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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
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第27話 切りし手札は愉悦を誘う


 夏休みも三分の一に差し掛かったその日、黒沼公浩は九良名市内にて、四宮鶫を約束通りデートに連れ出していた。

 それだけなら極めて穏やかな日常だが………恐ろしい事に神崎風音と、佐助花真朱がその場に現れたのだ。ニコニコとご機嫌に、偶然に居合わせた風を装って。


 簡単な状況の推移として、まずは鶫が不機嫌になった。それから暫くは無遠慮に押し掛けてきた風音と真朱に対して、命の危険を錯覚させる程の怒気を纏ったまま時間が進んでいく。

 切っ掛けは何だったのか……その怒りの矛先はやがて、二人を許容し始めた公浩へと向かい始める。

 そしてあの瞬間……鶫が作ってきたお弁当<風音のお弁当<真朱の重箱となった時、やり場の無い怒りと悔しさが涙の拳(物理)へと変わり、公浩の鳩尾に突き刺さったのだ。

 鶫は泣きながらその場を走り去り、現在は冷えた頭で状況を整理していた。


「…………やっちゃったぁ~~」


 控えめに言っても、身体が持ち上がる程のパンチはやり過ぎだったろう。喩えデート中に他の女に良い顔をする公浩に問題があったのだとしても。

 公浩はあれでいて義理堅く、約束は守る人間だ。一年間は恋人という契約がある以上、鶫を嫌おうとも離れて行く事はない。

 しかし、公浩に嫌われたままの恋人関係(仮)が気まずくない筈もなく………


 鶫は自分の短気をこれでもかと呪いまくる。なんであそこで器の大きなところを見せられなかったのか。ただでさえ強力なライバルを前にして、なぜ自分の首を絞めるような行いをしてしまったのか。

 全ては後の祭りだった。


「はぁ~~~………」


 走って逃げるうちに、街を一望できる丘の公園へとたどり着いていた。そこのベンチで盛大にため息を吐いている所だ。

 なんとはなしに辺りを見回してみる。二、三組のカップルが人目を憚らずイチャイチャとしていて目障りだった。


 本当なら今ごろ自分も………

 そんな想いが過ったが……いや、それは無いなと即座に否定する。

 公浩が世間一般のカップルと同じように振る舞えるとは到底思えない。

 恋人として扱ってくれると言っても、あくまで公浩の考えうる範囲……嫌々にならない程度だ。どうせ前みたいに頭を撫でられたり膝枕をしたり耳元で甘く囁かれたりするだけに違いない。


 ……………あれ? それはそれで悪くない?


 そう考えると、尚更さっきの自分の短気が許せなくなってきた。

 どうにかして風音と真朱をまくか、説得して帰らせるべきだったのではないか? 少し我慢すれば、目眩(めくるめ)く甘い一時が得られたのでは!?

 ……このように、後から後から後悔というものはやってくる訳で。


(よしっ、辛い事を考えるより、楽しくなる事を考えてみよう)


 例えば、あそこの階段から公浩が駆け上がってくるシチュエーション等はどうだろう。自分を探して息も絶え絶えに現れるのだ。もちろん公浩一人で。「ごめん、()……鶫を探しに行かなきゃ!」とか言って風音と真朱を振り切って走り出す公浩………禿(はげ)萌えるではないか!

 自分を見つけて安堵の表情で駆け寄る公浩に、わざと連れない態度を取る。不器用ながらも必死で宥めようとする公浩の姿に、自分は堪えきれず吹き出してしまうのだ。

 そこからは、お互い笑い合い、あれこれ謝ったりしつつ、陽射しを避けるように向こうの木陰に移動する(※特に理由は無い)。そこでどちらからともなく膝枕を……今回は自分がしてもらっても良いかもしれない。


