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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
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第29話 虎を放つ


「っずえぁあああ!!」


 轟音を撒き散らしながら辺りを更地に変えていく一振りの大剣。二郎はそれらを器用に躱し続ける。


「どうしたどうしたあ! 逃げてばっかじゃ勝てねえぞ!」


 一際大きな振りから神速の一閃。暴風に煽られながらも、二郎は紙一重で回避した。

 そして、努めて余裕を感じさせる声音で言葉を返す。


「僕は耐久力も無いですし、接近戦なんておっかなくて出来ませんよ」


 二郎はそこで『光矢』を五つ放ち、一つを鉄火の肩に命中させた。続けて細い氷の槍、『氷柱刺突槍』を無数に作り出し、それぞれを時間差で放った。


「なめんなあ!!」


 鉄火は大剣を地面に突き立て、直後、壁の形に大きく隆起した地面が『氷柱刺突槍』を全て防いだ。

 何本かは突き抜けるも、途中で勢いを無くして壁に埋まっている。壁は『氷柱刺突槍』の効果で、槍を起点に所々が凍りついていた。


「なるほど。通力に流れを与えて加速させ、空気や土に絡めることで竜巻や地面の隆起を起こしているのですか。見かけによらず、繊細なコントロールが得意なようで」


「へぇ、よく見てるじゃねえか」


 鉄火は大剣をガンッと地面に叩きつけるように下ろし、『光矢』で撃たれた肩を回す。

 その顔には戦いを楽しもうという笑みが浮かんでいた。


「あたいは鉄火。まだ生まれて間もない頃に大将が付けてくれた名前だ。お前の名前も聞いておこうか。気に入った相手の名前は聞いておかねえと後悔するって、大将に教わったんでな」


「松平二郎です。よく勘違いされますが、これでも長男ですよ」


「二郎、賭けをしようぜ。この勝負……あたいが勝ったら、お前はあたいに抱かれる。お前が勝ったら、煮るなり焼くなりあたいを好きにできる。どんな変態プレイでも受け入れてやるぞ」


「そ、それは……魅力的な提案?ですが」


 意識したわけではないが、二郎の目は自然と鉄火の身体へと吸い寄せられる。考えるなと言われると考えてしまうのと同じ。

 鉄火の身体を一言で表すなら、肉体美だろうか。

 生地の薄いシャツをピンと押し上げる胸部、惜し気もなく晒されている腹筋は綺麗に割れている。

 脚部は太すぎず細すぎず、しなやかに仕上がった芸術品だ。


「――――うぉっほん! えーとですね……僕は初めては好きな女性(ひと)と決めていてですね……」


「お前は生娘か何かか? まあいい。あたいが勝てばお前の童貞を頂こうか。異論は認めねー」


 負けたら性的暴行を受けると、勝手に決定されてしまった。恐らく同意しなくてもそれは起きるだろう。

 であれば、二郎としても条件を出さなければ損だ。相手が公平(フェア)な精神を持ち合わせているか、微妙ではあるが。

 とりあえず、二郎は鉄火の処遇を決めた。


「では僕が勝ったら、あなたには僕の“式鬼神(しきがみ)”になってもらいましょうか」


 “式鬼神”……退魔師が契約によって使役できる“鬼”のこと。

 契約は接続術式の一種で、双方の合意を条件とし、契約内容を記した媒介を通じて互いへの危害を封じるものだ。特殊な媒介を通している分、通常の根源型接続術式よりは扱いが容易となっていた。

 ちなみに、人工で作り出したものは“式神”と表記される。


「っし、そう来なくっちゃな。あたいがお前の貞操を手に入れるか、お前があたいのカラダを手に入れるか……勝負だ!」


 地面が削れ、土が飛び散る威力の踏み込みで二郎に迫る。

 不純な目的に向かっているとは思えない、凶悪なまでの圧力だ。


「――――!」


 二郎はバックステップで突撃を回避。回避運動をしつつ『氷柱刺突槍』を鉄火の足もと目掛けて放った。

 鉄火がそのまま突っ込んでいれば足下の氷結に巻き込まれただろうが、やはり簡単には終わらない。


 鉄火は大剣を振り、『氷柱刺突槍』をあっさりと薙ぎ払った。さらに速度を増して二郎を追い詰める。


「くっ!」


 苦し紛れに撃ち出した『光矢』が鉄火へと命中した。

 しかし先程よりも威力が弱く、勢いに乗った鉄火に痛打を与えられていない。二郎が焦って撃った『光矢』では突進の威力を殺せず、次の瞬間には大剣の間合いど真ん中に二郎が収まった。


