第48話 呪いは醜き化物を産み落とす
「『風牙舞踏』!」
颯馬が『光剣』を一閃、同時に発生した複数の巨大な竜巻がカールを襲う。
フルプレートのカールはグレートソードを軽々と振い、一つずつ斬った。殆どが消滅したが、一つをわざと見逃して自身で受けた。
「うん、この程度なら何個来ても躱す必要はないかな」
カールは無数の『風切り』を受けながら余裕そうに佇んでいる。
鎧にも傷が付いた様子が無い。
そこに、『風牙舞踏』に隠れるようにして背後から幸子が肩に『光剣』で斬りつけた。
ガキンッ
やはり傷一つ付かない。が、さすがにそれだけで終わるつもりも無かった。
『鎧通し』
名前の通り鎧などの上からダメージを与える技だ。本来は昆虫型に多く見られる防御力の高い鬼に使う技なのだが、今回のような敵にも使い勝手は良い。
「ぐっ、少し痛いな。ちょっと動けなくなってもらおうか」
効果はあれどカールにダメージを与えられた様子は無い。カールはグレートソードの腹の部分で幸子を殴りつけようとする。
幸子は『虚空踏破』で回避して距離を取った。
「おっと、さすがは退魔師だ。祓魔師の四倍の戦力と言われるのも頷けるよ。しかもその若さでとは、恐れ入る」
立て続けに攻撃を受け、振るったグレートソードは幸子に難なく躱されたにも関わらずカールもそれほど痛痒を感じてる風でもない。
圧倒的な実力差による手加減も幸子たちは感じていた。
「“悪魔”の君は攻撃してこないのかな? そのサーベルは飾りかい?」
日本語で話すカールの言葉はベネディクトには届いていないが、軽く挑発されたのは伝わったようだ。
ベネディクトは手加減を受けている幸子や颯馬と違い簡単には動けない。
カールはベネディクトより強い。迂闊には動けないのが実状と言える。
とは言え、このまま何もしないわけでもない。隙を見つけ次第攻撃に移ろうとは考えていた。
『ベネディクト。時間稼ぎで良い。コタローさえ戻れば形勢逆転じゃからな』
『それが一番の問題です。救出に割ける人員はおりませんよ』
『そうでもない。気付かぬか? あの気配が消えておる』
『あれを都合良く味方と解釈しても良いものでしょうか。聖堂騎士の登場に逃げ出しただけでは?』
『あれは黒沼公浩の手の者だと我は感じた。ならば、善きに動くであろう』
ベネディクトは若干疑わしく思うが、今はそう信じたいところだ。
でなければ自分が命懸けで聖堂騎士と対峙している意味が分からなくなる。どうせ撤退もさせてもらえないのだと諦めぎみにカールを見る。
『仕方ありません。時間稼ぎでいいんですね?』
『うむ。ヴォルフラムにはあやつの相手をしてもらわねばならぬゆえな』
パリンッ
ギーネとベネディクトが会話をしている間にも果敢に攻めこんでいた幸子の『光剣』が破壊された。
幸子は弾き飛ばされ、颯馬がそのフォローに回る。
「ふんっ!」
カールがグレートソードを縦に振り抜き、『飛閃の太刀』と同じような剣閃……それも特大サイズの破壊が幸子と颯馬に向かう。
颯馬はポケットに手を入れた気障ったらしいポーズで眼鏡をクイッと持ち上げる。鶫の時にも使った『颶風壁』だ。
剣閃は『颶風壁』にぶつかると、僅かにその軌道をずらして二人の背後に流れる。地面は深々と抉れていた。
「すごいな。多少抑えたとはいえ、私の技を受け流すなんて」
颯馬としては弾き返すつもりで、しかも出来るという自信もあった。だというのに自慢の『颶風壁』が相手にとっては児戯同然だと理解してしまい、自然と冷や汗や苦笑いが漏れる。
「うわっとぉ!?」
ガキンッ
ベネディクトがカールに斬りかかり、ギリギリでカールがそれを受け止める。
『さすがカール・デア・グローセ。この程度は防ぎますか』
ベネディクトと、余裕綽々なカールがつばぜり合いをしていると、初めてカールに驚愕の色が浮かんだ。
突如背後から鎖が伸び、カールの両手足に巻き付いたのだ。
動きを封じられたカールをベネディクトがサーベルで斬り上げた。
カールは逆袈裟に斬られ、血を噴き出した。
大した量ではなかったが、間違いなくカールにダメージを負わせる事が出来た。
