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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
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第52話 闇夜に蠢く


 深夜、風紀委員男子寮、黒沼公浩の部屋。

 鍵はかかっていたが、それ以上の防衛措置は部屋の四方に張った精神系の顕をジャミングする符術結界だけ。通信符もそれに含まれるが通信が来たこと事態は伝わるので、通信符を使いたければ部屋を出れば良い。

 公浩の部屋には士緒としての正体に繋がる品は無いので警戒もそこそこだったのがその晩、仇となった。

 その影は音も無く鍵を開けて部屋に侵入した。

 影は月明かりが窓から差し込む部屋を見回す。風紀委員の寮だけあってそれなりの広さだ。ベッドや勉強机、本棚。本の種類は参考書から料理の本。漫画があったのを侵入者は少し意外に思った。

 その他クローゼット以外は置物の一つも無い簡素な部屋。

 この日、黒沼公浩は阿刀田の町へと赴いており、帰ってくるのは暫く先になるだろう。

 侵入者はその余裕からゆったりと部屋の中を歩き回る。そしてふと、ベッドの横で歩くのを止めた。若干乱れ気味のシーツ。布団は何故かベッドの奥へと丸まって落ちている。

 侵入者は衝動(・・)に駆られる。いや、まだだ。それは最後にすると決めたではないか。

 侵入者はかぶりを振って視線を別の方へと向ける。向いた先にあったのはクローゼットだ。

 人が二人入れる程の大きさのクローゼット。その下部は二段の引き出しになっている。

 寮の部屋には収納スペースがあるから、これは公浩が引っ越す際に持ち込んだ家具だろう。

 侵入者はそのクローゼットに近付きしゃがみこむと、引き出しを開けた。一段目は袖長のシャツが入っていた。底のほうを探ったが、目的の物はやはり無い。

 ならば二段目、と思い開けたそこに、目的の物はあった。

 侵入者はニヤリと口角を上げ、それ(・・)を手に取った。

 まずは本物か確認しよう。スンスンと匂いを嗅いでみる。それは侵入者の直感で本物と断定できた。

 ならば次にやることは一つ。侵入者はそれを両手で広げて持ち、ゆっくりと顔に近付け、そして………


「はむはむ」


 ()んだ。

 侵入者……神崎風音(・・・・)は恍惚とした表情で、それ(・・)を口に含んだのだ。公浩のパンツを。


「むふー。ひみひろふんのひおい(きみひろくんのにおい)ー」


 本来洗濯されて本人の匂いなど残っていないだろうそれも、恋する処女にかかれば洗濯前の匂いを嗅ぎ分ける事など容易いことなのだ。

 しかしそこで、だれもいないはずの部屋から微かな殺気を感じた。

 風音は飛び退き、殺気の漏れた先……クローゼットを見る。


「誰! 出て来なさい!」


 風音の誰何の声を受け、クローゼットの扉がゆっくりと開いた。そこにいたのは………


「いつかはこうなると思ってましたよ。風音先輩」


 クローゼットから出てきたのは四宮鶫(・・・)だった。しかも、その手には公浩のパンツを握って。


「鶫……まさかあんたがこんな暴挙に出るなんてね」


「そのセリフ、そっくりお返しします。仮とは言え、恋人の私を出し抜こうだなんて」


「ふん! そんな危うい立場にいつまでもすがり付いてないで、私に後を託して潔く身を引くといいわ。それと………その手に持った物をすぐにこちらに引き渡しなさい」


 風音は『大部屋』の術式から愛用の刀を取り出し鶫に向けた。


「ふふふ、気付きましたか。私と風音先輩の決定的な差に」


 風音は悔しさに歯噛みする。そう、自分が手に持っているのはトランクス型のパンツ。そして、鶫が持っているのは………


(ボクサーパンツ……はむはむしたい!)


