第36話 副将戦と大将戦
副将戦、大原颯馬が眼鏡を直す度に、それは起こった。
開始直後、鶫は『色装の赤』を使い駆け出す。
一瞬で肉薄するも、そこで颯馬が眼鏡をクイッと小さく上げると、風が巻き起こった。
鶫と颯馬の間に風の壁が出現し、鶫はステージ際まで押し出される。
ダメージらしきものは無かったが、かなりの距離を開けられた。颯馬が遠距離の顕の使い手であれば不利な立ち位置だろう。そして、その読み通りとなった。
「『風波』」
颯馬を起点にしてステージ全体を突風が撫でる。
ステージ上にいれば間違いなく範囲に収まる風を、しかし鶫は『風波』の効果を知っていたため、あえて防がなかった。
『風波』は風を受けた者の通力を乱し、顕術の発動を妨げる技だ。
四宮家の『色装の赤』はある程度ならそういった外部からの影響を弾く事ができる。これまで肉体へ悪影響を及ぼす顕や術をまともに受けた事はほとんど無く、唯一まともに受けてしまったのは士緒の『絶燕結界』くらいのものだった。
油断したわけではないが、風を防ぐよりも攻撃に集中する事を選んだのだ。鶫は『風波』をまともに受けながらも真っ直ぐ颯馬へと向かって行く。
颯馬は僅かに焦りを見せるも、右手に『光剣』を顕し、一振り、二振り、三振りと、目の前の何も無い空間を切る。
それは風の斬撃となって鶫に迫った。
起こした風を圧縮して斬撃の動作とともに飛ばす顕術、『風切り』。風の密度と斬撃の鋭さで威力が変わる技だが、颯馬のそれは鶫が回避するほどのものではなく、難なく手で弾いてしまう。
今度こそは風の障壁も貫かんとする速度と威力で突っ込み、鶫は拳を突き出した。
クイッ
颯馬が眼鏡を直すと、鶫はまたしても風に押し出された。
先程は気付かなかったが、この風の障壁には通力が練り込まれているようだ。
台風のように颯馬を中心として発生し、そして膨張するように広がって鶫を押し出す。
(……どうなってるの?)
風を発生させる顕術は使い手が少ない。ただし接続術式などとは違い素質の問題ではなく、ただ単に使い勝手が悪いからだ。
風は、炎や水の顕術に比べて、攻撃手段として相手へと与えられる損害が少ないのだ。それは炎や水などと違い、通力を混ぜ込んで威力を上げる事が難しいからとされている。
風の顕術はよほどの才能と練度が無ければ、通力を込めても発動後に風に乗って周囲に拡散してしまう。
そして才能と努力を重ね、使いこなせるようになっても、他の顕術より特別に優れているわけでもない。修業の時間を他の顕術や体力強化に宛てた方が合理的だ。
颯馬のように好んで風の顕術を使用する退魔師は珍しい。さらには鶫を押し返せる程の風を操る者も。
それだけなら別段問題では無いだろう。問題なのはそれだけの風を一瞬で、しかも高いレベルで発動していること。
鶫に放った『風切り』を見るに、風の障壁との出来の違いがはっきり見てとれる。
風の障壁は特に練度を上げ、『風切り』は練習をサボっていたということも考えられる。しかし、風に通力を混ぜ込めるだけの技術があるのなら『風切り』だって数段上の威力になっているはずだ。そう考えると先程の『風切り』はお粗末過ぎる。
鶫が警戒しながらタネを考えていると、颯馬が仕掛けた。
「『風牙舞踏』」
颯馬が『光剣』を横一閃すると、五つの竜巻が発生した。それぞれが意思を持っているかのように動き、鶫を取り囲む。
(ただの風? 大型の竜巻を凝縮したレベルだけど)
竜巻や台風は市街地などでは甚大な被害を出す。とは言え、退魔師と鬼の戦いにおいては、ただの強い風と変わらない。空中に飛ばされて叩きつけられるくらいはあるが、やはりそれだけだ。
だが、颯馬が使った『風牙舞踏』は風の中に『風切り』を無数に作り出す技だ。最初の一振りが『風切り』となって竜巻の中を荒れ狂う。それが鶫を一斉に襲った。
「っつ!」
九良名学園で生徒会と風紀委員会のような前線で戦う生徒の制服は定期的に術がかけられるため、簡単には壊れない。さすがに『風切り』でなら傷つけられるが、肝心の鶫へのダメージは少しチクッとした程度で皆無である。
「ちっ、やはり通らないか」
颯馬が忌々しそうに呟くが、そんなことはお構い無しに鶫は再び颯馬へと迫る。
(風の障壁は全方位。なら、どこから行っても同じ!)
