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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
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第34話 宮本武蔵は皮肉を顕す

 夏休みも終盤。交流戦は九良名市の“社”にて、普通の訓練室に改造を施した特設の舞台で開かれた。

 円形闘技場を思わせる内装。客席となる一般の席には人がほとんど座っていないが、天井の付け根のあたりにいくつかの観覧席がある。

 いかにもVIPといった気取った連中が来ているのだろう。退魔師協会でも重役と呼ばれる顔がいくつか見えた。

 腐っても退魔師として名を売ってきた者たちだ。解説や実況といった人員は用意していないらしい。

 リングとなるステージはかなり広く、試合開始時にはさらに結界で覆われる。

 わざわざ希少戦力である結界の顕を扱える退魔師を呼んでまで場を整えたのだから実に手が込んでいる。

 公浩があちらこちらと見回していると、一般客席に稲生平……五郎左の姿を発見した。

 さすがに“社”の統括ともなれば青田を品定めしに現れるようだ。


(これは一層気合いを入れるとしましょうか)


 公浩はステージの反対側にいる五人へと目を向ける。

 そこにいたのは暮光を含めた生徒会役員四人と、真田幸子だった。

 幸子は軽くこちらに手を振ってきた。公浩も手を振り返す。


「先輩!! また女ですか!?」


 鶫が公浩へと詰め寄った。毎度ポニーテールがよく揺れる。

 公浩は苦笑混じりにまあまあと鶫をなだめた。

 鶫は制服と、スカートの下にはスパッツをはくなどして、要はいつも通り。

 他の面々も制服だが、風音のカチューシャの色が見たことのない真っ白なものになっていた。風音曰く、この舞台では白が映える、とのことだった。何かの隠し球だろうか。

 そんなことを考えていると、審判役の退魔師が全員配置に着いた。いよいよ始まるということだ。

 退魔師の一人が公浩の名前を呼んだ。反対側では暮光の名前が呼ばれているだろう。

 公浩と暮光がステージに上がり、中央のあたりで向かい合った。


「よお、新しい就職先は考えてきたのかよ」


 ニヤニヤといやらしく笑う暮光。公浩はいつもの余裕の笑みだ。

 公浩はVIP席の一点を見る。そこには仁科家の人間、暮光の養父がいた。

 仁科 源造(げんぞう)。仁科黎明の従弟にあたる男。

 年のわりに若く見えるが、70代後半の立派な老体だ。先日までは協会内で“相談役”の役職についていたが、士緒の謀略により役職は解体。仁科家における対黎明の派閥は大幅に力を削がれた。

 そして今日は、その内一人の息の根を止めるチャンスでもあった。


(目の前の馬鹿ガキを潰したら、次は貴方の番です)


 公浩は改めて暮光を見る。お互いにニヤニヤしているが、暮光の方が数段ゲスっぽく思える。女性陣は特にそう感じていた。

 そこで、審判役の退魔師が二人の名前を読み上げる段階に入った。


「それでは先鋒戦…第一校、仁科暮光」


「おう」


「第三校、黒沼公浩」


「はい」


 二人は一歩前に出て、審判役の視界に収まる位置に立った。


「ルールの説明だ。まず、殺傷能力の高い顕や術は極力(・・)禁止」


 極力、というのは絶対の制約には程遠い。おそらく暮光なら気にせず使ってくるだろう。


「次に、心臓や脳などの急所への攻撃は原則禁止。牽制の目的を持っての攻撃かはこちらで判断し、危険と判断したら即座に止めに入る」


 優秀な退魔師を揃えてはいる。眼球やある程度の臓器なら上位の治癒でなんとかできるが、即死したらさすがに救いようがない。

 その辺は注意しているようだ。


「勝敗は意識を奪うなどで相手を行動不能にした場合、もしくは降参を宣言させれば勝ちとする。では、双方距離を取れ」


 審判役の指示に従い、公浩と暮光はステージの端近くまで距離を取った。

 審判役が結界を歪めて外に出る。結界を自由に変化させてるところを見るに、結界を張っているのは彼のようだ。最終的には彼の判断で他の審判役が止めに入るということを意味していた。

 審判役の男が腕を高く挙げた。振り下ろした瞬間に試合が始まる。

 しばらくの沈黙。審判役は注意深く二人に視線を向け、そして……その合図を口にする。


「それでは、試合………開始!」


 掛け声と共に審判役が腕を振り下ろした。


「はっはー!!」


 合図と同時に暮光は動いていた。

 サーベルを抜き放ち、一足で公浩に肉薄する。


 ガキンッ!