 鶫の妄想(イメージ)に拍車がかかり、なんだかんだでキスの寸前までいこうとしたところで…………現実での自分のだらしなく緩んだ表情に気がつく。


 ヨダレが垂れていないのが幸いだった。今日何度目かのため息を吐く。

 乙女の現実逃避の、なんと虚しいことか。

 情けなさ過ぎて再び泣きそうになっていた………そんな時、誰かが後ろから鶫の肩をポンポンと叩く。


「!」


 鶫は期待を押し殺して振り向いた。

 まさか公浩が……そう思ったが、相手は似ても似つかない人物。

 落胆を隠しきれず、相手の男を見る。


「道を訊ねたいんだが。九良名学園第三校へはどう行けばいいのだろうか?」


 初老の男、がたいが良く、仕立ての良いグレーのスーツにループタイを付けていた。

 見た目も雰囲気も不審者という感じはしない。援交目的で若い女に話しかけた感じではなさそうだ。


「そこの階段を降りて右手にあるバス停から乗れば、全部学園の近くを通りますよ」


 鶫は若干不機嫌さの滲み出ている声音で男に道を教える。

 直後、明らかに感じの悪い自分の態度に自己嫌悪が押し寄せた。

 男は一言「そうか」と、鶫の言葉に頷いただけである。怒ったり、気分を害した様子も見せてはいない。


「すみません、感じ悪かったですよね。言い訳ですけど、ちょっと落ち込んでて………」


「いや、気にするな。こちらこそ、無遠慮に話しかけてすまなかったな。お詫びに悩みの一つも相談に乗ろうじゃないか。俺は金と権力にはそこそこ自信があるんだ」


「…………」


 男の物言いに鶫は何故か安心感を覚えた。信頼できそうと言うのか、なんでも話してしまいたくなる包容力があるのだ。


「実は――――」


 それから、今に至るまでの事を全て話してしまった。さすがに妄想の内容には触れなかったが、いつの間にかそれ以外の心の動きまでも細かに説明していたのだ。

 初対面の男に何故ここまでとも思うが、目の前の男が妙に聞き上手なのと、誰かに聞いてもらいたい心境もあったのだろう。

 話し終える頃には、鶫の荒んだ心もだいぶ落ち着きを取り戻していた。


「ん~………聞くところによると、その男は大した不届き者だな。うちの愚息とは大違いだ。あいつはこれまで無自覚に女を泣かせてきたような天然ジゴロだが、恋人となった者は絶対に泣かせない、そんなやつだ……ああ、そんなやつだとも」


 不敵な笑みで遠くを見つめる初老の男。

 何かを待ちわびるような、実に意地の悪い顔に見える。


「しかし、君は別れる……なんてことは微塵も考えてはいないようだな。惚れてしまった者は立場が弱い……多くの場合、惚れられた者は惚れた側の好意に甘え、一方通行に近い恋愛を享受する。そいつはやがて人間として駄目になっていくか、さもなければ愛の重さに耐えきれず離れていくか。君の恋人は、どちらのタイプだと思う?」


「どちらでもありません」


「………ほぉ」


 鶫の確信を持った返答に、初老の男は感心したような吐息を漏らす。

 鶫の瞳には相手への、そして相手を好きになった自分への絶対の信頼が見て取れた。


「公浩先輩は色恋には鈍感で女心の欠片も分からない人で、皮肉も言えば冷たい事も言うし、隠し事もあるみたいで、たまに怖い雰囲気になることもあるけど……それでも絶対に良い人なんです。先輩は駄目にならないし、重い愛情でも受け止めてくれる大きな器も持ってます」


