第46話 黒き獅子
鬼王神社が登場しますが、実際の稲荷神社とは関係ありません。
実在の人物、団体とは以下略――――
公浩が連れてこられたのは町で唯一の喫茶店だ。町全体を覆う『人払い』の結界のおかげで客も無く、マスターは虎太郎の関係者だそうなので会話に気を使う必要は無い。
『さて……まず何から話したものかのぉ』
少女……“女帝”ことゲオルギーネがそんな前置きをしてから、高山虎太郎の口を通じて語った事はいくつかを除き簡単には鵜呑みには出来ない内容だった。
まず、なぜ“女帝”が少女の成りをして力が抑圧されているかだが、どうもこの虎太郎という少年の固有秘術が関係しているようだ。
“女帝”―――虎太郎に倣いギーネと呼ぶことにした―――は4ヶ月前この町に着くなり虎太郎と出逢い、町の神社で退魔師見習いをしていた虎太郎は無謀にもギーネを調伏しようとしたらしい。
それまで虎太郎自身、固有秘術の存在には気付いていなかったようだが、ほとんど初めて“鬼”と呼べる存在に会い、鬼と自らの存在を共有するタイプの固有秘術に目覚めたとのことだ。
固有秘術の性質からか、ギーネは存在を虎太郎へと引っ張られ、普段は力を抑えられ、虎太郎が許可した時だけ力を解放できる状態に陥った。式鬼神契約の究極型とも言える固有秘術だが、現在のところギーネ一人に限られるようだ。
どこまで深く存在がリンクしているかは分からないが、言語に関してはお互いが側にいて、それぞれ語彙や認識が共有できる範囲でなら本人同士やベネディクトのような第三者とも会話が成立するらしい。ただし、言語の認識は虎太郎への一方通行らしく、ギーネの理解するドイツ語は虎太郎にしか届かず、第三者などにドイツ語を理解させるのは虎太郎の仲介が必要とのことだ。
ちなみに、先ほど一人で公浩に戦いを挑んだのは、虎太郎と一緒に歩いていたところに見かけない顔の男がいたから接触を謀ろうとしたらしい。あと、敵であったなら虎太郎にいい格好ができるようなニュアンスも含まれていた。
『ここまでで何か質問はあるか?』
ギーネの言葉を虎太郎が毎回公浩へと伝えてくる。本当は理解出来ているのだが、ほんの僅かな罪悪感を代償に士緒は手札を一枚隠し持っていた。
「なぜこの町に来たのですか?」
虎太郎が日本語で伝えるが、それだけで相手に伝わるらしい。
『バッカもん! そういう核心を突く部分は最後じゃ! ただ、お主も退魔師なら驚くような内容だと思っておけ! はむっ』
公浩は注文していたケーキをひとかけギーネの口に入れる。客がいないとはいえ少し声がうるさかったので黙らせた。
「ではこの『人避け』……いえ、術式の組み方から見るに祓魔師や“悪魔”が使う『人払い』が行われているのは何故でしょう。それもなかなか大規模みたいですけど」
『モグモグ……んっく。それは我をつけ狙ってやって来た祓魔師と聖堂騎士どもの仕業じゃ。ランクSSS がよほどの手柄に見えるのじゃろう。もはやなりふり構ってはおらんよ』
「なんと、聖堂騎士……そんな大物まで現れますか」
聖堂騎士は大聖堂直轄、対ランクSの、言わば最高戦力だ。
その上位5人は単騎で災害級と渡り合える力を持っていると聞く。
そんなのが来ていて、よく何事も無く………いや、何事かはあったのか。
「調査に来ていた退魔師や祓魔師たちの全滅は、その余波に巻き込まれて、と言ったところですか」
『勘違いするなよ孺子。我らは退魔師連中とは関わっておらん。連中が町に来た時に祓魔師どもが排除したのじゃ。昨今の大聖堂や教会、退魔師協会などのパワーゲームは退魔師協会の独壇場じゃ。ここらで我のような大物を滅して立場を上げようと目論んだのじゃろう。実に不愉快な話じゃが、邪魔になりそうな退魔師どもを味方の振りをして背中から刺したのじゃ』
「なるほど許せない話です。『人払い』は退魔師を見分けるのにも一役買いますし、災害級との戦闘ともなれば町の一つも無くなりかねませんからね。『人払い』は被害を抑えるためではなく、単なる目撃者避けですか。もっとも、それが本来の用途なんですがね」
公浩がやり場の無い不機嫌を醸し出していると、おろおろと虎太郎が声を発した。
「あ、あのさ、難しい話はよく分からないけど………結局敵は何処にいるの?」
『ふむ、もっともな質問じゃの。先日数人の祓魔師を締め上げたが例の聖堂騎士の居場所や情報などは吐かなかったしの。二人いるという聖堂騎士、そやつらさえなんとか出来れば一段落なのじゃが………』
「一段落………ギーネさん、誤魔化さずに答えてほしいんですけど、結局あなたの目的は何なのですか? 祓魔師たちをなんとかして、一段落したあと何をするつもりですか?」
その質問にベネディクトが険のある空気を隠そうともせず公浩に向けてきた。
