第49話 翼の生えた虎と鎧袖一触
短いです
「カール・デア・グローセよ。儂は此度に限り休戦を受け入れたが、貴様の甘さを見ているとイライラしてきた。敵対はしないが介入はさせてもらう」
突如現れた“黒獅子”は先日に幸子と颯馬が遭遇した“鬼”だ。
どうやらそいつはギーネの配下ではなく、聖堂騎士と繋がっている敵のようだ。幸子と颯馬は先日の事もあり、死を覚悟した。
「人の事を言えるのかい“黒獅子”。君こそ先日に遭遇した退魔師2名を見逃したそうじゃないか。それは甘さではないのかい?」
「然り。しかしそれも使命と相成れば非情に徹しよう。山本五郎左衛門様からは“女帝”の邪魔をするよう言い遣っている。その障害となるなら排除するまでのこと」
「邪魔をするだけなら殺す必要も無さそうだけど? むしろ君はいよいよという場面でこちらの敵になるのは分かっているんだ。山本五郎左衛門は“女帝”を殺すつもりが無いようなのでね」
「それもまた然り。だが“女帝”の勢力を削ぐためにも、ベネディクトは殺していく。その後、儂は貴様の敵となろう」
「君ねぇ……しばらくは傍観する約束だよ。敵対云々もそうさ」
GRUOOOOOOOOOーーー!!!
“黒獅子”の咆哮がカールを直撃する。その余波ですら幸子と颯馬は身がすくむ思いであるのに、当のカールは顔は見えないが平然と立っていた。
「貴様らのような輩との約束など、とっくに食ろうて消化してしまったわ。儂がここですることはベネディクトを殺し、邪魔となるなら退魔師二人も殺す。後に貴様らを“女帝”から退ける。山本五郎左衛門様の命は生かさず殺さずであるからな」
『まったく……なんて扱い辛いんだ。頭が痛いよ………でも』
カールは上空を見上げる。
「そうはトンヤがオロサナイとおもうよ?」
「む!」
“黒獅子”が躱した後には隕石でも降ってきたかのような大穴と粉塵、土は雨のように辺りに降り注いだ。
「なるほど、そういう事であったか。謀ったかカール・デア・グローセ」
「約束を破ったのはそっちだよ。私の方はただ黙っていただけで騙したわけではないからね」
粉塵が晴れてきた中に見えるのは四足の獣の影。“黒獅子”とは真逆の青い瞳がそこにはあった。
なんと言い表せば良いか。それは赤と黒の模様が稲妻のようにはしった虎。背中には翼が生え、力強い眼差しを黒獅子へと向けていた。
『やはり某の相手は貴様か。“黒獅子”……臙脂』
ドイツ語らしきを口にするところを見るに、こちらがギーネ配下のヴォルフラムという悪魔らしい。
その姿は正しく雄々しかった。力のある瞳、圧力を感じる声音、臙脂という“黒獅子”に一歩も引かない胆力。正に最強を一つの形にしたと言っても過言ではない気配を放っていた。
決して舐めてかかれるような相手ではない。その姿が、小型犬くらいのぬいぐるみにちょこんと背中に羽根を生やした愛くるしいものでなければ。
『がおーーーーん!!』
中田○治みたいな声でそんな可愛い鳴き声は止めてほしい。幸子と颯馬の緊張感が一息に消し飛んだ。
『遅かったではないかヴォルフラム。いったい何をしておった』
『お許しを陛下。臙脂の気配がありました故、某は遊撃として控えておりました。さすがに某を含め、この場に3つのSSSが揃うのは想定内とはいえ、最悪の部類ですな』
『言っておくが、町は消すでないぞ。我らは一応は正義の名の下にこの町に来ておるのじゃからな』
『御意にございます、陛下』
グルルルル
臙脂の唸り声はこれから起こる戦い……いや、災害級同士による戦争を示唆し、ヴォルフラムの―――なんと二足で立ち上がっての―――シャドーボクシングの構えは、見ようによっては対人レベルで決着をつけようと言っているようにも見えなくもない。
一触即発の二人……二匹は徐々に距離を詰めていく。
やがて3メートル程の距離にお互いが同時に足を踏み込んだ瞬間、爆風が周囲に巻き起こった。