 言葉を紡ぐにつれ、鶫の声に力が込もっていく。

 直前まで泣きそうな顔で覇気のはの字も無かったのが嘘の様だ。

 見る見るうちに表情が明るくなり、本来の美少女然とした魅力がを取り戻していた。


「うまく説明はできないけど、私には分かるんです。さっきまでの私はどうかしてました。公浩先輩なら、あのくらいで怒るほど狭量じゃありません」


 初老の男は鶫の言葉をしっかりと受け止めた。

 そして、小声とはいえ重大な単語が、思わず独り言として溢れる。


「これも『天道無楽』の力の一端かねぇ」


「………?」


 男の呟きは鶫にも届いたが、鶫の興味が『天道無楽』という単語に向くことはなかった。むしろ、その時の男に垣間見えた哀愁らしきものが心に刺さる。

 何か、こちらから声を掛けなければ消えてしまいそうな儚さ。尤も、鶫が何かを言うまでもなく人生の先達は気を持ち直していたが。


「よろしい。俺からも君の恋人にガツンと言ってやる理由が出来た。そいつ、どうやら知り合いみたいなんでな」


「え? それって……」


「ほら、噂をすれば王子様のご到着だ」


 そこに、公園の階段を登って現れた人影。公浩と風音、息を乱した真朱の三人だ。

 妄想とは違い、公浩一人でもなければ本人は息も整っている。涼しげな顔は憎たらしくもあるが、それでも自分を探して走ってくれた事は額の汗を見れば理解できた。

 鶫にとっては嬉しい事実だ。気を抜くと頬がだらしなく緩みそうな程に。


「鶫、僕にも悪い点があったのは認める。だから急にいなくなったり、いきなり水月に鉄拳を打ちこむのは……今後は控えてくれると助かるかな」


 苦笑を浮かべ、おどけた調子で語りかける公浩に、鶫は思わずクスリとしてしまう。

 本当ならもっと焦らして、公浩をやきもきと葛藤させてやろうかとも思っていたのだが……公浩の顔を見た瞬間にそんな気持ちは無くなっていたのだから、ズルイ男は存在しているのだと思い知らされた。


「しかし……まさか貴方がご一緒だとは」


「よお、元気だったか?」


 初老の男はフランクな態度で公浩と挨拶を交わす。

 強い尊敬の意から畏まる公浩に、何か問いたげな女性陣の視線が集まった。


「紹介しておくよ。こちら僕の父の友人で、よくお世話になってる稲生(いのう) (たいら)さん。覚えていて損の無い人だから、記憶の片隅にでも置いてあげて」


「平おじ様と呼んでいいぞ」


 気さくに冗談を交える乗りは親しみやすく、また大型の体格には差異がある人懐っこい相貌もあり、風音と真朱の二人は壁を作る間もなく気を許していた。


「初めまして、神崎風音です」


「え……と、佐助花真朱……です」


「あ、申し遅れました。四宮鶫です。名乗りもせずにすみませんでした」


 それぞれが何の疑いも持たずに平と挨拶を交わす。

 平の正体が世界最大の“鬼”の勢力……“真ノ悪”の頭目、山本(さんもと)五郎左衛門だとは知る由も無く。


「こんな器量のいいお嬢ちゃんたちを侍らせて、いい身分だな公浩」


「こほん! 言いたい事は多々ありますが、今回は甘んじて罵倒を受けましょう」


「いい心掛けだ。とても女を泣かせる不届き者とは思えんなクズめ」


 公浩の苦笑が、より渋面へと変化していく。言い返せず、居たたまれない……しかし最小限のプライドで落ち込んだ様子を見せまいと踏み留まっている。

 公浩にとって稲生平とは、どうやら頭の上がらない存在のようだと女子三人は認識した。あの辛口な一面ばかりが目立つ公浩の、怒られて子供みたいに小さくなる姿が証拠だろう。


「誰とくっつこうが別れようが構わないがな……関係には最大限、責任を持て。持て余す関係ならば、せめてケジメだけは早めに付けておけよ?」


「肝に命じます」


 平は満足そうに頷いた。そして公浩を凹ませたその流れで、鶫たちに向けて親指をグッと立てる。お仕置きはしておきました

、とのアピールだ。

 思わず小さな拍手が起こり、公浩が更に小さくなった。


「ああ、それともう一つ」


 平が公浩の耳元にずいっと顔を寄せる。若干の鬱陶しそうな気配を物ともせず、誰にも聴かれない音量で声を発した。


「今晩、幹部連中を集めた。橘花院士緒(・・・・・)が動くとしたら、今晩だ」


 公浩は我知らず、口の端から邪悪な笑みが溢れる。

 鞭だけでなく、しっかりと飴も用意されていたのだ。それも、とびきり高級な部類の飴が。

 自分の計画、物語が進んでいく事を思い、待ち遠しさに身震いした。


「それじゃ、俺はもう行くぞ。嬢ちゃんたち、ソイツをよろしくな」


 言うだけ言って、平は歩き去ってしまう。サッパリとした別れに方、鶫たちはその背中へ慌てて挨拶を投げる事になった。


 平が公園に立ち寄ったのは、公浩を訪ねるために学園に向かう途中に偶々通り掛かっただけで、特に長居する理由もない。

 鶫と出会ったのも意図したものではなく、完璧な偶然だ。ここに居れば公浩がやって来てくれる状況となったため、待たせてもらった。

 案の定、メッセージを伝えることが叶い、更には公浩の近況を恋人(仮)という近しい人間から聞くことも出来た。息子の面白い可笑しい状況を肴に暫くは楽しめそうだと、ホクホク顔で立ち去ったのである。


