第50話 女帝vs大帝
公浩が阿刀田に発つ前日の夜、公浩は虎子のマンションを訪れていた。
現在の虎子はメイド喫茶のオーナー兼メイドさんが主な活動内容であるため、仕事終わりに捕まえるのは簡単だ。
公浩は虎子に阿刀田で秘密裏に動いて欲しいと頼む事にした。2、3日の仕事なら、“鬼”なら不眠不休で馬車馬のごとく動けることを見越して。
「話は分かったにゃ。けど、何故トラにゃ? お前ならもっと良い手駒がいてもよさそうなもんだけどにゃ。それとも、それは考え過ぎかにゃ?」
「人材不足はともかく、人手という点では現時点で少々足りてないのが正直なところです。そちらも、メイド喫茶でそういうことありませんか?」
「そうなのにゃ………焔と話した結果、新店舗をいきなり10店舗は飛ばし過ぎという結論に達して2店舗から始める事になったのにゃけど、その内一店では人材不足が深刻にゃ。叶うなら焔をそこの店長兼メイドに欲しいくらいにゃ。ダメかにゃ?」
「ダメです」
士緒は正直、焔のメイド姿なら見たいと思ったが、本人の意志を無視してでも彼女を手放すつもりも理由も士緒には無かった。
公浩は有無を言わせずにその話題を切った。
「兎にも角にも、貴女にも今回働いてもらいますよ。とりあえずは、店舗2つ分の働きで結構です」
「これは容赦無い働きを期待されているみたいだにゃ。分かったにゃ。精一杯やるにゃよ」
こうして、咒水虎子を遊撃として阿刀田町に配置する事になった。
★
虎子はまず状況の把握をした後、独自の判断で虎太郎にマーキングならぬ発信器的な役割を果たす顕を張った。
この状況を予期していた訳ではないが、可能性の一つとして虎太郎が拐われる事も考えていた。
そこは長く生き抜いた物怪としての経験値がそうさせたのだ。
そして実際に虎太郎は拐われたのだが………
『な……なぜ……こんなに早く……』
虎子に倒された祓魔師は最後まで自分が任務に失敗した理由に気付かなかっただろう。
虎子としては律儀に説明してやる義理も無い。それは呆然と事態の流れに付いていけていない虎太郎もまた同じ事だった。
「黒沼公浩の使いっぱしりの者にゃ。お前をさっきの場所まで連れていくにゃ。その前にちょっと寄り道しながら行くけどにゃ」
虎太郎はこの時、語尾に「にゃ」と付ける人を初めて見ることになった。
★
『うおおおおお!!』
グレートソードを離れた位置からギーネに向けて振り回すカール。その度に颯馬が辛うじて逸らした剣閃の何倍もの威力で剣閃による攻撃が迫る。
それらの攻撃は全てギーネの周りを浮いているバスケットボール程の大きさの白い球体が受け止め、空間ごと剣閃を呑み込んで共に消滅していく。
ギーネは微動だにせずその球体を次から次と生み出している。端から見ていると、カールの攻撃がギーネに届く事は無さそうだ。
『今度はこちらからじゃな。『青』』
ギーネが唱えると同時に周囲の球体と同じ大きさの青い球が現れた。
青い球は一直線にカールへと向かい、カールはそれを避ける。そのままギーネとの距離を詰めようとしたが白い球体の幾つかがそれを阻んだ。
『青』はカールの後方で弾け、一瞬にして枝分かれを繰り返しながら氷の棘でできた茨の檻となって辺り一帯に広がった。
カールはそれに巻き込まれ腕や足に傷を負ったが、すぐに剣を一振りして檻を破壊してみせる。
公浩たちはこの規模の戦いを予想し、すでに離れた場所で成り行きを見守っているところだ。
「ふにゃ~、災害級の戦いは何度見ても派手にゃね。あれで手加減しているとは思えないにゃ」
「ですね………ところで、虎子さんは“女帝”の目的がこの地の封印の守護だと知っていたのでしょうか。事と次第によっては、酷い目にあってもらいますよ?」
「ふにゃ!? し、知らなかったにゃ! トラはただ、ここに“女帝”がいることを知っただけで――――」
「ま、待って黒沼くん! この人は………誰?」
「僕も聞きたいですね。それは」
