第40話 カチコミ幇助で城落とし
紗枝が九良名市を離れ、陸道家の所有する山にドンと建つ屋敷に連れて行かれてから5時間が経過していた。
それは未来夜たちが護衛の女性―――仲間内ではコノエさんと呼ばれている―――に居場所を聞き、彼女の手引きで紗枝の所まで案内してもらってから経過した時間でもある。
山を削って、まるで城のように佇むその武家屋敷の周囲をぐるっと回り、侵入する隙がないか探っている内に、既に辺りは真っ暗だった。
最初、一応は門から堂々と声をかけたのだ。紗枝に会いたいので取り次いでくれと。
言うまでも無いが門前払いだった。それにこちらが来た事を知っている以上、周囲を探っていることもとっくにバレているはずだ。
未来夜たち三人は顔を突き合わせ、どう潜入するかを相談していた。
「どうするか………丁度夜になったし、このまま闇に紛れて侵入するか?」
と、未来夜が言えば、
「ダメだよ。私たちがこの辺をうろついてるのはバレてるだろうし、中に入った瞬間に取り囲まれると思う」
と、市花が返し、
「一度出直した方がいいんじゃないか? 明日にでも、今度はこっそり隙を窺うってのは」
と、花房が提案する。
門前払いを受けた時も似たやり取りがあった。
「それこそダメだろ。どうせ俺らがまた来ることは分かってんだ。鬱陶しさに排除されるか、さもなくば結婚とやらが早まるだけかもしれない。助けるなら早い方がいい」
「でも、今この状況じゃ打つ手が無いのも事実だよ。いっそコノエさんの力を貸してもらうっていうのは?」
「止めとけ。あの人にこれ以上迷惑をかけたくない。ただでさえ立場が危うい人なんだからな」
…………………
屋敷の周囲の木々に隠れるように相談していた三人を沈黙が支配する。
何か策が無いか……それぞれが考えていた、その時だった。
「お困りのようだね」
木の影から人の良さそうな笑みを浮かべて現れたのは、昨日駅前で未来夜をあしらった男……黒沼公浩だ。どういう人間かはコノエから軽く聞いていた。
「また邪魔しに来たのか。言っとくが、俺はもう決めたんだ。昨日のようにはいかないって事を、この場で見せてやろうか?」
未来夜が構え、そこからゆらゆらと通力が漏れ出す。市花と花房は未来夜から少し離れ、公浩に向き直った。
「誤解しないでよ。今回は味方だから」
公浩は両手を挙げて見せる。
だが未来夜たちの訝しげと言うか、敵意のこもった視線はそのままだった。
「念のために聞くけど、君たちは犯罪を犯すっていう自覚はあるかい?」
「ふん。陸道の邸宅に乗り込んで、五行が駆けつけるとも思えないがな」
「なるほど、違いないね」
公浩からはクスッと笑いが漏れる。未来夜は構えたままだが、公浩の不敵な態度に少しだけ違和感を感じていた。
「なんにせよ、君たちは一刻も早く五行さんを連れ出したいんだろう? なら、僕に手が無いわけでもない」
「……………」
「聞きたくないかい?」
未来夜は公浩の真意を探ろうとする。
しかし、まだ会って間もない男。おまけに第一印象は最悪。
未来夜が公浩を測りかねていると、やせ形の男……花房が一歩前に出た。
「聞かせてくれ」
「……おい、花房」
「どっち道、手詰まりだ。俺たちを騙す意味も無いだろうしな」
「………分かったよ。だがあんた…黒沼とか言ったか。あんたはなんで俺たちに協力する。それだけは聞いておきたい」
公浩は遠くを見るように、いや、実際に屋敷の方を見ながら答えた。
「君は、五行家秘伝の漬け物を食べた事があるかい?」
「は?」
急に何の話をと思ったが、見ると公浩の目は優しげで、かつ真っ直ぐだった。
「僕の物より美味しいそうなんだよ。彼女の性格からして、陸道家で五行家の秘伝を披露するとは考えにくいからね。だから、今お嫁に行かれると非常に困った事になる。僕が食べられなくなるかもしれないだろう?」
「…………本気で言ってるのか?」
自分で聞いておいて、未来夜自身が一番信じていない。だが、不思議と馬鹿にされているとは思わなかった。
「もちろん本気だよ。それに、短い時間ではあるけど……僕は彼女を友達だと思っているからね。友達には幸せになってほしいじゃないか。もっとも、君が彼女を幸せに出来るかは知った事じゃないけど」
「……言ってくれるじゃねぇか。見てろよ。手始めに俺がサエを救いだしてやる」
未来夜にも自然と笑みが浮かぶ。
通じるものがあったのか、どこか楽しげであった。
「なら、善は急げだね。さっそく乗り込むとしようか」
公浩がさっさと歩きだそうとしたところに、待ったの声がかかる。
「え……どうするんですか?」
市花がもっともな疑問を口にする。
公浩がにこやかな顔で振り返り、さも当然とばかりに言った。
