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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
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第43話 弦月の夜を貫くは那須与一か

 外での戦いは激戦の様相を呈していた。

 激戦の中、稲葉山はすでに公浩の渾身の一撃を受けて撃沈している。今戦っているのは小田原一人だけだ。

 だがそこは流石に堅固な城の名前を冠する男。結界による防御力は公浩でも攻めきれない程だった。

 公浩は接近戦を仕掛け、小田原は腕などに結界を集中して公浩の攻撃を防ぐ。小田原としては腕に結界を集中して運用しないと公浩の攻撃を防げなくなっていた。


(こいつ! 本当に学生か!?)


 あまりにも戦い慣れしすぎている。数多くの修羅場を潜ってきた小田原をしても、公浩は底知れない強さを感じさせた。

 まず技の多彩さが尋常ではない。体術を主体に小技や幻術を織り混ぜ、さらには符術も使う。

 それら高度な戦術を使いこなす胆力も、とてもではないが学生のそれとは思えなかった。

 だが、公浩からしたら小田原と稲葉山はまだ戦い易い方だ。小技や幻術が意味を成さない『色装』を使用する鶫のような相手よりは、よっぽど楽な相手だった。


(ですが、今の状態の私では簡単には倒しきれませんか。まあ、こちらは足止めさえ出来ればそれで良いんですけど………)


 力を抑えているとはいえ、ここまで対等な戦いをする……それだけで士緒の心は踊った。

 戦いの緊張感には興奮する、テンションが上がる。少年がヒーローに憧れるのにも似た無邪気さが、士緒にはあった。

 戦いが好きなわけではない。楽しくはあるが、それとも違うものがある。

 そういった事よりは、自分の力を見せつけたい……自分の力を誇りたい……両親が残した『天道無楽』は自分をここまで強くしたのだと、そんな俗っぽい理由が強くもある。

 それでも士緒はその我儘を……自己満足の気持ちを持っていたかった。それは人間らしい自分を証明する感情のように思えたから。

『天道無楽』は自分を化け物に変えてはいない。自分は人間なのだという想いが根底にあったから。

 士緒は自分の事を、目の前の心踊る戦いで改めて実感したいのだ。


(しかし、名残惜しいですが、そろそろ終わらせましょうか)


 公浩は小田原と何度も繰り返した近接での攻防に持ち込む。

 小田原も隙あらば反撃を行うが、小田原の結界の顕は防御に特化したものが多い。この距離では反撃の手も限られていた。

 いつもならここで稲葉山の攻撃が決め手になることが多いが、それを見越していたように公浩は早々に稲葉山を倒した。小田原にとっては最も危惧していた展開だが、そこは公浩が一枚上手だったということだ。

 そして今、公浩は小田原の結界を壊すつもりで一撃を放とうとした。

 その時だった。


「やめてくださーーーい!!」


「「――――っ」」


 屋敷の方から聞こえてきた市花の叫び声に反応し、公浩は咄嗟に攻撃を止め、その隙にお互い距離を取る。

 そんな二人の間に割って入って来た市花に二人の視線が集まった。

 公浩と小田原はその姿を見て、あまりの事にぶはっと吹き出した。

 ボヨヨンというのが正しいか。ボンキュボンな市花がとんでもなく際どい水着……いわゆるマイクロビキニを着用して立っているではないか。

 公浩は先程の市花とのギャップと言うか、あまりの着痩せっぷりにしばらく言葉を失っていたが、離れた所でこちらを見ている未来夜と花房、そしてニヤニヤ笑っている着物姿の紗枝を見て我に返った。


「な、なるほど……幻術でしたか」


 小田原に集中していて、さらには浅いかかり方とはいえ自分に幻術をかけるとは、紗枝も中々の腕前だ。幻の内容に問題はあるが。

 姿を誤認させる幻術だったようで、服装以外は本物のようだ。僅かに頬を染め、居たたまれない様子の公浩を、市花は不思議そうに首を傾げて見ている。どうやら本人は自分の有り様を知らないらしい。

