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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
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第20話 神々の手にある人間、腕白どもの手にある虫


 鶫は糸浦市にある公浩の実家へとやって来た。

 駅から20分ほど歩いた所にある住宅街。そこの綺麗な一軒家にて、公浩の養父である赤坂村正に持てなされいる。

 苗字が違うのには複雑な事情が有るらしいのだが、流石に鶫が簡単に踏み込めるような雰囲気でもなく、その話題は取り敢えず置くことにした。


「いやー、ごめんね。ろくなお茶うけを用意してなくて。それに公浩も、今はちょっと仕事を頼んでいてね」


 なんでも、“(やしろ)”からの依頼でちょっとした仕事を引き請けているらしい。以前にこの街にいた時から同年代の退魔師見習いたちと比べても、“社”からの要請は多かったそうだ。

 九良名学園のような退魔師の事情に配慮した学舎はこの街には無く、退魔師未満として活動するにも九良名とは形態が違っている。

 監督役の同行も義務づけられているため、余程の有望株でもなければ直接仕事の要請など来ない。

 その点、公浩の地元での評判は上々だ。堅実でミスも無く、出すぎた事はせずに周りを立てる仕事ぶり。目立つ活躍こそ無いものの、仕事の質は高いのだとか。


 その有能さのおかげで鶫はすれ違い、まさかの父親と二人きりという気まずい空間に放り込まれてしまったわけだが………


「わざわざ公浩を訪ねて来てくれたのに、すまないね」


「いえ、そんな。こちらこそ、いきなり押し掛けてしまって……」


「いやいや、公浩も喜ぶと思うよ。なにせ女の子の友達が家に来てくれたことなんて今まで無かったからね」


 村正はニコニコと穏やかな笑みで嬉しそうに語る。

 鶫としても、密かに嬉しく感じていた。自分は公浩の家に上がった初めての同年代の女子なのだと、ちょっぴりの優越感だ。


「公浩は、学園ではどんな様子かな? クセのある子だからね……うまくやっていると良いんだけど」


「今じゃ欠かせない存在です。あたしも、お世話になるばかりで」


 村正は頷きながら「それは良かった」と笑っている。

 鶫にも、その笑顔に誘われるように笑みが浮かんだ。

 だからだろうか。気が大きくなって、つい踏み込んだ質問をしてしまったのは。


「二人だけの家族なんですか?」


 言ってから、しまったという顔で自己嫌悪に入る。

 村正は養父で、苗字も別。複雑な家庭環境なのは火を見るより明らかだ。

 それに考えてみれば、退魔師の家庭が複雑なのは珍しくない。それも、それぞれ不幸な出来事(・・・・・・)に起因する場合が多いというのは、一種の常識であった。


「ぁ……ぇと…………すみません。不躾な質問でした」


「……気にしないで。簡単に言うと、あの子は天涯孤独でね。僕が引き取ったんだよ」


 天涯孤独。その言葉だけで鶫の胸は張り裂けそうになる。

 今の自分も似た境遇とあって、必要以上の共感を覚えていた。

 退魔師の仕事で命を落とし、残った子供が知識や素養を引き継いでいた場合は、親類ではなく退魔師が引き取って面倒を見る……良いか悪いかは兎も角、それらは慣例に近い認識を得ている。

