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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
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第23話 悪魔の取引


「こんばんわっす、お二方。お待ちしてたっすよー」


 前回の密会で使った海沿いの堤防。そこで胡散臭い笑みを浮かべる梢と、何を考えているか分かったものではない微笑を湛える橘花院士緒が、九良名学園の学園長……三王山(さんのうざん)亜笠(あがさ)と、風紀委員長の斑鳩(いかるが)(えにし)を出迎えた。


「ん? 橘花院よ、その怪我はどうした?」


 士緒の顔には激戦でも潜り抜けてきたかのような傷がいくつもできていた。

 ちなみに、公浩の時に顔に傷が付くと変装に影響が出てしまう。故に風音に襲われた時も顔だけは死守したのだが………

 何事かを思い返すと、傷だらけの笑顔は心なしかひきつっているようにも見える。


「大きいネコにじゃれつかれただけですよ――――んぐっ」


 士緒の脇腹に梢の肘が深々と刺さった。


「うちの若が女遊びを覚えてしまったんで、引っ掻いて思い知らせてやったっす。にゃははーっす」


 梢の顔はまったく笑っておらず、隣から士緒を睨む視線がビシビシと飛んでいた。


「女遊びか……橘花院よ、後で話がある。佐助花の件が片付いたら少し時間をとってもらおうか」


「おや、斑鳩さんまでも私を虐めようと言うのですか……興奮したらどうしてくれるんです?」


「ごほんっ! 無駄話はそれぐらいにしてもらおうか。斑鳩、あまり敵と馴れ合うな」


 士緒たちの前に現れたのは縁と亜笠の二人だけ。

 呼び出すにあたって、その条件を厳守するように伝えてあった。それに対してどんな反応を示すかも見たかったのもある。

 条件を守るのか、それとも知った事ではないと戦力を集めるのか。相手の考えを探るために。

 結果としては、学園側の敵対的行動は確認できず。少なくとも今回に限っては取引ができると、お互いに見ていた。


「始めに言っておくぞ、橘花院。今回は生徒を助けるため仕方なく話の場を設けた。今後あたしたちに敵対するのであれば、容赦なくぶっ殺すからな」


「それはそれは。今回は契約が成立したと受け取って宜しいのですね」


「………そういうことだ。」


 士緒は穏やかに微笑み、「大変結構です」と一言。スーツの内ポケットから一枚の紙を取り出した。

 亜笠が警戒を強める気配が届くが、縁は愉しそうにニヤニヤと、士緒に至っては気に留めた様子すらない。

 強者のみに許される余裕だ。反対に、余裕の無い亜笠は尚更に苛立ちを強めたが。


「かつて襲撃した“三つの異能(トライアド)”の研究施設で手に入れた術式、それに手を加えて悪性を排除したものです。そちらを使えば、少なくとも佐助花真朱が術式の暴走で命を落とすことはありません」


 縁は紙に視線を落とし、それを亜笠にも見せる。

 紙には二人の知らない術式が描かれてあり、複雑な模様でできた三つの魔法陣のようなものが連なっている。

 二人が見ただけでは、どんな術式なのか分からない代物だ。


「どうぞお調べになられて結構です。しかしその場合、術式の構築に造詣(ぞうけい)のある人間に見てもらう必要があるでしょう。佐助花真朱の事情を知っている人物で、それを調べられる方はいらっしゃいますか?」


 縁と亜笠は軽く視線を交わす。亜笠は頷きをひとつ返し、士緒へと向き直る。


「信用できる者はいる。余計な気遣いはするな」


「左様ですか。ならば良いのですが」


 亜笠が頼のは間違いなく、養護教諭のマサキだろう。

 あの敵とも味方ともしれない女……佐助花真朱の“三つの異能”を安定させてきた技術があれば、確かに術式の解析が叶わぬ道理は無い。

 亜笠とマサキの間にどれだけの信頼があるのか気になるところだが、さすがに士緒が関わっている以上、失敗や突然の造反は困る。

 後程、黒沼公浩の姿で圧力を掛けておくべきか………


「では後の判断はそちらにお任せいたします。使うも使わないも自由。私は約束の情報だけ頂戴したら帰るとしましょう」


「ちょっと待て、橘花院。一応この術式について説明をしろ。どういう効果で、どういう結果になるのかをな」


 亜笠の言葉に士緒は一拍だけ間を置いてから縁を見る。

 縁はその視線の意図に思い至り、自嘲にも似た含み笑いを返した。

 その反応の意味するところは、ただの風紀委員長では知りえない事柄を知っているということだ。


「これはこれは、学園側も一枚岩ではなさそうですね………三王山亜笠さん、貴女は鬼がどのように生まれるか、ご存知ですか?」


「……鬼がどう生まれるか?」


 そのたった一つの質問に、やはり縁は訳知り顔で動じない。

 考えを改めるべきだろう。学園内において、ある意味この女が最も油断ならないと。


「何度か、裂けた空間から鬼が湧き出てくるのを見た。研究者の間でもその現象が何なのか、未だに分かっていないようだが……それがどうしたって言うんだ」


「ふむ、なるほど。三王山家の次期当主候補でも、その事実は知らされていませんか。現当主である貴女のお父上ならご存知だと思いたいですね。鬼との戦いで陣頭に立つべき“六家”が、この程度の知識を持たないのではゾッとしませんから」