鶫は真正面から風の障壁を破ることにした。
試合開始から颯馬が一歩も動いていないところを見ると、風の障壁を破り接近戦になれば勝負は着くだろう。
鶫は『重装剛気 紅』で『色装の赤』を重ね掛けし、攻撃と防御とスピードを単純に倍に引き上げた。
いざ、攻撃の間合いに捉えたところで、颯馬が眼鏡をクイッと直す。そして驚くべき事に、『重装剛気』を使用した鶫をも押し返してしまった。
「わわっと!」
鶫はまたしてもステージの端へと追いやられるも、今ので颯馬が使った技の正体には目星をつけられた。
「なるほど。それは術式の一種だったわけですね」
鶫の言葉に、颯馬が僅かに顔をしかめた。
術式の中にはルーティーンを用いた簡易術式がある。自らの調子が最高潮の時にルーティーンを行い、その都度、通力の顕を発動させるというの作業を繰り返す。するとルーティーンと同時に通力を使うだけで、固定された威力での術が発動する。
スポーツ選手のそれとなんら変わる事のないものに思えるが、これは“根源型”接続術式に近いもので、動作そのものを己の中で術式として刻んでおくものだ。
あまり高度な顕術になると、動作だけで術式として刻むのは難しい。そういった場合には複数の動作を同時に、あるいは複数の段階を踏むことで可能にすることもある。
風を発生させる際、颯馬は眼鏡を直しただけのように見えたが、右手の中指でブリッジの部分を押し上げ、左手はポケットの中で親指を握りこみ、右足は5センチほど後ろに引いていた。
鶫もそこに気付いたのだ。
「分かったところで、君には僕の『颶風壁』を突破する手段が無い。僕の方も決め手に欠けるところではあるが、持久戦となれば、そちらの顕術の方が消耗は激しそうだ。僕は君がバテるまでチクチク攻撃しながら防御に徹すればいい」
確かに、鶫が使う『色装』は重ねれば重ねる程に通力の消費が激しくなる。二つも重ねれば一時間ほどでバテる。
だからこそ、鶫は攻撃的なスタイルで行くしかない。
もっとも、鶫は一時間もぶっ通しで戦ったことは無いのだが。大抵はその前に片が着く。
今回も、短期決戦の道筋は見えていた。
「本当にその通りになるか、試してみましょうか………『色装の白』」
鶫を包んでいた赤い光の膜が一瞬で白へと変わる。鶫はそのまま通力による一般的な身体強化で突っ込んだ。
「何のつもりだ」
颯馬は『風切り』を放つ。鶫に先程までの速さが無く余裕ができたため、斬撃は6つだ。
鶫はそれらを身のこなしだけで回避していく。
(回避したということは、防御系ではないのか? 速さも落ちている。なら攻撃力の強化か)
実のところ颯馬は、『颶風壁』以上の手札は持っていなかった。どの道、この試合で勝つには顕術の練度を信じるしかない。
眼前に迫る鶫に対して、颯馬は『颶風壁』を展開した。
キィン
金属同士がぶつかったような、澄んだ綺麗な音が響く。次の瞬間には全方位に膨れた『颶風壁』の一部……鶫に触れた箇所が颯馬へと反転していた。
「がはっ!!」
颯馬はステージの結界にぶち当たり、自らの作り出した風に身体を押さえつけられた。
そこに、止めとばかりに『色装の赤』を纏った鶫の拳が腹部に打ち込まれ、颯馬の意識を奪うに至った。
「勝者、四宮鶫!」
審判の声にて試合は終了した。
(ふむ。あれが『色装の白』ですか)
士緒の持っている情報の中にもそれについてのものがあった。
『色装の白』の効果は単純明快。通力の反射だ。
通力の濃度の高さに比例して強く反射する。『颶風壁』の通力濃度はそれほど高くはなかったが、全体にくまなく行き渡っていたため、反射そのものは難なく行えた。
鶫に触れた『颶風壁』は端から反射されていき、颯馬を襲ったのだ。
鶫は即座に『色装』を切り替え、風で押さえつけられていた颯馬に確実に止めを刺した。
