第53話 裏切りの影
士緒は先日の、神野悪五郎を自称する何者かの情報の裏付けを信頼する部下に行わせた。
結果、確かに西の地方にそれらしき物を発見出来たと報告を受けた。
かつて神野悪五郎が滅ぼされたとされる地。そこにはやはり、これまでに見つけて来た封印石があったのだ。
この情報が正しかったということは、少々考え方を改める必要性が出てくる。
自称神野悪五郎が個人的に嫌いだなんだと言ってはいられない。少しでも情報を絞り出せないか考えるべきだった。
と、頭では分かっているのだが………どうしてもその気になれない。
不思議な感覚だ。自分はもっと理性的だと思っていた士緒だけに、長くはないが密度はある人生経験の中で身に付けた勘を信じてみたいと思ってしまう。自分の人を見る目を。
あの男は信用以前に、嫌いだという感情を優先する。そしてこれまで例外なく、士緒が嫌いと判断した者は敵だった。
これは実積に基づいた直感だ。時には理性より優先したくなるのもまた道理だろう。
煮え切らない感情を抱えたまま迎えた11月のある日。黒沼公浩は放課後、生徒会室に呼び出された。
「種咲市ですか? 五行家のお膝元の?」
「……そう。私と鶫、黒沼の三人で出張する」
梓の用件は、要はこれまでの生徒会や風紀委員会の遠征任務と同じで、五行家お膝元の西国での鬼狩りをするだけだ。
これまでと違う点と言えば、戦闘の規模が学生の領分を超えたレベルであること。“百鬼大蛇”の時よりもはるかに難易度が高い点だろう。
「……今回の任務は現地で広範囲に出現する鬼の討伐。西から流れてくる鬼に対する五行家の戦線に合流し、これを援護する」
五行家の張る戦線と言えば、日本では“真ノ悪”に次ぐ鬼の大勢力……“日計の毒”と事を構えている、日本で最も鬼との戦いが激しい場所だ。
そんな場所に、優秀とはいえ自分たちが呼ばれた意味が解らない。
その事について梓に質問してみた。
「……理由は三つ。一つ目は、黒沼の事が良くも悪くも有名になったから」
梓が言うには、黒沼公浩の名前が協会内で実力者として知れ渡っているらしい。
独楽石家の人間に臆さず相対した事に端を発し、特一級の鬼―――日下部や虎子など―――を撃退して実力を示した事や、第一校との交流戦。最近では、阿刀田における聖堂騎士たちとの一件を生き延びる、と言ったものがある。
退魔師の業界では、これだけの活躍をしていれば、ほぼ知らない者はいなくなるのだ。
「……二つ目。これは一つ目の理由に連動した当然の処置だけど………西での決戦が近いらしい。優秀な退魔師を少しでも多くかき集めているとの事」
西の戦いは双方で少なくない犠牲を払いながらも退魔師が優勢だと聴く。
そこで最後の一押しに人材を集めているのだろう。
「……三つ目。これが一番の理由だけど、とある人からの推薦があった」
「推薦ですか………」
阿刀田への出張の時と同じだ。優秀だという前評判だけで顔も知らない人間から勝手に推薦される。
正直、気分の良い事ではない。が、公浩の性格や立場上、断る事は難しい。
結局は受けるしかないと諦めたが、推薦した人物の名前が意外で興味が湧いた。
「……五行家当主、五行一樹からの強い推薦。どうやら、以前に黒沼が手を貸した陸道家へのカチコミ……そこでやり合った五行家の双璧、小田原から五行家当主の耳に入ったらしい」
「……あの人が」
なかなか高度な結界の顕の使い手だった。
あの時は、もう一人の稲葉山という男を先に倒しておかなければ、あそこまで余裕を持った戦いは出来なかっただろう。
「……私と鶫はあくまでもオマケ。先方は黒沼にご執心みたい。最前線に置かれる事も覚悟しておいて」
「了解です」
公浩はこれで正式に任務を受諾したことになる。
それに対して、どうにも気懸かりな思いが拭えない鳳子が梓の横で口を開いた。
「私は今回の事、あまり賛成できないわ。この街でも指折りの実力者でもある三人を短くない時間遠くへ派遣するなんて。橘花院士緒の事もあるし」