「うらぁああ!!」


 振り抜かれた大剣は真芯で二郎を捉え、くの字に折れ曲がった体勢で派手に吹き飛ばした。


「っ――――!」


 地面を削り、木々をへし折りながら飛んでいく音は、とても人が生きていられる衝撃とは思えない。退魔師だからこそ原形が留まっているのだ。

 やがて勢いが弱まり、最後の木に叩きつけられた。


「がはっ!!」


 凄まじい衝撃で背中から激突し、身体からは容赦なく酸素が抜け出ていく。ずるずると滑るように根元に座り込む二郎の前に、鉄火は堂々と立った。


「っしゃ! あたいの勝ち!」


 鉄火はニヤニヤと笑い、大剣を地面に突き立てる。今度は地面が隆起することはなく、ただ立てただけだった。


「安心しな。抱くのは怪我が治ってからにしてやるよ」


 鉄火が二郎の胸ぐらを掴む。連れ帰って治療し、それから事に及ぶつもりだった。

 小さく舌舐めずりしながら、ぐったりする二郎の顔を覗き込んでやろうとした瞬間――――


「な――――!」


 二郎が鉄火の腕をガッシリと掴んだ。


 死んだフリと言えば間抜けに聞こえるが、この場では有効な戦術となった。

 身体を思い切り引き寄せ、吸い込まれるような二郎の拳が、鉄火の鳩尾を打ち抜く。


「て、め――――」


 堪らず片膝をついた鉄火に、二郎は容赦のない追い打ちを行う。背負い投げの要領で、背中から地面に埋める勢いで叩き付けた。


「がっ!!」


 そして止めの一撃。振り上げた脚が斧を彷彿とさせる姿からの、振り下ろし。

 地面は蜘蛛の巣状にひび割れ、大きく陥没した。


「か……は………」


 訳が分からないという表情(かお)で二郎を見上げる鉄火。目が霞み、口の端からは血が溢れ、顔は苦痛に歪む。それでも視線はすぐに二郎を睨み付けるものへと変わっていた。諦めが悪い獣の眼光と目が合い、まだまだ油断は出来ないと悟る。


 二郎はケースごとひしゃげた眼鏡を見て、思わず苦い笑みを浮かんだ。自分は死んだフリから不意討ちをするのがやっとなのに、目の前の“鬼”は随分と誇り高いのだな、と。


「さっき打たれ弱いと言ったのは嘘です。すみません」


 だろうな、と鉄火の憎々しげな表情が物語る。

 手応えはあっただけに、肉体のダメージよりもプライドの方がズタズタになっていた。


「僕は耐久力で言えば、学園では浪川さんの次くらいですかね。相当硬い生き物だと思ってください」


 二郎のおどけた説明で、鉄火から気を張る力が抜けていく。呆れから来る笑みを浮かべたところで、二郎から手が差し出された。


「本当は勝手に式鬼神契約をするのは問題なのですが……貴女に抱かれる恐怖よりは、学園長の雷に立ち向かう方が楽そうです」


「……大将の言ってた通りだな。軽い気持ちでギャンブルなんて、するもんじゃねーな」


 鉄火は震える手を無理矢理に伸ばし、二郎の手を取った。



           ★



 公浩の前に立ち塞がるのは、喜助と扇と名乗る男たち。

 喜助は『光矢』や『刺突槍』等といった、中遠距離系の顕術が主体。対して扇は、喜助の絶妙な援護を受けながらの近接戦。『光剣』をさながら二刀流の型で繰り出す扇の間隙を縫って、対処が困難な死角からの飛び道具は、地味ではあるが精神力を消耗させる。


 公浩が攻めあぐねる理由はもう一つ。

 空中に突然現れる黒い孔……そこから口を開けて食らいついて来る()だ。

 孔は神出鬼没で、未然に微かな気配を察知するのがやっと。龍は攻撃を外すと、すぐさま孔に戻るヒットアンドアウェイに徹している。


 これこそ、咒水虎子が“龍首”と呼ばれる所以。固有秘術によって生み出された、特一級に相当する龍。

 以前に単体で目撃され、逸った何処かの“社”が討伐を試みた事があった。その際、甚大な被害を被ったとされる強力な式神だ。

 “社”の総力をもって打倒したそうだが、数日後、同一と見られる個体が何事もなく復活していると確認されたとか。流石に限り無く復活する可能性は低いが、倒せても割に合わない敵として、めでたく退魔師の嫌われ者となった。


