第45話 驚き
なぜこうなったのか………
今、とある街の公園にいる公浩の目の前には恥ずかしそうに頬を染めて顔を逸らし、今にも泣き出しそうな、長いブロンド髪のツインテールと碧眼の少女がいる。
それだけ? んなわけがない。
少女はスカートを捲し上げ、子供としてはあまりに不釣り合いな黒の下着を露にしているのだ。
そして少女は蚊の鳴くような声でこう言った。
『わ、我の大事なモノを……奪わないでくれ』
世界が狂ったとしか思えないこの状況……事の起こりは前日に遡る。
★
九良名学園第三校の学園長室。残暑も和らぎ、そろそろ冬服になろうかという時期のある日、公浩はそこに呼び出された。
亜笠は机に肘を突いて手を組み、そこに額を乗せ、なにやら深刻そうな演出をしている。
隣に立つジェーンもどこか疲れぎみな表情だった。
「お前が“龍首”から得た“女帝”の潜伏先の情報を元に、阿刀田町の調査のために送った十数名の退魔師……と、たまたま、居合わせた数名の祓魔師が全滅したらしい。収穫は、“女帝”がいるかもという状況証拠だけ」
「それはまあ…相手が相手ですし、考えられる事態ではないでしょうか」
「そう、ある意味では想定内。何人も死んでいるが……それでも想定内だ。が、想定外なのは、交流戦でのお前の活躍を見た協会のお偉いさんがお前を行かせてみては……なんて言い出した事だ。厄介な事に周りの連中もそれに同調している」
なるほど。その発言をした奴はよほど状況が見えていない考え無しだったのだろう。
まず、多少優秀だからといって正規の退魔師ではない学生をそんな危険な任務に送り込んで内外に影響しないわけがない。祓魔師が居たことから見ても、そんな事をすれば退魔師協会の人材不足を事実とは関係無く喧伝するようなものだ。
さらには公浩の能力をよく知らない内に、ただ強いからと送り込むのでは短慮すぎるし、相手も刺激しかねない。
ここは隠密に長けた退魔師を選定し直すのが最も効果的だと考えられるのだが………
「黒沼、お前が強いのはよく理解している。この学園でなら梓より強いだろう。私ともタメを張れる強さで、斑鳩に次ぐ実力がある」
斑鳩に次ぐ、という確信を持った言い回しから、縁が警戒に値する存在だと再確認できた。
(斑鳩縁……恐らくは仁科黎明の式鬼神。三王山亜笠に自分より強いと言わしめる鬼。ふむ……興味深い存在です)
「だが、だからこそお前には危険だと言わざるを得ない。あたしと同じ程度じゃな。“女帝”が海外の退魔師……祓魔師や退治屋、道士が所属している組織にどのランク指定を受けているか知ってるな。ランクSSS、日本で言う特一級相当のSランクだが、退魔師協会はさらに上のランクとして定めている。その単語だけで混乱を招きかねないことから一般の退魔師には伏せられているが、“女帝”を含めたそいつらはこう呼ばれている………“災害級”とな」
「……………」
災害級……その名の通り、単騎での戦闘能力が災害規模……都市単位で被害が出ると予測される鬼をそう呼ぶ。
日本で災害級と言えば“鬼王”と呼ばれる9体の鬼だが、実際に指定されている鬼はその倍はいる。一般の退魔師たちはそれらの鬼を特一級として認識しているが、とてもではないが特一級に収まる強さではない。
何を隠そう、梢も災害級の指定なので士緒もよく知っていた。
「災害級の鬼と個人でまともに戦える人間は退魔師協会にも少ない。この街には斑鳩と、今は留守だが理事長、それと………神崎 紫瞬ぐらいだな」
神崎紫瞬という名前を口にする所で亜笠に躊躇が見えた。
その名前は五郎左からの情報にあった中でも警戒レベルの高い位置付けとなっている名前だ。が、それは強さに対してのもので、それ以外の部分では色々と足りていない人物だと士緒は認識している。
「神崎…ということはもしや、風音さんの親類の方ですか?」
「ああ、神崎風音の父親で退治屋、おまけに神出鬼没、この街にもいる時といない時があるが………今はあの馬鹿の事はいい。つまりあたしが言いたいのは、たとえお前でも“女帝”は荷が重いという事だ」
亜笠の言う事はもっともだ。
さすがの士緒でも、公浩の状態で災害級と戦えば勝率はかなり低くなる。通力が抑えられているのに加え、結界の顕は設定上使う事は出来ない。
相手にもよるが、分の悪い戦いになるのは確実だろう。
