表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
44/148

第44話 与一のとまり木


士緒はあえて相手が的にしやすいように目立つ飛び方をしている。

黒いスーツも相まって地上からは夜空に紛れて見えにくいが、狙撃手からは疾走する士緒がよく見えているはずだ。

士緒としては、逃げられたり隠れられたりはされたくないため、わざと相手に狙われ、攻撃を防ぎながら移動していた。

結界を十全に使えば完全に防ぐ事も可能だが、それではやはり逃げられる可能性が高くなる。相手が逃げずに攻撃を続けようと考えるラインの見極めに、士緒は少しだけ苦労した。

そうして士緒は射撃地点と思われる場所に到着した。


(ふむ、ここですか)


そこは街の外れにある空きビルの屋上。

協会本部の屋上は、高さ的にここからはどうしても死角になって狙えない。特別な顕や術式を使わないと無理だろう。

その特別な顕について、士緒には心当たりがあった。


(どういうつもりでしょうか。我々と敵対するつもり……とは考え難い。独断? いったい何故………)


士緒が思考を巡らし周辺を見回していると、そこに先程まで以上の殺気が叩きつけられた。

気付いた時には屋上の床一面と周囲に1メートル程の大きさの、水面のように形が不安定に揺らいでいる薄い円盤が出現し、屋上の内外から士緒を取り囲んでいた。

そんな中でも士緒は余裕を持って話しかける。


「殺したくはありません。出来れば降参して出てきてくださいませんか? 今ならちょっと痛い思いをするだけで許して差し上げます」



………………………



返答は無い。

隠密系の顕か術式を使っているようだが、それを解いて出てくる様子も。

士緒はため息を吐いて、やれやれと肩を竦める。


「では、仕方ありませんね」


士緒は無造作に手を横に払う。

次の瞬間、正面の円盤が固まり、そしてガラスのように砕け散った。



――――!?



姿の見えない敵は慌てた。

これまでこの顕が壊された事は無かったからだ。この状況に持ち込めないか、あるいは包囲を脱け出して自分の所までたどり着かれる事はあった。

しかし、士緒はそれらの相手とはまるで違う、より恐ろしい敵だと理解できる。

このままではまずいと、顕の発動者は士緒に釣られるように攻撃を開始。屋上を取り囲む円盤の一つに、長距離射撃の時と同じ通力の弾丸を数発撃ち込んだ。

すると弾丸は円盤に当たって跳弾を繰り返し、一斉に士緒に向かって行く。

もちろん、これらの円盤が跳弾を行うだけの物ではないのは分かっていた。

これらの円盤は単純に鶫の『色装の白』と同様に通力を反射する。そして形状も自由自在に変化させられる。剣にも槍にも盾にもなる上に通力を含む攻撃では破壊が難しい厄介な顕だ。

それをいとも容易く破壊して見せたのだから焦って攻撃したとしても不思議ではない。

士緒は通力の弾丸が着弾し、周りの円盤が形を変えて士緒を襲う直前、結界の顕を発動した。


「『崩天(ほうてん)結界 一式』」


士緒を中心に円柱形の結界がビルを包み、天まで伸びるように展開される。円盤……『真経津鏡(まふつのかがみ)』と呼ばれるそれらと数発の弾丸は動きを止め、全てが砕け散り砂となった。

サラサラと崩れていく光景を眺めながら士緒が「ふむ」と声を漏らして足下を見る。


「やはり下……ビルの中でしたか」


通力の質は指紋などと同じで千差万別。『崩天結界 一式』は目標と定めた通力を結界内に収めるとそれを無効化し、持ち主が中にいれば通力の急激な消失で肉体にもダメージを与える。

結界の展開規模の大きさに反した対人技だ。おまけに結界の効果を受けた相手の場所もだいたいの感覚で探知できる。

士緒が足を軽く持ち上げて屋上の床に打ち付けると、ズシンッという大きな音と共に足場が崩れ、三階ほどが吹き抜けになった。

士緒はそこから下の階に降りると、瓦礫の近くの壁に背中を預けて座り込み、苦しそうに息をする人影を見つける。

その相手を見て、士緒が意外そうな顔を向けた。


「これは驚きました。まさかこんな所で貴女のような方にお会いできるとは。五行家の護衛(・・・・・・)さん」


「……………」


ショートヘアー、黒のパンツスーツに、甲の部分に長方形の金属板が連なっているグローブ。

公浩も何度か話した事がある女性、コノエこと、九重(ここのえ) 小鳥だ。ちなみに、この名前を突き止めるのには苦労したと、調べさせた(ほむら)が愚痴っぽく溢していた。