 トランクスとボクサーパンツでは肌への接地面積が違う。当然―――風音からしたら―――ボクサーパンツの方が匂いも()も濃厚に違い無い。

 風音はどうしてもそれが欲しくなった。チリチリと殺気を放つ程に。


「風音先輩が先輩のパンツをはむはむしていたのは気配で察しましたが、それにはさすがに我慢の限界です。()恋人としては」


 鶫も構えをとる。

 一触即発。そんな空気の中、布団にくるまって嵐が過ぎ去るのを震えて待っている者がいた。


(あわわわ……なんでこんなことに~)


 一番最初に部屋に来てベッドで公浩の匂いを堪能していたところ、鶫が来ると同時にベッド脇に隠れた佐助花真朱(・・・・・)がそこにはいたのだ。

 その手にはしっかりと公浩のボクサーパンツが握られている。


「むむむむ~~~」


「ぬぐぐぐ~~~」


 鶫と風音のにらみ合いと真朱の震えは、異変を察知した寮生の通報を受けた寮監と縁が駆け付けるまで続いた。

 三人はその後こっぴどく罰を受けた。

 因みに侵入方法はそれぞれ、真朱が合い鍵、鶫が顕、風音がピッキングによるものだった。

 なお、精神系をジャミングする符術結界にこの時、風音と鶫の通力の放出によって綻びができてしまったことには誰も気付かなかった。



           ★



 大聖堂(カテドラル)という組織には本部というものが存在しない。

 厳密には存在するが、派閥によってそれぞれが本部を名乗るので混乱を避けるために本部(・・)という言葉を使わないだけだ。

 派閥は大きく分けて3つ。主にこれらが聖堂騎士(パラディン)祓魔師(エクソシスト)を動かし様々な利権を得ている。

 大聖堂は聖堂騎士(パラディン)を統轄する“教皇(ポープ)”の派閥。特にこれが日本の外で幅を利かせている祓魔師の親玉の認識だ。

 次に大聖堂のナンバー2、“枢機卿(カーディナル)”派。本来教皇の補佐という立場にありながら内々では覇権を握ろうとする歪んだ派閥。

 3つ目は先の二つに比べるとかなり影響力を落とす“教会”派。大聖堂の下部組織である教会の、謂わば労働組合。派閥とも言い難いそれだが、無ければ無いで困る、出来るべくして出来た派閥だった。

 そんな3つの派閥で今回(・・)、大きく力を落とした派閥がある。

 それは枢機卿派。多数の祓魔師と、比較的若くして聖堂騎士序列2位に居たカール・デア・グローセを抱え込んでいた。が、二週間程前にカールは死に、その下に付けた十数名の祓魔師は事もあろうに最も目障りな組織である退魔師協会に捕らえられ、かの国における悪事を証言し、退魔師協会からは大聖堂に正式かつ最大限の抗議と、そして賠償を求められている。

 勿論、その皺寄せは全て枢機卿に向くのだが、枢機卿は当然のごとくカールとサフィールの独断先行として尻尾を切ったのだ。

 派閥でのダメージは計り知れないが、それだけならまだ良かった。問題はもう一段深刻で派閥の維持も覚束ないほど。

 枢機卿こと、アルフレッド・クリスチアーノ・デイヴィスの抱えていた聖堂騎士が、それも派閥の維持に不可欠な順で暗殺され始めたのだ。この二週間で四人の聖堂騎士が殺されていた。