「もちろん、正面から堂々と入るのさ」
「「「………………はあ!?」」」
三人の驚愕の声が見事にシンクロした。その間にも公浩は正面の門へと歩いていってしまう。
三人は仕方なくも後に続く。
「どこから侵入しても同じなら、あえて敵の強固な部分を叩く。そこがもっとも隙になりやすいからね」
「いや…でも…理屈はそうかもしれないですけど、実際にどうやって? 門には結界が張られていますし、コノエさんの話ではあと一週間は門は開かないって………」
「門に使われているのは結界術式みたいだからね。結界の術式は基本的に顕として使うより性能が数段落ちる。付け入る隙は十分にあるよ」
そう言っている内に門の前に着いた。
数秒、立派な構えの門を見上げる公浩に未来夜が「こほん」と咳払いをする。
「それで? この後どうする?」
「そうだなぁ………とりあえず十秒待とうか」
三人は言われるままに十秒待った。
そして十秒後、三人は公浩が何をするのかに思い至った。
公浩の通力がとんでもない勢いで跳ね上がり、強風となって舞っていたからだ。
「おまっ!! まさか……!」
未来夜が驚きのあまり言葉を詰まらせている間も、公浩は半身で構えを取り、いつでも一撃を放てる準備を整えた。
「これは本来なら君の役目だ。だけどこんな所で本気を出して後でバテられても面白くないしね。まさかと思うけど、今さら怖じ気付いたわけじゃないだろうね?」
「………ちっ、わかったよ! さっさとやってくれ!」
公浩はその言葉に口端を上げ、通力を一気に右手に集束した。
「離れてなよ三人とも!」
公浩は踏み込み、門に拳をぶち当てる。
瞬間、轟音と同時に門がまるごと吹き飛んだ。特大の通力を込めた拳が城のような構えの門を粉々にしていた。
公浩は後ろに控えていた三人に目を向ける。三人はそれぞれ驚いた顔だ。公浩の能力に対してのものと、陸道家の門を躊躇いも無く破壊して見せた事に対しての驚きだった。
「さあ、すぐに人が集まってくる。その前に少しでも奥に入り込むとしようか」
公浩が率先して中に入って行くので、三人もそれに早足で追い付いて中に入る。その時だった。
「その心配は無用だ」
公浩を先頭にした四人は正面の広い空間から声をかけられた。
見ると、遠くに建つ屋敷とのちょうど中間に二人のスーツ姿の男が立っている。そのせいか、屋敷との距離がさらに遠くに感じられた。
「現在この屋敷には最低限の使用人を残して人がいない。そのほとんども非戦闘員で、戦闘を行えるのは数名だ。我々は後者だが」
一人は平均的な背丈と体格をした30代くらいの男。もう一人は2メートル程の巨漢で顔も厳つい印象を受ける。二人ともコノエと同じ黒いグローブを付けていた。
その二人を見て反応を示したのは未来夜たち三人だ。
「小田原さん、稲葉山さん。まさか陸道の人間じゃなく、五行家の護衛であるあんたらが出てくるなんてな」
五行家の小田原と稲葉山と言えば古くから五行家に仕える忠臣として有名だ。
特に防御力においては双璧をなす存在。防衛や時間稼ぎなら他の追随を許さないだろう。
今回、最も相手にしたくない二人だ。
「その防御力故に時の五行家当主から戦国の名城、小田原と稲葉山の名前を授かった家の末裔。特に小田原は彼の上杉謙信ですら落とせないと言わしめた天下の名城………面白いですね。三人とも、ここは僕が引き受けるから、なんとか突破してみて。ちゃんと隙は作るからさ」
公浩の言葉を未来夜たち三人は話半分に聞いた。
まず無理だと思った。
未来夜たちはこの二人の強さをよく知っている。
結界の顕を駆使する小田原。単純な肉体強化が四宮家の『色装』に匹敵する稲葉山。
この二人を同時に相手にして、味方一人を残しただけで後はすり抜けられるかなんて、土台無理な話と切って捨てるところだ。
ここは全員で戦って、倒してから突破するしかない。三人はそう考えていた。
しかし公浩は自信満々に前に進み出る。
確かに公浩は底知れない何かを感じさせる男だが、いや……でも……まさか、と三人の心は訴えていた。
「さっきから喋っている方、中肉中背の人が小田原さんだよね? なら僕を信じて、5秒後に小田原さんの方から回って屋敷に乗り込むんだ。やって損は無いことを保証するよ」
未来夜たちは目を見合わせ、そして頷いた。
どの道あの二人を相手にすれば消耗戦は避けられない。なら一度くらい、公浩に賭けても良いかもしれない。
「それと、東雲君にはこれを。“真宵符”だよ。高性能だけど、明日の筋肉痛は覚悟してね」
公浩が正臣に頼んで用意してもらったものだ。未来夜はそれを黙って受け取り、ポケットにしまった。
「僕がゼロを唱えたら走って」
公浩が5から始め、数字を少なくしていく。
