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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
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第38話 少女は政略の波に呑まれるか

 梢が根城にしているマンションの一室。術式が設置されている以外何も無い部屋に、梢は転移した。

 部屋を出てすぐのリビングには、士緒が先に待っていた。ソファに座ればいいのに、何故か立ったままでだ。


「おかえりなさい梢。どうでしたか?」


 どう、とは考えるまでもなく仁科源造の事だ。

 仁科源造は梢にとって最も分かりやすい復讐相手だった。それを討った気分はどうかと聞いているのだ。


「サイコーにスッキリしたっす。これからは若に尽くす事だけに集中できるっすよ」


 とても良い笑顔を士緒に向ける。偽らざる本音そのもの。梢は目的の一つを達成したのだ。

 しかし士緒はと言うと、いつもの笑顔に陰りが見える。それどころか、士緒の顔から表情が消えた。


「梢……貴女は復讐を遂げました。過去を精算して、もう自由に生きられます。このまま我々に付き合う義理もありません。口調も昔に戻して、普通の生活を望む事も………」


 そう言っている士緒は辛そうだった。

 梢にも分かる。士緒が梢との別れを望んでいないことが。その上で、辛さを押さえつけてでも梢の意志を尊重してくれようとしている。

 それが、梢にはどうしようもないくらい嬉しかった。

 梢は士緒に近付き、背中に手を回してギュッと抱き締めた。


「若……あなたに一生仕える事を、どうか許してください。いまさらお側を離れるなんて、考えたくもありません」


 士緒の肩に顔を埋めてしゃべり、そして、すんすんと士緒の匂いを取り込んだ。


「ふふっ、もぉー、台無しっす。他の女の匂いがこびりついてるっすよ」


 笑って言う梢。士緒も釣られるように笑みを浮かべ、「着替えたはずなんですが」と言いながら梢をギュッと抱き締め返した。


「梢。これからも、頼りにしています」


「任せてくださいっす」


 二人はしばらく、お互いの体温をその身で感じ合った。



           ★



「おいジェーン。例の封印石では、まだ動きは無いのか?」


「今のところは、なんとも」


 学園長室で書類を片付けながら亜笠はジェーンに聞いた。それは以前の士緒との取引で教えた神野悪五郎の封印場所の一つについてだ。


「まだ動かないか。何を考えている。あいつなら石を護っている退魔師たちくらい、簡単に蹴散らせそうなもんだがな」


 あの取引からもう一ヶ月。準備に時間をかけているのか、それとも別の理由があるのか。どちらにしろ、亜笠としては気が気でない思いだった。


「指示通り、他の封印石はあえて警備をそのままにしています。何かが起きたとの報告も上がっていません」


 ここで目に見えて封印の警備を強化すれば、そこに何かあると教えるようなものだと、亜笠の指示で平常運行だ。

 もちろん、封印に関するアイディアと手段は仁科黎明が考えたもので、見破られる可能性は低いだろうと思っている。

 封印の一つが壊される事も、思惑通りと言えなくもない。もっとも、それでもリスクを伴うことではあるが。


「“禍神(まがつかみ)”の方は大丈夫なんだろうな? 最悪あれさえ守れれば神野は諦めていい」


「承知していますよ。理事長もそう仰っていましたし。しかし……そうなると少し変だと思いませんか?」


「あん? 何がだ」


「“禍神”の封印は複雑にして強固。十人単位でも、とても破れるような代物ではありません。ですが、危険度では圧倒的に下回る神野悪五郎の封印の方がより複雑で手が込んでいます。何より、神野悪五郎………私的にはどうしても封印が必要な存在とは思えないのが本音です」