しかし、それでも士緒は行ってみたいと思い始めていた。
強大な悪魔組織“暁”の首魁……“女帝”と、その目的にも興味は湧く。
“暁”は強大な組織でありながら、その目的については謎が多い。
ある時は“教会”の祓魔師数百名を惨殺したり、ある時は悪魔に襲われている人間の街を組織総出で助けたり、ある時は人材派遣会社を設立したり、またある時は石油を掘ってたなんて事もあった。
そんな“暁”だが、今まではこの街での活動にも関係は無く、こちらから関わる理由も無かった。しかし、今回せっかくの好奇心を満たす機会を逃すのも勿体無い。
士緒はなんとか公浩を行かせるように話を運ぶつもりでいた。
「調査を主目的として、敵対は避けつつ、尚且つ事を構えられるだけの戦力が集まるまでの時間稼ぎであれば、リスクは抑えられるかと思います。協会へのご迷惑を承知で言わせてもらえれば、ぜひとも任せていただきたいです」
「………そうだったな。お前は野心家だった。確かに、この任務で生きて帰れば将来的に退魔師として高い地位に上りやすいだろうな。だがな、あたしがこう言ったらどうする? お前が望むなら、三王山家の名にかけて、すぐにでも協会の幹部候補の椅子を用意してやる、と。実力的にも人格的にもそれだけの器があるから何も問題にはならない。ただし、お前が今回の任務を降りると言えばの話だが」
「学園長は過保護ですね。心配してくださるのは本当に嬉しいんですけど……先程の条件では協会内で三王山家の首輪が付けられる事になります。そんな張りぼての城で満足するほど、僕はおめでたい頭をしているわけではありません」
「墨俣城も最初は張りぼてだった。お前ならいつか大阪城にだって住めるだろうよ」
「そこまで買ってくださっているのなら、信じて送り出してくれてもいいのでは?」
「あたしは生徒を死なせたくない。命令としてでも頼みとしてでも何でもいいから、今回は納得してくれ」
「そして、今回のような危険な任務の度に、学園長は僕をこうやって過保護にしまい込むんですか? あなたの生徒である事実が変わらない限り、卒業しても、一生?」
亜笠の顔が息をつまらせたように苦しそうな表情に変わる。
公浩の言に亜笠は思考する。
自分は生徒を一生守りきる事は出来ない。自分は生徒の成長を妨げているだけではないのか。もしかしたら自分は我が儘で、無責任な言葉を押し付けているだけではないのか。
亜笠は何とはなしにジェーンを見る。
視線に気付いたジェーンと目が合い、そのままニッコリと優しげな笑みを向けられた。
「学園長の負けですね。今こそ子離れの時ではないかと」
ジェーンの言葉を受けて亜笠がはぁとため息を吐いてから、やれやれと首を振り、「分かったよ」と言った。
「ただし、さっき言っていたように調査を中心に、絶対に無茶な事をするな。詳細はジェーンから聞け。あたしは、ちょっと風に当たってくる」
亜笠の背は真っ直ぐだったが、心なしか背中は小さく、歩き方にも力が無いように見える。そしてそのまま学園長室を出た。
「なんでかこちらが悪いことをしたような気分になります」
「学園長はあれで繊細な方ですから。黒沼君は気にしないでください」
公浩はジェーンから、僅かに得られた“女帝”の情報と、現れるとされる阿刀田町の現状を詳しく聞き、翌日に九良名を発った。
★
袖の長い服装で、早くも肌寒さを覚える阿刀田に着いたのはちょうど12時を回った頃だ。
ジェーンからの話で聞いていたように、駅前には町の規模に相応の人通りがあった。
しかし、町の北端に行くにつれて不自然なほど人通りは減っていく。
人の気配が無いわけではない。建物の中や、時おり通る車、買い物袋を下げた女性などは疎らだが見かける。
これだけの町にしては外を出歩く人の姿がいないのには理由があった。
ジェーンの説明によると、退魔師によるものではない『人避け』の結界が張られているのだそうだ。調査に訪れた退魔師が殺される前にその報告をしていた。
(『人避け』をすればお互いに発見される可能性が高い。どちらかと言えば、発見されて困るのは退魔師側ですが……それでもわざわざ“女帝”が『人避け』をするのには、何か理由があるのでしょうか)
公浩はゴーストタウンさながらの通りを歩いて行く。特に隠れながら歩くでもなく、町内に怪しい場所が無いか探していた。
そして1時間ほど歩いた頃、公浩の後ろに一つの気配が付くようになった。