 上機嫌で公園を出て行く平を見送った段階で、鶫が公浩の袖をちょんちょんと引いた。


「先輩、すみませんでした。二人っきりは、また今度ということで我慢します」


 鶫の上目遣いを受けて、公浩にも普段の余裕たっぷりな笑みが浮かぶ。

 風音と真朱も調子に乗っていた自覚があるのか、反省の色が見えるくらいには態度が大人しくなった。


「行こうか」


 結局、その日は四人でのデートで妥協する結果となる。これと言った喧嘩もなく、平和な午後だった。



           ★



 九良名市、退魔師協会本部ビル。

 退魔師のトップに君臨する者たちが、その日、その場所に集められた。

 無駄に広い会議室は白塗りの壁に四方を囲まれ、中央に円形の卓を置き、均等に設置された椅子には7人の男女が座っている。

 それぞれが退魔師協会の重要な役職に就いている人物であり、最低でも特一級以上の実力を持つ退魔師たちだ。

 その場にいる7人は比較的に若手の部類。特に男性6人の3名程が齢30に届くかどうかに見える。他の面々を見ても全員が40代程であり、巨大組織の幹部と考えるとそれでも若すぎる顔ぶれと言えた。


 無論、ここに居る幹部が協会の全権力という訳でもなく、むしろ“六家”の当主たちと比べれば末端と表現して差し支えない。

 年老いた古株の退魔師たちの多くが老害として無駄に権力にしがみついている現状もあり、退魔師協会の上層部ですら一部権限などが弱い有り様なのだ。


 そしてその老害の最たる者たちも、この会議に出席していた。

 正確には遠方から円卓の中央に置かれたスピーカーを通してだが、それは仁科家の重鎮たちによって半ば無理矢理に創設された“相談役”という迷惑極まる部署と繋がっている。


 この場に集まった者は多かれ少なかれ、“相談役”の存在を目の上のたん瘤と捉えている者ばかりだ。

 とは言え、時代の退魔師協会を牽引してきた人物たちであるのもまた事実。人格は兎も角、権力自体はかつての功績に相応しい報酬でしかない。

 だからこそ文句も言えず、それが協会の一番の(うみ)となっているのだが。


「関東統括殿が遅刻とは珍しいな。誰か聞いているか?」


 背広の男の言葉にその場の全員が首を振るか沈黙を返す。

 そこにただ一人の中年の女性が口を開いた。


「まさか……何か(・・)あったのでは?」


「カカッ、そいつぁねえな。あのおっさんに限って」


 即座に反応したのは、その場に似つかわしくないパンクな装いと無礼な態度をひけらかす二十代の男。ガチガチに固まった頭髪にサングラス、体中に回したチェーン……明らかに真っ当な若者と一線を画す雰囲気だ。


「どちらにせよ、呼び出した本人が居ないでは、話も始めらません。“相談役”、何かお聞きではないのですか?」


 理知的な眼鏡と堂々たる姿勢が印象に残る、若くスラリとした背広の男がスピーカーに視線を送りながら問う。まさか、何かしたのではなかろうなと、言外に威しを込めているのだ。

 するとスピーカーから、本来あるべき老人の声とは思えない若い女が質問に答えた。


『知らぬ。さっさと現れなければ儂らは去る……とのことです』


 “相談役”は必ずこの女の声を間に挟んで会話を行う。周りの者たちはもう慣れたものだ。

 理知的な青年は眼鏡をくっと上げて言った。


「ではそのようにしていただいて結構ですよ。本当に重大(・・・・・)な事なら後ほど、朝一番でお伝えしましょう。老人は早起きだそうですから」


三王山の小僧(・・・・・・)、儂らは黎明とは違う。増長が目に余るようなら排除しても構わんのだぞ……とのことです』


「増長がすぎるのはそちらでしょう。うちの妹を随分すげなく扱ってくれたようですね。IR(イル)という敵が現れてもなお隠し事とは、いったいどれほど後ろ暗い秘密を抱えているのやら」