 公浩の場合は身寄りもなく、村正が引き取る際のトラブルも皆無だったろう。


「仕事で……ね。良くある話だよ」


 これは黒沼公浩という少年の真実だ。橘花院士緒という男の過去とは関係がない。

 どちらの過去も、全く違う不幸に彩られている。そして、そこに四宮鶫の因果も絡んできた……村正は、少しだけ運命染みたものを感じていた。


「……はは、僕も配慮が足りなかったかな。四宮さんこそ、今は大変な時期なのに」


 鶫の実家……四宮家は当主と、家に連なる主だった有力者が殺されてしまった。

 それでも、その場にいなかったことで難を逃れた本家筋や分家筋などもおり、水面下では次期当主争いの真っ最中なのだ。

 そして、もっとも有力な派閥は本家筋による、鶫を次期当主に据えようとする者たち。

 当然と言うべきか、本家筋の者たちは鶫を当主に据え、裏で自分たちが実権を握ろうとしている。四宮の屍肉と、未熟な娘を食い物にしようとしている禿鷹どもだ。


 元々身体の弱かった鶫が健康を取り戻した時から、いずれは当主にと言われて育ってきた。父親の……洋一郎の意志を継ぐ事に、気持ち的な問題は無い。ただし傀儡は御免被る。 

 そのため鶫は現在、味方を集めるために動いている。その中で最も大きな後ろ楯は亜笠を仲介とした三王山家だ。

 本音では四宮の本家筋と同様、傀儡とすることを望んでいるようだが、亜笠の一喝でそれらの意見を封殺していた。


「あたしは、それほど大変だとは思っていません。とっても頼りになる上に尊敬できる、格好良い人が味方してくれていますので」


「………なるほど。君には頼れる誰かがいてくれるみたいだね」


「…………?」


 村正の言葉の端に、僅かに影が差したように見えた。

 それもすぐに見えなくなったため、鶫も深く問おうとはしなかったが。


「さて、それじゃあ………街でも案内しようか。公浩もいつ戻るか分からないしね。何だったら、こちらから出向いてみるかい?」


「い、いえ……そこまでして頂かなくても――――」


 その時、ジリリリリと村正の携帯から古風なコール音が鳴り響いた。


「ちょっとごめん。仕事の電話だ」


 そう言って村正は部屋を後にする。

 そういえば、村正は退魔師としてどんな仕事をしているのだろうか。

 鶫は勝手に、書類などの事務仕事をしている村正の姿を想像していた。



           ★



 鶫に声が届かない位置へと移動し、村正は電話に出た。


「お待ちしておりました、若頭」


『煩わせて済みません、村正。まさか四宮さんが直接そちらに行くとは予想外でした』


 電話の相手は橘花院士緒。

 士緒は、今はまだ九良名市にいるのだが、その気になれば『駿空結界』を使用していつでも駆け付けられる。

 その場に居なくても慌てる段階ではなかった。


『彼女が公浩(・・)を訪ねた理由は聞きましたか?』


「まだです。それと、若頭が自らお出でになる必要は無いのでは? 公浩は任務に行っている事になっていますし、明日には九良名に戻る予定となっていたはず。四宮鶫は、こちらで適当に誤魔化しておきますが」


『顔を出す程度ならたいした労力ではありませんし、それに彼女が明日を待たずに公浩を訪ねたのなら、何か早急の用事があるのかもしれません。それと、久しぶりに村正の顔も見たいですから。報告書だけのやり取りは味気無いので』


「……ではやはり、今からこちらにお出でに?」


『ええ。任務を終えて帰宅したことにします。後10分もかからないでしょう』


 士緒の使う転移術式、『駿空結界』でイチ式からサン式までは目的地にも術式を設置しておく必要がある。

 ヨン式とゴ式はあらかじめ術式を設置する必要は無いが、距離や質量は限られ、通力と体力の消費も激しい。

 よほどの事でもなければ使わないようにしていた。

 今回のような事態を想定して家の近くに『駿空結界 ニ式』を設置しておいたのは正解だったらしい。

 ニ式の優れた点は転位できる距離の長さだ。運べる量はそれほど多くはない代わりに、最大で宗谷岬から首里城ぐらいの距離を飛ぶ事が可能だった。


「分かりました。では、私は入れ替わりで席を外します。彼女が用があるのはあくまで若頭ですし、私がいてはボロを出しかねません」


『ふむ、仕方ありませんね。到着次第そちらの仕事に戻ってください。“社”糸浦支部長(・・・・・)としての貴方の働きに期待しています』


「全力を以てお応えします。それでは、後ほど」


 二人は会話を終え、通話を切った。

 村正は鶫のいるリビングにひょこっと顔を覗かせる。その顔は電話に出る前の穏やかな表情に戻っていた。

 鶫は先程の位置から微動だにせず、綺麗な姿勢でソファーに座っていた。


「放ったらかしにしてゴメンね、四宮さん。重ねて済まないんだけど、これから仕事に出ないとならないんだ。もうすぐしたら公浩が帰ってくるみたいだから、そこからは僕は消えてるよ」


