第14話 職質
九良名市では神出鬼没の鬼という存在に対する措置として、退魔師が毎晩の巡回を行う。学園の生徒会と風紀委員会もその中に戦力として組み込まれ、“社”の退魔師と区画をローテーションするシステムだ。
先日のIRこと橘花院士緒と“千影”の襲撃の日は梓が『口伝千里』で鬼などの位置を把握する役割を担っていたが、さすがに毎晩当直というのは現実的ではない。
では、普段はどのようにして鬼を発見するのか……退魔師の手段として最もオーソドックスなものが、“響きの呼び符”と言う術符だ。
これは理性の無い下級から中級の鬼を、術符の周辺に呼び寄せる事ができる。強制力はそこまで強くないが、ある程度の範囲にそれなりの数が集める事が出来た。後はその範囲を重点的に探索すればいい。
“響きの呼び符”以外にも、範囲に対して行う“広域探査符”、特定の個体を追跡する“個体探査符”など鬼を感知するものは多いが、コストパフォーマンスの点で呼び符が最も優秀であるため特に有用とされている。
ちなみにそういった術符は戦闘時に使う物に比べ、製作が容易であるため量産が可能だ。
そしてその夜、生徒会による巡回でも呼び符が使われていた。
工藤、海北、鶫、そして公浩の四人は二手に分かれて巡回することになり、公浩への挨拶を済ませた工藤は海北とペアを組んだ。
そうすると自然、公浩と鶫が組む事になるわけで……
「工藤君はどうしてこの組み合わせにしたんだろうね? 能力的には前衛と前衛、後衛と後衛で分かれてしまう。その辺の雑魚ならどうにでもなるけど、最近は特に油断できない事が多いのに」
「し、知らねえよ! な、なんか考えでもあるんじゃないすか?」
住宅街でも特に暗がりで死角になりやすい道を、鶫は公浩から2メートルほど距離を置いて歩いていく。そして明らかに、鶫はそわそわと落ち着きが無い。
早朝訓練の時からそうだったが、公浩と目が合った瞬間、風を切る勢いで思い切り顔を逸らすのだ。
公浩としてはその度に、そんな鶫の様子を怪訝そうに見ていた。
「四宮さん……僕は君に何かしてしまったかな? 目を合わせてくれないほど、僕のことが嫌いとか?」
「そんなっ、違います! あ……いや……別にそんなんじゃねえけど」
「いや、僕も少し厳しい事を言ったと自覚してる。敬遠するのも当然だよね。君は今、とても辛い立場なのに………お父さんの事は聞いているよ。それでも僕は君に優しい言葉をかけてあげられなくて……ごめん」
「いや、本当にそんなんじゃねえっすから、謝らないでください」
心の声↓
(ひゃ~~~っ! 黒沼先輩と二人っきり!? それに十分優しい言葉かけてくれるし! あわわわ、緊張して顔を合わせ辛い………あぁ、でもっ!)
いつも不敵な笑みを絶やさない公浩に、若干の陰りが見えている原因が自分だと思うと、浮かれるのと同時に罪悪感も抱いてしまう。
平静を装いながら、心の中で暴れる感情をグッと抑え込む。
鶫は演じる事が得意だ(と自分では思っている)。今までだって生徒会でキャラを保ち続けてきた実積もある(それを上回る失態も演じているが……)。
「大丈夫……あたしは強い……あたしはやれる……」
ほとんど自己暗示と言えるほど、小声で強く心に言い聞かせた。
「あ、あたしの事は本当に気にしないでください! あたしも別に気にしてないし、むしろ感謝してます。先輩の言ってること……全部正しかったし」
「……そう言ってくれると気が楽になるよ」
公浩は鶫に笑みを向ける。鶫が思わずキュンとしてしまう笑顔だったが、しかし士緒の内心は複雑だ。
自分は四宮が憎い。ある意味では理不尽に巻き込まれただけの鶫にさえも、敵意を少なからず含ませる程に。
これまで掛けてきた言葉が正しいかどうかは関係ない。鶫から士緒……正確には公浩へと、正しくない言葉と感情が返ってくるのが、どうにも納得できなかった。
「………それはそうと、四宮さんに聞きたい事があるんだけど」
「………? なんすか?」
少し不自然な話題の変え方だっただろうか。
メンタルはコントロール出来る方だと自負していたが、この程度で心が乱れるなんて……まだまだ修行が足りない。学園への潜入は思いの外、良い勉強になるようだ。
「マサキ先生の事なんだけど、あの人は何者なんだろう? 治癒の顕術を通じて、ただならない何かを感じた気がして。僕が無知なのかもしれないけど、彼女はもしかして名のある退魔師なのかな」