『…………』


 三王山家は仁科家当主、仁科黎明との繋がりが強い。必然的に対抗派閥である“相談役”とは犬猿の仲だ。

 先程から言葉の端々に敵意を滲ませる三王山家次期当主にして、九良名学園長である亜笠の兄……三王山(さんのうざん) 阿斗州(あとす)は、その確執が特に顕著だった。

 しかも双方の険悪さは周囲も温度差を感じる程に熱が入っている。阿斗州へと同意する潜在的な“相談役”の敵は多いが、それらと比べても些か仲が悪い。


 スピーカーから睨み合いによる火花がバチバチと出ないか心配する空気が立ち始めた時、会議室の扉が開け放たれた。そこから入室した人物に全員の視線が一斉に注がれる。


「遅くなって済まなかった。道中で野良の鬼を狩ってたら興が乗っちまってな」


 入って来たのは初老の男。がたいが良く、仕立ての良いグレーのスーツにループタイ。遅れた事を悪びれもせず、軽やかな足取りで席の一つに着いた。


 稲生平……関東全域の“社”の全権を統括し、協会への影響力は“六家”の当主に次ぐとも言われる幹部だ。

 山本五郎左衛門の表舞台での(かお)であり、退魔師協会の喉元に深々と突き立つ牙の姿である。


「遅れてきて勝手な物言いですまんが、すぐに始めるとしよう。なにせ今世紀最大のスキャンダルだ……“相談役”の諸兄はちゃんと聞いてるだろうな?」


『どういうことだ……とのことです』


「まず、この資料を見てくれ」


 平の合図で書類が人数分配られ、全員がそれに目を通していく。ざっと読むだけでも、渋い顔がズラリと並ぶ結果となった。


糸浦(いとうら)の“社”から上がってきた報告書だ」


 書類が届いていない“相談役”を除いた全員が内容を深刻に捉える。何名か耳の早い者が独自に概要を掴んでいたようだが、より正確な被害報告を見ると、その認識の重さは比較にならない。

 たった一つ、“社”が保有していた武器が奪われたという事実だけでだ。


「先日、糸浦支部に保管されていた殿町宗玄の術装三傑作の一つ……『雲斬天俯瞰(くもをきりてんをふかんす)』が強奪された。敵の男は怪士(あやかし)の面を付けていて人相は不明。驚く事に単独だったそうだ」


 術装は“社”の厳重な管理下に置かれていたにも関わらず、怪士面の男が正面から力ずくで持ち去ったと述べる。


 真相はと言うと、稲生平=山本五郎左衛門が自らの手駒を使い、同じく手駒である赤坂村正から術装を盗ませた……一種の茶番である。

 送り込んだのが超級の実力者なのは事実だが、平は内心、苦笑を堪えるのに手一杯となっていた。


「あの広域殲滅兵器が盗まれたとは……あれを“社”や街中に向けられたら、被害は想像を絶するな」


 背広という以外に特徴らしい特徴が無い男が疑問を悲観的に顔を伏せると、それに対してパンクな装いの男が鼻で笑った。足はテーブルに乗せられ、この上なく態度が悪い。


「馬鹿か? あれは強力な術装には違いねぇが、精々それだけだ。どうせ次の使用まで時間も掛かるしな。そんな事より、あの赤坂村正の管理下にあったブツをたった一人で奪っていった賊だ……広域殲滅兵器なんかより、よっぽどやべぇ奴と思わねえか?」


 柄の悪い男は陸道 石刀(いわと)。陸道家の次男で、九良名学園第一校の学園長、陸道(かがみ)の弟だ。

 裏社会を中心に活動する陸道の家風を考えると、兄よりも家の性質を体現している男と言えた。


「石刀の言う通り。関東支部統括としては、その男の方が優先順位は高いと考えている。何せ村正と互角に立ち回っただけでなく……『色装』を使ったとくればな」


「ばかな!!」


 テーブルを乗り出す勢いで立ち上がったのは四宮の分家から送り出された男。本来この会議に立ち会える立場ではないが、四宮本家の虐殺が起き席が繰り上がった形だ。政略や退魔師の能力はそこそこで、最低でも体裁だけは整うように選ばれていた。