「……あの勘だけは鋭い姉さんも橘花院士緒についてはそれほど問題とは思っていないみたいだった。その点は大丈夫だと思う。それに短くない時間と言っても、精々が二週間程度。向こうで不覚を取る可能性を無視すれば、何も心配はいらない」
「そこは心配してないわ。三人のことだからね」
鳳子が優しげに梓に微笑む。本当にその辺りは心配していないようだ。
そこで、ソファに座って話を聞いていた正臣が控えめに声を上げた。
「あー……三人の個人用の“真宵符”を二枚ずつと、念のため汎用の物を三枚ずつ用意しておいた。学園長からの支援物資だ」
「なんや、えらく気前がええな。工藤でも作るのにそれなりに手間と金がかかる“真宵符”を十五枚もとか………学園長はこの事を読んどったんか?」
「バーカ。汎用のも個人用のも、橘花院が現れてから少しずつ準備してたんだよ。個人用の物も何枚かストックしてある。だから向こうで死んでくれるなよ? 苦労して作ったのが無駄になるからな」
正臣の発言に凛子が「おのれはツンデレかいな」などとからかっていたが、正臣は慣れているのか相手にしなかった。
「……とにかく、明日には私たち三人で西国まで向かう。急で悪いけど、準備しておいて」
「重ねて了解です」
風紀委員や生徒会役員には急な仕事など珍しくもない。
公浩、鶫、梓の三人は翌日までに準備を整え、万全の状態で出立した。
★
西国。鬼による被害を防ぎ、同時に組織的な鬼の勢力の壊滅を狙っている現段階。
五行家を中心とした退魔師たちと、“日計の毒”が抱える鬼たちとの戦いは局地的にだが、さながら戦の様相を呈していた。
五行家は元々武闘派の家柄ではなく、工作が主な活動だった。
退魔師としての仕事をする上で、どうしても必要となってくる民間へのフォロー……国家機関などを動かした隠蔽を担っていたのだ。
それが、四宮家の壊滅と同時に国内で最も激しい戦場に放り出された。現状の戦線維持、決戦へ向けた準備まで漕ぎ着けられただけでも上々の成果と言えよう。
比較的近場の仁科家は黎明の不在と、元“相談役”たちが士緒を恐れて地下へ潜った事によって活動が停滞し応援を寄越す余裕が無い。
この状況から今の優勢な状況へと持ってこれたのは、一重に現当主の五行一樹が極めて有能だったからだ。
まずこれが仁科家の元“相談役”たちであったなら、四宮家の壊滅と共に命惜しさに前線から撤退していたであろう。そうすると、鬼に反撃も出来ず、あまつさえ鬼の存在の隠蔽も困難になっていたはずだ。
そんな事情から五行家はむしろ反撃のために他家との人材のやり取りを行い、徐々に有効な戦術を組み立てていった。これに積極的に協力したのは三王山家、次いで独楽石家といった具合だ。
五行一樹の広いコネクションも活き、現在に至る。
ただそれでも、やはり全てが上手くいくわけでもない。
深夜、最前線の一つ、鬼の多発地帯である山中では今まさに新たな動きがあった。
ズドォンッッッ!!!
爆音が轟く戦線の一角。退魔師たちは窮地に追い込まれていた。
「おい! “社”に応援要請! 多鞭型、特一級相当が2体と、灯台・甲型と乙型、特一級相当がそれぞれ1体ずつが新たに出現! 大至急!!」
部下の一人が慌てて通信符で“社”へと連絡を入れる。
特一級と即座に報告できるほど実力がはっきりした鬼などそうはいない。それが4体。その現場にはそれらに対抗できる戦力がそろっていなかった。
多鞭型の鬼は見た目はイソギンチャクに蜘蛛の足が生えたような姿で、大量の鞭のような伸び縮みする触手を操り、個体によっては鞭に特別な効果が備わっていたりもする。
灯台型は主に甲型と乙型に分けられ、見た目は灯台のように縦長で、最大で50メートルのものが確認されている。甲型は動く砲台というのが正しく、通力による光線状の攻撃や、あるいは拡散させて広範囲を攻撃したりする。乙型は甲型ほど火力は優れていないが、恐ろしいのはその探知能力を活かして他の知能が皆無の鬼を統率していることだ。人間ほど高度ではないが、羊の群れから狼の群れになった程度には脅威度が上がる。
灯台・乙型の鬼はこの戦場にいる二十匹以上の鬼を統率し、八割増しの効率で退魔師たちを押し返していた。
「連中、まだこんな戦力を隠していたのか!」