ここが核心を突くのに最適と見て投げ掛けた質問は、ギーネも認めるタイミングだったようだ。『うむ』と頷いてからこう言った。
『我が盟友……仁科黎明の願いにより、この地の守護に参上つかまつったのじゃよ』
それは確かに退魔師であれば……いや、士緒だからこそ余計に驚く内容で、簡単には鵜呑みには出来ない話だった。
★
「ああ、黒沼くん……どうして貴方は黒沼くんなの?」
どこで撮ったのか、昼の私服姿の公浩の写真をうっとりと眺めながら、真田幸子は最終電車で阿刀田へと降りたった。
「仕事だぞ? 君も風紀委員次席なら公私の切り替えくらいしてくれたまえ」
眼鏡をクイと直す大原颯真に向かって幸子はムッとした顔を見せるも、写真の入った九良名学園の生徒手帳をしまった。
「彼の実力を考えて、我々は所詮は後方支援くらいの役にしか立てないだろうが、どんな仕事も完璧にやり遂げるべきだ」
「随分丸くなったものね、あのいけすかない生徒会長さんが。交流戦のアレが相当応えたのかしら」
「………そんな所だ」
幸子の言葉に思いのほか殊勝に答えた颯馬。颯馬は携帯を開くと待ち受け画面を見て惚れこんだ相手への思いを馳せる。
その待ち受けには制服姿の四宮鶫がいた。
「女神よ……僕に愛という名の力を」
幸子の背中をゾワッとした何かが走ったが、あまり人の事も言っていられないということには気づけなかった。
二人は正式な調査任務の支援という形で退魔師協会から派遣されてきたのだが、そこは鏡の一声で決まった二人だ。亜笠はどういうつもりだと深読みが止まらなかった。
「とにかく、調査対称はランクSSSの化け物よ。気合いを入れて――――」
「待て………風が騒がしい」
「ちょっと、厨二ごっこなら一人の時にやってくれる?」
「違う。これは鬼の気配だ。僕に触れる風はそういった事を教えてくれるんだよ」
言われて幸子も辺りの気配を探ってみる。
駅前とはいえ、終電も終わり、あまりパッとしない町ならではの静けさがそこにはあった。
幸子の勘にも引っ掛かる。微かな血の匂いが。
二人は穏形の顕を発動して気配の方へと向かった。
「相手も穏形をしているようだ。周囲に気をつけろ」
「言われなくてもそうするわよ」
二人は一つのビルの前で立ち止まる。周囲を確認していた二人の視界の端に映る六階建てのビルの屋上で稲光のようなものが迸った。
幸子と颯馬は周囲の建物から徐々に近づき、同じ高さの隣のビルから遠目に様子を窺う。
そして見えたのは、穏形を施した何者かが、その大きな腕か足で背広の男の腹部を押さえ付けているところだった。
ソレは穏形をしてはいるが、大きな何かというのは分かった。
押さえ付けられた男の顔は恐怖に歪み、腹部のソレを退かそうと必死にもがいている。
幸子と颯馬は顔を見合わせ一つ頷くと、その場を飛び出した。
「『穏形・解』!」
颯馬がそれを唱えると同時に幸子は姿の見えるようになったそれに『光剣』で斬りつけていた。
穏形は一般人には効果は絶大だが、退魔師などのように日常的に通力に触れている人間にとってみればうっすらとだが存在を感じられるし、力の強い者なら輪郭くらいなら丸見えということもある。
今回二人はうっすらと輪郭が見えるレベルだった。
幸子が斬りつけるとそれはかなりの速さで飛び退き、グルルルと唸り声を上げた。
ソレは烏に似た翼を生やして全身黒塗りにしたような雄獅子だった。瞳は赤、体躯は普通のライオンの二倍ほどの大きさだ。
隣のビルの屋上に乗ったが、そのあまりの存在感にビルが小さくも感じる。
「真田、あれをどう見る?」
「少なくとも上一級以上はあるわね」
突然現れた幸子と颯馬に相手の鬼も警戒し、にらみ合いの状態が出来上がった。
そして、上一級以上という幸子の予測を裏付ける出来事が起きた。
「退魔師か。どこの退魔師かは知らぬが、ここは退け。その男にお前たちが命を張る価値はないと断言する」
「「!?」」
知能が高い鬼……言葉を話す鬼はそれだけで上一級以上の強さが保証されているようなものだ。おまけに幸子と颯馬はこれほどの威圧感を受けたことはいまだかつて無かった。二人にとってこれまで出会った中で最強の敵であることは間違いない。
「今回の事はお前たちには関わり無き事。この場は退かれよ。さすれば危害は加えぬ」
幸子は後ろでフラフラと立ち上がる背広の男を見やる。口の端から血を流す男は日本人の顔立ちではなく、すがるような目でこちらを見ていた。
事情は知らないが見捨てるのは幸子の中では論外だ。
幸子は覚悟を決めて眼前の雄獅子を睨む。
「……二人とも、なかなかの覚悟と受け取った。ならば、その覚悟に免罪符を与えてやろう」
GRWWOOOOOーーー!!!
