第41話 勇者は叫び、魔王は踊る
未来夜、市花、花房の三人は屋敷の一角……浴室のすぐ横の脱衣場へと落ちた。
残念かつ幸運だったのは、服を脱ぎかけ、または着かけの先客が居なかったことだろうか。
未来夜は臀部をさすりながら立ち上がる。
「いっつ~~~………あの野郎、やる事がいちいちイカれてやがる。なぁにがやって損は無い、だ。高所からの落下でHPが削られたってぇの!」
「だが侵入できたのには違い無い。小田原さんの話では少数ながらも戦闘用員がいるみたいだ。できれば会わずに紗枝の所にたどり着きたいものだが………未来夜、お前愛の力で紗枝の居場所とか分からないのか?」
「お前、頭でも打ったのか? 佐東、こいつの頭から血を抜いてやってくれ」
「冗談はいいから。早く移動しよ」
三人はそそくさとその場を離れた。
上空から見た限り、落ちたのは母屋の端の辺りだ。紗枝の居場所が分からない以上、部屋を総当たりで探していくしかない。
一応は婚約者でもある。それほど酷い扱いは受けてないと思われるが、それでも三人から僅かな焦りを取り払う根拠にはならなかった。
古風な日本家屋だけあって部屋は襖越しに続いている事が多い。襖を素早く、かつ静かに開け放っていく。
そしてとある部屋。襖が数枚の符を張り付けた術式で閉ざされた場所を見つけた。
「怪しいな。どう思う、花房」
「色んな意味で怪しいのには同意だ。紗枝がいるかも知れないし、あるいは………」
「トラップかも………」
……………………
三人をしばらく沈黙が包み込む。
ここまで運良く戦闘は起きなかった。たまに見かける使用人らしき女性は戦闘を行うタイプではなく、お互いにスルーしていた。
だからこそ、これは最初の関門だ。
宝箱か。あるいはミミックか。開けるかどうかの決断は未来夜へと託された。
「………開けるぞ。端からリスクばかりの戦いだ。今さら罠なんかに怖じ気付いてたまるかよ」
市花と花房は文句も言わずに頷いた。その顔は未来夜の変化に対して誇らしさを物語っているようだった。
未来夜は襖に手をかけ、境に張られた符を割いて開け放った。
次の瞬間、三人は巨大な空間にいた。後ろに立っていた市花と花房も、まるで襖に呑み込まれたかのように部屋内に移動している。
そこは和風ではあるが、慣れ親しんだ訓練室と同じ『大部屋』の術式で出来た部屋だった。
「どうやら罠の方だったようだな」
「………すまん」
「謝るな。それに、悲観するばかりでもなさそうだ」
そう言って花房は畳張りの巨大な部屋、その奥を指差した。
そこには人影が二つ。一人は、サングラスに、全身を取り巻くチェーン、わざとダメージを入れた上下の衣服を纏い、ふてぶてしい態度と笑みを浮かべた20代ぐらいの男。
もう一人は、
「サエっ!!」
華やかな色合いの着物を着た紗枝が男の横で椅子に腰掛け、こちらを見てギョッとしていた。
「ミキヤ………」
距離があって気付かなかったが、紗枝の瞳は生気の無いものから一瞬で人間らしい潤いを纏った。
「サエ、帰ろう。俺は決めたんだ。もう“鬼”の血から逃げない……もうお前を俺以上に悩ませないって!」
一歩一歩、強く踏みしめるように近付く未来夜。そこからは、紗枝が流す大粒の涙がよく見えていた。
「お前が好きだ! お前が俺を好きな以上に、俺はお前が好きだ! お前の親父さんと喧嘩してでも、サエが欲しい!!」
紗枝は椅子から勢いよく立ち上がり、涙を拭った。しかし、次から次へと溢れる涙を前に、すぐに拭うのを諦めた。
「バカっ!! なんで来たのよ! 嫌々お父さんの脅しに屈したって言うのに……ミキヤが酷い目にあわないようにしたのに! それなのにミキヤがそれを言うなんて。あたしも! あたしもミキヤの事が好きよ! あんたよりずっとずっと好きよ! あたしの好きを舐めんなっ!!」
紗枝は息が乱れる程に叫んだ。
未来夜は言葉を放ち、言葉を受ける度に重みを帯びる一歩を踏み締めていく。その重みを笑顔で受け入れながら。
