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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
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第12話 叶えた願いは歪な蛇を象る2


 梓は戦闘時には常に『口伝千里』を展開している。

『口伝千里』は集中力をつぎ込んだ分だけ範囲を広げて、その範囲内の存在を感知、把握することが出来る。

 そして名前の通り、その範囲内の任意の存在に意識を向けることで会話も可能。さらに意識を集中すれば遠隔視も可能だ。

 今回はそれほど広範囲に『口伝千里』を広げていなかったので気づくのが少し遅れた。

 とは言え、早くに気づいていてもどうもしなかったわけだが。


 四宮鶫が助けに入ることを、止めるはずがない。


「鶫……? ほんまに鶫か?」


「そうっすよ、凛子先輩。ヒーローは遅れて登場するってなもんでしょ?」


「……話は後。今はアレに集中する」


 梓の声に風音、凛子、鶫は改めて独楽石栄太の成れの果てに向き直る………が、公浩だけは違った。


「いいえ、待ってください。会長さん……すみませんが、しばらく時間をもらえませんか? 僕は彼女に話があります」


 公浩の言葉に驚きを示したのは風音と、話を振られた鶫だ。他の三人は思う所もあったのか、やはり、という表情だ。


「公浩くん! 今はそれどころじゃ――――!」


 ゴゴォオンッッ!!


 動く気配のある蛇の巨体を鳳子が『光矢』で牽制した直後、ハエでも追い払うような身動ぎだけで地面が抉れる光景を見れば、話す暇が無いのもある意味当然だ。

 風音は落ち着き無くそちらへと視線を送っている。


「この状況だからこそ、だよ。僕はこんなところで死にたくないし、誰も死なせたくないからね」


「っ………」


「……せやな、なら鶫は公浩に任すわ。時間稼ぎやのうて、倒してもうても知らんで!」


 凛子は身の丈ほどもある騎士槍を軽々振り回し、栄太に攻撃を加え始める。

 殺してしまうつもりならもっと強力な技があるはずだが、やはり凛子も助けるのを諦めていないということなのだろう。


「おい先輩。誰だか知らねえけど、さっきから聞いてりゃ何をワケわかんないことを言ってんだよ。あたしに何かご不満でも?」


「大有りだよ。君でも分かりやすいよう短刀直入に言おうか………邪魔だから帰ってくれ」


「な……!?」


「公浩くん!?」


 その言葉に風音は驚きを見せる。公浩は決して理由も無くそんなことは言わないと知っているから。

 そして言われた本人である鶫も驚きに目を剥いていた。


「な、何で、あんたにそんなこと言われなきゃならねえんだよ! ちゃんとした理由があるんだろうな!?」


「もちろん。風音さん、君と初めて会った時の事を覚えてるかい? あの時と同じなんだよ」


「!」


 風音も思い至った。

 先程の鶫を思い返し、納得の頷きを返す。


「分かった………公浩くん、ちゃんと鶫を送り返してね」


「風音先輩!?」


 風音は片足を引きずりながら、公浩と鶫に背を向けて二人と少しだけ距離を取った。さすがに戦場から離脱するだけの力は残っておらず、二人の話が終わるのを待つ。


「四宮さん、だよね。君は風音さんを連れてこの場を離れてほしい。負傷した彼女をここから連れ出すのが、今の君に出来る事だ」


「そんな………何でだよ!? ちゃんと説明しろよ! ……いや、やっぱ理由なんてどうでもいい。あたしは勝手にやらせてもらう」


 鶫は公浩を背に、凛子たちに加勢しようと向き直る。その背に公浩が核心を突く言葉を投げた。


「そうしてまた仲間に庇われて、勝手に傷ついて、部屋に引きこもるのかい?」


「っ!?」


 公浩の言葉に鶫は動きを止める。拳を見ると、血が滲むほど強く握りしめていた。


「さっきの君の動き、まるで素人だ。顕術、発動しているように見えてほとんど効果が出ていない。以前、四宮家の顕術を少しだけ見たことがある。赤い光の膜を纏うと身体能力、防御力、打撃力が大幅に向上するんだったね。まさか、さっきのがそうだとは言わないだろう?」


「っ…………」


 鶫は今、間違い無く『色装の赤』を纏っている状態だ。そして事実、公浩のいう通り……本来ならあの程度であるはずがない。

 先程は蛇が口を全開にして無防備だったから、たまたま不意打ちが成功しただけ。公浩だけではなく生徒会メンバーもその事には気付いていたが、鶫が部屋を出るほど立ち直ったならばと、敢えて触れなかった。