幸子と颯馬は虎子の素性が気になっていた。いきなり出てきて行方の分からないはずの虎太郎を助けだし、ここまで連れてきた女。
公浩の知り合いで敵ではないみたいだから流していたが、すぐにでも聞きたかったのだろう。
公浩は虎子の一応の正体を語った。
「彼女は僕の協力者で、メイド喫茶のオーナーのテトラさん」
「テトラですにゃん❤」
「「……………」」
片足を上げて猫っぽいポーズをする虎子に胡乱な物を見る目を向ける二人だが、ギーネの戦場に新しい動きがあったようなので、全員の視線がそちらに向いた。
★
『『緑』』
光を発する緑の蔓が地面や中空、様々な角度からカールに伸びる。
カールはそれらを剣で弾くも捌ききれず、両腕と両足を絡めとられた。
蔓が巻き付いた箇所の鎧はヒビが入り、カール自身も蔓の能力で徐々に体力が奪われていく。
『くっ!』
鎧の護りで奪われる体力は今のところ微々たるものだが、すぐに脱出したいのが本音だ。
『流石は聖鎧“デュナメイス”。なかなかの性能じゃの。使い手もかなりのものじゃ。自動修復機能付きの鎧とはさぞかし便利じゃろうし、聖鎧に選ばれた事は誇りであろう。人間以外の何かに成り果て、鎧を脱げない身体になったとしても本望なのじゃろう、のう?』
『……………』
カールはドイツ語を喋れない。だからこそ、戦闘に集中できるのも一因としてこの討伐任務に選ばれたとも言えるが。
カールはオウスを極限まで高め、蔓を強引に引きちぎった。
『はあっ!!』
カールは渾身の一振りをギーネに振り下ろした。しかしそれは先程までと同様に白い球体……『白』による歪んだ空間で勢いを殺され、ギーネに届かない。それでも諦めずに『白』の隙間を狙おうと剣を振るうが、悉くを防がれる。
『いかにランクSSSと戦える聖堂騎士でも、貴様では………いや、貴様一人では“女帝”たる我は身に余ろう。我が戦える状態になった時点で勝敗は決しているのじゃ』
と、そこにフッと虎子がギーネの後ろに現れ、カールにとって絶望的な事を告げた。
「ちなみに、あてにしている『結界柱』なら祓魔師連中と一緒に回収しているのにゃ。無駄な抵抗は止めるのにゃ」
それだけ言うと虎子はその場を再び離れた。
『結界柱』とは祓魔師が悪魔退治に使うオラクルで、数によっては相手の大幅な弱体化が見込める物だ。
それが無いとなれば、カールとしてもほとんど打つ手は無いだろう。
それが表に出たのかカールの剣戟のキレが僅かに鈍くなった。
ギーネは人差し指をカールに向けて唱えた。
『『黄』』
瞬間、カールの身体が電撃に包まれた。
『がああああああ!!!』
聖鎧でも防げなかったのか、内側からも電撃が漏れ出ていた。
電撃が止むと、カールは崩れ落ちるように膝をつく。それでも倒れないところは立派と称すべきだろう。
……………………
そのまま反応が無くなったのを見て公浩たちはカールに近づいていった。
「ギーネさん、約束通り彼らの身柄は退魔師協会で預かります。もちろん、ギーネさんたちがここで仁科黎明氏の言う封印の守護を遂行できるようにはしますから」
虎太郎がギーネに公浩の言葉を通訳する。
その時、ちょいちょいと公浩の袖を幸子が引っ張った。そして小声で聞く。
「簡単に約束しちゃっていいの? いくら仁科黎明の名前で許可があっても、相手はランクSSSなんだよ? 協会がすんなり引くとは思えないんだけど」
「大丈夫だよ。コネがいくつか使えるから、監視と報告は必要にはなると思うけど、その辺りは虎太郎君に仕事してもらおう」
「コネって………まぁ、黒沼君がそう言うなら大丈夫なんだろうけど」
幸子は納得できたのか出来てないのか微妙な表情で引きさがった。颯馬にも聞こえていたはずだから同じような顔をしているのかもしれない。
「と言うわけで、真田さん。待機済みの“社”の退魔師さんたちに連絡して身柄を預かってもらおう」
そう言われ、幸子は携帯で“社”に連絡を取った。
そこに、鎧の面防が消え、素顔の露になったカールがゲホッゲホッと赤黒い血を吐いた。
そして自嘲の笑みを浮かべながら言葉を紡ぎ出した。