「『色装』は四宮の一族に伝わる秘伝。分家ではありますが私も使えます。関東統括殿は我々が犯人だとでも!?」


「落ち着け、そこまでは言わないさ。まあ、それに近い事は言うんだがな」


「……どういう意味ですか」


「まず考えてもみろ。『色装』を使い、単騎で糸浦の“社”を敵に回せる人間がどれだけいると思う? 四宮洋一郎ならともかく、他にそれだけの事が可能な人間が」


 そこに40代程の、唯一の女性幹部が口を開く。

 力強い目付きの中には、しかし抑えきれない不安が宿っていた。最悪の想像に行き着いているのか、困惑しつつも、どうか外れてくれと願う。


「四宮洋一郎には娘がいましたね。彼女なら可能なのでは?」


「いや、それなないな。そんな事ができるタマじゃなかった。能力的にも、人格的にもな」


 ガンッ


 それは石刀が(かかと)でテーブルを叩いた音。全員が石刀に注目した。


「成る程成る程、そういうことか。確かに納得いく話だわな」


「同感ですね。彼の御仁ならそれぐらいやってのけるでしょう」


 石刀に続き、阿斗州もその推論に行き着く。未だ察する事の出来ない四宮の分家の男は焦燥のままに疑問をぶつけ、無意識に二人を睨んだ。


「考えてもみてください。IRという強襲者……橘花院士緒でしたか? 確かに、彼のこれまでの所業を見れば、四宮洋一郎を含めた本家をたった一人で壊滅させたとしても、まあ有り得る話です。ですが、もっとリスクを抑えて、それが可能な方法があります」


「だから! なんだと言うんですか!」


 ガンッ


 またしても石刀が踵でテーブルを叩く。

 これだけの面子を前に、テーブルがベルの役割を果たすのは世界広しと言えど石刀ぐらいだろう。あまりの柄の悪さに呆れ、周りも思わず沈黙してしまうのだから。


「四宮洋一郎が最初から敵側だった……ってことだろ?」


 四宮の男は言葉を失う。四宮洋一郎が生きているなどと、(にわか)には信じがたい……いや、彼の実力者ならある意味、生存自体は納得できる。死体が見つかっていない事実も、石刀の仮説に説得力を持たせていた。

 もしや他に死体の残っていない者たちも同じように敵になっているのでは? だとしたら何時から? どの段階から敵に回っていたのか?


 四宮を代表して来ている男から血の気が引いていく。

 もしも仮説が正しければ、自分たち四宮に連なる者全員の立場を失う。名家としての権勢は地に落ち、協会内での居場所も軒並み奪われ、排斥されるのは間違いない。

 

 そこへ、平がさらに深刻そうに告げた。


「それも問題なんだが、まだ前置きだ。四宮本家が壊滅した直後、五行家の調査が入った事は知ってるな? 火事場泥棒が調べた結果、本家の家屋から殿町宗玄の術式、『我汝不認(われなんじをみとめず)』が用いられ隠匿された書物が発見された。今は俺が預かってる」


『待て、そんな報告は受けていない……とのことです』


「報告? ボケたのか爺さん。なんで俺の仕事をお前らに報告しなきゃならない。何様のつもりだ」


『何を考えている……とのことです』


「ふっ……今言った書物だがな。先日、術式の解除が終わって中を見させてもらった。何が書いてあったと思う?」


『…………』


 女の秘書を通じて会話しているため感情の一切が見えないが、“相談役”たちの沈黙が疚しさの表れである事は分かる。

 鬼の首を取ったと言わんばかりの阿斗州が不敵に笑い、眼鏡がキラリと光った。


「大方、どこかの誰かが悪事を働いた証言でも記されていたのでしょう。“相談役”、お心当たりは?」


『事実無根だ。捏造だ……とのことです』


「どうだかな……悪事の一つに、件の橘花院士緒についての文言がある。仁科家はなんと、橘花院の秘術欲しさに村を焼き払い、住民を皆殺しにした挙げ句、それを鬼の仕業とした。四宮家は当時の仁科家の動きを黙認、代わりに秘術の一つを受け取ったと書かれていた」


『デタラメだ。証明は出来ない……とのことです』


「まだまだ……四宮の管理地域で“三つの異能(トライアド)”の人体実験、おまけに所持者(ホルダー)を捨て石にしてテロ紛いな事までやらかしたとある。記載通りなら、こちらはすぐに証拠が集まるな。秘術の件で洋一郎を脅し、協力させたか? 娘を盾にすれば、あの子煩悩が逆らえる筈もない」


『…………』


「はははは!! 悪い事は出来ねえもんだなぁ、ジジイ共!」


「“相談役”、何とか言ったらどうです?」


 阿斗州の言葉から暫く、室内に沈黙が降りる。

 見ると、妙にそわそわと落ち着かない男が幹部の中に居た。

 “相談役”と深く繋がっている男だ。関係の深さにもよるが、少なくとも対岸の火事では済まないだろう。

 獅子の皮を被った羊が皮を失くし、猛獣の檻で震え始めた。


 そんな憐れな羊を一思いにしてやろうと、平は話を進める。


「この場をもって、“相談役”という役職解体の決議を行いたい。四宮洋一郎の裏切り云々については……まあ、後でいいだろ。異論の有る者は?」


 返事は無し。それは明確な肯定の意思だ。


 四宮洋一郎の裏切りなどという話は、そう思われるように平が誘導した欺瞞。これで四宮だけでなく、協会や“六家”の当主も、疑心暗鬼で動き難くなるだろうと踏んだ戦術である。