 馴れ合いで取り返しが付かない事になる前に指摘した公浩の存在は、生徒会にとって有難いものだったろう。


「メンタルが絶不調で、おまけに焦っている。そんな君にいられると、全員が迷惑するんだ。頼むから、今回は素直に僕の言うことを聞いてくれないか。君はまだ、焦る段階じゃないんだから」


「…………………分かった」


 鶫はまだ何かを言い募ろうとしたが、離れた所で敵の足止めをしている仲間たちを見て、鶫の頭も冷えてくる。皆が公浩に何も言わず戦っているのは、自分のためだと理解できたから。


 納得できないまでも、それ以上の言葉を飲み込むぐらいには理解を示した。

 本人も、どこかで自分の不甲斐なさには気づいているのだろう。

 父親の死、自らの因縁と過失による友人の負傷。調子を崩すのも無理はない。


 こうなると仇の娘であっても、憐れみを覚えるから不思議だ。

 足早に風音の元へ向かう鶫の背中は、とても小さく見えた。



           ★



 四宮鶫は精神的に脆い。


 自分では誤魔化せてるつもりでいるが、生徒会でのそれほど長くもない付き合いで、そんな気質は役員全員に知れ渡ることとなる。


 ある日、鶫が提出書類の仕分けでミスをした。そのミスを指摘され、心の中であたふたとしながら仕分けをやり直した。すると今度は仕分けする書類の一部を紛失した。

 急ぎの仕事だったのもあり、鶫はついには泣き出す始末だ。

 イタズラがばれそうな子供のような泣き顔で書類を探しているところを他のメンバーたちに見つかり、一緒に探してもらうことに。

 結局、書類は磯野が誤ってシュレッダーで粉砕してしまっていたと判明。磯野はその後、生徒会メンバー―――主に女子たちから―――にボコボコにされた。


 鶫は精神的に脆いのだ。


 一度のミスから連鎖して、最終的には自分で自分を追い詰める。

 尊敬している亜笠の強気な性格をトレースした言動は、その反動であり裏返しだった。

 実際は誰よりも打たれ弱く、そして未熟だ。


 先ほど公浩に言われて「ああ、また自分はやらかしてしまうところだったのか」と、打ちひしがれていた。


 しかし、同時に感謝と尊敬の念も湧く。

 言葉はキツかったけど、自分のミスを事前に止めてくれた。嫌われ役を買ってでも自分に厳しい事を言ってくれた。初対面なのに、自分の性質をしっかり見てくれた。

 黒沼公浩には素直に好感を持てる。そしてそんな彼と比べ、自分のダメっぷりが際立つ。

 自分のなんと情けなく、矮小なことか。


 彼だけではない。他の生徒会役員たちも、自分からしたら遥か高みだ。

 見上げるだけの自分に怒りが湧き、怒りが頂点に達すると、また落ち込む。それを繰り返す日々。

 いくらなんでも不毛すぎるループだ。


 鶫はそれをいったん忘れて、目の前のことをキッチリこなそうと前を向いた。


「風音先輩、背負って行きますので、しっかり掴まっててください」


「うん、よろしくね。それと………鶫」


 鶫は風音に背を向けてしゃがみこんでいる。

 今にも消えてしまいそうな小さな背中……風音はそこに身体を預ける前に、その肩にポンと手を置く。

 鶫が実際には気弱なのは知っていたが、心の衰弱でこれほどに体温が下がる質だとは知らなかった。


「はい?」


「あんたは何も悪くない。納得できないモヤモヤがあるなら、ぜんぶ敵にぶつけてやりなさいよ。言っとくけど、鶫が書類無くして泣いてた時も、迷惑だなんて思ってなかったからね」