そこまで気負うような質問でもなく、世間話程度の話題を振ったつもりでいた。
しかし、首を傾げて返答に困る鶫を見て、マサキと名乗る養護教諭への関心が強くなる。
「いや、それがよくは知らないんすよ。先輩たちの話では亜笠さん……今の学園長になった時にはすでにいたらしいすけど。本人に聞いても、あの人天然なのか誤魔化しが上手いのか、話が進まねえんだよなー。のらりくらりって感じ……と言うか、「秘密だ、ふふん」の一点張りなんだけどさ」
「かなり若く見えたけど、学園長の世代とはね。興味が湧いた」
「む……男ってのはどいつもこいつも。黒沼先輩も磯野先輩と同じような事言うんすね」
「彼と同じ……いや、でも、僕の興味は彼の言う興味とは少し違うというか――――」
その時、通信符を通じて工藤から連絡が入った。
「工藤君、どうかした?」
『たった今、“社”の退魔師が交戦している現場に出くわした。負傷しているが、そちらは命に別状は無い。その前に一般人女性が一人、食われたらしい』
“社”の正式な所属である退魔師は、基本的には下級の鬼を容易に撃退できる程度の実力が備わっている。
九良名学園の生徒会のような人材は、一種のエリートだ。正式な退魔師と言っても、全員が専門の訓練を積んできた訳ではなく、実力的には生徒会や風紀委員会に及ばない者も多い。
IRの四宮家襲撃に伴い、“社”は警邏など実動の退魔師を増員していたが、能力面では一段下げざるを得ないのが実状だ。
今回、接敵した退魔師が負傷したと言うことは、最低でも中級以上を想定するべきだろう。
『俺たちの到着と同時にそいつは逃走したが……そちらは今どこだ?』
「呼び符の範囲、その西側1キロほどの地点にいるよ」
『なら気を付けろ。そっちに向かった可能性がある。敵は一体、おそらく人型の鬼、推定で上一級以上。しかも知恵が回るタイプだ』
鬼にはごく少数だが、人間のような自我を持ち、高い知能を備えた者たちがいる。
中には組織的な動きをとる鬼もおり、山本五郎左衛門もその一人だ。
そして一番の特徴としてその強さ……最低でも上一級以上の強さを持っていた。
「こちらでも捜索、可能であれば調伏をしてみるよ。それから、増援には上級の人だけ寄越してもらえるように言ってくれるかな」
『とっくに手配している。“社”の退魔師が来たら、一応は身分の確認をしろよ』
「心得てるよ。じゃあ、また後で」
公浩はそこで通信を切る。
そして鶫へと向き直り、工藤との通信の内容を説明した。
「上一級以上の鬼か……」
「どうする? まだ本調子でないなら、四宮さんは後方に下がってくれてもいいけど」
その言葉は気遣いによるものだが、それは結果として鶫のプライドを刺激した。いいや、と首を横に振ってみせる。
その顔つきから伝わってくる覚悟は、決して不必要な頑なさや下らない反抗心などではない。精神的な問題はクリアした……確かな証拠だと分かった。
「休んでたつっても、一週間程度だし。肩慣らしの相手には丁度いいぐらいすね。それに、たとえ特一級だったとしてもピンキリすから。もしヤバい相手なら、その時は先輩を盾にしてでも生き残ればいいんだろ?」
冗談めかして言う鶫の表情は余裕そのもの。そこに虚勢は見受けられない。
鶫には一流の退魔師……あるいは四宮家の跡取りの立場に利用価値を見出だしていた。
“真ノ悪”の遠大な計画のためにも、復調は喜ばしい限りだ。
鶫は士緒の両親の代で完成させた橘花院家の秘術『天道無楽』を使って生き長らえたのだ。難病だった、という点では同情に値するが、これぐらいは役に立ってもらっても構わないだろう。
………ただ、一方では利用し使い捨てるやり方に気後れする自分にも気付いていた。
碌でなしの退魔師が死のうが、目の前の馬鹿な子供が破滅しようが知った事ではない筈なのに………割り切れない自分は、やはり未熟だった。
士緒はひとまず、清濁が入り混じったような不愉快な内心を仕舞いこみ、黒沼公浩の顔で鶫に微笑みかける。
「その様子なら行けそうだね。でも無理はしないようにね?」
「……………」
「………? どうかした?」
「あ、いや……なんでもねーよ」
公浩の顔を不思議そうに見詰めていた鶫は、しかしすぐに顔を逸らした。
(黒沼先輩の顔……なんだか今、いつもと違ったような……気のせい?)