 ギリリリというせり合う音が一瞬あり、暮光は数歩退がって公浩の手元を見る。


「へぇ、本当に剣で勝負するってか? この俺と」


 公浩の手には二本の刀が握られていた。あらかじめ用意していた術式、『大部屋』から刀を取り出したものだ。

『大部屋』とは、これまで使ってきた訓練室や、それと同じ原理で出来た道具袋のようなもの。ちなみに退魔師の間では巻物などの紙類を使うのが主流だった。


「剣術にはあまり自信が持てなくてね。ほとんど見よう見まねだよ」


 公浩の持つ刀はどちらも無銘だが、普通の数打ちよりは頑丈な物だ。


「素人が。二刀流とか、宮本武蔵にでもなったつもりかよ!」


 暮光は再度踏み込んで公浩を斬りつける。しかし公浩はそれに完璧に刀を合わせて防ぐ。

 ガキンガキンと、暮光が繰り出す剣の嵐。それを公浩は体捌きと二本の刀を器用に操って防ぐが、今のところ防ぐばかりで反撃をしようとしなかった。


「てめぇなめてんのか!?」


 言う間にも暮光は目にも留まらぬ速さで剣を繰り出す。しかし公浩は涼しい顔で全てを受け流していく。

 剣戟とも応酬とも言えない防戦一方という様相だ。


「君が本気を出してくれるまで、僕は攻撃しないよ」


 公浩の言葉を聞いて、暮光が間合いの外まで距離を置いた。


「この俺が……お前ごときに本気を出すだあ? はっ! いいぜ、乗ってやる!」


 暮光は通力による身体強化をさらに高めた。それに連動するように、サーベルが淡く光りだす。


(やはり術装でしたか。見た限り、大した能力は期待できませんかね)


 公浩は二刀を構える。見よう見まねの中段十字の構え。たしか宮本武蔵だったら片方は小太刀だったか。

 公浩は無駄な思考をするほどに余裕そのもの。目の前の相手、暮光に対して油断無く…なんて、どちらかと言うとそちらの方が難しかった。

 そんな時、暮光の準備が整ったのか、腰を低くして構えを取る。


「ふっ!!」


 先程より遥かに速い踏み込み。公浩はそれでも刀で防ぐ。速さとしては鶫の八割に満たないものだった。


 ガキンッ


 公浩は容易く刀を合わせた。が、


「!」


 ほんの一瞬、視界が真っ白に染まった。そして気付いた時には公浩が持っていた刀、暮光の剣に合わせた方の刀が、暮光の後方へクルクルと宙を舞っていた。


「終わりだ!!」


 もう一本で防御しようとしたが、暮光が反対側から潜り込んでいるためギリギリで間に合わない。

 暮光は勝利を確信した。しかし、その確信はあっさりと裏切られることとなる。


 ガキンッ!


 暮光からしたらあり得ない音が鳴った。見ると、公浩の空いていた手には先程とは別の刀が握られている。

 暮光はまたしても公浩から距離を取って状況を見た。


「刀が二本しかないなんて、言ったっけ?」


 公浩に慌てた様子は無い。むしろ都合の良い状況にほくそ笑む。


「そのサーベル……噂に名高い『高貴なる光(アルブレヒト)』だよね? なら能力は、触れた相手の武器を強制的に取り上げる事。つまり………」


「そう、武器殺しの武器だ。俺と剣の勝負とは早まったな。ちなみにこれ一本で高級マンションの一室が買えるぜ?」


「そうかい。せいぜい壊さないようにするんだね」


「………?」


 暮光は違和感を覚えた。

 武器殺しの武器。それを相手にしようと言うのに公浩が刀を手放す素振りを見せない。

 公浩は体のどこかに『大部屋』の術式を隠しているのだろう。武器を複数用意しているかもしれないが、いずれは限界が来るはず。

 武器を取り上げられた瞬間というのは隙が生まれる瞬間でもある。いつまでも『大部屋』でカバーできるとは思えない。

 そんな高いリスクを負ってまで刀にこだわるのには、何か理由でもあるのか。


(ちっ、なんで俺がこんなこと考えさせられなきゃなんねーんだよ。どうでもいいことだ)