 こんな事態はIR以来で、しかも的確にアルフレッドにダメージが行くように計算されている。

 これは内部事情に精通していないと不可能な動きで、犯人の目星もアルフレッドはつけていた。


「おのれサフィールっ!!」


 アルフレッドは仕事部屋で書類片手に憤る。

 殺害された聖堂騎士たちはいずれも凄腕で、序列にすれば一桁台の者もいたのだ。

 犯行の手段やその鮮やかさから、相手は対聖堂騎士の訓練を受けた者だと判る。

 情報を総合してみた結果判明した。切った尻尾であるサフィールが、新しい頭を得て噛み付いてきたのだと。

 その頭が誰の物かは分からないが、もはやこの由々しき事態に歯止めをかける方法をアルフレッドは思い付けないでいた。

 そんな時だったのだ。アルフレッドにとっては正に天の助けだった。


 コンコン


 部屋がノックされ、部下の一人を中に招き入れた。


「枢機卿猊下(げいか)、お客様なのですが……」


 いまいち歯切れの悪いその部下に苛立ちを露にしながら返す。


「客? そんな予定は無い。余程の者なのだろうな」


 そうでないなら追い返せと暗に圧をかけるが、部下はどうしたものかと引くに引けない。


「はっ、それが……相手が相手でして、身元の確認も取れましたので……」


「ええい! 誰が来たと言うのだ!!」


「はっ、はいっ! その……退魔師協会会長、仁科黎明殿でありますれば!」


「なっ!?」


 それは、あるいはアルフレッドにとって破滅をもたらす邂逅だったのかもしれない。

 だが少なくともしばらくの間、アルフレッドの首は繋がったままでいられるのだった。



           ★



 明晰夢というものがある。夢でありながら夢だと理解できる。現在、士緒が見ているのがそれだ。何も無い真っ暗な空間に士緒はいる。

 阿刀田から帰還し、風紀委員男子寮の自室で士緒はそれを見ていた。


(これは……精神干渉。結界の術式に綻びが………いつの間に)


 明晰夢の中、冷静に自分の状態を把握する。

 士緒は現在進行形で何者かの精神干渉を受けている。

 攻撃的な意思は感じない。だから大丈夫というわけではないが、危険な状態でないのは確信できた。


「さて、()の頭の中に入って来たのは誰かな?」


『カカカ、取り繕わなくてもよい。山本五郎左衛門の手の者よ。儂は敵ではないとも』


 夢の中での声の印象は老齢で油断ならないものだった。

 山本五郎左衛門の手の者と言った。九良名においてその秘密を知っている者に敵はいない。味方か、あるいはマサキのような敵未満、味方未満の得体の知れない何者かだろう。あるいは………新たな敵か。

 この声の主はどれにあたるのか。


『儂こそ、お主が求める者……と言えば分かるかな?』


 この九良名の街での士緒の目的、その優先順位第一位……それは今更考えるまでも無いだろう。


「貴方は随分と事情通のようだ。そう、()の目的は神野悪五郎の復活。と、ついでに復讐の一つでも出来れば御の字というところです。貴方は本命ですか? それともついでの方ですか?」


『それはお主が勝手に判断するがよい。あるいはその両方に成りうるかもしれぬからな。勿論、儂がお主の復讐相手ではないことは保証しよう。逆に手を貸せる存在かもしれないと言う意味だ』


「私はどちらでも構いませんよ。貴方が敵でも、味方でも。敵になることをオススメはしませんが」


『カカカ。自分から始めておいてなんだが、儂は腹の探り合いは好かんのだ。率直に言うが、儂はこの数百年の封印には飽いてしもうての。出来るだけ早く外の空気を吸いたいと思うてな。儂を自由にした暁には、お主の願いを叶えてやろうぞ』


「どこぞの邪神か何かですか貴方は。とにかく、貴方は神野悪五郎様だと思っても良いのですね?」


『そう思っても構わんよ。儂には名などあって無きようなものだからな』


「……………」


 どこか胡散臭いものを士緒は感じた。

 はたしてこのまま信用して良いものか、と。


「それで、ただ催促に来ただけではないのでしょう? 事情通の貴方は私に何を言いにきたのですか?」


 信じるか信じないかは、材料を見て決めるのが手っ取り早い。

 士緒は相手の手持ちの札を出させる事にした。


『まず、儂はこの街の事ならおおよそ知らない事は無い。なぜなら、お主が各地で探している封印の他にも、この街には儂を縛る封印があっての。その封印を目として、この街で起きた事は全て知っておる。なにしろ街の中に千を超える小型の封印術式が設置されておるからな。お主も一つは見つけたであろう』