今日までの戦況に持ち込むにあたり、敵の大きな戦力は優先して潰してきた。
後残るは知能のある幹部級の鬼だけのはずだ。そのはずだったのが、ここに来て更に特一級の投入となると、かなり厄介な事態だ。
しかも、ここにはそれに対応できる戦力が無い事を見抜いた上で中級から特一級までの鬼を差し向けてきた。現場の退魔師たちは数は揃っているが、如何せん上一級以上の退魔師がいない。
この場所の鬼は低級のものが多く戦力的には圧倒していたのだが、どうやったのかあの巨大な鬼たちに奇襲を受けてしまった。
敵に転移の固有秘術を使える者がいたのか、または別の手段によるものか。
どちらにしろ、今現場に出来ることは全滅だけは防ぎつつ、時間を稼ぐ事だけだ。だがどこまで持ちこたえられるか………そんな不安に襲われながらも、後退戦闘の指示を出していた男のもとに若い退魔師が報告に来た。
「“社”からです! 今ちょうど特一級相当の退魔師が三人、こちらに向かっていたところだそうです」
「相当とはどういう意味だ」
協会に正式に所属する退魔師は全員、倒せると判断された鬼の等級に応じて級が明確に決められている。相当という曖昧な言い方をするのは臨時で雇われた退治屋や、祓魔師など。後は学生などもそうだが、学生で特一級相当の実力をもった者は希少で、今前線に投入出来る学生の退魔師はもうこの地域には残っていないはずだ。
「関東からの応援だそうで、まだ学生ですが能力は保証すると。合流し次第、その学生の指示に従うように、だそうです」
本来学生なんかに使われるのは屈辱的な事なのかもしれないが、上が保証すると言い切った以上は本当に優秀なのだろう。
この状況を打破できるなら最早なんでもいいと、男は心からそう思った。
「よし、このまま後退しつつ、その応援と合流を――――」
次の瞬間、爆音が限りなく近くで起こった。
多鞭型の1体がここまで来ていたのだ。
多鞭型は基本足が遅いが、ここまでの足止めが機能していなかったのなら、後方まで現れても不思議ではない。
「くそっ! 接触したら爆発するタイプか! 厄介な」
この多鞭型の鬼は触手に触れると触手ごと爆発するタイプらしい。この手のタイプは等級が上がる程に爆発の威力と触手の再生速度が速くなる。
しかも触れれば必ずしも爆発するとは限らない。鬼とはいえ通力の量にも限界がある。個体差、能力差にもよるが、ペース配分を行う鬼はいないわけではない。
「俺が足止めする! その間に態勢を整えて援護しろ!」
指揮官である男は一級の退魔師ではあったが、足止めに集中するとはいえ、そう長くもつはずがない。
退魔師たちは隊列を急いで整えようとしたが、多鞭型は多数を相手にするのに長けた形態だ。指揮官の後ろに控えていた数人が既に爆発で吹き飛ばされていた。
(ここまでかっ…………)
触手が指揮官に伸び、指揮官の男が諦めかけた、その時だった。
空から何かが多鞭型の鬼に向かって流星のように落ち、触手の半分を一瞬で刈り取ってしまった。
多鞭型は残りの半分の触手を苦痛からかのたうち回らせる。
「な、なんだ!?」
その疑問はすぐに解消された。
流星のごとく降ってきた少年を見つけたからだ。
「九良名学園から派遣されて来ました、黒沼と申します」
少年………黒沼公浩は指揮官にニコッと笑いかけると、上を指差す。
そこには、かなり上空に退魔師協会の所有と見られるヘリコプター………九良名学園の校章が入った物が飛んでいた。
指揮官の男は援軍の登場に小さく安堵する。が、いまだ状況が悪いのには違いない。すぐに気を引き締めた。
「ダメだ! まだ向こうには灯台の乙型が――――」
鬼が群れを為した場合、優先的に司令塔となる鬼を倒すのがセオリーだ。灯台・乙型は探知範囲と指揮範囲が広く特に厄介な司令塔で、不意を突くなら真っ先に倒すべきところ。
目の前の多鞭型は先の不意討ちでダメージを与えられたが、このままでは逃げられるか守りを固められるかして面倒な事になる。
だが公浩は「大丈夫ですよ」と言って微笑を浮かべる。
「そっちは仲間が向かっていますし、それに敵の指揮系統は既に――――」