 そんな思惑など知る由もなく、幹部たちは後顧の憂いを断つのに丁度良い機会という認識しかない。

 ここまで場を操った平からすれば、蛇蠍(だかつ)の如く毛嫌いしていた“相談役”を糾弾できるとあって喜ぶ者たち全員、滑稽に映っていた。

 会心の笑みを浮かべる阿斗州などは特に。


「………ふ」


 阿斗州の勝ち誇った顔でも見えたのか、スピーカーの奥からガシャンと何かが割れるような音が届く。

 みっともなく暴れ、八つ当たりしているのだと、全員が理解した。


「まずは、これまで“相談役”の管理、監督していた組織、人員、その他諸々の引き継ぎを――――」



「会議中に失礼いたします。緊急事態ですよ皆さん」



 平の進行に誰も口を挟まず、話が進もうとしていたその時、扉が開かれた。

 一斉に視線が集まるが、そこには誰もいない。バキッという音を聞き、円卓の中央に目を向けると、そこには手を広げてスピーカーを踏み潰す緊急事態(・・・・)が立っていた。


「高い所からスミマセンね……お初にお目にかかります。私は橘花院士緒。お見知りおきを」


 突然の事に思考が停止する者が何名かいる中、いち早く対応をして見せたのは阿斗州、そして石刀だ。

 阿斗州は二丁のハンドガンを抜いて士緒に向けて構え、石刀は通力によって無骨な岩の塊にも似た刀を顕して飛び掛かった。


 士緒は口の端を持ち上げて笑み、結界を発動する。何の事はない、ただ硬いだけ(・・・・・・)の結界。それが急激に膨張し、その場の全員を異物として会議室の壁へと押しだした。


 ガンッと、白塗りで殺風景な壁に激しくぶつかる音が室内に響く。士緒と、自力で結界を破壊した平を除く幹部たちが部屋の隅に追いやられていた。


「そんなカリカリしなくても良いでしょう。私に戦う意思はありませんし、壊したスピーカーより良いモノも差し上げますから」


 その余りにも淡々とした様子が、士緒の底知れなさを物語っていた。

 全員が一線級の退魔師ではないが、それでもこの会議室、この建物にいる人間だけでも大戦力だ。こんな散歩気分の涼しい顔で入り込める場所ではあり得ない。

 四宮洋一郎が裏切ったかどうかなど、些末に思える程だった。


「まず、南斗に現れた“急所斬り(クリティカルブレード)”ですが……これが少々目障りでして。今は傭兵として“百鬼大蛇(ナキリオロチ)”に雇われています。現在、九良名市と南斗市の西に位置する山間部にて拠点を築いているようです。まさか黙って見過ごしませんよね?」


 ニコッと無邪気とも思える笑顔を浮かべると、士緒を取り囲んで身構える者たちを尻目に、テーブルからピョンと飛び降りて扉の前に立った。

 するとその背中に、三王山阿斗州によって2つの銃口と殺気が向けられる。


「そのくらい自分でやったらどうだ? 四宮を一人で潰したのなら容易だろう」


「……ええ。本当はこのような雑事を人に押し付けるのは心苦しいのです。ですがヘイト管理はしっかりしておけと、山本五郎左衛門様から煩く言われていまして。プチプチ潰して回ると仕事が増えるものですから」