 橘花院士緒が全力を出せるなら良いが、今の状態でこれらを捌くのは、なかなかに骨が折れる作業である。


「フフフ、僕はまだ2つの変身を残しています」


「にゃにゃ! あんにゃろー、まだまだ余裕にゃね。ボコして泣かしてやるのにゃ!」


 それなりの集中力を要しているため、厳密には余裕らしいものは無い。強さを段階で解放する事は可能だが、そこまて切羽詰まってもいなかった。


 公浩は腰に巻いたポーチから術符を数枚取り出すと、それを前方に放る。見事な連携で迫る扇の動きを予測して、正面で効果を発動させた。


狭霧(さぎり)符』

『対火炎符』

『爆符』


 術符を中心にして出現したのは通力の込もった濃霧。続け様に火炎系統の顕術に耐性を持たせてくれる『対火炎符』を発動。次いで単純な爆発エネルギーを発生させる『爆符』。


 これらの術符は公浩の養父、村正からの仕送りのていを取っていた。過保護な事に、それぞれが既製の品よりも性能の高い注文品でもある。

 『狭霧符』で発生するのは本来、目眩ましの用途でしか使えない只の霧だ。ただし、そこに通力を混ぜ込んだ品は全くの別物として使用可能だった。


 『爆符』が熱と衝撃を生み出した次の瞬間、真昼の様な明るさが一帯を埋め尽くした。


「しまっ――――!」


「――――!!」


 霧を伝って高速で押し寄せる巨大な炎の塊は扇を呑み込み、後方の喜助をも巻き込んだ。

 無論、爆心地に程近かった公浩も衝撃にふっ飛ばされたが、『対火炎符』によって致命的なダメージとは程遠い。精々が小さな火傷と打ち身程度。

 射程ギリギリに立っていた虎子は「うおーっ、派手にゃ!」と叫んで、慌てて範囲外へと逃げのびていた。


「あ痛たぁ……皆さんタフですね。これだけやって仕損じるとは」


 爆風に押し出された公浩は、後頭部を擦りながら眉を八の字にして進み出る。

 倒れているのは喜助一人。扇は手傷を負ったようだが、全身に痛々しい火傷を負ってふらつきながらも、意識は残していた。


「ガッツリ切り札だったんですけどね、文字通り」


「ふざけた奴にゃ………扇、喜助を連れてここを離れるのにゃ」


「しかし――――」


「逃げる算段は付いてるにゃ。後は………」


「………承知しました」


 扇は苦々しい様子で了承した。足手まといになる現状が許せないという表情で。

 足取りはしっかりしているが、このまま退魔師の包囲を突破できる体力が残っているかは疑問だ。とは言え、逃げきる勝算はあるのだろう。扇は喜助を肩に背負うと、先程まで向かっていた方角へと走っていった。


「……追わないのにゃ?」


「貴女を放ってですか? 冗談でしょう。二兎を追う者は、とも言いますし。それに、どうせ逃げ道の一つや二つは用意しているのでしょう?」


「にゃは、追いかけてくれれば背中から刺そうと思ってたのににゃ………にしてもおかしいにゃね。お前が戦っている間に、援軍を回り込ませてたはずなんにゃけど、一向に現れないにゃ」


「頼もしい方が背中を守ってくださっているので。多分、殲滅されたのではと」


「にゃんと……これじゃ打つ手無しにゃ」


 虎子がおどけた様に肩を竦めて見せる。まだ奥の手でも隠しているのか、焦りや危機感に駆られた様子は無い。


 周辺で行われている戦闘は、そもそも“百鬼大蛇”の側に指揮官らしい存在が殆んど居ない動きだった。時間稼ぎの捨て駒……最初から逃走しか考えていないのだ。

 であれば、奥の手と言うのも察しがつく。戦闘に重きを置かない者が最後の便りとするもの……交渉だろう。


「本当はもっと偉いひとが出るのを待ってたんにゃけど、もうこの際お前で良いにゃ」


 虎子の後方に現れた黒い孔。直径3メートル程のそこから蛇のごとく這い出した龍の頭にぴょんと飛び乗り、そのまま空へと昇って行こうとする。


 飛行系の顕術は修得が難しく燃費なども悪い。多くの退魔師は『虚空踏破』を使い、またその方が高速戦闘向きと分かっている。

 しかし、いざ空中戦になると不利なのは大抵が退魔師の方だ。鬼は翼がある者や、もっと特殊な独自の飛行手段があったりするなど、制空権を握られ易い。身一つでの戦闘が当たり前の退魔師には、手が出しにくい領域と言えた。