そこに多鞭型の残っていた触手が一斉に公浩に伸びる。
話している場合ではなくなった公浩は、とりあえず目の前の多鞭型を調伏することにした。
そこに、指揮官の男のもとに部下の一人から通信符で連絡が入った。
『報告します。現在、なぜか鬼たちの統制がうまく執れていない模様。低級のものから各個撃破しております。あ! たった今、援軍と思しき少女が灯台・甲型と交戦状態にはいりました! すごい……圧倒しています!』
灯台・乙型による統制は梓の『口伝千里』の応用で妨害し、鶫がその場の退魔師たちに協力して鬼を倒していたのだ。
「……ああ。こちらも似たような状況だ」
指揮官の男は目の前の光景に半ば唖然としていた。
公浩が相手にしているのは多鞭型。触れると爆発するタイプ。特一級相当で、触手を振るう速さも、爆発の威力も、再生速度も、あらゆる要素で強敵だ。
しかしその戦いでは、触手は公浩に掠りもせず、公浩が『光剣』で切った触手はなぜか再生しなかった。一体どういう顕を使っているのか見当もつかない。
そして触手が全て無くなるのを待つまでもなく、勝敗は決していた。
公浩が触手の群れをくぐり抜け、本体の前に到達した。触手を切られまくって怯んでいるそこへ、公浩が『光剣』を消し、代わりに拳を打ち立てる。
多鞭型の巨体がぶるりと震えたかと思うと、直後に公浩から見て反対側の巨体が爆散し、やがて多鞭型は黒い霧となって消え去った。
指揮官は援護の暇もなく終わった戦闘に若干思考停止気味だったが、すぐに指揮官としての責務を全うしようと周りに指示を出し始める。
態勢の立て直し、怪我人の後方への輸送。残っている戦力で低級の鬼の調伏、余裕があれば学生たちの援護。
尤も、援護が必要かどうかは今の戦闘を見た後では疑問だ。逆に足を引っ張り兼ねない。
ならばと、公浩に訊ねる事にした。
「助力に感謝する。私はこの場の指揮官をしている者だ。上からは君たちの指示に従うように言われているのだが………」
「あなた方はこのまま低級から中級の鬼を狩り続けてください。それと、三王山梓という女の子から通信が入ったらその指示を優先にしてもらいます。通信の混乱を避けるために今のところ行っていませんが、今のうちに部下の方たちに貴方から通達しておいてください」
『……黒沼。特一級以外の鬼はもう片付いた。後は私達の仕事』
「もうですか? ここの人達もなかなかやりますね」
それから二言三言、梓と言葉を交わすと公浩は指揮官の男に向き直り、指示を改めた。
「治癒が使える人は全員怪我人の治療に当たらせてください。それ以外の人達は怪我人の護送を。手伝いはいらないのでくれぐれも無茶をして出てこないでくださいね」
公浩はそれだけ言うと梓に指示されながら残りの鬼へと向かった。
多少時間がかかったが、その後危なげなく特一級の鬼たちを倒し、一段落した。
★
数時間前。
「……ここ、危ない」
「僕も同感です、会長」
鬼との戦場に隣接する最前線の街、種咲市の退魔師を纏めあげる西国で最も巨大な“社”。もう日が沈みかけたところで到着し、前線の状況を地図を見ながら説明を受けていた公浩たちは揃って地図上のある一点を指差す。
それに疑問を口挟んだのは五行家の分家で、この“社”の責任者の一人でもある五行 樫木。期間中の公浩たちの案内を買って出た男だ。
「何か問題があったでしょうか?」
学生で、しかも外様である公浩たちに対しても敬語で丁寧だが、決して腰が低いわけではない。
少しだけ見たが、年長の部下にも物怖じせずしっかりと指示を出せていたからだ。
「この山間、地形が少々複雑で、まだ正確な絵図面が出来ていないようですね」
「……鬼を伏せて奇襲を仕掛けるなら、ここ」
実は鬼が人里に現れる事は珍しくはないが、それほど多いというわけでもない。
ほとんどが人里に出る前に、例えば山や森といった人気の無い場所で倒される。それは低級から中級……知能が皆無の鬼の多くはそういった場所に潜んでいるからだ。
さらに言うと、山間などの人気の無い場所には“響きの呼び符”が仕掛けられており、退魔師はそこを重点的に見回るだけで良い。