はっきり言うなら、鶫は公浩とは昨日今日の付き合いだ。
よく知りもしない相手に感じた僅かな違和感など、勘違いや気のせいでしかない。その手の細かな機微は、今後の付き合いの中で見つけていくものなのだから。
鶫は小骨が刺さったような感触を強引に飲み下し、公浩と民家の屋根を疾走しながら辺りの捜索を開始した。
★
「ひゃー、やべぇやべぇ。この街の退魔師連中は下っ端でもけっこう強ぇな。おまけに後から来た二人は学生なのにさらに強そうだったしよ」
九良名市で最も広い敷地面積の公園。男は園内の林に身を隠しながら周囲の気配を探る。
夏場にしてはやや厚めの生地でできたシャツとズボンを着た男は明らかに挙動不審だが、周辺に人気が無い事を確認すると、さも当然と言わんばかりの自然体で林から姿を表し、近くのベンチへと腰掛けた。
目先の危険は無いが、それでも思い切りの良い大胆な行動だ。それが人を喰らった直後であれば、尚更に。
退魔師が知能を持つ人型の鬼を危険視する最も大きな理由は二つ。一つは日中でも活動が活発なこと。
力の弱い、あるいは自我を持たない鬼は昼日中は発生せず、また、どこに隠れているのかまったく姿を確認できない。
鬼の研究者にとって悩みの種の一つだ。
しかし人型で、なおかつ知能のある鬼はその限りではない。
日中、退魔師の何割かは一般人と変わらない普通の仕事をこなしており、人員がやや不足する。専業の退魔師については退魔師協会が持ついくつもの表の企業のいずれかに所属しているか、警察などの国家機関、その中で特殊チームとして組織されたものの中に組み込まれている事が多い。
そんな専業の退魔師たちではあるが、鬼や退魔師などは基本的に世間に秘匿された存在だ。昼日中に堂々と活動をするのは、不可能ではないが極力は避けられてきた。隠れて行うにしても、必要以上の労力が掛かってしまう。
よって昼間に鬼に出てこられると、退魔師協会としてはなかなかに困る事態だ。
そして、ある意味それ以上に人型の鬼が危険な理由が退魔師の仕事を複雑化していた。
「失礼、少々伺いたい事があるのですが」
夜中にベンチに座っているだけに見える至って普通の男に、白を基調とした学生服の少年が声を掛ける。
「僕は特務警備部のもので、黒沼と言います」
公浩が生徒会や風紀委員会、“社”などが夜間に活動するにあたって名乗る肩書きを告げる。
試験都市である九良名で治安維持のため―――という名目のもと―――に市から業務を委託された九良名市特務警備部、通称“民警”。構成は全員が退魔師で、状況によっては警察よりも強い権限を持っている公式の組織だ。
それに話しかけられた男は、表情はそのままに内心で心臓が跳ね上がった。
周囲に人の気配がないのは確認したはず。だが目の前の学生は、おそらく九良名学園の生徒会か風紀委員。自分が気づかないほど気配を断つのが上手くても不思議ではないが、正直、たかが学生だと思って舐めていたため面食らってしまったのだ。
男はなに食わぬ顔で公浩に応じる。
「どうも、何かあったんですか? 俺、いま彼女に振られて傷心の真っ最中なんですけど」
人型で知能のある鬼が危険な理由……これこそが理由だ。特殊な顕術などを使わない限り、鬼と判別できない事にある。
まさか怪しい人物の心臓に片っ端から杭を刺していく訳にもいかないのだから。
「いえ、この辺りで不審な人物が目撃されていまして。どうかご協力願います。お名前とご住所、連絡先や仕事などを教えていただけますか?」
退魔師協会の研究機関でも鬼を判別する類いの術式は完成の目処が立っていない。どういう訳か人型で知能のある鬼は感知系の術符では見つけられないのだ。
通常はこのように職質をしたり、人を喰らう瞬間を目撃するぐらいしか見分ける方法が無い。話を聞いた所感しか根拠を得られない……退魔師が最も難儀している課題であった。
「俺はこの街の人間じゃなくてですね、カノジョの車でドライブに来ていたんですけど………喧嘩になってそのまま置き去りにされてしまいました。ここまで来るのにも相当歩いたんですよ? それで、最寄りの駅にはどう行けばいいんですかね? もうすぐ終電が無くなりそうだ」
疑わしきは罰せず、と言う。現行犯だったり、証拠が無かったりすればそこで終わり。
男は公浩が凄腕だと判断して、兎に角しらばっくれることにした。
「すぐ済みますよ。何か身分証明できる物はありますか?」
「ああ、ありますよ。えーと………はい、これです」
男は財布から車の免許証を出して見せた。
知能のある鬼の中には社会的な立場を持った者も珍しくない。
中には偽造の物もあるが、男の免許証は本物のようだった。
公浩は免許証を携帯で写真を撮り、それを“社”へと送る。
今すぐ照会する事は出来ないが、事後にでも確認する事は必要な手順なのだ。
