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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
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第35話 次鋒戦と中堅戦

 公浩がステージ脇に戻ると、それぞれ複雑な表情をした面々が待っていた。

 鶫、風音、凛子、梓。鶫はその中でも一歩前に出て公浩を迎えた。

 鶫の表情からは力強さと、ほんの少しの悲しさを感じる。公浩の戦い方に憤っているのかもしれない。他の面々も概ねそんなところだろう。

 公浩は自嘲の笑みを浮かべて鶫へと喋りかける。


「分かっただろ鶫。僕はこういう人間なんだ。幻滅した?」


 これでいい。鶫が自分の事を好きでい続けるよりは良い着地だと思える。風音も同じだ。

 先程の自分はお世辞にも褒められた行動をとったとは言えない。自分の特に汚れた部分をさらに悪逆で染め抜いたような、そんな姿。

 誰もが石を投げ唾を吐き捨てるような、そんな姿を見た四人は、きっと公浩を軽蔑しただろう。

 そう思って四人を見てみる。が、改めて見てみると、呆れたように肩をすくめている程度で、それほど何かが変わった感じはしなかった。

 おや? と思っていると、鶫が公浩の背中へと手を回し抱きついてきた。

 ふわっと良い香りが鼻腔をくすぐる。


「こんな事で幻滅なんてしません。だからそんな悲しそうにしないでください。それならさっきまでの怖い顔の方がずっとカッコいいです」


 胸に顔を押し付けながらしゃべる鶫を、公浩はキョトンとした顔で見ている。

 やがて誰ともなく笑いだした。


「そんな思い詰めんとも、あんなん見せられたぐらいで誰も嫌ったりせえへんよ。ウチもあの仁科っちゅうやつは嫌いやさかい」


「そうだよ公浩くん。むしろ惚れ直したよ。怒った顔の公浩くんも素敵だったから。あと、鶫はさっさと離れなさい」


「……とにかく、これで一勝。黒沼、よくやった。チームで勝てたら豪遊を許可する」


 自分は、思い詰めていたのだろうか。

 嫌いではない彼女らに嫌われるのは少々堪えるだろうが、それでも結果は受け入れるつもりだった。実際には受け入れられる形になったのだが。


「ほんじゃまぁ、次はウチの番やな。さっきはウチらが驚かされたからなぁ。今度はウチが公浩を驚かせたるわ」


 肩をグルグル回しながらステージに近付いていく凛子。

 ステージは毎回修繕のための顕がかけられ、ほとんど新品同様になる。

 その修繕も済んでおり、凛子がステージに上ると審判役が名前を読み上げた。


「次鋒戦…第一校、田之上(たのうえ) 将人(まさと)


「はい」


「第三校、浪川凛子」


「ほいさー」


 凛子と田之上はステージ中央で向き合う。

 田之上には少し緊張が見られた。スポーツ刈りの頭と額の境目にはうっすらと汗が浮かんでいる。

 先程の公浩の戦いを見れば少なからず不安にもなるというもの。

 凛子としては、それは過剰な心配だと教えてやりたかったが、今後の田之上のためにも少しくらい逆境を経験させてやっておいた方がいいだろうと考えた。精神的に未熟だからといって鬼が手加減してくれるわけではないのだから。

 二人はステージの端あたりに移動して距離を置いた。

 この時点で武器を出す事を許可されている。田之上は腰を落とし、しっかりと地面を踏みしめるように細身の槍を構えた。

 対する凛子も武器を出す。凛子も『大部屋』の術式を制服に仕込んでおり、そこから身の丈ほどのランスを取り出して振るった。

 ランスとしては歪とも言える広い盾と一体になっている外見。胸が大きい以外は平均的な体格の凛子が軽々とそれを振るう様は、退魔師からしても奇異なものに映る。

 双方の準備が整った事を確認した審判役は大きく腕を振り上げた。


「それでは、試合……開始!」


 掛け声と同時に腕を降り下ろした。


「…………」


 凛子と田之上はお互い先んじて動こうとはしなかった。田之上が摺り足で間合いを計りながら徐々に距離を詰めていく。

 二人の得物は細身の槍と巨大なランス。迫力だけなら凛子の武器が圧倒的に上だ。

 凛子はランスの穂先をステージにコツンと下ろし、油断無く田之上を見る。


「自分、警戒し過ぎやで? さっさと攻めてきてもらわんとウチがあっさり勝ってまうよ?」


 それを田之上は挑発と受け取った。

 挑発に乗る気は無かったが、凛子の位置が踏み込みの間合い……田之上の最も得意とする距離に収まった。結果として、挑発に乗ったようなタイミングで田之上は凛子に攻撃を仕掛けた。