現在進行形で行われている戦も、そういった場所を主戦場にしていた。
しかし、今公浩たちが指した場所は最近になって戦線が拡大したことによって新たに含まれた場所で、いまだ詳しい地形の把握と偵察が追い付いていない。
公浩と梓はそこに奇襲があるのではと警戒しているのだ。
「しかも、意図して拡大した戦線のように見えるのに、敵の鬼が低級ばかりというのも不自然です。樫木さん。今向かわせられる戦力はありますか? それも上一級以上の人が望ましいですね」
「あ、いや……お二方の言うことも尤もです。ですが、人員の運用はこれでもギリギリなんです。今割ける戦力と言われても………」
「……なら、ちょうどいい」
「はい?」
梓が言うやいなや、鶫に「……ヘリを動かせるようにしておいて」と指示し、鶫は一も二もなく返事して、通信符を片手にその場を後にした。
公浩がそれについて説明をする。
「ちょうど僕ら三人の手が空いています。着いたばかりで指示待ちでしたし、問題無いでしょう。将棋ではいかに遊んでいる駒を減らせるかも、上手い戦略を組み立てるのに必要な要素です」
「は、はあ……今更お止め出来ませんが、一応は気を付けてくださいね」
「何も無かったら、せいぜい笑ってやってください」
公浩と梓は急いで向かったであろう鶫をゆっくりと追う形でヘリポートまで向かうために部屋を出た。
ある程度歩いたところで公浩が話を振った。
「やはり裏切りでしょうか」
「……たぶん」
二人はお互いの推論を確認し合った。
二人の推論はおおよそ一致していたようだ。
裏切り…という言葉の根拠として、戦力の配置が挙げられる。
確かに現地で確認されている鬼の等級を考えれば妥当な戦力配置とも思える。しかし実際には違う。
状況が不自然すぎるのだ。
戦線の拡大の仕方。たまたま地形把握が遅れている場所での戦闘。そして実際に送り込まれた退魔師たちの質。
その他全てを総合して見た互いの戦力比が、実に退魔師側に有利すぎる。
これは戦略面を担う責任者の中に裏切り者がいて、意図的にその状況を作ったのではと推測できる程の違和感だった。
だから先程、樫木の前では何も言わなかった。誰かが敵と繋がっているかもしれない、そんな状況で容疑者の一人の前で話すのは現段階ではあり得ない。最低でも一人、信用の置ける幹部クラスと話をつけてからでないと危険だ。
ただ推論が正しく、裏切り者がいた場合、一つ疑問が残る。
「会長。もし裏切り者がいたとして、その上でのこの状況なのだとしたら、この非効率さは何なのでしょう? 中隊規模の、最高でも一級の退魔師たちを、仮に全滅させることができたとしても………こう言ってはなんですが、あまり大きなダメージではありませんよね?」
「……わからない。例えば隊の中に、大勢に影響を及ぼせる程の人材がいたとして、それを排除するためにやったとも考えられる」
戦線の一角が、例え突破されて街の手前まで流れ込んできたとしても、やはり大勢には影響しない。余程の戦力ならともかく、中途半端な戦力では街の手前辺りで強い退魔師たちに各個撃破されて終わりだ。そしてそれをも突破できるだけの大戦力なら、そもそも奇襲が出来ないほど目立ってしまうだろう。
敵の幹部クラスは今もなお、一部で退魔師とにらみ合いに近い状態なのだから。
「あとは………例えば個人的な怨みとか?」
「……理性のある鬼は、むしろ人間より合理的な思考をする。人間に怨みを持つ鬼は珍しいし、人間の都合に合わせてそいつの怨みを晴らしてくれる鬼はもっと珍しい」
士緒は心の中で苦笑した。
その珍しい鬼の中に、おそらくは梢も含まれるのだと。
士緒は思考を戻し、公浩としての自分に集中する。
「けれど、無くはありません。頭の片隅にでも置いておいて、後は現地から帰って来たら考えましょうか。全てが思い過ごしであることを祈りましょう。二人で祈れば多少はご利益があるかもしれませんよ? 何しろここは“社”ですから。祈る神には事欠きません」
「……言えてる」
梓は公浩の皮肉にクスッと笑みを漏らす。
二人の祈りは結局、“社”の誰にも届かなかった。