「あっ、いえ、お忙しいところをわざわざありがとうございました」


「いえいえ。これから支度するんでドタバタ五月蝿いけど、遠慮無く(くつろ)いでてね」


 村正は部屋をあとにし、二階へと上がって行った。

 そして鶫はと言うと、段々と緊張が増してきている。もうすぐ公浩が帰ってくると思うと、色んな覚悟をしてきた筈なのにそわそわと落ち着かない。

 もうすぐ……自分が本当に成長できているか確かめられる。


 10分ほどそうしていただろうか。鶫が瞑想で気を静め、集中力?を高めていたところに、玄関の扉が開く音が届く。


「………!」


 いよいよだ。

 扉が閉まる音。靴を脱ぐ気配。廊下を歩く気配。リビングの扉を開ける音。そして「ただいま帰りました」の声の主を決意と共に見据え、鶫が立ち上がる。

 公浩が満面の笑みを湛えて声を発しようとするまで、全てのものが自然で、かつ当たり前の流れ。しかし、流れは突然に―――少なくとも士緒にとっては―――予期せぬ方向へと向かった。


「黒沼先輩! お付き合いしてください!!」


「…………はい?」


 開口一番の鶫の告白に公浩はキョトンと放心してしまう。村正などは厄介な気配を察知していたのか、何食わぬ顔で姿を消していた。


「黒沼先輩が好きです! 試しにでもいいので付き合ってください! 後悔はさせませんから! 精一杯尽くしますから!!」


 公浩に迫り、胸ぐらを掴む勢い……と言うより勢いあまって本当に掴みかかっていた。

 公浩は最初混乱したが、すぐに我を取り戻して声を発する。


「と、とりあえず落ち着こうか四宮さん。ほら、そこに座って。深呼吸して」


 公浩はソファーを指し示し、結構な力で鶫をそこに座らせた。

 鶫は興奮した様子で息を荒げている。


「言っておきますけど、冗談でもありませんし、錯乱もしていません。()は間違いなく本気で、しかも正気です」


「それは……うん、確かに伝わってくるけど。僕たちはまだお互いの事を知らないと言うか……」


「付き合ってから知り合いましょう! とにかく私は先輩を誰かに盗られたくありません! その気持ちだけで、好きの証明には十分だと思います」


 鶫の一人称がいつの間にか『私』になっている。この変化は何を意味しているのか。


 当然だが公浩(・・)は誰と交際させるわけにもいかない。別人である以上、深い仲になれば正体がバレる危険性があるからだ。喩えバレないとしても、足枷になる可能性は充分にある。


 本来なら断る以外の選択肢は無いのだが、そこでもう1つの考えに至った。

 今回の相手は四宮(・・)だ。事が済めば用済みどころか、邪魔な存在。更には復讐の建前まで。

 ならば、もっと冷酷な選択肢も見えてくるだろう。

 まず、四宮鶫は公浩に好意を抱いている。だがその実、中身は士緒だ。このまま鶫の好意が強くなればなるほど、真実を告げた時の心のダメージは計り知れない。

 以前に心を壊しかけた時と違い、最終目的を達成した後なら、鶫がどうなろうと構わないのだ。

 そうだ。そうするべきだ。そしてたっぷり時間をかけて、絶望へと導いてやれば良い。


 士緒の心は決まった。

 そして公浩の存在を借りて、鶫に告白の返事を聞かせるために口を開く。



「僕はまだ誰とも付き合うつもりは無い。君とは………付き合えない」



 なんだ……何を言っているんだ? 自分は今、何を言った?

 付き合えない? なぜ付き合うと言わなかった! なぜ利用するだけして、最後に捨ててやろうとしない!


 あまりにも自然と出てきた言葉は、士緒の困惑を頂点に達しても余りあるものだった。 


「聞きました。先輩、他の人からも告白されたって。私とその人、何が駄目なんですか?」


「二人とも駄目な事はない。悪いのは僕だけだよ。僕が弱い(・・)からだ」


 認めたくない。自分の心の弱さを。復讐者に徹しきれない自分を。

 何故もっと非情になれないのか。それも士緒が弱い(・・)から……中途半端だから。

 例えば相手が仁科家で、実際に非道を行った人間であったなら……躊躇しなかったのだろうか?