「一応お聞きしておきます。何故、(わたくし)を狙ったのでしょうか」


「……………」


恐らくだが、九重はここで毎晩のように街を監視していたのだろう。でなければたまたま今晩、協会本部に現れた士緒を狙うのは都合が良すぎる。

紗枝の護衛も、学園の敷地内なら比較的安全だし、例の長距離射撃なら紗枝の近くにいなくとも敵を仕留められる。

九重が今晩、士緒を狙ったのは偶然ではなく必然。しかも、張り込みの目的も恐らくそれだろう。


「私を殺そうとしたのは、私がこの街にある最大の脅威だからでしょうか?」


「…………お前は危険だ。六家への復讐を謳っているお前が、いつかお嬢様に害をなすかもしれない。私が……何もしないわけがないだろう」


「ふむ、少々誤解があるようですね。私は六家だからと無差別に復讐するつもりはありません。五行家のご当主も、それが分かっていたから娘さんをこの街へ寄越したのでは?」


「お前の言うことを保証するものはどこにも無い」


九重はキッと士緒を睨み付ける。目と口の端から血を流し、憎々しげなその表情からは、士緒への敵意は五行家……紗枝への忠誠心から来るものだとひしひしと伝わった。

士緒はなるほど、と納得した表情を浮かべる。


「そのお気持ちに嘘は無さそうですね。ということは今回の件、“吸血貴族(ノーブル・ド・ドラキュリオ)”は関係無いということですか? “鷹目(たかめ)の雀”さん」


「っ!? ………知っていたのか」


「あの長距離射撃の顕……『与一』と名付けられたあれは独特ですから。ある意味では『光矢』の究極型とも言える顕、使い手も貴女以外にはほとんどいらっしゃいませんし。貴女が“吸血貴族”に協力している事を知ったのは半分偶然みたいなものですが」


「………お嬢様には関わらないでくれ。代わりに“吸血貴族”の情報を渡す」


「いりません」


あまりにもあっさり切って捨てた士緒に九重は驚きに目を見開いた。その瞳に映る士緒は真意が読み取りにくい笑みを湛えている。


「勘違いしないでくださいね。五行紗枝には手を出しません。ただ、我々は“吸血貴族”が敵対しない限りは争うつもりが無いので、情報を受け取るわけにはいかないんですよ」


「……………」


「ですが……これもまた貴女の弱みですね。悪魔国家の建国を謳う組織、ハッキリとした人間の敵である“吸血貴族”と五行家が繋がっているなど、大変なスキャンダルです」


「待てっ、違う! 五行家は“大聖堂(カテドラル)”からの秘密裏の要請で“吸血貴族”を壊滅させるために――――」


「でしたら、“吸血貴族”の方にお教えしましょうか。ただでさえ五行家は“鬼”の侵攻で大変な時期に、“吸血貴族”まで敵に回すというのは………ああっ、さぞお辛い事でしょう」


芝居がかった士緒の言動に九重の怒りは上がっていく。もはや殺気もろくに放てないほど消耗しているのに、今にも力が湧いてくるのでは、とも思える鋭い視線だ。

士緒はそれを見てもやはり笑顔のまま、九重の耳元に口を寄せた。


「取引をいたしませんか?」


士緒は小さく、掠れるほど小さく囁いた。

まるで………そう、悪魔(・・)のように。


「貴女の願いを一つ、叶えて差し上げます。何でも構いません。富、名声、力……は、あまり興味はおありでないでしょうが、とにかく何でもです。貴女の考え得る願いなら、叶えて差し上げます」


