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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
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第13話 養護教諭は欠けし名月に酔いしれる


 私立九良名学園には基本的に養護教諭が常駐している。3名以上が交代しながらの24時間体制だ。

 保健室は三つあり、複数の養護教諭が詰める日もあれば一人だけの日も珍しくない。特殊な体制だが、退魔師などと言う常識から逸脱した者たちにとっては、ある種の日常である。怪我や命の危険は嫌でも付き纏うのに、治療に順番待ちがあっては話にならないのだから。


 鬼の調伏の際に怪我をする生徒は後を絶たないため、むしろ夜間の方が治療の態勢は整っている。

 この日……独楽石栄太が橘花院士緒の走狗となって暴れた晩も、“千影”の操る影の襲撃により何時に無い異常事態で、上を下への騒ぎだ。正規の退魔師である学園の養護教諭も三人中二人が“社”に駆り出されるという混乱っぷり。

 学園長の三王山亜笠が判断したのだから、学園としては二人抜けた程度は支障は無いと確信しているのだろう。

 その理由についても、公浩の治療を行った学園で最も美人と評判の養護教諭の腕の良さを見れば、納得の判断と言えた。


「……うむ、見事に急所を外れていたから問題は無いな。応急処置は自分でやったのか?」


「ええ、まあ。心得があったもので………ところで、初めましてですよね? 黒沼公浩と言います」


「ああ、ボクのことはマサキ先生と呼べ。真の桜と書いて真桜(まさき)……年齢や職業は秘密だ」


 サラサラの長い髪を払って、ドヤッという顔を公浩に向ける。


「養護教諭ではないのですか?」


「なんと!? なぜバレた………ならば体重もスリーサイズも初チューの経験があるかも秘密だ。どうだ恐れ入ったか」


 無いのか……チューの経験。

 見た目の若さも相まって、どこか抜けた性格や雰囲気が感じられた。

 マサキ養護教諭の第一印象は、天然の一択だ。


「恐れ入りました。治療の腕(・・・・)は確かですね」


 マサキの使用した治癒系統の顕術により、目立つ傷はすでに跡形もない。筋肉が少しズキズキと痛む程度だ。


「そうだろう、そうだろう。ボクは優秀だからな、ふふん」


 Yシャツとジーパン、そして白衣という教員にしてはラフな格好……まぁ、それは特に問題では無い。

 問題なのは、得意げに反らした超級の胸部がYシャツのボタンをふっ飛ばしてしまわないか心配なことだ。服装による色気の欠如を打ち消して余りある凶器だった。天然な幼さが無ければ惑わされそうな程の。


「さっき来た神崎も診たぞ。足の骨が折れていて無理は出来ないが、もう歩ける程度にはなった。ボクの治療でな、ふふん」


 褒められ待ちの子供のように胸を張っているマサキにヒヤヒヤするが、何とも言えない愛嬌のお陰で荒んでいた心境に潤いが生まれる。

 同時に、苛めて泣かせてみたい衝動にも駆られたが……それはまたの機会だ。

 公浩はマサキを微笑ましく見ながら、気がついたら気軽に前髪をわけて頭を撫でていた。今は可愛いものを愛でたい……そんな気分だった。


「――――っ! お、おぉ……頭を撫でられるなんて……これはもう、お前の嫁になるしか――――」


 ガタンッッ


 そこに、息を荒くして現れた誰かが扉を乱暴に開け放って飛び込んで来る。

 入って来たのは脚に巻いた包帯が痛々しい……しかし活力に満ちた様子の神崎風音だった。


「やあ風音さん、ほんとにもう歩けるみたいだね、安心した。けど、しばらくは安静にしてた方が――――」


「そんなことより! 怪我! 大丈夫なの!?」


 私服に着替えた風音がカチューシャの飾り紐を波打たせながらドカドカと近づいてくる。怒られている訳でもないのに、何故か恐いくらいの迫力を撒き散らして。


「僕はもう何ともないよ。独楽石君の方が重傷だろうけど、彼も命に別状は無いと思う」


「そう……良かった」


「そっちも、無事で何よりだよ………四宮さんは?」


「鶫なら……ほら、そこに」


 指し示された先は保健室の扉。廊下側に小さな肩がチラッと見える。四宮鶫はまだ着替えていないようで、制服のままだ。

 自分に意識が向けられたことを察知した鶫は、一つ深呼吸をしてから保健室に入って来た。


「あの、先程は本当にありが―――じゃなくてっ………よ、よお先輩。さっきはサンキューな」


 深呼吸の直後で力が抜けたのか出そうになってしまった素の顔を無かった事にし、片手を挙げてフランクな言葉遣いと親しみ易そうな笑顔での挨拶を寄越す。傷心で引きこもってみたり、言葉遣い端々に無理が見えたりと、薄々感じてはいたが、弱い自分を隠すために粗暴なキャラを作っているのだろう。