制服が所々切れていたが、それ以外は危なげない試合だったと生徒会の面々は認識している。ステージを降りて来る余裕そうな鶫を見て、改めてそう感じられた。
帰って来た鶫に、公浩は声を掛けに向かう。
「おかえり鶫。いい試合だったね。それと念のために、怪我は無いかい?」
そう言われた鶫はパァッと表情を明るくして、公浩へと抱きついた。
柔らかな感触が公浩にむにゅっと押し付けられる。
「せんぱーい! おかえりのキスとご褒美のキスを要求します」
「ちょっと鶫!!」
風音が抗議の声を上げて鶫を公浩から引き剥がしに掛かる。明らかにムスッとした顔の鶫を華麗に無視して。
それにキスをねだった鶫としても、せいぜい頬か額にされることになるだろうとしか考えていない。もちろん、それすらも希望が薄いことは分かっていたが。
「ご褒美に、今度ケーキでもご馳走するよ。それで勘弁してくれるとありがたいかな」
「む~………それで手を打ちます」
公浩へもむすっとした顔が向けられる。それをまた別の不機嫌さで見ている風音が言った。
「公浩くん。チームとしては既に勝ってたんだから、鶫にご褒美をあげる必要は無いんじゃないかな」
「なんですかその言い掛かり! 風音先輩はわたしに恨みでもあるんですか!?」
「まぁまぁ。風音さんも、勝てたら一緒にケーキを食べに行こうか」
その言葉にため息を漏らすのは梓と凛子だった。公浩に悪気があるわけではないが、そのあまりの天然誑しっぷりに二人は呆れていたのだ。
「仕方ないなぁー。私もそれで手を打ってあげるか
勝ち誇った……とまではいかないまでも、ドヤッとした笑みを鶫に向ける。鶫はぬぐぐ~という顔をした後、公浩をキッと睨み、しかしすぐに自分を落ち着かせた。
「まあ、でも……風音先輩が勝てるかどうかは分からないわけですし。ここは正妻の余裕でも見せてあげます」
「仮面夫婦に余裕なんてあるのかしらー?」
「不倫どころかストーカーとすら言える人に言われたくありませんねー。ほら、さっさと負けてきてください」
バチバチと散っている火花が目に見える二人に対して、他三人は我関せずといった様子だ。当事者であるはずの公浩ですらも距離を置いていた。
「なんにせよ、最後は私が勝ってくればいいのよね」
ステージの修繕が終わったようだ。顕術を用いれば流石に修繕も早く、新品同様である。
審判の一人が風音に準備を促す。
「不倫でもストーカーでも、二号だろうと三号だろうと構わない。私が最後に勝てば問題無し!」
風音が意気込んでステージへと歩いていく。
その後ろ姿は士緒に、風音の成長とも言えるものを確かに感じさせた。
(子供は成長が早いものですね。あやかりたいくらいです)
公浩は風音の背中を、まるで親のような視線で見送っていた。
★
二人はステージの中央で向かい合った。
お互いに顔を合わせるのは初めて。会話どころか名前すら知らない相手だ。
審判が距離を置くよう指示をする直前、大将戦における第一校の代表……真田幸子が風音に話しかけた。
「さっき黒沼くんに抱きついてた子……黒沼くんの彼女さん?」
「一応は! 仮の! 暫定的に! その位置に納まってるだけだから!」
ムキになって語る風音に面食らう幸子だったが、すぐに「ああ……」と納得したように頷いた。少しだけニヤニヤしている。
「じゃあ、噂は本当だったってことかな」
「噂……?」
「この間、第三校で部活終わりの人たちに聞いて回ったの。そしたら、黒沼くんの彼女さんを倒して、その後に黒沼くんも倒せれば、彼女になれるって教えてもらったのよ」
「はあ!?」
凛子以外は全員初めて聞く話だった。
確かに、鶫との交際の経緯を考えれば、あながち間違った解釈ではない。
「ほんとはさっきの子と戦って勝ちたかったんだけど……あなたでも、宣戦布告の狼煙にはなりそうね」
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ! それって………あなたも、ってこと?」