「追って来れるかにゃ?」


「まあ、追うくらいでしたら何とか」


 公浩は『虚空踏破』で足場を作り、ぴょんぴょんと虎子の前に到達した。

 月夜の逢瀬と洒落こむには、二人は些か不穏に見つめ合う。


「誇るがいいにゃ。この戦はお前たちの完全勝利にゃよ。だから大将首の一つくらい見逃してほしいにゃ」


「難しい要求です。できればあなたを弱らせて、モ○スターボールでも投げつけたいところですよ。これだけ大きな大将首、そうそう逃せません」


「うにゃー、世知辛いにゃ………なら取引にゃ。トラを逃がしてくれるなら、“(モルゲンロート)”の情報をくれてやってもいいにゃ」


「ほぉ」


 “(モルゲンロート)”。“悪魔”の大勢力の名前を挙げていくと、五番以内に必ず出てくる名前だ。

 首領の“女帝(カイゼリン)”は現在の山本五郎左衛門とも因縁があると聞いている。橘花院士緒の個人的興味でなら、高値を付けても良い情報なのだが………


「割りに合いませんね。“百鬼大蛇(ナキリオロチ)”の頭目の首と比べると、情報だけと言うのは………」


「そう言わずに聞くにゃ。“暁”の連中、最近日本でキナ臭い事をしているにゃ。“女帝”自ら来ているくらいにゃから、余程の事に違いないにゃよ」


 “女帝”が国内に潜伏しているという情報は“真ノ悪”でも入手している。しかし、九良名市周辺では影も形も確認できないため、士緒としては気にしていなかった。

 五郎左によると、退魔師協会はまだこの情報を知らない。


「足りませんね。もう一声」


「“女帝”の居場所を知ってるにゃ。正確な住所までバッチリとにゃ」


「…………」


 確かに、それは“真ノ悪”も掴めていない重要情報だ。

 はっきり言って“暁”に比べれば、“百鬼大蛇”など小物である。

 何より、虎子の命などに興味はない。では、公浩という退魔師の立場ではどうか。


「会長、どう考えます?」


 恐らくこちらの様子を窺っているであろう梓に声をかける。

 周囲の戦闘は収束しつつあり、梓なら“龍首”へと目を向けている頃の筈だ。


『……“百鬼大蛇”は事実上壊滅。しばらくは碌に活動も出来ないだろうし、“女帝”の情報を戦利品とすれば、“龍首”ぐらいなら逃がしても良いと思う。………あくまで逃げられた(・・・・・)、ということで』


 梓の考えは妥当で、士緒にとっても都合が良いものだった。

 建前にしても無理はあるが、悪くても大したお咎めにはならないだろう。

 何せ現場は急な大規模作戦で混乱を極め、正規の退魔師がするべき仕事を学生がこなしているのだから。こうなっては最早、ミスの内にも入らない。


「交渉は成立です。先に出すもの出して貰えますか?」


「話が分かるやつは好きにゃよ。何とここに細かい住所を記したメモがあるのにゃ。トラが地平線に向けてダッシュしてから見ると良いにゃ」


「メモって………やはり最初からその気でしたか」


 虎子が摘まんだ一枚の紙、それを身体から離して掲げ、重力に任せて落とした。


「去らばにゃ黒沼公浩! また会おうにゃ!」


 虎子は龍に鞭を打ったような速さであっという間に豆粒になってしまった。あれなら普通に追いかけても、追い付けるかは微妙なところだったろう。

 公浩はヒラヒラと落ちるメモを掴み、食えないイタズラ猫の背中を黙って見送っていた。


『……お疲れ様、黒沼。帰投の指示が出てる。鶫も黒沼の事で煩いから、早く戻って』


「了解です」


 学生たちの仕事はここまでだ。

 その晩の後始末は“社”の専門チームに任せ、公浩は思わぬ手応えを得た事に頬を綻ばせた。




『改稿したにゃ』

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