三人はいつでも地面を蹴りだせるように腰を沈め、足に力を込めた。
「……2……1……0!」
バッと未来夜たちが、向かって左回りに走り出す。小田原は腕を一振り、真横に線を引くように動かした。炎の壁が一瞬で伸びる。
『火界』。炎の顕を軸にした物理結界だ。
三人が止まりかけたその瞬間、公浩が三人を追い抜き、顕を発動した。
「『五行相剋・水気』」
公浩の手からバレーボール程の水の塊が炎の結界に当たり、ジュウッという音と共に結界の一部に2、3人が横に並んで通れそうな穴が空いた。
『五行相剋・水気』。炎系の顕を打ち消す事だけに特化したカウンター技だ。
「水気は火気を喰らいけり。五行相剋は基本ですよね」
公浩の軽口を無視し、いつの間にか稲葉山が公浩に肉薄していた。
公浩も構えるが、稲葉山はそれをも無視。大柄な体型からは想像も出来ない程の軽い身のこなしで公浩を飛び越え、未来夜たちへと接近。そのまま拳を振り抜かんとしていた。
しかし、公浩が直前にその場で地面に思いっきり足を踏みこんだ。震脚による小さな揺れが周りに広がり、その波が未来夜たちに届いた時、三人は宙高く飛び上がっていた。
「うおっ!?」
「ひゃあっ!?」
「っ!?」
三人は体勢を崩した状態で、結界のはるか上方から屋敷へと弧を描いて飛んで行く。
「『踏鳴』か!」
小田原の驚きに満ちた声が聞こえなくなる程の距離まで飛ばされ、屋敷の一角の屋根を突き破り、三人は侵入に成功していた。
しかし小田原と稲葉山はプロだった。侵入を許してしまったが、目の前の敵がそれを追うことを許してくれないだろうことは理解していた。
双方の立場はこの時には逆転していたのだ。
「この状況があなた方の主人に当てはまれば、間違うことなき失敗……敗北です。お二人のお名前……名誉は返上ですね」
ニコニコと勝ち誇った顔を見せる公浩に、小田原は屈辱から歯をギリッと音を立てて食いしばる。稲葉山は相変わらず無口でポーカーフェイスだが、内心は小田原と同じだろう。
「さて、ここからがお二人の本当のお仕事ですよ。彼が片を付けるまで、僕をここに足止めするというね。でないとこの茶番劇がイージーモードになってしまいますから。お二人とも、流石に足止めくらいは出来ますよね?」
あくまで嫌味ったらしく話す公浩。
小田原も稲葉山も逸る自分を無理矢理に押さえつけて公浩に対峙する。
「さっさと倒して未来夜君たちを追うぞ稲葉山」
「了解です」
足止めという考えは毛頭無い。
仕事の達成のためには時として守りだけでは終わらない事も、二人は十分に理解していた。
「………ちょっと調子に乗りすぎてしまいましたかね。出来ればお手柔らかにお願いします」
「聞けん、なっ!」
「ぬんっ!」
小田原と稲葉山の攻撃から、その戦闘は始まった。
★
あたしとミキヤが出会ったのは一年前、高校に入学してしばらくした頃だ。
最初に見た時は、斜に構えたチンピラ程度の印象しか持たなかった。
それが変わったのは、見習い退魔師としての活動中、鬼の調伏に失敗して仲間の退魔師に怪我をさせてしまった時。同じく退魔師として活動をしていたミキヤが、あたしの反省が足りないと本気で怒ってきた事がきっかけだった。
ただ五行家というだけで敬遠され、仕事で強く言われた事の無いあたしにとっては新鮮な経験でもあった。
あらゆる事が簡単で退屈な人生にひねた感性を持ち始めていた時期に現れた新しい刺激に、コロッとやられてしまったのだ。
なんの事はない。斜に構えていたのはあたしの方で、なによりチョロい女だっただけの事。
あたしはそれから自然な感じにミキヤと一緒の時間を増やし、怒られたり喧嘩したり、ミキヤを通じて市花と花房にも出会った。
市花とは………まあ恋敵としての出会いだったけど、今では親友だ。
最終的にはあたしがミキヤに告白して、ミキヤがそれを受け入れた。
ミキヤの事情を知っていたお父さんは良い顔はしなかったけど、それでもこれまでは何事も無く済んでいた。
それが今はこれだ。陸道家のお屋敷の一室で綺麗な着物を着付けられている。
使用人の女性曰く、将来の旦那に見せるためのおめかし的なニュアンスで説明された。
付き合って半年弱で、何故こんな事になってしまったのか。あたしが何をしたと言うのか。
………いや、今まで家の威光に甘え、にも関わらずそれを煙たがって勝手な生き方をしてきた自分への罰と思えば、納得できてしまう。
しかし、それでも気持ちとしてはミキヤの言う通り、自棄を起こしたい気分だ。
「絶対に不倫してやる。子供はミキヤの子を産んでやるんだから」
未来夜は人妻の自分でも受け入れてくれるか。それが紗枝の最大の心配事だった。