「あたしだって、そこそこイケてる自負はあるし、まるっきり釣り合いが取れてないわけでもないでしょ?」
そう言って幸子は芝居がかった動きでセミロングの髪を手で後ろに払い、風音よりはあるだろう胸を張って見せる。
風音は少しだけ気圧された。決して胸のあたりに戦力差を感じたわけではない。
「強くて優しい、尊敬できる男の子。そんな魅力的な男性に、見る目がある可愛い女の子たちが寄ってくるのは仕方ないとしても。でも、そんな子たちより………そんな黒沼くんより………あたしが魅力的になれば済む話よ。あたしが誰より強くて、いい女になれば、彼の方から言い寄ってくるだろうし、誰にも文句は言われない。そんな女になるのが、今のあたしの夢よ!」
そう言い放つ姿は堂々としていて、揺るがない決意を感じた。士緒ですらグッと来るものがあった。
幸子は風音に、そして鶫にも宣戦布告をしたのだ。風音も鶫も、それをこの上なく真剣な心持ちで受け止めた。
「………ふぅ。あたしが言いたい事は言ったわ。神崎さん、だったわよね。あなたはあたしに何か言いたい事はある? たぶん試合が始まったら、こんな事を話す余裕無いわよ」
風音は首を横に振りながら「いいえ」と言った。
「私にも譲れないものがある。それはコレで守るだけよ」
風音は鞘に納まった刀を突きだす。
風音は思いの外、体育会系だった。幸子は風音の握りこんだ拳に自分の拳を合わせた。
すると二人は同時に踵を返してステージの端まで移動した。
審判がそれを見て腕を高く挙げる。
「それでは、試合……開始!」
開始の合図と共に二人は動いていた。
風音は愛用の刀を。幸子は『光剣』を右手に顕して。ステージ中央から端までの半分ほどの位置。幸子側に寄ったその位置で、二人は剣を合わせた。
「くっ………」
苦悶の声を漏らしたのは幸子だ。
自分がステージ中央に届く前に、風音はそこよりさらに深く自分へと踏み込んでいた。スピードでは完全に圧倒されている。
やや仰け反る体勢で幸子は押し込まれていた。
「ふっ!」
風音は刀で『光剣』を顕した手を上方に弾き、とって返して幸子を袈裟懸けに斬ろうとした。
幸子はそれをバックステップで回避し、『氷柱刺突槍』を一本生成すると、『光剣』を出していない方の手でそれを風音へと突きだす。『刺突槍』の使い方としては珍しいが、中空から射出するよりは威力も速度も上だった。
「シッ!」
パリンッ
風音が槍を刀で破壊した。槍に触れた部分から刀が氷結していくが、風音はそんな事はお構い無しに高速で刀を振るい、あらゆる角度から斬撃を放つ。
ガキンッ、ガキンッと剣を合わせていると、いつの間にか氷結は止まっており、逆に刀の重みと切れ味が上がっていた。
次の瞬間には幸子の『光剣』は破壊されていた。
退魔師は『光剣』といった武器を作り出す事ができるのに、わざわざ剣や槍といった愛用の武器を持つ事が多い。それは単純に強度と威力が『光剣』より平均的に上であり、また、顕の複数同時発動のためのスロットを空ける意味合いが強いからだ。
顕を二つ以上同時に使う事は上一級以上の高等技術だ。それをさらに三つ四つと重ねていくのも当然のごとく難しい。
『光剣』はそれほど難しい顕ではないが、それでも顕として発動している以上はスロットを使用する。
だが、元からある武器に通力を通して強度と威力を上げるだけなら、顕として発動する『光剣』より圧倒的に簡単なのだ。
そしてその差が、幸子の『光剣』を砕く結果に繋がっていた。
しかし、『光剣』は通力が続く限りいくらでも作れる。幸子もすぐに『光剣』を作り直した。
「はぁあっ!」
幸子は反撃とばかりに斬り返した。
ただ斬り返しただけではない。空中を跳び回り、立体的で変幻自在な動きと角度で風音に斬撃の雨を降らせた。
ガキンッ キンッ キンッ ガキンッ!