(あちらにも隠す気は無いようですね。尾行……とも言えないような気配の発し方ですし、これが“暁”の手の者だとしたら、こちらを殺す意図は無いと見ていいと思いますが………)
どうにも引っ掛かりを覚える。隠す気が無いと言うより、雑……と言うか、素人が本気で尾行をすればこうなるのではないかという感じだ。
まるで子供の探偵ごっこ。お遊びの域を出ないものだろう。
(もしや、ただの一般人? どのみち接触はするつもりでしたし、確かめてみますか。出来れば“暁”の関係者であってほしいのですが)
公浩は先ほど見つけておいた公園へと足を向け、そこに入った。そして自販機でジュースを買ってベンチに腰かける。あえて隙を見せながらだ。
これで相手から接触してくるならそれが一番だが、そうでないならこちらから呼び掛けるつもりでいた。
しかし、すぐにその必要は無くなった。
『おい貴様! 祓魔師か、でなければ退魔師であろう!』
突如、公浩の前で仁王立ちをして立ち塞がった12歳ぐらいの少女から、幼い声音を投げかけられた。
少女の長いツインテールのブロンド髪と碧眼、そして日本語ではない言葉が、少女が日本人ではないことを物語っている。
(ドイツ語? “暁”が拠点としているのはまさしくドイツ。容姿もそれらしいですし、彼女も“暁”の関係者でしょうか)
士緒はドイツ語を話せる。しかし、公浩にドイツ語のスキルは無い。
迂闊に話すわけにもいかないので、ここは言葉が分からないふりをした方が良いだろう。
「君、一人かい? 日本語わかる?」
『ええい、やはり貴様にも言葉は通じぬか! まあなんでも良い。『人払い』の結界内を平気で歩き回っているのだから一般人ではなかろう。我も一人で敵を撃退できるということをあのたわけに思い知らせてくれるわ!』
そう言うと少女はスカートに差していた短杖、ワンドと呼べるそれをさっと取り出して先端を公浩に向けた。
公浩は警戒してベンチから立ち上がり、細かな意匠の施された美術品のようなそのワンドを一目見て、それが術装であると気付いた。
祓魔師などが多用する武装にして顕……“神託”。それらの中でもかなり高レベルの物のようだ。
退魔師が使うタイプの術装との一番の違いは、オラクルそれそのものに、祓魔師が使う通力……誓約が込められているため、起動の言葉一つで誰でもほぼ無条件で使用できる事だろう。
込められたオウスが無くなるまで一般人でも能力を行使できるという高い汎用性を持ち合わせている。
あらゆる面で日本の退魔師に劣る祓魔師の唯一と言っていい優れた点が、その汎用性だ。
目の前の少女がその“オラクル”を使ったとしても全く不思議ではないのだ。
『疾くこの町を離れるのであれば良し。さもなくばこの場で消し炭じゃ!』
「それ、どこかで拾ったのかな? それは危ないから、お兄さんに渡しなさい」
『っええい! 何かバカにされてるような気がするが、あやつがおらんと何を言っておるか分からん! もう何でも良い。ここで消えよ!』
公浩は攻撃の意思を感じ取り、身構える。
少女は一呼吸の後、“オラクル”の起動キーを口にした。
『食らえい! 『エクスクラメーション』!!』
「!」
……………
………………
…………………
『あ、あれ? おかしいのう。も、もう一度っ……『エクスクラメーション』!!』
「!」
……………
………………
…………………
『なっ、何故じゃ! なぜ何も起きぬ! 『エクスクラメーション』『エクスクラメーション』『エクスクラメーショーーーン』!!』
「! ! !」
……………何も起こらなかった。
『どういうことじゃ!? この間の祓魔師は確かに使えていたというに!!』
杖を必死の形相でブンブン振り回して暴れる姿は、どこか微笑ましいものがあった。
公浩は少女に近付き、柔らかな雰囲気を纏ったまま手を伸ばした。
「ちょっと貸してみてくれるかな?」
『……………』
言葉は通じていないようだが、何が言いたいのかは伝わったらしい。
少女は訝しげな目で公浩と杖を交互に見ると、渋々、あるいは恐る恐るといった感じに杖を差し出した。
公浩は軽く杖を見てみる。“オラクル”そのものに不備は無さそうだ。
と、そんな事を確認するまでもなく、原因は十中八九、起動キーが間違っているのだろう。
公浩は杖を空に向けて思い当たる言葉を口にしてみる。
