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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
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第42話 落とし前

 東雲(しののめ)未来夜(みきや)は“鬼”と人間の混血だ。

 まず祖父が鬼だった。そして人間と鬼のハーフである父と、“鬼”である母との間に産まれたのが未来夜だ。

 未来夜は人間のクォーター。四分の三が鬼。

 もはや人間だと胸を張って言えるような存在ではない。むしろ鬼の血の方が濃く、そこに僅かな人間の血が入った状態。

 父親は退治屋(バスター)で、母親は未来夜を産んだ直後から消息不明。

 父親は退治屋の中ですら異端扱いだったが、能力の高さは圧倒的であったため、食うに困る事は無かった。

 しかし、退魔師協会や大聖堂(カテドラル)のような大きな後ろ楯は得られず、何かと苦労が絶えなかったのも事実。

 そんなことから未来夜は半ば意地というか、無理矢理に退魔師を目指している。

 本当は見習いとして退魔師の活動に参加するのも周囲は良い顔をしなかった。

 もっともそれは、退魔師に公式、非公式で協力する鬼の存在や、未来夜の人となりが知れる事で緩和されたが。

 むしろ問題となったのは紗枝の方だ。

 紗枝の抱えていた問題はただ一つ。五行家の令嬢である事。

 近寄りがたい存在であった紗枝を、仲間たちに親しませたのが未来夜だった。

 そんな未来夜と紗枝が恋人になるきっかけとなったのが、未来夜の鬼の力が暴走した事件。紗枝が身を挺することで未来夜に力を抑え込ませたのだ。

 それによって紗枝が怪我をした。ただでさえ忌避して使用を最小限にしていた鬼の力を、未来夜はまったく使わなくなった。

 その状態がしばらく続いた頃、四宮本家への襲撃が起き、五行家が鬼との戦いで矢面に立つ事になる。

 そして今回の騒動だ。

 未来夜は力と向き合う決心をした。今の未来夜はかつて無いほど強い精神力で鬼の力を制御していた。


 パリンッ!!


 耳に心地良い音で砕ける『岩鋼剣(いわはがねのつるぎ)』と『岩鋼剣・発』。砕けるたびに石刀(いわと)はなんとか距離を取って『岩鋼剣』を作り直し、未来夜の異形の手足との激突を数度繰り返すと、また砕け散る。

