第18話 密会
今までと比べても短めです。
「三つの異能っすか……あの小娘が」
「ええ、恐らくは」
今日から学園は夏休みに入る。
黒沼公浩は初日から三日間、帰省という名目をもって九良名市を離れた風を装い、街に留まっていた。
今は梢と二人、夜の浜辺と深淵を思わせる海を堤防から眺めながら人を待っているところだ。重要人物との会談……いや、密談である。
「三つの異能保持者はこの街には仁科黎明一人だった筈っすけど………五郎左様が調べ損ねたっすかね」
三つの異能。とある祓魔師が提唱し、世界中を見渡してみても5000人に一人の割合でしか持ち得ない希少な能力だ。そして完全に先天的な素養に左右されるため世界的に見ても圧倒的に数が少ない。別の大きな理由もそれを後押ししている。
三つの異能保持者は特一級レベルに該当する固有秘術を三つ、術式として生まれつき肉体に宿した者を言う。
通常の固有秘術保持者の場合、肉体に術式が発現する点は共通するが、ホルダーと違いピンからキリまでの術式を一つだけという具合だった。
「親父殿が調べたのは目につきやすい実力のある退魔師だけです。佐助花さんの力は目立つものではないですし、秘匿されていたとしたら、さすがにそれを調べる余裕は親父殿にも無かったでしょう」
「五郎左様が調べたのは協会の内部資料っすよ? 協会が三つの異能保持者を見逃すというのは考えにくいっす。いったい誰が隠してたって言うんすか?」
「それが可能なのは仁科黎明、三王山亜笠くらいですかね。他に、現場で匿うために事情を聞いているであろう斑鳩縁、といったところでしょう」
「何のために隠してたっすかね。退魔師が退魔師協会に隠れて、というのは……それなりにリスクがあるっすよ?」
「推測ならいくらでも出来ますが、確信は無いですねー………もしかしたら、今から分かるかもしれませんが」
士緒は堤防に沿って二人のもとへ歩いてくる人影に視線をやる。
人影は5、6メートル程の距離で士緒と視線が合うと、その場で立ち止まって少女のような高い声音を発した。
「初めまして、だな。まさか貴様が私に密会のお誘いをくれるとは思わなかったよ、驚いた」
現れたのは風紀委員会委員長、斑鳩縁。
相変わらずのふてぶてしい態度に虚勢は感じられない。圧倒的な自信の塊が優雅な佇まいを披露していた。
「初めまして、斑鳩縁さん。こちらからお呼び立てしておいて言うのもなんですが、罠だとお考えになりませんでしたか? 我ながら期待はしていなかったのですが」
「ク、クク……ははははは!」
縁は心の底から楽しいと言わんばかりに声を上げて笑う。
士緒にはこれと言った表情の変化は無いが、梢はムッとしたのか眉をしかめていた。
「く……ははは……いや、失礼した。最近は楽しい事が多いものだと嬉しくなってな。罠かどうかだと? あんな手紙を送ってきておいてよく言う。佐助花を交渉のカードに使われて、私が黙っていられないのを承知だったのだろう?」
「正確には佐助花真朱の三つの異能のについての情報を、ですよ。念のためにお聞きしますが斑鳩さん……貴女は三つの異能に関する知識をどの程度お持ちですか?」
「さあな。どの程度と言われても、いまだ全貌が定かでない三つの異能に関してだ。全て知っている……などと答えられる筈もない。そう言った意味では、私は三つの異能の事を何も知らないのだろうな。そもそも、私が知っている事とは何か、どんな事柄なら知っているのか……実に悩ましい問題だとは思わないか?」
縁は言葉の節々で、おどけた様子を大仰な所作で表現して見せている。
それに対し士緒も、愉しげに口元を緩めた。縁の余興に乗って両腕を広げ、空を仰ぎ、踊りのような動きを交えて即興の舞台を作り出して魅せる。
「言葉遊びに、哲学ですか……どちらも私の及ぶところではございません。しかしながら、貴女が知っている事が何も無いのなら、貴女は自らが何も知らないという事を知っているはず。それは貴女にとっての唯一にして全て。つまり……貴女は全てを知っているのですよ」
士緒は縁の前で膝まづき、その手を取る。
唇と指先が触れるか触れないかの距離。実際に触れ合う事はなかったが、その不敵な上目遣いが縁の瞳と交わった。
これにて即興の舞台は閉幕。そんな意図の込められた演技である。
縁の頬は紅潮し、興奮した顔を隠そうとする気配もない。否、隠す気も失せる程の昂りに身を任せたと言うべきか。
そこに、士緒の後ろで小石を弄んでいた梢が、石をポイッと捨てる音が届く。それが合図とばかりに、縁の手を放した士緒は数歩退がり、恭しく礼をした。
「申し訳ありませんが、今宵の時は短い。仮面舞踏会はまた日を改めて、と致しましょう」
敢えて気障ったらしく言う士緒。遊び心に富んではいるが、この場は早く本題に入ろうと急く意味を含んでいる。
あまり長居するわけにはいかない事情が、たった今できてしまったのだから。
「む、残念だ……ではコレをやる。私の携帯番号とアドレス、それとラインIDだ。ああ、非通知はブロックしてあるからな」
縁は制服のポケットから紙を取り出して士緒に差し出した。
どのみち渡す気だったのかはともかく、随分と用意がいいものだ。
「これはこれは、ありがたく頂戴し――――」
紙に書かれているものを見て、士緒の目が点になる。アドレスというのは……メールアドレスだけかと思ったら、住所的な意味のアドレスも書かれているではないか、と。