「『エクスプロージョン』」
ほんの僅かなタイムラグの後、上空50メートル程の所で大きめの花火のような爆発が起こった。
どうやら障害物が無ければそのくらいで爆発を起こすらしい。
そこそこ強めの爆風を受けて、『おお~~~!!』と感嘆の声を上げて空を見上げる少女を流し見る。
古風と言うか、幼い子供には似つかわしくない口調の少女。いや……まさか……と思いながらも自分の推測がそれなりに当たっているのではという思いも捨てきれない。
もし当たっていた場合、今後の行動の選択肢が爆発的に増えることになる。少しだけ面倒臭いと思う程に。
そこで、考え事が捗り始めた公浩の服の裾を少女がクイクイと引っ張った。宝石のような瞳を見上げる形で公浩に向け、良くやったと言わんばかりにバシバシと公浩を叩く。いや、実際にそう言っているのだが。
『うむうむ! 良くやってくれた。なるほど『エクスプロージョン』であったか。どおりで発動せんわけよ。我は母国語しか分からぬでな。先日の祓魔師から奪ったまでは良いが、起動キーがうろ覚えだったとは迂闊であったわ。ともあれこれで問題は無くなったのぉ。大儀であった。ほれ、さっさと返すがよい』
少女は当然のような顔で手を差し出してきた。公浩は少女に確かに返した。「ダメだよ?」と意思を込めた笑顔を。
『? 伝わらなかったか? ほれ、その杖を寄越すがよい』
相変わらずニコニコしたままの公浩。少しむっとしたようで、少女が強引に杖に手を伸ばした。
ひょいっ
公浩が少女の手を躱す。少女は諦めずに何度か手を伸ばすが全て躱され、挙げ句手の届かない高さまで上げられてしまった。
懸命に背伸びして取ろうとしたり、ピョンピョンと愛らしいジャンプをしたりと、見ていて癒される光景だった。
そんなだからドS心を刺激してしまうのだと教えてあげたかったが、もちろん教えてあげない。なぜなら、それがドSだからだ。
少女はぬぐぐぐ~~と悔しそうに呻きながら、公浩を睨んだ。
『なんのつもりじゃ!? それは我の物ぞ! 早く返さぬか!』
「何を言ってるか分からないけど、これは子供が持つには危なすぎる。保護者さんに会うまでは没収です」
『だからっ! 何を言っておるのか分からんと言うておろう! いいから返せ! か~~え~~せ~~っ!!』
「あぁ……素晴らしきかな我が人生。強気な金髪ツインテール美少女は実にいじめ甲斐があるなぁ」
『な、なんでじゃ……なんで返してくれぬのじゃ。我が……我が何をしたと言うのじゃ、うぅ……』
半泣きの少女を見て、言葉を聞いて、思う事は一つ。「はい、たったいま僕を消し炭にしようとしました」と。
『どうすれば………どうすれば返してくれのるじゃ?』
潤んだ瞳を上目遣いに公浩に向けてくる。
公浩は素知らぬ顔で笑顔を返す。言葉が通じてない事になっているので返事はしないが、できるだけ不敵に見えるようにワラっていた。
『はっ(゜д゜)! まさか貴様、我の………我の………我の操を捧げろと言うのではあるまいな!?』
……………はい?
『こ、こここ……この外道! いくら我が魅力溢れる美少女とはいえ、そんな事を要求しようとはっ、恥を知れ!!』
違う、と言ってしまいたい。自分は断じてロリコンではないのだと。
しかし、あいにくと公浩はドイツ語を喋れない設定だ。
この少女が“暁”の関係者であるなら、喋れないと思われていた方が何かと情報を漏らすかもしれない。この無理のあるやり取りを続ける一番の理由はそれだ。
だからそう簡単に喋りたくはない。公浩は否定をしたい気持ちをぐ~っと堪えるしかなかった。
『く……うぅ……な、なれば……こ、これならどうじゃ!?』
少女がガシッとスカートの裾に手をかけ、悔しさに顔を歪めながらゆっくりと裾を持ち上げ始める。
そして中身が見えるか見えないかのギリギリの場所で、「くっ、殺せ!」とでも言いそうな表情で公浩を睨みつけ、ついには子供には似つかわしくない黒の下着がその姿を露にした。
少女の顔はいつのまにやら弱々しく羞恥を湛え公浩から逸らされている。そしてこう言ったのだ。
『こ、これで満足するがよい。だ、だから……わ、我の大事なモノを……奪わないでくれ』
羞恥に涙を流す少女を前にして、公浩はそろそろ限界を感じていた。
こんな所を誰かに目撃されようものなら、恐らく死ぬだろう。社会的に。