 風紀委員寮の裏の木に見つけた物の事を言っているのだろう。

 あれが千以上。探すのには骨が折れそうだ。

 梢の報告に無かったということは、それほど重要な施設には無いということ。例えば民家とか、公園のベンチの裏とか、さすがにそこまでは梢でもカバーしきれない。

 そしてこの声の主を信じるとするなら、縁は士緒にわざとこの情報を教えなかったということになる。

 どうも判断材料が少ない。敵は斑鳩縁か、この声の男か。


『儂は封印から数百年、力だけは溜め込んだが、その封印の一つでも残ると完全には復活できん。おまけに、一つ一つの封印の場所の正確な位置は分からん。そのために街中くまなく千以上もの封印を散らしたのであろうからな。忌々しきは仁科黎明よ。あの男が封印の強化を行っていなければ、後十余年ほどで封印を破れたのだがな』


「どのみち貴方は封印には飽いていたのでしょう? だから私に接触してきた。でしたら、手土産の一つでも持ってきたのでは?」


『カカカ。察しが良い者は嫌いじゃないぞ。まず一つ目の土産は、他県にある儂の封印の場所についてだ』


「……聞きましょうか」


 士緒はどこか得心がいかない思いを抱きながらも先を促した。

 先程この男は自らの封印の場所も細かくは把握しきれていないような事を言ったが、今から言おうとしているのは、その封印についてだ。士緒が納得できないのも当然と言えた。

 それでも先を促したのは、この手の情報を聞かずに通る道は無いと踏んだからだ。

 腹の探り合いは好かないと言っていたが、どこまでが本当か怪しいものである。


『日の本、西国の地、過去に儂が滅ぼされたとされる場所があるはずだ。細かな場所は判らぬが、その辺りは少々調べればすぐに判るであろう』


「なるほど、ではそうしましょう。それで? 他には?」


『もう一つ。この街にある千を越える封印術式は各地方の封印の前か、ほぼ同時に解いておく必要がある。でないと儂の復活は中途半端になってしまう。結局お主の求める知識が手に入らないでは、意味が無かろう?』


「……………」


『そろそろ時間だの。儂はこれにて去るが、下手に妨害用の術式は張らんでおいてくれ。今晩までお主に干渉するのにだいぶ苦労したぞ』


「それについては、貴方の指図によるところではありません。今後貴方に接触したい時は、こちらから結界を解除しておきます。封印に関してはご心配なく。私が責任を持って処置させていただいますので」


『ほう。儂を信用していないと見える。良い良い。小者でも持ち合わせた警戒心をお主が持っていないでは興醒めだ。尤も、儂はもそっと豪気な者の方が好きだがな』


「豪気とは、時に都合の良い傀儡の素養ですよ。まあ確かに、私のように半端に頭を回す者もまた同じでしょうがね」


『ほざきおる。夢の中でも、まるで本気であるかのように心にも無い事を言えるとは………末恐ろしい孺子だの』


「ふん………話は終わりですね? ではくれぐれも、主導権は私にあるのだということをお忘れなく。貴方は結界を解いた時だけ夢に現れてくださればそれで結構です。それまでは大人しくしていてください」


『やれやれ、嫌われたものだの。良きに計らえ』


 二人は会話を終え、士緒の意識は浮上していく。

 士緒は復讐相手を除けば、誰かを嫌いになることはあまり無い。今の会話でも、先の男を嫌う理由は見当たらない。

 にもかかわらず、先の男だけは本能的に嫌悪感を抱いてしまう。

 敵であろうと、ここまで露骨に嫌悪を表した事は滅多に無いのだ。

 何が気に入らないのか。具体的に言い表す事は出来ないが、士緒の経験上、今までこの手の勘が外れた事は無い。

 士緒は目が醒め次第、結界術式の綻びを完璧に修復するのだった。                                                                 

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