今度は九重の心が己に囁いた。



『やっと見つけたとまり木を壊したくない』



九重の心は揺れた。

五行の家は、古くから生きてきた“物怪”たる自分がやっと見つけたとまり木だ。自分の返答、あるいは願い如何ではそれが壊れてしまうかも知れない。

そう思うと、九重の心をどんどん恐怖が支配していく。


「な………何を………私は、何を差し出せばいい」


その言葉を聞いた瞬間、士緒の笑みが本物の悪魔以上の邪悪さを湛えた。


「貴女が差し出す物はただ一つ。それは………」



…………………………………です



「っ!! しかし、それでは………私は………」


士緒は体を九重から離し、座り込む九重を見下ろす。


「ご安心を。なんでしたら私の手の者が行った事としても構いません。貴女がやった事とはバレないようにするとお約束いたしましょう」


「……………」


「あまりお時間は差し上げられません。取引を受ける場合は、この場で貴女の願いをお聞かせください」


「……………」


時間は無い。すぐに返事をしないと。

だけど、それでも………今すぐには納得出来ない。

が、納得するしかない。この場で。今すぐに。早く。相手の気が変わらない内に。

九重は重い口をなんとかこじ開け、その言葉を口にする。


「私のとまり木を…………壊さないで」


その言葉だけで、士緒には十分過ぎるほど伝わった。士緒はにこやかな笑顔で「承知しました」と言った。

放心したように呟いた九重に手を添え、治癒の顕を発動させる。ある程度の体力を回復させると、九重に背を向けた。


「五行紗枝の護衛にお戻りください。今晩は学園の近くに居てあげてはいかがですか? 一秒でも早く会いたいと、顔に出てらっしゃいますよ」


その言葉を最後に士緒は再び屋上へと移動し、そこから九重がビルの外へと出ていく姿を見送った。

力無いその背中を、屋上から見えなくなるまで。


「さて、そろそろ梢の所へ――――」


「動くな」


背中に何かが突きつけられた。

士緒は慌てる事無く状況の把握に努める。


「何の真似ですか?」


「何の真似だあ? そうだなぁ、強いて言うなら……リベンジだ」


その男が身動ぎするたび、全身に巻き付けたチェーンがチャリッと音を立てる。

次の瞬間、士緒は振り返らないまま防御用の結界を急激に膨れ上がらせ、後ろの男を押し出した。


「ちぃっ!」


男は屋上の外に飛び出る寸前の所で、『岩鋼剣(いわはがねのつるぎ)・発』を展開。全力で射出し、結界を破壊した。


「はっ、どうよ。今度は壊してやったぜ?」


男は得意げに言い放った。

士緒はため息を漏らして振り返り、男に向き直る。


「気は済みましたか? あまりお遊びが過ぎると親父殿……山本五郎左衛門(・・・・・・・)様に言いつけますよ? 協力者(・・・)さん」


稲生平の正体を知り、尚且つ思想に共鳴し、五郎左の協力者となった男……陸道石刀。

その晩、士緒たちが待ち合わせていた人物だ。


「おぉっと、そいつは怖ぇな。んじゃ挨拶も終わったし、ぼちぼち仕事の話と行くか。つーか、俺がここまで追いかけて来たことにも気付いてやがっただろ」


先程のやり取りが挨拶とは………士緒はこういった変わり者の相手もしたことはあるが、そんな彼らの誰に対しても、あまり慣れることはなかった。


「仕事の話と言っても、ほとんどただの顔合わせです。気楽にお話でもいたしますか。難しい話はお嫌いでしょう?」


「ああ、堅苦しいのはダメな質でな。その点、戦いは分かりやすくていいな。さっきのやり取りでも、あんたの事、少し分かったぜ。最初に本部で会った時と同じ結界を使ってそれを壊させたのも、俺の自尊心がどうのと考えての事だろ。気ぃ使いーので色々と気苦労とか絶えないんじゃねえか?」


「失礼ながら、本職は退魔師ではなく占い師か何かですか?」


「かもしれねぇな。かかっ」


機嫌良さそうに笑う石刀。何か良い事でもあったのだろうか。


「先日は散々な目に遭ったそうですが、その割にはご機嫌な様子ですね」


未来夜と石刀のやり取りを見ていない士緒からしたら、石刀に抱く印象からもっと荒んでいると勝手に思っていたが、実際はこの通りで少しだけ不思議だった。


「まあな。あんたは見たか? あの未来夜ってガキ、気に入ったぜ。最初はどんなクソガキかと思ってたが、陸道の屋敷に力ずくで乗り込んでくる気概が実にいい。女の趣味も俺と似ているみたいだしな」


「ふむ……五行 (みどり)の事を言っているのでしたら、まだ間に合うのでは? 貴方も東雲未来夜を見習って、婚約者から掻っ攫うくらいしてみてはどうですか?」


「ばっ、ばば、馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ! 俺がいつあんながさつな女が好みだなんて言ったよ!」


「髪を整えてスーツと眼鏡、そして花束持参で「俺の女になれ」……とは、少し……ぷふ……ギャップと言いますか……くく……まさかそのサングラスに度が入っているとは……~~っ……誰も思わないでしょうね」


「な……あ……はあっ!!?? てめぇ誰がそんなこと!! お袋と兄貴しか知らねぇはずだっ!」


「うちの親父殿が知っていましたが?」


「なんで知ってやがるんだあのオッサン!?」


石刀はプルプルと震えながら後ろを向き、赤いであろう顔を隠した。

そして一言、「だ、誰にも言うなよ!?」と念を押した。士緒も一言、「分かっていますよ」と返した。


「愛情というのは真に複雑怪奇で、私には理解が困難と言いますか………女性がそもそも解りません。最近は考えさせられる事が多いんですが」


「色男の惚気なんて聞きたかないね。あんただって、他人のイチャイチャ話なんて聞くだけ無駄だと思ってんだろ?」


「そうでもありませんよ。そういった話は参考になりますからね。なので……そろそろ貴方が持ち帰ったお話を聞きたいところです」


石刀が舌打ちし、「趣味悪ぃねー」と言って肩を竦めた。


「ほぼ間違い無く、“遠き赤(スカーレット・ヴァーミリオン)”だったとさ。一樹のオッサンから聞いたから間違い無ぇ」


“遠き赤”……その名前を聞いて士緒は苦笑する。今晩は特に縁がある名前だからだ。

“吸血貴族”=“遠き赤”。その名前こそ、カーミラの二つ名。


「東雲未来夜の母親は、カーミラですか」


その晩は士緒にとって、奇妙な巡り合わせに満ちていた。                                                                      

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