 何が面白いのか、士緒は愉快そうに嗤う。

 反面、亜笠は不愉快を募らせ、怒気を露に物騒な気配を垂れ流していた。


「だからっ、鬼がどうしたってんだ。それが佐助花の事と何か関係あるのか?」


「佐助花さんには直接の関わりはありません。ただ、彼女を助ける手段が、貴女には少々受け入れ難いかもしれません」


「あん? どういう意味だ」


 そこに縁のクツクツと笑う声が割って入ってきた。

 亜笠の怪訝そうな目が、そちらを見やる。


「ふふ……亜笠、少しばかり早まったかもしれんぞ。前にこいつが独楽石栄太に持ちかけたのと同じで、これは……悪魔の取引だ」


 悪魔は契約に従い、相手の望みを叶える。しかし、望みは得てして契約者の望まぬ形で叶う。

 全てがその例に当てはまるわけではないが、願いを叶えるには相応以上の代償が必要という分かりやすい例えだ。


「橘花院よ。貴様の狙いは神野悪五郎の方の封印か? もしそうなら、少なくとも最悪の事態ではないという良い知らせなのだが」


「ご想像にお任せいたします」


 白々しい笑顔での誤魔化しに、縁も皮肉っぽく微笑を浮かべる。


「斑鳩、どういう事だ。何か知っているなら説明しろ」


「良いとも。しかし、説明を聞いてから「やっぱり使わなかったから情報はやれん」ではこの男との取引に反する。一応は有効な解決策なのだからな。フェアな取引のためにも、今すぐ情報を渡すが……異論はあるまい?」


「………分かった」


 亜笠の渋々といった様子の返答を受けて、今度は縁が四つ折りの紙を取り出し、士緒に手渡した。

 開いた紙には一つの地名と大まかな地図が記されている。九良名市に隣接する山中だ。


「神野悪五郎の封印は五つの場所に設置されている。それらを全て破壊して然るべき(・・・・)手段をとれば、神野悪五郎は再びこの地に現れるだろう。もっとも、我々は情報は与えるが、黙って見過ごすわけではない。その際は私も対峙せねばならん」


「これはその内の一ヵ所ですか。少々割りに合わない感も否めませんが、まあ良いでしょう。それに先程の仰り様から察するに、神野悪五郎以外にも封印があるようで。それも情報の一つとして頂いておきましょう」


「知っているかとも思ったが……いかんな、口を滑らせてしまったか」


 縁は愉しそうに笑っている。ミスをしたとは思えない、或いはわざとなのではと推測させるには十分な態度だ。

 亜笠は渋い顔を向けているが、煩く言う様子はない。勝手な振る舞いには慣れているのだろう。そして、その行いを許す事にもまた、慣れている。


「何はともあれ、こちらは契約を果たしたものとお考えください。先程も申し上げた通り、使うも使わないもあなた方の自由です。それと、三王山さんへの説明は斑鳩さんからお願い致します。色々とお詳しそうなので」


 士緒は「それでは、我々はこれにて」とだけ言って踵を返そうとするが、そこに縁が制止の声をかけた。


「待て。言っておいたろう、少し時間をとってもらうとな」


「……そうでしたね、失礼いたしました。それでは、存分に語りましょうか」


「なに、時間も手間も取らせん。3秒でいい、そこに立っていろ」


 縁からは敵意の一切を感じられない。だからこそ士緒も梢も、その油断していたのだ。

 あまりにも自然な動きで士緒の首に両腕を回し、そして………油断が恐ろしい事態をその場に出現させた。


「ん」


「――――!」


「は!?」


「ぎゃああああ~~~っす!!」


 何が起きたかは単純明快。まずは縁が士緒に口づけをした。次に士緒が混乱に陥り、続いて亜笠が驚愕の声をあげ、最後に梢が気絶。たったそれだけの出来事。

 縁はぴったり3秒間、深めのキスをしたかと思うと、サッと体を離した。


「油断が過ぎるのではないか? 私がくノ一だったら死んでいたぞ」


「っ………ご、ご心配なく。私は毒には強い方ですし、それにどのような事態でも、対処できるだけの備えや自負もありますので」


 平静を装っているが、狼狽する空気は伝わってくる。どのような事態でも……などと、説得力が無さすぎだ。

 そんな士緒のひきつった笑顔を見て縁がふっと笑みを溢す。


「ますます気に入った。これは真面目な話なのだが……私を(めと)っとみる気は無いか? 貴様が頷くなら、前金として亜笠の処女をくれてやってもいいぞ。私のはその後にでも――――」