士緒が連絡先を受け取ると、控えていた梢が脇腹に肘を打ち込んだ。「んぐっ」と呻く自分に、士緒は既視感を覚えた。
「では本題だ。ただでさえ数も少なく、協会からの情報も制限されている三つの異能について私が知っているのは、せいぜい佐助花の能力についてくらいだ。後は退魔師協会、主に仁科家の老人会連中が極秘裏に研究をし、時に非人道的な行いを強いている事くらいだな」
(やはり、佐助花真朱の隠匿は仁科家から守るため。仁科の“相談役”……どこまでも不愉快な連中ですね)
士緒の顔が一気に険しくなるのを、梢が心配そうに窺っている。
そんな様子に気付いた士緒も、いつもの爽やかな笑顔に戻して梢の不安を拭った。
こんな話は梢にとっても気分の良いものではない。それでも、士緒が冷静さを欠かないか、心を痛めないかを心配する健気さに、士緒の頭は冷えていった。
「でしたら、やはり手紙に書いた事はご存知ではないのですね?」
「………ああ。正直言って半信半疑だったがな。今なら、お前から話を聞く価値があると思っている………このまま行けば佐助花が死ぬ、という話をな」
「可能性は非常に高いものとお考えください」
士緒は以前、仁科家が動かす三つの異能の研究施設の破壊を、ターゲットの退魔師殺害と平行して行った事がある。士緒の情報が出回っていない以上、当然皆殺しだった。
その研究施設で得た情報と五郎左の知識から、三つの異能の事情は大まかに把握している。
まず、三つの異能を保有して産まれた場合、能力は三つとも固有秘術に分類される。そしてそれらは“特一級相当術式”と呼ばれ、顕術の中でも特に高度なものと同列の扱いとなる。
固有秘術とは、要は肉体そのものが術式の設計図になっている状態を指し、そこに通力を通すだけで術が発動する仕組みの事だ。
固有秘術も単体であれば全く問題は無い。大抵の肉体は特一級相当術式一つを許容できるだけの容量を持っている。
しかし、それが三つともなれば話は変わってきてしまう。
肉体に書き込める術式の設計図は多くて二つ。ほとんどのホルダーは産まれて間もなく、容量を超えた術式の暴走に呑み込まれ……即死できれば幸い。暴走した術によってはもっと悲惨な運命が待つ。
真朱の年齢までホルダーが生きられるのは、奇跡と呼んで差し支えない状態なのだ。
「貴様なら……術式の暴走をなんとかできる、とも書かれていたな」
「お望みとあらば、すぐにでも」
縁は士緒を見詰めて、話の内容を吟味する。信用できる取引か、その際のリスクは、この場で戦闘が起きた場合の勝率は……それらの計算を素早く頭に走らせた。
士緒はその間、暗い海の向こうへと視線をやって気取った態度だ。梢に至っては退屈そうに欠伸を噛み殺している。
そして縁は目を伏せ、音にもならない短いため息を吐いた。
「で? 貴様の望みは何だ?」
身長的に見上げる形で縁は士緒の顔を見る。
そこには邪悪なようにも、あるいは無邪気なようにも見える笑顔が湛えられていた。
「私が望むことは二つです。誤魔化しても仕方のないことなのではっきり言いますと………まず一つ目は封印についての情報です」
「やはり、その話か」
意外だったのは、縁があっさり封印についてを知っていた事実。
その手の情報は亜笠が止めているものと思っていたが……
「どの道、この話は持ち帰って相談なさるのでしょう? これについては検討するのに時間を差し上げますので、近い内、またこちらから連絡を差し上げます」
「………二つ目は?」
「そちらはもっと簡単ですよ。仁科黎明……に直接伝えるのは難しいでしょうから、老人会の方々に言伝てを頼みたいのです。この言伝ては、そちらが私に支払う前金だと考えてください」
そのくらいならと、縁は無言で頷いて肯定の意を示す。
士緒は終始変わらぬ笑顔でそれを口にした。
「仁科家の諸君。怯え、恐怖するがいい。もうすぐ、私を殺したお前たちの因果が己に報いる瞬間が来る。この約束が果たされる時を、震えて待っていろ…………とまぁ、それだけです。メモは要りますか?」
「必要無い。一字一句、間違いなく伝えてやる」
「そうですか。では私はこれで失礼いたします。恐い独身女性が妹さんを連れて迫っているようですので。結界は張っておいたのですが、時間の問題でしょうし」
「ははは、やはり気付いていたのか。言っておくが、手紙で言われた通り一人で来たし、場所も教えていない。ただ、貴様に会うとだけ伝えて来た」
だから場所の特定に梓を連れて、そして学園長自ら出てきたと。
橘花院士緒は危険人物だ。犠牲が増えないよう、最小限の人数を選抜したらしい。梢の放った影が確認した限りでは亜笠と梓、学園の教員……それと“社”の退魔師が数人だけ。
(悪手ですね。もっと苛烈な方なのかと思っていましたが……存外、甘い方だ)
士緒は背を向けて、静かに歩き出す。そして一言、縁に言葉を投げた。
「そのうちに、このようなズルの無い形でお会いしたいですね」
それだけ言い残し、士緒と梢は空間に溶けるように姿を消していた。
縁は二人が消えた空間を見詰めるだけで追いかける素振りも見せず、先ほど士緒に触れられた方の手を愛おしげに撫でる。高揚、恍惚とした深い笑みを浮かべながら。
「決めたぞ仁科黎明。アレを私のモノにする」
縁の声は誰に届くことも無く、潮風と波の音にかき消されていった。
18話 『改稿済み』