 ピクピクと痙攣している眉を見て確信できた。


「四宮さん……さっきは説教みたいになって、ごめん。今は色々と大変だって知ってたのに、キツイ事を言ったと思う」


「うぇ!? あ……あの、その………」


 鶫があたふたと落ち着きを無くす。顔はうつむき気味で両手は胸の前でモジモジ。背中に垂れるポニーテールは本物の尻尾のように左右にフリフリしている………ような心象まである。

 一目で様子がおかしいと分かるが、それが照れから来ているものだと、敢えて突っ込む真似はしなかった。


「ええと……あたしも、少しは反省とかしてなくも――――」


「まあ尤も、君さえ来なければ僕が怪我することも無かったわけだけど。君が不調を押してしゃしゃり出たりしなければ、痛み止めの薬を飲む必要も無かったわけで?」


「うっ!」


 公浩の言葉が鶫のCカップの胸を抉る。

 鶫は胸を押さえて(うずくま)り、立ち上がるとオロオロ状態に入った。

 「あの……」とか「ええと……」など、何か言いたそうではあるがいっこうに言葉が出て来ない。

 まるでパニックに陥った小動物のようだ。やはり四宮鶫はこちらが素なのだろう。

 流石に見ていられなくなり、公浩は鶫の双肩をガシッと掴んだ。


「でも、怪我をしたのは僕の未熟が一因であることも否定できない。よって、明日から訓練時間を増やす事にしたんだ。君も付き合ってくれないかな?」


「……ふぇ?」


「まさか嫌とは言わないよね? ただでさえ不調なんだから、調子を戻す必要があるだろうし……風音さんも一緒にどうかな?」


 公浩は肩から手を放し、振り向いた先の風音に訊ねる。


「もちろん付き合うわよ。生徒会役員と風紀委員は専用の訓練部屋が使えるけど、公浩くん使ったことは?」


「それがまだ無いんだよね。せっかくだから明日はそこを使わせてもらおう」


 訓練部屋……空間を拡張する結界を用いた、退魔師の(わざ)の結晶。第二校舎の一角にある一室で、どれも外から見たら普通の部屋だ。中に入ると東京ドームぐらいの広さを持つ不思議空間になっている。