 ……どちらにしろ、士緒が生ぬるいことに違いはなかった。


「私には、先輩の弱さとかは理解できません。けど、言いたいことは分かります。でも私はっ、このまま引き下がるつもりはありませんから!」


「これでも親切で言ったつもりだ。僕への気持ちは忘れるべきだ。でないと君は、いつか絶対に後悔する」


「馬鹿にしないでください! 先輩が何を思ってそんなことを言うのか知りませんけど、自分の想いの責任くらい取れます。例え後悔することになっても、ちゃんと背負える程度には大人のつもりです」


「違う! 四宮さん、君はまだ子供だ。君が僕に抱いた感情はただのつり橋効果だ。ふん、滑稽じゃないか……ちょっと体を張って優しい言葉を掛けるだけで、コロッと騙されているんだからね」


 二人は感情の赴くまま立ち上がり、にらみ合いになっていた。

 ただの意地ではない。どちらも確固たる意志のこもった目を向けている。


「………分かりました」


 鶫が静かに呟いた。それは根負けしたと認める言葉……などではない。

 公浩を射抜く視線に諦めの色は無く、それどころか凄まじい闘気を宿していた。


「私と一対一(さし)で、本気で勝負してください。先輩が勝てば私は身を引いて、おまけに何でも言うことを聞きます。煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」


「……四宮さんが勝ったら?」


「一年間で構いません。私と恋人になってもらいます。一緒の時間を増やして、恋人らしい事もして……一年後、先輩の方から恋人期間の延長をしてくれと言わせてみせます。取り敢えず仮の恋人ですから、多少の………多少の浮気とかは許容します! これは破格の条件なんですからね!」


 ……馬鹿馬鹿しい。

 鶫が勝ったら、などと本気で口にしたわけではない。

 いかに士緒が全力を出せない今の状態でも、本気で戦って負ける事はないと断言できる。

 所詮は勝負。本気の殺し合いとは比べるべくもないぬるま湯だ。

 いや……そういう意味では確かに、士緒にとって足枷となる。

 死合いなら、数をこなしてきた士緒が有利。だが勝負(しょうぶ)となれば、意識下で力を抑えなければならない士緒がどうしても不利。

 もちろん、それを言い訳には出来ないし、する気も無い。

 そしてその上で、負ける事はあり得ない。


 故に、答えは決まっていた。


「わかった、勝負を受けるよ。ただし、お互いに本気でやるなら多少の怪我は覚悟してもらうからね?」


「その言葉、そっくりお返しします」


 またしても十数秒のにらみ合いが始まる。

 士緒としては後で冷静になって考えてみると、勝負なんて下らないと切って捨てても良かったのだ。

 確かに、ずっと平行線でズルズル引き延ばすのは気持ち悪くはあるが、それを差し引いても、その時の士緒は冷静さを欠いていた。


(……ふむ。こんな子供にムキになるなんて、最近は自分の未熟なところばかり見えて嫌になります)


 士緒はため息と一緒に、溜まっていた熱も吐き出した。いつもの貼り付けたような笑みを浮かべ、余裕の態度をもって鶫を見る。


「それにしても四宮さん、何だか感じが違うね。しゃべり方が普通の女の子っぽいと言うか落ち着きがあると言うか……それが素なのかな?」


「今までのは無理して作ってました。そんな私を嫌いになりますか?」


「………いや、どんな君も可愛いよ」


 今のは虚勢か本心か。

 士緒は、自分と違って確かな成長を見せた鶫を眩しく感じた。



           ★



 糸浦市、“社”の訓練室。

 村正の伝手を使い、そこは暫くの間だけ貸し切りとなっている。

 中は学園にある物とほぼ同じ。二割増しで広くて頑丈な事を除けば、内装の差異は無い。円形の運動場と、それを見下ろす観客席が並んでいるだけでの……良く言えばシンプルで機能的、厳しく言えば殺風景で手抜きな様相だ。


「ここなら、多少の大技を出しても問題は無いよ。準備はいいかい?」


 二人は“社”に置かれていた退魔師用の訓練着―――要するに壊れにくいジャージ―――を借りた。準備体操で体を伸ばしながら公浩の問いに答える。


「先輩こそ、さっきまでお仕事してたんでしょう? バテてるんじゃないですか?」


「おや、手厳しい。その余裕に満ちた顔を手荒に引き剥がしても良いなんて、そそられますね」


 互いの視線でバチバチと火花を散る。思えば橘花院士緒にとって、こんな風に誰かと大人げ無くぶつかり合った記憶は無い。

 青春? なんですか、それ……と真顔で言えてしまう生き方をしてきた身には貴重な経験とも言える。

 それも、可憐な美少女たちに連続で告白されるという、男なら誰もが羨望と憎しみを抱く状況だ。

 あるいは士緒が普通の生き方をしてきたのなら、真朱に告白された時点で付き合う事になっていたのかもしれない。

 しかし、そんなありふれた幸せを求めることは、もう無いのだろう。

 その機会は仁科家によって壊されてしまった。そう思うと、少しだけ復讐の火が強くなったようにも思える。

 今や自分が考えるべきは“真ノ悪”として世界を変える事と、ついでに(・・・・)復讐の事だけで良い。


 そして今、何が悲しくて恋愛脳のお子さまの相手などしているのか。どことなく、遣りきれない想いだ。

 とは言え、これは士緒にとって必要な意地の張り合いでもある。無視は出来ない……したくなかった。


(彼女は確かに成長を示した。ならば(わたし)が成長できない道理はない。これに勝って、迷いは消してみせましょう)