 公浩は、自分たちの戦いを止めるという目的は達成したのだからさっさと幻術を解け、という視線を紗枝に送った。


「ええ~~、いいの? 解いちゃって」


「これ以上、佐東さんに恥をかかせないであげてよ」


「黒沼なら自分で解けるでしょ? それをしないということは………」


 断じて他意は無いが、言われてみればその通りだった。どうやら少し混乱していたようだ。

 公浩は自力で幻術を打ち消した。確認すると、市花は先程までの一般的な学生の体型と制服姿に戻っている。


「む……ほんとに自力で解かれるとか。相変わらず黒沼は何でも出来るわね」


「何でもは出来ないよ。出来る事だけさ」


「だから…どこの羽○さんよ」


 公浩と紗枝は小さく笑い合う。二人の様子にムッとした未来夜が「こほんっ!」と大袈裟に咳払いをし、小田原の方へと向き直った。


「小田原さん。見ての通り紗枝は取り戻しました。そして石刀さんからも真実を聞きました。小田原さんの様子を見るに、どういうことかは聞かされてないんでしょう?」


「………どういうことだ」


「あー……それなら、僕の方から説明しますよ。だけどその前に、向こうで稲葉山さんが倒れているから、誰か行ってあげてくれないかな?」


 その言葉に驚きを隠せないのは市花と花房だ。姿が見えないと思っていたら、まさか本当に倒してしまっていたなんて。

 驚きつつ、市花が稲葉山の所へと向かい、公浩が鏡から聞かされていたあれこれを小田原に聞かせた。

 公浩が語ったのは石刀のよりも少しだけ紗枝の父親の内心に触れるものではあったが、やはりニュアンスとしては親バカのやり過ぎた試練といった感じだった。

 小田原と稲葉山に知らせなかったのも、二人が未来夜たちに手心を加えないように配慮したものだと、推測ではあるがフォローしておいたのは公浩の気遣いだ。


「そう………だったのか。一樹(いつき)様にしては厳しすぎる判断を下したと思っていたが、やはりちゃんと考えていらっしゃったか」


 小田原は安心したように小さく顔を綻ばせた。

 小田原なりに今回の事には気を揉んでいたのだ。小田原は紗枝に一瞬だけ視線を送り、次いで未来夜に向き直った。


「私は紗枝お嬢様のお力にはなれなかった。だからこれからは……どうか君がお嬢様のことを守ってくれ」


 小田原は未来夜に深く頭を下げた。未来夜はそんな小田原の想いをしっかりと受け止めた。


「任せてください」


 未来夜の重みを含んだ声を聞き、小田原は頭を上げる。改めて見る未来夜の顔は、自分の知っているものより確実に大人のそれだ。信用に足るものだと確信できた。

 二人はどちらからともなく握手をしていた。

 と、そこに市花と稲葉山が駆け寄って来る。

 軽い説明は済ませたのか、稲葉山からは敵意を感じない。むしろ済まなそうな顔を紗枝に向けている。小田原と同じ想いを抱いているようだ。


「お嬢……その……なんと言うか……」


「稲葉山さんは悪くないわよ。全部、こんな回りくどい事したお父さんが悪いんだから」


 ぷんぷんと怒った様子の紗枝を、未来夜が軽く抱き寄せた。


「親父さんには改めて挨拶に行こう。学校にしろ結婚にしろ、これからの事を擦り合わせる必要もあるだろうしさ」


「け、結婚っ……改めて言われると、その……照れるわね」


 顔を赤くしていく紗枝を見て、未来夜も釣られて顔を赤くし、お互いに顔を背けてしまう。しかしすぐにチラチラとお互いを見て、目が合うとまた逸らすを繰り返した。

 いつの間にか二人だけの空間が出来てしまい、その他の全員はやれやれと距離を置いた。

 そこで、市花が公浩の制服をちょいちょいと引っぱった。


「あの……さっき小田原さんとの戦闘が止まった時、どんな幻を見たんですか? 紗枝ちゃんが絶対に止まるからって、私にやらせたんですけど……具体的な事は聞いてなくて」


「………そういう事は小田原さん(パパ)に聞きなさい」


 その後、紗枝は自分たち以上に顔を真っ赤にした市花にポカポカと殴られ、しばらく顔を伏せたまま話をしてくれなくなったそうな。



           ★



 未来夜たちによる陸道家襲撃の翌日、公浩と紗枝は九良名市に戻って来た。