 ナントカと時の部屋とまではいかないが、退魔師の術式の中でも特に現実離れした技術の一つと言われている。


「使用の申請は私がしておくね。明日は朝イチで生徒会役員寮に集合でいい?」


「もちろん。四宮さんも、いいよね?」


「あ、はい……分かり、ました」


 若干気圧される形で鶫も頷く。

 ふと、公浩に掴まれた肩に手を添えてみる。温もりなんて残ってるはずもないのに、さすってみると手が温かくなったように感じた。

 鶫の口元から思わず幸せそうな微笑が漏れる。


「なんだ、四宮はこいつの事が好きなのか?」


公「ん?」


つ「へ?」


風「――――!?」


 マサキが一瞬だけ場を凍りつかせた後、三者三様の反応を示す。

 空気の読めない養護教諭はさらに続けた。


「ダメだぞ四宮、こいつはボクを嫁にすると決まっている。ボクはそれだけの事をされたんだからな」


「うぐっ!? ぐるじ――――がざねさん、ぐび、くびが――――!」


 風音が公浩の首を鷲掴み、片腕の腕力だけで掲げてみせた。その姿からは般若の鬼迫が溢れている。

 風音という少女はどうにも……情緒的に不安定な面があるようだ。


「どういう事なの公浩くん……鶫が公浩くんを好きとか、マサキ先生に手を出したとか……説明して」


 ドサッ


 風音は首からパッと手を離し、乱暴に落とした。

 公浩はゲホゲホと咳き込みながら辛うじて立ち上がる。


「ゲホッゲホッ、し、知らない……どっちも何かの間違いだよ。第一、二人とも今日初めて会ったのに、それなのに好きとか手を出すとかそんなわけ――――」


「好きになるのに時間はいらないの!!」


 なんとも逆らい難い風音の剣幕に、公浩は気圧されてしまう。

 その言葉には、どことなく実感がこもっているように士緒には感じられた。


「マサキ先生! 公浩くんにいったいどんな酷いことされたんですか!?」


「僕が酷いことした前提なの?」


 公浩も少しテンパっているのか、弁明も上手く出てこない。滅多に崩れることの無い笑顔は引き攣っている有り様だ。

 そんな気の毒な少年を尻目に、マサキはずずいと前に出て胸を張っていた。


「うむ! 聞いて驚け。なんとこいつはボクの身体に許可無く触れて、挙げ句の果てに優しく撫で回したんだ!」


「おっと………」


「……へぇ? 優しかったんですか」


「ボクの身体に触れて良いのは佳人(おっと)だけだ。本来ならとっちめてやる所だが……や、優しかったから、特別に佳人にしてやっても………良いぞ?」


 長い黒髪をクルクル弄りながらの上目遣い。あざといにも程があるが、信じられない事に天然だ。

 隣から刺すような殺気を叩き付けられていなければ、別の意味でもドキドキ出来ただろうに。


「その話はまた後にしましょうか。水と布と石のある場所で」


 まずい、拷問される……謂れの無い罪で責めたてる気だ。

 どんな釈明をしようと、今は聞く耳を持たないだろう。怒れる女性には逆らうなと五郎左からも言われた事があったが、もっと真剣に聞いておくべきだったかもしれない。


「それで鶫、マサキ先生の言ってた事は本当なの? 公浩くんが好きなの?」


 風音が質問の矛先を鶫に向ける。

 鶫は顔を真っ赤にして立ちすくみ、あわあわと口元が騒がしくなっていた。


「風音さん、少し落ち着いて――――」


「公浩くんは黙ってて!!」


「はい……」


「鶫! どうなのっ……まさか本当にそうなの!?」


 今度は風音の口元があわあわと騒ぎだす。

 この場に凛子がいたら間違いなく弄られたであろう反応。風音の心は台風の直撃に遭ったみたいに掻き乱されている。

 そして、鶫はあり得ないほど目を泳がせながら答えた。


「な、ななな、なわけないっすよ! あたしがこんな……こんな………ぅぅ………こっち見んな!!」


 むしろ見ていたのは鶫の筈なのに、理不尽な蹴りが公浩に飛ぶ。ニコニコと蹴りを回避する公浩の姿は、かなり憎たらしい。

 風音は泳ぎ回る鶫の目をジーっと穴が空くほど見つめる。

 そして、どこか納得いかないまでも、取り敢えず矛は収めた。


「そっか………うん、わかった」


 何がわかったのかは知らないが、それでも場が収まったことに公浩も鶫もひとまず安堵する。

 三人それぞれの安心感から出た笑い声が保健室に響いた。


「取り乱してゴメン、公浩くん。アドレナリンでテンションが高くなってたかな」


「いや、何事もなくて良かったよ…………本当に良かった」


「………あ、あたしっ、もう部屋に戻りますね! 明日も早いことだし」


「あ、じゃあ私も戻る。公浩くん、また明日ね。おやすみ」


「二人とも、おやすみなさい」


 パタン


 二人が保健室を出ていくのを確認して、公浩はマサキに向き直った。


「ではマサキ先生。僕も帰ります。よろしいですか?」


「うむ、帰ってよく休むといい。あと佳人(おっと)の件だがな、まずは健全な距離から始めるのが良いとボクは思――――」


「おやすみなさい先生。ありがとうございました」


 公浩は扉の前に立ち、マサキに一礼してから保健室を出た。逃げたと言っても良い。

 近頃の青少年にしては軍を抜いたガードの堅さを見せつけた形だろう。つれない態度に、マサキも少し膨れていた。


「…………うむ」


 夜の静寂を取り戻した保健室で、マサキはくぁ~っと欠伸をしながら、椅子に腰を下ろした。

 しばらく椅子に乗ってクルクルと遊んでいたが、(おもむろ)に机の引き出しを開けて、中から二枚の写真を取り出す。白黒で痛んでいる写真と、色が付いてて比較的新しい写真。

 古い方は家の前で着物姿の若い男女が寄り添っているもの。色付きの方は九良名学園の制服を着た仲の良さそうな三人組のもの。三人組の内一人はマサキ本人、そして一人は士緒と瓜二つの男だった。