 公浩と鶫は10メートル程の距離をとり、互いを真正面に見据える。


「何か合図は必要かな?」


「いりません。先輩こそ、合図が無いと緊張感に耐えられませんか?」


「言うね……なら遠慮はしないよっ!」


 公浩の自然な立ち姿からの爆発的な踏み込み。

 普通なら反応できないような加速に対して、鶫の余裕は崩れない。高速で迫る刃のような蹴りを最小限の動きで躱し、『色装の赤』によって強化された身体能力を前面に出した立ち回りを見せる。

 息もつかせぬ、目にも留まらぬ……そんな拳撃のラッシュは暴風さえも起こしていた。


「………っ!」


 たった一手……先制攻撃を躱されただけだと言うのに、次の動きに繋げる間も無く攻め手を逆転された。流石に四宮の秘伝を身に宿した本家令嬢と言ったところか。

 それに、直線的な攻めばかりだが武術という点でも優秀だ。先日までの隙の多い荒々しさとは違い、攻撃から攻撃への連続性がしっかりと噛み合っている。

 加えて、突きでも蹴りでも、並の相手なら一撃必殺の威力を持っているとくれば、気など抜けよう筈もない。


 ここで向き合うべきは橘花院士緒の脆弱性……今までは誤魔化せていたが、欠点と言えないまでも、体術面において士緒は最強とは程遠い。

 何でもありの戦いなら紛う事なき最強の一角。しかし当然のこと、万能型であろうと全ての戦術においても絶対強者かと問われたなら、違うと答えるだろう。

 少なくとも、体術に依る戦法に関しては鶫に一日の長がある。


 力が抑えられている今、体術で鶫とやり合うのは一種の鬼門とも言える事態だ。

 通力の運用を肉体強化に集中させ、尚且つ回避に意識の殆どを割いていなければ、公浩はとっくに倒されていたかもしれない。


(とはいえ、このままではじり貧ですか。ふむ……あまり気が進みませんが)