未来夜は紗枝の真正面で止まり、しっかりと見据えた。
「昨日に比べて気持ち悪いぐらい素直じゃねぇかよ。最初からそう言ってろってーの」
「今のあんたが昨日より格好いいのがいけないのよ」
もはやこの『大部屋』も、二人だけの空間と時間を演出する舞台でしかないかのようだ。
しかしそんな舞台にヤジを飛ばす男も、また舞台上にいた。
「はいはい。安っぽい上にありきたりで薄っぺらなメロドラマは終わりましたかー?」
ブンッという風切り音を生み出した無骨な石の剣を踏み切りの遮断機のように振り下ろし、二人の間に割って入らせた男は実に不機嫌そうに喋りだした。
未来夜の視線は渋々ながらも紗枝からその男に移った。
「あんたは?」
男はいやらしく口端を吊り上げ、石剣を肩に担いだ。肩にかかっているチェーンがチャリッと音をたてる。
「この女の婚約者様だよ。おいガキ……人の女をぶん盗ろうってんなら、それなりの流儀ってものがあんだよ。まずはそれを通してもらわねぇとな」
「あんたが陸道石刀か。なるほど、流儀か。あんたの言う流儀ってのは………これかっ!」
未来夜は石刀を思いっきりぶん殴った。
石刀は石剣でそれをガードするも、畳を削りながら体勢を崩さず後方へとスライドしていく。
そして止まった時、石刀の顔は上機嫌のそれになっていた。
「いいねぇー! 分かりやすくて実にいい! そうだよそう来なくっちゃそういうの待ってたんだよ!! うすら寒くて鳥肌が立つメロドラマなんかよりこっちの方が断然燃えるだろうが!!」
石刀の空いてる方の手のひらに、拳大の石の塊が作り出され、石刀が握りこむと石剣へと姿を変えた。
左手に元々持っていたのは『光剣』より修得が難しい、土系統における『光剣』の上位互換、『岩鋼剣』。新たに作り出した石刀のそれはさらに高度な顕、鋭利な棘のような石が無数に連なって剣の形をなしている『岩鋼剣・発』というものだ。
石刀が今からまさに『発』の能力を見せようとした、その時。
「っ!?」
ガキンッ!
綺麗な白木拵えの刀と石刀の無骨な石剣が打ち合わされた。
石刀は背後を見ずに右手の『岩鋼剣・発』だけを合わせて防いだ。刀を振るったのは、佐東市花だった。
「東雲くん! 土系統の『発』を相手に距離を置いて固まっちゃダメ! とにかく接近戦で片を付けて!」
言われてすぐに未来夜は石刀に接近し、通力で強化した拳で殴りかかった。
石刀は左手の『岩鋼剣』で払う。その間にも石刀は市花との剣戟を片手で繰り広げている。
「この人っ、強い!」
「はっはー! やるな嬢ちゃん!」
佐東家は古くから剣術を駆使する退魔師として名が知れている。特に居合いの速さと威力は他の追随を許さないとまで言われる程だ。
市花はその家で二人の兄を越える逸材と言われてきた。その市花の剣が片手で捌かれていた。
「それなら………!」
市花はわざと剣戟に隙を作り、石刀に反撃をさせた。それを身体を横にひねって紙一重で回避。身体をひねると同時に左手の鞘に刀を納めた。
攻撃をスカされた石刀が次の攻撃と防御に移るまでの一瞬の間を市花が見極め、居合いの構えをとる。
「!」
危険を感じ取った石刀は未来夜へと向けていた『岩鋼剣』を市子に差し向けようとする。しかし未来夜がその腕を捕まえ、抱きつくようにして体の動きも封じた。
速さを引き上げる技である『虚影の太刀』を佐東家が独自に改良した秘伝技、『虚影無相』。
間合いで放たれれば速すぎて回避も出来ず、重く鋭すぎて防御も出来ないとさえ言われている技。ただし、今回は威力を斬撃ではなく打撃に切り替えているため、本来より間合いが近い。斬撃で行えば未来夜ごと真っ二つにしてしまうことからの峰打ちのようなものだ。
それを石刀に向かって放つ直前のこと。市花の手は振り抜かれる前に止められた。
「な!?」
石刀の足が市花の白木拵えの刀の柄を押さえている。
「悪ぃなぁ。脚が長くてよぉ」