「山本五郎左衛門………“真ノ悪”だと」


 その言葉が幾人かの幹部に齎したのは、劇的な表情の変化……(おそ)れに引き攣った顔だった。

 退魔師協会でも上の地位にある者なら、それがどれ程に強大な一団か知っている。一部の退魔師の間では都市伝説として扱われている事も。

 決して、こんな場所で相対して良い存在ではない……世界一のビッグネームだ。


「…………」


 唯一、好戦的に光る瞳を保ち続けていた陸道石刀。不意を突くつもりで飛び出そうとした石刀の前に、平の腕が視界を遮る形で差し出された。


「止めとけ。死ぬぞ」


「あん?」


 その瞬間、部屋にスピーカーによる音声が響いた。


『殺せ!!』


 命令は“相談役”によるもの。

 その声に反応して、小飼と思われる背広の男が動いた。先の会議で“相談役”の失墜が決まってから怯えっぱなしだった男。

 その目には溢れんばかりの恐怖、しかし後には退けない崖っぷちに立たされた者の、最後の足掻きだ。


「うぁああああっっっ!!」


 背広の男は悲鳴のような叫びと共に炎系の顕術を撃ち出す。炎の奔流が士緒を包み込んだ。


 直後、軽い風切り音が鳴る。炎の中心を切り裂き、不可視の何かが男に届いた。


 グシャッ


 男の頭部が破裂したように弾け飛んだ。

 脳漿がスイカの種のように飛び散り、首を失った胴体がグラッと傾く。粘り気のある不快な水音が床を叩き、次いで肉塊が倒れた。


 部屋の一角を炎の海と化した顕術は掻き消え、白塗りの床や天井には焼け焦げた跡。橘花院士緒はというと、まるで堪えた様子もなく常のにこやかさを貼り付けていた。


「最後に一つ、伝えておきましょうか。“相談役”の皆さん」


 誰も動かず、何も言わない。動いたらそこに転がっている男の二の舞……そんなイメージが湧いてしまうほどに衝撃的で、そして理解不能な現象だった。

 阿斗州と石刀だけは戦意を失っていない目付きで、士緒を睨み据えている。


「以前のメッセージはお聞きになられたでしょう。きっと今この瞬間も震えているのでしょうね、いい気味です。近々私は宣言通りに、あなた方を殺しに行きます。待たなくても結構ですので、汚い頸だけ洗っておいてください」


 一方的に言いたい事を言って、士緒は会議室を出た。

 異様な気配は無駄に広い会議室から消え、焦げ臭さと濃厚な血の臭いが残される。


 途端、緊張の糸が切れた数人がフラフラと椅子に向かい、腰を下ろした。

 吐き気を催す血の臭いの中ですら、死に直面した恐怖の後では新鮮な空気と変わらない。思い切り呼吸をして頭に酸素を送り込んだ。


「言うまでも無さそうだが、追いかけようなんて考えるなよ? 黙っていれば勝手に帰ってくれるんだ……今は刺激したくない。仮に事を構える時は、この建物にいる百倍以上の戦力が必要と思っておけ」


 平の発言は全員が納得せざるを得ないものだ。それを情けないとは思う者など、今となってはいる筈もない。

 強気な態度を崩さない石刀も、本音では同意している。見た目には依らず、馬鹿な男ではなかった。


「さて、死体を片付けたら、話の続きといこうぜ。せっかく忙しいなか集まったんだからな」


 それに反対する声は、天井のスピーカーも含めて出ることは無かった。




『改稿しました』



・ここから遊び↓




平「ああ、それともう一つ」


 平が公浩の耳元にずいっと顔を寄せる。若干の鬱陶しそうな気配を物ともせず、誰にも聴かれない音量で声を発した。


平「今晩、俺の部屋に来い。お前の親父(むらまさ)には内緒でな」


公「そんな! いけません平さんっ、貴方には父という男性(ひと)が――――」


平「いい子ぶるなよ。寮生活で溜まってるんだろ? 久しぶりに可愛がってやるぜ」


公「っ………だ、ダメです。僕にはこれ以上、父さんを裏切るなんて出来ない!」


平「ふ……お前は俺に逆らえねーよ。散々仕込んでやったからな」


公「あっ、そんな、平さん………ぁ、あっーーー!!?」



―――生徒会役員寮―――


風「なーんちゃってなんちゃって!! うひゃーっ、色々と捗るわぁあ!!」



 枕が破裂せんばかりの力で抱き締め、ゴロゴロゴローーッとベッドの上を整地する神崎風音。

 寮監の雷が落ちるまで30秒………




―――女子風紀委員寮―――


「きゃーーー!? だ、誰か来て! 佐助花さんが倒れてる!!」


「ひっ!? な、何よこれ、ハナ血の海……」


「……綺麗な顔してるでしょ、ソレ」


真「………かふっ。けほっけほっ………だ、れか、ティッシュを」



 女子寮が腐海に沈むまで、3日………




―――薬局―――


鶫「軟膏、有るだけください」



 昨夜はお楽しみでしたね



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