい」


「………はい」


「ぷぷぷ、怒られてやんの」


「市之助殿もです。それと、またキャラが壊れてますよ」


 言われて席に着く二人。周囲はやれやれと肩を竦めていた。

 樫木が「では、話を続けます」と言って進行を再開した。


「本家の網に引っ掛かるほどに深く侵入されているとは、問題は思っていたより深刻かもしれません。決戦に響きかねない。作戦をもう少し慎重に見直してみては?」


「それは一樹様も危惧していた。だがやることに変更は無い、とも仰っていた」


「その通りだの。この期に及んで及び腰では、なにもかも中途半端になる。それはすなわち負けるという事だ」


「なるほど、確かに。では皆さん、各々やることはわかっていますね?」


 裏切り者の事を含めて、いざという時は独自に動けるように体勢を整えておけという意味の言葉だ。

 樫木は会議室の面々をざっと見回すと「なら結構です」と言って席を立った。他の参加者たちもぱらぱらと席を立ち始める。


「これにて今回の幹部会は終了します。皆さま、努々油断なさらぬよう」


 これにて会議は終了した。次々と人が出て行き、最後に残ったのは公浩たち三人と樫木、そして小田原と未来夜。意外な事に佐東市之助もその場に残り、公浩たちへと近付いて来た。


「お主らが阿笠のところの秘蔵っ子か。特に孺子(こぞう)、お主の働きに対する噂には事欠かぬな。その点は秘蔵されてない気もするが」


「若輩の身なればこそですね。佐東家のご当主であらせられる市之助殿におかれましては、大した働きとは言えないような噂ばかりでしょう」


「がははははは!! 可愛げのない子供だのぉ。謙遜は美徳だと、よく鏡の孺子も言っておったわ。だが、お主の場合はちと度が過ぎるのう。嫌みにしか聞こえん」


「でしたら、これからは市之助殿の豪気さを見習うとしましょう。自分に娘ができる頃には先程お見せになられたような親ば……一面も身についていることを願います」


 市之助の笑みが不敵なそれへと変わっていく。この男は自分が思っているほど子供ではないようだ、と。

 皮肉ともとれる言葉を物怖じもせずに自分に言える人間はそうはいない。


「先は自己紹介も無しに忙しなく始まってしまったからの。改めて名乗ろう。佐東 市之助、佐東家の現当主をしておる。なかなか骨のありそうな若者がいてくれて嬉しいぞ」


「黒沼公浩です。お褒めに預かり恐縮です」


 市之助が差し出した手に公浩も手を伸ばし、握手をした。

 滅多に見られない光景に小田原がほぅと感心している。


「そちらの娘たちは春陽の娘、それと………洋一郎の娘か」


 市之助は鶫に向けて僅かな憂いを含んだ目を向ける。一瞬であったため鶫本人も気付かなかったようだが。

 市之助は神妙そうな表情で喋り出す。


「挨拶が遅れて申し訳なかった。佐東市之助だ。二人と、そして実家の方には今回の事を含めて世話になりっぱなしであるな。三王山家には宜しく伝えてくれ。そして四宮鶫。何か困った事があればワシを頼るとよい。最大限、力になろう」


「あ、ありがとうございます………」


「……………」


 鶫は即座に返事をするのに、梓は黙って礼をするのに、それぞれ精一杯だった。


「それでは、ワシはこれで失礼する」


 鶫も梓も、市之助の言葉を受け、それまでのイメージとの落差から少し混乱していた。

 その隙に市之助は会議室を後にした。

 確か二人とも市之助とは面識が無いはずだ。なら二人の両親と繋がりがあるのだろうか。


「彼は三王山家の現当主、三王山 春陽(しゅんよう)殿と四宮洋一郎殿とはご懇意にされていましたから。春陽殿とは今もってご友人であられますけど、洋一郎殿は………」


「………なるほど」


 樫木は後半、公浩にだけ聞こえるように声を潜めた。

 鶫は特に気にした様子も無かったが、梓には何か思うところがあったのか、市之助の背中に送る視線が胡乱げだった。


「……うちの変態親父と懇意? まさか」


「いや、俺と稲葉山が一樹様に同行した際、お三方はよく顔を合わせていたが、親友のように仲が良さそうだったぞ?」


 小田原が情報を補足した。


「……………バカな」


「会長、あの優しそうなお父さんのことどう思ってたんですか」


「……父は友達が少ない」


「○がない、だと思ってたんですか? 私からしたらすごくいい人なんですけど。うちのお父さんとも仲良かったですし」


「ぅ………」


 鶫が懐かしげに語る。

 鶫の言葉に若干たじろぐ様子を見せる梓。

 鶫は意図していないだろうが、鶫自身から父親と、自らの父親が仲良かったという話題を出されると、これ以上冷たい事は言い辛かった。


「まあなんだ……なんにせよ、今日は大活躍の三人だ。戦時下ではあるが、街は極力平穏を維持している。決戦の前に、明日は未来夜君と一緒に街にでも出て英気を養うといい。軍資金は出そう」


「そうします。宜しく、東雲君」


「あ……ああ」


 公浩に対して、なんだか煮え切らない態度の未来夜。それについて小田原がニヤつきながら説明した。


「未来夜君はな、お嬢様とよく電話やメールのやり取りをしているんだが、話の大半に君の名前が出てくるらしくて気が気じゃないんだ」


「ちょっ……小田原さん!?」


 なるほど。確かに風紀委員の仕事上よく会うし、阿刀田に行っていた時も報告だけは怠っていなかったから、二人の話の種になっていても不思議ではない。

 未来夜はそれが気に入らないのだろう。


「いらない心配だよ東雲君。君たちのラブラブっぷりはあの件で証明されたじゃないか」


「いや、黒沼君なら分からないぞ。君ほど強い男なら、誰が惚れても不思議じゃない。おまけに同じ学園の敷地内に住んでいて………もしかしたら夜な夜な人知れず逢瀬を――――」


「「まさかのNTR!?」」


 未来夜と鶫が同時に叫び、鶫に至っては涙ぐみ始めたではないか。

 公浩はいろんな意味でドキッとさせられた。


「違うよ鶫。そんな事は断じて無いって――――」


「いえ! いいんです。元々私たちの関係って、そういうものでしたから。覚悟は………えぐ………してました………うぅ」


「……黒沼、サイテー」


「ちがっ、違うんです! 僕はやましい事なんてしてないんです! 信じてください!」


 そこで、公浩の慌てように逆に落ち着きを取り戻した未来夜が声を発した。


「ああ、サエが言ってた黒沼の彼女って、この子だったのか」


 だが、その後に続いた言葉が悪かった。「確か仮の彼女だって――――」という言葉で、鶫の涙が溢れた。


「つ、鶫っ、泣かないで。ほ~ら、よ~しよ~し」


 公浩が鶫を抱き寄せて頭を撫でる。未来夜は梓にキッと睨まれて押し黙っていた。

 そんな中、種火を提供した小田原は苦笑い中だった。


「まさか黒沼君に火の粉が飛ぶとは予想外だったよ。だが………()って、いったいどんな生々しい関係なんだ」


 小田原にもやや誤解が生じているが、とりあえず公浩のほのぼのとした犠牲もあって、もう日付の変わっているその日、街に繰り出して暫くは殺伐とした空気は流れなかった。                                                                

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