「ぅ………その話は、できれば忘れてください」


 風音は皆のように鋭く鶫の不調を見抜くことはできない。気の利いた事を言えたとも思っていない。ただ自分の言いたい事を真っ直ぐ伝えただけ。

 そして鶫にとっては、それが何より嬉しかった。


「ったく…………ほら、乗った乗った。行きますよ」


 風音は頭のカチューシャを直してから、笑顔で鶫の背中に身を預けようとした、その時だった。


「鶫ぃーーー!!」


「え……?」


 凛子の切迫した声が届き、視線を向けた先にあったものは……自分たちの命を奪うであろう光の矢だった。



           ★



 鶫の背中を見送ってすぐ、公浩は戦闘に加わった。

 驚くべきことに、栄太の攻撃手段が二通り増えている。

 先程からの範囲攻撃は警戒され使えず、残すは尾を使った薙ぎ払いだけだと思っていたが、そこは栄太の上半身だけあって普通の顕術も使えるようだ。

 出力にものを言わせた爆弾のような破壊力の『光矢』。それと、数と貫通力が桁違いの『光矢』の二通りだった。


「ぎゃはははは!!! 生徒会っ、風紀委員会! 黒沼あああ!! お前ら全員殺してやるーーー!!」


 本来の『光矢』とは違う、手榴弾のような投げ方で威力の高い『光矢』を飛ばす。着弾してみると、正しく手榴弾だった。


「ぬおっ!? なんちゅうバ火力や! うひゃあ!! 弾幕まで張りよってからに!!」


 数と貫通力の『光矢』と爆弾のような性能の『光矢』を同時に撃ち始めている。

 凛子は防御の堅さで凌いでいるが、このままでは埒が明かない。鳳子の使う『光矢』も、栄太の張る弾幕やら爆発やらで消し飛んでしまう。

 こうなると、増援待ちの持久戦を覚悟するべきなのかもしれない。


「……もう少し、もう少しで解析できる。皆、もうひと踏ん張り」


 梓の言った意味を理解した凛子と鳳子の顔には笑みが浮かぶ。状況がよく掴めないが、公浩もそれを信じる他ない。


「ああん? 何こそこそしてやがんだぁあ!? 死ねよおおおお!!!」


 栄太があらぬ方向に貫通力の強い『光矢』を大量に放ち始める。その方向にいるのは……風音と鶫だ。


「あかん!! 鶫ぃーーー!!」


「っ!!」


 公浩は走った。今の状態で出せる全力で。


(間に合うか!?)



           ★



 身体が思うように動いてくれない。普段より格段に遅く、鈍い。

 不調は認識していた。認めたくなかったが、意地のために仲間の足を引っ張るなど御免だ。

 そう思ったからこそ、戦場から離れようとしているのに……何も今でなくとも良いだろう。

 訓練もしないで引き込もっていたのが、ここに来て祟ることになった。それは普段なら簡単なはずの『不動障壁』ですら、すぐに展開できないほど。

 身体も精神も絶不調。いつもなら働いてくれる直感も鈍りきっている。


(ああ……これは罰かな。やらかしたなー)


 自らの事情に風音を巻き込んだ。あまつさえ、今回も危険にさらそうとしたのだから。


 こちらへの攻撃がかなり多い。これは躱しきれない。

 当然だが、風音も。諸共に穴だらけになるだろう。


(先輩だけでも守れないかな………盾ぐらいにはなれるよね)


 鶫は不調の身体を無理矢理に動かし、風音と『光矢』との間に割り込ませる。


(せめて先輩だけは、何としても守りますから)


 風音も『不動障壁』は使える。しかし、風音のそれはそこまで強力ではない。あの『光矢』はそれを貫通してしまうだろう。

 鶫は風音に覆い被さるようにして抱き締めた。やがて来るだろう衝撃に耐えられるよう力を込め、目を強く瞑る。


(お父さんっ……!)


 ザシュザシュッ!


『光矢』の群れが突き刺さった。

 矢のように細長い形状の『光矢』が周囲に広く散らばり、その内2本が肉に突き刺さった音が耳に届く。

 あの数の攻撃がたった2本しか当たらなかったのは運が良いのだろうか。


 ………………おかしい


 鶫はゆっくりと目を開けて、振り返った。


「え………」


 血が滴り、ポタポタと地面に落ちている。

 しかし、それは鶫の血ではない。

 そこに居たのは腹部と左腕に1本ずつ『光矢』を受けた公浩だった。


「っ………さすがに痛いね、これは」


 よく見ると両手には合わせて5本の『光矢』が握られていたが、それはすぐに空気に溶けるように消え失せた。

 あれを掴むなんて、中々に神業だ。


「公浩くん!!」


 風音が公浩を案ずる声が響く。しかし、とてもではないが無事ではない。

 血が止めどなく流れ落ち、痛みで歪みそうな顔を取り繕っている様を見れば、誰だってそう思う。


「急所は避けたから大丈夫。それより四宮さん、早く風音さんを連れて離脱するんだ」


「あ……あ、の……え、と……」


 鶫の身体は震えていた。瞳には涙が溜まり、その潤んだ瞳はどこを見ているのか、正面で固定されて動かない。


 公浩は、そんな鶫の手首を乱暴に掴み上げた。

 ビクッと体を跳ねさせる鶫を、強引に自分の方へと向かせた。


「しっかりしろ馬鹿! 君には今すぐやる事があるだろう!」


 鶫はハッと息を飲む。目元をごしごしと拭い、次に現れた目付きは多少マシになっていた。

 ばつが悪そうに頬を染めると、そのまま風音を背中へと乗せる。


「あ、あの! ありが……とう……ございました」


 最後の方はボソボソと聞き取りにくかったが、公浩にはしっかりと届いていた。


「お礼はそのうち形のあるものでお願いするよ。それよりも、この件を引きずって、また引き籠るのだけはやめてくれるかい? それじゃあ僕のせいみたいになるからさ。僕は風音さんとは違って、そういうの我慢できない性質(たち)なんだ」