 その瞬間、士緒と縁に殴りかかる人影が二つ。

 亜笠と、目を覚ました梢だ。ただし、殴りかかったのはそれぞれ、士緒に梢が、縁に亜笠がという具合だった。

 互いの味方から殺されんばかりの剣幕を受け流す二人。士緒の方は一撃目を回避するも、梢に追撃されて馬乗りされている状態。マウントで襟首をガッチリと押さえられている体勢だ。


「若っ!! 若わかワカーー!!? バカァ!!」


 梢は涙目で士緒の首から上をぐわんぐわん揺らして非難を浴びせかけている。

 時折、「自分には手を出してくれなかったのにー!」といった、愚痴にも聞こえる不思議な罵倒が幾つも飛び出していた。


「まっ、待って!? わたっ、私もっ、私もいきなりでっ、何がなんだっか!?」


 一方、頭を揺らされ喋りにくそうに弁明する士緒など眼中に無い亜笠は、顔を赤くして縁に怒りの表情を向けていた。


「てめぇ斑鳩! 遊ぶのも大概にしろ! だいたい誰が処女だ!」


「違うのか? 前にスミスが触れ回っていたんだがな」


「あのクソアマぁああああ!!」


 空に向けて大声を発した亜笠はゼイゼイと息を荒げるも、すぐに呼吸を整えて縁へと向き直る。


「ああクソ! 百歩譲ってそれはどうでもいい。お前が誰を誘惑しようが、それもどうでもいい………だが! 何事にも例外ってのがある。ただでさえ悪い状況で、万が一にもお前が敵に寝返るなんて事は許さないからな。理事長との契約が具体的にどんなものかは知らねーが、少なくとも敵対は許されていないだろ」


「勘違いをするな亜笠。私はなにも貴様らの敵になるつもりは無い。仁科黎明との契約も踏まえて、欲しいモノを一つ貰うだけだ。今すぐな」


「それが、そいつだってのか? お前がそいつを誑かしてくれるのなら大歓迎だ……が、そんな都合のいい話じゃなさそうだな」


 亜笠と縁はそのまま無言で睨み合う。亜笠に余裕は無く、逆に縁は子供を相手にするかのようにヤレヤレと肩をすくめる。


 本来なら亜笠は、この場に来る予定では無かった。前回ここで密会が行われた時も、学園を離れたのは苦渋の決断だったのだ。

 亜笠には極力、学園を離れるわけにはいかない理由がある。それでもここに来たのは縁の身を案じたのと、一度は橘花院士緒とやらをその目で見ておきたかった故だ。

 そして今回、まさか橘花院士緒が縁の好みにハマるとは想定外すぎる。結果的に、態々(わざわざ)出向いてきたのは正解だったろうと納得していた。


「お二方、当人抜きのお話はそこまでにお願い致します」


 見ると士緒が立ち上がってこちらを見ていた。

 梢はプイッとそっぽを向いて不機嫌そうにしている。


「斑鳩さん。お気持ちは嬉しいのですが、私にも相手を選ぶ権利というものがございます。そして貴女には、相手を選び直す権利を行使なさることをオススメいたします」


 それは拒絶の言葉。士緒の意志が強く伝わるような声音だった。

 しかし、縁の表情には一ミリの変化も現れていない。


「いいや、決めた。貴様が良い」


「そうおっしゃらず、色恋は長く、そして広い目でご覧ください………さて、何にせよ、今度こそ私は失礼させていただきます。またお会いしましょう」


 士緒は早口にその場を閉めると、くるりと背を向けて全力離脱を敢行した。

 ビューンという音が聞こえてきそうな、それはそれは見事な逃げっぷりだった。


「あっ、おい! 言いたい事だけ言って………って、もう見えねえし」


「む、梢とかいう女もいなくなってるな。恋人……という感じではなかったのは僥倖か。まあ、やつが言っていたように長い目で見ることにするか。それにしても……奴が気まずさで狼狽える様は実に良かった。愛しくてキュンキュンしないか?」


「………150年も昔から生きてる災害級、“鬼王・斑鳩(いかるが)”様にも、女子高生みたいな欲求が残ってたかよ」


 災害級と言われ、縁の上気した表情が苦笑へと変わった。

 居心地悪そうに、過去よりの感傷に思いを巡らせる。


「他の鬼王に比べれば私などお子様もいいところだ。人間の貴様とは価値観が違うんだよ、29歳独身の喪女め」


「やかましい! あたしより長く生きてる時点でババアには違いないだろ………ったく、もういいから取り敢えず帰るぞ。聞きたい事は山ほどあるんだ。全部答えてもらうからな」


「ふ、良いだろう。ついでに男日照りに潤いを与える方法も教えてやろうか?」


「振られておいて何言ってやがる。説得力無いっつーの」


 感情的な亜笠と、終始落ち着きを保ちながら亜笠を小馬鹿にする縁。

 学園長と生徒の間柄ではない、対等な喧嘩仲間として二人は帰路についた。




『改稿済み』

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