 暮光は再び腰を落として踏み込む態勢になった。


「さっさと降参しちまいな!」


 暮光はこれまでのように真っ直ぐ突っ込むことはしなかった。

『氷柱刺突槍』を三本生成し公浩に放つ。公浩は難なくそれらを打ち落とし、氷結が手元に伸びる前に刀を手放した。

 その間にも暮光は公浩の死角に回り込み、『高貴なる光(アルブレヒト)』を振るう。

 公浩は即座に『大部屋』から別の刀を取り出し、二本を交差させるようにして暮光の剣を防ぐ。


「学習しねえな馬鹿が!!」


 眩い光の直後、二本の刀は明後日の方向へと投げられ、ステージ上へと突き刺さった。

 暮光は公浩の隙を突こうと剣をとって返して斬りつけるが、身体能力では公浩に軍配が挙がった。ギリギリで回避される。


「ちぃ!」


 暮光は公浩に追い縋る。公浩の身体能力ならもっと簡単に暮光をまけるはずなのだが、その事に暮光は気付かない。頭に血が上り始めていたからだ。

 そして何度も同じ事を繰り返し、公浩の武器を取り上げては攻撃を躱され、隙を作ろうにも身体能力の差で届かない状態が続く。

 いつしかステージ上には公浩が持ち込んだ大小さまざまな日本刀が散乱し、足の踏み場も無くなっていた。


(そろそろ頃合いですね)


 公浩はそこで初めて攻勢に転じてみせた。

 両手の刀を暮光に投げつけたのだ。暮光は急な攻撃に一瞬の怯みを見せるも、『高貴なる光(アルブレヒト)』で刀を取り上げ、後方へと着地させる。

 勢いを殺さずに公浩に迫ろうとしたが、逆に懐に潜り込まれて蹴りをまともに受けた。


「ぐっ!!」


 暮光は刀を弾きながら地面を滑り、公浩からかなり距離を取らされた。


「クソがっ!! やりやがったな!!」


 暮光の悪態など、今の公浩にしてみればそよ風に紛れる小鳥の囀りに等しい。それほどに気分が良かった。

 全てが自分の思惑通りに進んでいる。ドミノ倒しのドミノは全て並べ終え、後は倒すだけ。


「君はさっき言ったね。宮本武蔵のつもりか、と」


「ああん!?」


「彼の御仁が残した言葉にこんなものがあるのを知ってるかい?


『千日の稽古をもって鍛となし、万日の稽古をもって錬となす』


 鍛錬の語源だと言われている言葉だね」


 暮光はいよいよ不機嫌が頂点に達するところだった。

 こんな戯れ言聞くだけ無駄だと、『氷柱刺突槍』を五本まで生成し、いつでも仕掛けられる態勢に移る。


「君が酷い仕打ちを繰り返してきた犬塚戌孝(もりたか)君は、その言葉を体現していたと言える。だから君にもこの言葉を送るよ。


『合言葉………五輪書(ごりんのしょ)』」


 直後、ステージに散乱していた刀が一本残らず消えた。


「!? なんだ!」


 暮光は目を見開いて状況を見る。いったい何が起きているのか。

 すると次の瞬間、暮光の作った『氷柱刺突槍』が一つ残らず砕け散った。


「なんだ……何が起きている!?」


 暮光は誰にともなく疑問を口走る。それに答えたのは公浩だ。


「さあ、仁科暮光。君の得意な剣を使った勝負だ。本当は剣戟の合間にわざと刀を弾かれる予定だったけど、『高貴なる光(アルブレヒト)』のおかげで自然に刀を散らす事ができた。今日はトラウマの一つでもお土産にお帰りいただこうか。そのための刀だ」


「てめえ! 俺にこけおどしが通用するとでも思ってるのか!?」


 暮光はこれまでの焼き増しのように正面から踏み込んだ。

 公浩はこう言った。


「It's show time!!」


 ザシュ


 暮光の足の甲を、何か(・・)が貫いた。



           ★



 ぎあああああ!!!