「くっ!?」
カールは鎖を引きちぎると既に距離をおいているベネディクトを睨み、次いで離れた場所で格闘戦を繰り広げている公浩を見た。
いまだに戦っている最中だ。その合間にこちらの仲間の援護もしたのか。
『サフィールには荷が重い相手かもしれないな。しかし、先に“女帝”を取ってしまえば戦も終わる』
英語で一人ごちるカールの鎧はすでに元の形に修復されている。中の傷は残っているが、問題はそこではない。
先程のように背後から援護射撃がくることも考えて、相手の内の何人かは手加減しなければならず、かつ殺しにくる相手だけを狙って本気を出さなければならない。
自分で決めた事とはいえ、難儀な事だった。ちょうどそこに、そいつは話しかけてきた。
「生ぬるいぞ、カール・デア・グローセ。いい加減に焦れてきたわ」
ズンッ
空中から落ちてきた巨大な黒い塊。
それが翼を生やしたライオンだと認識するのに、幸子と颯馬は数秒を要した。
『きっさまー! どこまで我の邪魔をすれば気が済むのじゃ! 最近はおとなしくしているかと思えば、ここぞと言うときに!』
「山本五郎左衛門様の命により、ゲオルギーネ……貴様に全力で嫌がらせしてくれる」
『災害級、“黒獅子”。いや、山本五郎左衛門め……どこまでもうざったい男よ』
“黒獅子”は五郎左の代わりに不敵に笑ったのかもしれない。ギーネがどこまでも嫌そうな顔を強めたのだから。
★
「む~~……お姉さんとしてる最中に他に目移りだなんて、失礼しちゃうわね」
『凍牙の縛鎖』で出た白い霧をレーザーブレードのように長くなったソードブレイカーで振り払いながら、セーラー服の女は言う。
オウスで強化したソードブレイカーは長さもオウスで延長させられるため、距離感を掴むのに手こずった上にどこまで伸びるか分からなかったが、伸びる速ささえ分かってしまえば隙を突くくらいはできる。
その隙は幸子たちの援護に回したが。
「ぶ~~……お姉さんなんか相手にもならないってか? 自信無くすなー」
心にも無いことを言っているとすぐに分かった。戦闘狂という人種はよくこういった顔をする。
それに、相手にもならないわけではない。出来る限り相手にしたくないのだ。
「こうなったら意地でも振り向かせてやる」
言うが早いか女は公浩に接近し、長さを増したソードブレイカーを振り抜いた。
またも躊躇い無く急所を狙う正確な攻撃、しかも流れるような動きでの連続攻撃だ。
実力的には幸子より少し強い程度だと士緒は考えている。特筆すべきは、人間を殺す事に躊躇いが無いこと。
確かに人間の形をする悪魔は無数にいるが、それでも悪魔を相手にする祓魔師、聖堂騎士が人間相手にここまで容赦無く襲いかかれるものかと言うと疑問……いや、異常に思うレベルだ。
悪魔だけではない。全てが憎い。憎い何かを壊すのが楽しくて愉しくてしょうがない。
それが士緒が読み取れたごく一部だろう。
だからこそだろうか。セーラー服の女の隙を見つけるのは、それほど難しい事ではなかった。
先程から行って来たことだが、もう一度やってみよう。
公浩は『光剣』を作り出し、女の武器を持っていない方の腕を切った。斬りつけたのではない。切断したのだ。
血が噴水のように噴き出し、滝のように流れ落ちる。整備されてない雑草の生い茂る地面が赤く彩られていく。
『キャハハハハ!! 無駄だって言ってるのにぃーーー!!』
興奮しているのか口調が英語に戻っている。
女の腕は次の瞬間には再生していた。傷口から一瞬で生えるように。
公浩はこれに近い事を何度か繰り返したが、全てこんな感じだ。効果が無い。
だからこそ、幸子たちの援護に意識を割いたのだが、今は別の意味で取り込み中のようだ。余計な事はしないでおこう。
目の前の女。いくらなんでも不死身ではないだろう。傷の治りと体力の減衰には特に繋がりは無さそうだ。ならばオウスが切れれば再生も無くなるか? 試してもいいが、時間がかかりそうだ。それまで幸子たちの状況に変化が無いとは言いきれない。さらに言えばオラクルはあらかじめオウスを注いでおくことで使い手によっては持続時間が増す。下手したら何日も戦わなければならない、なんてことにもなりかねない。