「日下部 祐一郎さんですね。う~ん……どうしたものかな」
日下部は内心でほくそ笑む。
退魔師だろうと、この段階では警察などと変わらない。証拠が無ければいくらでも逃げ切れるのだ。
長く拘束される理由があれば、鬼も判別を行える顕術を扱える人材が来るまでの時間を稼げるだろうが、この場では自分を捕まえておくだけの根拠も情報もないのだとよく分かった。
「日下部さんは、この街は初めてですか?」
「ええ、今日カノジョと初めて来たんですよ」
「へぇ……そうなんですか。だとしたら、ちょっと気になるなぁ」
公浩は不思議そうに首を傾げて見せる。
日下部は今までのやり取りでミスが無かったか反芻しながら「何がですか?」と、努めて自然体で訊ね返した。
「いえ、大した事ではないのですが、先ほど僕が警備部の者と名乗った時、あっさり受け入れていましたから。九良名市特務警備部は、ここだけでの試験的運用です。他所の方には馴染みが無いのではと思いまして」
「ああ、いや……それは前に何かの本かニュースで見たんだと思います。この街はけっこう有名ですから」
「もう一つ。僕は見ての通り学生です。そんな人間が警備部だか何だかの者と名乗ったら、いつもは逆に問われるのが普通なものですから。親御さんの連絡先は、とか」
(っ………この野郎)
遠回しではあるが、明らかに疑いを持たれている。この学生は、自分の正体にどこまでの確信を持っていると言うのか。
職質の結果如何では、拘束された後、人間と証明されるまで解放されない。人喰いの鬼を相手にしている以上、この程度はやり過ぎにもならないのが常だ。
日下部の背中を、知らず冷や汗が伝う。
「ちょっとちょっと、恐いなぁ。学生でも市の警備部になる人がいるって、たまたま聞いてただけですよぉ。ひょっとして弁護士とか必要ですか?」
日下部はあくまでしらを切り通すつもりで、おどけた様子で公浩に対応する。
公浩は数秒だけ日下部を見つめると、ため息を吐いた後……感じの良い笑顔を向けた。
「分かりました、お時間をとらせてしまって済みません。それでは、気を付けてお帰りください……ああ、駅は公園のそちら側の出口を出て右手に10分も歩けば着きますよ」
「ご親切にどうも」
日下部は安堵の息を漏らした。なんとか切り抜けられた、と。
この街での戦闘は思っていたよりリスクが高い。そう考えて正体がばれないよう振る舞ったが……今後はつまみ食いは控えた方が良さそうだ。
今までの場所では敵を返り討ちにするだけだったが、この街では、そして目の前の相手に対しては少々不安が残る。
日下部は危険な相手の去り際の背中を見て、今度こそ緊張を弛めた。
「そうだ、あと一つだけ聞きたい事が」
息を吐いたのも束の間、黒沼と名乗った少年はピタリと歩みを止めて、日下部へと振り返っていた。
何ともイヤらしいやり方だが、ここさえ切り抜ければ日下部の勝ちだ。あくまで平静さを崩さずに、向けられる不敵な笑みに応える。
「先ほど、彼女さんと喧嘩したと仰っていましたよね?」
「ええ、恥ずかしながら。それが何か?」
「とすると、その口元と肩に付いているのは……彼女さんの血でしょうか?」
「!?」
日下部は慌てて口元を拭い、袖を見る………そこに、血は付いていない。
肩も見たがそちらも同じ。
だが、そのとき間違いなく日下部の動揺は引き出されていた。
(やられた!?)
疑わしきは罰せずではあるが、適当な理由をでっち上げて拘束する事は出来る。今回は暴力行為を切っ掛けに、飲酒、薬物チェックなど理由を付けて連行する事が可能だ。必要なだけ時間は稼げるだろう。
日下部が思わず漏らした動揺は言い逃れ出来ないほど態度と挙動に表れている。本当に血が付いていたかなど、もはや関係無い。
焦った日下部はその場から全力での離脱を試みる。
しかしその瞬間、身体が見えない何かに縛られた。
「………!?」
日下部の身動きが封じられたと同時に、林から姿を現したのはまたもや学園生らしき少女……四宮鶫だった。
「四宮流『不動金縛り』……あんま得意じゃねえけど、隙のある相手ならけっこう簡単に縛れるんだぜ?」
「ちぃ……俺がこいつと話している隙に後ろでスタンバってやがったのか。てことは最初から俺の事を疑ってやがったな!? クソみたいな茶番をしやがって!!」
「疑うのは当然として、それを差し引いてもあなたは怪しかった。なにしろ周りの気配を探りながら林から出てきたんですから。そして何より……血の臭いも酷い」
「……してやられたぜ」
公浩は警戒しつつ日下部へと近づき、目の前で止まる。
「それでは、もし会えたらでいいので謝っておいてください。助けられなくて済みませんでしたと……カノジョさんに、どうぞ宜しく」
公浩は通力を拳に込め、日下部の腹部へと打ち込んだ。