 円形闘技場に仁科暮光の叫び声が響き渡った。


 何が起きているのか分からない者。


 暮光の足から血が吹き出るのを見て、もしやと思う者。


 散乱していた刀が消えた瞬間にまさかと思った者。


 公浩が五輪書に書かれた文言を持ち出したところで、ほぉ、と感心する者。


 観覧している客たちや、ステージ脇で試合を見守る学園生たち。あるいは審判役の退魔師たちも、そのほとんどが驚愕した。

 初めて見る者も少なくはなかった。モノによっては高度なセンスを要する、術式の例外。

 使い手は少なく、退魔師協会でも研究が盛んな術式。

 しかも公浩が使ったそれは、世に出て久しく使い手が現れていないため、見たことのある退魔師は2~3人程度しかその場にはいなかった。

 公浩が使ったものこそ、退魔師協会でも稀有な能力………“世界型”接続術式だった。



           ★



「あ……がぁっ……て、めぇ……!」


 暮光が怒りに震える。傷口に触れるが、何かが刺さっている様子はない。しかし足には紛れもなく何か(・・)の感触。

 暮光は己の感覚がどこまで信じられるかも分からなくなっていた。


「これはちょっと難しい術式なんだけど、要は盾越しに槍を突き立てるようなものでね。僕の通力を目印にして、通力が残留している物体を術で消したんだよ。消したと言っても、人間が知覚できない、薄皮一枚を隔てた隣の空間に移動させた、って感じかな。ついでに遠隔操作も自由自在だ。そしてこの術の最も良い所はね、こちら(・・・)からは触れられないのに、向こう(・・・)からの干渉はできてしまう事なんだ。理不尽なことにね」


 公浩は機嫌良くペラペラと語る。

 その態度は暮光の神経を逆撫でした。

 暮光の瞳には痛みによって、うっすらと涙が滲んでいる。公浩への特大の敵意をその瞳は物語っていた。


「いいねぇ。その反抗的な眼。でも、君もこうして犬塚君を痛め付けたんだ。自分がその立場になる事も、もちろん覚悟の上だったんだろう?」


「てめぇ殺してやる! 絶対殺してやるからな!!」


 足をステージに縫い付けられて動けないままの暮光は、それでもなお威勢が良かった。

 公浩はそれに対してため息を吐き、暮光の足に刺していた刀を抜いた。

 暮光は立ち上がった拍子によろめいた。


「自分の置かれた状況を分かってないのかい? さっきステージ上に散乱していた刀、その全てが僕のコントロール下にあるんだよ?」


「な!?」


 その数100本以上。暮光は絶望的な状況を肌で感じていた。


「君をハリネズミにするくらい、訳無いんだよ」


「……このクソやろうがあああ!!」


 暮光は負傷した足でも無理矢理に走った。

 もちろん速度など出ない。しかし暮光にはもう、そうするしか無かった。追い詰められていたのだ。


「こんな逸話がある」


 ザシュッ シュバッ


 一瞬の内に暮光の全身が斬り刻まれる。血が噴水のように出る傷もあった。


「っがああ!!」


 暮光は勢いのままつんのめって不様に転倒する。


「宮本武蔵は決闘の呼び出しに応じるも、相手は手勢を揃え武蔵を多勢にて倒そうとした。しかし武蔵はそれに気付き、逆に敵の大将である決闘相手に奇襲をかけ、背中から斬ったんだ。そしてそのまま追っ手を振り切り逃げた」


 暮光はもはや痛みなど二の次だった。見えない刀に斬られる恐怖に、震えを抑えるのが精一杯だ。

 反抗的だった瞳は消え失せ、今にも泣きそうな情けない顔がそこにはあった。


「この術はまさにそれを思わせる効果だと思わないかい?