 マサキは写真を見て微笑みながら独り言を漏らす。


「あれがお前たちの息子か………あまり似てないな。まあ本当の顔は知らないし、危なっかしいところは似てるかもだが……………喜べ、橘花院の秘術があいつを生かした。禁忌の(わざ)もたまには役に立つようだな」


 マサキは遠い目をして窓の外へ目を向ける。見えるのは何の変哲もない第一グラウンドと、やはり何の変哲もない月だけ。自分にとっては忌々しい魔性の光だ。

 しかしマサキは、今この時だけは月に感謝したい気分だった。

 机の横の棚を開けて中から日本酒のビンを取り出し、紙のコップに注ぐ。そしてそれを月に掲げた。


「今宵だけはお前に感謝してやるとも、仁科黎明。退屈極まる馴れ合いをしてきた甲斐があった。(やつがれ)は見つけたぞ、“裏返り”を滅ぼす者を。橘花院士緒、『天道無楽』を受け継ぎし者………早く、(やつがれ)のもとへ来い」


 マサキは紙の杯を呷る。

 コクコクと喉を鳴らす姿は、この世の物とは思えない程に妖艶さだ。

 一息に飲み干したマサキは空になった紙の器を一瞥して、浮かない顔でぼそりと溢す。


「……………にがい。亜笠め、何が騙されたと思って、だ。ほんとに騙されたぞ。だからボクの口に酒は合わないと言ったんだ……」


 そう溢しながらも、日本酒が無くなるまでコップに注ぎ続け、それを月に掲げてから飲み干した。

 マサキはその晩、とても()い気分を味わっていた。



           ★



 夜勤明けの生徒は登校免除……にも関わらず、翌日は慌ただしかった。

 早朝から公浩、風音、鶫は三人で訓練。

 昼休みに公浩は(えにし)に呼び出されて口頭での報告、後日書類の提出を言い渡される。

 放課後、目を覚ました独楽石栄太からの事情聴取。どうやら橘花院士緒と出会ってからの記憶は曖昧とのことだ。切断された腕に関しては、退魔師の技術の粋を集めて作られた義手を用意するらしい。

 だが、切断された右腕の事で、無視できない問題が発生していた。


「会長! あの腕は俺に調べさせてくれるんじゃなかったんですか!?」


 生徒会室にて、工藤正臣の憤りの声が梓へと向けられた。


「……ごめん。突然すぎて止められなかった」


 学園の近くに、表向きは製薬会社とその精製所を装った退魔師協会の研究施設がある。

 栄太の腕は昨晩の内にそこへ運ばれ、橘花院が使ったらしき術式の解析を行っていた。昨晩の騒ぎで出た怪我人の治療を終わらせて、工藤も合流するはずだったのだ。

 ところが、いざ着いてみると、肝心要の現物が既に無いという状況。工藤の怒りも当然だろう。


「……仁科家が強権を発動させた。半ば強奪する形で腕を持ち去ったらしい」


「っ!? 仁科家が、いったいどうして……」


「……いま姉さんが三王山家の名前で抗議している。全面戦争も辞さない勢いなのが心配だけど、それでも、期待は限りなく薄い」


 “六家”の名前を出しての抗議はそれだけで国を動かしかねない力を持つ。それは同じ“六家”であっても大きなリスクだ。

 そんなリスクを冒してでも仁科家は腕を欲した。いや、欲したと言うより、何かを後ろめたい事を隠しているのだろう。でなければ、そんな無茶をしなくても手に入るものを急いで取り上げる必要がない。


「……それに、これは理事長のやり方じゃない。おそらくは“相談役”の老害どもの仕業。仁科家は相変わらず一枚岩になりきれていない」


「理事長も、今は海外……くそっ」


 仁科家は当主である仁科黎明と、“相談役”と呼ばれる老人たちの派閥に分かれる。

 梓の知る限り、仁科黎明の人柄は聡明だと言える。これまでの行いを見ても、常に信頼に値するものだった。


「怪しさがストップ高ね。橘花院士緒……彼が関わると特に。復讐って言葉も、“相談役”に関して言えば全面的に同意できそう」


「……仁科家のゴタゴタについて、私たちは一切関与しない。下手に関わって、これ以上のとばっちりを受けるのも御免被る。その辺りは理事長が帰ってきたら、全部押し付けるのが良い」