 紗枝を含めた未来夜たち四人は、石刀が用意してくれた移動用の車の中で夜を明かした。

 公浩はと言うと、亜笠から、自分に黙って鏡に内通したということで、罰として走って帰らされた。車で夜を明かす程の長距離を走ってだ。

 自分は退魔師であってアキレスではないのだが、と亜笠に聞こえるように呟いてみるも、亜笠は一言、「は し れ」と言って電話を切った。

 公浩は律儀にも言う通り走って帰って来たのだが。

 ちなみに、紗枝はやはり安全を考え、しばらく九良名に残る事になった。未来夜は紗枝の実家に呼び出され、あれやこれやと話をするらしい。

 西から流れて来る“鬼”の件を収拾させるのにも本気で取り組むと言っていた。

 五行家としては本気になった(・・・・・・)未来夜という戦力を得られて万々歳なことだろう。

 逆に、帰って来てから翌日の晩、士緒はまだ納得しきれていなかった。


「しかし、()が得たのは僅かなくたびれ儲けだけですか。鏡さんの頼みとは言え、時間を割く価値があったかは微妙ですね」


「まったくっす。若は他人の恋愛よりも自分の恋愛を考える方が先っす」


「そうですね。鶫の事も、もう少し考えるべきでしょう」


「かあーーーっ、これだからドン・ファンは困るっす! 若はもっと身近な所に目を向けるべきなんっすよ!」


「身近? ふむ……梢もなかなか良い事を言うようになりましたね。より身近な仕事こそ、私の恋人ということですか。確かに、今はそれ以外に目を向けるのは控えた方が――――」


「ち~が~う~っす!! もぉっ! なんで分かってくれないんっすか!」


 九良名市で最も高いビルの屋上で梢は地団駄を踏む。

 士緒は理由を理解していなかったが、とりあえず微笑ましく見守った。


「もういいっす! 今回の事はいずれ若の方から謝らせて見せるっすよ。自分はそれを寛大な心で許して、あーんな事やこーんな事に持ち込むっす。今に見ているっす!」


 梢はプイッとそっぽを向いてしまった。何が彼女の機嫌を損ねたのか、士緒は首を傾げるばかりだ。

 士緒と梢、二人のやり取りには緊張感といったものが全く無い。いつも通り、決して油断はしていないが、絶対の自信から来る余裕を湛えている。

 例え二人が立っているのが、この街で最も高い位置にある退魔師協会本部の屋上であっても、その余裕は崩れないと証明していた。


「それにしても……我々は待ち合わせの時、大抵はこうして待つ側ですが、相手方はこちらより遅れて来る事に危惧の念を抱かないのでしょうか。そういった余裕や楽観は私には理解できません」


「同感っす。とてもじゃないっすけど真似できないっすよね」


 待ち合わせの相手が先程までの二人の会話を聞いていたら、鏡を見てみろと言われているところだ。

 弦月の光の下、士緒たちが待っている相手は五郎左の協力者で、士緒が会うのは二度目になる。

 村正と同じで人間の退魔師だが、五郎左の正体とその目的を知った上で協力している。

 初めて会った時は取り込んでいたために話も出来ない状況だったが、ようやく面と向かって話を出来る事になったのだ。

 士緒はそれなりに楽しみにしていた。


「しっかし、退魔師協会本部の警備もザルっすね。若の術式が優秀ってこともあると思うっすけど、こんな簡単に入り込めるなんて、泣けるくらいチョロいっす」


「協会本部と言っても、実体は試験的に置かれただけの情報統合施設です。便宜上ここを経由して各地の報告をまとめたり、指令を出したりしますが、実際は各々の場所にいる幹部との繋ぎですね。本当に偉い人たちはそれぞれ気ままに拠点とする場所がありますから、この建物に特別戦力を集める必要は無いんですよ。まあしかし、他の協会支部よりは厳重なのも確かですが」


「常駐してる退魔師どもも、結構強そうっすもんね。何度か監視に気付かれそうになったっす」


「その“影”による監視はどうですか? 何か気掛かりな事などは」


「うーん……気掛かりって程の事でもないっすけど、最近はなぜか祓魔師(エクソシスト)をチラホラ見るようになったっす。よくある退魔師へのスパイ活動にも思えるんっすけど、それにしては数が多いと言うか………」