 亜笠は書類の判子を押し終えてぐ~~~っと伸びをする。長くもなく短くもない髪をサッと払い、ジェーンに向き直る。


「どちらの封印も元々古くからあった。それを今の、より強固な形に作り直したのは理事長だ。何かあたしたちの知らない理由や考えがあるんだろうよ」


「……ですかね」


「まあ、あの爺さんも大概秘密主義だからな。なまじ歳くってるせいで、あたしらはいつまで経っても子供扱いだ」


「ええ、まあ……そうなんですよね」


 ジェーンは肩を越えたぐらいにある金色の髪の毛先を見ながらくるくると弄りだした。

 亜笠は色恋には疎い方だが、ことジェーンに関しては付き合いの長さもあって感付いていた。


「お前の趣味があの爺さんだって言うなら、あたしはせいぜい応援してやるよ。ちなみに、理事長はもう少し長い髪が好みだそうだ」


 亜笠は頬杖を突いてニヤニヤとジェーンを眺める。ジェーンはみるみる顔を赤くしていく。


「ち、ちが、違います!! 何度も言ってるように、私はそんなんじゃ……ほ、ほら! 追加の仕事です!」


 ドサッと置かれた書類で亜笠の顔が隠れた。ついでにジェーンの真っ赤に染まった頬も見えなくなった。


「お、おまっ……また何処から出した!? さては『大部屋』使ってやがるな!?」


「今日中に片付けてください! できなければ学園長が私に隠れて学園に持ち込んだお酒、全部処分しますから! マサキ先生の所に隠してるのは分かってるんですからね!」


「なに!? そ、それだけは~!」


 その日、亜笠は冷やかしの代償を支払わされた。

 酒は処分された。



           ★



 九良名学園第三校の敷地は広い。

 校舎は大きなものが二つ。校舎の半分程の大きさの部室棟が二つ。体育館が二つ。体育館ほどの学食が一つ。風紀委員寮が隣り合わせで男女一つずつ。グラウンドが普通のものと競技用の二つ。敷地の外れにある生徒会の役員寮も入れればかなりの広さになる。

 公浩は風紀委員になってからはパトロールの名目で敷地のあらゆる場所を探っていた。

 縁の言葉を信じるなら、どこかに神野悪五郎とは別の封印があるはずだ。あわよくば神野悪五郎の封印でも見つかればとも思っていたが、以前に縁から受け取った封印場所を確認してみたところ、三メートルを超える大きさの岩を封印の核としていた。封印が全て同じ形とは限らないが、少なくとも学園からはそういった核になり得る何かしらは発見できなかった。

 街の中は梢が探しているが、今のところ何も見つかってはいない。

 士緒も、学園の敷地はもういいだろうと考え始めたそんな時、それは見つかった。


(ようやく、手掛かりでしょうか)


 放課後、風紀委員寮の裏にある大木に術式が描かれているのを発見した。

 士緒が見た限り、かなり特殊で高度な術式だ。

 詳しく分析してみれば封印の術式かどうか分かるのだが、まさか木を削って調べるわけにもいかない。

 もし、神野悪五郎ではない未知数の何かの封印だった場合、迂闊に手を出したくはないからだ。


(ふむ。この木を封印の核にして………いえ、斑鳩さんの言い方から察するに、もう一つの封印は最悪の事態という事ですし、術式がこれだけということはまず考えられません)


 おそらく神野悪五郎と同様に複数の術式で封印を安定させているのだろう。

 神野悪五郎より強大な何かの封印なら、いくら高度なものでも、こんな木にポツンと術式を一つ描いて終わりなんてあり得ない。


(偶然見つけた事にして近々学園長にでも聞いてみますか)


 とりあえず、こまめに来て少しずつでも術式を調べてみることにした。そして公浩がその場を離れようとしたその時、木を挟んだ向こう側に人の気配を感じた。こちらに近付いて………木を背に座ったようだ。