「“デュナメイス”に選ばれ、人ではない何かになってでも、大聖堂のため、国のため、人のためと思い、悪魔を滅してきた………よもやこんなに呆気なく終わるとは」
悲痛な様子で語るカールに、幸子と颯馬だけが不思議そうな目を向ける。
聖鎧に選ばれた身ならば、どんなに失態を犯そうと利用価値はあるはずだ。ましてや、カールのような男なら特別重宝しそうなものだが。
カールの物言いは、まるでクビを宣告されているかのようだ。
「君たちには分からんだろうがね、私はもう終わりだよ。大聖堂に切り捨てられ、聖鎧だけは返却される。一生脱げない聖鎧を、どうやって退魔師協会は大聖堂に返却するだろうね」
「あまり悲観的な事は言わないでください。大人なら、後進に最後まで立派な背中を見せてはくださいませんか?」
公浩はカールに説得の言葉を投げ掛ける。
カールの笑みは強くなり、そしてゲフッと血を吐いた。
「手柄欲しさに独断で動いた愚かな騎士を演じて生き残るくらいなら、私は………使命と共に果てる!!」
「「っ!!」」
カールは立ち上がって、未だに強く握りしめていたグレートソードを幸子に向かって大きく振りかぶった。颯馬が慌てて間に入ろうとするが、間に合わないだろう。
カールは最期に誰に言ったのか、声にならない声で『すまない』と呟いた。
『『赤』』
カールを中心に爆炎が起こり、その余波で幸子と、間に入って幸子を庇った公浩は吹き飛ばされた。近くにいた颯馬はベネディクトがすでに引き離していたので問題無い。
爆炎は半径2メートル程で留まり、行き場の無い高威力の炎は上空へと伸びていった。
やがて炎が収まると、後に残ったのは中身が蒸発した騎士鎧だけ。皮肉にも鎧は眩い程に光を反射し、焦げや煤などは一切見られなかった。
『馬鹿な男よ。死んでしまったら汚名返上の機会も無かろうに』
淡泊に思える声音でギーネは言う。ギーネのすぐ後ろにいた虎太郎はその言葉を通訳しなかった。
と、その数分後、“社”の退魔師たちの到着を待っていた時のことだった。空から黒焦げのぬいぐるみが落ちて来たのは。
登場時との違いはドスンッ……ではなく、ぽすっ……という落ちかただったことか。
『なっ!? ヴォルフラム! まさか臙脂の奴に――――』
『へ、陛下……『赤』を放つ時はあれほど周囲に気を付けるようにと………がく』
『ヴォルフラムーーーー!!』
悲痛な叫びを放つギーネにさっと近寄り、ベネディクトは言った。
『こうなればヴォルフラムの仇は我々が討つしかありませぬな。ゲオルギーネ様、臙脂を疾く成敗しましょう』
『うむ、その通りじゃ。おのれ~、臙脂ーーー!! 出て参れーーー!!』
公浩は現実逃避をするギーネとそれを焚き付けるベネディクトに現実を教えてやる。
数分経って現れないところを見ると、すでに帰ったと見るべきだろう、と。
その間ベネディクトは静かにヴォルフラムに治癒魔術をかけていた。いられると面倒なのでベネディクトとヴォルフラムには退魔師たちが来る前に虎太郎の家……鬼王神社まで帰ってもらった。
その後、遅れて現れた“社”の退魔師たちに祓魔師たちの身柄を渡し、サフィールも一緒にと案内したところ、術式は壊され逃げられた後だった。
公浩は軽い説教を受けたが、相手が聖堂騎士であれば仕方ないという具合にお目こぼしをしてもらった。
途中ギーネが“女帝”だと知らされていなかった退魔師と騒動があったが公浩がなんとか場を収拾させた。
ギーネは不機嫌になりつつも、子供の姿にさせられた。後で聞いた話だが、ギーネの能力解放状態は何故か虎太郎のコンディションにもよるが2時間程らしい。もっとも、ギーネを相手に2時間保つ者が今まで殆どいなかったのだが。
公浩たちは翌朝阿刀田を発ち、隣町の“社”に正確な報告を行う予定だ。本来なら、亜笠の頭を飛び越えた報告だが、簡単な報告なら先程の待ち時間でしておいたので問題は無いとのことだった。
こうして、今回の公浩たちの任務は終わった。
次は、橘花院士緒の仕事だ。