それは幸子と颯馬に圧倒的な死を感じさせる咆哮だった。
二人は恐怖でその場に縫い付けられた。そしてそれは振り返らずとも理解できた。先程の男が既に物言わぬ肉塊へと変わってしまっているということに。
「若き退魔師たちよ。恐怖に屈するのなら、早い内が良い。その男のように、道を誤るな」
雄獅子は再び穏形を施し、その場を颯爽と去っていった。
残された幸子と颯馬が動き出せたのはそれから数秒後か数分後か、後ろで人の形を保ったまま綺麗な死体となっている男に目を向ける。
颯馬は携帯の待ち受けを見て、幸子は生徒手帳を握り締め、呟きを漏らした。
「「誰が屈するか」」
その晩は、二人の退魔師の運命が大きく変わった日となった。
★
「ここが僕の実家の鬼王神社です。管理人は父ですが退魔師の仕事で出ていて、僕が代理です」
『その神主の代わりに封印石の守護に寄越されたのが我じゃ。もっとも、何の封印かは我も神主も把握しておらぬがな』
そんな得体の知れない封印をよくもまあ神主も引き受けたものだ。
しかし、その封印石を見た瞬間、そんな些末な考えは吹き飛んだ。
(は、ははは………なるほど、そういうことでしたか。どおりで見つからないはずです)
その封印石は以前の縁との取引で知り得た場所にある封印石と同じもの。3メートル程の大きさの岩。神野悪五郎の封印の核だった。
なるほど、どれだけ探しても見つからないはずだ。士緒もさすがに県を二つ以上も跨いで探すことまではしなかったのだから。
(このぶんなら海外に封印があっても不思議ではありませんが、さすがに現実的ではないですね)
まずそれだけの距離を繋げられる封印術式が存在しえない。せいぜいこの町と九良名市、その1、5倍ほどの距離が限界だろう。士緒が長時間の研究を行えば可能かもしれないが、それを行える人間がいるかどうかの議論そのものも現実的ではない。
士緒は期せずして封印解放の糸口を掴んだ。
いや……偶然にしては少々無理がある。何かしらの意図が介在したと見るべきだろう。
(マサキ先生、でしょうかね)
一体どうやったのか聞いてみたいものだが、今は目の前の事案に集中するとしよう。
『我と黎明は実のところ協力関係じゃ。本来大聖堂などにつけ狙われるのも不当なのじゃが、あやつの力を借りてこれまで組織として活動できておった。言わば我らはあやつの使いっぱしりじゃ。じゃが、どこまで協力するかまでは明確にしてはおらぬ。このようにペラペラ喋っておるのも、半分は嫌がらせになればと思ってのことじゃ。お主があやつの敵になるかそうでないかは、出たとこ勝負じゃな』
士緒は思った。ばっちり敵です。ありがとうございました、と。
『もっとも、我がこの地にいる以上、お主が敵に回って封印の破壊を目論んでも、成功はせんじゃろうがな』
「その姿で役割が果たせるかは置いておいて、この町には“暁”として来ているのですか? だとするなら、仁科黎明氏に確認をとった上でそちらの正確な戦力を報告していただきたいのですが」
『この町に来ているのは我の個人的な動向の域を出ぬ。ベネディクトとヴォルフラムが付いて来たのはこやつらの勝手じゃ。我は護衛などいらんと申したのに』
『姫様、現にこの有り様ではありませぬか』
『ええい! 黙れ! そもそもお前が初めにコタローの誤解を招いたからこうなったのであってだなぁ!』
ああだこうだとゲオルギーネとベネディクトが言い争いを始め、虎太郎の通訳が追い付かなくなったところで公浩は訊ねた。
「虎太郎君。ヴォルフラムというのは人の名前だよね? どんな人?」
「人と言うかなんと言うか……よく穏形して空とか飛んでるらしいけど、僕は見たことないかな」
その言葉だけでなんとなく人の形をしていないのは伝わった。
具体的な姿形を聞いてみたが、虎太郎は穏形しているところしか見たことがなく、四足の獣としか聞いていないらしい。
まあ、それだけ特徴的なら間違えることも無いだろうからそれ以上は聞かなかった。
ちなみにギーネとベネディクトの言い争いはギーネが瞳に涙をため始めるまで続いた。