「あぅ…………はい」


「分かったら早く行って。背中は守るからさ」


 その言葉通り、鶫が敷地の外に出るまで公浩が付かず離れずで守った。

 そのまま鶫は風音を連れて学園へと向かうだろう。


 風音は頬を真っ赤に染めている鶫を肩越しに見る。

 微笑ましいような、危機感を感じるような、複雑な気分で鶫の背中に身を預けていた。


「さて……いつつ」


 公浩は二人が学園に向かったことを確認して、『治癒光』を使いながら戦場へと舞い戻った。


「会長さん、隠し球の方はどうです?」


「……怪我の具合は?」


「応急処置はしました。傷は浅いし急所も外れてる。要はかすり傷です」


「……そう、分かった。こちらも解析が終わった。あの馬鹿を止めて、かつ助ける方法は現状一つ…………右腕を切り飛ばす」


「……………」


 ポーカーフェイスは貫いたが、士緒は少なからず驚いていた。確かに独楽石栄太を救う方法としては、それが正しいからだ。

 士緒の術式は栄太の右腕を基点として成り立たせている。急ごしらえの術式で不完全とはいえ、なぜそれに気づくことが出来たのか………


「……『口伝千里』は範囲内の全ての状態を感覚的に把握する能力。一点に集中すれば、細部まで解析できる」


「なんと……」


 それは五郎左からの資料には無い情報だ。単なる広域知覚や通信の類だと考えていたが、これは少し困った事態でもある。

 もし、その解析(アナライズ)とやらを変装した自分に向けられたら、正体がばれるかもしれない。

 最初に会った時は鬼かどうかの確認だけで気づかれなかったようだが、問題は今後だ。

 いつどこで、そのような状況にならないとも限らない。今後、梓から解析を受ける事態は絶対に避ける必要がある。

 元から綱渡りだったのに、今は綱に火がついてしまったようだ。分かってはいたことだが、ほんの小さなミスも命取りだろう。


「……黒沼、あいつの右腕、切り離せる?」


「『光剣』には心得があります。切り飛ばすだけなら余裕ですね」


「できればキレイに切ってあげてね。後でくっつけるにしろ義手を作るにしろ、その方がやり易いらしいから」


 鳳子は『光矢』を7つも操りながら穏やかな笑顔だ。対照的に凛子はと言うと、


「ちょい待てー!! ウチの負担多過ぎんか!? 早よなんとか! なんとかしてーなぁ!!」


 ゆったりと会話をしている横では、凛子がほぼ一人で栄太の弾幕を一身に受け続けていた。制服なんてもうボロボロだ。


「だったらさっさと決めちゃいましょう。副会長さん、援護をお願いします」


「任せて」


「では……いざ!」


 公浩が駆け出す。

 それを、栄太が憎々しげに見つけた。それも、公浩の不敵で余裕に溢れた微笑に神経を逆撫でされて。


「黒沼ああああああ!! 全部! ぜんぶぜんぶぜんぶっ!! お前が悪いんだあああaaAAurruaA!!!!」


 凛子に向けられていた火力が全て公浩へと向かう。貫通力の強い『光矢』と、爆発する『光矢』……二種類の攻撃が隙間の無い巨大な壁を作り出した。


『光矢』のいくつかに鳳子の攻撃が当たり、誘爆によって分厚い壁に大きな穴が開く。

 公浩はその穴を凄まじいスピードで潜り抜けた。


「ぎゃはははは!!! 消し飛ばしてやるうううう!!!」


 大蛇の口がパックリと開き、もう何度目かになる大技の溜めに入る。

 栄太はまたしても、あの破壊の津波を起こすつもりらしい。しかも先と同等以上の弾幕が張られた状態で。

 これは流石に、スピードを落とさないと躱しきれない。かと言って、あれを止めるなら一瞬でも被弾している時間は無いのだ。

 速度を落として、鳳子の援護で弾幕に穴を開けてから間髪入れずに走り抜けたとしても同じだろう。


 通力の制限がある状態でも、士緒が本来の顕術を使えば苦もなく突破できるのだが………幸いにしてその必要は無さそうだ。


「任せい公浩! ウチが運んだる!」


 凛子がランスを遮断機のように公浩の進路に突き出している。

 公浩はその意図を理解した。

 そして、弾幕を前に公浩はスピードを落とす。