『千日の稽古をもって鍛となし、万日の稽古をもって錬となす』


 努力を謳った言葉が、卑怯な不意討ちの能力を発現させるなんて……どうにも皮肉だね。そういう皮肉は嫌いじゃないけどさ」


 ザシュザシュ


「ぐああああ!!」


 見えない刀が二本、暮光の両脚ふくらはぎに突き刺さり、再び暮光をステージに縫い付けた。

 暮光は審判たちを見る。試合を止めに入る気配は無い。

 なぜだ……なぜ止めない! 早く止めさせてくれ! 声にならない叫びを視線に込める。

 しかし審判役たちは、鏡の「大丈夫だから見ていろ」という言葉を信じて止めに入らない。

 公浩は交流戦の前に、鏡に言っていた。


「犬塚君の事で少しでも負い目を感じるのなら、何が起きても試合を止めないでください」


 鏡は言い返せなかった。そして今、暮光の助けを求める視線を受けても、それを黙殺していた。


「ほら、ちゃんとこっちを見てよ」


 公浩は刀の峰と腹の部分を使い、暮光の上半身を起き上がらせた。その姿はまるで聖人の前に膝まづく罪人のそれだ。


「どうしたんだい、仁科暮光。天才剣士殿。君の前には何も無い(・・・・)。さっさと僕を殺してみたらどうだい?」


 暮光の顔は恐怖に歪み、震えもとっくに抑えきれなくなっていた。眼からは涙が溢れ、頭を過るのは許しを乞う言葉だけ。

 ふと気付いた。自分はまだ剣を手にしたままだ。

 こんなもの持っているからいけないんだ。暮光はサーベルをカチャリと落とした。


「はぁ……つくづく呆れるね。剣士がそんな簡単に剣を手放すなんて。犬塚君はね……最後まで剣を放さなかったんだよっ!!」


 ザシュッ


「いぎゃあああああ!!!」


 暮光が剣を握っていた方の手に風穴が空いた。

 みっともなく泣き叫ぶ暮光は、ついに試合を終わらせる言葉を口にしようとした。


「こ、こうさ――――あが!?」

 

 暮光の口が開いたまま閉じない。

 誰にも見えていないが、暮光の口腔には小振りの刀が突き付けられている。

 身体は押さえつけられ、口はそれ以上開くことも閉じることもできない。

 その時の暮光の絶望感はそれまでの比ではなかった。

 自分はこのままなぶり殺される。暮光は確信した。


「ん? どうかした? 言いたい事があれば存分に言うと良い」


 あまりにも白々しい公浩の言葉にも、暮光の口から文句が出ることは無かった。


「う~~~ん、どうしたものか。このままズタズタに引き裂くのも悪くないかな?」


「っん~~~!! ん~~~っ、んぁ~~~っ!!」


 言葉にならない暮光の懇願を、公浩は嘲笑う。その笑みは邪悪そのものだった。


「こうなると、さすがに哀れだ。ひと思いにやってあげよう」


 そう言うと公浩は中空に手を伸ばし、何かを握る動きをした。


「見ての通り、僕の手には何も無い(・・・・)。これじゃあ審判役の人も止めるわけにはいかないよね?」


「――――っ!?」


 公浩は顔の横あたりまで手を引き、いつでも突き刺せるポーズになった。


「君みたいな人間には、お似合いの最後だ」


 そして公浩は一言、「お約束のパターンだよね」と言って、何も持っていない手を突き立てた。


「っん~~~~~~~~っ!!!」


 …………


 ………………


 ……………………


 公浩はゆっくりと手を下ろした。

 ガシャンガラガラという音がステージ上にこだまする。『五輪書』によって消えていた刀たちが現れた音だ。


「あ……か……あ……」


 暮光は口をパクパクさせて目線だけを下、自らの胸元へと下ろす。何も(・・)刺さってはいなかった。

 その代わり、股間を中心にぐっしょりと濡れているのが確認できた。

 暮光の身体を支えていた刀はいつの間にか無く、暮光は膝立ちのまま背中の方へと倒れ、そして一言、こう言った。


「こ……こうひゃん、れす」


 口にはすでに刀は押し込まれていない。それでも口は閉じず、呂律は回っていなかった。

 しばらくの沈黙が場を支配したが、焦れた公浩が「審判さん」と声をかけた。

 審判役の退魔師は我を取り戻し、咳払いを一つした後、


「しょ、勝負あり! 第三校、黒沼公浩!」


 と、試合を締めた。

 公浩は刀の回収の手間を思ってげんなりとする。


 暮光はその後、公浩の宣言通り刃物全般がトラウマとなり、退魔師としても人間としても、心を壊された。


そしてこの交流戦から三日後、犬塚戌孝は意識を取り戻した。




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