「ふっ!」


 キンッ


 右腕を突きだし、鋭い踏み込みと突きを見舞った。凛子はランスの盾の部分で突きを正面から受け止めた。


「やるやん! 並の防御力なら貫いとったで」


 素直な賛辞を凛子は送った。

 田之上は追撃を仕掛ける事なく、再び先程の距離まで跳び退く。そして顕を一つ使った。


「『十六夜(いざよい)の型』」


 田之上の身体をオーラのようなものが包み込んだ。


「ほぇー、結構マニアックな技使うんやな」


『十六夜の型』は精神掌握の顕だ。

 オーラを纏った者に対し、それを見た者は使用者への攻撃行動に若干の躊躇いのようなものが生まれるのだ。

 すると、どうしても相手より一手遅れた動きとなる。一瞬の世界で勝負をする退魔師にとって、それは致命的になりかねない。

 熟練ともなると、催眠や暗示のレベルで使用することもできる。

 ただし、知能を持たない下級の鬼などに対しては効果が無い。少なくとも上一級以上で知能のある鬼か、人間である退魔師にしか使えない。

 対退魔師の顕としてはかなり有用だ。


「けど……ダメやな。それじゃあかんよ」


 凛子がボブカットの前髪を手でかきあげた。天を仰ぐ形になり、額から手を離すと、見下すような角度で田之上に目を向けた。


「………っ!」


 田之上はゾッとした。

 背筋に言いえぬ悪寒が走る。槍を持つ手に力が入ったのは反射的なものだった。


「百聞は一見に如かず、や。ウチが手本を見せたるさかい、よう見とき」


 凛子の身体に田之上と同じ…いや、より禍々しいオーラがまとわりついた。

 それは田之上と同じものとは思えないが、紛れもない『十六夜の型』だ。


「一応説明したるわ。『十六夜の型』を手っ取り早く極める方法はな……相手に、ある感情を植え付ける作業をするんや。それは主に二つ。愛情による魅了か、ウチの場合は……恐怖や」


 凛子の口の端が不敵につり上がる。

 田之上は凛子の一挙手一投足から目が離せない。それが『十六夜の型』の効果をより強く受ける事になっていると気付かずに。


「本物の対退魔師はさすがに想定してなかったやろ。ウチがそうやねん。『十六夜の型』の効果を磐石にする前段階としてや、ウチは恐怖心を軽く刺激するだけの顕を使うんや。普段はあんまし役に立たん技やけど、恐怖を助長するように調整しとる『十六夜の型』と合わせれば、ほれこの通り。さっき目ぇ合うたな。あれで準備完了や」


 凛子は言いながら緩やかにカーブを描いて田之上に近付いていく。


「…………」


 田之上は動かない。いや、動けない。目だけは凛子を追うが、田之上は槍を構えたまま身体は微動だにしていなかった。


「ほんの小さな恐怖心が邪魔して攻められへんやろ。『十六夜の型』の真骨頂や」


 凛子は田之上の横に立つと、ランスを田之上の頭部へと突き付けた。


「降参やろ?」


「…………降参です」


 次鋒戦は、対退魔師に特化していた凛子が白星を飾ることとなった。



           ★



 中堅戦は梓が出た。

 結論としては、梓の勝利だった。圧勝…と言えなくもない。

 ただ、その戦いで何が起きたのかを正確に理解できた者は、審判役や客席を含めてもごく少数だった。

 試合開始直後、相手の男子生徒は果敢に攻めに出た。『光矢』と『光剣』でタイミングをずらしての波状攻撃を狙っていたようだ。

 男はまず『光矢』を複数個放った。そしてその時点ですでに、梓が何をしたのかが分からなかった。

『光矢』は梓から逸れ、男は崩れるように両膝をついてこう言った。


「こ、ここ……こう、さん………です」


 勝敗は決した。

 たったそれだけだった。

 いったい何が起きたのか、相手の男が一番理解できていなかっただろう。まるで中学生のように小柄で可憐な少女に、ただただ自分が降参を宣言しただけの試合だったのだから。


「不思議よねー」


「不思議ですねー」


「不思議やなー」


 風音、鶫、凛子は揃って不思議だと口にした。

 三人はこれに似た光景を何度か見たことがあるらしい。何度聞いても梓は答えなかったので諦めたそうだが。ちなみに、鳳子はカラクリを知っているとのことだった。


(なら私が語ってしまうのも、無粋でしょうね)


 士緒は梓のしたことを看破していた。

 梓のやったことは主に三つ。『口伝千里』で相手の通力の波長を解析する。次に自らの通力の波長を合わせ、同調させる。同調したことで身体を支配下に置き、降参を宣言させる。

 ついでに飛んできた『光矢』も支配下に置いて軌道を逸らしていたのだ。

 固有秘術を最大限に活かした戦術だった。

 ただし、この波長を合わせて同調する作業はある条件付きだ。同調するには相手の体力、通力の量が自分より下回っていなければならない。

 梓の通力の保有量はかなり多い方なので大抵の相手には有効だ。

 が、例えば通力の運用が上手い公浩のようなタイプに対しては、同調した上での肉体の主導権争いに負ける事もある。

 主導権争いに負けたからと言って梓が操られる事態にはならないが、いつもの無表情ではいられないぐらいには反動でダメージを負う事になるだろう。

 そしてそうならないためにも、出だしの『口伝千里』による解析だ。リスクの高い相手はこの時点で分かる。

 恐らくだが、特一級の下位レベルなら余裕で操れるだろう。


(これでチームとしての勝利は決まりましたが、消化試合もお偉方の品定めでしょうね)


 梓が色素の薄い髪の毛を弄びながら、VIP席を向いてため息を吐く。


「……すまないけど二人とも。後は適当にこの茶番を終わらせてきて」


「はい。次はわたしですね」


 鶫が前に進み出る。副将は鶫。大将は風音だった。

 チームとしての勝利はすでに決まっているので、これといった緊張も無い。後は相手への敬意として全力を出すだけだ。

 二人には、協会のお偉方の目に留まろうという野心は無かった。


「行ってきます先輩。恋人の権利として、行ってらっしゃいのキスを要求します」


「鶫……叩き斬るわよ?」


「何が悪いって言うんですか! 風音先輩は最近お邪魔虫過ぎます!」


 ああだこうだと言い争いを始めた二人のやり取りを、公浩は微笑ましく見守っていた。



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