 状況は目に見えて石刀が押されていた。

 技術も何も用いていない未来夜に石刀が押される理由は、単純に通力の絶対量と出力だ。

 石刀を一般的な人間とするなら、未来夜の力はグリズリーのそれだろう。

 単純なパワーにスピード、反応速度が違いすぎる。

 それは数の暴力と同等の理不尽。石刀も舌打ちを禁じ得ない状況だった。


「ちぃっ! ガキに持たせておくには過ぎた力だ……だがなっ!」


 石刀が右手の『岩鋼剣・発』をあらぬ方向に放り投げる。未来夜はそれを陽動と見て、構わず石刀に異形の手による鋭利な爪を突きだした。

 しかし未来夜のそれは後方からの攻撃によってバランスを崩され、逆に石刀の左手の剣で逆袈裟に斬られた。


「ぐっ!?」


 石刀が投げた『岩鋼剣・発』が未来夜の後方で展開。未来夜の背中に降り注ぐように岩の棘が放たれ、何本かは突き刺さっていた。

 斬られた傷は深くはないが背中の傷と合わせて相当のダメージを負っている。石刀はそれを見逃す男ではなかった。

 怯んだ未来夜の隙を突いて『岩鋼剣・発』を顕し、二刀で斬りかかる。未来夜はそれらを辛うじて捌いていく。


「はっはーっ!! お前みたいな力任せの鬼は何度も相手してきたぜ! てめぇも連中と同じで搦め手に弱いときた! 所詮てめぇは鬼なんだよっ!」


 未来夜はその言葉を受けて少しだけ熱くなる。ただし、それは未来夜を弱くする熱ではなかった。

 未来夜は石刀の攻撃の回避を捨て、己の肉体の強度を信じて全ての攻撃を手でガードする。未来夜の防御力に耐えきれず石刀の剣はまたしても砕け散った。

 未来夜はすかさずカウンターの回し蹴りを石刀の脇腹に叩き込んだ。


「~~~っぐ!!」


 石刀は身体を打ち付けながら畳を跳ねるように転がっていく。

 未来夜は石刀が体勢を立て直す前にそれに追い付き首を掴むと、一帯の畳が跳ね上がる程の衝撃でその場に押さえつけた。


「がっ………は………!」


 石刀のサングラスはどこかへ飛んでおり、体中のチェーンはバラバラになっていた。未来夜はそんな石刀に言う。


「言っただろ。鬼かどうかは関係無いんだよ。いや、もう鬼なら鬼で構わない。その力のお陰で大切な誰かを守り、助けられるなら」


「……ああ? その力とやらで、大切な誰かを傷付けておいてよく言うぜ。げほっ……てめぇは一度力に呑み込まれて、あそこの女を殺しそうになったんだろうがっ」


 石刀は首にかけられている未来夜の手を掴み、通力の顕を発動した。


「『月食み(つきはみ)』!」


「っ!?」


 未来夜の通力がとんでもない勢いで抜けていく。

 未来夜は咄嗟に手を離そうとするも、石刀が両手でしっかりと掴んで離さない。

 脱力感に襲われ片膝を突く未来夜の手を首元から退けて石刀は立ち上がった。


「陸道家の秘伝、『月食み』。シンプルな能力だよなぁ。触れた相手の通力を急激に削り取る。しかも、削りとった通力から任意の量だけ自分の通力を回復もできる」


「くっ!」


 未来夜は力を振り絞って掴まれていない方の手で石刀に爪を振るった。

 石刀はあっさり手を離して距離を取る。


「俺の『月食み』は兄貴の次に強力だからよぉ。数秒でも十分なんだよ。大抵の奴は急激な通力の減少に対応できずに意識が飛んじまうんだがな」


 石刀は露になった三白眼で片膝を突く未来夜を見下ろす。

 未来夜の手足や顔半分の鬼化は戻る様子は無い。

 それもそのはず。普段はこの姿にならないように通力を制御している。鬼の血の方が濃い未来夜にとって、この姿こそが自然なのだ。


「やっぱてめぇは鬼だな。人間なんて下らない生き物とは違う。もっと下らない生き物、人間味に溢れた化け物だ」


 石刀は油断して近付く事はせず、右手の『発』を展開して未来夜へと向けた。


「最後に一回くらいは防いで見せろや」


 石刀は一斉に無数の棘を射出した。

 だが次の瞬間、未来夜を中心に通力の壁が出現し、それを一点にまとめると、咆哮と共に石刀に放った。


「がああああっ!!!」


「っく!!」


 咆哮は水平に伸びる巨大な竜巻となり、前方の『発』による攻撃と石刀自身を巻き込んで吹き飛ばした。

 未来夜の奥の手、『旋哮(せんこう)』。風の顕に通力を混ぜたものと似ているが、根本的な発動のプロセスと、何より威力が違う。

 本来、人間に使うには殺傷力が高すぎる技。しかし体力の落ちた今の未来夜では全力で撃ってもそれほどの威力にはならない。

『発』を防ぎ、なおかつ石刀にもダメージを与えられる技がこれしかなかったから使った。

 これで倒れてくれと願っていたが、そんな簡単にはいかなかった。


「つつつ………効いたぜ。もっと早くに使われてたらヤバかったかもな」

 石刀は『不動障壁』でダメージを軽減しながら『大部屋』の端まで追いやられ、壁に激突する直前に『旋哮』から抜け出したのだ。

 石刀も限界が近い。全身ボロボロの状態で『岩鋼剣・発』を顕そうとするが、上手く発動出来ない。通力には余裕があっても肉体のダメージはいかんともしがたい。

 石刀は仕方なく『岩鋼剣』を一本作り、未来夜の背中に回り込んだ。


「安心しな。微妙なところだが、鬼じゃないって事で命は助けてやる。しばらく飯が食えない体になるのは、こんな騒ぎを起こしちゃしょうがないよなぁ? 落とし前ってやつだ」