「はぁ………」


 女の声……ため息が聞こえてきた。

 公浩は木の後ろから姿を現し、女の横に立った。


「何かお悩みですか?」


 公浩は自然に声をかけた。

 相手は学生のようだが、九良名学園の制服ではない。

 女生徒は公浩を見て少し驚いた様子を見せるも、すぐに体育座りになって口元を膝に埋めてしまう。


「ほっといて。静かに落ち込ませて」


「そういうわけにもいきません。これでも風紀委員ですから、九良名学園の敷地内で見かけた他校の生徒をそのままにはできないんですよ」


 公浩は肩に付けられた腕章を見せる。女生徒は目線だけそれに向けると、興味無さそうにすぐに逸らした。


「明日からここの生徒よ。急な決定だったから、連絡が行ってないのかも」


 言うと女生徒は膝に顔を埋めた。肩まで伸びた茶色の髪の毛が横顔を隠す。


「急な決定ですか………分かりました。では、何故ここに? ここは見ての通り風紀委員の寮です。そうそう用がある場所ではないと思うんですが」


「あたしも明日から風紀委員だから、ここに住むの。今荷物を運んでもらってる」


 風紀委員に連絡が行き渡らないほどの急な決定。さすがに亜笠は把握しているだろうが、少なくとも昨晩の内には引っ越しが始まって、今朝になって事後承諾といったところだろう。

 そんな特殊なケースがまかり通る人間はそうそういるものではない。亜笠を相手にしたのであれば特にだ。

 この一見普通の女生徒が、かなりの重要人物という事だろうか。


「念のため、学年と名前を聞かせてもらいましょう」


 女生徒は顔を埋めたまま、言いたくないのか「……二年の」と言って切り、やはり言いにくそうに続けた。


五行(ごぎょう)………紗枝(さえ)


「……なるほどね」


 五行家。言わずと知れた“六家”の一つだった。



           ★



 五行家。主に国家権力……警察関係を掌握している。

 警察内で“鬼”に対抗する組織を秘密裏に動かし、大抵の場合は“社”と連携して事にあたる。

 陸道家とはうまく折り合いをつけているようで、組織的な対立は殆ど無い。

 また、五行家は表の権勢が強い事もあり、退魔師同士の権力争いにはあまり関わらない。と言っても、五行家が他の“六家”に遅れを取っているというわけでもないが。

 むしろ、“社”がカバーしきれない一般で起きる“鬼”の事案に際し、初動を行うのは五行家の仕事だ。退魔師としても権力は磐石と言えよう。

 そんな五行家の人間である紗枝が急遽、学園に転校してきた理由に、士緒は少なからず心当たりがあった。

 それは、“真ノ悪”の活動の余波を受けての事だろう。

 それについてを、紗枝が公浩に語りだした。


「五行家は決して武闘派の家柄じゃない。五行の本家にとって、四宮家は西側の鬼たちに対する防波堤と言うか蓋と言うか、そんな役割をしていた。でも四宮家があんな事になってからは、流れてきた鬼……最近は特に多いらしくて、小物から大きな勢力まで、その影響をもろに受ける事になった。あたしは本家の次女なんだけど、お父さんが私を遠ざけようとここに送ったわけ」


 西の鬼が流れてきたのは“真ノ悪”が裏で扇動のような事をしているからだ。紗枝がそれを知る由もないが、薄々はこれまでと様子が違うことに気付いているようだ。


「この街だって、今は色々ときな臭いらしいけど、今の本家よりは安全だろうって判断したみたい………なーんて、そんな風にお父さんには言われたけど、実際はただの政略よ、せ い りゃ く。あたしをこの街に受け入れる条件みたいに言って、実際は協会の幹部と婚約させるための大義名分としてここに寄越されたわけ。そっちが本来の目的よ」


 ただ無理矢理に結婚をさせるのではなく、逃がすための交換条件として結婚を提示されたと言えば、娘からの風当たりも少しはやわらぐと踏んだのか。紗枝としても危険な場所にいたいとは思わないだろうから、すんなり話が進むと考えたのか。どちらにしても、あまり気分の良い話ではない。


「家のしがらみとは、かくも醜き鬼畜の所業を目に映す。退魔師が鬼とは、痛烈な皮肉だね。僕は嫌いじゃないけど」


「まったくよ。むしろ鬼なら政略とは無縁そうだからまだましね。ちなみに、あたしはそんな皮肉が嫌いよ」


 紗枝は自嘲っぽく笑う。当人としてはたまったものではないだろう。

 紗枝の横に立つ公浩が見下ろすように見たその横顔からは諦観すら見てとれた。


「おまけに……彼氏とも離れ離れ。駆け落ちの暇も無かったわ」


「学生の身で駆け落ちなんて暴挙に出ないで済んで、不幸中の幸いだったね」


 ニッコリ笑って言う公浩を、紗枝は信じられないとでも言うように目を見開いて見上げた。

 だがすぐにクスッと笑いが漏れてしまった。


「あんた変な奴ね。いや、不思議な奴、かな。普通慰めるか口ごもるような場面で、そんなこと言うんだもの。それでいて、どこか話しやすいと言うか。気付いたら色々しゃべっちゃってた」