市花が即座に石刀の足を退かし、もう一度構えをとった時にはもう遅い。石刀の右手の『岩鋼剣・発』が無数の棘に分離し、市花と石刀との間に展開されていた。
それらは市花の方へと向き、一斉に襲い掛かった。
「ぅあっ!!」
『不動障壁』でダメージを殺すも、躱す術も無く市花は石弾に押し出され距離を開けさせられる。
いくつかは砕け、いくつかは咄嗟に急所を遮った腕や脚、腹部に突き刺さった。
「嬢ちゃん佐東家の人間か。だが、人を殺す気で斬った事ないだろ。だからそんな迷いが生まれて剣が鈍るんだ……って、いつまでひっついてやがる気色悪ぃ!」
「うおっ!」
石刀は左手の剣を逆手に持ち、背中にコアラのようにくっついていた未来夜に突き刺そうとする。未来夜はすぐに離れて回避した。
その時には石刀の右手には既に『岩鋼剣・発』が握られている。しかも、互いの距離がある程度開いての状態でだ。
『発』は展開に溜めの瞬間が出来る。だから接近して絶え間無く攻撃していれば、距離的にもタイミング的にも使うことが出来ない。
しかし、その距離が開いた。未来夜たちにとっては辛い状況だ。
もし二人がかりで、片方が『発』を受け、片方が接近出来たとしても、石刀は接近戦にも対応できる。
ロングレンジとミドルレンジで隙が無いというのはそれほどまでに厄介なのだ。
花房は市花のフォローに入り、背中に市花を庇う形になった。
「やれそうか?」
「なんとか。でも、足を引っ張る事になると思う」
市花はふらふらと立ち上がる。その姿を見るに、もう先程までの動きは出来ないだろう。
「佐東は休んでろ。俺が代わる」
「でも花房くん、加減は練習中でしょ? 東雲くんも巻き込んじゃうよ」
花房の顕は広範囲に影響を及ぼすものが多い。敵の数が多く、かつ混戦でなければ、かなり有用な男だ。
「あいつの援護くらいなら出来る。それに俺が全力で範囲攻撃かましても、死ぬようなヤツはこの部屋には俺ぐらいのもんだ」
花房が通力を練り上げ、顕を発動しようとした。そこに、未来夜が石刀との間に体を挟みこんだ。
「花房はサエと佐東を守っててくれ。後は俺がやる」
「………アレをやるのか? 一応は信じてるが、万が一にも暴走はしないでくれよ? 俺一人でお前から紗枝と佐東を守りきるなんてできねぇからな」
「分かってるよ」
花房は市花を支えながら未来夜から離れ、遠巻きに戦いを見ていた紗枝の所へと移動した。
「はっ、ようやく本性を見せるのかガキぃ。言っとくがな、俺は鬼には容赦しないぜ?」
石刀は左手の剣で肩のチェーンを叩いてチャリチャリと音を鳴らした。
石刀の顔には獰猛な笑みが張り付いている。
「もう俺は………鬼じゃない!!」
「――――っ!!」
パリンッ!!
小気味良い音の正体は、石刀が防御のためにクロスさせた左右の剣がほぼ同時に砕けた音だった。
石刀は僅かに空中に浮き上がり、後方へと押し込まれる。
しかし、未来夜はそのさらに後方にいた。肘から先の腕は人間のものとは明らかに違う刺々しいものに変わり、足もまた腕と同じで、靴を破裂させる程の大きさと形になっていた。
手足だけを見ればファンタジーに登場するドラゴンのそれを思わせるが、異様なのはその顔。左半分が正しく鬼のそれへと変わっていた。
「本物の鬼以上に鬼らしいその姿で、自分が人間のつもりなのか、ええ? 混ざり者よお」
「俺は東雲未来夜であればそれでいい。鬼でもなければ人間でもない……そんな俺を好きだと言ってくれる女がいてくれるからな!!」
未来夜の声は『大部屋』全体をびりびりと震えさせた。
最もその震えを受けたのは石刀だった。
「ははははは!! いい啖呵だ! だが俺は童話の勇者や漫画の主人公みたいな奴を見ると虫酸が走るタイプの人間でね。お姫様の前で王子様をズタボロにしてやるぜ!!」
石刀の両手には『岩鋼剣』と『岩鋼剣・発』が顕れ、準備は完了。
一秒後には戦闘が開始された。