風音は空中を高速で動く幸子に斬りつけられ、その場に縫い付けられた。
幸子のアクロバティックな機動でスカートの中がチラチラ見えてしまっているが、幸子はあまり気にしない方のようだ。
「………っ」
風音はなんとか隙を見つけてその猛攻から抜け出した。幸子は空中に『虚空踏破』を作り、その上に堂々と立って風を見下ろしている。
「…………」
「…………」
二人は数秒間、目を逸らさず睨みあう。そして、先に動いたのは幸子だった。
『光矢』を複数出現させると、それらを風音に向けて撃った。
風音はそれらを躱し、逆に幸子の位置まで飛び込んだ。
しかし、ひとたび制空権をとってしまえば、そこは幸子の領域だ。幸子は『光矢』を大量に作り出し、風音を迎撃した。
「っ――――!」
幸子の『光矢』は鳳子ほどではないにしても、高威力で正確、数も群を抜いていた。風音は撃ち落とされ、たまらず後退させられる。
ならばこれなら、と風音が使ったのは通力の塊を斬撃にして飛ばす技、『飛閃の太刀』。かつて士緒の『絶燕結界』を切り裂いたのはこれを応用したものだ。
『飛閃の太刀』は『光矢』の群れを切り裂きながら幸子に迫る。
幸子はそれをサイドステップで回避。直後に幸子は『光矢』の群れと並行して風音へと突っ込んで来た。
風音に『飛閃の太刀』という手段がある以上、制空権を活かすためにも近接技をおり混ぜたヒットアンドアウェイの戦法をとろうと考えたのだ。
大量の『光矢』を刀で弾く風音に幸子が『光剣』で斬りつけた。
風音は華麗にバック転しながら大きく空中へと跳んだ。
風音も『虚空踏破』を使えば逆に制空権を握れる。幸子は即座に風音に追い縋り、『虚空踏破』で右足左足と間断無く踏み込んで風音へと迫っていく。
風音に『虚空踏破』を使う様子は無い。体勢は崩れてはいないが、側面に回り込めば攻撃を当てやすいはず。幸子は迷わず実行し、風音を斬りつけた。
そして………それは空を切った。
「っ!?」
風音は『虚空踏破』を使っていない。後はステージに向けて落ちていくだけのはずだった。
が、幸子が斬りつけた時に風音はあり得ない動きをして見せたのだ。いや、それは決してあり得ない動きではなく、可能性としてはあり得たものだ。
後方に滑るような水平移動。その後、体勢はそのままに、滑らかな動きでさらに上方へと上っていった。
今度こそ、幸子が風音を見上げる形になった。
「まさか飛行の顕術とはね。そんな扱いの難しい顕を使うなんて……さすがに予想外だったわ」
そう。風音が使っているのは飛行の顕、『万里鵬翼』。
本来なら通力の消耗の激しさや制御の難しさに比べて空中での機動力は『虚空踏破』を使った場合とさして変わらない。修得難度も高いことから使い手の少なさは結界の使い手に並ぶほどだ。それらに比べれば接続術式の使い手の方がずっと数はいるだろう。
(でもおかしい。さっきの空中での動きはすごく速かった。けど消耗もそれに比例して激しくなるはず。今この瞬間でさえ通力を相応に消費してるはずなのに、あの余裕そうな態度は………)
そこで、風音が着けている白いカチューシャが淡く光を発している事に気が付いた。
(あれは……術装?)