 それは士緒にとって、とても嬉しくなる評価だった。それは士緒が五郎左に抱く感情に、よく似ていたから。


「話したらスッキリしたし、もう行くわ。街も見ておきたいし」


 そう言って紗枝は立ち上がり、スカートをパンパンと払う。


「あと一時間ほど待ってくれれば、僕が街を案内するけど?」


「別にいいわよ。子供じゃあるまいし。護衛も間に合ってるしね」


 紗枝の視線を追うと、黒いパンツスーツの女性がこちらに頭を下げた。スーツと同じく黒い、甲の部分に長方形の金属板が連なっているグローブが印象的だ。

 距離はあるが、何かある前にこちらに対処できる自信があるのだろう。切れ長の目とショートヘアーはデキる女を思わせた。


「それじゃまたね。風紀委員だし、また会うこともあるでしょ」


「何かあったら相談するといいよ」


「そうするわ」


 紗枝は護衛を連れて寮を離れていった。

 士緒は先程の話に違和感のようなものを覚えた。


(裏の権力争いに消極的な五行家が協会幹部と政略結婚………少し妙ですね。調べてみますか)


 公浩は学園長室へと向かった。



           ★



 紗枝が学園に来てから五日が経った。

 風紀委員会で腫れ物のような扱いを受けていた紗枝だが、公浩が積極的に話しかけた事もあり、多少は互いの態度が軟化したようだ。

 風紀委員ではないが、特に風音とよく話している。


 公浩くんとはどういう関係? とか

 さっき公浩くんと何を話してたの? とか

 五行さん好きな人は………え? いるの? とか

 彼氏とはまだ続いてるの? とか

 さっきから公浩くんと近付き過ぎてない? とか


 公浩を通じて仲良くなっているようで、とりあえずは一安心だった。

 その日の昼休みも、公浩と紗枝は校舎間にある庭で、弁当を食べていた。弁当は二つとも公浩が作ったものだ。


「あんたって、けっこう何でも出来るのね」


「何でもは出来ないよ。出来ることだけさ」


「どこの羽○さんよ」


 紗枝はぱくぱくと弁当を摘まみ、いくつかについては美味しそうに食べていたが、漬け物だけは「お母さんの方が美味しい」との事だった。


「それはそうと黒沼。あの神崎って女……あれ、なんとかしてくれない? あんたの事であーだこーだとうるさいのよ」


「あはは……仲良さそうで何よりだよ」


「あんた、見かけによらず色男みたいね。風紀委員の佐助花に、一年の四宮。ここに四宮の娘がいたのには驚いたけど、あんたの女癖の悪さにはもっと驚いたわよ。まさか……あたしにも手を出そうってんじゃないでしょうね」


 紗枝が胸元を隠すように体を引いた。公浩はそれに対して苦笑を漏らす。


「僕は女性に関しては常に真摯であるつもりだよ。真摯であり、ジェントルマンでもあり」


「ダジャレとかいらないんだけど」


 紗枝は公浩にジトーッとした目を向ける。

 慣れない事を言って照れたのか、公浩はコホンと咳払いをした。


「ところで、ここにはもう慣れた? 交友関係は………まあ、それなりみたいだけど」


「………あんまり慣れたくはないけど。まあ、それなりよ」


 紗枝は食べ終えた弁当箱を包み直し、立ち上がってから公浩に返した。


「ご馳走さま。あたしもう行くわね。今度はうちの秘伝の漬け物持ってきてあげる」


 それだけ言って紗枝は公浩に背を向けて歩き去ってしまう。

 いまだに紗枝の態度はどこか素っ気なかった。

                                              

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