 石刀は未来夜に剣を向け、突き立てるために剣を引いた。


「これに懲りたら、二度と俺の前に現れない事だ」


 未来夜は石刀の言葉を受け、薄く笑みを浮かべる。


「………言われなくとも、あんたには二度と会いたくない。これで………決着(けり)だ!」


「なっ!?」


 未来夜は通力不足でろくに動けないはずだった。しかし実際は素早い動きで振り返り、石刀の剣を破壊するだけの力を残していた。

 そしてそのまま未来夜は石刀に拳を打ち出した。

 しかし石刀は即座にバックステップで回避。逆に未来夜の腕を掴んだ。


「残念だったな。てめぇの拳は俺には届かねぇよ」


 石刀は再び『月食み』を発動した。


「………あ?」


『月食み』の手応えが無い。おかしい、確かに未来夜に触れているのに。

 未来夜を見る。だが、一瞬前まであった現実感が薄れている。未来夜とは、こんな笑み(・・・・・)を浮かべる男だったか。

 イタズラが成功した事を喜ぶその顔は……目の前の男は一瞬で糸のようにほどけ、石刀に巻き付いて動きを封じた。


「なっ! 幻術だと!?」


 ぬかった。完全に幻術にはめられている。剣が破壊された直後から石刀が見ていたものは幻だったのだ。

 未来夜の仕業ではない。この高度な幻術は五行家(・・・)のそれだ。


「ミキヤだけで届かないなら、あたしがその間を埋めて見せる」


 幻術は“術”と言いながら、その実体は“顕”だ。幻術という名の顕を最も得手とする一族こそ、五行家だった。


「……一応警戒はしてたつもりだったんだがな。なるほど、ただのお姫様じゃなかったってことか」


 幻の未来夜の笑みは紗枝の笑みだ。幻の出来が甘かったのではなく、石刀をおちょくるためにあえていやらしく笑みを作った。間違うこと無き紗枝のイタズラだったのだ。


「ついでに、俺の通力が回復していたのは、これのお陰だ」


 石刀の正面に立った未来夜が手に持ってヒラヒラさせている物は、石刀にも分かった。


「“真宵符”か………」


 “真宵符”の能力は通力の容量を増す事。そして、増した容量分の通力の生成を体内で一瞬で行う事だ。

 戦闘開始直後に使っても良かったが、通力が多い状態で“真宵符”を使えば未来夜の鬼の力が暴走するリスクが高くなる事も考えられた。

 未来夜は“真宵符”を使用したことが無いため、その感覚は分からなかったが、念のために通力が不足するまで使わなかった。それが奇襲に繋がるとは予想していなかったが。


「今さら二対一が卑怯とか言わないだろう? さて、あんたがこのまま降参するとは思えないからな。はっきり負けたと分かる結果を残してやるよ」


 未来夜は拳に通力を集め、『旋哮』を簡易化した顕を腕にまとわりつかせた。


「もしかしたらしばらくは飯が食えない体になるかもしれないが、しょうがないよな?」


「ちっ……ガキが」


 未来夜と石刀は互いに笑っていた。それぞれ、違う思いを持って。


 未来夜の拳が石刀に打ち込まれた。



           ★



 パチッ


 石刀の目が見開かれた。

 石刀はほとんど半死半生の状態だったが、紗枝と市花が治癒の顕をかけると、数分で意識を取り戻した。いまだ重傷には違いないが。


「は、ははは……負けちまったか。ここまでの大負けは兄貴と(たいら)のオッサン以来だぜ」


 負けたわりには機嫌良さそうに言う石刀。未来夜たちはそれを一瞥すると背を向けて立ち去ろうとする。


「じゃあな。できればサエとの事は無かった事にして、もう俺たちには関わらないでくれ」


「まあ待てよ。東雲未来夜がここに来て嬢ちゃんを連れ戻そうとしたなら、その時には伝えるよう一樹(いつき)のオッサンから言われてんだ」


「え……お父さんから?」


 大の字に倒れたままの石刀に紗枝が振り向いた。続いて未来夜も足を止める。

 石刀はかなり消耗している。声にも最初程の元気は無い。


「『貴様の覚悟は分かった。だが貴様が五行家に婿入りすることは許さん。どうしてもと言うなら、紗枝を嫁にもらって一生を捧げて見せろ』………だとさ」


「おいおい、それってまさか……」


「あの五行一樹が頭を下げて頼んでくるから何かと思えば、まさか桃のお姫様を拐うカメ魔王の役回りとはな。あのオッサンは最初からてめぇの事を買ってたんだよ。だが家としてどうしても譲れない物もあるってこった。てめぇが本気の本気を見せれば、娘との事も認めるつもりだったらしいぜ」


 石刀の言は未来夜たちにとっては衝撃すぎた。

 それは最初から未来夜の覚悟を見るためだけに、こんな大がかりな茶番を仕掛けたという事になる。

 対面的にも親しくすることが難しい五行家と陸道家の婚約話をでっち上げてまでだ。


「ったくよぉ、勘弁してほしいぜ。ガキ共の色恋沙汰に巻き込まれた挙げ句この様とか。これがほんとの馬に蹴られて骨折り損ってやつだな。やー、参った参った」


「ずいぶん楽しそうに言ってるが?」


「まあ、楽しかったからな。最初は一樹のオッサン、兄貴の方に頼みに行ったらしいんだが、兄貴はフリでも婚約はしたくないんだとさ。だから俺にお鉢が回ってきたわけだ。だがまあ、兄貴はお前らに協力するよう手を回すとも言っていた。おおかた外のガードマン二人が足止めされてるのもそのせいだろ?」


 なるほど、公浩は石刀の兄の差し金だったのかと、未来夜たち三人は納得した。紗枝がよく分からなさそうにしているので市花が説明した。


「うそ……小田原さんと稲葉山さんを出し抜いた上に足止めとか………黒沼のやつ、そんなに強かったの?」


「あの二人がいまだに追ってこないところを見ると、まだ戦ってるか、もしかしたら倒しちまってたりしてな」


 未来夜が軽い調子で口にするも、市花と花房はそれを冗談と笑い飛ばせなかった。

 あの男ならやってしまってもおかしくはないと、公浩の存在が僅かに恐ろしく感じられたからだ。

 花房が「だったら……」と少し早口気味に声を発する。


「戦ってるにしろ倒してるにしろ、どちらかがやり過ぎないように早く止めた方がいいだろ。あの様子じゃ、小田原さんも稲葉山さんも紗枝の親父さんから事情を聞いてなさそうだった。仕事に厳しい人たちだから本気の殺し合いになりかねない」


 だからこそ未来夜の覚悟を見るには丁度良い人たちでもあるのだが、公浩を相手にすれば何が起きるか気がかりな点も、全員の認識が共有された。

 石刀をその場に残し、四人は急いで外へと向かった。                                                                      

石刀を描いていると声のイメージが畏れ多くも中村悠一さんか吉野裕行さんばかり脳内再生されてしまいました。ただ、吉野さんの場合、東京のカラス的な陰陽師が連想されるので困りものです。

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