「でも理事長がいま海外で仕事してるのも、“相談役”が仕向けた事ですものね。それが自分たちの首を絞める事になるかもしれないのに」


「今のところ絞められている首は俺たちのですけどね。前門の鬼に後門の老害……手に負えませんよ、まったく」


 三人が同時にため息を吐いた所で、生徒会の扉がノックも無しに開かれた。

 暗く沈んだ部屋に明るく新鮮な空気が流れ込む。


「こんちゃーす。およ? なんやえらく沈んどるなー。まさか工藤も何かヘマしたんか?」


「あらぁ、凛子ちゃん。風音ちゃんたちと訓練じゃなかったの?」


 鳳子はため息を飲み込み、愉快とは言えない話題を打ち切ろうと話の向きを変える。

 この日は梓、鳳子、工藤を除いた生徒会メンバーと、公浩を含めた風紀委員メンバーとで合同訓練だったはず。

 まだ終わる時間でもなく、凛子がここに来たと言うことは何か面倒が起きたのかもと、軽く身構えた。


「それが……磯野のアホが松平兄の方と組み手中に足滑らせてクリティカルヒット貰ってもうて。ピヨピヨと伸びたんで保健室に運んだ帰りにご報告ですわ。今晩の巡回、あのアホが当番やったじゃないですかー」


「あらまあ、困ったわね。今夜は工藤君と海北君だけになっちゃうわ。鶫ちゃんを出すのもまだ不安だし……」


「いえ、四宮はまだ本調子ではないですけど、精神的には持ち直したと見て良いでしょう。巡回程度ならやらせた方が良いんじゃないですか?」


「うーん……どうしようかしらね」


 最近はなにかと事件が続いている。少しでも不安要素があれば取り除きたい。

 普段こういう時は風紀委員会から人員を回してもらうのだが、確か今晩は市外で確認された鬼の討伐で遠征に出る予定のはず。

 生徒会メンバーは質を重視した構成となっているため、少なくとも戦闘の面で風紀委員が穴を埋めようとした場合、大人数を割く必要があるのだ。

 只でさえ危険な遠征の数時間前に、それだけの人員を割いてくれとは頼みにくい。それも、あの(・・)斑鳩(えにし)に。


「………仕方ない」


 梓が渋々と携帯を取り出し、重い指先に言うことを聞かせながら何とか電話をかける。

 相手は2コールで出た。嫌な時に限って、忌々しくも反応が早い。


「……もしもし」


『ああ、電話してくると思っていたぞ。うちの松平がやらかしたらしいな』


「……耳が早い。なら話も早いと助かる。今日、そっちから人員を回してほしい」


『今晩は遠征で結構な人数を動かすんだが、知らないわけではないだろう?』


「……知ってる」


『もとは松平のしでかした事とはいえ、さすがに10人以上の人間を動かすのはな………』


「……だから融通を利かせてほしいと頼んでる」


『ほぉ、では風紀委員会には代わりにどんな見返りがある? 先日までの緊急出動とは事情(わけ)が違うぞ』


「……ち、仕方ない。一つ借り」


『良いだろう。では黒沼三席でどうだ? アレなら一人だけで十分だろう』


「……彼は連日出てるけど」


『なに、こうやって貴様たちに貸しを作るために雇ったようなものだ。昨晩の疲れも残していないようだし、問題無いだろう。そもそも、2、3日程度の連続出勤くらい、こなしてもらわなければ困る。授業の遅れは何かしらで補えるしな』


「……なら、礼は彼に言うことにする。見返りとやらも彼に払いたいくらい」


『ほぉ、それはそれでおもしろい。貴様が奴にどんな見返りを渡すのか……ほっぺにキス、とかか? くくっ、それは良い、きっと喜ぶぞ。それとも、その平らな胸を揉ませ――――』