「ぎゃは、ぎゃは、ぎゃはははははは!!! 死ねええええええええ!!!」


 いよいよアレが放たれる。しかも今回は今までの比ではないほど強いプレッシャーだ。これまで放とうとして放てなかった分、ここで使う気なのか。


 そこで、鳳子の援護が弾幕に穴を開けた。だが、ここで再び加速したとしても公浩の速さでは間に合わない。

 栄太が勝利を確信する深い笑みを浮かべ………


「んあ?」


 その笑みはすぐに剥がれる事となった。

 公浩が凛子のランスに飛び乗り、そして――――


「どっせぇえええええい!!」


 ビュオンッッ!!


 凛子が騎士槍を力の限り、思い切り振り抜いた。


 騎士槍から射出された公浩は一瞬にして栄太との距離を詰め、そして腕の先から通力による剣……『光剣』を顕した。


「残念です」


 貴方が、せめて愚かでなければ………


 無意識に、ポツリと零れた一言。公浩としてではない。橘花院士緒の言葉。

 口先では無慈悲な言動を心掛けていても、面倒にも罪悪感は付き纏ってくる。罪の意識など、自分には不要だと言うのに。

 梢にも言われた。なんちゃって復讐者だと。正直、今の気分的にも反論は出来そうもない。


 ヒュンッ


 風を切る音が鳴り、通力で形作った光の剣が栄太の腕を切断した。

 肩から先をまるごと切り離され、血が噴水か滝のように噴き出す。

 それに伴い、蛇の胴体は一瞬で風化したように朽ち果て、サラサラとした砂に変わっていった。

 人間の部分……独楽石栄太の身体は右腕が無いことと、上半身が裸なことを除けば異状無しの状態で地面に横たわっている。

 公浩が駆け寄り、『治癒光』で応急処置を施す。


「終わったんか? ほんまに? このアホ面が急に目覚めてオブ・ザ・デッド開始ー! なんてことあらへんよな?」


「バカな事言ってないで、早く運んであげなさい。この傷だと、すぐに工藤君に見てもらった方が良いわ」


「うえー、ウチが運ぶんかいな……まあ、しゃあないか。公浩、応急処置はどうや?」


「うん。これでなんとか――――っ」


 自らの傷も痛むのか、微かに浮かんだ公浩の苦悶の表情を見て、凛子が心底心配そうに声をかける。


「なんや公浩、大丈夫かいな。自分もすぐ工藤に見てもらい」


「工藤君たちは街外れの応援に行ってるらしいから、少し走らないといけないわ。それに一人は重傷者だから、工藤君も手一杯だろうし…………ごめんなさい黒沼君、可能なら学園の方に向かってくれる? 風音ちゃんと一緒に養護の先生に見てもらって。本当にごめんね」


「気にしないでください。まだまだ余裕です……いつつ」


「……見てみたけど、向こうの戦闘はまだ続いているみたい。私と鳳子は殆ど無傷だし、向こうを手伝う。凛子は独楽石を工藤の所へ運んで治療させて。ついでに切り飛ばした腕も持っていって」


「了解や。ほれ公浩、立てるか?」


 しゃがみこんで栄太の怪我を診ていた公浩に凛子が手を差しのべる。

 公浩は礼を言って手を掴み、引き上げてもらった。


「……ごめん黒沼。一人で帰れる?」


「心配には及びませんよ。そちらこそ、気を付けてくださいね」


 公浩は痛みで結構な量の汗が浮かんでいる。出来れば早く治療を受けさせてやりたかった。

 工藤の顕術は特に優秀だからつい頼り過ぎてしまうが、学園に詰めている養護教諭も腕は良いのだ。順番待ちをさせるより、そちらに向かわせる方が正解だろう。


「……もちろん。黒沼……後でお見舞いに行く」


 そう言い残し、梓たちは月夜に照らされた街を疾走していった。


「…………」


 残された公浩は、しばらく目を瞑って佇んでいる。

 そして、次に目を開けた時……その目からは学生の緩さが排除されていた。


 どうせすぐに奥底に抑えなければならない本当の自分。敵にも甘い顔をする自分など、ずっと閉じ込めておきたいくらいだ。

 せめて学園に着くまでの間だけ、士緒はそんな自分を忘れてしまわないように心へ浸すのだった。



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