通力を溜めておける物か、補助をして通力の消費を抑える物か。どちらにしてもカチューシャの形をした術装は珍しい。
風音の分析をしていると、風音が八相の構えをとった。
(やばっ!)
幸子の勘が働き即座に、反射的に距離をとる。しかしそれは悪手となった。
風音はまず刀を振り下ろし、そこから何度も刀を振り抜くと『飛閃の太刀』を無数に放った。
「わわっ!?」
幸子はとにかく動き回って回避する。躱しきれない攻撃は『光剣』で防ぐか逸らすしかない。
『虚空踏破』などは空中を走る技術。どれだけ立体的に動こうと、浮遊による変則的な飛行よりも動きの自由度の点で劣る。『万里鵬翼』は状況によって『虚空踏破』にも切り替えが出来、練度によってはより高度な高速戦闘も可能にするのだ。
今も、上方から幸子を押さえつける位置取りで斬撃の雨を降らせている。これも一種の地の理というやつだろう。
幸子も得意の高機動を活かしてなんとか風音へ迫ろうと試みるが、弾幕が厚いのと、制空権を握られ有利な位置を確保できないことから、なかなか反撃に転じる事ができない。
幸子は遂に地面へと降ろされてしまった。
(よっしゃ! 落とした!)
厳密には落としたわけではなく押さえつけた形だが、風音も案外ギリギリの戦いのため、優位に立った事を喜んでいる。
対する幸子はと言うと、
(………まさか黒沼くん以外にも空中戦であたしを圧倒できる学園生がいたなんて)
幸子はやや自信を失い気味ではあったが、同時にこうも思った。
(まだ付け込む余地はある………よし、あの手でいこう)
風音の攻撃も一旦止み、二人の睨み合いが続いていたが、幸子が反撃の目処をつけたところで再び動きだした。
「もっかい落ちろ!!」
風音がまたしても『飛閃の太刀』で弾幕を張った。幸子は構わずに突っ込んでいく。
そして幸子に剣閃が届く直前、攻撃が流されていた。
「っ!?」
『飛閃の太刀』は幸子に届こうかという直前、僅かに軌道がズレて幸子に当たらない。
見るとそこには、幸子の顕した『虚空踏破』が複数、正面に対して鋭角に出現していた。
本来の『虚空踏破』に攻撃に耐えうる強度は無いが、受け流すくらいならなんとか可能だ。それにただの踏み台ではなく、反発もする幸子の『虚空踏破』だからこそできる芸当と言える。
(やってくれるわ! なら真正面から斬り捨てる!!)
風音は幸子に向かって急降下していく。居合いの構えをとり、『虚空踏破』を確実に壊せる威力を刀に込める。
「「 勝負!! 」」
二人がお互いの間合いに入り、剣を振り抜いた。
「……!? かはっ!」
それは相手の脇腹にめり込んでいた。
幸子の『光剣』が、風音の脇腹へと。
風音は刀を振り抜けていなかった。右腕の肘あたりに幸子の『虚空踏破』が顕れており、勢いに乗る前に動きを止められていたのだ。
「『衝波爆砕』!」
幸子はだめ押しの一手として、爆発的な衝撃波で相手を吹き飛ばす顕を使う。あまり得意な技ではなかったが、幸子が持つ高威力な技ではこれが一番だ。
風音は衝撃波でステージへと叩きつけられる。轟音と同時にステージにはヒビが入り、風音は意識を手放していた。
「勝者、真田幸子!」
審判が真田幸子の勝利を宣言し、息も絶え絶えに「か……勝った」と呟いた。