「祓魔師が九良名に?」


 退魔師と祓魔師は仲が悪いとまでは行かないが、一応の協力関係もあれば、組織的に競合する相手でもある。

 互いに調査員を送り込んでいることはよくある事だ。

 しかし、九良名は退魔師協会の持つ情報が集まる街。祓魔師といった外の勢力に対してはそれなりに敏感だ。

 そんな協会の目を盗むにしても、強引に入り込むにしても、容易でもなければリスクもある。祓魔師……“教会”か、あるいは“大聖堂(カテドラル)”がそこまでして九良名で得たい情報。

 考えられるとすれば、最近になって九良名に現れるようになった橘花院士緒の事か。

 士緒はIR(イル)として海外の組織にもダメージを与えてきた。そんなIRの情報なら、“大聖堂”が欲しがってもおかしくはない。

 他に上げるとすれば、“悪魔(デーモン)”についてだろう。

 以前、“吸血貴族(ノーブル・ド・ドラキュリオ)”が現れた事や、今もって慎重に調査を進めている“(モルゲンロート)”の首魁……“女帝(カイゼリン)”の情報を協会が手にした事を知り、探っているのかもしれない。

 それら全部ということもありえるが、どちらにしろ士緒にとってはそれほど警戒する事態ではないだろう。


「引き続き街の監視をお願いします。ただし、祓魔師を特別に警戒する必要はありません。今まで通り、広く浅く張り巡らしていてください」


「合点っす」


 それから士緒は夜空を見上げ、月を眺めながら待ち合わせ相手を待つ。九良名市で最も空に近い場所で、月の光に酔っていた。

 それを邪魔する存在に気付くまでは。


「気に入りませんね」


「はい? 何がっすか?」


 士緒が真横に向けてスッと手を上げ、そちらを見ずに指を指した。


「不粋な殺気を向けてくる者がいます。梢、すみませんが捕獲か始末を――――っ!」


 キィンッ――――


 士緒が張っていた結界を破り、こめかみに何かが撃ち込まれた。士緒の首が僅かに(かし)いだ。


「若っ!!」


 梢が駆け寄り、士緒のこめかみを見る。そこから少量流れ落ちた血を見て、士緒本人よりも梢の血の気の方が引いた。

 そんな梢に士緒は笑いかける。


「大丈夫、かすり傷ですよ。それより、姿が確認できないので油断していましたが、かなりの長距離精密射撃のようです。私の結界を越えるほどの威力もあります。こういった事も予測できたのに迂闊に指を指したのは失敗でした。焦った相手に不意を打たれるとは」


 カキンッ!


 再び飛んできた通力の弾丸を、梢がその透き通りそうに白く綺麗な腕を振るって弾き落とす。

 不意打ちでないのなら士緒にも梢にも対処が可能な攻撃だった。


「ここで待っててくださいっす。今すぐに始末(・・)してくるっす」


 怒気を露にした梢が弾丸が飛んできた方向へ向き直るも、士緒が肩にポンと手を置いて梢を押し止めた。


「私が行きます。殺してしまうには――――」


 カキンッ


「惜しい人のようなので」


 またしても士緒へと撃たれた弾丸を弾いた梢の手からは血が滲んでいる。

 士緒は優しく愛おしげに梢の手を取り、治癒の顕で傷を癒した。


「もっとも、梢の綺麗な手を傷付けた代償は支払ってもらいますが」


「~~~~っ!」


 梢は士緒の顔を見て、全身に電流が走ったような感覚を覚える。

 士緒がたまに見せる、笑みの消えた瞬間。ほんの少しだけ漏れでた怒りの表情に、梢の下腹部はキュンと反応した。


「すぐに戻ります。次に攻撃されたら無理せず“影”を使って防いでくださいね」


 士緒はそれだけ言うと屋上から跳躍して隣のビル、そして『虚空踏破』と合わせてあっと言う間に遠くへ行ってしまった。

 梢はその背中をこれ以上無い程の熱い視線で見つめ、そして恍惚とした表情へと変わっていく。


「はわぁ~~~………なんてひどい人なんっすか。お気に入りの下着がダメになったっす」


 梢は屋上の影に移動し、“影”で作り出した下着に履き替えて士緒を待った。                                                         

僕もグラ○る!

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