しかも、死ぬのは士緒ではなく公浩というのがどうしようもなく負い目に感じる。
公浩は仕方なく、苦笑いを向けながらワンドをクルッと逆手に持ちかえて少女に差し出した。
「敵かどうか分からない人に向けて使ったらダメだよ?」
伝わらないと分かっていながらも、形式として一応は言っておく。
少女は一瞬キョトンとするも、すぐにスカートから手を離し、引ったくるようにワンドを奪い取る。
『ふ、ふん! はじめからそうしておればよいのじゃ。その殊勝さに免じて今日のところは見逃してやるのじゃ』
涙目でワンドを抱き抱えるように体を逸らした。
『こ、これでコタローに小うるさく言われんで済むわ』
伝わっているとは思っていないだろうが、最後は小声で安堵の言葉を漏らした。
と、そろそろ来る頃だと思っていたので不意を討たれる事は無かったが、背後から殺気とともに叩きつけられた斬撃がわき腹を少しだけ掠めた。
突如現れた燕尾服でオールバックの青年が黒の薔薇のような形のナックルガードが付いたサーベルを構えて少女との間に立ちはだかった。
『ご無事ですか! ゲオルギーネ様!』
やはり、という思いだった。
ゲオルギーネという名前は悪魔の上位組織の間では有名だ。それは“暁”の首魁、“女帝”の名前、悪魔と人間の双方から恐れられるランクSSS………最強クラスの災害の個としての名前だから。
それがどういう訳か少女の姿で、災害級の圧を全く感じさせないというのが不思議だが、恐らく本人で間違いないだろう。状況証拠と勘に過ぎないが。
『止せベネディクト。そやつは敵ではないようじゃ。わざと空中へ向けてオラクルを使ったのがその証拠じゃ。我の部下の一人でも来ると踏んだのじゃろう。やはり言葉が通じんと難儀じゃの。それと、下手に名前を呼ぶでないわ。ここでは姫様と呼べ』
ベネディクトと呼ばれた執事風の男は剣を納めるとゲオルギーネに礼をとって話し始めた。
『唯一姫様と繋がっている虎太郎だけが通訳足り得るというのに、あの者は何をやっているのか……後できつく申しておきましょう』
噂をすればなんとやら。走り疲れたのであろう学生程の少年がぜぇはぁと息をしながら公園に駆け込んできた。
「ま…待って~~~、ベネディクトさん速すぎます。僕の体力は一般並だと何度言えば分かってくれるんですか!」
『遅い! 虎太郎は姫様のお側を離れるなとあれほど申し付けていただろう!』
「そ、そんなのギーネに言ってよ! 勝手にオラクル持ち出してどっか行っちゃって――――ひっ!」
『ほぉ………では全て姫様が悪いと、そう言うわけか』
「目、目を離した僕にも責任はあったかなぁ~……うん、きっと僕のせいだ。だから喉元に“ドゥンケルハイト”突きつけるの止めてください」
ベネディクトは虎太郎からサーベルを引いて鞘に納めた。
ここまでで不思議だったことは一つ。
虎太郎と呼ばれた日本人らしき少年と、明らかに洋風の顔立ちで言葉もドイツ語だったベネディクトとの会話がスラスラと行われていたことだ。
虎太郎は日本語、ベネディクトはドイツ語しか喋っていないにも関わらず。
そこで虎太郎が少女……ゲオルギーネに小声でなにやら話をしている。ベネディクトは油断無くこちらを睥睨しているが、すぐに虎太郎が公浩に近づいてきてその視線の間に入った。
「彼女……ギーネが話したいそうです。良ければ話せる所に行きたいので、付いてきてくれませんか?」
「ええ、こちらもいろいろ聞きたい事がありますから」
虎太郎はそのまま公浩の背中を押すように目的地へと連れていった。残されたゲオルギーネとベネディクトが遠くと、公浩とは違う気配に目をやっている間に。
『どういたしますか? 始末も可能かと思われますが』
『止めておけ。少なくとも敵ではないであろう。わざわざ虎の尾を踏むこともあるまい』
『次から次へと、なかなか困った事態になりましたな』
『さっきの男が波紋を与える一手となるか、お主はどう見る?』
『私にはなんとも。腕はそこそこ立つようでしたが』
『であろうな。はてさて、新たな一石じゃ。楽しみじゃの』
二人はこちらを見張る何者かに背を向けてその場を後にした。
遠目に見て公浩を悪人と認識していたら、ゲオルギーネは撤退していました。
あと、英語のエクスプロージョンはドイツ語と発音が違うようなので、ゲオルギーネは間違えたようです。