 公浩は腰に装着していたポーチから一枚の紙を取り出し、怒濤の攻撃を繰り出す鶫の眼前へと置くように出現させた。


「『凍牙の縛鎖』」


 通信符と同じく、通力を流す事で予め刻まれている顕術を発動させる術符……それを基点に白い綿のような霧が発生し、鶫を包み込まんと迫る。

 鶫はバックステップで距離をとり、『剛波』と呼ばれる衝撃波にも似た突風を起こす顕術で霧を払った。


「っ!」


 霧が散る直前、符を中心にした空間から氷雪の鎖が霧に紛れて鶫へと伸びる。反応が間に合わず足を取られ、続けて腕も捕らえんと蛇のように接近していた。

 鶫は右側から迫る鎖を掴み、強引に引きちぎる事でそれを破壊。左は対処が遅れてガッチリと拘束されてしまう。


 公浩は動けなくなった所を好機と捉え、畳み掛けようと一息で肉薄。懐へと入った。

 鶫が自由な手で鎖を破壊するのに少なくとも数手は必要だ。公浩の攻撃を躱すことも出来なければ、片手では防御も儘ならない。

 出来ることは『不動障壁』で少しでもダメージを抑えることぐらいだろう。

 並の相手なら抗う術を持たない状況……そうならなかったのは、鶫が凄腕と呼べる力量を持っていたからに他ならない。


「『重装剛気 (くれない)』」


 鶫の纏った赤い光の膜……その色が急激に深く、光量を大幅に増す。

 次の瞬間には氷雪の鎖は紙きれの如くちぎれ飛び、拘束を抜け出していた。

 しかもその勢いのまま、必殺の一撃足り得る公浩の打ち込みを受け流しながらカウンターのパンチを顔面へと見舞って。


「――――っ」


 公浩は体勢を崩して無理矢理にそれを躱す。


「甘いです!」


 追撃が公浩を襲う。倒れこもうと身を低くする公浩の顔面に渾身の前蹴りが放たれる。

 例え防御を行ってもただでは済まない威力である事は一目瞭然。それでも、公浩には受け止める以外の方法が無かった。


「ぐっ!」


 右腕の骨が砕け、公浩は訓練室の壁までふっ飛ばされた。

 あまりの勢いに、口の端から溢れた呻きを身体が追い越す程の速度が、痛烈さを一層際立てる。


 『不動障壁』を常時展開するという本来なら消耗が激しすぎるその行為を、通力の超高効率運用で可能にしていなければ、ここで勝敗は決していただろう。ダメージは戦闘不能まで至らず、何とかレッドゾーンに留まった。

 立つのもやっとと言った様子の公浩が、叩きつけられた壁に寄り掛かる体勢で、ぐったりと項垂れている。


「………止めを刺すチャンスなのに、なんで追撃しないんだい?」


「どの口がそれを言いますか。左手に術符を隠し持っているのは知ってますよ」


 公浩は左腕を前にして半身になりつつ、鶫の死角になる持ち方で術符を手にしていた。もし追撃をしていたら手痛い反撃があったに違いない。


「先輩が術符まで使ってくるなんて……正直、傷つきました。そんな高価な物を使ってまで、私と付き合いたくないんですか?」


「……良かったよ、漸くその事に気付いてくれたみたいで。一応、はっきり言っておこうか……僕は好きでもない女性と交際する気は無いし、かと言って必要以上に相手を傷付ける事もしたくない。君は僕の事を知らないんだよ。熱に浮かされて、知らない男を好きだと言う君の言葉は正直………響かない」


「先輩こそ私の事を何も知らないでしょう。私は今この瞬間も、少しずつ先輩の事を理解して、そして好きになっているんです。そんな半端な突き放し方で私が諦めるとでも?」


「……これはまた、随分と知った風な口をきくね」


 士緒はいつになく、イライラの感情がこみ上げてきている。表情にも険しさが表れ、普段の余裕な態度は鳴りをひそめた。


「その表情、とても素敵ですよ。また新しい一面を見せてくれて、ありがとうございます」


 士緒はようやく理解した。まんまと術中に嵌まり、場の流れを掌握された事に。

 何度目かの、乱れかけていた心を静める。まさかこんなところで自分の弱さと向き合う事になるとは想像もしていなかった。とは言え、命取りにならない今の状況でその機会を得られた事は、幸いではあったのだが。


(右腕は……動かない、と。上位の治癒術式を用意していなかったのは失敗でした。大いに反省せねば)


 士緒は格闘を主体とした切り札を持っていない。それは本物の黒沼公浩の戦闘スタイルに合わせたためであるが、まさかここに来てそれが首を絞める結果になりかねないとは………


(結界を使うのは論外。持ち合わせの符が決定打になるかは微妙なところ。なら、公浩が扱っても辛うじて不自然にならない戦術……手数を増やすしかありませんか)


 黒沼公浩が本来使えない技を使う事はリスクが高いが、その辺りの匙加減は弁えている。隠していたけど、実はそんな事が出来たんだ……ぐらいの印象を与えられれば上出来だった。


「四宮さん。これから見せるものは、あまり人には言わないでね。切り札なんだ」


「…………」


 何かする、と感じ取った。はったりではない……本能的な警戒心の上昇に、鶫は身構える。

 然してそれは、だからこそのミスとも言える。

 公浩の戦いの傾向から近接系の切り札と予想していたが、それは大きく外れていた。鶫は警戒して動きを止める事なく、攻め立てるべきだったのだ。



『As flies to want on boys are we to the gods.

 They kill us for their sport.』



 それは鶫の油断だった。

 近接戦を得手とする筈の公浩が何をしているのか、気付くのが圧倒的に遅かった。


「――――!! 接続術式!?」


 鶫が公浩との距離を詰めようとしたときには、その術式(・・・・)は完成していた。


『Indicate……King Lear!』


 公浩が『世界に記された文言』を口にした瞬間、虚空から鎧に覆われた巨大な腕が二本、鶫の動きを遮る形で顕れた。

 片や純白、片や漆黒。正義と悪、聖と邪、光と闇、天使と悪魔………あらゆる対極を縮図にして表したかのような二つの腕。それが鶫の前に絶壁として立ちはだかる。


「それじゃあ……第2ラウンドといこうか、四宮さん」




『改稿済み』です

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