とは言え、公浩にやれる事にも限りがある。目下はオウスが切れるのを期待して戦うしかなさそうだ。
「お姉さん、名前をお聞きしても?」
「んー?」
「せっかくですから、情報収集がてらお話でもしませんか? ただ切り合うだけよりは、僕としては有意義なんですが」
「あははは。情報収集って言っちゃうところが面白いなー。食えない? っていうんだっけ。君みたいな人」
「食えるか食えないかはまあ、あなた次第ということで」
「あははは、面白いね君。いいよ、教えてあげる。私はサフィール・エメロード。もちろん本名じゃないよ? 本当の名前はずっと昔に捨てちゃっ……た!」
ガキンッ キンッ キンッ
サフィールのソードブレイカーと公浩の『光剣』がぶつかる。
「あははは! 私の事が知りたかったら、もっと楽しませてよ!」
公浩は『光剣』を消し、拳に通力を溜めてソードブレイカーの延長部分を砕いた。そのまま首を掴み一気に押しこむ。
まだ建物としての名残のある廃ビルの中の壁に押し付け、武器を持っている手も同時に掴んで押さえつけた。
「んぐっ! ごほっごほっ! ひ、酷いなー。女の子を壁に押さえ付けて何をしようっていうのかな?」
「日本ではこれを壁ドンと言って、男性が女性にやると相手をドキドキさせられるらしいですよ」
「ほんと……ドキドキしちゃう。こんなの初めてだけど、私に女のあれやこれやは期待しない方がいいよ。きっとガッカリするから」
サフィールは空いている左手で胸元のリボンを引きちぎった。セーラー服はヘソあたりまで縦に裂け、その肌を露にした。
そこには胸元から下腹部にかけてどす黒く変色し、時おり蠢くように形を変える何かの痕があった。火傷のように見えなくもないが、見るものによっては一目瞭然だ。
「“呪い”……ですか」
「そう、“呪い”。私たちは“呪刻印”なんて呼んでるけど。昔、悪魔に刻まれたの。どう? 醜いでしょ?」
「……………」
「私は体内にオラクルを埋め込んでいてね、それが有る限りは首を落とされても死なない。元々は“呪い”が解けないか期待して埋め込んだ物だけど、結果は御覧の通り。おまけにオラクルは私にかなりの適合率を示しちゃって、取り出せないし外からの破壊も不可能だって分かった。今じゃ醜い不老の化物が一匹出来上がっただけ。もう……うんざりだよ」
サフィールの瞳には涙が浮かんでいた。きっとこれまでも非道な扱いがあったにちがいない。
“呪い”、不老、ほぼ死なない身体。人体実験があっても不思議ではない。己の不幸と理不尽を散々に嘆いたに違いない。
だからこそ、士緒は言った。
「それで、自らの不幸を見せびらかして楽しいのですか?」
『………え?』
「くくく………はははは………確かに、なかなか不幸な身の上ですね。あるいは私よりも。だからこそ……同情しますよ」
『っ!!!』
サフィールが怒りから拘束を解こうと暴れだす。士緒は符を数枚取りだして手足や壁に張り付け、簡易的な結界を張った。符術に精通した退魔師ならともかく、聖堂騎士でも解くにはそれなりに時間が必要な術式だ。
「同情されて怒りを覚えるのはまちがっていますよ。なにせ貴女が無意識に求めた物なのですから。どうせ怒るなら、もっと別の物です」
『なに!?』
士緒はフッと笑みを浮かべると、耳元で囁いた。
「“呪い”……解けますよ」
『!?』
サフィールの驚きが伝わって来た。
暴れていた手足も一瞬で動きを止めた。
「明日の晩、もう一度ここに来てください。その時に貴女を苦しみから救って差し上げます。信じるか信じないかは、どうぞご自由に」
公浩はサフィールに背を向け、その場に残して歩き去ろうとする。そして「ああ、それと」と言って半身で振り返った。
「私の事は秘密でお願いします。取り引きの条件の一つです」
士緒は確信していた。サフィールは明日、必ずここに来ると。彼女は自分と同族で、同時に同情に値するのだと。