「……話は済んだ。切る前に一つだけ言っておく………………お前のDは垂れている」


『!? ちょっ――――』


 ピッ


 通話を切ると同時に梓が鼻で笑う。

 会心の一撃を見舞ってやったことで、多少は気が晴れた。


「……黒沼を寄越してくれる。彼が一緒なら、鶫を出してもいいかもしれない」


「そう、彼が一緒なら安心ね」


「タイタニック並みに安心感あるわー。あ、タイタニック沈んどった」


 梓と鳳子、そして凛子も、黒沼公浩にはそれなりに高い評価を下している様子だ。

 そんな中、工藤は懐疑的とまではいかないまでも、評価も判断も明確に出し辛い立場にいた。


「この時期に随分と……都合の良い人材が居たもんですね」


「そう言やくーぽん、まだ公浩と会うてへんのやったな。磯野と海北はさっき会うとったし、生徒会で会うてへんのは自分だけやな」


 訓練部屋で公浩は磯野と海北と、それぞれ模擬戦らしき事をするぐらいには親交を深めたばかりだ。

 磯野はトンファーを使った近接戦。海北は中~遠距離の顕術を中心とした戦闘スタイル。

 三人とも全力ではなかったが、その場は公浩が一本をとった形で決着した。

 しかし磯野が納得いかないとばかりに、その後の松平二郎との組み手で力み過ぎた結果……ノックアウトされてしまった、と。


「俺も今夜には会えるだろ。力も見てみたいが……浪川から見てどんなやつだ? 性格とか戦闘スタイルとか」


「う~ん……性格は、いつも不気味なほどニコニコしとって、穏やかな方やな。Sっ気強そうなとこを除けばやけど。隙あらば皮肉とか飛んで来るで、気ぃつけや」


「戦い方は鶫ちゃんと近いわね。身体強化からの近接戦が主体。鶫ちゃんの『色装』ほどの顕術じゃないから、通力の制御が巧いんだと思う。でなければあの動きは無理だもの」


「……それに、他にも隠し球がありそう。昨日も、何かしようとしてた」


「話は聞いてます。昨晩は負傷してまで四宮たちを助けたって……なるほど、頼りになりそうですね」


 会う前から完全には信用できない。そんな感情が煮え切らない反応から窺えた。

 工藤正臣の戦闘力は個人でもそこそこ高いが、能力の傾向としては支援系の顕術に突き抜けている。

 前面で戦える人間が優秀なほど、その仕事の有用さも上がるというものだ。工藤の能力は高い……一人居れば生徒会メンバー全員を安定して支援できるほどに。

 そのため頼れる前衛はいくら居てくれても良いのだが、それも信頼があればこそ。工藤は少し、その関係を築くまでが長い方だった。


「あ~……その、助けた件でちょっとした問題が起きてるんやけど」


「……問題? 黒沼のことで?」


 凛子がいつになく神妙な面持ちをしており、全員が黙って話を聞く姿勢になった。


「なんて言うかー……あのスケコマシがやらかした言いますかー。さっき訓練部屋で鶫の様子をジーっと監察しとったんですけど、あいつ時折ボーっとして、熱い視線で見つめよるんですわ……スケコマシを」


「……まさか」


「あらあら、まあまあ」


「あの四宮がねぇ」


 凛子は学園一お調子者だが、こと人間関係の機微では鋭いところがある。

 それは生徒会メンバー共通の認識だった。


「だが待て。それは、要は助けられた拍子に四宮が惚れてしまったと言うことだろう。それが何か問題なのか?」


「たわけた事ぬかすな! 風音はその辺り鈍いから気づいとらんかったけど、時間の問題やろ。もし泥沼の三角関係にでもなってみぃ……こんなおもろい―――やなくて、こんな悲しい事あらへんがな!」


「神崎だと? まさかと思うがそれは……」


「そのまさか、や。これは工藤やから教えるんやで? 自分口堅いし、恋愛とか興味ないやろ?」


 工藤はそんなこと明言した覚えは無いが、確かにその通りではある。やはり、人を見ていないようで見ている……凛子のそういう所は侮れなかった。


「……由々しき事態。こうなったら傷が浅い内に短期決着させるか……」


「ちょいちょいっ、会長。闇雲に突撃させても二人とも轟沈しますって。ここはもう少し好感度を上げてから……」


「あらあら、まあまあ」


 ああでもないこうでもないと言い合う梓と凛子。その横でニコニコとパニクっている鳳子。なかなかカオスな様相を呈している。

 工藤としては誰が誰とくっつこうが興味は無い。せめて仕事に支障がないことを祈るばかりだ。


「やれやれ、大丈夫なんだろうな」




黒髪………きょにゅ………保健医………主人公の親と知己………



ありきたりでも、どうか許してください………


はいそこっ、見た事あるぅーとか言わないで!

こちとら妹も魔王も契約者も知らないのっ!


※上記のワードでの検索はお控えくださいますよう、お願いいたします。



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