爆風は数度に分けて段々と空中へと上がって行った。時おり炎の塊や稲光が見えるが、あの戦いはもはやこちらには関わりの無いものになっていた。関わられて迷惑を被るのは主に幸子たちだが。
「さて、振り出しに戻ったね、退魔師君たちとベネディクト。退魔師君たちは……そろそろ退いてくれないかな。力の差は十分に理解しただろう? これ以上邪魔をするのなら、怪我で済ませられる自信が無い」
「………日本の諺に、『義を見てせざるは勇無きなり』というものがあります。私はもう、助けられたのに助けられない状況は嫌なんです。あなた方が殺した退魔師の人たちも、出来ればその場に駆けつけて救いたかったくらいですよ」
「今となっては耳が痛い言葉ですが、僕も同感です。もう、女神に顔向け出来ない行いはしたくありませんね」
カールは二人の顔を見て、「そうか………」と小さく呟いた。
「“黒獅子”が見逃したのも頷ける二人だ。将来的にもここで殺してしまうのは……本当に惜しいよ」
カールの雰囲気が変わった。それは臙脂やヴォルフラムに匹敵する強大な気配。そこに殺気も混ざっている。
なんだかんだで今日、ここまで生き延びている幸子と颯馬だったが、さすがにここまでかと腹をくくった。その時だった。
「形勢逆転の時間ですよ。“大帝”殿」
「む、君は………サフィールはどうした?」
背後に現れた公浩に、先程まで相手をしていた女はどうしたと殺気を維持したまま訊ねる。
「しばらく動けないようにしただけです。殺そうとしても殺せないのはご存知でしょう?」
「確かにね。でも、サフィールを封じたくらいで調子に乗っているのかもしれないが、君が加わったところで本気の私は止められないよ」
止められない、倒せない、逃げられない、守りきれない。
あらゆる勝利の条件を悉く潰された状況だ。たとえ公浩でもこの戦況は覆せないだろう。
しかし公浩の余裕の笑みが消えない。カールですら自らへ不信感を抱かせる。どこかで何かを間違えたか? 見落とした事があるか? 万全の戦いではなかったとはいえ、勝てる戦のはずだった。
この戦況を自分ならどう覆す? いくら考えても、目の前の少年の余裕に説明がつかない。ならばはったりか? 勘ではあるが、その可能性は低そうだ。
なんなんだ………この少年は。
極々うっすらとだが、カールは公浩に恐怖を覚えた。
こいつは、ここで消さないといけない。
そんな思いに駆られ、公浩に向き直ったカールはまたも振り返らされた。背後から「にゃーーーはっはっはー!」と高笑いが聞こえたからだ。
その声にその場にいた全員が声の方へと視線を向ける。視線を集めた本人はご満悦のどや顔だ。
「公浩ー! トラに感謝するにゃ! お姫様のついでに潜伏していた祓魔師どもも引っ捕らえておいたにゃよ」
猫の耳をピクピクと、猫の尻尾をユラユラと揺らす見ため二十歳前後の女。その横には荒縄で縛られた男女数名が山と積まれていた。女性の祓魔師は何故か亀甲縛りだった。
しかし、何よりも重要なのはその山の陰から現れた一人の男……高山虎太郎だった。
『くっ! そういう事か!』
カールは虎太郎目掛けて最大の力で踏み込んだ。
「「させない」にゃ!」
公浩と、“龍首”こと咒水虎子の作り出した龍が同時にカールの前に立ち塞がり、カールは足を止めた。
最も大きな理由としては虎子という未知数の敵に対してだ。虎子の使役する龍に怯んだ形となる。
そして、虎太郎はその隙にギーネの枷を外した。
虎太郎に特に何か動作があったわけではない。一瞬目を閉じ、カッと開いただけ。
ギーネが光に包まれ、次の瞬間にはギーネの真の姿がそこにあった。
それはドレスだった。光を反射する黒のAラインのドレス。
身長も伸び、胸元と腰には女性らしいラインがはっきりと映し出されている。
髪は元々長かった物が僅かに伸び、腰へとかかるストレートになっていた。
これこそが、“女帝”、ゲオルギーネの真の姿。正しく悪魔のような美がそこにはあった。
「さて、これで我も参戦じゃ。カール・デア・グローセ……これから貴様を鎧袖一触にしてくれる」




